転貸借
2025/09/03
Aは、所有する甲土地に地下1階・地上5階建ての乙ビルを建築し、親族が経営するB会社(以下、「B」という)との間で、乙ビル1棟を賃料月額700万円(毎月末日に翌月分前払い)、2020年10月5日から10年間賃貸する旨の賃貸借契約を締結した。その際、権利金および敷金は特に授受されなかった。また、乙ビルの利用方法についてはすべてBの判断に委ねることにした。上記契約に基づいて、乙ビルはBに引き渡され、Bは本社として乙ビル全体を利用していた。ところが、2021年夏頃、営業停止処分を受けたことから、Bの業績は急速に悪化した。そこで、Bは、不採算部門を縮小し、2022年4月1日に、乙ビルの地下1階部分について、居酒屋を営むC会社(以下、「C」という)との間で、賃料月額100万円(毎月末日に翌月分前払い)、期間を5年とする賃貸借契約を締結し、Cはその後に代金300万円をBに支払い、Cは同年5月1日に入居し、その後、約定どおりに賃料を支払っていた。しかし、Bの業績はその後も悪化し、2023年9月分からAへの賃料を滞納した。このため、Aは、2023年11月1日付けで、2週間以内にBが未払賃料を支払わない場合には、甲ビルの賃貸借契約を解除する旨の内容証明郵便を送付し、同月11月2日、Bに上記郵便が到達した。同12月15日、Bは事業を廃止し、未払賃料は結局支払われなかった。Cは同年12月分までの賃料はすでにBに支払済みであり、Bの同意を得、BのAへの賃料はBからAに直接支払うとしていたが、Aはこれを承諾しなかった。Aは、2024年2月2日に、Cに対し、甲ビルの地下1階部分の明渡しを求めて訴訟を提起した。Aの請求は認められるか。●参考判例●① 判例昭和36・12・21民集15巻12号3243頁② 最判平成9・2・25民集51巻2号398頁●判例●1 AのCに対する明渡請求の根拠と争点Aは乙ビルの所有者であるから、所有権に基づき返還請求を根拠にCに対して乙ビルの地下1階部分の明渡しを求めることが考えられる。Cからは、本件占有をAに対抗しうることを理由に、地下1階部分を占有する権原があると反論がなされることを考慮すると、Aとしては、A・B間の賃貸借契約が賃料不払を理由として契約が解除されており、もはやCは転借権を根拠に占有権原があると主張することはできないと再反論する必要があることになろう。また、A・C間には直接の契約関係がないが、民法613条1項に基づいて、転貸人が賃借人に対して負う賃貸目的物の返還義務を履行することが考えられる。賃貸借契約に基づく賃貸目的物の返還請求権を根拠に明渡請求を提起する場合には、A・B間の賃貸借契約が解除されており、したがって、CがAに対して賃貸目的物の返還義務を負っていることを主張することが必要となる。したがって、AのCに対する訴訟に基づいて訴訟物を特定する場合であっても、信頼関係の破壊を理由として賃貸借契約が解除された場合には、転貸借契約の効力がなくなりCからの明渡しを請求する余地がある。2 原賃貸借契約の不履行解除と転貸借Cは、賃貸人の承諾ある転貸借の地下1階部分の占有権原を有している可能性あり、したがって、所有権に基づく返還請求権を根拠とするAの請求は認められない。しかし、原賃貸借契約の債務不履行を理由として賃貸借契約が解除されると、それにともない転貸借も終了するのが原則である(最判昭和36・2・21民集21巻号326頁参照)。ただし、建物賃貸借などの居住用建物の賃貸借の場合だけでなく、事業用の建物の賃貸借においても、BがCに乙ビルの地下1階部分の引渡しを受けていることから、Bの賃借権も、対抗力のある賃借権である(借地借家法31条)。そこで、判例の中には、原賃貸借契約の解除を適法な転借人に対して主張するためには、転借人に対して、原賃借人の未払賃料の催告をなす必要があるとした上で、その後の代金の支払を催告する必要があるとする見解がある。これは、原賃借人の未払賃料について転借人に第二次的弁済の機会を与え、原賃貸借契約の継続を回避させようとするものである。しかし、判例(最判昭和37・3・29民集16巻3号603頁)は、賃料の延滞を理由として賃貸借契約を解除するためには、転借人に対して催告しなければならないが、賃料の支払の機会を与える必要はないとしている。原賃貸借契約の当事者ではない転借人に対する催告を賃貸借契約の解除をその要件として加えることを理論的に説明することは難しいこと、また、原賃貸借契約を承認したことによって、賃貸借契約上、原賃借人は原賃借人との関係で、転借人に賃貸目的物を使用収益させる義務を負っているわけではないからである。転貸借の承認は、原賃借人の使用収益権限の範囲内で、原賃借人以外の第三者が賃借人と独立して賃貸目的物を使用収益することを容認しているにすぎないものと解される。3 原賃貸借契約の終了と転貸借の関係原賃貸借契約は、契約の当事者を異にする別個の契約である。したがって、理論的には、原賃貸借契約が解除されたからといって、転貸借契約が当然に終わるわけではないことになる。契約の効力は、契約の当事者間でしか生じないのが原則であるからである(契約の相対効の原則)。しかし、参考判例①は、「賃借人がその債務の不履行により賃貸人から賃貸借契約を解除されたときは、賃貸借契約の終了を転借人に対抗し得た。そもそも、賃貸借の終了を目的とするものを相当とする」と判示した判決の趣旨を汲んで、土地賃貸借の転貸人に対する土地明渡請求を認容している。