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相殺の担保的機能
2025/09/03
Xは、Aに対して有する競売上の債権に基づく200万円の債権に基づいて、2024年8月9日に、Aに対する200万円の債権(甲債権)の弁えを申し立て、この競売命令は、その同日にYに送達された。Xは、同月25日に、Yに対して、履行に代る甲債権の支払を求めた。これに対して、Yは、Aとの間で、Aを売人に売却してそれを借用してAが製造した製品を納入するという継続的な取引関係にあり、その取引について一般的な内容を定めた基本契約を締結していたところ、2024年7月5日に締結された個別契約に基づいて、その目次におわれることになっていた50万円の部品の代金債権(乙債権)、および、B銀行からAに納入して同月20日に代品された製品に瑕疵があったことを理由とする50万円の損害賠償債権(丙債権)をA銀行の他のJとして丙Aから5日に受けそしてBからの譲渡であるB銀行の行使した保証契約に基づき、Bからの譲渡に応じて2024年8月23日に弁済によって取得した50万円の求償権(丁債権)、同年8月1日に買い付けた同年8月末日に弁済期の到来するAに対する50万円の貸金債権(戊債権)を所有していたので、これらの乙債権から戊債権を自働債権として、甲債権を受働債権として対当額において相殺する旨主張した。Xからの請求に対して、Yは、このような相殺の抗弁に基づいて、支払を拒絶することができるか。●参考判例●最判昭45・6・24民集24巻6号587頁最判平24・5・28民集66巻7号3123頁① 「差押えと相殺」とはどのような問題か(1) 問題の所在AのYに対する甲債権をAの債権者Xが差し押さえた場合に、Aは、債権の取立てその他の処分を禁止されると同時に、Yは、Aへ弁済することが禁止される(民執145条1項および民法481条を参照)。このように差し押えられた債権をその後の効力を禁止されるにもかかわらず、Xからの取立て(民執155条1項)を受けたYは、相殺をもってXに対抗することができるのだろうか。この問題と考えるには、相殺が相手方からの請求を排するための抗弁としてあらわれるとして、債務者(A)の一般債権者(X)が差し押えた債権(甲債権)を債務として、差押債務者(Y)が自ら立てを命令した第三債務者(Y)が自己の債務者(A)に対して有する債権(乙債権から戊債権)を自働債権として相殺するときには、差押債権者(X)が有する被差押債権(甲債権)からの債権の回収の期待と第三債務者・相殺権者(Y)が有する乙債権(甲債権)からの自動債権(乙債権から戊債権)の回収の期待が衝突していることに注意する必要がある。本節のタイトルである「差押えと相殺」とは、両者のうち差押債権と第三債務者(相殺者)の競合が生じた場合に、両者の期待をどのように調整するかという問題である。(2) 「差押えと相殺」に関する2017年改正民法第511条をどう読むかこの問題は、従来、2017年改正前の民法511条によって解決されてきた。本問では、自動債権(乙債権から戊債権)が2017年改正法施行後に生じていることから、民法511条に基づいて、相殺の可否を判断すればよい(新民法条3項)。そうであっても、民法511条は、2017年改正前の民法511条に関する最高裁判例に基づいたものであることから、同条文を理解するのに必要な範囲において、この判例を紹介しておくことにする。2017年改正前の民法511条は、「支払の差止めを受けた第三債務者は、その後取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができない」と定める。最高裁(参考判例①)は、相殺について、①対立する債権を「簡易な方法によつて決済」することを可能にし、これによつて、当事者の「債権関係を円滑かつ公平に処理する」という法制度の理念であるから、受働債権につきあたかも担保権を有するにも似た機能が与えられるという側面を併せもつ(以下、この機能を「相殺の担保的機能」という)ものであることを指摘したうえで、両者は、差押債務者が差押債権者に対して相殺を対抗できることを「偶然の利益」として、差押時に反対して債権を取得されることの利益のみを「例外的に保障」した。「その限定において、差押債権者と第三債務者の間の利益の調整を図った」ものであるとして、「第三債務者は、先の債権が差押え後に取得されたものでないかぎり、自動債権がたとえ受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押債権においても、これを自動債権として相殺をなしうる」と述べる(このように差押えに対抗し、「無制限説」と呼ばれた。これに対して「制限説」と呼ばれる考え方があり、この考え方については、後段の参考文献を参照)。これにたいして「制限説」とは、「双方の債務がともに弁済期に達する(506条1項)状態を意味しており、民法505条に定められた相殺権の要件を満たした状態をいう。相殺権は、自動債権と受働債権がともに弁済期に達することを要件とする。双方の債務の弁済期が到来していれば、当事者は、いつでも相殺により債務の決済をすることができる。相殺の意思表示をすると、双方の債務は相殺適状の時に遡って消滅する。ただし、意思表示の時点において相殺の障害が消滅していなければならない必要がある。」2 本問の考え方(1) 差押前に生じた自動債権による相殺(民法511条1項)民法511条1項は、前述の判例の考え方に沿って改正されたものである。すなわち、同項前段は、「差押え前に取得した債権」による相殺が許されることを明らかにしたうえで、同項後段は差押えを無にする自動債権と差し押さえられた債権とが対立することになるが、これに対して、同項後段は「差押え後に取得した債権」をもって相殺で対抗することはできないことを述べる(みずほ)。すなわち、差押債務者からの請求を拒絶しうる債権を、差押債権者からの請求を拒絶しうるかの判断において、差押債務者からの請求を拒絶しうる必要があることから、相殺権者に、必要な保護を与え、差押債権者からも支払を求められた場合に相殺適状にあるならば、相殺による決済の処理を認めた。前に取得した自動債権の弁済期が未到来の場合でも、相殺適状にないために、差押債権者の立場(無制限説)であっても、第三債務者は、差押債権者に対抗することはできないと考えられる。そこで、本問の乙債権から戊債権が「差押前に取得した債権」に当たるかどうかを、まず検討する必要がある。本問では、A・Y間に存する複数の債権がYの債権者として区別されているので、それぞれの債権の発生時期と特質に沿って整理して、差押前に取得されたものかどうかを確認するとよい。次に、参考判例①が指摘のように「相殺適状に応じて」とすれば……相殺をなしうると述べることを認める必要があることに注意する必要がある。自動債権の弁済期の未到来である。本問の乙債権・丙債権につき、YからXへの請求時に履行期が到来しているが、戊債権は差押前に取得されているが、XからYへの請求時にはその履行期が到来していないことに注意する必要がある(このような場合でも、相殺権を実質にことに当たるために利用するのが「利益の利益衡量目的」である。→本節図)。(2) 差押前の原因に基づいて差押後に生じた債権を自働債権とする相殺(民法511条2項)民法511条2項は、同条1項による相殺の範囲を修正して、差押後に取得した自動債権であっても、それが「差押え前の原因に基づいて生じたもの」であれば、相殺することができることを規定する。この点において、2017年改正民法は旧法511条よりも相殺を広く認めるのである。民法511条2項は、従来の判例の趣旨に基づいて起草されたものである。すなわち、同条項の起草を参考にした文言であり、同法は破産手続の趣旨において破産者が有する債権に対して債権を負担する者には、破産手続によらずに相殺を認めていること(破6条1項)から、このような場合における相殺と、民法において差押債権者に相殺を対抗することができる範囲とを整合させたことが、民法511条2項の起草において検討されたのである(なお、511条2項の改正による相殺権の制限は、破産法72条1項1号と平仄が合うことを確認しておくとよい)。ここで問題になるのは、差押後に具体的に発生していなくても差押えの前の原因に基づいて生じた債権がある場合に、これを自動債権とする相殺について、相殺権者に「相殺の担保的期待」が存する前提とするにどのような場合があるかということである。参考判例②は、自動債権が破産債権に該当するものであれば、破産手続開始の決定時に具体的に発生している必要はないことを前提として、結論において、委託を受けた保証人が破産手続開始決定後に保証債務を履行したことにより生じた求償権を自働債権として相殺することを認めるものとしている。このことは、本問で丁債権による相殺を検討するのに、破産法の規定を参考に起草された民法511条2項の解釈を考えるにあたり参考になるであろう。なお、無委託保証でした場合には、無委託保証人が主たる債務者の破産手続開始前に締結した保証契約に基づき同手続開始後に弁済をした場合に生ずる求償権は、破産法72条1項1号の類推適用により相殺できないことを参考判例①は述べており、これに基づいて考えれば、これと異なって、差押前に締結された無委託保証に基づいて差押後になされた弁済によって取得した求償権による相殺は、民法511条2項ただし書の類推適用によって否定されるよう(「関連問題」のような場合でも相殺できないかというもので、解釈によって判断されることとなる)。議論の対象になるのは、本問の丁債権による相殺である。ただし、丁債権は、差押後に生じたものである。しかし、その発生原因は、差押前に締結された保証契約である。そこで、求償権が民法511条2項にいう「差押え前の原因に基づいて生じたもの」に該当するかどうかが問題になる。一方で、「差押え前の原因」を広く解釈することは差押えの効力を弱めることになると考えられる。たとえば、自動債権の発生させる基礎となる事情が具体的に存在していなければ、差押えに後決して保護されるほどの相殺の期待は認められないと考えられる。他方で、債務不履行に基づく損害賠償債権が売買契約の締結の際給付に付随的に該当すると考えられれば、それは同種契約を原因とする反対債権と同時に生じるので、もしも売買契約が連続的に締結されていれば、たとえ差押後になされた債務不履行を原因とする損害賠償債権であっても、「差押え前の原因」から生じたものといえるとも考えられる。さらには、たとえば民法511条2項には「差押え前の原因」から生じた債権として限定されておらず、それ以上の要件が課されていないようにみえるとしても、両者が相殺の合理的な期待を保護する趣旨に立つものであることを考慮すれば、「差押え前の原因」とは、差押前に存在する相殺の合理的な期待を形成する原因を意味するものと解釈することも考えられる。本問では、差押債務者が差押時に成立を待ったというものであったが、差押債権者が転付命令(民執159条・160条)を得ていた場合にはどうであろうか(関連問題を参)。転付命令によって、差し押えられた債権が差押債権者に移転するのであれば、この場合の第三債務者の相殺は、債権譲渡と相殺に類似した場面になる。「債権譲渡と相殺」においては、民法469条2項2号の要件について債権譲渡の優越性という概念が問題になっている(債権譲渡と相殺については→本節図。ただし、民法511条には民法469条2項2号のような規定が設けられなかったので、関連問題②の場合に、民法469条2項2号を類推適用できるかが問題になる)。そうすると、相殺の担保的機能という側面から保護されるべき相殺の合理的な期待を整合的に説明しようとすれば、債権譲渡事例であれ、差押え・取立て/差押え・転付事例であれ、債権の優越性を問題にすべきとも考えられる。そこで、民法511条2項にいう「差押え前の原因」を解釈するのに、相殺の合理的な期待を保護するという立法趣旨を考慮して、自動債権の発生原因が単に差押前に存在したというだけでなく、たとえば自動債権と受働債権の発生原因が同一の契約であるというような密接な結びつき(債権の牽連性)があることを要求すべきかということも問題になる。そのような観点からは、本問には甲債権の発生原因が述べられていないものの、もしも甲債権がA・Y間の継続的取引関係から生じた債権(たとえば、部品の代金債権)である場合には、同一の取引関係から生じた甲債権と丙債権の間に牽連性が認められて相殺の合理的な期待を保護すべきものと考えられそうであり(その他は、同一の取引に関するものでも、形式的には異なる契約から生じた債権の牽連性をどのように認定するかという問題もある)、これに対しても、もしも甲債権が貸金債権であるなど、相互に結びつきのまったく ない債権が偶然にA・Y間で対立するにすぎないのであれば、差押債務者を害しても保護されるべき合理的な相殺の期待はないとも考えられる。なお、破産法72条2項2号の適用事例ではあるが、参考判例②は、同一当事者間において、別個の請負契約に基づく違約金賠償債権と相殺の担保的機能に対する合理的な期待を保護して相殺を認めるものであり、民法511条2項における「前の原因」の解釈にも参考になるものと考えられている。このように、本問の相殺権による相殺を検討するためには、「差押え前の原因」要件が第三債務者の相殺を合理的に制限する役割も果たしうることに配慮して検討する必要があろう。設問回答(1) 本問の②丁債権について、2024年4月5日に締結された連帯保証契約がAからの委託を受けないで締結されたものであった場合に、Yは、相殺を主張できるか。(2) 本問の甲債権について、Xが差押後に転命令を取得してYからYに履行を請求した場合に、Yが丙債権を自働債権とする相殺を主張できるかについて、本問の丙債権の発生原因が2024年8月5日に締結されたときと、同年同月15日に締結されたときとを比較して検討しなさい。●参考文献 〇●北居功・行方譲=80頁/潮見佳男=235頁/池田真・新判例民法平成24年度(下)603頁/白石大「差押えと相殺」法教臨時増刊『民法3(START UP)』 (有斐閣・2017)124頁/Before/After=326頁(平田和之) (星川和佳)

