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証拠保全
2025/09/03
Aは心臓病に罹患し、Y医療法人の運営する病院に入院し、手術を受けたところ、手術中に病状が悪化し死亡した。Aの妻であるXは、手術の執刀医に説明を求めたところ、「もともと患っていたAの心臓が手術中に止まったものであり、不可抗力であった」と繰り返すだけであり、納得できない。そこで、Xは真相究明を求めて訴訟を提起しようと考えているが、Yの医療過誤について主張していくことは難しいので、Xは、Aの死亡との因果関係について主張していくことは難しいので、Xは、Aの診療録等の診療の安全性を求めて証拠保全の申立てをした。このような証拠保全は認められるか。●参考判例●広島地決昭和61・11・21判時1224号76頁●解説●1 証拠保全制度の意義証拠保全とは、訴えを提起して本来の証拠調べの時期まで待っていたのでは、証拠の利用が不可能になったり著しく困難になったりするおそれがある場合に、あらかじめその証拠調べを取り調べておき、その訴訟手続において利用することを可能にする手続である(234条以下)。例えば、ある事件について争点を知っている証人が死亡するおそれがあるとか、訴えを提起して争訟問題として争っている間に証拠がなくなってしまうおそれが大きいときに、あらかじめ証人尋問をしておく、後者の訴訟手続でその証言を証拠資料とするような場合が典型である。ただ、実際の訴訟事件ではこのような典型的な事由はなく、現実に証拠保全が利用される場面としては、その多くが本問のような医療事故関係の事件において申立てが認められる場合である。この場合、事故関係者の供述はその後、カルテ等のコピーをとり、そこに記載された情報に基づき主張等を作成することになり、実際には提訴に際した情報収集の手段として用いられているとされる(ただ、最近では、個人情報保護法で本人の診療情報の開示請求が認められ(個人情報25条)、これは診療記録にも適用になると解されるし、厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針」などによって、医療機関から任意に診療記録が開示される場合も増えているとされる)。2 証拠保全の要件証拠保全が認められる要件は、「あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情がある」ことである(234条)。この要件の充足については、前記のような瀕死の証人といった場合は明確であるが、診療記録の保全のような場合にはどこまでの事情の主張・説明が求められるかが問題となる。この点については、抽象的な改ざんのおそれがあれば足りるとする見解と、客観的・具体的な改ざんのおそれを必要とする見解とに分かれる。そして、後者のような見解については、そこで必要とされる改ざんのおそれの程度について、さらに考え方が分かれる状況にある。判例の立場として、いまだ最高裁判所の判例は存在しないが、下級審判例として、参考判例①は3つの代表的な立場を示す。それぞれは、個々の事案に即した具体的な主張や疎明が必要であることを前提に、以下のように述べる。すなわち、「Aは、『自己に不利な記載を含む証拠を自ら有する立場に、これを意にそまぬまま提出することを欲しないのが通常であるから』といった抽象的な改ざんのおそれでは足りず、訴訟に敗訴しないための措置をとるといった、当該医師が、患者側から診療上の問題点について説明を求められたにもかかわらず相当な理由なくこれを拒絶したとか、或いは責任回避を矛盾しない虚偽の説明をしたとか、その他これらに不誠実な態度で終始したことなど、具体的な改ざんのおそれを一応推認させるに足りる事実を疎明することを要する」との立場である。これは、前述の見解の対立に関して言えば、具体的な改ざんのおそれを必要とする見解に含まれるものといえる。そして、そのような立場は裁判所の一般的に傾向と評価でき、また学説においても多数説に属するといえよう。ただし、この裁判例は「抽象的な改ざんのおそれ」については「一応推認させるに足りる事実」の疎明を必要とすることにとどまり、この見解の中でも比較的緩やかに改ざんのおそれを認める考え方によるものとみられる。具体的な事案の処理の関係でも、原審では改ざんのおそれが否定されているにもかかわらず、参考判例①は同じ事実関係を前提に改ざんのおそれを認めている。また、参考判例①は、改ざんのおそれを判断する要素として、①診療の改ざんの有無、②医師の説明拒絶・虚偽説明が掲げられている(学説などではほかに、当該医師等の診療の記録の管理権限などを挙げるものもある)。以上のような見解に対して、抽象的な改ざんのおそれだけで足りるとする見解も、学説上は有力である。このような見解としては、前で詳述するような証拠保全の機能を正面から認めて証拠使用の困難性という要件をそもそも重視しない考え方や、診療記録に関する実体法(準委任契約)上の閲覧(報告)請求権(民646条)を前提としてその簡易な実現方法として証拠保全を捉える考え方などがある。改ざんのおそれが抽象的でよいか具体的に必要かは、一般論として違いがあることは間違いないが、実際上の違いはどこまであるのかはやや疑問である。前記のように、具体的な改ざんのおそれが必要であるとしても、その程度が緩やかなものでよいとすれば結論に大きな差異はないかもしれない。当該医師に改ざんの前歴もない、また十分な説明がされているような場合には証拠保全を認めぬとか、見解が分かれる可能性があるが、紛争が発生するような事案を前提にすれば、このような結論は稀ではないかとも思われる(さらにカルテの管理的性格も問題となるが、この点では近時の電子カルテの一般化をどのように評価するかも問題となり、改ざんのおそれが一般的に現実的な懸念に乏しいとする見解もありうる)。3 証拠保全の機能以上のような要件をめぐる議論は、証拠保全の機能をめぐる見解の相違に起因する面がある。証拠保全の機能として、証拠を保全するという本来の機能が認められることは当然であるが、それに加えて、提訴前の証拠開示の機能を独立の機能として考えるかどうか問題である。医療過誤訴訟においては、事故に関する情報は基本的に原告が独占的に保有しており、患者側は事故原因について十分な情報がなく、医師の措置に何らかの問題があったのではないかという疑問を前提に訴えにとどまる場合が少なくない。しかし、不法行為訴訟であれ債務不履行訴訟であれ、患者側の医療過誤の先行すべきであった具体的注意義務を主張立証していなければならず、診療記録等の情報がなければそのような主張立証は非常に困難である。そこで、証拠保全の手続を活用して情報・証拠の開示を求めるニーズが生じる。すなわち、証拠保全によって得られた診療記録の情報に基づき、原告(患者側)が訴状を作成して訴えを提起し、具体的な主張立証をすることができるはじめて可能になるとすれば、このようなニーズを正面から制度の機能として理解するとすれば、そのような必要性がある限り、証拠保全の要件を緩和して解釈すべきとする見解が生じることになる。他方、証拠保全の本来の機能を重視する立場からは、このような証拠保全制度の利用は(仮にあうりうるとしても)副次的な機能にとどまり、それに基づき要件を緩和することは相当でないと考える。翻って考えてみると、民事訴訟における証拠や情報の開示は、現行民事訴訟法の制定やその後の改正において1つの大きな論点となってきた。とりわけ医療訴訟など被告となると、その者が十分な証拠を所持していないような証拠保全は訴訟の前段階において、その権利を実現するためには、証拠・情報の開示は重要な意義をもつ。現行法制定時には、文書提出義務の拡充や当事者照会制度が創設され、平成15年民訴法改正時には、訴え提起前の証拠収集制度が創設された。提訴前の原告の情報・証拠の取得という点では、後者が重要であるが、この制度はあくまで文書の所持者が任意に応じることを前提としており、強制力はなく、それに代替する機能は果たしえない。その意味では、アメリカの民事訴訟のように、当事者の情報収集を緩やかに認める強力な手段(いわゆるディスカバリーの制度)を我が国が有していない以上、問題は解決されない。そのような制度については批判も多い。その意味では、証拠保全の機能をめぐってなお議論は続いていく可能性があろう。4 証拠保全の手続現行法上、証拠保全は証拠調べの方法として定められている。したがって、証拠保全の手続としては、提訴後に可能な証拠調べの手続はすべて可能である。例えば、前述の瀕死の証人の例では、証人尋問の手続がとられ(提訴後も尋問ができる状況であれば、当事者尋問により再度の尋問の必要もある(232条))。診療記録の例の場合は、書証の検証と検証の申出にともなう。改ざんのおそれを前提に現状の固定が証拠保全の目的とされる以上、そこでは文書の意味内容自体が問題とならず、文書の客観的な状況の固定に意味があり、検証が相当ということになろう(実施上も検証で行われることが一般的である)。証拠保全が決定され、各証拠調べ手続がとられる場合には、提訴後と同様の証明力が認められる。例えば、証人尋問の場合、提訴後と同様に、証人に証言義務等が課される。診療記録の場合、文書に係る検証に文書所持者には民訴法220条の準用を認めていないと解される。すなわち、所持者に文書提出義務が認められない。提出を拒絶する場合には「正当な理由」がないとしてただちに制裁が科される場合を除き(223条2項)、所持者に対する制裁はない(検証自体は不能となるが)。提出後の真実性の可能性があります(同条1項による224条の準用)。証拠保全において、診療記録の場合、一般に相手方には検証の実施を知らせずに裁判官がいきなり検証場所に臨み、検証を実施することが通常とされる。相手方に事前に知らせると、改ざんのおそれがあるため、不意打ち的な実施が望ましい。証拠保全の決定では、検証物表示命令を発し、相手方が、検証の相手方が任意に提出しない場合には、裁判官が、検証物の提出を命じ、相手方がこの命令に従わない場合には提出命令を発することができるとされる(広島高決平22・6・23金総1356号23頁参照)。

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

文書真正の推定
2025/09/03
XはYに貸し付けた300万円が期限になっても弁済がないとして、Yに対して貸金の返還を求める訴えを提起した。Xが金銭消費貸借契約の成立を立証するために借用書を提出したところ、Yは、当該借用書は、同居する義理の父であるAがYの印鑑を勝手に持ち出してなされたものであると反論した。ところが、借用書にY名下にある印影(実印などに印鑑を押した跡)は、Yの印章(印鑑)によるものであることは明らかであり、この点についてYは争っていない。Yがどのような事実を立証することに成功すれば、裁判所は借用証書が偽造であったと認定することができるか。●参考判例●最判昭和39・5・12民集18巻4号597頁●解説●1 文書の真正とは書証の対象となる文書は、原則として証拠能力は認められる。そのため、立証事実との関連性が認められる限りは、文書を取り調べ、その記載内容がどれほど事実認定に影響を与えるものであるか、裁判官が自由な心証に基づいて判断することになる(自由心証主義、247条)。証拠資料が裁判官の事実についての心証形成に与える影響の程度を一般に証拠力というが、文書の場合、この意味での証拠力を判断する以前に、形式的な意味での証拠力を満たしていることが必要である。本来的な意味における証拠力と実質的証拠力、後者の意味における証拠力を形式的証拠力という。書証手続においては、文書の証拠能力の調査は不要であるが、形式的証拠力の調査が必要であり、この評価が認められてはじめて実質的証拠力の調査に入ることができる。ここで、形式的証拠力とは、文書の記載内容が、作成者の意思(思想、判断、報告、感情等)の発現であると認められることをいう。文書は、文書が真正であること、すなわち、文書が作成者の意思に基づいて作成されたことが立証されれば、形式的証拠力は肯定される(例外は、写字のようにそもそも思想を表現したとはいえない場合)。したがって、書証の申出をした当事者は、文書が作成者の意思に基づいて立証しなければならず(228条1項)、最終的には自由な心証に基づいて文書の真正を判断するが、実際には、その立証は極めて困難であるため、いくつかの推定規定を置いている。2 文書の真正の推定例えば、公文書は、すなわち公務員がその職務の遂行として、権限に基づいて作成された文書については、その方式や趣旨により、公務員が職務上作成したと認められる外形があれば、真正に成立したものと推定される(228条2項)。これは、法律上の推定ではないので反証は可能である。本問の借用証書のような公文書以外の文書を私文書というが、私文書については、本人またはその代理人の署名または押印があるときには、真正に成立したものと推定される(228条4項、同趣旨の規定として電子署名法3条)。3 私文書についての2段の推定民事訴訟法228条4項による推定を受けるためには、本人またはその代理人の署名または押印があることの立証が必要である。これは、本人または代理人が自らの意思に基づいて署名、押印をした場合を意味するとされている。署名の場合には、筆跡が作成名義人のそれと一致すれば、自らの意思に基づいて署名したものと推定することはできよう。これに対して、押印の場合には、作成名義人以外の者であっても、作成名義人の印章を用いて、文書に印影を顕出させることができるので、作成名義人の印章と印影が一致したことから、ただちに、作成名義人が自らの意思に基づいて押印したと推定してよいか問題となる。この点、参考判例①は、文書の印影が、作成名義人の印章によるものと一致する場合には、反証がない限り、作成名義人の意思に基づいて印影が成立したものと推定されるものと判示した。これと民事訴訟法228条4項を合わせると、作成名義人の印章と印影の一致から、名義人の意思に基づく押印の事実が推定され、そこから、本人の意思に基づいて文書が作成されたこと、すなわち文書の真正が推定される。この推定は2段階にわたって行われるため、2段の推定といわれている。この推定を覆すか立証者に委ねられており、今後押印のない文書が増加すれば、推定を用いない立証が必要となる場面が増えることが予測される。4 2段の推定の覆し方このような推定により、私文書の真正の立証は極めて容易になるが、真正を争う当事者はこの推定を覆すことはできるのであろうか。まず、1段目の推定は、印章は慎重に扱われ、理由もなく他人に使用されることはないはずなので、作成名義人の印章で押印されていれば、自らの意思に基づいて押印したはずであるという経験則に基づく事実上の推定とされている(最判昭和45・9・8集民100号415頁、最判昭和47・12・12金法668号32頁)。したがって、参考判例①が覆されるように、反証により、この推定を覆すことは可能である。例えば、印章を人に預けたり共有したりして、Aが自由にYの印章を使えることができたため、印章が盗用ないしは冒用されたことを立証することにより、推定は覆され、文書の真正を否定することができる。これに対して2段目の推定、すなわち民事訴訟法228条4項の規定に基づく推定については、法定証拠と解すると法律上の事実推定と解する説に分かれている。前者によれば、推定を覆すには反証で足りるが、後者の場合には本証が必要となるとする点で違いがあるようであり、例えば、白紙に押印をしたとか、押印された後に文書が改ざんされたなど、文書の記載内容が作成名義人の知らない事項であったことの反証に成功する。すなわち、文書の成立の真正について当事者に争点があることを立証するとともに成功すれば、推定を覆して文書の真正を否定することができる。