2017年民法改正によって、上記判例理論は、承諾のある場合に、賃貸人が賃借人の債務不履行を原因として解除権を有しているときは、原賃貸借の解除をもって転借人に対抗できるとする規定によって明文化されることになった(613条3項ただし書)。この結果、転借人は、債務不履行解除を原因とする原賃貸借契約の終了によって、転借権に基づいて占有権原があるとはいいえないことになるが、なぜこの場合に転貸借契約も当然終了するのかについては、改正後も判例理論として解されることになる。この点、参考判例②は、原賃借人が転貸人の賃料不払を原因として原賃貸借契約が解除された場合に、転借人が転借権の消滅を承諾せざるを得なくなるかどうか問題となった事案において、原賃借人が賃借人の債務不履行を理由とする契約解除により終了した場合、転貸借は、原則として、賃貸人が転借人に対して目的物の返還を請求した時に終了すると判示した。これらの判例の考え方からすると、原賃借契約が終了した場合の転貸借契約の効力については、以下の2つの説明の仕方があるように思われる。①一つは、原賃借契約の転貸借の承認を、「賃借人が転借人を使用収益するだけでなく、賃借人が第三者に使用収益させることも可能とする権能と捉え、転借権は原賃借権の債権(賃貸目的物を使用収益する権能)に内包されていると説明する法が考えられる。この見解では、原賃貸借契約が転貸借契約とは別の契約であるため、賃貸借契約を解除した場合には、転借人は賃貸借契約がないから、転借人は転借権を有効に主張できないとする理解が前提となり、承諾転貸であっても原賃貸借契約が終了すれば転借権を原賃貸人に主張できなくなると解することになる。つまり、上の見解では、民法613条の「承諾」は、賃貸人による転貸借契約を承認するという効果を生じていることになる。もう一つは、原賃貸借契約の終了が終了したとしても転借人に対して、転貸人は対抗しうるとしても転借人に対抗しえない結果、転貸人の転貸借契約の履行が不能となると考え、転貸借契約の債務不履行を構成する(転貸人の担保責任)との理解もある。転貸借契約を解除するに足りるほどの債務不履行であれば転貸借契約は解除しうる。第1の見解では、原賃貸借契約が信頼関係の破壊を理由に終了した場合、これに準じて、第2の見解では、両契約が別個の契約であることを前提としながら、転貸借契約も、転貸借による使用収益させる義務の不履行を原因として転貸借契約自体が終了すると構成されており、このことが判例の立場である。参考判例②でも、賃貸人から請求された時点で転貸借契約は終了することになるから、賃貸借契約の終了により転貸人の義務が消滅することになる。もっとも、転貸借契約につき転借人の解除の意思表示が必要かどうか、また、転貸借契約において転貸人に帰責される債務不履行の理由を何とするのかをめぐっては、第2の見解に立つ学説内部でも見解の対立がある。参考判例②の事案と異なり、賃貸人が転借人に賃貸目的物の返還を催告する見解と、賃貸人が事業上転貸人に使用収益させることができなくなったと判断する見解、転貸人が不履行を原因として転貸人に解除の意思表示をした時点であると解する見解がある。原賃貸借契約の合意解除をもって転借人に対抗できないとする判例(最判昭和32・2・21民集11巻1号219頁、最判昭和34・12・17民集13巻3号460頁など)が民法613条2項本文として明文化されたこと、原賃貸借契約ではあっても、信頼関係が破壊されていることを理由として民法612条に基づいて原賃貸借契約を解除できる場合には、原賃貸借契約の合意解除をもって転借人に対抗できないとする判例(最判昭和62・3・24判時1235号61頁)があること、さらには、サブリースの事案ではあるが、原賃貸借契約の期間満了をケースについても、原賃貸借契約が当然に終了するわけではないとする判例(最判平成14・3・28民集56巻3号602頁)からすると、個々の事情に基づいて判断されるものと解される。なお、建物賃貸借が終了に伴って転貸借契約が終了する場合には、転借人を保護するために、賃貸人は転借人に対して通知をしなければ対抗できない(借地借家法34条1項)。通知したときは、建物転貸借はその通知がされた日から6か月の経過をもって終了する(同条2項)。◆設問問題◆AがBから自転車を月額1000円で1年間(4月1日から翌年3月31日)賃借し、通勤に利用していた。ところが、CがBからAの自転車がCの所有物であることを聞いた。Cと交渉したが、Cから遠く返還を求められたことから、AはCから8月1日に自転車を返した。AはBから9月分までの賃料合計3000円をBに支払っていたものとする。(1) Cは、AとBがBに支払うべき7月分から9月分の賃料相当額4000円の返還を求められるか。(2) BがCに対して7月分の賃料1000円の支払を請求してきた。AはBにこれを支払わなければならないか。●参考文献●*吉田克己=高見沢=大久保=物権法=143頁/山下純司=契約法=平成9年(2)220頁/千葉恵美子=民法Ⅰ=30頁/中田=431頁 (千葉恵美子)
『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日
ISBN978-4-7857-2992-9
売買目的物の種類・品質に関する契約不適合責任
2025/09/03