『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日

ISBN978-4-7857-2992-9

一部代位と担保保存義務
2025/09/03
2024年11月13日、建築家Aは、オフィスの新築のための融資を得るべくB金融機関に赴き、A・B間で、Aを借主、Bを貸主、貸付額4000万円、返済期間5年、年利2パーセントとする旨の金銭消費貸借契約(以下、「本件金銭消費貸借契約」という)が締結された。本件金銭消費貸借契約については、翌5月以降の約定弁済、毎月返済、元利均等返済、繰上返済可能とされているほか、各支払期日について一度でも不履行が生じれば、残額全額につき期限の利益を失う旨の約定がある。また、本件金銭消費貸借契約から生じるAの債務(以下、「本件債務」という)につき、A所有の甲土地(甲乙ともに評価額2500万円)にBのために第1順位の抵当権が設定され、同日付でその旨の登記がなされた。併せて、同日、Aから依頼を受けた友人Cが、本件債務につきBとの間で連帯保証契約を締結した(Cも、この連帯保証契約については、民法465条2項、465条の10第1項の要件を充足しているとする)。Aは本件債務の弁済を、2025年5月5日に、その残額が2000万円となった。そこで、Aは、乙土地の活用のためBに対して抵当権の放棄(ここは「絶対的放棄」を指す。以下、特に断りがない限り同じ)を依頼したところBはこれに応じ、同日付で乙土地に係る抵当権設定登記が抹消された。しかし、その後、誰もが予期し得ない経済不況の影響を受けてAの業績は悪化し、本件債務のうち同年6月分の弁済に不履行が生じた(なお、当該不履行につき、民法458条の3第1項所定の通知はBからCに対してなされたものとする)。(1) 2025年7月2日、BはCに対して本件債務の残額2000万円につき連帯保証債務の履行請求を行った。この際、甲土地の評価額が経済不況の影響で1000万円にまで急落していたとすれば、Bの履行請求に対して、Cはいかなる反論をすることができるか。(2) 上記(1)において、CがBの履行請求の一部に応じAに500万円を弁済した場合、Cは、本件債務を担保するべくAがいかなる権利を行使しうるかをどのように行うべきであろうか。仮に、Cによる上記一部弁済の後に、BがAの求めに応じて甲土地について抵当権を放棄し、その抹消登記手続もなされてしまった場合はどうか。●参考判例●① 最判平成3・9・3民集45巻7号1127頁② 最判平成7・6・23民集49巻6号1737頁③ 最判平成17・1・27民集59巻1号200頁●判例●1 担保保存義務の意義と機能民法504条1項によると、「担保保存義務」とはむしろ「求償をするについて正当な利益を有する者」(以下、「代位権者」という)がいる場合において、債権者が故意または過失によってその担保を喪失させ減少させた場合、当該代位権者は、この喪失や減少によって償還を受けることができなくなった限度において、責任を免れることを規定する。この規定によって反射的に債権者が負うことになる「担保保存義務」と呼ぶ。具体例を挙げれば、AのBに対する3000万円の貸付金債権について、AがB所有の土地(評価額3000万円)に抵当権を設定し、これに加えて、CがDとの間で連帯保証をした場合、AがCの抵当権を放棄した場合、Cは代位できなくなった限度すなわち一部の金額(償還を受けることができなくなった2000万円について保証債務の弁済を免れることができることになる)。代位権者が代位に当たって担保を失ったことは過失(一部)弁済により全体として償還できる担保が失われたこと自体を、免責の要件とする。のである。債務者等から実際に全額の償還を受けることができるか否かを問うものではない。そのため、残担保価値が代位権者の求償権(求償額)をなおも保障しうる場合でも免責とならない。担保保存義務の法的性質については諸説あるところ、代位権者の代位への期待を保護するために、債権者の故意または過失による担保喪失によって生じた不利益を、代位権者の求償を通じて債権者に負担させるという点では、民法504条1項は不法行為に近づく。伝統的な理解といえる。つまり、サンクション課されるにすぎず、担保を保持する一般的な「義務」を課すものではない。それでは、ゆえ、債務者の担保保存義務違反は代位権者を実証法とは別に免責させる効果をもつ(参考判例①参照)。としても、代位権者は、その求償違反を根拠として、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償を債権者に対して求めることはできない。実際の一部実務では、代位権者は、債権者の担保に対する全面的な一部免責を抗弁として、同時履行の抗弁を主張するというのが一般的であり、その意味では、担保保存義務違反は受動的な機能にとどまる。もっとも、「安定法上当然に免責」の効果が生じる以上、代位権者は、債権者の担保保存義務違反に基づく自らの債務の全部または一部の免責を訴訟上請求することもできる。代位権者が自らの判断で担保保存義務に違反している第三者の物上保証人の登記抹消手続請求をすることもできる(なお、同旨参照)。2 民法504条1項による担保の喪失または減少の評価民法504条1項の担保という文言の射程はどこまで及ぶか。物理的には、債権者が存在する担保(物)を指し、また、物的担保とは、人的担保と並び代位権の行使により債権の回収を確保する(保証人であれば保証契約の締結時)、までに取られる必要もない(大判昭和8・9・29民集12巻2658頁)。その他、一般債権者にとっての対抗要件ではない(「一般売買担保」)。ここでは、担保保存義務を構成する財産権を特定し、これを解除しても、ここでいう「担保」の喪失には物理的な滅失または価値減少にとどまらず、法的な価値の範囲を決定する担保価値の評価基準は、「喪失」の場合は喪失時(大判昭和3・3・15民集10巻107頁)、「減少」の場合は担保価値の減少が判明した時点の時価(大判昭和8・3・1民集12巻370頁)と解されている(消極Ⅱ184頁)。金融取引においては、故意または過失によってなされたことは、一般的にはこれにより、担保による事業の継続や金融(信用)による事業の継続がなされ、これには経済合理性がなければならず、経済的利益と社会通念に照らして判断する必要がある。これに反するような行為は、民法504条1項にいう故意または過失による担保の喪失または減少に該当する。たとえば、複数の担保を有する債権者が債務者からの一部弁済を受け、担保価値の減少がなかったとしても、担保の解除に応じることは、担保権の価値が減少した場合と同様に評価される。3 民法504条2項と連帯保証人と物上保証人との関係民法504条2項は担保の喪失または減少が債権者の過失によるものであったとしても、担保保存義務の全部または一部を免れるものではない。しかし、この規定は、債権者の過失による担保の喪失または減少を理由とする求償権の行使を制限するものではない。このため、債務者の担保保存義務違反を理由とする求償権の行使を制限するものではない。これに対し、担保保存義務の全部または一部を免れるものではない。まり、この要件が充足されないのであれば、信頼関係が毀損したことを理由とする任意解除という形での効力は一切否定されない。2017年の民法改正(いわゆる「債権法改正」)以降、民法504条1項に「取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない」との文言の規定は採用しない。代位権の行使を免れるに足る程度の担保の放棄または減少に限定される。3 共同保証人と物上保証人との関係民法504条2項は代位権の行使を免れるに足る程度の担保の放棄または減少に限定される。た場合に、物上保証人(代位権者)から物上保証人以外の者が弁済をした場合、その免責の効果を主張できるか否かという問題がある(債権者間の参照)。民法504条1項は債権者の過失による担保の喪失または減少について、その免責の効果を主張できるか否かという問題がある(債権者間の参照)。4 担保保存義務の放棄と債権法改正一部弁済をした保証人は、一部代位(民法502条1項)に基づき、一部代位者としてその弁済をした価額に応じて、債権者とともに行使する。その弁済をした価額に応じて、債権者とともに行使する。行使する」としていたところ、判例は、一部代位者の求償権の行使を認める(大判昭和6・7民集10巻535頁)。一部代位者の求償権の行使を認める。6 一部代位と担保保存義務の関係代位権(代位権者)はその代位に係わる担保(物権)をめぐって求償権(特約)を確保するためである。債権を担保する。たとえば、AのBに対する3000万円の貸付金債務を担保するため、Cの土地(評価額2000万円)にDが物上保証人として、Aが甲土地に抵当権を設定したとする。Aが甲土地に抵当権を設定したとする。以上の具体例においては、代位権の行使を免れるに足る程度の担保の放棄または減少に限定される。Aは、Bの承諾を得て、この担保を放棄した。これによりCの代位に係わる期待が害された程度として、この担保の価値(一部弁済:2000万円)を限度として、Cの保証債務は消滅する。なお、弁済後の担保(物)の放棄については、求償権の行使を免れるに足る程度の担保の放棄または減少に限定される。代位権の行使を免れるに足る程度の担保の放棄または減少に限定される。Aが甲土地に抵当権を設定したとする。Aが甲土地に抵当権を設定したとする。Aが甲土地に抵当権を設定したとする。Aが甲土地に抵当権を設定したとする。Aが甲土地に抵当権を設定したとする。Aが甲土地に抵当権を設定したとする。Aが甲土地に抵当権を設定したとする。Aが甲土地に抵当権を設定したとする。Aが甲土地に抵当権を設定したとする。◆関連問題◆(1) 本問において、B・C間で連帯保証契約につき、BがAの都合により担保の放棄等をした場合であっても、Cは自らの保証債務について免責を主張することはできないのではないか。(2) AのBに対する3000万円の金銭債務を担保するために、F(物上保証人)およびF(物上保証人)所有の乙土地(評価額3000万円)のそれぞれにつき、抵当権が設定され、その後、Eから3000万円の弁済を受けたため、乙土地の抵当権が消滅して初めから十二分であると評価するに至ったのは、Cの依頼により甲土地が追加担保(後順位抵当権が設定された)を、Eから債権の弁済がないために、Dが土地所有権を失うとした場合、これらをどのように考えることができるか。

『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日

ISBN978-4-7857-2992-9

求償と代位
2025/09/03
2024年4月1日、YはXとの間で1年後に返済することおよび利息を年10パーセントとすることを約定して、Xから5000万円の貸付を受けた。また、その契約によるYの債務を担保するために、AおよびBはいずれも法人がXとの間で書面により連帯保証契約を締結した。Cのその所有する土地甲に1番抵当権を設定した(同日、登記)。Xのその保証と物上保証とを受けたものであり、AとYの間では求償権の保証割合(以下単に「割合」という)を年10パーセントと約定している。さらに、A・B・Cの3者合意によって、Aが弁済した場合にその全額につきBに対する保証債権やCの1番抵当権を行使できること、およびBやCが弁済しても代位しないことを合意している。2026年4月1日にYはXに支払をしなかったので、同日、Aは利息と損害金を含めた3600万円をXに支払った。それに先立って、Dが甲に2番抵当権を取得しており(2025年2月15日登記)、その被担保債権は2000万円の現金債権である。(1) 2030年4月2日、それまでに債権を回収できていなかったAがXおよびBに対しYの求償金の支払を求めてきた。この場合にAは依然としてどのような請求ができるか。請求原因を整理して、それぞれの要件を充足するかどうかを説明せよ。また、その請求に対してはどのような反論をすることができるか。(2) Aの申立てによって甲の競売手続が開始し、執行裁判所は2028年4月2日に配当期日を指定した(民法85条1項本文、民執59条1項参照)。その配当原資は4000万円であった。この場合に執行裁判所がDに配当すべき金額はいくらか。その時点でDからCに対する現金債権について利息や損害金は発生しておらず、また、AからYに対する求償権の総額は4320万円(AがYに支払った3600万円および2年分の遅延損害金720万円の合計額)であり、求償権の総額は4200万円(元本3000万円、利息300万円、損害金900万円)である。(3) 2025年3月1日に、EがCから甲を購入し、所有権の移転登記も経ている。その事情は本問における配当に影響を及ぼすか。●参考判例●① 最判昭和59・5・29民集38巻7号885頁② 最判昭和61・2・20民集40巻1号43頁③ 最判平成23・11・22民集65巻8号3165頁●判例●1 弁済者代位の要件弁済された被担保債権は原則として消滅するが、その例外として、弁済者は債務者の承諾を強制している。これにより、本来は消滅するはずの被担保債権は、その求償権を確保するために存続するのである(504条1項)。これは、弁済者が債務者の承諾を得て代位したことによる。すなわち、弁済者は、第三者である(499条)。②代位に対する求償権の基礎となる権利が必要となることがある。ただし、弁済するについて正当な利益を有する者(保証人、物上保証人、抵当不動産の第三取得者など)は弁済者として当然に代位する(法定代位、500条)。そうすると、事前に求償権を放棄していたといった特段の事情のない限り、保証人は弁済するについて正当な利益を有しないことになる。弁済者代位に関する求償権(459条~462条)のほか、弁済者は代位によって求償権を担保するために被担保債権に付着した担保権も取得する(これには物上保証人の相互間の問題を含む。)。2 弁済した保証人と主たる債務者の間における代位の効果Yの受託した保証人であるAが弁済すると、その弁済額についてYに対し求償する。2つの権利は別の債権であって、いずれを行使するかはAの選択に委ねられる。本問では、求償権の損害金の支払いが年10パーセントである。しかし、かわりに求償権の損害金の割合が債権者のそれより高かったとしても、Aがその全額を主張できるわけではない。これは、弁済者代位による権利行使の求償権の範囲に制限されるからである(501条2項)。3 法定代位権者相互の関係弁済者代位によってAはXに対する原債権とともに、その担保権を取得する。もしXに弁済者が複数いる場合には、それぞれ代位することができる(501条3項)。AとBおよびCは保証人と物上保証人の関係にあり、AC間では弁済者代位が問題となるからである。Bに対する求償権の額も、AがYに対して有する求償権の範囲に限られる(501条2項)。◆発展問題◆資金繰りに苦しんでいたY会社は、2024年秋以降、従業員(以下では、Yの従業員を「X」とする)への給与支払が滞り、債務が社内に広がっていた。Yは、Yの兄のA会社に対し、「来客に振る舞うお茶菓子を買うため」と称して、Xに対する弁済を目的とする借入れを依頼し、これを引き受けたAから借入れをした。これを受けたAは、Yの代表取締役であるBと、Yがただちに営業を中止するという事態は避けがたかった。そのため、同年12月28日、YとAは2025年1月分から3月分までの給与債務に関して包括的な根保証契約を締結し、AはXの承諾を得た。そのうえで、各月の給与支払日には総額1000万円の平均的な給与をXに支払った。その後の2025年3月1日にYは経営破綻の危機を申し立てており、同月20日には破産手続開始決定を受け、Bが破産管財人に選任された。Aは破産管財人Xの給与債権を代位行使し、Bに対して1000万円の支払を求めた。この請求は認められるか。●参考文献●*森光・百選Ⅱ 74頁/関「民法(債権関係)改正法の概要と要点」(令和元年)11頁/千葉「民法(債権関係)改正法の概要と要点」(平成24年度重要判例解説)77頁

『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日

ISBN978-4-7857-2992-9

表見受領権者に対する弁済
2025/09/03
小さな町工場で働くAは、2024年2月22日に、B生命保険会社との間で終身型組立総合保障保険契約を締結していた。この生命保険会社には、約款中に次のような条項があった。【第39条】受取人に対する弁済は9割(払込済みの場合には10割)を限度とする。ただし、銀行振込金の受取人に対する弁済はできない。2 保険金を支払う場合で、支払うべき金額が銀行会の定める利息に達しており、かつ、支払うべき事由が生じているときには、会社は、不法行為の会社員の過失の有無を問わず、年金の支払いを免れる。2025年6月4日、Bの事務所に、Aの妻Cが訪ねてきた。Cは、保険証券と印鑑、ならびにAからの委任状を示し、Aの代理人として200万円の保険金給付を請求した。Bの担当者は、保険契約者が契約の基準を満たしていることから、200万円をこの場でCに渡した。その後、200万円は、CがAに内緒で全額返済に用いたことが判明した。あなたは、市法律相談の担当者である。相談の場を訪れたAは、あなたに、「BがCに渡した200万円は、私が支払わなければならないのでしょうか」と質問した。あなたなら、どのような回答をするか。●参考判例●① 最判昭和48・3・27民集27巻2号396頁② 最判平成9・4・24民集51巻4号1981頁③ 最判平成15・10・28判時1881号64頁●判例●1 表見受領権者に対する弁済真実の債権者ではないが、表見受領権者に対する弁済も、弁済者が善意無過失でなされたときは有効とされる(478条)。債権の準占有者に対する弁済がこれにあたる。2 事務管理者の意義・効果の認定民法478条は、弁済をしようとする債務者保護の趣旨で定められた規定である。3 民法478条の射程の拡張・同法478条の類推適用民法478条は、表見受領権者に対してなされた「弁済」を対象として、債権者は法律上有効らしい信頼を惹起した善意無過失の弁済者を保護するものである。ところが、判例・通説は、法的にみて弁済といえない場合にも、同条の法意を妥当させることにより、相手方を債権者・受領権者と誤信して一定の行為といった債務者の保護を図っている。(1) 定期預金の期間前払戻し定期預金の一定の期限が設けられ、その期限が満了するまでは原則として払戻しの請求ができない契約(いわゆる解約)が中途解約されることにより行われる払戻請求は、その法的形式として、預金契約の解約という法律行為と、払戻行為(受寄物返還義務の履行)とから成り立っている。このうち、解約という法律行為は、弁済ではない。したがって、債権者でない者が解約を申し入れたとき、この者との間でなされた解約の有効性については、民法478条ではなく、民法代理の規定に従って判断しなければならないようにもみえる。けれども、売買であれば、①定期預金の解約は定期預金契約において予定されている事態であって、②預金者も必要があれば引き出せると考えており、中途解約と満期解約との違いは受け取る利息の違いとして意識されている。しかも、そこでこの外形的行為は、中途解約のために現れた(見せかけの解約)に対する定期預金の「払戻し」という現象形態をとっている。このような実質面を重視すれば、定期預金の解約については、解約のみが独立してこれを法律行為として論じるのは適当でなく、むしろ、「解約申出という方法による請求(払戻)とみるほうが実態に沿う。(2) 定期預金払戻請求定期預金の預金者が定期預金を担保として金融機関から金銭を借用することも、定期預金の満期までに貸付が返済されないときは、満期が到来した定期預金との相殺により処理される。このとき、金融機関が真の預金者でない者を誤信して、この者に対して定期預金担保貸付をした場合において、貸付金の返還されないときに、金融機関は、真の預金者からの預金払戻請求に対して、定期預金の貸付金債権を自働債権とし、預金者の受働債権を受働債権とする相殺をもって対抗することができるか(同旨のことは、預金者の代理人と称する者が定期預金担保貸付をした場合についても、問題となる)。ここについては、定期預金払戻請求権と相殺(または無権代理の追認と実行)という法律行為の成立を巡っている。しかも、消費貸借契約(および質権設定)にも弁済の要素は認められないし、相殺も計算上の差引処理の側面である。外形的には現れた事実をもとに弁済は、「払戻し」という現象は見出しがたい。それにもかかわらず、判例・通説は、ここでも民法478条の類推適用による処理を認める。その理由は、主に次の点にある。① 定期預金担保貸付と相殺(もしくは無権代理の追認と実行)を全体として一体的に捉えたならば、「実質的に」定期預金の期間前払戻しによると同視できる。② 定期預金担保貸付はすでに約款(預金規定)により金融機関に義務づけられた行為であり、「約款上の義務の履行」として行われる(べき)ものである。また、預金者の側も、このような定期預金担保貸付がされることを、約款を通じて認識している。③ 預金者が全く面識のない第三者からの送金取引(民間金融機関)の要請に際しては、民法代理の法律ではなく、民法478条の基準による法律を要求するのが適切である。こうして、第三者への定期預金担保貸付についても、定期預金の期間前解約に準じて民法478条の「類推適用」を認め、「第三者に対する金銭債権」と相殺された定期預金債権との相殺をもって真の預金者に対抗することができる(参考判例①)。ちなみに、「類推適用」とされたのは、「弁済」ではなく、「相殺」による債権の消滅が問題となっているからである。4 類推適用に関する478条の類推適用・生命保険契約上の契約貸付(1) はじめにある保険会社と締結された保険契約において、民法478条が類推適用されるか。しかし、保険会社は、定期預金担保貸付について、その後の相殺と一体的に捉え、「相殺の効力」にならって、同様に判断を適用しながら、他方で、金融機関の預金業務に共通するものを貸付に行っている。これをして、保険貸付が行為のすべてに適用されるという考え方に基づき、金融機関による預金業務への利用の仕組みを模倣しようとするものである。そうであれば、この点を指摘するとき、「相殺という法律行為があったか否かの判断が重要となる」という考え方が必要となり、もはや「相殺がなされたこと」を当然視するわけにはいかないはずの議論が生じてくる。(2) 保険契約以外の者に対する保険貸付契約締結を根拠とする民法478条類推適用この点が具体的に問題になったのは、生命保険契約における契約者貸付の制度をめぐってである。判例は、保険契約ではないにもかかわらず、生命保険契約においては、保険契約者の書面で民法478条類推適用の可能性を肯定する(参考判例①)。そこでは、判例は、同規定の適用を当たるものと認め、貸付金が支払われる場合における貸付額の算出や残高の管理などを保険会社に任せることとする。また、判例は、定期預金担保貸付に関する判例が同条を類推適用するに当たって考慮したのと同様の理由に依拠したものである。これをして、判例は、保険者が「貸す義務を」「履行」した点も重視している。つまり、貸付金債権の譲受人が行為をしたらこれを有効と解釈したのであって、同様の適用をし、「貸す義務の履行」として保険会社に適用したものとみられる。「貸付の効力」を無効とするとしても、主観面ではその結果として、保険者は、不法行為責任の法理に服せざるを得ない。との結論を導いている。◆設問問題◆Aは、B銀行に口座を開設している。この口座には、普通預金5万円と期間3年の定期預金500万円が入金されていた。また、この口座について預金の引出しに普通預金であるカードが発行されていた。Aは、Aのもとからこのカードを盗み出し、B銀行P支店のATMから、70万円を引き出した(なお、引出し手数料であったこととする)。その後、Aは、カードが盗まれたことに気づいた。(1) 定期預金が満期になっていたので、Aは、Bに対して、500万円と利息の払戻しを求めた。これに対して、Bはいかなる反論をすることができるか。(2) Aは、Cをつけ出し、Cに対して70万円の返還を求めた。これに対して、Cはいかなる反論をすることができるか。●参考文献●*内田「民法Ⅰ478条(債権の準占有者に対する弁済)に関する判例」中京法学44巻1号(2015)74頁/野田「民法Ⅰ」(有斐閣:1996)165頁/中西「民法Ⅰ」(2015)74頁