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

文書提出義務
2025/09/03
AはBとの間で生じた交通事故(以下、「本件交通事故」という)で損害を被ったとして、C保険会社から保険金200万円を受け取った。ところがCは、本件交通事故は、保険金を詐取する目的でAとBが共謀して故意に生じさせたものであると主張して、保険金詐欺の不法行為に基づき、Aに対して保険金相当額の損害賠償請求訴訟を提起した(以下、「本件訴訟」という)。ところで、AとBは上記保険金詐取等に係る被疑事件で起訴がされ(以下、「本件被疑事件」という)、Aは自身を被告人とする詐欺被告事件の公判(以下、「本件刑事公判」という)ではBとの共謀の事実を否認して訴訟の成立を争ったが、有罪判決が確定した。本件訴訟でもAは共謀の事実を否認し、不法行為の成否を争ったため、Cは、D地方検察庁が保管する、本件被疑事件で共犯者とされたBの検察官や司法警察員に対する供述調書のうち、本件刑事公判に提出されなかったもの(以下、「本件文書」とする)について文書提出命令を申し立てた(以下、「本件申立て」という)。本件申立ては認められるか。●参考判例●最決平成16・5・25民集58巻5号1135頁最決平成17・7・22民集59巻6号1888頁最決平成19・12・12民集61巻9号3400頁最決令和2・3・24民集74巻3号455頁最決令和2・3・24集民263号135頁●解説●1 刑事事件関係文書の提出義務民事訴訟法220条4号ニは、「刑事事件に係る訴訟に関する文書若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書」(以下、「刑事事件関係文書」という)について、文書提出の一般義務の例外とする。刑事事件関係文書には、被疑事件の捜査段階において作成された記録、公判調書以外にも、傍受調書の複製書類なども含まれる。これらの文書が一律に提出義務から除外される理由以下のように説明される。まず、これが開示されると捜査の進捗状況や捜査手法が明らかとなり、関係者の事情聴取や犯人特定等の捜査が困難となる、①被疑者被告人の名誉やプライバシー等に対して重大な侵害が生じ、②犯罪の嫌疑が晴れた後も記録が残り、犯罪の予防や犯罪の抑止に効果がある、③将来の捜査や公判において、国民の協力を得ることが困難になるなど、さまざまな弊害が生じうる。また、刑事手続では独自に開示制度が用意されており、これを超えて民事裁判所が文書提出を命ずることは、これらの制度との整合性を欠く結果になりかねない。さらに、これらの文書は民事訴訟法220条4号ロの公務秘密文書に該当する可能性があるほか、監督官庁(223条3項)は、捜査の秘密との関係でこれに該当する理由を具体的に明示することが困難な場合があり、また、イン・カメラ手続(同条6項)も利用することもできないため、捜査関係資料を有しない裁判所が個別具体的な事情を考慮することは必ずしも容易ではない(参考判例①、浦辺幸男ほか「民事訴訟法の一部を改正する法律の概要(下・ジュリ1210号(2001)174-175頁)。このような趣旨からすれば、参考判例③は、刑事事件関係文書に該当するか否かを判断するに当たっては、当該文書等が民事訴訟に提出された場合の弊害の有無や程度を個別に検討すべきではなく、刑事事件若しくは被疑事件に関して作成され又はこれらの事件において押収されている文書等であれば当然に刑事事件関係文書に該当するとして、検察官、検察事務官または司法警察職員から鑑定の嘱託を受けた者が当該鑑定に関して作成し、もしくは受領した文書またはその写しについて、刑事事件関係書類と認定している。その一方で、刑事事件関係文書が一切民事訴訟に提出されないと、真実発見が阻害されるなどの問題は大きい。そもそも民事訴訟法220条4号の各除外事由に該当しても、同条1号から3号文書に該当すれば提出義務は生ずると解されており(1号から3号文書については4号のいずれの除外事由が直接適用されない(高田裕成ほか編『注釈民事訴訟法(4)』(有斐閣・2017)491-492頁[三木浩一]))、判例はほぼ「コンメンタール民事訴訟法(2)第二版」(日本評論社・2019)412頁)、刑事事件関係について作成された「法律関係文書」として文書の所持者との間の法律関係について作成された法律関係文書に該当するかどうかが問題となる。2 法律関係文書該当性法律関係文書は、法律関係それ自体を記載した文書に限らず、その法律関係に関連性のある事項を記載した文書も含まれ(秋山ほか・前掲406頁)、さらには、民事訴訟法220条3号後段の文言および沿革に照らし、当該文書の記載内容やその作成の経緯および目的等を勘案して判断すべきものである(参考判例①)。刑事事件関係書類のうち法律文書該当性が問題となった裁判例である。参考判例②では、接見状況許可状は、「住居、書簡及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのできない権利」(憲35条1項)を制約して、警察官に住居等を捜索し、その所有物と差し押える権限を与え、申込人との間を発生させるという法律関係文書であり、捜査令状請求書は、許可状の交付を求めるために法律上作成文書である(刑訴218条3項、刑規155条1項)ため、いずれも法律関係文書であるとする。また、参考判例①では、性犯罪の被疑事件のYの供述と被害者の供述調書について、勾留請求に当たって当該書類を添付したものを検察官が裁判官に提示したものであり、被疑者と裁判官との間の法律関係文書に該当するとし、参考判例④では、同法解析の結果が記載された鑑定嘱託書等の文書について、死刑を科する趣旨などを不当に傷つけられない遺族の法的利益の侵害の有無に係る法律関係を明らかにするものであるので法律関係文書であるとしている。3 刑事訴訟法47条による開示の拒否その一方で、刑事訴訟法47条本文は、「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。」として、そして同書において、「公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない。」と定めている。(同条の「訴訟に関する書類」には、本件文書のように、捜査段階で作成された供述調書で公判に提出されなかったものも含まれる(参考判例①))刑事事件関係文書に該当したとしても、同条の「訴訟に関する書類」として提出義務を免じるのかが問題となる。刑事訴訟法47条について、参考判例③は、同条本文が「まさに公にされることにより、被疑者、被告人の名誉、プライバシーが侵害されたり、社会復帰が妨害されることとなったり、又は、捜査機関の不当な影響を受けたりするなどの弊害が発生するのを防止することを目的とするものであること、同条ただし書が、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合における例外的な開示を認めていることから、同条ただし書の規定による開示を「公にする」ことに相当と認めることができるか否かの判断は、当該「訴訟に関する書類」を公にする目的、必要性の有無、程度、公にすることによる被告人、被疑者および事件の関係者のプライバシー等の侵害等の上記の弊害発生のおそれの有無等諸般の事情を総合的に考慮してされるべきものであり、当該「訴訟に関する書類」を保管する者の合理的な裁量に委ねられている」とする。その上で、民事訴訟法220条3号の法律文書として、刑事訴訟法47条の「訴訟に関する書類」に該当する文書の提出が求められた場合でも、文書保管者による裁量的判断は尊重されるべきであるが、「当該文書が法律関係文書に該当する場合であって、その保管者が提出を拒否したことが、民事訴訟における当該文書を取り調べる必要性の有無、程度、当該文書が開示されることによる上記の弊害発生のおそれの有無等の諸般の事情に照らし、その裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用するものと認められるときは、裁判所は、当該文書の提出を命ずることができる」とする。参考判例①以外にこの基準が適用された裁判例を見ると、捜査差押許可状と捜査差押調書について、いずれも取り調べの必要はあるとしつつ、申立人に対して従前の名誉、プライバシー侵害の記載もなく、申立人にとって留保される性質のものではない。しかも、申立人に提示される以上、開示されても今後の捜査に悪影響が生じるとは考えがたいので、提出の拒否は裁量権の逸脱、濫用に当たるとするとして提出義務を肯定した。これに対して後者は、申立人への提示は予定されておらず、現行犯逮捕等の捜査の秘密にかかわる事項や被疑者、被害者その他の者のプライバシーに属する事項が含まれていることなどがないとはいえず、本件では被疑事件の捜査が継続中であって、捜査の秘密に開示される事項や被疑者等のプライバシーが含まれる蓋然性が高く、開示によって今後の捜査や公判に悪影響が生じたり、関係者のプライバシーが侵害されたりする具体的なおそれがあるため、提出の拒否は裁量権を逸脱、濫用したものではないとして提出義務を否定した。参考判例①では、告訴状および被害者の供述調書について、一般的には開示することで被害者等の名誉、プライバシーの侵害や、捜査や公判への不当な影響という弊害が発生するおそれがあるとしつつも、被害者が別件訴訟を提起しており、すでに書証として提出された陳述書の中で被疑事件の態様が詳細かつ具体的に記載されていること等の具体的な事実関係の下では、被害者の名誉、プライバシーが侵害されることによる弊害が発生するおそれはなく、捜査や公判に不当な影響が及ぶおそれもないため、開示の拒否は裁量権の濫用、濫用となり提出義務があるとした。4 本件の場合本件文書は刑事事件関係文書に該当するが、法律関係文書に該当するかは問題となる。本問と同様の事案である参考判例④は法律関係文書該当性について判断していないが、同決定では法律文書に該当するとしており、それを参考にすると、本件文書は、Aが共犯者とともに起こした被疑事件の被疑者となり、その捜査の過程で作成されたものであり、その後、Aが起訴されて刑事被告人となったことからすると、捜査機関とBとの間に形成された本件被疑事件に関する法律関係に関連のある事実が記載され、その法律関係を明らかにする目的で作成されたものであるため法律関係文書に該当する。仮に法律関係文書に該当しても、本件文書のように、捜査段階で作成された供述調書に含まれるため、同条による開示が裁量権の逸脱、濫用に該当しなければ提出義務を負わないことになりそうである。本件申立ては、すでに有罪判決が確定しているが、本件訴訟において、本件刑事公判において提出されなかったものと同様の主張をし、その主張事実を立証するために本件文書の提出を求めるものであるところ、本件文書が提出されなくても、AとBの証人尋問を申し出たり、本件刑事公判で提出された証拠を書証として提出することなどが可能であり、本件訴訟や本件文書を証拠として取り調べることが、Aの主張事実の立証に必要不可欠なものとはいえない。また、本件文書が開示されることで、Bや第三者の名誉、プライバシーが侵害されるおそれがないとはいえない。そのため、本件文書の開示拒否は、裁量権の範囲を濫用、逸脱したとはいえず、提出義務は否定される。そのため、本件申立ては認められない。なお、参考判例①では、法律文書該当性については触れていないが、仮に該当しなくても、刑事訴訟法47条との関係で提出義務がないことになるので、結論の上では変わりがない。

