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工作物責任

資産家のAは、居住する都市とは別の地方に、かつて別荘として使っていた3000平方メートルの甲土地とその上に乙建物を所有している。洋館風の造りの乙建物は、明治初期に建てられた木造建築である。Aは、会社の保養施設等として利用したいというB社からの求めに応じて、乙建物をBに賃貸した。Bは、退職した社員らを、あらためて乙建物の管理人として雇い、普段は、Cが、乙建物の維持管理と乙建物周辺の庭の手入れ等を行っていた。なお、一帯は、別荘地として一般に利用されている地域であり、甲土地と他の土地との境は明確ではない。また、甲土地の道路には、「私道」との表示はあったものの、特に、外部からの立ち入りを規制しているわけではなく、通常の林道と区別しにくく、付近の住民等が普段から散策に利用していた。甲土地は、なお、かつては農地として利用されていたが、現在は使われていない。ある日、その道路で、ザリガニをとったりして遊んでいた近所の子どもDが転落して死亡するという事故が発生した。この場合に、Dの遺族(両親)は、誰に対して、どのような法律構成に基づいて損害賠償を求めることができるかを検討しなさい。なお、池の周辺には、柵が設けられ、金額が張られていたが、上記事故発生時には、その金額の一部がペンチで切り取られて、人が出入りできる程度の穴が開いていた。従来から、その金額をペンチで切り取って、中に入り、釣りをする者などがおり、Cは、年に数回程度、その金額を補修していたという事実が確認されている。●参考判例●① 最判昭和46・4・23民集25巻3号351頁② 最判昭和61・3・25民集40巻2号472頁●解説●1 工作物責任の基本的構造と本問の解決本問は、工作物に関連する事故を取り上げるものであり、こうした事故については、民法717条の適用がまず問題となる。工作物責任を規定する同条については、特に、以下の2つの点が問題となる。まず、民法717条の「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵がある」という要件に関し、設置または保存の瑕疵が何を意味し、具体的な事案において、そうした瑕疵が認められるのかどうかをどのように判断するのかという点である。次に、誰が責任を負うのかという点である。民法717条は、いわゆる特殊不法行為(709条以外の不法行為類型)の中では、まず瑕疵を推定する仕組みになっており、一次的に工作物占有者の中間責任を負うことを規定する(ただし書1項本文)。占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときには、工作物の所有者が責任を負うことを規定している(同条ただし書)。この所有者の責任は、占有者が責任を負わない場合に限るとう点で補充的な責任である。また、無過失を理由とする免責の可能性が規定されていないという点では、いわゆる中間責任ではなく、民法の規定する不法行為責任の中では、唯一の無過失責任ということになる。2 工作物の瑕疵(1) 工作物の瑕-疵の意義:客観説と結果回避義務違反説工作物責任における瑕疵の要件については、当該工作物が通常有すべき安全性を欠いているといえる状態を意味するとする客観説と、当該工作物の危険性が実現しないようにすべき注意義務を怠ったと評価する結果回避義務違反説が対立している。客観説は、具体的に生じた結果から、当該工作物が通常有すべき安全性を欠いていたといえるかどうかを問題にするのであり、そのような状態に至らせたのかという点は、特に問題とされない。他方、結果回避義務違反説は、まさしく、なぜそのようなになったのかというプロセスの部分を問題とし、そのプロセスにおいて、結果発生を回避する義務の違反と評価されるものがあるか否かが問題とされることになる。(2) 工作物の瑕疵の類型と判断の相違両説の相違は、たとえば、建物の外壁の一部が落下してきて、歩行者が負傷したというような事案では、比較的に明確に示される。客観説では、なぜ外壁の一部が落下したのかという経緯は重要ではない。他方、結果回避義務違反説では、外壁が落下しないように何をなすべきであったのかという点に焦点が当てられることになる。もっとも、工作物をめぐる事故の中には、上記の外面の落下のように、被害者の関与がない場合に、工作物がもっぱら攻撃してくるというタイプのものもあれば(攻撃型の瑕疵)、本問のようにDの関与があってはじめて工作物の潜在的な危険性が実現するというタイプのものもある。