小規模なワイナリーながら自らの高いワインを生産することで知られているXは、ワインの貯蔵庫を増やすにあたり、Yから、「高いワインの10本組」の趣味が好きなもので、彼が十分に親しんでいる特級のヴィンテージワインを20本、この貯蔵庫にあるものから選んで売ってほしいと頼まれ、1本当たり1万円で売買することに合意し、うれしそうにワインを引き渡すこととなった。しかし、そのうちの10本について、Xの意に反するものであったことが判明した。ワインの貯蔵庫自体は無事であったものの、そこまでの通路が通行不可能となっており、貯蔵庫からワインを取り出すためには100万円の費用を要することとなった。もっとも、Xは、火災の直前に、依頼されていた20本についてだけではあったが、Xは貯蔵庫からワインを選びだすことができていたので、約束の期日にそれをYに引き渡して代金を受け取った。翌日Yは、受け取ったワインのすべてに曇りがないことに気が付き、そのことをすぐにXに伝えたものの、曇りにより甚大な被害を受けたXに同情する気持ちもあり、その曇りは具体的な対応を求めなかった。Xとしては、貯蔵庫から手づかみで選び出したワインを、曇の有無について確認することなくYに引き渡してしまっていたものの、曇の有無によって価格差はもとより一般的に品質の差はないほうが好きであることもあり、Yからの知らせを受けた後も何もせずにいた。それから1年半が経過し、Yはそのワインのうちの1本を飲んだ際に、いつものXの特級のワインとは異なる味であったことに問い合わせたところ、購入したワインのうちの10本は、ラベルの貼り間違えによってその中身がより品質の低い2級のワインであったことが判明した。なお、Xの2級ワインの市場価格は、契約締結時点では特級1万2000円、2級は9000円であったが、その後のワイナリーの喧伝による希少性から2級のものの価格は高騰しており、YがXにワインを引き渡した時点で、特級は4万円、2級は1万4500円となっていた。以上の事実において、Yは、Xに対してどのような請求ができるか。これに対し、Xは、どのような反論をすることができるか。●参考判例●① 最判平成10・10・20民集46巻7号1129頁② 最判平成22・6・1民集64巻4号953頁●判例●1 売買目的物に関する契約不適合責任とその救済手段売主の担保責任をめぐる問題に関しては、2017年改正により、契約の内容に適合した権利の移転・目的物の引渡しをなすべき義務を承認することを前提として(契約責任の採用)、その義務の不履行に関する責任の法的性質に関する統一的・整合的な捉え方が行われている。これにより、2017年改正民法の規定に基づき抜本的な変更が行われている。これにともない、2017年改正民法(以下、「改正民法」という)では、目的物の瑕疵と権利の瑕疵とを区分して個別的に規定され、また、その瑕疵担保責任は無過失責任とは異質の責任として(法定責任として)理解されることもあった売主の担保責任の制度は、物・権利に関する契約不適合を理由とする債務不履行責任についての規律として、一元的に整理・統合されることとなった。ここでは、目的物の種類・品質・数量に関する契約不適合を理由とする売主の救済手段として、追完請求権(562条)、代金減額請求権(563条)、損害賠償請求権および解除権(564条)についての規定が置かれ、そのうえで、以上の諸規定が権利の契約不適合の場合(権利の一部が他人に属する場合を含む)についてもそのまま準用されている(565条)。2 目的物の契約不適合の意義目的物の契約不適合に関する責任が認められるのは、「引き渡された目的物が、種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるとき」であり、目的物が不特定物か特定物かは問われないものの、目的物が引き渡されていること(不完全履行があること)を要する。改正民法562条における「種類」の意義に関しては、①従来の目的物が到達すべき通常有するべき性質を欠いていることを意味する②売買契約(客観説)と、②当事者が契約において合意した性質を備えていないことと解する立場(主観説)が対立しており、主観説が有力だが(参考判例②)、より共通的であったので、改正民法では、目的物の品質に関する契約の適合性の要件等、目的物について当事者がいかなる品質を予定していたのか、またその欠陥等をどこまで契約に織り込んでいたのかを踏まえて判断される契約解釈を通じて判断されるため、その判断の背景は主観説の立場と親和的なものとなっている(品質契約に適合しない不適合について、信頼の原則等を基礎とする解釈がなされる)。また、主観説の根拠とする旧民法570条は削除された。損害という要件(買主側の損害の発生を要件と解されている)が削除されたのだが、その要件の趣旨については売主の無過失責任の性質によって理解しきれると考えられたため、2017年改正により(隠れた)という要件は外されている。3 目的物の契約不適合に関する買主の救済手段(1)追完請求権2017年改正により、契約不適合一般についての統一的な救済手段として、買主の追完請求権に関する規定が新たに設けられ、目的物の修補・代替物の引渡し・不足分の引渡しによる履行の追完を求める権利が買主に認められている(562条1項)。改正民法に関しては、債務不履行における救済手段として規定を置くことも検討されたものの、最終的には、そのような一般規定を置くことは見送られたため、追完請求権は、契約不適合に関する不履行の救済手段に対する規律の特則としての意義を有している。