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

文書提出義務
2025/09/03
Xは、埼玉県に居住して生活保護法に基づく生活扶助の支給を受けていたが、同法の委任に基づいて厚生労働大臣が定めた「生活保護法による保護の基準」(以下、「保護基準」という)の改定により、所轄の福祉事務所長から生活扶助の支給額を減額する旨の保護変更決定を受けた。そこでXは、保護基準の改定は違憲、違法なものであるとして、上記福祉事務所長の属する地方公共団体を被告として、上記各保護変更決定の取消等を求めた。Xらは、厚生労働大臣が保護基準を改定するに当たって根拠とした統計に係る家計の集計方法が不合理であることなどを立証するために必要があるとして、国(Y)が所持する、2008年および2014年の全国消費実態調査の調査票である家計簿A(10月分の収支)、家計簿B(11月分の収支)、年収・貯蓄等調査票および世帯票が綴じられたファイル一式のうち、単身世帯のもの(以下、「本件申立文書」という)につき、文書提出命令の申立て(以下、「本件申立て」という)をした。裁判所は本件申立てを認めることはできるか。*国民生活の実態について、家計の収支および貯蓄、負債などの家計資産を総合的に調査し、全国および地域別の世帯の消費、所得、資産に係る水準などを明らかにすることを目的とした調査であり、5年に1回実施されている。調査は、都道府県知事等の任命または委託を受けた調査員が対象となる世帯に調査票の各用紙を配布し、被調査者がこれらに所定の調査事項に該当する事項を記載したものを封筒に入れて密封し、調査員が回収する方法によって行われる。現在では「全国家計構造調査」という。●参考判例●最決平成25・4・19判時2194号13頁最決平成17・10・14民集59巻8号2265頁最決平成17・7・22民集59巻6号1888頁●解説●1 公務秘密文書とは民事訴訟法220条4号ロ(→問題40)は、「公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」については提出義務を免れるものとしている。このような文書は「公務秘密文書」と呼ばれ、公務秘密文書を一般提出義務の除外事由としているのは、公務員の守秘義務を尊重しつつ、真実発見の要請を満たすためであり、証人尋問において、公務員に職務上の秘密について証言拒絶権が認められていること(197条1項1号・191条1項)と同様の趣旨に基づく(→問題40)。公務秘密文書の要件は、公務員に対する証人尋dont't の監督官庁の承認要件(191条2項)に対応するものである。公務秘密文書と似た概念に、「公文書」がある。公文書は、公務員または公務員であった者がその職務に関して保管、または所持する文書である。公務秘密文書は通常は公文書であるが、保管、所持するので公文書であることが多いが、私人が国や地方公共団体の法律顧問に基づいて所持する場合もある。民事訴訟法220条4号ロは、公文書に限定していないため、私人が公務秘密文書を所持する場合であっても、文書提出義務を免れる。2 公務秘密文書の要件参考判例②は、労災事故に係る労働基準監督署等の調査担当者が作成の災害調査復命書に対する文書提出命令が申し立てられた事案であるが、公務秘密文書に該当するための要件を明確にしている。すなわち、①公務員の職務上の秘密に関する文書であること、②それを公表することで公共の利益を害するか、公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあることである。①公務員の職務上の秘密とは、公務員が職務上知り得た非公知の事実であって、秘密として取り扱われているもの(形式説)では足りず、実質的にも秘密として保護に値するもの(実質説)を指す。②に、公務員の所掌事務に属する秘密だけでなく、公務員が職務を遂行する上で知ることのできた私人の秘密であっても、それを公にすることで私人の信頼が損なわれ、公務の公正かつ円滑な遂行に支障を来すものもこれに含まれる。②については、単に文書の秘密性がおかされる抽象的なおそれでは足りず、文書の内容からみて具体的なおそれが存在することが必要である。②の具体的なおそれの例としては、①行政内部の意思決定の自由が害される可能性がある(参考判例②。ただしあまりない)、②①の調査の結果判明するに至った人の情報について、私人に秘密を誓約したり、聴取内容をそのまま記載・引用したり、法的な強制権限に基づかずに、具体的なおそれを立証する方がやりやすい(参考判例②)。もっとも、①において実質説を採用すると、②の要件は重なり合うようにもみえる。そのため、①では文書の性格や記載内容を客観的に判断する(客観的、外形的判断)にとどめるべきか、②については裁判所が実質的な判断を行うべき(山木・後掲91頁)。別の考え方として、②の判断に当たっては、文書を提出することによる公益上の不利益と、それによって生ずる当事者への支障を比較衡量して判断する考え方もある(伊藤493頁)。この考え方によると、①と②では考慮要素が重なる。比較衡量についてはされていないものの、行政庁の運用と違うとも、同法による裁判を実現する正当な利益との利益を公平に犠牲にしてまで実現されるべきである。3 公務秘密文書の判断手続一般の私文書につき文書提出命令の申立てがされた場合には、裁判所は、証拠の必要性など、その申立てに理由がないことが明らかでないときを除き、民事訴訟法221条4号に該当する文書であるか、監督官庁の意見を聴かなければならない(223条3項後段)。そして、当該監督官庁は、当該文書が公務秘密文書に該当する旨の意見を述べるときは、その理由を具体的に示さなければならない(同項前段)。監督官庁の意見が、国の安全が害されるおそれ、諸外国もしくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ、または諸外国もしくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ(223条4項1号)、あるいは犯罪の予防、鎮圧または捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれ(同項2号)があるというものであるときは(高度公務秘密)、その意見に相当な理由があると裁判所が肯定し、相当な理由があるとは認めるに足りない場合(参考判例①)、当該文書の提出命令を命ずることができる。監督官庁が、当該文書の所持者以外の技術または職業の秘密に関する事項に係る記載がされている文書について公務秘密文書に該当しない旨の意見を述べようとするときは、あらかじめ、当該第三者の意見を聴かなければならない(223条5項)。秘密主体である第三者の保護のためである。他方で、公務秘密文書に該当する旨の意見を述べる場合には、意見聴取の必要はない。それ以外の場所に監督官庁の意見には拘束力はなく、裁判所は民事訴訟法220条4号ロに該当するか否かの最終的な判断権があるが、公務秘密文書に該当すると認めるときも、この文書を提示させることができる。との所持者にこれを開示させることができる。この場合、何も提示された文書の開示を求めることができず、裁判官のみが文書を閲覧して、公務秘密文書に該当することを判断することになる。このような手続をインカメラ手続という。3 本問の場合本問では、本件申立文書が公務秘密文書に該当するか、具体的には本件申立文書には①~③に該当する情報が含まれるため、②の要件を満たすかが問題となる。参考判例①では、1999年度と2004年度の全国消費実態調査の調査票の提出が求められたところ、原審では、そのうちの一部、すなわち家計簿や年収・貯蓄等調査票から都道府県市区町村番号や世帯の仕事等を分断した部分、世帯票から都道府県市区町村番号、世帯の氏名、電話番号、住所等の欄を除いた部分で、60歳以上の単身世帯のものに限定して提出命令を発令した。申立文書から居住地域(都道府県市区町村番号)が特定される部分を除外すれば、被調査者の特定可能性は抽象的なものにとどまるので、これが訴訟に提出されることで被調査者に係る公の遂行に支障を来すおそれは抽象的なものにとどまるという理由に基づく。これに対して最高裁は、以下の理由により、調査票のすべてが公務秘密文書に該当するとした。全国消費実態調査のような基幹統計調査は、参考判例②のような個別的な調査権能に基づくものではなく、報告の内容の真実性および正確性を担保するために、被調査者の任意性に応答した正確な報告が行われることが極めて重要であり、そのためには調査票情報を保護して被調査者の情報保護に対する信頼を確保することが求められる。原審が提出命令を発令した文書には、被調査者の識別や特定を容易にする情報が除外されているものの、被調査者の家族構成や居住状況、月ごとの収入や日々の支出の状況、年間収入、貯蓄高と負債高と借入金残高等の資産の状況など、個人とその家族の消費生活や経済状態等についての極めて詳細かつ具体的な情報が記載されている。これらの情報の記録された文書が訴訟で提出されると、当該訴訟の審理等を通じてその内容を知った者は法令上の守秘義務等を負わず、利用の制限等も受けないので、被調査者を特定して情報の全体を詳細に知る可能性もある。そうすると、任意に調査に協力した被調査者の信頼を著しく損ない、被調査者の任意の協力を得ることが著しく困難となり、全国消費実態調査に係る統計調査の遂行に著しい支障をもたらす具体的なおそれがある。すなわち②の要件を満たすというものである。同様に考えると、本件申立文書は公務秘密文書に該当し、提出命令は出されない。仮に②につき比較衡量説を採用した場合であっても、統計データ処理が正確であったか否かが、それを基礎とした行政機関の裁量権の逸脱性に直接結びつくわけではなく、本件申立文書の証拠としての必要性はそれほど高くないため(参考判例①・田原睦夫裁判官補足意見参照)、②の要件は満たし、公務秘密文書に該当することになる。

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

文書提出義務
2025/09/03
XはAの取引先であり、Aの信用状態に不安を抱いていたが、AのメインバンクであるYが、Aを全面的に支援するとXに説明したために、Aとの取引を継続した。しかし、Aの経営状態は好転せず、Aに民事再生手続(法的倒産手続の1つであり、債務者の事業を継続させながら、債権整理を図る手続)の開始決定が出され、XはAに対する売掛債権が回収できなくなった。そこで、Xは、YがAの経営破たんの可能性が大きいことを認識しながらも、Aを支援するといってXらを騙し、また、Aの経営状態についてできる限り正確な情報を提供する注意義務を怠ったために損害を被ったとして、Yに対して不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。Xは不法行為の立証に必要があるとして、YがAについて作成、所持する自己査定文書につき、文書提出命令の発令を申し立てた。金融機関は、金融庁から業務の健全性や適切性の検査を受けるが、その検査の際に用いる手引書である検査マニュアル(現在は廃止されている)によると、債務者の財産状況、資金繰り、収益力等により、返済能力を判定し、債務者を、「正常先」、「要注意先」、「破綻懸念先」、「実質破綻先」および「破綻先」に区分することが求められていた。この区分を債務者区分というが、自己査定文書は、この債務者区分を行うために作成し、会社更生による査定結果の正確性を客観的に保証する目的で作成する文書であり、Yは従来の検査マニュアルに沿って自己査定文書を作成、保持していた。裁判所は自己査定文書について文書提出命令を発することができるか。●参考判例●最決平成11・11・25民集62巻10号2507頁最決平成19・12・11民集61巻9号3364頁最決平成19・11・30民集61巻8号3186頁●解説●1 自己査定文書の自己使用文書性参考判例③によれば、自己査定文書は民事訴訟法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」(自己使用文書)には該当しない。銀行は、法令によって資産査定が義務付けられているところ、自己査定文書は、YがAに対して有する債権の資産査定のために必要な資料であり、監督官庁による資産査定に関する検査においても、資産査定の正確性を裏付ける資料として必要とされているものである。すなわち、Y自身が利用するのみならず、それ以外の者による利用が予定されているため、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であるということはできず、自己使用文書の要件を満たさないからである(自己使用文書の要件については問題41)。2 自己査定文書の職業秘密該当性自己査定文書の記載内容を考えると、自己査定文書は民事訴訟法220条4号ハ所定197条1項3号の「職業の秘密」を含む文書として、提出義務を免れるか。この問題を考えるに際しては、自己査定文書を、その記載内容に応じて分解し、それぞれについて職業秘密該当性を判断する必要がある。通常、自己査定文書には、①公表することを前提として作成される貸借対照表および損益計算書等の財務情報に含まれる財務情報、②金融機関が守秘義務を負うことを前提に顧客から提供された非公開の顧客の財務情報、③Yが外部機関から得た顧客の信用に関する情報、④顧客の財務情報等を基礎として金融機関自身が行った財務状況、事業状況についての分析、評価の過程およびその結果ならびにそれを踏まえた今後の業績見通し、融資方針等に関する情報(分析評価情報)が含まれていた。このうち、①については、そもそも公開が予定されているものであり、その事項が公開されると……当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるもの」(最決平成12・3・10民集54巻3号1073頁)といえず、職業の秘密には該当しない(職業の秘密の定義については→問題40)。(2) 金融機関が守秘義務を負うことを前提に顧客から得た顧客の財務情報②の部分は職業の秘密に該当するであろうか。金融機関が有する顧客情報が、職業の秘密に該当するか否か問題となる。参考判例①では、訴訟の被告となっている顧客の取引先である金融機関に対して、その取引履歴が記載された明細書の開示が問題となった。金融機関は、顧客との取引内容に関する情報を顧客との契約上の守秘義務の範囲にかかわる情報などと顧客情報につき、守秘義務を負うが、この情報が民事訴訟法上保護される「職業上の秘密」には該当せず、その根拠に提出義務を拒むことはできないとした。しかし、「金融機関が有する上記守秘義務は、上記の根拠に基づき顧客との間の関係において認められるにすぎないものであるから、金融機関が民事訴訟において訴訟外の第三者として開示を求められた顧客情報については、当該顧客自身が当該民事訴訟の当事者として開示義務を負う場合には、当該顧客が上記顧客情報につき金融機関の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有せず、金融機関は、被告Y銀行において上記顧客情報を開示しても守秘義務に違反しない」のであり、金融機関が顧客情報につき「職業上の秘密」として保護の利益の帰属主体となる場合を完全に否定したものではない。秘匿される情報は顧客自身のものであるが、最高裁は、顧客自身の職業の秘密ではなく、その情報を所有している金融機関の職業の秘密として処理する姿勢を示している。もっとも、参考判例①は、顧客が訴訟当事者であり、金融機関が第三者である場合であり、本問のように、金融機関が訴訟当事者となり、第三者である顧客の情報開示が問題となるケースについても射程が及ぶか明らかではなかったが、参考判例③は、この場合にも同様の判断を示すことになった。したがって、顧客が訴訟上開示義務を負う顧客情報については、金融機関は、顧客に対する守秘義務を理由に開示を拒絶することはできず、金融機関がこれにつき職業の秘密として保護に値する独自の利益を有するとはいえない。別として、職業の秘密としては保護されない。本問で、非公開のAの財務情報についてAが開示義務を負うかを検討すると、Aに民事再生手続が開始し、手続開始前のAの信用状態に関する情報は手続を通じて債権者らに開示されているので、これを訴訟で開示してもAが被る不利益は小さく、職業の秘密として保護はされず(訴訟当事者以外の第三者の職業の秘密を判断する際の比較衡量に消極的な見解として長谷部・後掲54-56頁)、その他に文書提出義務を免れる事由もないため、本文では比較衡量説を採らず、Y自身にもこれを秘密にする独自の利益は認められない。そのため、Yの職業の秘密には該当せず、Yは開示義務を負う。(3) 分析評価情報③金融機関自身が行った分析評価情報は、顧客自身の情報ではない。この部分の職業秘密該当性を考える場合には、前掲・最決平成12・3・10の示した、「その事項が公開されると……当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるもの」に該当することに加えて、その情報が、比較考量の結果保護に値する秘密である必要がある。この点、報道機関の取材源について、職業の秘密に該当することを理由に証言拒絶を認めたケースにおいて、最高裁は比較衡量説を採用することを明示したが(→問題40)、このケースは、憲法上の表現の自由(憲法21条)によって保護される報道の自由、取材の自由の保護につながるものであり、かつ、文書提出義務の存在ではなく証言拒絶の可否が問題となったものである。そのため、その他の職業秘密一般、また文書提出命令の場合にも、比較衡量を行うのか明らかではなかった。ところが、参考判例③において、最高裁は、所持者提出命令の対象文書に職業の秘密に当たる情報が記載されていても、「所持者提出命令が民訴法220条4号ハ、197条1項3号に基づき文書の提出を拒絶することができるのは、対象文書に記載された職業の秘密が保護に値する秘密に当たる場合に限られ、当該情報が保護に値する秘密であるかどうかは、その情報の内容、性質、その情報が開示されることにより所持者に与える不利益の内容、程度等と、当該民事事件の内容、性質、当該民事事件の証拠として当該文書を必要とする程度等の諸事情を比較衡量して決すべきものである」として、取材源以外の秘密が問題となった文書提出命令の場合にも比較衡量説を採用する旨の判断をした。本問の分析評価情報は、これを開示することにより、Aが重大な不利益を被り、AのYに対する信頼が損なわれるなどYの業務に深刻な影響を与え、以後その遂行が困難になるため、Yの職業の秘密に当たる。しかし、分析評価の対象となったAについてはすでに民事再生手続が開始しており、それ以前のAの財務状況、事業状況等に関する分析評価結果を開示してもAが受ける不利益は小さく、Yの業務に対する影響も軽微である。これに対して、本問の民事事件の重要性は高く、また、分析評価部分には、Aの経営状態に対するYの率直かつ正確な認識が記載されている可能性が高く、証拠価値は高いため、これに代わる中立的・客観的な証拠を見いだせなければ、この部分は保護に値する秘密とはいえず、Yは提出義務を負わない(参考判例①の原審(東京高決平成19・1・10金法1826号49頁)ではこの部分は職業秘密に該当するとして開示を認めている。しかし、邦銀の自己分析ノウハウ等も含まれる可能性もあるので、この部分は外部機関の職業の秘密に該当し、外部機関は開示義務を負わないので、Yも提出義務を負わない。自己査定文書には、顧客とは無関係の第三者の財務情報等が含まれている可能性もある。この部分はそもそも証拠価値が低いので提出する必要がなく、通常は、第三者の情報に該当する部分のみを墨塗りして提出することになる。あるいは、この部分は第三者の職業の秘密に該当し、第三者は開示請求を負わず、これを所持する金融機関も第三者に対する守秘義務を負い、Yの職業秘密に該当するとして開示義務は否定される。

