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代理権の濫用

資産家のAは、自己の土地を複数の知人に賃貸し、その管理を、娘婿とその妻のBに委ねていた。2024年4月頃、賃借人の1人から土地(甲)を返還したいとの申出があった。Aは、これを機に甲を売却しようと考え、娘夫婦に相談したところ、(娘の)夫の兄であるBが自分に売却してほしいといってきた。Bと多少の面識もあったAは、売却のため登記を、委任状を交付した。多額の借金を抱えたBは、甲の売却代金を着服し借金の返済に充てようと考えていた。Aから委任状を受け取ったBは、ただちに中古車販売業を営む知人のCに甲を1500万円で買わないかともちかけた。Cは、Bが金銭がらみの揉め事を何度か起こしているのを知っていたし、甲の路線価(市場において取引される価格)が2200万円は下らないことも認識しており、この話に少なからず不安を覚えた。しかし、BがAの委任状を示したうえで契約交渉を行い、甲の登記識別情報も持参していたことから気を許し、甲を1500万円で購入する契約をCとBとの間で締結し、その全額を自己の預金口座に振り込ませた。他方、所有権移転登記を完了したCは、Bとの契約から13日後、不動産業を営むDに甲を1800万円で売却し、移転登記を行った。Dは、甲が格安でBに譲渡されたCは、知人から安く譲ってもらったとBに説明していた。諸々の事情を知ったAは、Dに対して、Aへの所有権移転登記を求めた。また、Bに対しても、損害賠償の請求を行った。これらの請求は認められるか。参考判例最判昭和38・9・5民集17巻8号909頁最判昭和42・4・20民集21巻3号697頁最判昭和44・11・14民集23巻11号2023頁最判平成4・12・10民集46巻9号2727頁解説代理権の濫用とは本問のAは、所有権に基づく妨害排除請求権に基づき、C・D間の所有権移転登記の抹消に代えて、DからAへの移転登記を求めていると考えられる。これに対して、Dからは、A・C間の売買契約は有権代理によるものであり、その結果、Aは甲の所有権を失ったとの反論がなされることになろうが、この反論に対してAからは、Bが代理権を濫用したことを理由に、Bのした代理行為の効力には帰属しないとの再反論がなされるものと予想される。そこで、まず問題となるのは、Bの代理行為が代理権の濫用(107条)に当たるかどうかである。代理権の濫用とは、「代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合」をいう。この場合の代理人には、本人のためにする意思、すなわち、代理行為の効果(債権・債務の発生)を本人に帰属させる意思はある。しかし、その目的ないし動機が、本人との関係からみて背信的と評価されるわけである。条文の体裁からわかるとおり、代理人が代理権を濫用しても、代理行為の効果は本人に帰属するのが原則である。代理人が代理人の目的を知り、または知ることができたときに限り、例外的に無権代理として扱われるにすぎない。この原則と例外の関係を、まずはしっかりと押さえることが大切である。民法107条は、2017年の改正で新設された規定である。改正前の学説には、代理人が背信的な意図でした行為には代理権の授与がないとして、これを相手方の主観的な態様を問うことなく無権代理と捉える見解もあった。この説によれば、相手方の保護は表見代理の規定(110条)によることとなる。しかし、代理権の範囲が、代理人の内心の意図といった揺らぎな基準で決まるとなると、相手方のうかがい知れない事情に代理行為の効果が左右されることになり、取引の安全が害される。代理権の範囲内の行為であるかどうかは、行為の外形から客観的に決まることが望ましい。そのような考えから、従来の判例の立場(参考判例①②)と同様、民法でも、代理人が背信的な意図をもってした行為を代理権の範囲内の行為とすることを原則とするルールが採用された(なお、参考判例①は、法人の代表取締役が権限を濫用した事案である)。代理権濫用の要件と効果自己または第三者の利益を図る目的本問のBは、甲の売却代金を着服する意思があり、実際に代金の全額を自己の借金の返済に充てた。このようなBの行為は、Aとの関係ではAに対する義務の違反となる。代理人は、任意代理であるか法定代理であるかを問わず、もっぱら本人の利益を図るために行為を負っている。この義務は、一般には忠実義務と呼ばれている(信託法30条参照)。代理人が自己または第三者の利益を図る目的(濫用目的)で行為をしたときに本人が(例外的にとはいえ)保護を受けられるのは、代理権濫用の違法があるためである。同様の配慮は、自己契約や双方代理等(利益相反行為)に関する民法108条にもみられるところである。なお、代理人の濫用目的は、代理行為をした時点では存在している必要がある。