追完請求権の行使方法につき、民法562条1項は、修補・代替物の引渡し等の追完の方法に関してはまず買主が選択して請求することができるとしたうえで、売主に買主に不相当な負担を課しない範囲において、買主とはそれとは異なる方法での追完をすることができる旨を規定している。また、追完請求権の排除事由については、契約不適合が買主の責めに帰すべき事由による場合が定められている(同条2項)。ほか、債務不履行の一般規定に従って、追完の不能(412条の2第1項)の場合───「債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるとき」───にも、追完請求権は排除される。なお、不能に関する以上の表現は、物理的不能だけでなくいわゆる社会通念上の不能を広く含んでおり、これをどのように解するのかについては、今後の判例の集積にまつところとなる。(2) 代金減額請求権買主の代金減額請求権については、改正前民法では数量不足の場合を除き認められていなかったところ、2017年改正に際して、代金減額請求権によって目的物の契約不適合を維持する必要性は、以上の場合に限らず、一般的に認められるものと考えられた結果、代金減額請求権の要件を緩和し、その対象を広げることになった(563条)。代金減額請求権の要件としては、改正前民法が一部解除権として性質を有することを前提として、解除と同様の枠組みが採用されている。すなわち、①代金減額請求をするためには、催告解除の場合(541条本文)と同様、追完の催告をしたうえで相当期間の経過を待たなければならない(563条1項)、②催告で代金減額をすることができる場合につき、無催告解除の場合(52条)と平仄を合わせた要件が定められている(563条2項)、③代金減額請求権は無過失責任ではないので、解除の場合と同様に、発生の帰責事由は代金減請求の要件とはならない一方、契約不適合が買主の帰責事由による場合には代金減請求は認められないこととなる(同条3項)といった整理がなされている。このように、売主に帰責事由がないことによって損害賠償請求権が認められない場合においても、現行民法の損害賠償権があることによって追完請求が認められる場合においては、代金減額については行使可能であるという点に、その存在意義があるといえる。代金減額の算定方法や基準については、明文の規定は設けられておらず、解釈にゆだねられている。この点につき、まず、代金減額の算定方法については、目的物が契約に適合していた場合の価額と実際の目的物の価額の比較に基づく減価割合に応じて代金減額が相当の範囲において認められる(相対的減価説)とみるのが有力であるものの、そのほかの客観的な評価額を基礎として算定する見解も主張されている。また、代金減額の算定の基準時については、契約時・履行時・引渡時のいずれかが基準となるとする見解が分かれており、この点に関しては、買主の代金減額請求は引き渡された物を保有する意思の下に代金額として支払った対価の返還を求めるものであることからすると、引渡時の価額を基準として引渡時までの価額の変動を考慮に入れるべきではないかという見解が有力である。これに対し、契約目的物の価値の変動に応じた救済は代金減額とは異なる(履行利益に関するものであって、契約解除によって実現されるべきである)として、契約時の価額を基準として、契約目的物の契約不適合について算定されるべきであるとみる見解も有力である。後者の見解を基準とすると、AのYに対する請求としては、2級のワイン10本について代金減額請求が認められた場合、10万円×1万円/2万円 = 5万円の代金減額となる。これに対し、契約目的物の引渡時を基準とする見解によると、10万円×3000円/1万2000円 = 2万5000円が代金減額となる。(3) 解除・損害賠償物・権利に関する契約不適合に対する救済手段として、損害賠償・解除に関しては、その要件・効果につき債務不履行の一般規定が適用されるものであり(564条)、その場合における特別な規定は置かれていない。したがって、解除の要件に関しては、改正前民法での目的物の瑕疵の場合の規定が削除されたことから、改正民法541条、542条および543条により、契約目的物の追完が不能であることなどを理由として、売主の帰責事由によるものであることを要する。損害賠償に関しても、売主の帰責事由が必要であり、賠償の範囲については履行利益にも及びうることになる。4 目的物の種類・品質に関する契約不適合を理由とする買主の権利についての期間制限改正前民法では、目的物に隠れた瑕疵があった場合につき、買主は、事実を知った時から1年以内に権利行使をしなければならない旨が定められていたところ(判例570条・566条3項)、2017年改正後においても、この種類・品質における不適合を理由とする買主の権利については、消滅時効の一般原則とは別に、買主が不適合の事実を知った時から1年間の期間制限が維持されている(566条)。すなわち、目的物の種類・品質に関する契約不適合を知った買主は、不適合を知った時から1年以内に不適合の事実を売主に通知する義務を負い、この義務を怠った場合には買主は契約不適合を理由とする権利を行使できないこととされている。