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

文書提出義務
2025/09/03
XはY銀行から、5億円の融資を受け、この資金でA証券株式会社を通じて株式等の有価証券取引を行ったところ、多額の損害を被った。そこで、Xは、YのB支店長が、貸付段階において、Xの経済状態からすれば、Yの貸付金の利息や有価証券取引から生ずる利益しか支払うしかないことを知りながら、過剰な融資を行ったのであり、これは金融機関が顧客に対して負っている安全配慮義務に違反する行為であると主張して、Yに対して、損害賠償を求める訴えを提起した。この訴訟の中で、Xは、有価証券取引によって貸付金の利息を上回る利益を上げることができるという前提でXへの貸出しの稟議が行われたこと等を証明するために、Yが所持する貸出稟議書(本件文書)につき文書提出命令を申し立てた。これに対して、Yは、本件文書は民事訴訟法220条4号ニ「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に該当するので提出義務を負わないと主張した。裁判所は本件文書について提出命令を発することができるか。●参考判例●最決平成11・11・12民集53巻8号1787頁●解説●1 文書提出義務とその除外事由書証とは、裁判官が文書を閲読し、その記載内容を証拠資料とするための証拠調べであり、その対象となる文書を裁判官に提出するには、立証者自らが所持する文書を提出する方法以外にも、挙証者が文書を所持しない場合には、所持人に文書の任意提出を求める送付嘱託の申立て(226条)や、強制的に文書の提出を求める文書提出命令を申し立てる方法がある(219条)。文書提出命令を発するためには、申立ての形式的要件を満たすのみならず(221条)、文書の所持者が提出義務を負うことが必要である。文書提出義務は、旧民事訴訟法以来、当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき(引用文書、220条1号)、挙証者が文書の所持者に対しその引渡しまたは閲覧を求めることができるとき(権利文書、同2号)、文書が挙証者の利益のために作成されたとき(利益文書、同3号)、挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき(法律関係文書、同3号)、に認められてきたが、加えて、現行の民事訴訟法においては、文書の証拠としての価値の高さや、証拠の偏在を解消する必要性等への配慮から、証拠調べが除外事由に該当しない限り、文書の提出義務を負うものとして、一般的な提出義務が認められている(同4号)。2 自己使用文書の要件本問で問題となったのは、民事訴訟法220条4号ニに列挙されている除外事由の1つである「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」(自己使用文書)に、貸出稟議書が該当するかどうかである。自己使用文書に該当する文書としては、日記や、備忘録、手帳、手紙のように、おおよそ外部の者に開示することが予定されていない個人的な文書がこれに該当する点はとくに問題ない。このような文書を開示することにより侵害される可能性があるのは、個人のプライバシーといった極めて保護法益の高い利益であり、裁判における真実発見の利益を犠牲にしてまでも、保護する必要性が高いからである。ただし、企業が有する文書についても、自己使用文書として開示を拒むことができるかが問題となるケースが増加している。この点、参考判例①は、自己使用文書の要件を明記した。これによれば、①ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示されることが予定されていない文書であること(外部開示性)、②開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあること(不利益性)、さらに③特段の事情がないこと、の3つの要件を満たす文書は、自己使用文書に該当する。2 外部開示性団体の文書が外部に公開されることを予定しているものであるかを判断する際に、判例は、それが法令によって作成が義務付けられているものであるかどうかを考慮し、これが義務付けられている場合には、外部への公開が予定されているものと判断する傾向がうかがわれる。例えば、保険業法に基づき損害保険会社の保険管理人が作成した調査報告書(最決平成16・11・26民集58巻8号2393頁)や監査役の監査に供することが予定されている自己査定資料(最決平成19・11・30民集61巻8号3189頁)については、外部への公開が予定されているものとして提出義務が肯定されている。これに対して、市議会議員が、市から所属会派に交付された政務調査費を用いて行った出張に係る調査研究報告書と添付書類(最決平成17・11・10民集59巻9号2503頁)や、政務調査費の報告書と領収書(最決平成22・12判時2078号3頁)については、当時の条例や要綱・規則によって、会派での保管が義務付けられているが、会派の代表者に提出されるにすぎず、議長・市長への提出は予定されていないので、専ら会派内部で利用され、外部への公開を予定していない文書であるとして、提出義務が否定された。しかし、その後政務調査費の支出に係る領収書や会計帳簿(1万円以下の支出)につき、条例上は議長への提出は義務付けられていないが、議長によって閲覧される可能性があることが明らかにされているもの(最決平成26・10・29集民248号15頁)、他方で、弁護士会の綱紀委員会の議事録および議案書については、会則等によって作成と保管が義務付けられているものの非公開とされていること等から、専ら相手方の内部の利用に供する目的で作成され、外部に開示されることが予定されていない文書であるとして、提出義務が否定されている(最決平成23・10・11判時2136号9頁)。3 不利益性文書を開示することにより、個人のプライバシーや団体の自由な意思形成が害される可能性がある場合には、自己使用文書に該当するものとして提出義務を免れる。自己使用文書について提出義務を否定することによって保護される法益に個人のプライバシーがあることに異論はなく、このことは、判例においても、顧客のプライバシーに関する情報が含まれていれば社内通達文書について自己使用文書性を肯定するもの(最決平成18・2・17民集60巻2号496頁)、調査報告書に記載される第三者のプライバシーが侵害され、その結果将来の調査に支障を来たす可能性があるとして自己使用文書性を肯定するもの(前掲・最決平成17・11・前掲・最決平成22・4・12)からみることができる。これに対して、団体の有する文書について、これを開示することにより、団体の自由な意思形成が阻害される可能性があることも、開示による不利益性の1つとして含めるか否かについては見解が分かれる。個人のプライバシーのみで保護すれば足りるという見解も有力であるが、最近では、団体に意思決定プロセス等を文書化させ、保管させることにより、業務執行の適正さを確保するといった社会的価値があるとして、これが侵害されることも不利益の1つに含まれるという見解も示されている(前掲・集民207頁)。4 特段の事情特段の事情が認められるとされているのは、本問のような貸出稟議書の場合、申立人がその対象である稟議書の利用関係において所持者である金融機関と同一視できる立場にある場合(最決平成12・12・14民集54巻9号2709頁。ただしこのケースでは特段の事情を否定)、文書作成者である金融機関が清算手続に入っており、営業譲渡を受けた債権譲渡人が文書を所持している場合(最決平成13・12・7民集55巻7号1411頁)などがあるが、極めて限られた場合にしか肯定されていない。3 貸付稟議書の場合銀行の貸出稟議書とは、支店長等の決裁権限を超える規模、内容の融資案件について、本部の決裁を求めるために作成される文書である。そして、通常は、融資の相手方、融資金額、資金使途、担保・保証、返済方法といった融資の内容に加え、銀行にとっての収益の見込み、融資の相手方の信用状況、融資の相手方に対する評価、稟議書を起案した担当者の意見などが記載され、それらを受けて行った本部の担当部署などの決定の過程が当該貸出稟議書に添付される。とすれば、銀行の貸出稟議書は、銀行内部において、融資案件についての意思形成を円滑、適切に行うために作成される文書であって、法令によってその作成が義務付けられたものでもなく、①外部非開示性の要件を満たす。さらに、融資の是非の審査に当たって作成されるという文書の性質上、忌憚のない評価や意見も記載されることが予定されており、これを開示することにより、団体の自由な意思決定を害される可能性もある。参考判例①は、これも保護されるべき利益であるとして、②の不利益性要件を肯定的に判断している。しかしながら、個人のプライバシーのみが保護されるべきであるという見解によれば当然、そうでなくても、文書を開示したことにより団体内部での意思形成の自由が必然的に害されるとは限らないとすれば、②の要件は満たされず、自己使用文書には該当せず、文書提出命令を発することができる。なお、②の要件を満たすとした場合、本問では、銀行が破たんしている等の事情もうかがわれず、③の特段の事情の存在も認められない。したがって、本件文書は自己使用文書に該当し、裁判所は文書提出命令を発することができない。●参考判例●勅使川原和彦=百選・138頁/垣内秀介「自己使用文書に対する文書提出義務免除の根拠」伊藤眞ほか編『小島武司先生古稀祝賀 民事訴訟法の理論と政策』(商事法務・2008)243頁/伊藤眞『自己使用文書再考』高田裕成ほか編『福永有利先生古稀紀念・企業紛争と民事手続法理論』(商事法務・2005)239頁