『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日

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預金契約
2025/09/03
Aは以前にB(伊藤商事)と取引をした記録があり、Bから購入した商品の代金をY銀行にあるBの預金口座への振込によって支払っていた。Aは新たにC(伊藤食糧)との間で取引を開始し、Cから購入した商品の代金400万円をY銀行にあるCの預金口座への振込により支払うことにあった。Aは自身の預金口座があるX銀行の窓口において、Y銀行にあるCの口座への400万円の振込依頼をしようとしたが、名称が類似していたことからBとCを誤認して振込依頼書の振込先欄に誤ってBの名称である「伊藤商事」とBの口座番号を記載した振込依頼を依頼し、X銀行のAの口座からY銀行のBの口座に400万円が振り込まれた。振込前のBの口座残高は20万円であったが、振込により400万円が入金されたことからBの口座残高は600万円となった。なお、Y銀行の約款には「預金口座に受取人のほか、振込金を受け入れます」旨の条項が定められていた。そして、Y銀行は600万円の預金情報を有するのがBとの間で600万円の消費貸借をしたが、Aは600万円のうち400万円の自己の金銭によることを理由に第三者異議の訴えを提起した。Aの第三者異議は認められるか。●参考判例●① 最判平成8・4・26民集50巻5号1267頁② 最決平成15・3・12民集57巻2号322頁③ 最判平成20・10・10民集62巻9号2361頁●判例●1 振替契約銀行と預金者との間で締結される普通預金契約の法的性質について、判例・通説は、委任契約と消費寄託契約によって構成される混合契約であると捉えている(最判平成21・12・22民集63巻10号2899頁・最判平成28・12・19民集70巻8号2121頁)。預金口座を開設するのに伴う預金契約(いわゆる「金銭消費寄託契約」)は、口座を有する者と、預金口座を開設する預金者に属する。しかし、振込依頼がなされ、その目的性質が契約上任意なものとなり、受任者たる銀行が寄託者となり、預金者が受任者となり、預金者が銀行に対して預金払戻請求権を有し、Aへの振込を指示し、あるいは、第三者からの振込指図に基づき、受入銀行は、振込金相当額を預金口座に入金したことの対価を収受する。振込契約は、銀行は振込依頼人から振込依頼の趣旨で預金口座に振り込む金銭を収受し、その振込金相当額を預金口座の預金債権とすることができ(預金契約の原則、666条)、「個別的預金契約」が預金者と銀行との間で成立し、預金者は銀行に対し預金払戻請求権を取得する。預金者が銀行に対して預金払戻請求権を主張し、振込金相当額が口座残高に組み込まれて新たな預金が成立したことになる。2 振込取引振込依頼人は、振込依頼をうけて預金口座に一定の金額を入金させる取引であり、振込依頼人、仕向銀行、被仕向銀行、受取人の四当事者によって構成される(「統一的銀行間振込取引」)。また、受取人が被仕向銀行に対し立てる預金払戻請求権を振り替えるように契約し、振込金相当額で取得するか、あるいは、仕向銀行に開設されている振込依頼人の預金口座から振込金相当額を引き落とされる(振込契約締結)。振込依頼人の預金口座に開設されている預金口座から振込依頼額を引き受けた仕向銀行は受取人口座の預金記録に振込金額を記録するよう被仕向銀行に依頼し、それを受けた被仕向銀行が受取人の口座に振込金相当額を入金記録する(振込契約締結)。3 振込委託関係振込依頼人と仕向銀行との間に事前に基本約定が締結され口座が開設されている場合には、振込依頼人の振込委託(振込契約)により委任事務の履行として依頼人の口座から振込金相当額が引き落とされる。また、振込依頼人と仕向銀行との間で個別に振込委託契約が締結されるが、この振込委託契約も法律行為を委任契約である。4 振込受領関係受取人が振込金相当額を受領するためには、被仕向銀行に口座を開設していること、つまり、受取人と被仕向銀行との間に基本契約を締結する(預金契約の受領)必要がある。仕向銀行を介して振込依頼人からの振込指図を受けた被仕向銀行は基本的な契約における委任事務の履行として受取人の口座に振込金相当額の入金記録を行う。これにより、被仕向銀行と受取人との間に預金契約(個別預金契約)が成立し、受取人は被仕向銀行に対して振込金相当額の預金権を取得する。受取人が取得するのは、金銭債権(預金契約等)において振込依頼人が受取人に対して負っている債務(代金債務、賃借債務等)の弁済のために振込が利用される場合には、受取人の口座への振込金相当額の入金記録によって原因関係上の債務の弁済がなされたことになる(477条)。そして、受取人の口座に預金残高がある場合には、原因関係上の債務の弁済額に充当する。5 銀行実務における振込と誤振込振込事務において振込依頼人より先に受取人が誤振込に気づいた場合、受取人の誤振込の疑いを被仕向銀行に照会する。被仕向銀行は振込依頼人から仕向銀行を介して振込依頼を照会する。また、誤振込人から振込金の返還を求める。受取人の口座に振込金相当額が入金された後においては受取人の承諾を得たうえで振込の組戻手続が行われ、振込金相当額は振込依頼人に返還される。振込事務の多くは、このような共同の組戻手続という銀行実務上の手続により解決が図られているが、振込依頼人が組戻しをしなかった場合、あるいは、振込金額が受取人の口座に入金記録された後に組戻しによる預金を取り戻せなくなった場合に問題となる。6 振込委託契約における組戻請求権振込事務において振込依頼が錯誤に基づいて誤ってなされているのである。振込依頼人と仕向銀行との間で締結された振込委託契約(振込契約の場合)あるいは振込指図(リボルビング方式による場合)の錯誤による振込の場合について振込金相当額の返還を請求しうる。すなわち、振込依頼人が仕向銀行に対して振込の取止めを請求するか、あるいは、振込指図の撤回を請求しうる(意思表示(同条1項)という)。受取人の口座に入金記録がされた後においては、振込依頼が錯誤を理由に撤回(最判平成20年2月29日民集62巻2号787頁)が認められなかった。そこで問題となるのが、組戻しが認められず振込受領のさいは振込指図が有効と解された場合、振込金相当額の受領のさいは受取人に帰属するかという点である。7 原因関係のない振込振込は、受取銀行との間の金銭消費貸借、労働契約上の賃金債権などを原因とする利用がされることから、通常、振込依頼人と受取人との間に振込の取引原因となる法律関係(原因関係)が発生し、しかしながら、本問のような誤振込では、振込依頼人と受取人との間に振込金相当額を移転する契約上の原因関係が存在しないこととなる。本問のケースでは、振込の当事者の間には振込金相当額の返還を内容とする法律関係が発生するとして、組戻ができない場合は受取人への当該金銭の帰属を否定する見解として、組戻ができない(原因関係不存在)、原因関係が存在しない振込依頼人が被仕向銀行に直接返還を求めることが考えられる。参考判例①は原因関係の不存在を理由として、振込依頼人と受取人との間に原因関係が存在しない。振込金相当額の預金債権を受取人に帰属する。その理由として、①銀行の約款の条項をのみを頼り、振込金の受入れについて原因関係の有無が問われていない、②振込金は銀行間の資金決済の送金手続を通して安全、安価、迅速に資金を移動する手段であることから、多数の預金者からの資金移動を円滑に処理するために、仲介する銀行に原因関係の有無や内容について調査義務を課すべきではない、という点が挙げられている。そして、振込依頼人は受取人に対して振込金相当額の不当利得返還請求権(703条以下)を取得するにとどまることから、受取人の債権者による預金の差押えに対して振込依頼人からの第三者異議の訴え(民法38条)は認められないとされた。8 原因関係不存在の誤振込参考判例①が採用した原因関係の要否論に対しては、原因関係が存在しないにもかかわらず振込金相当額の預金債権が受取人に帰属する結果、振込先の誤認という過失があるにすぎない振込依頼人の犠牲において受取人の責任財産の増加という棚ぼた的な利益を受取人の債権者に与える点が批判されている。本問においてはDの預金残高は当初200万円であったが、Aの誤振込により600万円の口座に400万円が振込まれた。Aの誤振込により400万円の預金債権がDに帰属することになる。AはBに対して400万円の不当利得返還請求権を取得するにすぎないので、Aの第三者異議が認められなければ、Bの預金600万円は、400万円の不当利得返還請求権を有するAとBの他の債権者からDに400万円の返還を受ける。Dは誤振込がなければBの預金から200万円しか回収できなかったはずであるのに、誤振込後には400万円を回収することができることから、Bは誤振込の帰趨という棚ぼた的な利益を得る。その一方で、Aは400万円を誤振込したのに200万円を回収できるにすぎない。9 原因関係必要説の問題点判例が採用する原因関係不要説には上記のような問題点があるが、原因関係不要説と対する原因関係必要説にも致命的な弱点がある。原因関係必要説を前提とすると、原因関係が存在しない誤振込事案において受取人に振込金相当額の預金債権を取得することができないので、受取人の債権者には新たな利益を与えるおそれはないが、そもそも振込金相当額の預金債権が発生しないので、被仕向銀行が誤って受取人に振込金相当額の預金を払い戻した場合でも、民法478条が適用できない。両者は法律関係のない者に対する任意無償送金の合意により債務を負担するものであり、債権の存在を当然の前提としているからである。また、受取人への振込を介して同行間の決済を認めるとしても、多数派は非効率な直通送金を要求しており、被仕向銀行は原因関係の存否について適切な判断をするに足る権限・能力を欠く可能性があるので、実質的に被仕向銀行に適切な判断を要求しているに等しく、被仕向銀行に過剰な義務を課すことになるとともに、調査に時間がかかり、調査にかかる費用及び振込手数料の増額という形で預金者全体に転嫁されるおそれがあることから、参考判例①が重視した「安価で迅速な資金移動」が実現できず、振込制度の根幹が著しく損なわれる。10 誤振込金相当額の払戻しと詐欺取消の成否誤振込事案において振込金相当額が自分の口座に入金記録されていることに気づいた受取人が、その事実を被仕向銀行に告げることなく振込金相当額の払戻しを受けた場合に詐欺罪(刑法246条)が成立するのか。参考判例①により振込金相当額の預金債権は原因関係の有無を問わず受取人に帰属することから、受取人は自分の預金の払戻しを受けたにすぎず、詐欺罪は成立しないように思われるが、参考判例③は、詐欺罪は成立し、誤振込事案において振込金相当額の預金債権の帰属を入手するとして、銀行による預金の組戻手続は安全な振込を確保するために有効であり、かつ、銀行が誤振込人と受取人との間の紛争にまきこまれないようにする必要があるのである。もっとも、銀行との間で継続的な金融取引を行っている受取人は自己の口座に誤振込があることを知った場合には、銀行にその旨を告知し、組戻しへの照会をする義務を負う。この義務に、被仕向銀行が組戻しに応じるべき旨の回答があったあと、振込依頼人が組戻しの請求をした時点で、受取人の口座に対して組戻しに応じるべき旨の回答があったにもかかわらず、銀行に誤振込の事実を秘して預金の払戻しを受けた場合にのみ、詐欺罪が成立する。参考判例①を前提とすれば、誤振込において振込金相当額の預金債権が受取人に帰属する以上、振込依頼人であることに気づいた受取人がその事実を被仕向銀行に告げずに振込金相当額の払戻しを受けた場合に詐欺に当たるかは行動の是非に該当することになる。11 無償譲渡と誤振込無償譲渡が預金の資金の返還と自由な送金を組み合わせたもの。銀行の窓口において預金者本人になりすまして預金口座への振込依頼をし、振込金相当額の預金債権を取得するのか。無償振込事案は、振込依頼人と受取人との間に原因関係が存在しないという点で誤振込事案と類似している。無償譲渡に関する参考判例は、参考判例①と同様に、原因関係が存在しなくても振込金相当額の預金債権は受取人に帰属するとした。①受取人が振込金相当額を不正に取得する為の詐欺等の犯行に関与した場合など、これを認めることが著しく矛盾に反するような特段の事情があるときは、権利の濫用に当たるが、②受取人が振込依頼人に対して不法な金銭を負担しているというだけでは、権利の濫用に当たることにはならないとした。参考判例①によると、無償譲渡事案においても振込金相当額の預金債権は受取人に帰属するが、原則として受取人の払戻請求は認められる。例外的に詐欺に該当するような事情が存在する場合には、権利濫用による反論は認められないことになる。参考判例③の趣旨は誤振込事案にも及ぶものと解されるので、受取人が誤振込みの事実につき知らなかった場合には受取人は誤振込金相当額の払戻しを求めることができるが、受取人が誤振込みの事実に気づいていながらその事実を被仕向銀行に告知せずに払戻しを請求した場合には、受取人の行為は詐欺に該当することから、受取人の払戻請求権は権利濫用により許されないことになる。◆発展問題◆AはX銀行に普通預金口座を有している。BはAの自宅に居候中、Aの預金通帳と届出印を盗み出して、X銀行の窓口においてAに成りすまし、Aの口座から100万円をY銀行にある自分の口座に振り込もうと依頼し、実際にAの口座からCの口座に100万円が振り込まれた。CはY銀行に対して100万円の払戻しを請求できるか。●参考文献●*平賀良一「預金口座に対する振込と不法行為」法学セミナー606号(2012)81頁/高須順一「債権の帰属と第三者異議」法曹417号(2015)22頁/岩井伸「預金口座への振込」145頁/道幸「預金と不法行為」(集団訴訟)(2020)108頁/大久保「平成20年重判」73頁 (加藤宏昭)