なお、従来から権利の権利の保存のために1年の期間内に行うべきことにつき、「売主の担保責任を問う意思を明確に告げること」で足りるとしつつ、その具体的内容として、「売主に対し、具体的に瑕疵の内容とそれに基づく損害賠償請求をする旨を表明し、請求する損害額の算定の根拠を示す」ことなどが必要となるといったのに対し(参考判例①)、2017年改正により、不適合があることの通知のみで買主の権利が保存されることになり、判例の立場よりも買主の権利保存にとってより緩和された取扱いとなっている点に留意を要する。また、買主の通知義務を基礎とした1年の期間制限については、引渡しの時に売主が不適合を知りまたは重大な過失によって知らなかったときは、そのような保護を与える必要性に乏しいことから適用されないものとされている。なお、566条ただし書によりこの期間制限を適用しないものとされている買主の期間制限に関する規律は、消滅時効の一般原則の適用を排除するものではなく、期間内の通知によって保存された買主の権利は、引渡時から10年または不適合を知った時から5年という二重の時効期間のもとで、消滅時効にかかることとなる(166条1項)。◆設問問題◆(1) Xは、不動産販売業者のYからマンションの1室を購入し居住していたところ、Xの過失なく火災が発生し、Xの居室内で火災が発生した。Xの居室にはその専有部分に防火扉が設置されていたが、防火扉の電源のスイッチが切られていた状態でYからXに対し特別の注意もないまま引き渡されたため、本件火災の際に防火扉は作動しなかった。Xは、防火扉が正常に作動していたならば延焼が及んでいなかったはずの居室内のA区画において、火災により重損害を負った。なお、焼損したA区画の壁や天井等を修補するには、500万円の費用がかかる見込みである。Xは、Yに対してどのような請求ができるか。これに対して、Yはどのような反論をすることができるか(参考判例①・最判平成17・9・16判時1912号8頁)。(2) Xは、A不動産の分譲アパートを建築するためにBと土地の売買契約を締結するについて、A不動産業者のYに相談したところ、Yの所有・管理しているB土地を3000万円で購入することになり、その旨合意の上、代金の支払とB土地の引渡しが行われた。その後、YはC都市計画審議会により将来的に都市計画道路が整備される予定区域内にあり、そこにはXの予定する規模のアパートを建築することができないことが判明した。Xは、Bが土地の使用制限を受けていることについては知りえなかったものの、Xは、自らの調査によりそこでのことを把握していたものの、近所の許可等の緩和によって4階建ての建物を建てることは可能であると判断していた。以上の事実において、XはYに対してどのような請求ができるか。これに対し、Yは、どのような反論をすることができるか。●参考文献●*後藤巻則「契約法259頁/長坂純「新民法講義1」(信山社:2021)112頁/後藤巻則『契約法講義』(第4版)(弘文堂:2017)296頁/ポイント講義 民法(石川博康)
『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日
ISBN978-4-7857-2992-9
数量不足を原因とする責任
2025/09/03
Aは、自己の所有する土地にAの費用で建物を建設するのに適当な土地を探していた。不動産業者Bは、P市役所に勤務する自己の友人C(以下、「本件土地」という)をAに紹介した。Aは、Cとの間で本件土地の売買契約(以下、「本件契約」という)とともに、P市に申請するための公簿上の面積165.5平方メートルと記載のあった、AはCとの話合いで本件土地は閑静な住宅街にあり、Aが計画している建物を建築するのに好適であったが、Aは本件土地の購入後の測量の結果、5000万円で本件土地を買い受けることになった。そこで、Aは、本件土地に隣接する場所の建物を建築した場合の眺望を害しうるかたちで、借地権を取得を100万円にならないかなどと折衝した。Bはそれでもよいという趣旨の回答を得た。また、Aは、本件土地の実測面積をBに尋ねたところ、Bは公図の写しをAに交付した。この公図には、面積が50坪である旨が記載されていた。Aはこれをみて、本件土地の実測面積が50坪であると理解した。こうして、AとCとの間で、本件土地を5000万円でBから購入する旨の契約(以下、「本件契約」という)を締結して、登記簿には、本件土地について、実測面積の50坪(165.5平方メートル)と記載されていたが、地積測量図には記載されていなかったが、本件土地の引渡後、本件土地の実測面積が実際には47坪(約148.5平方メートル)しかないことが判明した。Aは、BにCを介して代金減額を主張し、さらに、地上建物の建築面積が小さくなることで建築予定よりも規模を縮小せざるをえなくなるなどと述べて、これによる損害賠償を求め、BもBがこれに応じないならば本件土地はいらないので契約を解除すると主張した。このようなAの主張は認められるか。●参考判例●① 判例昭和43・8・20民集22巻8号1692頁② 最判平成13・11・22集民203号743頁③ 最判昭和57・1・21民集36巻1号71頁●判例●1 数量不足の法的性質売主は、種類、品質または数量に関して契約の内容に適合した目的物を買主に引き渡す義務を負う。このため、引き渡された目的物が契約内容に適合していなかった場合、買主は、売主に対し、履行の追完を請求することができる(562条1項)。