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

証言拒絶事由
2025/09/03
Y放送局は、健康食品を製造・販売するA株式会社の代表取締役Xが、原材料を水増しして得た所得をアメリカ合衆国の関連会社に送金して、その役員に退職させる形で所得を付け替えているとする内容の放送を行った。Xは、この放送の結果、国税庁の調査を受けるのみならず、A社の評判が著しく低下して、自己の経営する会社の売り上げが減少したと主張して、Yに対して損害賠償請求訴訟を提起した。Yは、報道が公共の利害に関連し、かつ公益を図るものでありその内容は真実であること、そして、仮に真実に反する部分があったとしても、事前に十分に裏付け取材を行った上で放送を行ったのであり、真実であると信じるについて相当な理由があるので、不法行為責任を負わないと反論した。Yは、この事実を立証するために、Y放送局の取材活動をしたBを証人として申請し、これが採用され、Bの証人尋問が実施された。その中で、Bは、アメリカの国税当局職員を取材し、任意に情報を得たことは明らかにしたものの、取材対象者の氏名や住所等を明らかにするよう求められたところ、取材源に関することと職業の秘密に該当するとして、証言を拒絶した。Bの証言拒絶は認められるか。●参考判例●最決平成18・10・3 民集60巻8号2647頁●解説●1 証人義務と証言拒絶事由証人尋問は、民事訴訟法上認められる5つの証拠調べの1つであり、証人、すなわち当事者本人や法定代理人以外の者が、自己の経験した過去の事実や状態について陳述した内容を証拠資料とすることを目的として行われるものである。当然である限り、誰でも証人としての資格が認められるとともに、日本の裁判権に服するものは、証人として裁判所に出頭し、宣誓の上、証言する義務を負う(190条)。これを証人義務といい、これに違反する場合には、過料、罰則が科せられる(192条〜195条)。勾引されうる(194条)。これは、公正かつ真実に基づいた裁判を可能にするためである。ただし、例外的に、真実の発見を犠牲にしても保護すべき価値がある場合には、証言を拒絶することを認めている。例えば、証言が、証人自身またはその者と一定の身分関係にある者に対する刑事処罰を招くおそれのある事項や名誉を害すべき事項について尋問する場合(196条)には、憲法上の自己負罪拒否特権に基づき(憲法38条1項)、証言を拒絶することが認められる。公務員または公務員であった者が、職務上の秘密について尋問を受ける場合(197条1項1号・191条1項)、医師、弁護士、宗教の職の者などが職務上知り得た事項で黙秘すべき事項について尋問を受ける場合(197条1項2号)、さらに、技術または職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合にも(同項3号)、証言拒絶が認められる。証言拒絶をする場合には、証人は拒絶の理由を疎明することが求められる(198条)。受訴裁判所は、当事者を審尋して、決定で裁判をする(199条1項)。この決定に不服がある当事者と証人は、即時抗告をすることができる(同条2項)。ただし、公務員が職務上の秘密について尋問を受ける場合には、この手続は適用されず(同条1項)、裁判所は尋問の正当性について判断をもたず、監督官庁の判断に委ねられるとするという見解が多数である。2 技術または職業の秘密本問では、技術または職業の秘密に関する証言拒絶権が問題となっている。技術または職業の秘密の意味については、最決平成12・3・10(民集54巻3号1073頁)によれば、「その事項が公開されると、当該技術の有する社会的価値が下落しこれによる活動が困難になるもの又は当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるもの」を指すものとすると不正競争防止法2条1項4号の営業秘密とは必ずしも一致するものではなく、技術上のノウハウのほかにも、芸術や学問に関する秘訣なども含まれる。もっとも、学説や下級審裁判例(札幌高決昭和54・8・31下民集30巻5=8号403頁等)においては、ある秘密が、上記意味における職業の秘密に該当するだけではなく、秘密の公開によって秘密の保持者に生ずる不利益と、秘密を開示しないことによって生ずる不利益、すなわち、裁判の真実発見や公正が犠牲になるという不利益とを比較衡量した結果、保護に値する秘密のみが証言拒絶の対象となるという見解が主張されてきた(比較衡量説)。これに対して、比較衡量説を否定し、秘密の客観的性質のみを考慮して、証言拒絶権の成否を決すべきであるという見解も有力である。このような比較衡量を肯定することにより、秘密と考えられている事項が、裁判の公正という事後的な事情によって、証言拒絶の対象となったり、ならなかったりするため、秘密の保持主体の予測可能性を害するからである。しかしながら、報道関係者の取材源が問題となった参考判例①において、最高裁は比較衡量説を採用することを明示した。3 報道関係者の取材源の秘密の秘匿該当性本問のような、報道関係者の取材源は、職業の秘密に該当して、証言拒絶の対象となるであろうか。一般に、報道関係者の取材源は、それが開示されると、「報道機関と取材源となる者との間の信頼関係が損なわれ、将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられることとなり、報道機関の業務に深刻な影響を与え爾後その遂行が困難になる」 (参考判例①) ので、上記定義に該当し、取材源の秘密は職業の秘密に当たると解される。ただし、証言拒絶を肯定するためには、比較考量の結果、保護に値する秘密と判断される必要がある。比較衡量の際に考慮すべき要素としては、下記のような事項が挙げられる。まず、秘密を開示することによる不利益としては、「当該報道の内容、性質、その持つ社会的な意義・価値、当該取材の態様、将来における同種の取材活動が妨げられることによって生ずる不利益の内容、程度等」を考慮する必要があるが、報道機関の報道のための取材の自由が、報道の自由と並び、憲法21条の表現の自由の保障を受けることを十分に配慮する必要がある。そして、これと相対する秘密を開示しないことによる不利益としては、「当該民事事件の内容、その持つ社会的な意義・価値、当該民事事件において当該証言を必要とする程度、代替証拠の有無等」を比較検討する必要がある。本問の報道は、脱税の有無という公共の利害に関する報道であり、その社会的な意義は大きいといえる。しかも、その取材の手法、方法が一般の刑罰法令にふれるとか、取材源となった者が秘密の開示を承認しているというような事情はなく、取材源の開示により、将来の同種の取材活動が妨げられる可能性は高い。他方で、本件民事事件は、売上げの減少による損害賠償を求めるものであり、個人の利益追求を超えた公共な社会性に対する影響を有する事件ではなく、社会的な意義や重要性がある事件とまではいい難い。また、本件において取材源に係る証言を得ることが必要不可欠であるか、その他の証拠が存在するのであればBの証言の保護は保護に値するものと解され、証言拒絶には正当な理由がある。

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

事案解明義務
2025/09/03
A社は、Y市内に産業廃棄物処理施設を設置する計画を立て、設置許可の申請を行った。Aの中間層は、専門家らで構成される産業廃棄物処理施設設置審議会での審査を経た後に、Y市長Bは事業の実施を計画に施設設置許可処分をした。設置予定地の周辺に在住するXらは、Yを相手に処分の取消しを求めて訴えを提起した。Bの設置許可処分が違法であると裁判所が認定するためには、Xはどのような事実を主張・立証しなければならないか。また、XがXの主張する事実を主張・立証することができない場合に、Yに対して、処分が適法でなかったことを主張・立証させる義務を課すことはできるか。●参考判例●最判平成4・10・29 民集46巻7号1174頁●解説●1 行政処分の取消訴訟における主張・立証責任本間の産業廃棄物処理施設設置許可処分のような行政庁の裁量処分は、裁量権の範囲の逸脱や濫用があった場合に、これを取り消すことができる(行訴30条)。一般に、行政処分の取消訴訟において、主張・立証責任が誰にあるのかは争いがあるが、裁量処分の取消事由については、原告が主張・立証責任を負うものと解されている。具体的には、原子力施設設置許可処分の違法性が認められるための裁判所の判断が争われる原子力発電所設置許可取消訴訟における判断は、原子力委員会(筆者注・現在では原子力安全委員会)若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に合理性があるか否かという観点から行われるべきであって、現在の科学技術水準に照らし、調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした被告行政庁若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、被告行政庁の判断がこれに依拠したと認められるときには右判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法と解すべきである」。「被告行政庁がした右判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべきもの」とされる。そのため、原告としては、これらの要素を基礎づけるような具体的な事実を主張・立証しなければならない。このように、取消しを主張する原告に、取消事由を基礎付ける事実の主張・立証責任があるとしても、主張・立証に必要な産業廃棄物処理施設の安全性に関する資料のほとんどは行政庁側にあり、かつ、行政庁は安全性の調査に関わった多数の専門家を擁していることを考えると、専門知識のない原告が、上記事実を主張・立証することは困難を極める。そのため、本来であれば主張・立証責任を負わない行政庁側にも、一定の範囲で主張・立証の負担を課す必要性が認められるようになっている。2 事案解明義務とは本問のような行政訴訟に限らず、当事者間に、証拠や情報、専門知識の偏在がある訴訟において、本来の主張・立証責任を負う当事者(「立証責任者」)の負担を解消するために、一定の要件の下で、事案の真相を解明するために、明文の根拠のない法律構成を考える。その1つに、事案解明義務の議論がある。ただし、明文の根拠を持つ考え方の方が、より説得的である。事案解明義務が認められるのか。また、認められるとして、その根拠や要件、効果は何か、見ていきたい。事案解明義務を肯定する見解は、その根拠を、裁判所と当事者が協力して事案の真相を解明し、当事者が主張する権利保護を可能にするために、当事者が民事訴訟法上の一般的な義務であるとして、その義務が認められる要件として、①主張・立証責任を負う当事者が事件の事実関係から隔離されており、②その当事者が自己の主張につき具体的な手がかりを示し、③相手方当事者に事案解明を期待することが可能であり、④主張・立証責任を負う当事者が事実関係を知り得ずまたは事実関係から隔離されていることについて、非難されることがないことなどが必要である。この要件を満たす場合には、主張・立証責任を本来は負わない当事者が、具体的な主張・立証をする一般的な訴訟法上の義務を負い、これに違反した結果、要証事実が真偽不明に陥った場合に、当該当事者に訴訟上の不利益を課するとする (a説)。同じく事案解明義務を肯定する別の見解によれば、①証明責任を負う当事者が事象経過の外部におり、②事実を自ら解明する可能性を有しないが、③それに対して相手方は容易な事実解明をすることができる者であり、かつ、④具体的事情からみて、解明を相手方に期待し得る場合には、相手方は、信義則(2条)に基づく事案解明義務を負う。そして、証明責任を負う当事者の概括的な事実主張に対しても、期待可能な範囲で具体的な事実を挙げて否認したり、これを説明するための証拠提出義務を負う。これに応じない場合には、相手方の主張事実を有効に争ったものと認められず、自白が擬制されて、相手方の主張事実がただちに判決の基礎となる(b説)。もっとも、上記見解が必ずしも広く支持されているわけではない。一般に、当事者が信義則に基づく事案解明義務を負うことは肯定されているが、これに違反した場合に、真実擬制や証明責任の転換のような強い効果まで認めることは、明文の規定がない以上困難である、せいぜい、弁論の全趣旨(247条)として、違反者に不利益な事実認定をすることが可能であるという見解が散見されるにすぎない。3 最高裁判所の立場この点、参考判例①は、「原子炉施設の安全性に関する専門的調査審議等すべての過程において、被告行政庁が保持していることなどを考慮すると、被告行政庁の側において、まず、その依拠した前記具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認される」としており、一般論として、被告に行政事件訴訟法上の事案解明義務があることを肯定したものといえる。ただし、結論として、被告行政庁は十分に主張・立証をしたため、原告は立証に成功しなかったと判断しており、被告がどの程度の主張・立証をすれば、義務を果たしたと評価できるかは明らかではない。また、先に紹介したa説、b説のように被告が事案解明義務を果たさなかった場合に、どのような訴訟上の効果が認められるかについても触れることはなく、被告の主張・立証が不十分であると裁判所が判断した場合に、原告の主張する事実を真実と認定できると解するにとどまる。さらにこの判例は、国賠法違反の場面として、要証事実が事実上立証を困難とする場合にも、事実上の推定を認めるには、一方の当事者が主張や証拠提出をしない場合には、その事実が当事者にとって不利益なものであるという経験則が機能する必要があるが、そのような経験則があるかは疑問である。そこで、判例のいう事実上の推定とは、単なる経験則に基づく事実上の推定ではなく、a説のように、それを超えた裁判規範を認めたものと解される。4 本問の検討このように、学説で主張されている事案解明義務の要件・効果が判例によって採用されているかどうかは明らかではない。仮にa説に従うと、本問では、原告は、行政庁での審査からYによる許可処分に至る一連の事実経過の外に置かれており、行政庁の判断の不合理性を基礎付ける具体的な事実の主張・立証責任が不可能であり、それについて、Xには非難可能性がある。これに対して、Yは審査に要した資料、専門家を擁しているYに判断の不合理ではなかったことを主張・立証させることは可能であり、また、期待しても不当ではない。そこで、XがYの判断の不合理さを基礎付ける具体的な手がかりさえ示せば(判例によれば、それさえ不要ともいえる)、Y側で、自己の判断が合理的でなかったことを基礎付ける具体的な事実を主張・立証する必要があり、それを怠った場合には、Xの主張する事実を真実であると擬制することができる。