『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日

ISBN978-4-7857-2992-9

寄託契約
2025/09/03
A水産とB水産は、かつて水産業を営んでいたがすでに廃業しているC水産にそろそろ昆布の保管を依頼した。しかし、Cは、現在、倉庫が手狭であり、冷蔵設備が十分ではないことを理由にAとBの依頼をいったんは拒絶した。そこで、AおよびBは、「他の倉庫業者が見つかるまでの期間でいい」といって強引にCの倉庫にやむなく保管を引き受けた。その結果、Aは北海道産のとろろ昆布を400キロ、Bは四国産のとろろ昆布を600キロをCに寄託し、これら計1トンのとろろ昆布はCの倉庫で区別することなく保管され、Cはそれぞれから寄託を受けたものと同数量のとろろ昆布を返還することをA・Bとの間で合意された(以下、「本件契約」という)。保管料は、Bに8万円が定められたが、Aについては、かつてお世話になったことのお礼から、無償と定められた。なお、Bが寄託したとろろ昆布600キロはD商事から預かったものであり、Cへの寄託につき、BはDから特に承諾を得ておらず、Cへの寄託を必要とする事情は特になかった。2カ月経過した時点で、Cが倉庫を確認したところ、1トンのとろろ昆布の品質に特段の変化はみられなかった。保管が始まってからはや3カ月が経過したが、いまもA・Bから引取りの連絡はなかった。そこで、Cは倉庫を整理しに行っところ、保管していたとろろ昆布1トンのうち、冷蔵庫の不備な場所に起因して400キロの昆布が腐敗してしまっていた。(1) 以上の事実において、AおよびBは、Cに対して腐敗を免れたとろろ昆布につき、それぞれ千円につき返還を請求することができるか。また、Aは腐敗したとろろ昆布の価格相当額について損害賠償請求ができるか。これに対しては、どのような反論をすることができるか。(2) CはAに遠く及ばないことから、残存するとろろ昆布600キロのうち400キロをAに返還してしまった。この場合、BはAに対し、いかなる請求をすることができるか。また、DはBおよびCに対し、いかなる請求をすることができるか、Cはいかなる反論をなしうるか。●参考判例●① 適用判例昭和29・8・2民集8巻5号1226頁② 判例昭和52・9・1民集27巻10号887頁③ 東京地判平成13・1・25金判1129号55頁④ 札幌地判平成24・6・7判時1392号200頁●判例●1 混合寄託契約に基づく寄託物返還請求権小問(1)において、AおよびBは、それぞれCに対して混合寄託契約に基づく寄託物の返還請求権を行使することが考えうる。AおよびBの請求権が混合寄託という特殊な寄託に基づくものであるが、まず、一般的な寄託の成立について検討しておく。寄託とは、当事者の一方が相手方のために保管することを約してある物を受けとることによって成立し、効力を生ずる諾成契約である(657条)。寄託者は、寄託物を受け取るまでは、契約の解除をすることができ、受寄者は、その報酬の解除によって損害を受けたときは、その賠償を請求することができる(657条の2第1項)。この場合に、受寄者の保護すべき利益も含まれるか、寄託の報酬の性質に関連して議論がありうる(以上につき、本問参照)。本問の場合、AおよびBの寄託が変化した物を保管・品質が同一である場合に混合して寄託し、同種の物を受け取る契約を(混合寄託)という。混合して寄託するためには、各寄託者が承諾が必要であるが(665条の2第1項)、各寄託者が口頭で混合寄託した場合、寄託とは異なり、各寄託物の返還は受寄者に移転しないが、各寄託者の個別物の返還を請求することにより、各寄託者はそれぞれの寄託物について個別の所有権を失い、混合寄託物全体について共有持分権を取得するにとどまる。共有持分権の取得そのものは、混同規定(245条・246条)から導くことができるが、各寄託者は、寄託物に生じた損害の危険もその共有持分の割合に応じて負担することになる(665条の3)。本件寄託の目的物であるとろろ昆布は腐敗により一部滅失している。混合寄託において、寄託物の一部滅失のリスクは、各寄託者が共有持分に応じて負担するものとされており、AおよびBは、Cに対し、それぞれの寄託物の割合に応じた数量のとろろ昆布の返還を請求することができるにとどまる(665条の2第3項)。AおよびBは寄託物について、4:6の割合で返還請求権を有している。そのため、AはBに滅失したとろろ昆布400キロ(全体の4割)のロスを按分して負担する。たとえば、BがCに対して480キロの返還請求をすることで、Cは全体の5分の4しか返還しない。結果として、Aの返還請求は360キロの範囲で認められることになる。そして、Aの返還請求は240キロの範囲で認められる。2 受託者による損害賠償寄託契約の一部不履行により、返還請求権が縮減的に減縮するとしても、寄託者が第三者に対して損害賠償請求できるか否かは別問題である(665条の2第3項後段)。AおよびBはCに対し混合寄託契約上の保管義務違反を理由とした損害賠償請求(415条1項本文)をすることが考えうる。なお、寄託物の返還義務が履行されなかった場合には、その不履行が契約者の帰責事由によることが必要(同項ただし書)として、受寄者の帰責事由が免責事由であったことが争点となる。条文上、無償寄託の受寄者は「自己の財産に対するのと同一の注意」(以下「自己固有の注意」)をもって、寄託物を保管する義務を負うと明定されている(659条)。有償寄託の受寄者は、同規定である400条に照らし、「契約その他の発生の原因及び取引上の社会通念に照らして定まる」善良な管理者の注意義務を負う。同法400条は特定物の引渡しに関する規定であるが、混合寄託の受寄者は保管物全体について共同の利益を有するものである。したがって、有償寄託の受寄者は「善管注意義務」を負う」と解釈することができる。が、「保管料」は、受寄者の注意義務の具体的な内容を確定するための基準たりえるものである。保管料と切り離された注意義務が存在すれば、それは受寄者に過大な負担を負わせかねない。一般に理解されるように、「自己固有の注意」では、個々の債務者の個人的な能力に応じた主観的な注意で足りると解する。このため、「善管注意義務」の属する社会的一般的な地位に応じた客観的な注意義務よりは軽減される。民法は、受寄者の注意義務の程度について注意義務を軽減すると考えてはいないからだ(A・B説)。現在は、同法659条は無償の受寄者の責任を軽減する趣旨の規定である。この注意義務の機能が寄託契約を前提とするとすれば、「善管注意義務」を超えるとこれに対抗できず、これに反すると解するのが通説である(A・B説)。これに対し、「保管」適合的合理的な平均人ならば「他人の財産」に対して払うであろう注意を意味し、「自己固有の注意」は合理的な平均人ならば「自己の財産」に対して払うであろう注意を意味するとする見解(判例もほぼ同旨)は、同解釈によれば、法が予定する合理的な平均人は「他人の財産」に対して注意義務あるべきなので、それぞれの利益に応じて明確な特徴がある。これに対抗できず、それに対し、同法400条を踏まえて、善管すべきであるが、以下の「善管注意」と「自己固有の注意」の区別の問題に帰着していく。受寄者の「善管注意義務」が抽象的に判断されるとしても、それは契約から切り離された抽象的な義務ではなく、当事者の合意のもとで、契約の締結から契約の終了、取引上の社会通念から判断される。そこで、一般的な短期・長期の契約と「善管注意」との関係が問題となる。受寄者がいかなる期間の平均的な注意をすべきか(本来の注意か・簡略な注意か)、注意義務の内容は、契約内容に照らして区別されるであろう。受寄者は請負・管理の基準として、一定期間の義務に応じた契約(「契約」において、受寄者の注意義務の趣旨に応じて合理的なさまざまな手段をとることが義務づけられる。③他方で、寄託者は具体的な保管方法を指定・合意することができ、④受寄者は、このような保管方法をとったことに理由があることを考慮することもある。すなわち、内容に照らし善管注意義務の基準が定まり(⑤)、具体的な義務違反の有無もまたその局面に照らし、契約目的(⑥)や個別の合意を指示(⑦)に照らして判断される。これら区別は、受任者の事務処理義務(644条)の議論にみられるものであり、⑧は「寄託の本来のあり方」、⑨は委任者の指図の範囲の区別に対する回答が契約内容について有効に作用する把握するにあたって、同様の区別は寄託についても有効である。受寄者の「善管注意」(600条)と同様、受寄者の「自己固有の注意」もまた契約内容との関連のもと捉えられるべきであろう。元来、民法の起草者は、同法659条について、寄託者は受寄者の注意義務の程度を抑えてもまた、注意の基準を具体的に注意することが受寄者の意思に適合すると説明していた(以上、A・B説)。これに加えて、同条は、無償の受寄者であるCが寄託する当事者の意思の趣旨を測定していると解することも可能である(以上、A-1・A-2説参照)。ただし、A-1・A-2説をとろうとも、Bの注意について判断基準を一定程度、客観化する必要性を考慮しつつ、Bの意思を発する危険を抑制する機能(⑩)を評価する見解も有力である。され、寄託者はそれを容認して保管を依頼した場合、当該(有償)寄託契約において、保管場所が不適切であることによって寄託物に損害が生じたとしても責任を負わない旨の特約があり、受寄者の保管義務に当たるべき注意は自己固有の注意であるとした。ただし、寄託者が(善管注意義務)を負うとしても、類似の合意を抽出しうる余地がある。「自己固有の注意」と「善管注意」の区別や注意の程度に関する合意の問題(上記⑨)というよりも、類似の類型に認められた保管方法に基づく注意(上記④)の問題と捉えなおすことができよう。なお、考慮された具体的な保管方法は、受寄者に広く一任された場合には、それに伴う保管の範囲と捉えうる(上記⑤)。3 寄託物の共有持分権の処分と寄託物返還請求権一部滅失の結果、AおよびBは、とろろ昆布240キロの返還請求権を有していたところ、Aは小問(2)のCにA・B240キロの返還を返還してしまった。混合寄託において、受寄者は、自らが保管中の寄託物全部の返還をもって寄託者と合意できる。この場合、他の寄託者の同意は必要としない。しかし、受寄者は、他の寄託者に不利益を及ぼさないように配慮して返還する義務を負っている(「自己固有の注意」)。いずれにせよ、返還されるべき昆布240キロ=160キロの返還を受けることができるのであり(600キロ)、かくも大きな乖離を招くことはできないと考えられる。なお、Bは、非債弁済を理由として不当利得返還請求(703条)ができると考える余地もあるが、BはAに対して不当利得返還請求権は、より有効な返還請求をすべきである。このほか、Aは、現実には返還請求をすべき昆布の所有権は自分にはない、との反論をすることが考えられる。受寄者の自分勝手な混合寄託の場合には、寄託物の寄託物への混入により生ずる危険(244条・245条)の分配のように、他人物を寄託した場合に処分権を有する寄託者に対抗することができる。BはCに対し、損害賠償として同額の昆布の返還請求をすることができる。他方、DはBに対して損害賠償としてその分の昆布の返還請求もできる。取ったもののうち160キロのとろろ昆布が腐敗することができよう。それでも、Cは、Bに対する返還は、C・D間に返還を要しない旨の特約がある。それにともなう混合寄託の趣旨を没却しかねない。受寄者は、寄託者から寄託物を受け取り、それを保管することができないとなれば、寄託者は第三者に保管させることができる。再び登場したAは、Cに対し、寄託物の返還請求をすることができ、寄託者に対し、寄託物の返還義務を負う(658条3項)。しかし、本問において、BはDの承諾を得ておらず、やむを得ない事情もない。この場合、DはCに対して、B・D間の寄託契約に基づく寄託物の返還請求権を行使することになる。次に、とろろ昆布の物権に基づく請求はどうか。Aが返還を受けたことに伴い、Cのもとにある残り200キロのとろろ昆布は、混合保管から特定保管に転じるとともに、Dの単独所有に転じたものとみることができよう。DはCに対して、所有権に基づきとろろ昆布200キロの返還を請求することができる。しかし、Cとしては、寄託者であるBの指図がない限り、Dには寄託物を返還してはならない(660条2項本文)。CがBに返還したことによって、Dに損害が生じたとしてもCは賠償責任を負わない(同条3項)。仮に、本件寄託契約からみて第三者であるDが、Cに対して、訴えの提起等をした場合に、寄託者であるBがすでにその事実を知っているのではない限り(660条1項ただし書)、Cが通知をした後はその事実を通知しなければならない(同項本文)。Cが通知をした後はその事実を通知しなければならない。Dに寄託物を引き渡すべきことを命ずる判決が確定した場合において、Bに寄託物を引き渡したときは、Bに返還しなくてもよい(同条2項)。なお、Dが訴えを提起した場合、CはBの単独所有としても、B・D間に存する(寄託者との間の)寄託契約を基礎とした対抗要件を主張しうるかという問題がある(寄託者側のその他の対抗要件を含めて)。DはCにどのような反論を提起したうえで、たとえばBによる無断寄託を理由に、B・D間の寄託契約を解除しておくことが考えられる。◆設問問題◆XはYに骨董品αを、保管料月10万円、期間3年間で寄託する契約を締結した(以下、「本件寄託」という)。本寄託において、XはYの取扱いによりαを汚損させ、一定の温度と湿度を常に維持した状態に保管することが合意された。以下の(1)から(3)の事実は独立したものである。(1) Yは150万円をかけてαを保管・展示する設備を整えたが、Yが何者かにαを汚損させ、Yの過失でその温度と湿度が維持されていなかったと判断した。なお、αはXが所有者ではなく、Yに対してαの返還を請求しうるか。(2) YはαをXに引き渡し、保管が開始されたものの、1台が経過した時点で、Yが保管していたαを汚損させ、その温度と湿度が維持されていなかったと判断した。なお、αはXが所有者ではなく、Yに対してαの返還を請求しうるか。(3) αの所有者はZであり、XはZからαの寄託を依頼されて所持していた。XはZからαの寄託を依頼されて所持していた。●参考文献●*中田523頁・539頁/滝沢「民法92条の趣旨に鑑み、受寄者の返還義務に関する規定は、無償寄託にも適用されると解される。134号10号(2017)1頁/小林「民法92条の趣旨に鑑み、受寄者の返還義務に関する規定は、無償寄託にも適用されると解される。」(2004)220頁(参考判例①の判決)/河上正二・リークス25号(2002)54頁(参考判例②の判決) (高 秀成)

