社内の再発防止
(1) 言うのも聞かせるのも書面で再発防止策については、1で説明したとおりであるが、ここでは、内容ではなく手段や方法について説明しておきたい。とにかく大事なのは、言うのも聞かせるのも、注意するのもルールを伝えるのも、すべて書面で行うということである。 もちろん、電子メールや、社内グループウェアを使用する方法でもよい。 要するに、何らかの文字や形式に残っていることが大事である。 できれば、大事なものについては、有事になにまとどめられるように、PDFなどにしておくことが望ましい。これには様々な効用がある。 1(1)の関係でいえば、指示が形に残るので、その実効性を高めることができる。 また、1(2)の関係では、事故が起きた場合にこれまでどのような注意をしていたのか、今回の事故を受けてどのような注意をしたのか、対外的な説明にとって有益である。 さらに、1(3)でいえば、このような記録に残る形で指導をしていたのに、違反をした、特に違反を繰り返した場合に、重い懲戒処分の有効性も肯定できることが多い。 また、逆に、記録や証拠に残らない形で注意を繰り返していたとしても、それを理由に懲戒や、もっといえば解雇は正当化されにくい。 しかし、逐条違反行為やそれに対する指導を形に残して記録しているのであれば、処分の根拠として強力である。 これはネットトラブル関係以外でも、遅刻、業務の不効率、細かい非違行為、同僚との関係など、あらゆる労働問題でも共通する話である。筆者が使用者から労働問題について相談を受ける際にも、よく経験することである。 使用者は「先生、この従業員は、前々から、〇〇とか△△とか、××とか、そういうことを繰り返してきたんですよ。 何とか、クビにできないか?」と尋ねるが、(日本の解雇規制が非常に厳しいこともあるが)基本的に根拠が不十分であって希望に沿った処理をすることは難しい。 このような非違行為を繰り返している従業員に対しても、記録に残る形式で指導を実践していないことが非常に多い。 使用者の言い分としては、「根気強く(口頭で)注意していたげど、それでも改善するといった具合である。 これまで、ずっと我慢していた」というわけで、使用者も気の毒である。 しかし、この「ずっと我慢していた」は、従業員への情けになるというだけでなく、懲戒処分においては使用者側にとって不利な事情になる。 これは、筆者に限らず、弁護士として労働問題を使用者側から相談を受ける場合、必ず似た経験をしているのではないかと思う。文書での注意、警告などの記録は、まさに使用者サイドにとっての「カード」になるので、ぜひ励行するようにしてほしい。 弁護士としても、相談に来られた段階でこれらがそろっていれば、いろいろと打つ手を提案することができる。(2) 書くべき・書かせるべき具体的な内容情報やインターネットの取扱い、情報の持ち出し、共有方法、注意点など、そうしたものを注意・指導する場合、使用者側が書くべき内容には、それなりの工夫が必要である。次のいずれの点についても注意をする必要がある。① 短い(A4で1枚以内)こと② 記載事項を絞らずに、主体や客体、行動について明記すること③ 従業員はもちろん、第三者が読んでも意味が理解できること①については、この手の注意喚起文の鉄則であり、長文であるとそもそもじっくり読んでもらえなくなる。 また、注意すべきことは、1つひとつはUSBメモリを外部に持ち出すな、あるいは、メールアドレスを確認するように、など、非常に簡単なことである。 チャットの一発言程度の分量でも伝えるのに十分であれば、その分量で何ら差し支えない。 かえって、経緯や、「常日頃から注意していますが」みたいなことは記載しないほうがよい。 簡単に作成できれば、頻繁に発出することができるようにもなり、これは証拠を有事に備えて作っておくという観点からも有益である。②は、ついつい社内向けの文書だとやってしまいがちである。 しかし、記載が省略、特に、主体、客体、目的語の省略がある文書は、書き手にはわかっていても、読み手がその意味を理解するには負担がかかる。 そして、読解に負担のかかる文書というのは、印象に残りいくいし、読み飛ばされてしまいがちである。 具体的には、たとえば「業務用データの持ち出しは禁止です」というのでは、たしかにいわんとするところは、何となくはわかるが、何をどこまで守るべきか、いまいちはっきりしない。 よりわかりやすくするには、「会社で用意したUSBメモリについては、会社外への持ち出しは禁止です」などとするのがよい。 なお、こうすると、それでは個人用のUSBメモリに格納すればよいのかと、やや誤解を招きかねないので、「会社で用意したUSBメモリに、業務用と私用するデータを格納することは禁止です」、あるいはもっとわかりやすく「会社で用意したUSBメモリ以外は、社内のパソコンに接続してはいけません」などとすることも考えられる。③は、②とも関係することであるが、社内の特別な用語を説明なしで用いる、第三者が読んで意味がわからないものは避けるべきということである。 具体的には、「プロジェクトAに関する情報は、部外秘とします」というのではなく、「プロジェクトA(〇〇〇〇年〇〇月〇〇日から開始した〇〇〇〇に関する業務)に使用するパソコン並びにUSBメモリを含む記録媒体は、同プロジェクトの担当者以外は利用禁止です」というようにする。 これは、わかりやすさの問題もあるが、これまで述べたとおり、有事の際には裁判所を含む第三者に見せる場合があるので、そのときの説得力を確保するためである。以上の注意は、非違行為があった者に対して再発防止のための報告書や、場合によっては始末書を提出させる場合も同様である。 なお、もちろん、内容については上記①②③のような細かい指示をしてやらせるのは難しいかもしれない。 もっとも、このような違反行為の事実や違反者の反省を文書の形で残しておけば、指導の実が上がるし、有事の際への説明材料にもなる。