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

違法収集証拠
2025/09/03
XとSは夫婦であるが、Sが職場の同僚であるYと不貞行為をしたことを理由に、相手方Yに対して、損害賠償を求める訴えを提起した。XはSとYの不貞行為を立証するために、Sが就寝中に、Sが枕元に置いていたスマートフォンを勝手に閲覧してSとYとの間で交換されたSNS上のやりとりを入手しようとした。その際、これに気付いたSとの間でもみ合いになったが、XはSを殴打して無理やりこれを取り、やりとりを撮影して、これを証拠として提出した。Yはこの証拠は不法であるから却下すべきであると主張した。裁判所はこの証拠をどのように扱うべきか。参考判例① 東京高判昭和52・7・15判時867号60頁② 東京地判平成10・5・29判タ1004号260頁解説1 違法収集証拠とは違法収集証拠とは、実体法規に違反して獲得された証拠方法を指す。刑事訴訟手続では、違法に収集された証拠については、公判手続においてその証拠能力を否定する違法収集証拠の排除法則が判例上発展してきた。これは、国家の捜査機関による違法な捜査手続きを抑止し、適正な裁判を保障することが、憲法上の要請であるからである(憲31条・35条)。これに対して、民事訴訟は私人対私人の訴訟であり、違法な証拠収集を禁止する要請はそれほど強くない。また、民事訴訟法では、証拠能力に関する規律は特に用意されておらず(例外は160条3項・188条・352条1項・371条、民訴規15条・23条1項)、このことから、違法収集証拠であっても証拠能力は当然には否定されないと考えられてきた。しかしながら、一方当事者が違法に収集した証拠を無制限に許容すると、当事者間の公平を害するのみならず、公共の適正な裁判にも反する。つまり、司法に対する国民の信頼を損なう可能性もある。そのため、民事訴訟においても、違法な証拠収集と提出を無制限に許すことはできない。これを抑止する方法としては、違法収集証拠の証拠提出を権限の濫用に評価して証拠申請を却下し、あるいはその立証価値を否定して、処遇することも考えられる。また、立証価値としては、証拠収集制限を処遇として、違法に証拠を収集できる手段を働くことより、違法な手段を用いて証拠を収集する必要性をなくしていくことも考えられよう。ただし、現在では、端的に違法収集証拠の証拠能力を制限すべきであるという考え方が有力に主張されている。2 違法収集証拠の証拠能力をめぐる裁判例実務では、古くから、相手方当事者や第三者の会話を無断で録音したデータやそれを反訳した文書を提出する例や、他人の日記やノートを盗んでこれを提出する例がみられた。最近でも、離婚係争の訴訟で、相手方当事者の携帯電話の通信履歴や、スマートフォンやパソコンの電子メールの内容等を勝手に閲覧して情報を取出し、これを文書として提出したりする場合があり、下級審裁判例では、これらの証拠能力が争われてきた。ただし、違法収集証拠の証拠能力に関しては裁判例はない。下級審裁判例は、一般論としては、一応の場合には証拠能力が制限されるとしつつも、結論として証拠能力を肯定するものが多くみられる。例えば、参考判例①は、芸人である当事者の担当者との面談における会話を密かに録音したテープの証拠能力が問題となったケースにおいて、一応論として、「証拠が、著しく反社会的な手段を用いて、人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって採取されたものであるときは、それ自体違法の評価を受け、その証拠能力を否定されてもやむを得ない」としつつも、このケースではその録音の手法が著しく反社会的なものと認められる事情はないとして、証拠能力を肯定している。このように、人の精神的・肉体的自由を拘束するなどの人格権侵害があったかという点(被侵害利益)に加えて、収集手段が著しく反社会的な手段を用いて行われたか(手段の相当性)を考慮して、証拠能力を判断する枠組みは他にもみられた(名古屋判平15・2・18判時1800号128頁、東京地判平成18・2・6LLB・DB判例番号)。また、無断録音テープの証拠能力が問題となったケースでは、人格権の侵害の事実のみならず、それを正当化する会話の内容、証拠の重要性、会話の内容の秘密性を総合的に考慮して判断するものもあった(大阪地判昭46・11・8判時656号56頁、福岡高判昭59・8・10判時1135号98頁)。他方で、証拠の収集対応の社会的相当性の有無を考慮する例もみられる。例えば、参考判例②は、夫が妻の不倫相手を被告として提起した慰謝料請求訴訟で、夫が離婚係争の準備として弁護士に差し出したか、手元にある妻と作成した大学ノートが、妻によって持ち出され、被告から書証として証拠申出されたところ、「当該証拠の収集の仕方が社会的にみて相当性を欠くなどの反社会性が高い事情がある場合には、民事訴訟法2条の趣旨に反し、当該証拠の申出は却下すべき」としている。勝手に信書が持ち出された例(名古屋地判平成3・8・8判タ149号151頁)や、電子メールが無断で開示された例(東京地判平成17・5・30 LLB/DB判例番号)において、同様の基準が用いられている。無断録音のケースにおいては人格権侵害の有無に加えて、証拠収集方法の社会的相当性等も検討し、手紙やメール等を無断で提出するようなプライバシー侵害のケースでは、収集方法の相当性に着目する傾向もみられるが、違法収集証拠の証拠能力に関して統一的な基準が立てられているわけではない。3 違法収集証拠の証拠能力に関する学説学説では、古くは、違法収集証拠の証拠能力を無条件に肯定し、違法に証拠を収集した者に対しては民事、刑事責任を別途追及すれば足りという見解もみられたが、最近では何らかの形で制限を認めようとする見解が多い。ただし、制限の根拠、根拠とする法規は区々に分かれる。例えば、違法収集証拠の権利が制限される根拠としては、実体法と訴訟法の秩序の統一性を理由に、実体法に違反した収集された証拠は、訴訟法上も違法と考える考え方がみられる。ただし、この考え方に対しては、体系的な違法判断を訴訟法的なそれと同一視する必要性はないとの批判がある。そのほかにも、当事者間で妥当する「論争のルール」に照らして、個別に違法収集証拠の許容性を判断すべきであるという見解もあるが、証拠を排除する具体的な基準を明らかではない。違法な証拠収集行為は、相手方当事者や裁判所に対して、信義に従い誠実に民事訴訟を遂行しなければならない義務(2条)に反するので、その結果収集された証拠方法を用いることも許されないという見解もある。証拠排除の基準が明らかにならないという問題は残るが、後述のように諸要素を比較衡量して証拠排除を決定する見解に比較的好意的なものといえる。当事者像の1つである証明権の内在的制約として証拠能力を否定する見解もあり、この見解によれば、違法収集証拠の証拠能力は基本的に否定される。同様に排除の証明権を明確な基準として、例えば意図に反して収集された証拠(違憲収集証拠)の証拠能力は否定されるという見解も有力である。例えば、憲法上保障されている人権侵害があった場合は証拠能力が否定されるが、それ以外の場合であっても、侵害利益の重大性と、原告の権利保護の必要性を総合的に考慮して証拠能力を判断すると見解や、違憲収集証拠は原則として証拠能力が否定され、証拠能力を肯定するためには、挙証者のほうで違法性阻却事由を立証する必要があるという見解である。これは、裁判官に憲法遵守義務があることを根拠とするものであるが、なぜ違法収集があった場合のみが否定されるのか明らかではない、また、違憲収集に関しては区別がないので、証拠の収集手段の重要性、真実発見の必要性(当該証拠の重要性や代替証拠の有無)、事件の性質、違法収集証拠で侵害される人格権の種類(被侵害利益の重大性)、収集の態様、違法な証拠収集の誘発を防止する利益等を総合的に衡量して証拠能力を解決しようとする見解が比較的好意。ただし、真実発見の要請と、証拠収集の重要性、訴訟の公益性等を考慮に入れると、証拠収集に対する予測可能性を欠くという問題はある。比較衡量を見る見解の中には、違法収集証拠であっても証拠能力を肯定しつつ、裁判官が証拠能力の問題として、これらの要素を勘案するばかりというものもあるが、違法収集証拠が問題として、これらの要素を勘案する考え方などにおいて、違法の程度が高い証拠の証拠能力を、裁判官が低く評価する価値は保障されないが、違法収集証拠の利用の問題として捉えるのでなく、証拠能力の問題として考えるべきであろう。最近では、被侵害利益に着目し、プライバシーや営業秘密の侵害があった場合には、本人の同意がない限り、一律に証拠能力を否定すべきであるという見解もある。現行の民事訴訟法では、文書提出義務の除外事由として、職業の秘密に関する文書(197条1項2号)や自己利用文書が挙げられているが(220条4号ニ)、後者は、プライバシーについては、強制的な開示から免れ、絶対的に保護すべきであるという立法者の意思決定がされたことの表れであるからである。4 本問の場合本問は、プライバシー侵害があった事例である。そのような場合、下級審裁判例は、収集方法が反社会的な否かに着目して証拠能力を判断しているようである。この基準を用いると、本問の場合には、XがSから暴力をふるってスマートフォンを取り上げているので、反社会的な手段によって収集された証拠と評価することができ、証拠能力を否定することできよう。他方で、多数説のように、さまざまな要素を比較衡量して決定する見解によると、加えて証拠の重要性、唯一の証拠であるかといった事情を総合的に判断して証拠能力を判断することになる。本問においても、この証拠がSの不貞行為を立証する唯一の証拠である場合には証拠能力が肯定される可能性がある。これに対して、違法収集証拠の証拠能力を否定する見解や、プライバシー侵害の場合には一律に証拠能力を否定する見解によれば、本件証拠の証拠能力は否定されることになる。参考文献重点講座46頁以下/中川・百選132頁/杉山悦子「民事訴訟における違法収集証拠の取扱いについて」高橋宏志ほか編『伊藤眞先生古稀祝賀・民事手続の現代的使命』(有斐閣・2014)311頁 (杉山悦子)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