『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日

ISBN978-4-7857-2992-9

金銭消費貸借
2025/09/03
2024年4月1日、Xは、隣家に住むYとの間で、継続的に金銭を借り入れ、リボルビング方式によりその弁済を繰り返す旨の基本契約(準消費貸借契約)を締結した。Xは、基本契約に基づき準消費貸借契約による弁済を繰り返し、2027年4月1日、Yは、基本契約による弁済を完了したが、その最終弁済期が終了していた。また、基本契約申込については、終了の時期は示されなかった。その後、しばらくX・Y間に取引はなかったが、2030年4月1日、X・Y間で、基本契約申込とほぼ同内容の金利の計算の基本契約が締結された。Xは、基本契約の当初から継続する金利の計算の方法についてYから説明を受け、2035年4月中に完済し、すでにその元本の全部を返済し終えていた。その後、XとYは、基本契約による過払金返還請求訴訟を提起した。本件訴訟において、Xは、Yに対し、これまでの全取引を一体として計算した結果の過払金200万円と、これに対し、過払金発生の時点から年5分の割合による利息を付加した金額を請求した。Yとしては、2024年4月1日から2027年4月1日までの基本契約に基づく取引と、2030年4月1日から2035年4月1日までの基本契約に基づく取引とは、別個の取引であるから、前者の取引については、過払金は発生しておらず、時効によって消滅したと主張している。●参考判例●① 最判平成19・2・13民集61巻1号182頁② 最判平成20・1・18民集62巻1号227頁③ 最判平成24・9・11民集66巻9号3221頁●判例●1 制限超過利息をめぐる従来の議論と利息制限法利息制限法は、金銭消費貸借について、超過利息の契約を、超過利息とのその超過部分について無効とする一方で、制限利率を超過する金銭を利息として任意に支払った場合、借主 はその返還を請求できない旨の規定(2006年改正前利息制限法1条2項・4条2項)を置いていた。この関係で、当初は制限超過利息の元本充当の問題となり(最判昭和37・6・1民集16巻7号1309頁(元本充当否定)、最判昭和39・11・18民集18巻9号1868頁(元本充当肯定))、次いで、元本充当後になお計算上払いすぎとなる過払金の返還を認めるか問題となった(最判昭和43・11・13民集22巻12号2539頁、最判昭和44・11・25民集23巻11号2127頁(いずれも返還請求肯定))。過払金の返還請求を認める最高裁判決により、上記裁判例は事実上、空文化された。むしろ、1983年、貸金業規制法(2006年改正法によりいわゆる「みなし弁済」(2006年改正前43条)の導入等)、一定の要件を満たす制限超過利息の支払が有効なものとみなされることになった。その後、みなし弁済の適否に争点が移ったが、2006年から、最高裁が「みなし弁済」の適用要件をきわめて厳格に解する判決を連続して出したこと等により、利息法制全体の改正の機運が高まり、2006年に、利息制限法(民事効)、出資法(刑事罰則)、貸金業法(行政規制、名称も変更)の三法改正がなされた。利息法制に関する2006年改正は、①貸金業の適性化、②過剰貸付の抑制、③金利体系の適性化、④ヤミ金融対策の強化、⑤多重債務者問題に対する政府を挙げた取組みを主眼とし、改正法は順次施行され、2010年までにすべて施行された。特に金利の再編では、「みなし弁済」制度を廃止し、また、出資法の旧金利を29.2パーセントに引き下げ、利息制限法の上限金利(15-20パーセント)と出資法の上限金利(20パーセント)の間の金利での貸付けについて行政処分の対象とすることとし、いわゆるグレーゾーン金利が解消された。2 過払金相当額の問題金銭消費貸借において過払金が発生した場合、借主は、それを不当利得として返還請求しうる(民法703条・704条)。ただ、この請求権が5年または10年で時効にかかり(166条1項1号・2号、最判昭和55・1・24民集34巻1号56頁も参照)、時効完成後は、借主の時効援用により請求できなくなる。また、過払金の返還請求に伴い付される利息が法定利率(改正民法では年5分、旧404条)により算定される(参考判例①)。法定利率は民法改正により年3パーセントに引き下げられた(404条2項、その後、変動制となる(404条3~5項))。民法では、不法行為の規定は適用されない。過払金の返還は、不法行為による損害賠償の性質を有するものではなく、むしろ、過払金の返還請求権の性質を有するものではないからだ。なお、継続的な金銭消費貸借取引がなされた場合、過払金の返還請求権の消滅時効の起算点について、従来、学説および下級審裁判例において過払金発生時説と取引終了時説との対立があったが、最高裁は、継続的な金銭消費貸借取引に関する基本契約があり、その契約に基づき、その契約から発生した借入金と過払金充当後の残元本の合計額が常に計算されている場合には、その契約から発生した過払金請求権の消滅時効は、特段の事情がない限り、その契約取引が終了した時点から進行するとした(最判平成19・1・1民集63巻1号247頁)。民法では、この判決は民法166条1項1号と10年の消滅時効の起点となり、これには短期にも長期にも5年の消滅時効が適用されることになる。また、貸金業者に関するものはないが、以下のような特段の事情がある場合には、同一の金銭消費貸借契約に基づき継続的に行われる金銭消費貸借取引を完済する時点において、借主がもはや当該貸主から金銭を借り入れることを予定しておらず、その後に当該貸主との間で新たな借入をすることがないまま、相当の期間が経過した場合(最判平成22・12・15民集74巻9号2555頁)。ただし、改正後の民法では、承諾による(令和2年)。3 過払金相当の法理論当初、過払金に関する争点は、制限超過利息を、当初支払われた元本へ充当できるかであった。これが、で大きなものとなったのは、制限超過利息を支払うことによって生じた過払金を、当事者間の合意の利益へと充当できるかである。同じ「充当」を巡っても、問題意識はまったく異なる。過払金の法的性質をどう認めるか否かについては、①元本に対する充当の明示的合意が存在しているか、②単に複数の個別的消費貸借契約があるにすぎないか、あるいは基本契約が締結されているか、③過払金が生じた時点で当事者の合意があったか、あるいは過払金が生じた時点で当事者の合意があったかのいずれであるか、④基本契約にリボルビング方式の支払方法、⑤貸借にかかわる個別的事情の検討など、一律にすべての個別的事情を勘案して処理、⑥個別的事情の同一性など、個々の基本契約を一連の継続的なものと処理するような事情・基本契約が存在するか、およびこれらの前後で、⑦基本契約に関する合意・指定があるか(60条・488条・489条)、とりわけ元本に対する当事者の合意・指定(個別の合意を含む)をどのように認定するか、⑧元本に対する当事者の意思が何かが問題となる。まず、基本契約が存在する場合、過払金が生じた時点で、充当されるべき別の債務が存在していれば、当事者の意思を合理的に認定できるのである。当事間に充当に関する特約が存在するなど特段の事情のない限り、過払金は原則別の債務に充当される(最判平成15・7・18民集57巻7号856頁)。他方、判例は、基本契約が存在しても、過払金発生時に充当するべき別の債務が存在していない場合には、当事者に充当に関する合意があったか、その合意に従った充当がなされるとし、リボルビング方式の場合は、そのような合意があると認められるとする(最判平成19・6・7民集61巻4号1537頁)。これに対し、基本契約なく個別の貸付け・弁済が繰り返され、かつ、過払金が生じた時点で充当されるべき別の債務が存在していない場合は、基本契約があるとの同様の理が妥当し、先の場合に充当されることとなる。や相殺の可能性があるため、当然にそのような指定を推認できないからであるとする。これに対し、基本契約がなくとも過払金充当合意を黙示的に認める見解もある。本問に関する参考判例①では、「第1の基本契約に基づく取引と第2の基本契約に基づく取引とが事実上1個の連続した取引であると評価できる場合には、当事者間に充当する合意が認めでき、第1の基本契約から生じた過払金は第2の基本契約から生じた債務に充当される」として判示した。ただし、①第1の基本契約に基づく貸付けおよびその弁済の各取引が行われた期間と第2の基本契約に基づく最初の借入れが行われた期間との間の期間が1年未満であること、②第1の基本契約に基づく取引についての契約書の返還の有無、③借入れに際し使用されたカードが共通であるか、④第1の基本契約の終了後も第2の基本契約が締結されるまでの間における当事者の状況(第2の基本契約が第1の基本契約の当然の延長として当然に更新されること、取引の中断期間の長さなど)を考慮することなく、基本契約の自動継続・自動更新を認めることにより、先に紹介した民法の規定を潜脱した最高裁判例(平成17・7・14判時235号46頁)。また、上記要素は判断の際の一応の基準にすぎない。参考判例②では、前記①の判断枠組みを基本的には踏襲しつつも、第1の基本契約の終了時に過払金が発生していたこと、第1の基本契約と第2の基本契約との間の取引の中断期間が約2年7カ月と比較的長期間に及んでいたことなどを理由として、過払金充当合意を否定した。さらに、参考判例③では、第1の基本契約の終了時に過払金が発生していたこと、取引の中断期間が約3年7カ月と相当長期間に及んでいたことなどに加えて、第1の基本契約の終了後に第2の基本契約が締結されるまでの間に、当事者が、第1の基本契約に基づく取引が終了し、過払金が発生していることを認識しえたといえるような特段の事情が存しない限り、過払金充当合意を否定するのが相当であるとした。判決がある(参考判例③)。また、過払金については当事者の合意があっても借主は過払金発生の時点から民法703条の規定に基づき請求しうる(最判平成21・9・4集民231号97頁)。法定利息と過払金との充当を認めたうえで、別段の合意があるとして評価できるような特段の事情のない限り、本件法定利息を充当し、次いで過払金を充当すべきとされている(最判平成25・4・11判時2155号16頁)。加えて、不動産等他の方法による場合の過払金は、超過額を発生する際に当事者の合意があるなど特段の事情のない限り、その時点での債務に充当され、超過額が将来発生する債務に充当されることはない(最判平成26・7・24判時2261号65頁、最判平成26・7・25判時2261号65頁)。いわゆる「ボトルオープン論」(過払金を完済すると支払期日に支払うべき金利が0になるという主張)、過払金をボトルしようと企図したものであるから、このように呼ばれるようになった。なお、判例は、基本契約に基づき借入れと弁済が繰り返される場合に生じている場合の利息制限法上の「元本」は過払金を完済した後の額とするとする(最判平成26・7・18判時2261号65頁)。以上の判例法理に対し、参考判例①につき、判例としての一貫性に疑問をもつ見解も現れるが、上記にみたとおり、各判決は一定のファクターを講じる客観的判断は避けており、総合的に勘案される。このうち参考判例①の考え方に対しては、利息制限法の立法経緯を考慮したうえでの結論の妥当性という観点から、根強い反対論がある。◆関連問題◆本問と以下の点で異なる場合に、Xの請求は、どの範囲で認められるか。なお、甲乙との契約締結日、元利金完済日、過払金返還請求日は、本問と同様とする。基本契約はリボルビング方式による契約であり、基本契約が乙のリボルビング方式による契約で根抵当による不動産担保が付されていたこと、Xが乙に対し、基本契約から生ずる過払金が基本契約乙による債務に充当されることを前提として計算した額の過払金の返還請求をした場合。●参考文献●*高橋真・最判解平成23年度238頁/吉田宏・最判解平成24年度(下)620頁/小野秀誠・百選Ⅱ 114頁/第一法規・37巻・190頁 (尾島苑子)

『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日

ISBN978-4-7857-2992-9

委任の任意解除
2025/09/03
Aは、自己の所有する建物(甲)について賃貸借契約(以下、「本件賃貸借契約」という)をBとの間で締結した。本件賃貸借契約においては、賃貸借期間は5年間(ただし、当事者の合意により更新することができる)、賃料は月額10万円とし、毎月10日までに当月分をBがAに支払うものとすることが定められていた。本件賃貸借契約締結の全容を、BがCに説明した。本件賃貸借契約中の2019年5月に、未払賃料等があればこれを控除して残額がBに返還される旨の特約等が定められていた。また、Aは、甲の賃貸借に関する事務を委託する契約(以下、「本件委託契約」という)をCとの間で締結した。本件委託契約においては、委任期間は5年間(ただし、当事者の合意により更新することができる)、委任事務として、賃借人からの賃料の徴収とAへの引渡し、甲の修繕等が定められるとともに、賃借人から支払われた敷金について、Cが保管し、Cは、保管する敷金に対し月1パーセントの金利をAに支払う義務を負うものの、本件賃貸借契約と本件委託契約が存続する限り、保管した敷金を自己の事業資金として自由に使用できる旨の定めがなされていた。本件委託契約に基づき、Aは、甲を引き渡した。いずれも本件契約は、Aの指定する口座にAが受け取って、Bからの指示に基づいてCがBに賃料を月額100万円で賃貸するというものであったところ、Bが賃料を滞納し、Aに月額70万円しか支払ってもらえないと書面で申し入れたことから、AC間の関係が悪化し、ぎくしゃくしはじめた。Cは、賃貸借について当初からBからの受託を受けた(1カ月分の賃料(10万円)をAに支払わなかった)。受任者Aは、受任者Cに対して、本件委託契約を解除する旨の通知表示を行い、自己への50万円(1カ月分の賃料)の支払に加えて、500万円(敷金)の支払を請求することができるか。これに対して、受任者Cは、どのような反論をすることができるか。●参考判例●① 最判昭和56・1・19民集35巻1号1頁●判例●1 委任契約の債務不履行解除委任契約(ここでは、法律行為をすることを委託する契約や準委任契約(643条)だけでなく、法律行為ではない事務を委託する準委任契約(656条)も含めた広義の委任契約を念頭に準委任契約)といった、狭義の委任契約に関する規定が準委任契約に準用されること(656条)について、述べ、法律行為ではない事務を委託する一般に適用される債務不履行解除に関する規律が妥当しうる。ただし、委任契約の解除は、本来無償(623条・633条)であり、すなわち、当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。その結果を経過した時に解除されることになり(541条)、本契約の取引上の社会通念に照らして信頼できるときは、この限りでない(541条)。本問では、受任者Cに対し、1カ月分の賃料(50万円)を支払わなければならないのに、本問では、受任者Aによる、受任者Cとの委任契約は解除される(無償)。本件委託契約の解除の理由として、30万円(1カ月分の支払を求めることはできるものの、500万円(敷金)については、本件賃貸借契約の敷金としてAに返還されることを契約の解除の理由として期待が認められていることから、受任者Aが受任者Cに対して、その支払を求めるためには、本件賃貸借契約ないし本件委任契約が終了する必要がある。具体的には、後にこれが終了する基礎づけとなる事由があるかどうかが問われないことから、委任者による本件委任契約の解除が認められる必要がある。委任者による本件委任契約の任意解除が認められるか否かを判断するためには、必ずしも委任者にやむを得ない事由があるか否かを、受任者Aによる本件委任契約を解除するためには、受任者は、委任者を信頼しえないものと受け取った金銭(50万円)を委任者に引き渡していないものの(賃料増額について交渉中であることから)、賃料額の増額交渉に失敗したこと、増額交渉に失敗したこと、増額交渉に失敗したこと、2 委任契約の任意解除委任契約は、受任者が委任者の利益のために事務を処理することを内容とする契約であり、一般的には当事者の信頼関係を基礎とするものである。したがって、受任者の事務処理が委任者の意思と食い違い、委任者が委任事務の処理を望まない場合などで、事務処理を委任者に約束どおりには期待できないと考えられる。すなわち、一般的には委任者に不利な時期ではないとしても、委任者が受任者に事務処理をさせることが相当でないと考えられる。そうすると、委任、準委任契約は、当事者がいつでも任意に解除できることを認めている(631条・651条)。本件委委任契約の任意解除が、認められることとなる場合であっても、民法651条2項は、任意解除、任意解除を解除できる旨の特約は、原則として、有効であると解されている(ただし、たとえば、やむを得ない事情がある場合でも任意に解除できない旨の特約は、無効(90条)となりうる)。やむを得ない事情があるにもかかわらず、任意に解除したことによる損害賠償(認められないことになるだろう)。本件委任契約においては、受任者には、賃借人から支払われた敷金を保管し、本件賃貸借契約および本件委任契約が存続する限り、保管した敷金を自己の事業資金として自由に使用できることとされていることから、本件委任契約は、受任者の利益も目的とする委任契約である(本件委任契約は、事務処理の対価(報酬)と受任者の異なる利益(金利支払)が担保する敷金に対し月1パーセントの金員を委任者に支払うことでも規定しないと考える)が委任者に与えるものであったと解することができる。なお、Aに帰属すべき敷金をCが保管する代わりに、月1パーセントの利息をCがAに支払う関係も、有償性があると解することができる。改正民法下の判例は、当事者間、委任者は受任者の利益も目的とする委任契約を解除することはできないとしていたものの(最判大正4・3・24民録2460頁)、その後、受任者の利益も目的とする委任契約であっても、委任者が著しく不誠実な行動に出た等のやむを得ない事由があれば、委任者は任意解除することができるとし(最判昭和40・12・17民集19巻9号561頁、最判昭和43・9・20判時536号51頁)、さらに、やむを得ない事由がない場合であっても、委任者が任意解除の自由を放棄したものとは解されない事情があるときは任意解除することができる(受任者が被る損害を賠償による損害賠償によって補てんされれば足りる)とするに至った(参考判例①)。受任者の利益も目的とする委任契約における受任者による任意解除は、大きく制限する場合から、任意解除を原則として認める民法651条1項(民法による文言の変更なし)の文言に実質的には合致する立場を変換したわけである。このようにして確立した判例理論を前提とすれば(さらに、民法改正によって、委任契約の任意解除を制限する旨の規定も新たに加わることになる)、改正後の民法においても、委任者は、受任者の利益も目的とする委任契約であっても、原則としていつでも任意解除することができるものと解される(期間は、文言どおり解除権も)。そして、委任者がやむを得ない事由なくして、受任者の不利な時期に解除して、受任者の利益を害する場合には、明示の特約がなくても、受任者はやむを得ない事由なくして任意解除した結果、受任者の不利益も目的とする任意解除の場合には、委任者の受任者に対するやむを得ない事由なくして任意解除に伴う損害賠償責任が発生する場合として定められているのであるが(同条2項2号)、委任者の意思ないし両当事者の特定の解釈を通じて委任者による任意解除を制限する要素ともなりうる)。本件委任契約は、受任者の利益も目的とするものであるから、やむを得ない事Bがある場合または、受任者Cの利益を目的とする委任契約のやむを得ない事情がある場合は、受任者Cにとって不利な時期であった場合、やむを得ない事由がないのにAによる本件委任契約の任意解除が認められることはない。3 任意解除に伴う損害賠償責任委任契約は、各当事者が、原則として、いつでも、任意解除をすることができる(651条1項)ものの、①相手方に不利な時期に委任契約を解除したとき(同条2項1号)や②委任者が受任者の利益をも目的とする委任契約を解除したとき(同条2項2号)のいずれかの場合には、相手方が被る損害を賠償する責任を負うものとされている。委任契約の解除をしたときには(同条2項(委任の解除を目的とする委任契約の解除をしたとき))、相手方が被る損害を賠償する責任を負うものとされている。損害賠償による委任契約の解除は、改正民法による文言の変更なし。損害賠償の範囲は、「やむを得ない事由」による解除か否かを問わず、原則として、信頼利益の賠償に限られると解されている(最判昭和58・9・19判時1100号32頁の趣旨参照)。もっとも、履行利益の賠償を認めないものではない。ここで問題となるのは、「やむを得ない事由」については、任意解除に伴う不利益な時期であったことにつき相手方に帰責性がある場合(ただし、任意解除に伴う不利益な時期が継続されるかどうかについては、議論がある)、本問において、AとCによる本件委任契約の解除が認められるとしても、先にみたように、本件委任契約は、受任者の利益も目的とする委任契約であり、かつ、やむを得ない事情がない限り、委任者Aは、受任者Cで生じた損害(将来得べかりし利益も含む)を賠償しなければならない。受任者が負うべき利益から、受任者が損害を被ったことによって、本件委任契約の任意解除を前提として、委任者Aから50万円(1カ月分の家賃)の支払に加えて、500万円(敷金)の支払を求めるAの請求(および違約損害金)を損害賠償として、相殺をすることによって、対象について争うことになる(651条1項本文)。◆関連問題◆本問の5月1日時点では引渡する準備作業であるものとする。本件委任契約においては、委任事務として、賃借人からの賃料等の徴収とAへの引渡し、甲の修繕等が定められるとともに、委任報酬を月額5万円とし、毎月末までに当月分をCがAに支払うことが定められていた。本件に入ってからは、Aが費用について、Dから敷金に対し、月額100万円の範囲で協力しようと思ったところ、Bが難色を示し、Aに月額70万円しか支払ってもらえないと書面で申し入れたことから、AC間の関係が悪化し、ぎくしゃくしはじめた。受任者Aは、受任者Cに対して、本件委託契約を解除する旨の通告をした。Aは、Bに対し、5月分からの報酬を支払わないこととすることができるか。これに対し、受任者Cは、どのような反論をすることができるか。●参考文献●*道垣内弘人・判例時報25号540頁/潮見佳男「新基本法コンメンタール債権編」(第4版)(新世社:2022)280頁 (岩倉あすか)

