理事の代表権の制限
A同窓会は、A大学の卒業生の交流と親睦を図る団体で、一般社団法人として、2015年4月1日に法人格を取得した。また理事会を設置して、Bを代表理事としていた。A同窓会には、会の拠点となる建物とその敷地のほか、かなりの不動産資産を持っていたが、それとは別に会員の親睦のための簡易施設として建物甲とその敷地乙を所有していた。2021年5月ごろ、Bのもとを訪れた不動産業者Cが「甲と乙を500万円で購入したい」ともちかけた。Bはこの施設が現在ほとんど使われていないことを考え、売却したいと思ったが、「定款にはA同窓会が不動産を取得・処分するためには、理事会の決議が必要である旨の定めがある、少し待っていてほしい」と答えた。2021年7月18日、Bは「先の理事会で、甲と乙の売却について決議された。まだ議事録ができていないが、当日のメモはある」と述べて、Cに議事録のコピーを提示した。そこには「不動産処分の件」との記載があった。Cは、Bが地元の名士であったため、それ以上疑うことはなかった。そこで、同日、内金として50万円をBに交付するとともに、同年8月1日に残代金を支払い、甲・乙の登記をCに移転することを決め、契約書を作成した。Cは、8月1日にA同窓会の事務所を訪れたが、Bは不在であった。CがA同窓会の事務職員に尋ねたところ、理事会で甲・乙の処分について話し合われたことはないとの説明を受けた。納得できないCは、450万円の支払と引き換えに、A同窓会に対して、A・C間の売買契約に基づいて甲・乙の所有権移転登記を請求した。これに対して、A同窓会はどのような反論をすることができるか。[参考判例]① 最判昭60・11・29民集39巻7号1760頁② 最判平21・4・17民集63巻4号535頁③ 最判平6・1・20民集48巻1号1頁④ 最判昭50・7・14民集29巻6号1012頁[解説]1 代表理事の代表権Cは、2021年7月18日に締結されたA同窓会との間の売買契約(以下、「本件売買契約」という)に基づいて、建物甲とその敷地乙の所有権移転登記を請求している。したがって、代表理事であるBがCとの間で締結した本件売買契約の効力がA同窓会に及ぶかどうかが問題となっている。仮に、甲・乙の所有権に基づいて移転登記を請求した場合でも、所有権の取得原因である本件売買契約の有効性が問題となるから、移転登記請求が認められるかどうかは、いずれにせよ本件売買契約が有効かどうかという問題に帰着する。ところで、法人の理事は、原則として法人内部においてはその業務を執行するとともに(一般法人法76条)、対外的には各理事が法人を代表する(同法77条1項)。法人が、理事会を設置した場合には、代表理事を定めなければならない(一般法人法90条3項)。そして、この代表理事は法人の業務に関する一切の裁判上または裁判外の行為をする包括的な権限を有している(同法77条4項)。本問では、代表理事であるBがA同窓会の所有する建物甲とその敷地乙をCに売却しており、Bには包括的な代表権があるのだから、その行為は一体A同窓会に及びそうである。他方、A同窓会は、定款で不動産を処分するためには、理事会の決議が必要である旨を定めて、代表理事の権限を制限しており、Bは理事会の決議を経ないで本件売買契約を締結している。本問のように、理事会の決議を経ていないで売買契約を締結している場合、これに反する行為の効力がA同窓会に及ぶかどうか、まず問題となる。2 代表権の制限に反する行為の効力代表理事の代表権を制限する内部的な社員総会の決議や理事会の定めがあるにもかかわらず、それに反する行為が行われた場合、代表理事が法人を代表して行った行為は、どのような効力をもつのだろうか。法人による任意的な制限について、一般法人法77条5項(同様の規定は会社法349条5項にも置かれている)は、代表権の包括的な権限に制限を加えたとしても、善意の第三者に対抗することができないと定めている。この規定は、2006年改正前の民法54条(以下、本問ではこれを「旧54条」という)を引き継ぐものであるとされている。この民法54条についての判例の立場をみてみよう。(1) 判例の立場最高裁は、漁業協同組合(協同組合法によって法人格がある)がその定款で「固定資産の取得又は処分に関する事項」を理事会の決議事項の1つとして掲げているにもかかわらず、理事会の決定を経ないで、組合長が理事会議事録の不動産を処分したという事案で、「善意」とは理事会の決議に権限が与えられていることを知らないことであると解したうえで、その主張・立証責任は、第三者の側にあるとした(参考判例①)。総会の決議によって代表権が制限されている場合、法人の外部からはそのような制限があるとはいえない。定款によって制限されている場合も、代表権の制限は公示されているわけではない。また、一般社団法人と取引する相手方は、代表権の制限がない定款によってのみ行われれば、確実に相手方の取引の安全を害することになる。