さらに、買主は、催告なしに、一定の要件の下で、代金減額請求(563条・541条)をすることができる。裏を返せば、契約内容に適合した目的物を引き渡さなかった売主は、これらの責任を負う。このような売主の法的性質をめぐり、2017年改正によってこの争いに終止符が打たれることになった。前述のとおり、売主は、契約内容に適合する目的物を引き渡す義務を負っているのであるから、この義務に違反することは債務不履行であり、したがって、売主が負う上記の責任は、債務不履行責任の一種と位置付けられる。このことは、買主の損害賠償請求権についても債務総則規定である民法415条が準用され、契約解除についても契約総則規定である民法541条および542条が準用されていることにも表れている。2 数量不足と契約不適合売買された目的物の数量に関する認識が契約の内容に適合していないことを、契約不適合という。契約書に目的物の数量に関する記載がある場合において、その数量を満たしていないことは契約不適合に当たりうるが、常にそうなるとは限らない。単に目的物の数量が契約の中で表示されているだけでは、当該目的物がその数量を有することが契約内容となると、言い換えれば、当該目的物が一定の数量を有する目的物を引き渡す義務を負うことを意味する。たとえば、当事者において目的物の数量に関する合意をすること、その一定の面積、容積、数量、員数または尺度があることを売主が契約において表示し、かつ、この数量を基礎として代金額が定められた場合に、はじめて、目的物がその数量を有することが契約の内容になったことを示す重要な事情となると解される(参考判例①)。土地の売買では、目的物を特定表示するのに登記簿の記載の坪数を掲げるのが不動産の取引における慣習であるため、登記簿記載の坪数は必ずしも実際の坪数と一致するものではない。このため、登記簿記載の坪数が売買契約書に記載されているだけでは、目的物たる土地の登記簿記載の坪数を有することを売主が表示したとただちにいうことはできない(最判昭和14・8・1民集18巻837頁)。たとえば、目的物たる土地を特定するだけの意味合いで、登記簿の記載がなされた坪数が契約書に書かれるにすぎないと解される場合もあるからである。他方で、契約書記載の公簿面積のみが記載されている場合でも、当事者において公簿面積の坪数を基礎として同じ価格で面積に比例して代金額が算定されることがある(参考判例①)。この争いは終結したが、土地の売買契約で数量不足の契約不適合が肯定されることがある(参考判例①)。本問では、契約書に公簿面積の記載がされているだけでなく、坪単価は記載されていない。しかし、本件土地は広大な山林等ではなく住宅街にある規模な土地であって、Bの仲介により行われた点に付随して代金交渉が行われている。これに照応して両当事者の交渉が行われたこと、Aは、本件土地の実測面積について価格交渉がなされたこと、および、Aは、本件土地の実測面積の公図に記載された坪数と同じと認識しており、Aは6坪も本件土地が公簿面積からずれると、単純にこの坪数を乗じて代金額を算定したのであることから、本件土地が公簿面積を有することが契約内容となったと解する。3 買主の権利本件土地が数量に関する契約不適合と評価される場合において、前述した買主の権利が認められるためには、さらにどのような要件が必要であろうか。第1に、追完請求権については、追完が可能であること、契約不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものでないことである(562条2項)。これに対し、契約不適合が売主の責めに帰すべき事由によるものであることは必要ない。本問のように目的物が土地の場合、隣地が他人の所有地であることの理由から不足分の土地を引き渡すことができず、追完が不可能と評価されることが多いであろう。第2に、代金減額請求については、追完が可能な場合は、買主は、相当期間を定めて追完を催告し、この期間内に追完がない場合にはじめて代金減額を請求することができる(563条1項)。追完が不可能な場合は、催告は無意味であるから、無催告で代金減額を請求することができる(同条2項)。第3に、契約解除についても、買主は、追完が可能な場合は催告を経由して解除することができ(541条)、追完が不可能な場合は、民法542条1項各号の要件を満たせば無催告で解除をすることができる(542条2項)。本問が後者の場合に当たるとすれば、残存する部分だけでは契約目的を達することができないこと等の解除の要件となる(同項3号)。本問では、本件土地の面積が不足してもその程度が小さく(有効なもの)として使用する建物の建築ができること、Aは本件土地の面積よりもむしろ立地を気に入り購入に心をもっていたことがうかがえることから、この要件を満たすとは考えにくい。第4に、損害賠償請求については、債務不履行に基づく損害賠償に関する通則に従う(564条参照)。したがって、契約不適合が、契約および取引上の社会通念に照らして債務者たる売主の責めに帰することができない事由によるものである場合は、買主は損害賠償を請求することができない(415条1項ただし書)。本問では、本件土地の公図に50坪という記載があり、Bはこれを実測面積と同じであると認識したとみられる。