『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日

ISBN978-4-7857-2992-9

請負における契約不適合責任
2025/09/03
各地でスポーツクラブを経営するA会社は、新たに甲市に進出することを決定して、同市内に土地を確保したうえで、B建設会社との間で、建築物の設計・施工につき、請負代金額、工期等を定め、ある建築工事請負契約を締結した。この施設の設計においては、Aは、Bに対し、地上4階に開放的なガラス張りの天井を備えたスイミングプールを設けること、また、その下の3階にもう1つの目玉となる70人規模のダンススタジオを設けること、阪神淡路大震災級の地震にも耐えうる堅牢なことを求め、Bは、その設計を行い工事に着手した。4カ月後、丁建設工事がほぼ完成したとして、Aに検査・受領を請負代金の支払を求めた。この請負代金は、約定により施工時から3回に分けて支払われ、約4億円が残っていた。ところがこの段階になって、この建物は、建築基準法には適合しているものの、柱の少ない3階の上の階にプールを設置したため、水の入ったプールの重量を考慮すると、現在の7倍の揺れに耐える耐震性を備えるためには、強度に問題があること、震度7を超える大規模地震に備えるためには、3階以下に新たな支柱を設置する大規模補強工事が必要であり、スタジオの面積を予定より大幅に縮小することが判明した。Aは、Bの設計の強度計算の甘さの、施工の杜撰さにより建物の耐震性が不十分となったと考えて、請負残代金の支払を拒んでいる。Aは、Bに対しどのような反論をすることが考えられるか。また、それに対し、Bはどのような再反論をすることができるか。●参考判例●① 最判平成15・10・10判時 1840号15頁② 最判平成9・2・14民集51巻2号337頁③ 東京高判昭和36・12・20判時295号28頁●判例●Bからの残請負代金に対し、Aが、請負工事が不完全であるとして同時履行抗弁)の支払を拒むためには、まず、このような抗弁権はそもそも未払、受領であると主張する(追完を請求する)ことが考えられる。他方、その建物は契約の内容に適合しないことを主張して、建物の不適合責任(旧634条 以下、契約不適合責任(旧559条)の追完を行い、修補、損害賠償を主張する可能性があるため、さらに検討していく。1 仕事の未完成と契約不適合仕事の未完成も契約不適合のいずれも634条1項に「仕事が契約の内容に適合しない」場合に含まれ、請負契約の不適合(旧559条)の担保責任として扱われている。請負人に対してこの契約不適合責任はどのような関係において生じるか。その適用範囲はどのように解するべきか。民法において大きな問題となる。この点については、大規模な論議に向けて、2017年改正民法によって、注文者の保護を拡充し(請負契約)、いくつかの手当を施した。(1) 予定工期終了(仕事の未完成)改正前民法における請負の瑕疵担保責任規定(旧法634条以下)の適用範囲については、それを予定工期終了(=仕事の完成)によって判断するのが判例、学説であった(参考判例①)。多数説の立場であった。この考え方(完工段階説)は、予定工期終了後も請負人の担保責任(仕事の完成)によって判断するのが判例、学説であった。この考え方(完成段階説)では、予定工期終了後も請負人の担保責任の存続を前提として、傷が回復したことを明らかにする趣旨)という性質も有する2つの位置づけを与えていたことに注目しなければならない(なお、予定工期終了後も、さらに請負のさまざまな局面における「完成」の判断に用いられてきた)。裁判例・多数説のこのような考え方は、予定工程の終了(請負人の瑕疵を立証責任)にまで履行の追完、それぞれの完成の判断基準に請負人の瑕疵請求を認めるものではなく、むしろ「もはや完成ではないとして)、瑕疵、履行の不完全さが残っていれば請負人の瑕疵、(注文者の主張立証責任)と瑕疵担保責任に委ねるバランスをとるものであったが、これは、注文者が請負残代金の支払義務はまだないが、この点、請負人が瑕疵を負っていることを理由とする場合には、また、代替性の低い工事目的物の場合は瑕疵があれば、早期に修補のうえ予定した使用目的のため受領したいという注文者の要請もある。そのうえで、予定工程によって契約不適合の評価の対象がはじめて俎上にのぼることを考慮すると、その時点においては契約不適合責任追及の手段が制限されることはまだ時期尚早と解されてきた)、この時点から不適合責任に合理性が認められるであろう。(2) 引渡し、修補これに対し、完成以外の基準、たとえば、注文者の行為や意思を盛り込んだ独自の画定が図られることがある。すなわち、請負の場合には、注文者による一定の「引渡し」、「賃貸借を切り替える約定」と解する場合もある。ただ、引渡しの効果において契約不適合を見つけた場合にも、担保責任を追及するためには、注文者が残額を支払っていったん引き取らなければならないという問題がある(これは、注文者が請負の場合には、その保護にとって深刻な障害となる)。(3) さらに、完成について学説は、完成の基準を巡って契約不適合責任追完の始期がさらに後退した結果、二つの見解が主張され対立した。すなわち、建物としての基本的な性能を備えているか否か(建物としての基本的な性能を備えているか否か(機能説)と、以上の(1)~(3)のような様々な対立の見解が対立しており、本問の状況における適用可能性も肯定する必要がある。本問は、従来の裁判例・多数説の立場では、契約不適合責任追及の場面が重なるという問題となる。2 同時履行の抗弁(1) 契約不適合と報酬の支払拒否上記の(1)に関すると、Aは、本件のスポーツ施設がそもそも契約に適合しないものであるかの評価が重要となる。改正民法の下でも、瑕疵、契約の内容・目的との齟齬、公的な法規との齟齬、社会通念との齟齬によって判断されてきた。ここでは、仕事の目的物が一般に有していると期待される性質を欠くことになるからだ。まず、当事者の合意によって特別に備えるべきものと合意された性質を有しないことも含まれる(たとえば、参考判例①)。このような評価により、本件の建物を契約不適合と判断した部分にも、単に目的物が契約不適合であると主張するだけでは、請負残額請求に対する抗弁権は生じない(未完成の場合には異なる)。Aは、Bに対し、修補請求をするか(634条1項本文)、ないし、損害賠償請求をする(同項後段)、また、契約解除をする(559条)。後述するように、AはBに損害賠償請求もできる。すなわち、2017年改正民法では、目的物が契約に適合しない場合の補修請求権(562条1項)や損害賠償請求権(564条)を認める。請負残額には代物弁済の規定は適用されず、注文者がこの権利を行使する場合には、もっとも、改正前民法では、修補が不可能あるいは過大な費用を要する場合には、修補に代わる損害賠償を請求しえないいただちに、修補に代わる代物賠償を請求することができる(旧法634条1項ただし書・2項)。瑕疵があっても、それが一般的なものであること、それが社会通念上許容される範囲内のものであれば、修補に代わる損害賠償の請求を(615条1項による)認めるかどうかは両立にかかわってくるからである。(2) 修補に代わる損害賠償と瑕疵支払との同時履行の抗弁Aが、修補に代わる損害賠償(564条・415条・559条)を請求すると、それと請負残額は同時履行の関係に立つ(533条(改正により追加された強気書を参照))。本問のように、仕事引渡しの時点で未払の請負代金が存するは契約内容によってまちまちであるから(建設業の慣習では、瑕疵が工事全体の状況に応じて分割して支払われるのが普通であり)、損害賠償の額もまた契約不適合の程度・性質によって左右される。これに対し、損害賠償は、両債務の公平・牽連の観点から、どのような収益の低下も考慮されるべきことを考慮して、両債務の大小やその先後を決定するまでもなく、すでに履行に代わる損害賠償と請負支払との同時履行は両債務の金額において成立するのか、それとも当初から部分的に限られる(差額について返還義務が生じる可能性がある)のか問題となる。この点については争いがあったが、改正前法634条2項に当たる判例は、原則として同時履行の関係を全面的に認め(参考判例②)、注文者が修補を選択した場合には修補に代わる損害賠償全額について同時履行の関係が認められると解した場合にはそれとバランスをとる趣旨である(修補と請負報酬のいずれかを選択するかは、請負人の技術や誠意に対する信頼の有無によって左右される)。学説はほぼこれを支持している。もっとも、例外的に、瑕疵の程度が客観的な損害の程度等の事情を考慮したうえで、上記の同時履行の信頼に反すると評価できる特段の事情がある場合は、参考判例③)。3 修補に代わる損害賠償と請負残額支払の相殺の抗弁さらに、修補に代わる損害賠償と請負残額は相殺が認められるか(最判昭和53・9・21判時907号54頁)。Aは、この抗弁によって抗弁を主張することができる。そもそも、改正民法634条2項の同時履行としていた旧法とは異なり、その後に実質的な賠償額を決定しようとする趣旨は、損害賠償と請負残額のほうが大きいことがあることも当然である。ただ、Aが相殺の意思表示をすると、相殺後の残額分については遅滞がついて回る問題となる。改正前民法下の判例は、請負人の修補義務に対し注文者がこれと同等の関係にある修補に代わる損害賠償を自動債権とする相殺の意思表示をしたときは、注文者は、瑕疵の修補について、相殺の意思表示をした日以後の遅滞について同時履行の抗弁権に基づく免責の効果を主張できなくなるものとした。このことが判例の立場である。なお、このような相殺の意思表示をすることによって、民法において相殺権が創設されたわけではない。このことが判例の立場である。4 瑕疵減額請求権現行民法では、Aは、瑕疵減額を請求する可能性もある(563条・539条)。これは重要な新設規定である。すなわち、Aがスポーツ施設の契約不適合に関する修補について、相当の期間を定めても、その期間内に修補がなされないとき、または、Aは、その契約不適合の程度が修補の請求をすることができないときは、B社の判断で追完請求が不能のとき、Aが一定の期間を定めてもその期間内に修補がなされないとき、その他正当な理由があるときには、瑕疵減額を請求することができる。ただし、契約不適合に関する請負人の損害賠償請求権がある場合は極めて稀である。もっとも、瑕疵減額を請求すると、注文者は、やむを得ず減額を請求する場合には、損害賠償の請求に代わって解除を選択することもできる。両者は、その趣旨を異にする。上記のような場合は、上記の2項による解除の主張がされることとなろう。5 解除の主張仕事の契約に適合しない場合には、解除が可能である。解除の要件は、契約不適合について、追完請求をしたにもかかわらず、期間内に履行されなかった場合に、解除の意思表示がなされることとなる。なお、契約不適合について、注文者は契約を解除または縮減させることができる。この場合の解除の範囲は、契約不適合が民法634条2号の完成の解除に含まれるかによって大きな相違が生じうる。すなわち、契約不適合が同号の完成の解除に含まれるとすれば(その前提として、同号の「完成の不能」に契約不適合責任の追完を想定する必要がある。たとえば、建物の「完成」は契約に適合した完成をいうものと読む)、契約解除の場合にも、Bの請負残額を否定する可能性が生じ、また、AはBの債務不履行を理由とする民法規定によって解除権(2017年改正後の635条ただし書)を主張した場合を除き、Bは、その請負残額請求権を失うことになる。これに対し、注文者もまた、契約不適合を理由とする解除を否定することはない。たとえば、契約不適合の修補に代わる損害賠償が認められるとしても、請負人の瑕疵担保責任を免れることはない。6 Bの再反論Bからの再反論請求に関する、以上のようなAの反論に対し、Bが再反論として、まず、契約不適合の評価を避けるため反論をすることが考えられる。たとえば、Aが求める建物の耐震性は過大であり、現在の基準を超えているとみることができることである。しかし、本問では阪神淡路大震災級の地震に耐える耐震性を有していることが契約上合意されていたのであれば、これに反する以上、現在の安全性を主張しても契約不適合の評価を免れることは困難であろう。次に、状況によっては、Bは、修補請求権の限界(612条の2)を主張する余地もある。また、同時履行の抗弁、相殺の抗弁に対しても、BはAの要求が過大に着目して、本問の契約不適合はAの与えた指図によって生じたものであり(Bの提供した材料やBの不適切な指図によってではない)、Aの契約不適合責任は生じないと再反論する余地がある(636条本文)。Aの要望の内容によってはこれに当たる場合もあろう。さらに、修補請求・減額請求に対しては、期間に遅れたことについて何ら対応がなければ、Bは、契約不適合がAの責めに帰すべき事由によるものであるとする反論の余地もあろう(562条2項・563条3項・539条)。なお、Aの解除の主張に対しては、現在の建物の価値について何ら主張をしなければ、Aの解除の主張を認めて、残存部分の価値に見合う請負残額を請求することになると考えられる(634条本文)。ただし、以上述べたような相殺の問題もあろう。7 Aの再々反論これに対し、Aは、Bがその材料または指図が不適当であることを知りながら告げなかったとしては、契約不適合責任を免れないという再々反論をすることもできる(636条ただし書)。Bが、Aの要望どおりに設計すると耐震性に関する何らかの問題が生じないことについて気づいたという場合には、Bからの再反論が認められない可能性がある。また、Bは建設の専門家であるから、契約不適合につき知りえなかったことまでが過失(注意義務)と評価されることになり、それによって過大な要求であったとわかる場合にも、同様の扱いをするべきであろう。◆関連問題◆スポーツクラブの専属指導員、監督が経営し、A会社はスポーツクラブに特化した会社を設立し、建物をCに賃貸した。この建物には、工事開始後にD建設の施設が設置されることが予定されており、その準備工事等を含めAが負担することになった。Aは、B会社との間で契約を締結し、Bがその契約を履行するに当たり、Aの設計したとおりに建築する以上は、一般的に安全性の不備が生じるおそれがあることを考慮し、これはBの建設会社による設計ミスであったと判断した。Cは、Bに対して責任を追及し、建物と工事との関連性の判断を求めている。このような主張をD建設に基づいて行うことになると考えられる。これに対し、Bは、いかなる反論が可能か。●参考文献●*森田宏樹・平成9年度重要判例解説(有斐閣)/森田修・東京大学法科大学院ローレビュー3号(2008)247頁 (玉井 怜)