証明妨害
2025/09/03
Xは、自己所有の自動車についてY保険会社との間で自家用自動車総合保険契約(本件保険契約)を締結していたが、Xから自動車を借り受けたAが交通事故を起こし、自動車が全損したので、Yに対し車両保険金の支払を求め本訴を提起した。この中で、Yは、保険料分割払特約によると、分割保険料の支払の支払時期経過後1か月以上遅滞したときは、支払期日以降に生じた保険事故について保険金を支払わない旨の約定があったところ、Xは本件事故当時、すでに3か月分の分割保険料の支払を遅滞しており、保険金の支払義務は免れるという抗弁を提出した。これに対してXは、本件事故発生の前日に遅滞分の分割保険料相当の現金および小切手をYの保険代理店に持参したが、Yの代理店は保険料の支払について領収書に日付を記入しなかったために、支払日を立証できないと主張するとともに、このような場合にまで、Yが保険料支払を拒絶することは信義則に違反して認められないと反論した。裁判所は、YがXによる支払日の立証を妨げたことを理由に、Yの抗弁を排斥することはできるか。参考判例① 東京地判平2・7・24判時1364号57頁② 東京高判平3・1・30判時1381号49頁③ 大阪高判昭55・1・30判タ409号98頁④ 新潟地判昭和46・9・29下民集22巻9=10号1頁解説1 証明妨害理論とは証明妨害とは、訴訟当事者が、故意または過失により、相手方による証拠の収集・提出を困難にしたり妨害した場合に、その効果として、妨害された当事者の主張について訴訟上有利な扱いを認める法理である。この法理が、明文で認められている場合がある。例えば、民事訴訟法224条1項~3項によれば、当事者が文書提出命令に従わないときは、相手の申立てを妨げる目的に提出命令ある文書を滅失させたり、使用不能とした場合には、その文書に関する相手方の主張を真実と認めることができる。さらに、同条3項では、加えてその文書によって証明すべき事実に関する相手方の主張を真実と認めることもできると認める。同法208条は、当事者尋問で、当事者が、正当な理由なく出頭せず、または宣誓や陳述を拒んだときは、裁判所が尋問事項に関する相手方の主張を真実と認めることができるとし、同法229条4項も、挙証対照用文字の筆記を拒絶した場合などに、裁判所が、文書の成立の真否に関する挙証者の主張を真実と認めることができるとする。このように実体法で定めがある場合以外にも、証明妨害法理を適用することが認められるかが問題となる。例えば、医師が法律上作成を義務付けられているカルテの作成を怠ったり、破棄するなどして、患者の立証行為を妨害するような場合には、明文規定がなくても、証明妨害法理を用いて対処する必要がある。この点、一般論として、明文規定がない場合にも証明妨害法理を適用することは認められているが、その根拠・要件・効果については見解が分かれる。2 証明妨害の根拠・要件・効果(1) 根拠 証明妨害の根拠について、経験則を根拠とする見解、実体法上の義務を根拠とする見解、信義則を根拠とする見解がある。経験則を根拠とする説は、相手の証明活動を妨害するのは、それが不利な証拠である可能性が高いという経験則に基づき、妨害者に不利な扱いをすることを認めるものである。しかしながら、故意による妨害の場合はともかく、過失による妨害の場合に、このような経験則が働くとはいえず、証明妨害のすべてのケースをカバーすることはできない。そこで、実体法上当事者が証拠を保全する義務を負うとか、訴訟法上一般に、真実解明のために相手方の主張・立証活動に協力する義務があり、これらの義務に違反するという見解もある。もっとも、実体法上このような義務が規定されている場合は限られており(民 666 条・685 条等)、かつ、明確なき訴訟法上の協力義務を当事者に負わせることは困難である。そのため、当事者間の信義則(2条)を根拠に、当事者に相手方の証明活動を不当に妨害してはならない信義則上の義務を負うと説明する見解が多数である。(2) 要件 証明妨害が成立するためには、客観的要件として、①証拠方法の作成・保全する義務に違反すること、②それにより相手方の証明活動が困難になったことが必要である。例えば、土地所有権確認の訴えにおいて、被告が土地の占有を侵害して物標、道標を行い、土地の境界を明示していた境界の境界標、杭、里道などの目標を破壊して、原告の占有する土地の範囲の立証を妨害し、民法188条に基づく所有権の範囲の立証を妨害するような場合がこれに当たる(参考判例④)。また、工場が河川に有害物質を流出して周辺住民に中毒症を起こした場合に、工場内の有害物質の製造工程図を焼却したり、調査をせずにプラントを全撤去したために、工場が原因物質を排出したことの立証が困難になる場合もこれに当たる(参考判例③参照)。加えて、主観的要件として、当該違反行為につき故意・過失があることが必要である。ただし、重過失に限定するか、あるいは軽過失の場合も含まれるかについては、見解が分かれる。(3) 効果 証明妨害の効果については、さらに見解が分かれ、証明責任を妨害者側に転換することを許容する説(証明責任転換説)、自由心証の枠内で事実上の推定を行い、妨害者に有利な事実認定をすることを許容する説(事実推定説)、あるいは証明妨害がある場合に証明妨害を認めるに対しては、画一的な処理しかできないという批判があるが、証明責任を軽減する見解も、軽減の程度によっては、事実上証明責任を転換したのと同じ結果になり得る。また、事実上の推定を用いる見解は、挙証責任の証明度を下げて、相手方に証拠提出責任を課すことになるため、証明責任を軽減する見解と大差がない。そこで、最近では、裁判所が事案の不存在について証明度が達している場合でも、当該事実の存在を認定することができる、つまり、真実擬制まで認める見解も有力である。3 本問の扱い保険契約者が保険料の分割特約に基づく分割保険料の支払をその責めに帰すべき事由により支払期限より1か月を超過した場合に、保険者の保険金支払義務を免責する旨の保険約款は有効である。そのように免責がその後に発生する保険事故について保険金支払義務を負わない保険法を保険自体と状態という。保険自体と状態がなしている場合に、遅滞分割保険料等の支払があったことに理由を保険金の支払を求めるためには、被保険者は、支払が保険事故の発生前になされたことを主張・立証する責任を負う。この点のように、支払された日の保険事故の発生時と先後関係は、保険者に保険金支払義務があるかどうかの決定的な事実である。そして、被保険者の立証に困難をきたさないようにするためにも、保険者は保険契約者から遅滞分割保険料を受領したときは、保険契約者に対して、受領金額のほかはその日付を明示した弁済受領書を交付する法律上の義務がある(民486条)。保険者がその領収書に日付を記載していない弁済受領書を交付した場合には、上記義務に違反して被保険者の立証を妨害したといえる。本問では、Yにはこのような実体法上の証明方法を被保険者に違反がみられる。参考判例①ではこのような判決がなされている。また、保険者の保険契約者の無知に乗じて保険の効力を失効期間を曖昧にするようにいうまで、当事者の信義則に違反しているという評価も可能である。控訴審である参考判例①ではこの点が重視されている。いずれにしても、実体法上あるいは信義則上の証明方法の作成義務違反があり、その結果、Xが保険金支払日の立証が不可能になっている。妨害者の主張については、裁判の便宜が故意または過失に基づく場合に証明妨害があったとする見解(参考判例①)と、故意または重過失があったことの必要があるとする見解(参考判例①)がある。本問のように、領収書に日付を記載しなかった場合には、故意・重過失を認定できるようにも思われるが、参考判例①は、故意とは、「保険金を支払う結果を避けるために保険契約者の無知に乗じて保険の効力の失効期間を曖昧にする等」意図を指し、重過失とはそれと同視しうる程度のものを指すとしている。故意、重過失をこのような意味で捉えれば、本件では軽過失はともかく、故意、重過失があったとまではいえず、参考判例①②いずれの見解を採用するかによって、証明妨害の成否の判断が違ってくる。証明妨害があった場合の効果について、証明責任転換をするという見解(参考判例①)によれば、Xは保険金を請求するために、支払が保険事故より前であることを主張・立証する必要はなく、保険者であるYにおいて保険事故が保険料支払前になされたことを主張・立証しなければならない。これに対して、事実上の推定、真実擬制、証明度軽減、証明責任転換という効果を、実証事実の内容、妨害された証拠の内容や態様、当該事案における妨害された証拠の重要性、経験則などを総合考慮して裁判所が決めることができるとするすれば(参考判例②)、Xの供述の曖昧さや、支払に用いられた小切手の振出日など他の証拠も総合考慮をして、本件事故前に保険料の支払があったことを推認、あるいは擬制することができるかどうか、裁判所が裁量に基づいて判断することができる。参考文献河野憲一郎・百選122頁/山本和彦・民事訴訟法21頁 (杉山悦子)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

証明責任の分配
2025/09/03
Yは、土地をXから賃借して、その上に建物(本件建物)を建築・所有している。その土地の一部をAに賃貸し、Aはその上に建物を建築した。Xは、この賃貸がXの承諾を得ずに行われたことを理由に、X・Y間の賃貸借契約を解除して、本件建物収去・土地明渡しを求める訴えを提起した。これに対してYは、転貸については事前にXの承諾があると主張して、X名義の承諾書を提出したが、第1審では鑑定の結果、承諾書の真正が認められず、Xの同意はなかったものとして請求は認容された。控訴審において、Yは、仮に無断転貸であっても、民法612条による無断転貸による解除権の発生は信頼関係を破壊させるような信義則違反がある場合にのみ認められるところ、Xはそのような事実を主張・立証していないので解除は認められないと主張した。Yの主張は認められるか。参考文献三木浩一「民事訴訟法248条の意義と機能」河野正憲ほか編『井上治典先生古稀論文集・民事紛争と手続理論の現在』(法律文化社・2008)412頁 / 山木戸克子「自由心証主義と損害認定」竹下守夫編集代表『講座民事訴訟法②』(弘文堂・1999)304頁 / 長谷部由起子「損害額の認定」法教397号(2013)15頁 / 杉山悦子・百選116頁 (杉山悦子)参考判例① 最判昭41・1・27民集20巻1号136頁② 最判昭43・2・15民集22巻2号217頁解説1 証明責任(1) 証明責任とは、裁判所は、当事者に争いのある事実については、証拠調べの結果と弁論の全趣旨を考慮して自由な心証に基づいて認定されなければならない(自由心証主義、247条)。しかしながら、証拠調べの結果と弁論の全趣旨を考慮したにもかかわらず、事実の存否・不存在について裁判官が確信を得られない場合もある。このような状態を真偽不明(ノン・リケット)という。この場合に、裁判をしないという選択肢はなく、現行法は証明という制度を用いて、事実の存否あるいは不存在を仮に定することで裁判をすることを可能にしている。証明責任とは、法令適用の前提として必要となる事実について、訴訟上真偽不明の状態が生じたときに、その法令適用に基づく効果の発生が認められないとされる当事者の負担をいう。例えば、金銭返還請求訴訟において、返還約束の事実については、原告に証明責任があり、この事実が真偽不明になった場合、金銭返還請求権の発生という法律効果が認められず、請求は棄却される。(2) 主観的証明責任と客観的証明責任 上記意味における証明責任は、裁判官が、自由心証による事実認定に努めたが、それでも真偽不明に終わった場合、つまり、自由心証主義が尽きた段階に機能するものであり、客観的証明責任とよばれる。客観的証明責任はこのように、訴訟の最終段階ですらも不利益を導く規範において機能する。これに対して、訴訟の開始段階、あるいはその途中における当事者の行為を規律する概念として、証拠提出責任(主観的証明責任)がある。証拠提出責任はさらに、抽象的証拠提出責任と具体的証拠提出責任とに分けられる。抽象的証拠提出責任は、事実が何も証明されないことによる敗訴を避けるために、証拠を提出しなければならない責任である。これは訴訟開始前から抽象的に定まっており、客観的証明責任の分配と一致する。これに対して、具体的証拠提出責任とは、ある事実について裁判官の暫定的な心証が形成された場合に、この事実が証明されることで不利益を受ける当事者が、その心証を打ち消すために活動をしなければならない責任である。これは一種の行為責任でもあり、立証の必要ともよばれる。例えば、貸金返還請求訴訟において、原告は金銭授受の事実と返還約束について客観的証明責任、抽象的証拠提出責任を負い、裁判官にこれらの事実について確信を得させるための立証活動を行わなければならないが、被告も、これらの事実について裁判官が確信を形成することを避け、真偽不明に持ち込むための立証活動を行わなければならない。当事者からは必ずしも明らかではないものの、裁判官の心証に応じて、事実上の立証の必要性が、原告と被告の間を行き来するが、これが具体的証拠提出責任である。2 証明責任の分配(1) 法律要件分類説 法律効果発生の基礎となる特定の要件事実について、客観的証明責任をどの当事者が負うのかを定めるのが、証明責任の分配である。これは、民法117条1項、453条、自動車損害賠償保障法3条但書のように明文の規定がある場合を除き、一般には法規の解釈によって定められる。通説は、実体法規をその法律効果に応じて、権利発生を基礎付ける権利根拠規定、権利根拠規定に基づく法律効果の発生を妨げる権利障害規定、いったん成立した権利を消滅させる権利消滅規定に分類し、それらが有利に働く当事者がその要件事実について証明責任を負うとする。つまり、権利根拠規定については権利を主張する者が、権利障害規定と権利消滅規定については義務者と主張する者が証明責任を負う。このように、法律効果発生の要件を分類して、それを基礎として証明責任の分配を決する見解を、法律要件分類説という。例えば、貸金返還請求訴訟においては、返還約束と金銭授受が請求権発生を基礎付けるために必要な権利根拠事実であり、請求を主張する原告たる債権者が証明責任を負う。これに対して、通謀虚偽表示による無効(民94条)を主張する場合には、これは権利発生を妨げる権利障害事実であるので、被告である債務者が証明責任を負う。また、弁済の事実は、いったん発生した金銭返還請求権を消滅させる事実であるので、権利消滅事実であり、被告たる債務者が証明責任を負う。実際には、本文ただし書、1項2項という法規の表現形式は、証明責任の分配に照応するように規定してある。本文や1項が権利根-規定である場合には、ただし書や2項は権利障害事例となる。例えば、民法585条の相殺を主張する場合、同条1項本文は権利根拠規定であり、本人の事項は、相殺の効力を主張する当事者(通常は被告)が証明責任を負う。これに対し、同項ただし書は権利障害規定であり、債権の性質上相殺が許されないことについては、相殺の効力を否定する当事者(通常は原告)が証明責任を負う。2項は1項本文に対しては、権利障害規定となり、相殺制限特約の存在を第三者の善意について、相殺の効力を否定する当事者(原告)が証明責任を負う。(2) 利益衡量説 法律要件分類説に対して、必ずしも実体法が証明責任に配慮して定められているわけではないので、実体法の規定の仕方のみで定められるのは妥当でなく、そのような規定がされた根拠を明らかにしなければならないという批判がなされ、法規の立法趣旨、当事者間の公平の観点、すなわち、証拠との距離、立証の難易、事実の蓋然性の高さなどの実質的要素を考慮して分配を決定すべきであるという有力説もあった。(3) 修正法律要件分類説 実際には、個々の法規について、利益考量を最大限に働かせる考慮をしつつもアドホックに証明責任を判断することは困難であり、原則、前提として法律要件分類説を採用しつつも、それを修正する要素として、上記事由を考慮する見解が多数を占めるようになってきている。例えば、民法585条の準消費貸借契約の成立を主張する場合、旧債務の存在は、条文の構造からは権利根拠規定として、債権者が証明責任を負うようにも解されるが、旧債務の権利証書をなくす場合が多いことなどに配慮して、公平の観点から、旧債務の不存在について債務者が証明責任を負う(参考判例②)。3 本問における証明責任の所在民法612条2項は、賃借人による無断転貸の場合に解除権を認めているが、判例(最判昭28・9・25民集7巻9号979頁)では、「賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信行為と認めるに足らない特段の事情」がある場合には、本来に基づく解除権は発生しないものとされている。この要件は判例によって付け足されたものであり、法律要件分類説の立場からも、証明責任の分配は明らかではない。1つの考え方として、解除権を抑制するために、賃借人側に背信行為と認められる特段の事情が存在する場合にのみ解除権が発生するとして、特段の事情の主張・立証責任は賃借人側にあるという見解があり得る。これに対して、無断転貸を営む「背信行為」を解除権の発生要件とする本文の定型が形成されたとして、背信行為は権利根拠要件であり、無断転貸の事実とこれを裏返させる関係事実であるとする見解も主張された。この見解によれば、背信行為と認めるに足らない特段の事情」は、この推認を揺るがす間接反証事実であり、その証明責任は賃借人側にある。ここで、間接反証とは、ある主要事実について証明責任を負う者が、経験則からみて主要事実を推認させるに十分な間接事実を一つ証明した場合に、相手方がその間接事実とは別の、しかもそれと両立し得る別の間接事実を証明することによって主要事実への推認を妨げたり弱めるに持ち込む証明活動をいう。本来、相手方は主要事実について証明責任を負わないので反証をあげれば足りるところ、間接反証理論によれば、別個の間接事実については本証を行わなければならない。無断転貸の事例では、背信行為が主要事実であり、無断転貸はこの背信行為を推認させる間接事実であり、賃貸人がこの間接事実を証明した場合には、背信行為の存在が強く推認されるので、賃借人としては、無断転貸という間接事実自体を真偽不明に持ち込むか、特段の事情として、無断転貸ではあるものの、しかも両立する間接事実を本証することによって、かかる推認を妨げて、背信行為という主要事実を真偽不明に持ち込むことが必要となる。しかしながら、この見解に対しては、そもそも、間接事実について証明責任を観念する点で問題があるほか、背信行為という一般条項を主要事実として捉える点で無理があるなどの批判がされている。そこで、多数説は、無断転貸を解除権発生の権利根拠事実とし、「背信行為と認めるに足りない特段の事情」を権利障害事由と理解して、賃借人側に証明責任があると考える。参考判例①も、特段の事情の証明責任は賃借人にあると判示している。したがって、本問におけるYの主張は不当であり、Y自身が、解除権の発生を妨げるような「背信行為と認めるに足らない特段の事情」について証明責任を負う。参考文献高田裕成(第5版)(2015)138頁 / 八木毅二・百選244頁 (杉山悦子)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