代理行為の後に濫用目的が生じた場合では、代理行為そのものの効力に影響はない。したがって、本問と異なり、Bが甲を売却した後で代金を着服する意図をもつに至ったような場合には、民法107条の代理権を濫用することはできない。では、代理行為の後に濫用目的が生じた場合に、信義則(1条2項)の規定を適用して代理行為の効果を否定することは可能か。同様の問題は、濫用目的の発生時期が代理行為の前か後かを特定することができない場合にも生じうる。この点は、代理権濫用の効果を例外的な場合に限って否定するとした民法107条の趣旨をないがしろにできない。信義則の規定による柔軟な解決が一切否定されるまでは言い切れないものと思われる。ところで、代理人のした行為が、本人にとって著しく不利なものである場合、すなわち、本人に重大な不利益・損害を被らせるものである場合、代理行為の濫用目的の要件は満たされるのか。たとえば、不動産業者である代理人が相対的な基準で不動産を売却したような場合である。重大な不利益行為は、代理行為の行為(客観的にみれば)本人の利益を図るものとはいえないから、相手方の主観的な態様によっては、本人を保護すべきであるとする見方がある。しかし、①代理人には背信的な意図まではないこと、②義務違反が重大でないかぎり代理人には背信的な意図まではないこと、③義務違反が重大でないかぎり代理人には背信的な意図まではないこと、④代理人が(不注意で)した行為の結果、本人が自殺したのと同様に引き受けさせる代理制度の趣旨に反すること、といった理由から、否定的な立場をとる見解が多い。相手方の悪意または過失代理行為の効果を否定するのは、相手方が、代理人の濫用目的を知り、または知ることができたとき、すなわち、相手方が善意または有過失のときに限られる。悪意や過失の立証責任は、本人側にある。2017年民法改正前の学説には、相手方の主観的要件を「悪意または重過失」とする有力な見解があった。「代理人がしているのは、あくまでも代理権の範囲内の行為である。円滑な代理取引を促進するためには、相手方が特にそれ以上の調査をしなくても、有効な代理行為と扱われるのが望ましい。また、代理人は本人との間の内部的な問題にすぎないから、本人が代理人の行為に対する責任を問われても仕方がない」とはいえない。代理人の濫用目的について悪意または(重)過失の相手方まで保護する必要はない。有力説の考え方は、以上のようなものである。これに対し、判例は、心裡留保との類似性に着目して2017年改正前民法93条ただし書を類推適用し、相手方に軽過失があるにすぎない場合でも、本人の保護を図ってきた。このような状況のもと、③本人の要件は合理性があると考えられる。①本人自身が心裡留保により意思表示をした場合には過失でもよいとされていることとのバランスをとる必要があること、②心裡留保が考慮され、その主観的要件を「悪意または過失」とするルールが採用された(ただし、代理権濫用の場合には、表示に対応する意思がない心裡留保とは異なり、代理行為の効果を本人に帰属させる意思はあることから、①の理由はつけにくい点もある)。相手方の「過失」は、立証責任を負担する本人の側が、その評価根拠事実(代理人の背信的な意図の存在を基礎づける具体的事実)を主張・立証し、それに対して相手方が反論(背信的な意図の存在を基礎づける具体的事実)を主張・立証する。本問のCは、Bが金銭的にルーズにしていることを、もはや価格が相場に比べて廉価であることも認識していた。にもかかわらず、BからBの委任状と甲の登記識別情報をBが持参しているのをみて気を許し、Bと取引を行った。過失の認定にあたっては、この点もどのように評価するかが問われることになろう。法定代理の場合民法107条は、法定代理人が代理権を濫用した場合にも適用される。もっとも判例は、親権者が子を代理して法律行為をする場合のように、法定代理人に広範な裁量が認められている場合には、その行為が本人を無視して自己または第三者の利益を図ることのみを目的としてされるなど、法定代理人に代理権を授与する趣旨に著しく反すると認められる特段の事情が存在しない限り、代理権の濫用に当たらないとする(参考判例④)。親権者は、子に対する愛情から、子の利益を最も優先してその子の財産管理に関する包括的な代理権を期待されている。もっとも、親権者には子の利益を不当に害しないかぎり、自己または第三者の利益を図るために子の財産を処分する権限が与えられていると考えられることから、民法には、親権者の利益と子が利益相反する場合に子の利益を守るための制度(特別代理人の選任)が設けられている(826条)。しかし、親子の間の利益が相反するとまではいえないが、経済的に子の利益となる行為をする者は稀である。そのような特段の事情に対する配慮として、民法107条はなお有用である。