請負における契約不適合責任
各地でスポーツクラブを経営するA会社は、新たに甲市に進出することを決定して、同市内に土地を確保したうえで、B建設会社との間で、建築物の設計・施工につき、請負代金額、工期等を定め、ある建築工事請負契約を締結した。この施設の設計においては、Aは、Bに対し、地上4階に開放的なガラス張りの天井を備えたスイミングプールを設けること、また、その下の3階にもう1つの目玉となる70人規模のダンススタジオを設けること、阪神淡路大震災級の地震にも耐えうる堅牢なことを求め、Bは、その設計を行い工事に着手した。4カ月後、丁建設工事がほぼ完成したとして、Aに検査・受領を請負代金の支払を求めた。この請負代金は、約定により施工時から3回に分けて支払われ、約4億円が残っていた。ところがこの段階になって、この建物は、建築基準法には適合しているものの、柱の少ない3階の上の階にプールを設置したため、水の入ったプールの重量を考慮すると、現在の7倍の揺れに耐える耐震性を備えるためには、強度に問題があること、震度7を超える大規模地震に備えるためには、3階以下に新たな支柱を設置する大規模補強工事が必要であり、スタジオの面積を予定より大幅に縮小することが判明した。Aは、Bの設計の強度計算の甘さの、施工の杜撰さにより建物の耐震性が不十分となったと考えて、請負残代金の支払を拒んでいる。Aは、Bに対しどのような反論をすることが考えられるか。また、それに対し、Bはどのような再反論をすることができるか。●参考判例●① 最判平成15・10・10判時 1840号15頁② 最判平成9・2・14民集51巻2号337頁③ 東京高判昭和36・12・20判時295号28頁●判例●Bからの残請負代金に対し、Aが、請負工事が不完全であるとして同時履行抗弁)の支払を拒むためには、まず、このような抗弁権はそもそも未払、受領であると主張する(追完を請求する)ことが考えられる。他方、その建物は契約の内容に適合しないことを主張して、建物の不適合責任(旧634条 以下、契約不適合責任(旧559条)の追完を行い、修補、損害賠償を主張する可能性があるため、さらに検討していく。1 仕事の未完成と契約不適合仕事の未完成も契約不適合のいずれも634条1項に「仕事が契約の内容に適合しない」場合に含まれ、請負契約の不適合(旧559条)の担保責任として扱われている。請負人に対してこの契約不適合責任はどのような関係において生じるか。その適用範囲はどのように解するべきか。民法において大きな問題となる。この点については、大規模な論議に向けて、2017年改正民法によって、注文者の保護を拡充し(請負契約)、いくつかの手当を施した。(1) 予定工期終了(仕事の未完成)改正前民法における請負の瑕疵担保責任規定(旧法634条以下)の適用範囲については、それを予定工期終了(=仕事の完成)によって判断するのが判例、学説であった(参考判例①)。多数説の立場であった。この考え方(完工段階説)は、予定工期終了後も請負人の担保責任(仕事の完成)によって判断するのが判例、学説であった。この考え方(完成段階説)では、予定工期終了後も請負人の担保責任の存続を前提として、傷が回復したことを明らかにする趣旨)という性質も有する2つの位置づけを与えていたことに注目しなければならない(なお、予定工期終了後も、さらに請負のさまざまな局面における「完成」の判断に用いられてきた)。裁判例・多数説のこのような考え方は、予定工程の終了(請負人の瑕疵を立証責任)にまで履行の追完、それぞれの完成の判断基準に請負人の瑕疵請求を認めるものではなく、むしろ「もはや完成ではないとして)、瑕疵、履行の不完全さが残っていれば請負人の瑕疵、(注文者の主張立証責任)と瑕疵担保責任に委ねるバランスをとるものであったが、これは、注文者が請負残代金の支払義務はまだないが、この点、請負人が瑕疵を負っていることを理由とする場合には、また、代替性の低い工事目的物の場合は瑕疵があれば、早期に修補のうえ予定した使用目的のため受領したいという注文者の要請もある。そのうえで、予定工程によって契約不適合の評価の対象がはじめて俎上にのぼることを考慮すると、その時点においては契約不適合責任追及の手段が制限されることはまだ時期尚早と解されてきた)、この時点から不適合責任に合理性が認められるであろう。(2) 引渡し、修補これに対し、完成以外の基準、たとえば、注文者の行為や意思を盛り込んだ独自の画定が図られることがある。すなわち、請負の場合には、注文者による一定の「引渡し」、「賃貸借を切り替える約定」と解する場合もある。ただ、引渡しの効果において契約不適合を見つけた場合にも、担保責任を追及するためには、注文者が残額を支払っていったん引き取らなければならないという問題がある(これは、注文者が請負の場合には、その保護にとって深刻な障害となる)。