そこで、相手方の取引安全を保護するため、定款の文言どおり「善意」を要求するのではなく、無過失までは要求しない。そして、総会決議や理事による任意的な制限がある場合に、代表理事の代表権は制限されるが、これに反する行為は法人の内部関係の問題であり、民法54条(または77条5項)の趣旨によって法人は対外的にその効力を否定することはできないと考えることから、無権代理行為にはならず、相手方は、自らの権利を基礎づけることができると考える。その主張立証責任は相手方にあるものと考えられるからである。(2) 学説これに対して、学説上は、むしろ法人の側が、相手方の悪意を主張立証すべきであるという考え方が有力に主張されている。そもそも法人の代表者は、法人の対外的な関係において包括的な代理権を持っていることが原則なのであり、それが制限されていることについて相手方が知っていることは例外的なのだから、そのときに限り無権代理になって、法人に効果が帰属しないものと考えるわけである。したがって、原則として相手方が悪意に帰属するところ、それが阻却される事由として相手方の悪意について法人に主張立証責任を負担させるべきだと考えるのである。(3) 本問の場合本問では、Bは、理事会の決議がないにもかかわらず本件売買契約を締結しているのだから、定款の制限に違反している。したがって、Cは一般法人法77条5項に基づいて、本件売買契約の効力がA同窓会に及ぶことを主張することになる。この主張の当否を考えるに当たっては、CがBから直接、定款に理事会の決議が必要であるとの説明を受けていることをどのように評価するかが問題となる。3 相手方が代表権の制限について悪意である場合の表見法理による保護さて、相手方が法人の代表権の制限について知っている場合、もはや一般法人法77条5項による保護は与えられない。しかし、代表権の制限について悪意であった場合でも、相手方が何らかの事情で、代表者が定款に定められた手続を踏んで取引を行っていると正当に信頼した場合には、その信頼を保護する必要がある。代表権の制限が存在することに気づかなかったために、結果的に制限があることについて善意であった場合は、行為が有効に法人に帰属することが認められるのに対して、代表権の制限について知っていたが、やはり法人内部の手続が行われたと信頼したためにまったく保護されなくなるのは、適切ではないからである。そこで、判例・学説は一般に、この場合に、民法110条を類推適用して、当該行為が法人内部の手続を経て適法に行われたと信じ、そう信じることについて正当な理由がある場合、行為が有効に法人に及ぶことを主張できると考えている。民法110条は、本来与えられた代理権とは異なる行為をした場合に適用されるが、この場合には、本来与えられた包括的代理権が制限され、その制限を超える行為を行ったのであるから、代理人がいないという点で類似性があるものの、その代表権が及ばない行為を行ったという点に類似性の基礎を見出しているものといえよう。民法110条の類推適用を認めると、相手方は法人内部での手続が行われたと信じたことにつき過失がない場合に、そのことを主張立証すれば、保護されることになる。したがって、適切な手続がとられたということを信頼して文書等を代表者が示し、その文書が真正なものである場合には原則として過失がないといえるが、文書が通常と異なるなど、特段の事情がある場合には相手方には調査義務が生じ、それを怠った場合には、過失があったものと判断されることになる。本問では、CはBから議事録のコピーもらっただけで、甲・乙の売却について理事会の決議があったものと誤信して、実際に理事会で決議されたかどうかについては、調査をしていない。議事録のコピーの提示が不自然なものであるという点、また不動産取引を業として行っている専門家であることなどの特段の事情があるかを踏まえ民法110条の類推適用のための保護される必要がある。4 法定決議事項による代表権の制限法律の一定の事項について、決議を要求しているために、代表権が制限される場合がある。重要な取引の決議について社員総会の決議(一般法人法90条4項)と理事会の承認の場合がある(一般法人法147条・非営利法人法91条9項)などがそれに該当する。理事が設立一般社団法人の場合、代表理事が一般法人法90条4項に列挙された重要な行為をする場合には、理事会の承認が必要であることを定めている。これは、会社法362条4項の内容が一般法人法にも規定されたものである。この場合、相手方が保護されるのはどのような場合であるか。(1) 判例の立場会社法について、重要な財産について、理事会決議を経ないで、取引が行われた場合、これは法人内部的な意思決定を欠くにすぎないから、決議を経ていないことをとしても、その行為は原則として有効であり、取引の相手方が決議を経ていないことを知りまたは知りうべかりしときに限り無効になると解している(参考判例②)。