『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日

ISBN978-4-7857-2992-9

賃貸借契約の終了―信頼関係破壊の法理
2025/09/03
2006年5月、Aは、期間を定めないで、甲建物をBに月25万円で賃貸したが、甲建物の賃料は、指定の口座から2018年12月以降は振込みがなかった。ところが、12月は、2021年1月分から同年8月分までの賃料合計96万円(月額12万円の増額)を支払わないので、Aは、同年9月21日付で、夏22日到着の書面をもって、上記延滞を同年8月25日限り支払うべく、もし支払わないときは同日をもって賃貸借契約を解除する旨の催告ならびに停止条件付契約解除の意思表示をした。ところで、2022年3月、Bは、上記契約を更新しなかったとして、建物明渡しと未払賃料および損害金の支払を求める訴えを提起した。これに対して、Bは、Aが2020年10月頃、BからCが賃料を月額15万円に値上げすることを求めたが、Bがこれを承諾せず、2021年9月22日に同内容の書面をもって、25日限り支払うことを求めた。これを受けて、同年9月22日、Aは、Aの指定口座に25万円を振り込んだが、Aは、その受領を拒絶したので、同月以降2021年4月分までの賃料12万円の返還とともに同年8月に支払う義務を負うと主張した。Bは、2008年から2016年8月までの間に、甲建屋につき、Aのなすべき修繕を怠らないし、その修繕費として合計82万円を支出したから、これがAに対する償還請求権をもってAの主張の損害金請求権と対当額において相殺すると主張している。③無断増改築後に48万円が支払われたこと、およびAは、建物明渡しに要する費用を請求することができると主張している。以上のような事情のもとで、Aは、建物明渡しをBに請求することができるか。●参考判例●① 最判昭和39・7・28民集18巻6号1220頁② 最判昭和27・4・25民集6巻4号451頁③ 最判昭和28・9・25民集7巻9号979頁●判例●1 債務不履行を理由とする賃貸借契約の解除の根拠まず、賃料不払による債務不履行を理由とする契約解除を主張している。すなわち、Bは2021年1月分から同年8月分までの賃料合計96万円(月額12万円の増額)を支払わないので、Aは、同年9月21日付、「第、2021年8月22日到着の書面をもって、右賃料を同月25日限り支払うべく、もし支払わないときは同日をもって賃貸借契約の解除ならびに停止条件付契約解除の意思表示をした」という。AのB間の賃料について、Bは履行遅滞に陥っており、民法541条によれば、相当の期間を催告すれば契約を解除することができるのであるから、一応、同年8月をもって、その本来の給付である、620条前段)、2021年9月22日に同内容の書面をもって、25日限り支払うことを求めており、この31日間の「相当」の期間があるか、問題があるものの、相当か否かは、すでに履行を完了していることを考えると、特に催告後の行動を勘定する必要があることも考えられると、特に問題はない。しかし、そもそも賃貸借のような継続的契約関係では、民法541条を適用してよいかという問題がある。解除、雇用契約にはない特約がない限りいつでも解約の申入れができるのであるが(626条)、継続的契約関係という共通性を重視し、この規定を類推適用し、やむを得ない事由があれば継続的契約を解除できると考える考え方もある。だが、判例は、民法541条を適用している。2 債務不履行を理由とする契約解除権の制限判例では、民法541条の要件を満たしているときでも、賃貸借契約という継続的契約関係を基礎とする信頼関係を破壊するに至るものでなければ、解除を認めない。むしろ、法律の水準であるBの賃貸借契約であるから、かかる信頼関係を裏切って継続的な契約関係を存続させるには不当な行為がなければ、契約を解除するまでもないと考えることができる。これに対し、参考判例①は、「賃貸借は当事者の信頼関係を基礎とする継続的法律関係であることにかんがみ、かかる信頼関係の破壊と認めるに足りない特段の事情ある場合には、契約を解除することができない」として、かかる違反(信頼関係破壊の法理)を債務不履行解除に適用することを明らかにしたものと解される。賃貸人の無断譲渡を理由とする契約解除を理由とした(民法423条参照)。ただ、これにより同条による解除権が一般的に制限されたものというとそうではない。すなわち、よほどの事情であれば、解除を認めてもよいとし、信頼関係が破壊されていれば、解除は認められる。例えば、賃料滞納の事例において、旧来、判例による条文は緩和されていると認定されれば賃貸借契約が債務不履行であると必ずしもいえない場合も、契約を解除できることになる(民法417条)。契約を解除できない場合もある(最判昭和47・11・16民集26巻9号1603頁参照)。この上、信頼関係破壊があったか否かの判断の独立性を検討することは注意すべきである(訴訟上の請求原因と抗弁の関係にある)。こうなると、賃貸借契約の終了が信頼関係破壊があったか否かの判断については、債務不履行があった場合、賃借人からの反論(抗弁)として信頼関係が破壊されていないことが解除権行使を阻止する動きをする(賃借人主張・立証責任がある)。3 信頼関係が破壊されたか否かの判断基準信頼関係が破壊されたか否かを判断する基準は、債務不履行の態様を主観および客観両面から検討し、総合的に考慮して判断するということになろう。すなわち、賃貸人が不履行を理由とする契約解除権を行使しうる特段の事情があるといえることとなる。具体的には、①賃料不払の期間(当然なければ主観的である)、②またその不払の期間が契約成立から現在までの全期間に占める割合(長期の間、不払の事実が続く、今回の支払いをすることですむとする認定される場合には、不払の賃料額(不払期間が長期にわたるにもかかわらず、金額が大きければ許される方向には傾く)、③賃料不払の支払に至った事情および不払の理由(賃借人の資力や誠意など)、④賃借人に対する賃料額の支払を求めている(賃貸人の資力や誠意など)、⑤賃借人に対しそれを受け入れて賃貸人が賃借権の対抗要件を備えなければならない、あるいは、⑤それを受け入れて賃貸人が賃貸借契約の存続を信頼しているから、といったような事情を考慮して判断される。これに対し、③賃貸人の不払に対する態度(寛容な態度)、④これまでの賃貸借関係の経緯(円満な関係)、⑤賃借人の反対債権の存在およびその行使の状況(相殺の意思表示がなされたか否か等)、⑥賃借人の違反行為に対する態様(信頼関係の破壊の程度)のような事情が総合的に考慮される。こうしたことから、改正民法のもとでも、信頼関係を理由とする同時履行の抗弁権の主張として解除権の行使を妨げることはできない(542条1項の趣旨参照)。また、無催告解除の場合(542条1項1号など)や催告解除の不存在(同条2項)の判断基準としても信頼関係が考慮されることになる(中田・契約法428頁、ただし、用法遵守義務違反を前提に損害賠償請求が認められる。)。本問においても、2006年の賃貸借契約成立から8年間の賃貸借契約の期間のうち不払が少なくとも1年近くに及んでおり、賃料の不払も相当な額に達している。供託も有効な弁済の提供といえるものではない。供託されているのは1か月分48万円であり、全てというわけではない。そもそも信頼関係が破壊されており、不払も今後も続くことは否定できないであろう。他方、AとCによる修繕の理由は、従前の賃料の支払を怠るもので、その恣意的な態度に対してBの態度も悪かった。ましてや、Bは、本来のなすべき修繕義務を怠ったのであるから、AとBとの間では、お互いに信頼関係を破壊するような事情がある。4 補論:賃貸借の無断譲渡・賃貸物の無断転貸を理由とする解除と信頼関係破壊法理前述のように、賃貸借契約における債務不履行解除を制限する理論である信頼関係破壊法理は、契約における賃料不払を理由とする解除であるとか、無断転貸(612条)を制限する理論として判例上確立したものであるが、信頼関係の理論と異なっている(参考判例①)。多数説と判例の理論については、民法612条1項によって、賃貸人の承諾が必要とされており、かかる承諾がないときは、原則として、賃貸借契約を解除することができる。なお、賃借人は、賃貸人との間で契約を解除することができず、賃借権譲渡・転貸が契約解除の理由とならない特約を結ぶことができる。これに対し、判例は、参考判例②では、無断譲渡を理由として賃貸借契約を解除するには、信頼関係を破壊するに至らない特段の事情がないことを要するとし、例外的に、解除権の行使を制限されるべきであると判示した。信頼関係が破壊されない「特段の事情」とは、①譲渡が同居の親族に対してなされたとか、②法人の代表者が交代したにとどまるとか、③個人営業が法人成りしたにすぎないといった事情などが挙げられる。注意すべきは、当事者間の信頼関係により賃貸借契約が解除されるという論理構成であり、当事者間の信頼関係が破壊されない「特段の事情」という判断枠組みが形成されている点である。したがって、信頼関係が破壊しないものとして、例えば、無断譲渡・転貸を知ったにもかかわらず、特段の事情なくして、賃借人から、転借人、転貸借契約の期間・賃料、転借人の資力・人柄などを確認することなく、解除権の行使を認めることができる(参考判例①、最判昭和61・1・27集民138号129頁)。なお、賃借人からする解除の要件としても、信頼関係が破壊されていないことが、客観的な事情によって判断される。参考判例②・③は、賃貸借契約における信頼関係の重要性を強調し、形式的な契約違反があったとしても、信頼関係を破壊するに至らない特段の事情がある場合には、解除権の行使を制限されるべきであると判示した。8・10・14民集50巻9号2891頁。◆設問問題◆(1) Aは、Bが2018年ごろに無断で甲工場を建てて甲敷地の全面をAとBとの間で賃貸借契約を締結し、その後BはCに甲工場の従業員用の宿舎として甲敷地の南側に乙建物を設置して、その建物をCに賃貸した。(2) Bは、Aより甲土地を賃借し、地上に乙建物を建築して、Aより1000万円の融資を受け、乙建物にAのために、抵当権を設定し、その登記をした。(3) Aは、Bとの間で賃貸借契約を締結し、BはCに建物を賃貸した。Cは、建物の所有権をBから買い受けることを申し込み、Aに、Bとの間で甲土地の賃貸借契約を締結し、Bに建物の撤去、甲土地明渡しを求めている。●参考文献●*渡辺達徳・百選Ⅱ 122頁/西村和雄・石田剛「新民法講義1」(1974)102頁/潮見佳男「契約法(2003)223頁 (久保大三)

『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日

ISBN978-4-7857-2992-9

サブリースと賃料増減額請求権
2025/09/03
Z市在住のAは複数の不動産を所有する資産家であり、1989年頃、Z市の郊外に所有する甲土地を有効活用したいと考えて、Bから、Bが同市内で営業するスーパーマーケットの賃貸借契約を締結した。Bは、甲土地の南東部分の2階建てを賃借して、同店舗の2階から3階を店舗とするアパレルショップのほか生活雑貨の販売店テナントとして入居するショッピングモールの建設計画を提案した。BはAに相談した。1989年の秋から、Bは、建設を予定しているショッピングモールの甲土地をZ銀行などからAと共同で開発した。Bは、甲土地を担保としてショッピングモールを建設する契約を締結した。Aが甲土地に賃借権を生じさせることに抵抗を示したため、Aが金融機関から資金を借り入れて建物を建設し、Bに賃貸することになった。B社は、Aが生産緑地から建物を賃借して、同契約において、賃借権はB社以外には20年にわたって譲渡を認めず、他人の賃借権、固定資産税、火災保険料を含むいっさいの経費をAに負担させることを内容とする賃貸借契約をAと交わした。B社は、1991年春に甲土地にショッピングモールが竣工した。Z市にB社所有の建物をB社に賃貸する契約を締結した。その契約において、原賃貸借契約を更新すること、B社は建物を小売業者・飲食業のテナントに転貸することができること、転貸料については、当初は年額750万円(年額900万円)としたうえで3年が経過するごとに各テナントの売上額を勘案するなどの方法で、B社がAとの協議の上で増減額することができる、といった内容が盛り込まれた。商業施設のオープン当初から、各テナントの賃料は順調に推移していた。2011年の東日本大震災後、テナントの売上額は激減し、B社は、当初の計画で想定していた転貸料を確保することができずにいた。B社は、賃料を減額してほしい旨を繰り返しAに申し入れたが、Aは、個人名義の返済が苦しくなるといって賃料額の全面的な改訂に応じることはなく、1995年1月分から同年12月分の賃料について10パーセントの減額に同意しただけであった。2000年ごろから、B社からAに支払われる賃料が、B社のテナントからB社に支払われる転貸料収入を上回る、いわゆる「逆ザヤ」が生じるようになった。その後、「逆ザヤ」が解消された年もあったため、Aとの信頼関係を悪化させたB社は逆ザヤに耐え続け、2004年に年額約4000万円の「逆ザヤ」が生じたことを受けて、B社は内容証明郵便によって2005年4月分から賃料を月額550万円に減額する旨をAに通知した。甲土地周辺の地価の平均は、AとBとの間で賃貸借が締結された1992年と比べると、2005年の時点において地価が約60パーセント、住宅地で約50パーセント下落している。また、鑑定によると、2005年4月時点において想定される本件建物の適正な新規賃料は月額約530万円である。2006年4月に、Bが、2005年4月以降、本件建物の賃料が月額550万円であることの確認を求める訴えを提起した場合、認められるか。B社が、2005年4月以降も当初の約定どおりに賃料を支払い続けていた場合、超過額に年1割の利息を付して返還するようAに請求できるか(借地借家法32条3項参照)。●参考判例●① 最判平成15・10・21民集57巻9号1213頁② 最判平成20・2・29判時2003号51頁●判例●1 サブリース契約と紛争の発生本問におけるAとB社の間の契約のように、土地所有者(オーナー)と不動産会社(サブレッサー)との間で、土地所有者の建設した建物と不動産会社が転貸事業を営むために締結される建物の賃貸借契約を、一般的にサブリース契約といい、1980年代後半に、いわゆるバブル経済の時期に、遊休施設を抱える不動産所有者を対象とする不動産会社によって企画・実行された。節税効果を享受できることだけでなく土地を有効活用したいオーナー側の有利な手段で、このような契約が増加した。サブリース契約においては、土地所有者(賃貸人)が一定の収支予測の下で金融機関から資金の融資を受けるなどして建物を建設する。賃借権の期間や賃料額は、土地所有者の借入金の返済に回して、さらに利益を確保することができるように定められる。バブル経済の時期に締結されたサブリース契約では、賃料額を一定の期間ごとに自動的に増額する特約(賃料自動増額特約)が定められるのが一般的であった。しかし、その後、景気が良い見通しがはずれ、不動産会社が想定していた転貸料収入を手にすることができなくなったことを受けて、不動産会社(賃借人)が借地借家法32条1項に基づいて賃料の減額を請求するという紛争が多発することになった。日本で広く見られる不動産会社が当事者となったのを念頭に提起され、サブリース契約をめぐる紛争は社会的な注目をあつめた。2 サブリース契約と賃料減額請求の当否1990年代半ば以降、サブリース契約をめぐって生じた紛争に関する判例が現れるようになり、サブリース契約は借地借家法32条1項を適用することの適否という法律問題が広く議論されるに至った。当初、学説では、サブリース契約の不動産会社が当事者である状況を想定されておらず、サブリース契約の当事者は、土地所有者の信頼を裏切る、不動産会社が不当な利益を得るものであることを理由として、裁判実務においては、借地借家法の適用を否定する見解も主張されていた。そのような状況の中、最高裁は、参考判例①において、サブリース契約も、不動産所有者が建物の使用・収益をさせ、不動産会社がその対価として賃料を支払うという内容の契約であり、建物の賃貸借契約であることは明らかであるとして、サブリース契約にも借地借家法32条の規定は適用されると判示した。さらに、同条の規定は強行法規であり、賃料自動増額特約によってその適用を排除することはできないとして、そのような特約が定められていたとしても、同項による賃料減額請求の妨げになるわけではないと考えた。サブリース契約における賃貸借の当事者、もっとも、サブリース契約における賃料をめぐる判断がなされるべきであった。参考判例①では、サブリース契約の賃借人による賃料減額請求の当否(借地借家法32条1項の定める要件の充足の有無)および賃料増額を判断するに当たっては、当事者が賃料決定の要素とした事情の変動を総合的に考慮し、当事者が賃料額決定の際に達した合意に至った経緯、賃料自動増額特約が付されるに至った事情が考慮されるべきである。参考判例①に沿って契約された当初と当時との事情の比較によって、賃借人の転貸事業における収支予測にかかわる事情、賃貸人の資金計画の前提となる事情、近隣の同種の建物の賃料相場、不動産の客観的な価値の変動、経済事情の変動などに照らして判断を行う。このような判断基準は、民法改正案(32条1項)でも、賃貸人の意思と当事者の意向を考慮すべきとする考え方も示されている。参考判例①と前後する学説では、借地借家法32条の趣旨および当事者の合理的な意思解釈を重視する立場から、サブリース契約において建物賃貸借が変動するリスクを受けないこととはいえないが、場合によっては賃料の増減に応じた対応がなされるべきだとする。このようなことは、当事者の意思に沿った契約を無効と解する考え方である。その一方で、同条1項は、当事者に賃料減額権を認めるものではない。このような借地借家法32条1項の趣旨を逸脱した不当な利益の保護を図るものではない。以上のような借地借家法32条1項の「強行法規」の意義およびこれを踏まえて額を請求する権利を保護する必要がある「サブリース契約はまだ十分に普及しておらず、当事者が賃料額の自動増額特約の効力についての認識を欠いていた」と評価される。これらを踏まえると、賃料自動増額特約を無効としたとしても、賃料減額請求が否定される可能性も否定できない。3 B社による賃料減額請求の拒否と相当賃料本問におけるB社による賃料減額請求によって2005年1月分から賃料を月額550万円に減額する旨を通知している。これは借地借家法32条1項の定める賃料減額請求権の行使と評価できる。同項の定める賃料減額請求権は形成権にあたるとされている。ここでは、同項の要件が充足されているのか、仮に充足されているとする2005年1月以降の賃料はいくらになるのかという点が問題となる。AとB社が契約締結に至った経緯からして、B社は、賃料相場の変動リスクを引き受けていると評価できる可能性もあり、法学的に価格が下落すれば、借地借家法32条の規定に基づいて賃料減額を請求していいという可能性もあり、本件契約では賃料額が賃料自動増額特約とは異なる趣旨を認定していない。賃料減額請求の相当性を肯定するとしても、訴訟の提起している2005年1月以降に減額を認めることができるにとどまり、AとB社が契約を締結した1992年との比較において建物賃貸借の相場が大きく下落したことなどを理由として、借地借家法32条の規定に基づき賃料減額を請求している。賃貸借契約の当事者が予見しがたくなるほど、賃料が不相当となる事情の変動があったと認められることとなる。もっとも、同項による賃料減額請求が認められるとしても、参考判例①は、相当賃料も客観的事情を総合的に考慮して判断しなければならないと判示しているところである。その後の下級審裁判例では、賃貸人の個人保証の予測にかかわる事情を重視し、保証会社だけでは賃料額を保証するような言動を重視してAによる不動産会社の賃料負担を軽減しようとするものもあれば、個人保証額などを下回る額まで賃料を減額するのは適切でないと判断するものも少なくない。本問においても、Aの借入金の返済に充て支払っている固定資産税の額などを踏まえたうえで、どれだけの減額幅が認められるべきかを判断することになると考えられる。4 サブリース契約をめぐる近年の動きサブリース契約をめぐる紛争は、いわゆるバブル経済の後の長引いた不況を背景に生じていただけでなく、全国的に、契約の拘束力とその限界、契約の性質決定、借地借家法の規定の強行性とその根拠といった、契約法の根源的な問題にかかわるものであったため、実務と学界の注目を集めた。ただ、その後の日本の経済状況のもとでは、賃料自動増額特約などが定められたとしても、みられたような内容のサブリース契約が締結されることはほぼなくなっている。近年は、不動産会社が賃料を保証するなどといって遊休不動産の所有者に対して住宅を建築させ、建築された建物を賃貸借する契約を締結した後、賃料の見直しなどについて定めた条項に基づいて賃料の大幅減額を求めるというトラブルが多発している(賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律(令和2年法律第60号)によって導入された「特定転貸事業者」に対する規制も参照(民法32条1項))。借地借家法32条1項が強行法規であるという判例の立場を踏まえると、通常賃貸借契約の終了は、賃料減額の可能性を常に診断することは難しい。賃料保証を確実にするためには、平成11年に導入された定期建物賃貸借契約を締結し、賃料を減額しない旨の特約を定めることが考えられる(借地借家法38条を参照)。◆関連問題◆(1) B社は、本件ショッピングモール事業から撤退することを決定し、2011年の夏にAとの賃貸借を更新しない旨の通知をした。それを受けて、Aは、ショッピングモールのテナントに対して、B社との賃貸借が期間の満了によって終了する旨の通知をした。しかし、AとB社との間の賃貸借の終了後も、テナントのうちCが立ち退きを拒否している。Aは、Cに対して、建物からの立ち退き、明け渡すよう求めることができるか(最判平成14・3・28民集56巻3号602頁参照)。(2) (1)とは異なり、Aが本件賃貸借の更新をしない旨の通知をしたのに対して、B社が更新を望んでいる場合にも、Aによる更新拒絶、および建物の返還請求は認められるか。●参考文献●*内田貴・百選Ⅱ 136頁/松岡久和・争点 240頁 (吉永知史)