なお、法定代理人(特に制限行為能力者の法定代理人)が代理権を濫用した場合、相手方の過失を認定する際には、より柔軟な運用をすることが望まれる。というのも、法定代理人の場合には、本人が代理人を選任したわけではなく、代理人に対するコントロールも期待しがたいからである。代理権濫用行為の効果本問が、代理権濫用目的、および相手方の悪意または過失を主張・立証したとき、代理人のした行為は、代理権を有しない者がした行為(無権代理行為)とみなされる。判例は、従来、心裡留保の規定を類推適用し、代理権濫用行為の効果を「無効」と解していた(参考判例①)。しかし、代理権濫用行為の表示との間に齟齬のある意思表示のように無効とする必然性はない。本人が実際に自己の利益が害される場合に限って効果の不帰属を認めれば足りる。このような考えから、民法では、「無権代理」を原則とし、ここに無権代理に関する一連の規定も適用される。したがって、本人の追認(113条)のほか、相手方の催告権(114条)や取消権(115条)も、行使が可能である。なお、民法107条は、代理行為が本人に帰属しないことを認めただけであり、代理行為自体は有効な代理権の範囲でなされている。もっとも、無権代理の規定が適用されるとはいえ、まだ別の問題である。同条は、代理人の濫用目的につき善意・有過失の相手方に限る。すると、相手方には「代理人の権限があると信ずべき正当な理由がある」とはいえないことから、民法110条が適用される余地はない。代理権濫用と転得者代理権の濫用の適用により無権代理になることがある法律行為に基づき、第三者(転得者など)が新たな法律関係に入ることがある。この場合、第三者と本人との関係は、どのように処理されるのか。無権代理とされる取引を原因とする登記は、実際には登記をしていない無権利な登記である。このような登記を信頼して取引に入った転得者は、一般的には権利外観法理(具体的には民法94条2項の類推適用)によって保護される余地がある(目的物の価格が相当な場合は民法192条)。改正前民法の判例であるが、代理権濫用が2017年改正民法93条ただし書の類推適用によって無効とされる場合でも、代理権濫用について善意の第三者は民法94条2項の類推適用により保護されうるとの判断を示したものもある(参考判例③)。多少問題となりうるのは、代理人の濫用目的につき善意・無過失の相手方から、悪意または有過失の第三者に譲渡された場合である。従来の判例の代理権濫用の効果を「無効」とするのであれば、本人と転得者との間には、いわゆる相対的無効の関係も成り立ち得る。しかし、民法107条は、「無権代理」という構成を採択した。このため、有権代理が無権代理に転ずるという構成を採用した。したがって、代理権の濫用目的につき善意・無過失の場合は有効に権利を取得し、転得者は、善意・悪意にかかわりなく、権利を取得する。Bに対する損害賠償請求本問のAは、Bに対し損害賠償を請求することができる。民法107条により無権代理とされる場合は、相手方には、基づき、代理人の濫用をした代理人の責任を追及することができる。同条は、代理人として契約をした者に無権代理がなかったことを相手方が過失によって知らなかった場合でも、損害賠償請求ができると定めていることからすると、自己の代理権のないことを知っていた有権代理人を追求できると定めている(2号)。代理人は、自己の背信的意図につき相手方が悪意または有過失であったと認められても、代理権の濫用目的を知らなかったことにつき過失が関連問題駐車場を経営する株式会社Aの代表取締役であるBは、イベント会社の経営者と知り合い、その縁で、このイベント会社の取締役に就任し、Aに断りなく会社の預金を引き出して個人的な借金の返済に充てるための資金をAから融通してもらおうと考えた。そこで、Bは、「現在、Aの店舗の改修をしているが、地代や従業員の給料の支払の関係もあり、銀行から融資を受けるまでのつなぎ資金として至急現金が必要になった」と説明し、Cに融資を依頼した。Cの承諾を得たBは、2024年4月10日、7200万円を貸付期間3年でCから借り受け、現金を領収した。その際に、Bは同日付の金銭消費貸借契約書末尾の「連帯保証人」欄にAの住所と商号を記載するとともに、B個人の三文判を押印し、Aの社印を押した。なお、Cは、B個人が借主になる理由について、特にBには説明を求めなかった。また、Aが銀行から融資を受けられることになる予定日についても確認しなかった。以上の状況のもと、Cから連帯保証債務の履行を求められたAは、これに応じなければならないか(なお、利益相反取引の制限に関する会社法356条1号3号、および取締役会の権限等に関する同法362条4項の適用については考えなくてよい)。参考文献吉永一行・百選Ⅰ 54頁 / ポイント42頁(鎌野邦樹)(山田 希)