後者においては、被害者が当該工作物に近づくこと等の関与をどのように防ぐのかといったことが問題となる(守備ミス型の瑕疵)。後者の守備ミス型の事故類型では、瑕疵についての客観説と結果回避義務違反説との相違は、攻撃型の場合ほどには明確ではない。客観説においても、そこで工作物が通常有すべき安全性を有しているか否かは、危険な工作物等に防護ネットが張られるなど、「安全性を確保するために必要な措置が講じられていたのか」という点を通して判断されるのであり、その点では、結果回避義務違反説と基本的に共通するからである。本問のようなケースにおいて、柵等がまったく設けられていなかった場合、「柵が設けられていなかった」ことが、客観説では「通常有すべき安全性を欠いていた」と評価され、結果回避義務違反説では「結果回避のために必要な義務が怠られていた」と評価されることになる。もっとも、このように守備ミス型の事故においても、客観説と結果回避義務違反説が完全に一致するわけではない。本問のように、誰かが金額を切り取って穴を開けたために、危険な状態となった場合に、その危険性を「回避する可能性」があったのかどうかという点で説が分かれてくる。まず、客観説では、当該事故が発生した時点での、当該工作物の客観的状態(安全性の欠如)が問題とされるのであり、本問の場合にも、誰によって、いつの時点で、どのように穴が開けられたのかという点は問題とならない。他方、結果回避義務違反説では、異なる理解をする可能性がある。結果回避義務違反説の基本的な主張が、過失と過失を一元的に理解するのだという点にあるのだとすると、そこで事故回避を問題とする場合、当該義務を履行する実現可能性をまったく無視して瑕疵を議論することはできない。したがって、本問の場合も、そのような穴が開けられたということを前提として、どのような対策が可能だったと考えられるのかを問題とせざるを得ない。穴が1週間も前に開けられていたとすれば、それをみつけ、修復することが可能だったということになる。他方、それが事故発生の直前であったというような場合には、それを発見することも、それに対処することも困難であり、結果回避義務違反としての瑕疵を認定することはできないというと結論が導かれる。本問においては、どのように穴が開けられたのかという経緯は示されていない以上、それについて必要な場合分けを行ったうえで、問題を考えていくことになる。3 工作物責任と責任主体民法717条は、工作物責任を1次的に負担する主体を工作物の占有者であるとし、占有者が損害発生のために必要な注意を尽くしていた場合に、補充的に、工作物の所有者が責任を負担するということを規定している(なお、瑕疵についての客観説を前提とすれば、瑕疵の有無の問題と責任主体の問題を区別して議論することは容易である。他方、結果回避義務違反説を前提とすると、両者を切り離して議論すること自体困難になる)。(1) 賃借人としてのB社の占有者責任:賃借権と占有の範囲さて、工作物責任では、まず占有者としての責任を誰が負担するかという点が問題となる。本問でも、誰が、この一次的責任を負担する占有者なのかを検討しなければならない。まず、建物自体については、AはBに賃貸借契約があり、Bが、乙建物の占有者であるということには本問の文章からも明らかである。したがって、Bが、乙建物について、占有者の立場にあることは問題ない。では、管理人CがいることでBの占有者であることが否定される事実はなく、Bは、占有者たる地位をCとの関係を否定する事実はない。占有補助者であることについては、詳細な記述はされていない。他方、甲土地についての賃借権は、本問では詳細には示されていない。甲土地も、賃貸借の対象となっていたとすれば、甲土地上の池について、も、Bの占有者としての責任が問題となる。他方、賃貸借の対象はあくまで乙建物(周辺の庭)だけであり、Bは、乙建物の利用に必要な範囲で、乙建物周辺の土地の利用権限が認められているにすぎないと解すると、甲土地上のどこにあったのかが示されていない池について、Bが占有者としての責任を負担するか否かは、ここで示された事情からだけでは明らかではないということになる(なお、建物を目的とする賃貸借があった場合に、当該建物が立つ土地について、どのような法律関係となるのかという点は、それ自体が1つの問題となるが、それについては賃貸借についての教科書等の説明を参照されたい)。(2) 工作物等の占有者における管理的な支配地位Cについては、上記のとおり、Bの占有補助者であり、C自身が、甲建物あるいはその周辺の土地の占有者として、民法717条の責任を負担するものではないと考えられる。なお、本問の中には、過去に、Cは、年に数回程度、その金額を修理していたということが示されている。