しかし、Bは不動産業者であり、一般的には登記簿面積が実測面積と異なることがありうることを知っていたはずであるともいえる。さらに、本件土地の面積が契約内容に適合していないことによって、Bがどのような損害を被ったのかも問題となる。不足分である3坪の価値相当額(300万円)については損害に含まれるとしても(代金減額請求する場合を除く)、当初予定よりも土地が少なくならざるを得なくなったことによる損害については、なお検討すべき問題がある。なぜなら、費用の項目は、客観の数だけでなく、現実される損害の質や価値によって大きく左右されるものであって、地上建物の費用の内訳を当初予定よりも少なくせざるを得なくなったからといって、予定どおりの客観数であった場合に比べて費用が低くなるものとは直ちになりえないからである。もっとも、当初の事業それ自身の価値を観念することは可能であり、その事業価値は建物の規模、すなわち客観の数によって変わる可能性がある。この観点から損害を観念するならば、上記の問題を克服できるかもしれない。4 損害賠償の範囲本問において、数量に関する契約不適合を理由にAがBに対して損害賠償を請求することができるとした場合、賠償の範囲はどのように算定されるのであろうか。前述のとおり、数量に関する契約不適合は債務不履行と位置づけられるので、賠償の範囲は、民法416条に準じて算定される。すなわち、数量不足によって買主が被った損害のうち、数量不足によって通常生ずべき損害、およびBが可能性のある特別事情から生ずべき損害が、賠償されるべきことになる。その結果、履行利益も、それだけで一律に賠償が否定されるのではなく、賠償の範囲に含まれることがある。本問では、不足分である3坪の価値相当額が賠償の範囲に含まれることは明らかであるとしても(416条1項)、本件土地の価値が3坪分不足していたことによる減収(このような事態を認識することができたとした場合)ないし費用の内訳の事業価値の減少については、特別事情によって生じた損害(同条2項)と解されるため、Bにおいてこのことを予見できた可能性があると評価するか否かによって結論は分かれる。その際、Aが本件土地に建物を建設して利用する意思を予見することをBが負っていたこと、Aは本件土地が50坪の面積を有することに特に重要な意味であると認識していたか疑わしく(BがAの意思をどのように理解していたかといったように見受けられるといった事情が考慮されることになるだろう)(参考判例②)。◆関連問題◆和歌山県内でスーパーマーケットを営むAは、マグロの刺身を特売品として販売することを予定し、3月3日の折り込み広告に「和歌山産マグロの刺身を限定200パック」と記載して宣伝した。同日早朝、Aは魚市場に赴き、水産業者Bに折り込み広告のことを伝え、200パック分の刺身がとれる大きさのマグロが欲しいが適当なものがあるか否かを尋ねた。Bは、100キロ超級でないと200パックの刺身はできないと答え、これに見合うマグロ(以下、「本件マグロ」という)をAに示した。本件マグロのいれられた箱には「100キロ、和歌山産、キロ3000円」と書かれていた。こうして、Aは、Bとの間で、本件マグロ1本を購入する旨の契約を結んだ。代金額は、30万円と合意された。Aが本件マグロをスーパーマーケットに持ち帰り調理したところ、その重量は90キロしかなく、これを刺身にしたところ180パック分しかできなかった。契約から2日後の3月5日の時点において、Aは、Bに対して、どのような法的手段を講ずることができるか。なお、Aはまだ代金を支払っていない。●参考文献●*森田宏樹・百選Ⅱ 106頁/田中洋『数量に関する契約不適合と損害賠償の内容』岡山大学法学会雑誌70巻3号(2021)271頁/中田・契約法 326頁 (松井和彦)
『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日
ISBN978-4-7857-2992-9
他人物売買
2025/09/03
Xは、4月15日に、Yとの間で、当時Aの所有であった土地(以下、「本件土地」という)を、代金2000万円で買い受ける旨の契約を締結し、即日内金として500万円を支払った。当時、YはAから本件土地を賃借中であったが、Aが相続税の原資から本件土地を売るべく一部の所有地を売却し、買替人らに譲渡したため、Yにも買替人として当然本件土地の譲渡を受けることができるとしていた。Xも、本件土地がAの所有であることを知っていた。Yは、3日後の4月18日に、Aの代理人と称するBとの間で、Aから本件土地を代金1500万円で、同年5月末日までに所有権移転登記手続を完了するという約定で買い受ける旨の契約を締結した。本件土地を買い受けるに当たり、Yは、1年ほど前に、YがAから本件土地以外の土地を買い受けた際にBがAを代理していたことから、今回も、BがAを代理して契約を締結したものと思っていた。ところが、その後、AのBの代理権を否定し、Yの所有権移転登記手続請求に応じなかった。YはAから本件土地の所有権移転登記手続を受けるべく、4年ほど努力を重ねたが、Aの固い翻意X・Y間の売買契約の代金である2000万円を支払うことで、その契約をすることができなかった。そこで、Yは、契約締結から4年が経過した12月22日にXに対し、本件土地の所有権移転登記手続を受けることができない旨を伝えた。