したがって、判例の見解によれば、法人は相手方の悪意・有過失を主張立証すべきだということになり、この場合は、もはや一般法人法77条5項は、適用されない。(2) 学説しかし、このような判例に対しては、有力な反対がある。それは、法定決議事項については法人が手続を踏んでいないことは、単なる内部的な瑕疵であって、軽微なものとみているが、非営利法人は意思決定に慎重を期す必要があり、厳しい要件が課されている。これに対して、代表権が制限されると考えている任意的な代表権の制限があった場合には、相手方の善意のみで保護されるという結論と均衡がとれているというのである。むしろ一般法人法90条4項の制限は、単なる内部的な意思決定の瑕疵ではなく、代表権の制限にほかならないと捉えたうえで、当該行為を法人の代理権の制限に鑑みて、相手方の保護要件を尊重では、単なる善意でも、代表権濫用を主張立証すべきとすべき。(3) 重要な財産の処分および譲受け従来判例が、代表権の任意的制限として問題としてきた事柄は、定款によって法人の不動産の処分について理事の代表権を制限するものが主な類型であった。そうすると、法人が有する不動産のうち、一般法人法90条4項の適用は「重要な財産」の譲渡にあたるもののほか、そのような制限について相場の保護要件としても、そのような制限がないことについての善意は問題とはならないことになる。判例は、重要な財産であるかどうかの判断については、当該財産の価額、その法人の総資産に占める割合、当該財産の保有目的、処分行為の態様及び会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断すべきものとするのが相当である」と述べている(参考判例③)。法人の対象となった財産が「重要な財産」とされたうえで、適用されると立証責任が大きく変わることに注意する必要がある。(4) 本問の場合本問の甲・乙が、一般法人法90条4項にいう「重要な財産」に該当するかどうかがまず問題となる。もし、重要な財産であるとするなら、判例・学説によると一般法人法77条5項は適用されず、もっぱら同法90条4項の問題となり、制限の有無ではなく、理事会の決議を経ていないことについての善意無過失が問題となる。5 法人の不法行為責任法人が契約上の責任を負うかどうかについて検討してきたが、相手方に代表者が法人内部の手続を経ていると誤信したことについて過失があり、法人の契約責任が否定される場合にも、なお法人の不法行為責任を追及することが可能な場合がある。本問でも、仮にCが、一般法人法77条5項の善意があるといいえず、また理事会の決議があったものと誤信したことに過失があると判断され、契約に基づいて移転登記請求を行うことができない場合でも、それによって生ずる損害を不法行為に基づいて同窓会に請求することのできる可能性がある。さて、不法行為責任は、一般社団法人その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負うことを定めている。この規定は、2006年改正前の民法44条を引き継いだものであるが、同条は民法715条の使用責任に関する規定で、「事業の執行につき」という文言を民法715条の問題責任者が行うものとはいえないが、外形的にはそのようにみえる職務を行うについて第三者に加えた損害である場合には、代表権を濫用した不法行為責任(外形理論)にあたる。もっとも、法人の責任を認めるという趣旨を明示した。そして、相手方の保護要件として、不法行為責任ついても民法715条の場合と同様に、善意無過失を要求している。すなわち「行為の外形から見て、その行為が職務の範囲に属するものと認められる場合であっても、相手方において、右行為がその職務に属しないことを知っていたか、又は知らないことに重大な過失があったときは、当該地方公共団体は相手方に対して損害賠償の責任を負わないものと解するのが相当である」(参考判例④)と判示なのである。このとき、相手方に悪意があり表見代理による保護が否定されたとしても、相手方に法人の代表者との取引によって損害が生じている場合、相手方が内部的な手続が踏まれていないことについての悪意を重大な過失と評価できる場合には、法人の代表者による不法行為に基づく請求そのものは肯定されることになろう。ただし、過失相殺による賠償額の減額が行われる可能性は生ずる。不法行為責任によるときは、法律行為責任とは異なって、相手方の信頼の度合いに応じた複合的な解決が図られることになる。関連問題(1) 本問において、Bが売却しようとしたのが、A同窓会の活動拠点となる建物であった場合、Cの移転登記請求が認められるか。(2) 本問において、BがCに対して、理事会の決議があったとの記載のある理事会議事録を、通常の書式のとおりに偽造して、BがCに提示した場合、Cの請求が認められるか。参考文献中東正文・百選Ⅰ 64頁 / 松本恒雄 = 潮見佳男編『判例プラクティス民法Ⅰ』(信山社・2010)41頁(後藤巻元)(大中哲也)