ただし、この修理の経緯に関する事情(なぜそこは、それを修理していたのか等)は必ずしも明らかではなく、この事実のみをもって、占有補助者としてのCの管理とBの占有をただちに基礎づけることはできないだろう。(3) 所有者の責任:工作物所有者の補充的責任占有者としてのBが責任を負わない場合、Aの責任が問題となる。この場合に、Bが責任を負わないというのは、2つの異なるレベルで考えられる。まず、当該池がある部分の土地については賃貸借契約は成立していないとすれば、そもそもBは、池の占有者ではなく、民法717条1項を適用するという前提を欠く。この場合は、Aは、自ら所有し、(直接)占有する当該池について所有者責任を負担することになる。ここには、占有と所有が分離していないので、同項について、本文によるのか、ただし書によるのかは、実質的な問題とはならない。他方、当該池を含む土地についても賃貸借契約が成立していたということになると、Bは、池についても占有者としての責任を負担することになる。そのうえで、損害の発生を防止するのに必要な注意を尽くしていたということを、管理についての無過失を立証できた場合には、責任を免れるのである。以上のように、Bが責任を負わない場合には、いずれにしても、Aが所有者として責任を負担するということになる。そして、Aの所有者については、占有者の責任と異なり、無過失の立証による免責は規定されていない。したがって、十分な注意を尽くしていたということを仮に立証できても、それはAの免責をもたらすものではない(ただし、結果回避義務違反説を前提とした場合には、瑕疵がないとして責任が否定される可能性は残される。もっとも、そのように理解すると、民法717条1項ただし書は、実質的には意味を失う)。4 本件事故発生に関するDの関与と損害賠償額の決定:過失相殺等をめぐる問題本問のような守備ミス型の工作物事故においては、通常、被害者の関与があるために、それをどのように位置づけるのかが問題となる。この点については、もっぱら民法722条2項の過失相殺の問題として扱われる。したがって、本問の場合、Dが、フェンスに開いた穴から入り込んで、そこで遊んでいたということについて、Dの年齢(過失相殺能力の問題)、当該池の状況、さらには、Dの遺族である両親のDに対する注意などの対応(被害者側の過失をめぐる問題)等に照らしながら、過失相殺として考慮し、その損害賠償請求において映させるということになる。なお、D自身が、ペンチで金額を切り取って穴を開けたというような事実があったとすれば、そこでは、客観説と結果回避義務違反説のいずれによっても、そもそも工作物の設置等の瑕疵(Dにとっての危険性)はなかったということになり、民法717条の責任は成立しないと考えられるだろう。5 その他の賠償義務者本問のような工作物の瑕疵のような工作物の事故に際しては、民法717条の工作物責任が問題となるが、同時に、他の責任の可能性、特に民法709条に基づく責任の可能性を排除するものではない。上記の(3)のとおり、占有補助者にすぎず、民法717条1項の占有者としての責任は負担しないとしても、Cの過失(たとえば自らが管理する箇所の金額に穴が開いて、何らかの危険な状態になっていたにもかかわらず、漫然とそれを放置した等)を理由とする民法709条の責任までが排除されるわけではない。また、金額の一部を切り取った者を特定できた場合、その者が、本件事故について、民法709条の責任を負担する(工作物占有者等とともに、民法719条により連帯責任を負担する)ことも十分に考えられるだろう。民法717条1項に基づいて責任を負う者は、同条2項により、これらの者に対して求償をすることができる。ただし、BからCへの求償は、使用者責任における被用者への求償と同様、信義則上、一定の制約がなされることが考えられる。設問関連(1) 本問において、Cが、工務店を営むEに連絡をとって、金額の修理を依頼していたが、Eが、その依頼を忘れて修理していなかったという場合に、Eと、被害者およびA・Bとの間にどのような法律関係が成立するかを検討しなさい。(2) 本問において、Bの占有者としての責任が認められないという場合において、事故発生時には、甲の所有権がすでにAからFに移っていたが、その移転登記がなされていなかったというときに、Dの遺族は誰に対して民法717条1項ただし書の所有者の責任を追及することができるのかを検討しなさい。●参考文献●★大塚直「民法715条・717条(使用者責任・工作物責任)」広中俊雄=星野英一編『民法典の百年Ⅱ』(有斐閣・1998)673頁(窪田充見)