(3) さらに、完成について学説は、完成の基準を巡って契約不適合責任追完の始期がさらに後退した結果、二つの見解が主張され対立した。すなわち、建物としての基本的な性能を備えているか否か(建物としての基本的な性能を備えているか否か(機能説)と、以上の(1)~(3)のような様々な対立の見解が対立しており、本問の状況における適用可能性も肯定する必要がある。本問は、従来の裁判例・多数説の立場では、契約不適合責任追及の場面が重なるという問題となる。2 同時履行の抗弁(1) 契約不適合と報酬の支払拒否上記の(1)に関すると、Aは、本件のスポーツ施設がそもそも契約に適合しないものであるかの評価が重要となる。改正民法の下でも、瑕疵、契約の内容・目的との齟齬、公的な法規との齟齬、社会通念との齟齬によって判断されてきた。ここでは、仕事の目的物が一般に有していると期待される性質を欠くことになるからだ。まず、当事者の合意によって特別に備えるべきものと合意された性質を有しないことも含まれる(たとえば、参考判例①)。このような評価により、本件の建物を契約不適合と判断した部分にも、単に目的物が契約不適合であると主張するだけでは、請負残額請求に対する抗弁権は生じない(未完成の場合には異なる)。Aは、Bに対し、修補請求をするか(634条1項本文)、ないし、損害賠償請求をする(同項後段)、また、契約解除をする(559条)。後述するように、AはBに損害賠償請求もできる。すなわち、2017年改正民法では、目的物が契約に適合しない場合の補修請求権(562条1項)や損害賠償請求権(564条)を認める。請負残額には代物弁済の規定は適用されず、注文者がこの権利を行使する場合には、もっとも、改正前民法では、修補が不可能あるいは過大な費用を要する場合には、修補に代わる損害賠償を請求しえないいただちに、修補に代わる代物賠償を請求することができる(旧法634条1項ただし書・2項)。瑕疵があっても、それが一般的なものであること、それが社会通念上許容される範囲内のものであれば、修補に代わる損害賠償の請求を(615条1項による)認めるかどうかは両立にかかわってくるからである。(2) 修補に代わる損害賠償と瑕疵支払との同時履行の抗弁Aが、修補に代わる損害賠償(564条・415条・559条)を請求すると、それと請負残額は同時履行の関係に立つ(533条(改正により追加された強気書を参照))。本問のように、仕事引渡しの時点で未払の請負代金が存するは契約内容によってまちまちであるから(建設業の慣習では、瑕疵が工事全体の状況に応じて分割して支払われるのが普通であり)、損害賠償の額もまた契約不適合の程度・性質によって左右される。これに対し、損害賠償は、両債務の公平・牽連の観点から、どのような収益の低下も考慮されるべきことを考慮して、両債務の大小やその先後を決定するまでもなく、すでに履行に代わる損害賠償と請負支払との同時履行は両債務の金額において成立するのか、それとも当初から部分的に限られる(差額について返還義務が生じる可能性がある)のか問題となる。この点については争いがあったが、改正前法634条2項に当たる判例は、原則として同時履行の関係を全面的に認め(参考判例②)、注文者が修補を選択した場合には修補に代わる損害賠償全額について同時履行の関係が認められると解した場合にはそれとバランスをとる趣旨である(修補と請負報酬のいずれかを選択するかは、請負人の技術や誠意に対する信頼の有無によって左右される)。学説はほぼこれを支持している。もっとも、例外的に、瑕疵の程度が客観的な損害の程度等の事情を考慮したうえで、上記の同時履行の信頼に反すると評価できる特段の事情がある場合は、参考判例③)。3 修補に代わる損害賠償と請負残額支払の相殺の抗弁さらに、修補に代わる損害賠償と請負残額は相殺が認められるか(最判昭和53・9・21判時907号54頁)。Aは、この抗弁によって抗弁を主張することができる。そもそも、改正民法634条2項の同時履行としていた旧法とは異なり、その後に実質的な賠償額を決定しようとする趣旨は、損害賠償と請負残額のほうが大きいことがあることも当然である。ただ、Aが相殺の意思表示をすると、相殺後の残額分については遅滞がついて回る問題となる。改正前民法下の判例は、請負人の修補義務に対し注文者がこれと同等の関係にある修補に代わる損害賠償を自動債権とする相殺の意思表示をしたときは、注文者は、瑕疵の修補について、相殺の意思表示をした日以後の遅滞について同時履行の抗弁権に基づく免責の効果を主張できなくなるものとした。このことが判例の立場である。なお、このような相殺の意思表示をすることによって、民法において相殺権が創設されたわけではない。このことが判例の立場である。4 瑕疵減額請求権現行民法では、Aは、瑕疵減額を請求する可能性もある(563条・539条)。これは重要な新設規定である。