損害額の立証
2025/09/03
Xは、A市に居住し、灯油を購入していたが、石油連盟Yによる生産調整と石油元売業者Yら12名による値上協定によって高い価格で灯油を購入させられたと主張して、民法709条に基づき、YとY1に対して損害賠償を請求する訴訟を提起した。裁判所は、YとY1に独占禁止法違反の価格協定(独占禁止法3条によると、事業者は他の事業者と協定を通じて対価を決定したり、引き上げたりして、競争を実質的に制限することが禁止される)があったと認定し、争点はXの被った損害額となった。Xは、現実に灯油を購入した価格と、価格協定があった時点の直前の灯油の市場価格の差額を基礎に損害額を算定したが、裁判所はXの主張を基に損害額を認定してXの請求を認容することができるか。参考判例① 最判平成元・12・8民集43巻11号1259頁② 最判平成18・1・24判時1926号66頁③ 最判平成20・6・10判時2042号5頁④ 最判平成30・10・11民集72巻5号477頁解説1 独占禁止法違反による損害の立証不法行為に基づく損害賠償請求訴訟においては、被害者である原告が、損害の発生、加害行為と損害の間の因果関係および損害額について主張・立証責任を負う。本問のように、一般消費者が独占禁止法違反による損害の賠償を請求する場合には、損害は、違反行為によって形成された価格(現実購入価格)と、当該違反行為がなければ形成されていたであろう価格(想定購入価格)との差額である。したがって、原告は、想定購入価格が現実購入価格より安かったことについて主張・立証責任を負う。ところが、現実購入価格については主張・立証が可能であるとしても、想定購入価格は現在に実在しなかった価格の立証であるから、これをどのように主張・立証し、また、どのように認定するかが問題となる。第1次石油ショックの時期に、事業者らの価格協定で高い価格で灯油を購入させられたとして住民らが損害賠償請求をした参考判例①の控訴審判決(仙台高秋田支部判昭60・3・26判時1147号19頁)は、価格協定の継続がない場合でも、具体的な値上時期および値上幅の割合をもって価格の上昇が確実に予測されるような特段の事情のない限り、価格協定直前の小売価格(直前価格)をもって想定購入価格であると推定するのが相当であるとした。特段の事情としては、原油価格の値上り、灯油の需要の飛躍的な増加、いわゆる狂乱物価の時期における一般生活物資の顕著な値上り等があるが、これらの立証責任は被告側が負うものとした。これに対して、参考判例①は、このような論法は厳格な要件の下でしか認められないとし、推認が認められる前提条件としては、価格協定の実施時から消費者が商品を購入する時点までの間に、商品の小売価格形成の前提となる経済条件、市場構造その他経済的事情に変動がないことが必要であり、その点についての立証責任は依然として原告が負うものとした。これらの立証ができない場合には、直前価格から想定価格を算出することはできないので、他に、検討による直前の基準価格として商品の価格形成上の特性および経済的変動の過程、程度の価格形成要因を消費において主張・立証責任を負うものとした。2 民事訴訟法248条最高の立証によると、原告の想定購入価格の立証負担はかなり大きなものとなる。そして、このような厳しい要件の下で、損害の立証に失敗すれば、すなわち、裁判官に高度の蓋然性を以って確信を得させることができなければ、原告の請求は棄却される(一部認容)。仮に損害の発生が立証されても、損害額の立証が困難であるために請求が棄却されるのは、実質的衡平に反する。きたとしても、損害額の立証ができないために敗訴するという結果を避けるため、民事訴訟法248条は、損害の性質上その額の立証が極めて困難であるときには、裁判所は相当な損害額を認定できるとしている。もっとも、民事訴訟法248条の趣旨と適用対象をめぐっては、立法当時から見解が分かれている。まず、同条の趣旨については、損害額の認定に必要な証明度を軽減したものとみる見解(証明度軽減説)、損害額の判断は立法的な評価の問題であり、同条は裁判官の裁量を認めたものとみる見解(裁量評価説)、あるいはその双方であり、軽減された証明度を基準とする評価がなされたかを判断し、達しない場合には裁量評価で損害額を定めるという折衷的な見解などに分かれており、立案担当者は証明度軽減説を採用していたといわれる。また、立法趣旨との関連性は必然ではないものの、同条の適用範囲についても、慰謝料の算定、幼児の逸失利益の算定、火災で家が焼けた場合の焼失家財道具の算定(実務の焼失の損害額を積み上げて計算するのではなく、損害保険の火災保険の標準モデル家具の家財財産を基準に算定する方法)を例に、どのような場合に適用されるかにつき、見解が分かれていた。例えば、証明度軽減説に立つ立案担当者は、民事訴訟法248条は慰謝料の算定と幼児の逸失利益の算定に関して集積された判例法理を確認したものであり、これらのケースに適用されるのみであり、焼失家財道具の損害算定の場合には適用はないと考えていた。これに対して学説では、証明度軽減説の立場からも、裁量評価説の立場や折衷説の立場からも、慰謝料の算定は、過去の事実を立証するのではなく、そもそも法律的評価の対象として裁判官が自由裁量に基づいて定める性質のものであるから、同条は適用されないとするのに対して、焼失家財道具の算定には同条が適用されるとしていた。ところで、民事訴訟法248条は「損害の性質上」その額の立証が困難な場合に適用されるとしていることから、上記のように、損害をその性質に着目して類型化して同条の適用の有無が検討されてきたが、実際の裁判例では、立案担当者が想定していた適用類型を超えて、事案の性質上損害の立証が困難な場合に、同条を適用するものもみられるようになった。例えば、参考判例②は、特許庁職員の過失により特許権を目的とする質権を取得することができなかったことによる損害の額について、その立証が困難な場合であっても同条を適用して相当な損害額を認定しなければならないとし、また、参考判例③では、採石権者が侵害されたものの、被告がなくした採石した原石と、権限を越えて砕石した岩石が混合しており、損害を区別することが困難である場合に、裁判所は同条を適用して、相当な損害額を認定しなければならないと判示している。ここでは、類型的には損害の立証が困難とはいかなくても、個別具体的な事情の下で、過去に発生した損害の認定が困難である場合に同条を適用することが肯定されている。さらに、同条が単に「認定することができる」と定めるのであるのに対して、これらの判例では、裁判所に同条の適用を義務付け、相当な損害額を認定しなければならないとしている。3 本問と民事訴訟法248条参考判例①の立場によれば、Xは、価格協定の直前に価格と現実の購入価格の差を基礎をもって認定することをもち得ないとするときの価格協定実施時から購入時までとの間に、商品の小売価格形成の前提となる経済条件、市場構造その他の経済的事情要因等に変動がないことについて立証が必要なとなる。すなわち、一般消費者が物価指数の上昇とは関係なく、すなわちその上昇以上に、灯油の価格が上昇したことなどを主張・立証しなければならない。本問では、そこまでXが主張・立証しているとはいえず、損害額の立証には成功せず、請求は棄却されることになりそうである。そこで、民事訴訟法248条を適用して、裁判所は相当な損害額を定めることはできるであろうか。同条は参考判例①の後に新設されたものであり、同条が本問のようなケースに適用されるかについては明らかではない。そして、同条の適用範囲が判例の蓄積によって広められたとしても、本問の場合には、以下のような特殊性があるため、同条の適用の可否が問題となる。損害については、加害行為がなかった場合の利益状態と、加害行為があった現在の利益状態の差額を損害とする差額説と、個々の違法行為について被った不利益こそが損害であり、損害額は、裁判官がこれを金銭評価したものであって、損害額の算定には、本問のような独占禁止法違反による損害賠償事案と、る損害は本来的、かつ、金額の損害額である。ところが、民事訴訟法248条の立証は、本来的に損害がありそうはずである。ところが、民事訴訟法248条は、損害が生じたことが認められても、損害額の立証が困難である場合に適用されるのであり、損害自体の発生については通常の立証を要求している。したがって、本問では、同条が適用されたとしても、損害の発生自体が立証できないとして、請求が棄却されることになりそうである。そこで、本問のように損害の発生自体の立証が極めて困難な場合にも、同条が類推適用されるかが問題となる。この点、学説では、損害の発生の立証に同条を適用することを疑問視するが、学説では、類推適用を否定する見解と肯定する見解とがある。類推適用の有無を検討する前に、損害の立証の性質についてあらためて考える必要がある。判例・通説の採用する差額説の立場は、損害の発生と損害額が重なり合うことを前提としているようだが、民事訴訟法248条がその適用対象を損害額の立証に制限しているのは、立証の場面では、そもそも何らかの損害が発生したことを立証できれば、損害の発生を認めることを前提としているからとも考えられる。参考判例③は、権限なく採石された石の量自体が立証できない場合であったが、金銭評価の損害の発生は認め、損害額についてのみ民事訴訟法248条を適用している。ここから、具体的な量として把握できる損害の発生自体が立証できなくても、何らかの損害が発生したことが立証されれば、同条の「損害が生じたことが認められる場合」となり、あとは損害額の算定に同条を適用すれば足りることになりそうである(これは、本問の損害を損害事実説に親和的である)。この考え方を前提とすると、本問のケースでは、価格協定があり、その結果、わずかでも灯油価格が上昇したことを立証すれば、損害の立証としては足り、損害額の立証の場面において、具体的には想定購入価格の立証の場面において同条を適用すれば足りることになろう。公共工事の談合事例において同条を適用する下級審裁判例(東京地判平18・4・28判時1944号58頁、東京地判平18・11・24判時1965号23頁、東京高判平20・7・2LEX-DB25440325等)も、そのような損害論を前提としているようである。これに対して、具体的な額として立証できる損害の発生自体の立証が必要だという見方もあり得る。とすれば、本問のような独占禁止法違反の場合には、想定購入価格が現実購入価格よりも高いことの立証できなければ、損害の発生自体が立証できないのであり、価格が安かったと認めるためには、想定購入価格についての通常の立証が必要になりそうである。このような考え方を前提とした場合に、民事訴訟法248条の適用を否定するか、あるいは原告救済の必要性を強調して同条の類推適用をするかどうかが問題となる。後者の見解を採用するのであれば、本問のケースでも、裁判官は裁量に基づき、あるいは低い証明度でも損害の発生を認定し、さらに損害額についても相当な額を定めることができることとなる。ところで、民事訴訟法248条を用いて損害額を算定する場合には、裁判所がどの程度の額を認定すべきかが問題となる。下級審裁判例には、同条が損害額の算定を中核で中核に損害賠償義務を負わせる以上、ある程度の額で訴えても全額をもって認定することもやむを得ないとするもの(公共工事の談合事例で契約金額の5パーセントを損害額と認定した前掲・東京地判平18・4・28、前掲・東京地判平18・11・24、名古屋地判平21・12・11判時2072号88頁、有価証券報告書等虚偽記載に基づく損害賠償額に関する東京地判平24・6・22金法1958号87頁)と、不法行為に基づく損害賠償請求権が社会に生じた損害の公平な分担という見地から認められていること等に配慮し、損害額を厳格に算定して果たそうと考えられる範囲に抑えて認定するのが相当であり、訴訟上提出された資料等から合理的に考えられる中で、実際に生じた損害額に最も近いと推測できる額を認定すべきであるとしたものに分かれている(契約金額の7~10パーセントで認定するものとして東京地判平19・9・26判時2012号29頁、名古屋高判平21・8・7判時2070号77頁、東京高判平23・3・23判時2116号32頁、東京高判平28・9・14判時2323号101頁も参照)。

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5