『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日

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賃貸目的物の所有権の譲渡
2025/09/03
は、A所有の土地(以下、「本件土地」という)を、2001年5月、建物の所有目的で期間を30年として普通建物で賃借し、翌年5月に木造3階建ての家屋(以下、「本件建物」という)を建築し、Bの子Dとともに本件建物に入居した。2005年4月、Bの転勤によりDは本件建物に引越してしまい、その後BはCに本件建物を定期借地権により賃貸したが、2015年4月に賃貸借期間が満了し、再びBとDは本件建物に居住し、現在に至っている。2021年5月、AはCとの間で本件土地の売買契約を締結し、翌月にCへの移転登記が完了した。下記の設問に答えなさい。なお、各設問はそれぞれ独立している。(1) Bは、本件建物に入居後間もないころAを訪ね、あるいは長く生きられないかもしれないと思い、この建物の借地権の名義をD名義にしてしまおうと考え、2002年6月、Dに無断で本件建物のD名義の保存登記を行った。その借地権はDに帰属する。今日に至るまで、本件建物はD名義のままである。2021年11月、CがBに対し建物収去土地明渡しを求めたが、認められるか。(2) Bは本件建物に登記をしないまま今日に至っている。他方で、Cは本件土地を自己使用ではなく賃料収入目的でBより購入し、売買契約とともにAとの間で賃貸人の地位を移転する合意をしている。なお、この合意からCへの賃貸人の地位の移転についてBから承諾を得ていない。2021年7月、CはBに対し同月分の賃料の支払を求めたが、認められるか。また、Bが2021年4月分の賃料をAに支払ったが、Bの求めにより未払であったことから、Cはこの間に合わせて同月分の賃料の支払も求めたが、認められるか。●参考判例●① 最判昭和41・4・27民集20巻4号870頁② 最判昭和46・4・23民集25巻3号388頁③ 最判昭和49・3・19民集28巻2号325頁●判例●1 不動産賃貸借の対抗力小問(1)において、Aから本件土地の所有権を譲り受けたCは、その所有権に基づいて、物権的請求権の1つである返還請求権としてDに建物収去土地明渡請求を行っている。これに対して、土地の賃借人であるBは、いかなる場合にこの請求を拒否し、本件土地の利用を継続することができるのかが問題となる。賃貸借は債権であって、賃貸借の第三者には対抗することができないのが原則であるため、賃借人は新所有者に対し借地権を主張することができず、所有権に基づく返還請求を拒否することはできないはずである(売買は賃貸借を破る)。民法は、土地の賃貸借については、賃借権の登記をすることより、第三者に対抗することができることを定めている(605条)。しかし、実際にはこの登記はほとんど行われなかった。登記の申請は当事者が共同で行わなければならず(不動産登記法60条)、登記されることで賃借権が物権となって第三者に対抗されることは自己に協力しないであろう。にもかかわらず、建物の所有権を有する賃借人が自己の請求権を放棄するものとみなせる(604条)。賃借権は債権であるため、賃貸人は賃貸人に対し登記の協力は求められないと考えるべきだからである。そこで、賃借人が土地の所有者の協力がなくても賃借権に対抗力を得ることができるように、借地権について登記をした建物を有する場合にはこれを第三者に対抗することができるようになっている(借地借家法10条1項)。この登記があれば、賃借権の登記とは異なり、賃貸借の内容は明らかとならない。それでも、借地権に対抗力を認めているのは、建物の土地所有者とは別人であることがわかれば、その人が建物を所有することができる権能を有することを確認することができるからである。そして、不動産の譲受人が所有権移転登記を経由する際に、賃借人がこうした対抗要件を備えていれば、賃借権は対抗力を有し、賃貸人の地位も移転し、旧所有者との間で賃貸借契約が成立することになる。2 他人名義の建物登記による借地権の対抗力それでは、賃借人が他人名義に家屋の建物を登記した場合も借地借家法10条1項の「登記している建物を所有する」にあたり、借地権には対抗力が認められるか。借地権の対抗力を認めるには不動産登記法の要請がある一方で、借地権の対象である土地取引の安全を図る要請もあり、どのような場合にまでこの登記に当たるとするかは、両要請の調整の問題である。参考判例①は次の理由から他人名義の建物登記の対抗力を認めない。建物が①登記名義人に借地権を認めるのは、土地取引における第三者への登記による公示機能と相応すること②登記名義人が対抗力を有する。他人名義の建物登記をすることで第三者に賃借権は対抗力を有する。他人名義の建物登記では取引上の第三者には到底判別困難(借地権者)を期しえず、このような場合にまで対抗力を認めれば第三者の利益を害することになる。また、他人名義の登記は真実の権利状態と符合しない対抗力の弱い登記であり、対抗力を生じないのである。このうち建物登記が実態と異なっている場合については、一方で、登記簿により公示する土地の譲受人を保護すべきではじめて、借地権を対抗されても仕方がないといえる公示の要請もあり、判例はCの立場に沿うものといえる。不動産登記法の要求が満たされていなければこの第三者の保護の安全を守るためであり、この公示の原則からすれば、この登記に対抗力は認められないのである。しかし、参考判例②は不動産賃貸借登記の対抗力の要件である、他人名義の建物の登記を見ても建物の実際の所有者が借地権を有することを推測することはできないため、この借地権がないものと扱ってよいと考えるのである。本判決の立場はその後も維持され、判例として確立しているが、学説の多くはこれに対し、建物の登記名義が同居の家族名義の場合などにおいても借地権に対抗力を認めないとするのが有力であるが、こうした見解もまた、土地の取引の安全との考慮は登記記録に頼るべきだけでなく、現場も調査すべきとする見解に立つと考えられる。土地取引に入ろうとする者が現場を調査すれば、土地所有者以外の者が居住し、建物の所有権の帰属を、たとえその登記名義人が他人名義であったとしても、借地権のいずれの者が所有であったかの存否を推測することはできる。そのため、借地権を対抗されても取引の安全を害することにはならないと考えるのである。小問(1)において、Bは同居の家族とはいえいまだ未成年であるDの名義で建物登記を行っていたため、判例によれば、Bの借地権に対抗力は認められないことになる。ただし、事例によってはCの土地譲渡が権利濫用として認められないこともありうる。例えば、Cが本件土地をBの借地権付としてでなく購入しておきながら、建物登記がD名義であることを奇貨とし、Bを追い出して不当な利得を得ようとする場合にまで対抗できるか(借地権自体が消滅しない点に注意が必要)。最判昭和43・9・3民集22巻9号1871頁)。なお、もしBがCに建物を明け渡す場合にはD名義の登記を抹消したのちにおそらくCに建物を収去土地明渡請求は認められないであろう。D名義の登記はおそらく所有者のBの支配下にあるからDに本件建物を明け渡してもらう、賃借権が対抗要件を備えたことになるため、たとえD名義であっても、同居の家族間であれば借地権の対抗力を認めても差し支えないと解される。3 不動産賃貸人の地位の移転小問(2)において、この土地の所有権とともに賃貸人の地位も譲り受け、賃貸人としてはこの土地に表示されている登記に依拠して賃料を求めている。これに対し、Bは相手方である賃貸人の地位の移転について承諾をしていないため、Cの賃貸人であるBに賃料の支払を拒絶することができると考えられる。その上で、CはBに賃料の支払を求めることができるか。また、賃料を支払うためには、土地取引の安全からすれば、賃借人に不利益とならない限りは、土地所有権の移転に伴い賃貸人の地位も当然に移転し、債務者が交代することになり(免責的債務引受)、旧債務が消滅して履行されるかどうか分からなくなってしまうため、相手方の承諾が必要となるとみられる。ところで、上記のように不動産賃貸借において賃貸人が対抗要件を備えれば、不動産が譲渡されると、その所有権に伴って当然に賃貸人の地位も譲受人に承継され、その結果、譲受人が新賃貸人となり旧所有者は賃貸借関係から離脱する(605条の2第1項)。この場合に、譲受人が新賃貸人になるため、譲受人の承諾が必要かどうかは問題となる。これに対し、譲受人は、賃借人の同意なくして賃貸人の地位を承継させられることはできない。したがって、承諾ある転貸の場合には、賃貸借契約から生じる債務の履行を引き受けることを承諾することになる。なお、相手方の承諾は不要である(605条の3)ので、なお、債務引受人が目的物を使用収益させるなどの債務があるため、債権者である賃借人との間でその意思が大きく関わるものである。このため、免責的債務引受、とりわけ目的物が土地である場合には特に、加えて、賃貸人にとっても譲受人の資力が新しい所有者になる場合には特に、債務者が存する場合には特に、賃借人が誰に債務を弁済するかは問題になる。4 新しい不動産賃貸人の権利行使の要件不動産の譲受人が賃貸人として承継する賃貸借契約の内容は元のそれと同じものである。そして、賃借人が対抗要件を備えていれば、賃借人の賃料の支払の義務の不履行などがない場合に、賃貸借契約に基づいて賃借人に対して対抗しうる地位にある。賃借権に対抗力があるために賃貸人の地位が当然に譲受人に移転した場合でも、譲渡の前後で重複する期間の賃料の支払義務も生じ、その義務も当然に譲受人に移転するのかが問題となる。賃借人の利益を害することがないように、賃貸人の地位は譲渡の時点で当然に譲受人に承継される。ところで、参考判例②が「賃料は、賃借人の側で譲渡の時点で発生している債務であるから、賃借人に不利益を及ぼさない限りは、譲渡の時点で当然に承継される」と判示しており、二重払いの危険を負わせることがないように、賃貸人の地位の譲渡の事実を賃借人に通知しなければ対抗できないとする(605条の2第3項、参考判例③)。判例は、2017年の民法(債権法)改正をうけて明文化したものである。本問のケースでは、新所有者になったCは、Bに対して通知をしていないため、BはCに対して賃料の支払義務を負わないことになる。はもち払う必要はない。ところで、参考判例①は、譲渡の通知は対抗要件(177条の対抗要件)ではないため、所有権移転登記を備えれば、通知がなくとも、賃貸人の地位の移転を賃借人に対抗できると考えている。これに対し、参考判例②は、賃貸人の地位の移転は、賃借人の承諾を要しない免責的債務引受であるから、賃借人に対し、通知をしなければ対抗できない(最判昭和43・12・20民集22巻13号3201頁)と判示している。こうして、新しい賃借人は所有権移転登記をすることで賃料請求権を行使できるようになるが、目的不動産の所有権を移転した登記をすれば賃借人に対抗できることになり、これまでの賃借人と新しい賃借人との関係でも、Cの賃貸借は元の賃借人のものと比べて同じく帰属し、賃貸借契約関係から離脱しており、これが果たして当然に新しい賃借人に帰属しない。これに対し、これを是認すると譲受人の新しい賃借人となるについて、小問(2)において、AはCとの間で賃貸人の地位を譲渡する旨の合意がある。これに対し、譲受人の承諾は必要ないとするのが判例である。したがって、小問(2)において、CはBにこれを通知することによって、元の賃借人との間で賃貸借関係から離脱し、新しい賃借人としてCはBにこれを通知することによって、元の賃借人との間で賃貸借関係から離脱し、新しい賃借人として他方で、賃貸人の譲渡について、新しい賃借人は必要費および有益費の償還請求権(605条の2第4項)、これらについては、賃貸人が支出した償還請求権も当然に譲受人に移転するのか、それともこれは元の賃借人に帰属したままであるか問題となる。小問(2)の場合には、CはBにこれを通知することによって、元の賃借人との間で賃貸借関係から離脱し、新しい賃借人としてCはBにこれを通知することによって、元の賃借人との間で賃貸借関係から離脱し、新しい賃借人としてなお、賃借権が対抗要件を備えていれば、賃借人の承諾を要しない免責的債務引受であるから、賃借人に対し、通知をしなければ対抗できない(最判昭和43・12・20民集22巻13号3201頁)と判示している。◆関連問題◆(1) 本問において、Bは、本件土地の賃貸借契約締結の際にAに敷金として500万円を交付した。また、本件建物について、2002年6月に、B名義の保存登記をした。その後、2021年5月に、Bは本件土地の賃貸借契約を合意解除したが、明渡しをするに際して、同年5月、本件土地はCに譲渡された。(2) 本問において、Bは、本件土地の賃貸借契約締結の際にAに敷金として500万円を交付した。その後、2021年5月、本件土地を売却するに際して、同年6月、AはBに、隣人の土地を購入するのに、本件土地を担保に融資することを画策し、その結果、Dが暫定的に本件土地をAに譲渡することに合意したため、2021年6月にはAとCとの間で売買契約を締結した。これ以降、Bは誰に賃料を支払えばよいか。また、2021年5月に、本件土地の賃貸借契約が期間満了により終了した場合に、Bは誰に対し、敷金の返還を求めればよいか。●参考文献●*判例時報『不動産取引法』(日本評論社:2011)217頁/廣田編集『新基本法コンメンタール借地借家法』(日本評論社:2020)200頁/窪田充見『民法(債権関係)改正法の概要と要点』(有斐閣:2020)120頁/中田=契約法(START UP)(有斐閣:2017)30頁/中原太郎『賃貸借契約における敷金返還債務の承継』(START UP)(有斐閣:2017)103頁/石田= (都筑満雄)

『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日

ISBN978-4-7857-2992-9