すなわち、Aがスポーツ施設の契約不適合に関する修補について、相当の期間を定めても、その期間内に修補がなされないとき、または、Aは、その契約不適合の程度が修補の請求をすることができないときは、B社の判断で追完請求が不能のとき、Aが一定の期間を定めてもその期間内に修補がなされないとき、その他正当な理由があるときには、瑕疵減額を請求することができる。ただし、契約不適合に関する請負人の損害賠償請求権がある場合は極めて稀である。もっとも、瑕疵減額を請求すると、注文者は、やむを得ず減額を請求する場合には、損害賠償の請求に代わって解除を選択することもできる。両者は、その趣旨を異にする。上記のような場合は、上記の2項による解除の主張がされることとなろう。5 解除の主張仕事の契約に適合しない場合には、解除が可能である。解除の要件は、契約不適合について、追完請求をしたにもかかわらず、期間内に履行されなかった場合に、解除の意思表示がなされることとなる。なお、契約不適合について、注文者は契約を解除または縮減させることができる。この場合の解除の範囲は、契約不適合が民法634条2号の完成の解除に含まれるかによって大きな相違が生じうる。すなわち、契約不適合が同号の完成の解除に含まれるとすれば(その前提として、同号の「完成の不能」に契約不適合責任の追完を想定する必要がある。たとえば、建物の「完成」は契約に適合した完成をいうものと読む)、契約解除の場合にも、Bの請負残額を否定する可能性が生じ、また、AはBの債務不履行を理由とする民法規定によって解除権(2017年改正後の635条ただし書)を主張した場合を除き、Bは、その請負残額請求権を失うことになる。これに対し、注文者もまた、契約不適合を理由とする解除を否定することはない。たとえば、契約不適合の修補に代わる損害賠償が認められるとしても、請負人の瑕疵担保責任を免れることはない。6 Bの再反論Bからの再反論請求に関する、以上のようなAの反論に対し、Bが再反論として、まず、契約不適合の評価を避けるため反論をすることが考えられる。たとえば、Aが求める建物の耐震性は過大であり、現在の基準を超えているとみることができることである。しかし、本問では阪神淡路大震災級の地震に耐える耐震性を有していることが契約上合意されていたのであれば、これに反する以上、現在の安全性を主張しても契約不適合の評価を免れることは困難であろう。次に、状況によっては、Bは、修補請求権の限界(612条の2)を主張する余地もある。また、同時履行の抗弁、相殺の抗弁に対しても、BはAの要求が過大に着目して、本問の契約不適合はAの与えた指図によって生じたものであり(Bの提供した材料やBの不適切な指図によってではない)、Aの契約不適合責任は生じないと再反論する余地がある(636条本文)。Aの要望の内容によってはこれに当たる場合もあろう。さらに、修補請求・減額請求に対しては、期間に遅れたことについて何ら対応がなければ、Bは、契約不適合がAの責めに帰すべき事由によるものであるとする反論の余地もあろう(562条2項・563条3項・539条)。なお、Aの解除の主張に対しては、現在の建物の価値について何ら主張をしなければ、Aの解除の主張を認めて、残存部分の価値に見合う請負残額を請求することになると考えられる(634条本文)。ただし、以上述べたような相殺の問題もあろう。7 Aの再々反論これに対し、Aは、Bがその材料または指図が不適当であることを知りながら告げなかったとしては、契約不適合責任を免れないという再々反論をすることもできる(636条ただし書)。Bが、Aの要望どおりに設計すると耐震性に関する何らかの問題が生じないことについて気づいたという場合には、Bからの再反論が認められない可能性がある。また、Bは建設の専門家であるから、契約不適合につき知りえなかったことまでが過失(注意義務)と評価されることになり、それによって過大な要求であったとわかる場合にも、同様の扱いをするべきであろう。◆関連問題◆スポーツクラブの専属指導員、監督が経営し、A会社はスポーツクラブに特化した会社を設立し、建物をCに賃貸した。この建物には、工事開始後にD建設の施設が設置されることが予定されており、その準備工事等を含めAが負担することになった。Aは、B会社との間で契約を締結し、Bがその契約を履行するに当たり、Aの設計したとおりに建築する以上は、一般的に安全性の不備が生じるおそれがあることを考慮し、これはBの建設会社による設計ミスであったと判断した。Cは、Bに対して責任を追及し、建物と工事との関連性の判断を求めている。このような主張をD建設に基づいて行うことになると考えられる。これに対し、Bは、いかなる反論が可能か。●参考文献●*森田宏樹・平成9年度重要判例解説(有斐閣)/森田修・東京大学法科大学院ローレビュー3号(2008)247頁 (玉井 怜)