Xは、その通知を受けた2日後にAとの間で、Xが直接Aから本件土地を買い受ける旨の約定をし、翌年5月15日までに代金3000万円を支払って、同日、本件土地の所有権移転登記手続を完了した。Xは、Yに対し前記売買契約を解除して、すでに支払った500万円の返還を請求するとともに、本件土地をAから購入した際の代金とYとの売買契約の代金との差額1000万円を損害として賠償請求することができるか。●参考文献●① 最判昭和41・9・8民集20巻7号1325頁② 最判昭和50・12・25金法784号34頁③ 最判昭和25・10・26民集4巻10号497頁●判例●1 売主の権利取得移転義務X・Y間の売買は、A所有の土地の売買であるが、民法561条により、売主であるYは、土地の所有権を取得して、買主であるXにこれを移転する義務を負う。民法では、売主が権利を取得して買主に移転する義務を負うことを前提に、一般原則に従って、買主は、売主に対し、損害の賠償を請求し、契約の解除をすることができるものとされている。改正前の通説において、2017年改正前民法(以下、「旧民法」という)561条自体が規定していた買主にとっての法的救済に関しては、「売主がかかる内容の権利移転義務を負っていることを契約締結により確認したうえで、その義務を履行したか否かを問題にすれば足り」、買主が悪意であることを理由に一律に責任をおわせるべき実質的理由はない」とされ、また、改正前民法560条が規定していた善意の売主の解除権についても、「権利移転義務を履行しえない売主と契約締結の選択肢を与える合理的性がある」と指摘されている。あるいは、「善意であることのみで売主に契約から離脱する権利を認めることは」、「売主が他人の権利を取得して買主に移転する義務を負わないことと矛盾する」などとして削除された。改正前民法では、同法561条が規定する売主の担保責任と、同法560条が規定する売主の権利取得移転義務の債務不履行との区別が認められていた(参考判例①②)。同法561条が削除されたため、債務不履行だけが問題になる。債務不履行の前提となる同法560条が規定していた売主の権利取得移転義務については、原則的な形態を前提に契約締結になる場合を含めて、他人物売買を有効にしても売主の権利移転義務を負わせるものと判断される余地があった(参考判例①参照)。しかし、契約成立後に売却できるものも契約は有効となるとされたことから(415条の2第2項参照)、民法561条の担保責任と売主の権利取得移転義務の区別は厳密ではなくなった。この売主の権利取得移転義務の内容は、契約の解釈によって定まることになろう。いずれにしても、債務不履行の一般原則に従って、契約の解除の根拠は民法542条、損害賠償の根拠は民法415条になる。2 契約解除と損害賠償の請求民法542条によって解除し、支払った代金返還が認められるためには、AがYと本件土地について売買契約を締結したこと、②Yが本件土地を取得して移転することが不能であること(542条1項1号)、「債務の全部の履行が不能であるとき」)と③XY間において売買契約締結の意思表示をしたこと(540条)、④XがYに催告の意思を表示したことが必要である。特に問題となると思われるのは、履行不能の要件である。履行不能は、契約その他の債務の発生原因および取引上の社会通念に照らして判断され(412条の2第1項、催告無催告解除)、物理的に不可能な場合に限らないとされている。本問の場合は、Xが直接Aから本件土地を購入しており、解除の時点で履行不能となっていることは疑いがない。しかし、債務の不履行がXの責めに帰すべき事由によるものであるときは、Xは解除できない(543条)。この規定は、民法536条2項が、債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときに、債権者は反対給付を拒むことができないものとした。したがって、契約の解除を認めると矛盾することがあるためである。債権者の帰責事由は、契約の趣旨に照らして判断されるが、契約の解除や危険負担と、債務不履行による損害賠償では、その制度趣旨が異なることから、その帰責事由に関する判断も異なる結果となりうるとされている。本問の場合は、Xが所有権移転登記手続を受けることができない旨を通知した時点で、契約締結から4年ほどが経過しており、すでに履行不能と評価できるような状況にもある。Yの契約不履行の帰責事由については、その帰責事由が「あった」(旧543条ただし書)。しかし、改正に際して、債務不履行による解除の制度は、債務者に対して当初の契約の拘束力からの解放を認めるための制度であること等を理由として、債務者の帰責事由の要件は削除された。解除が認められれば、Yは、既払金500万円に、受領時からの利息を付して返還しなければならない(545条2項)。3 債務不履行による損害賠償請求契約を解除した場合であっても、損害賠償の請求をすることができると認められる(545条4項)。民法415条による損害賠償請求の要件は、①X−Y間の売買契約の締結、②債務(権利取得移転義務)の不履行であること、③損害の発生とその数額、④Yの帰責事由があることである。履行不能について帰責事由がないことは、Yの免責事由である。立証責任は債務者にあり、「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」判断される(415条1項ただし書)。判例(参考判例③)は、「軍事行動等の非常事態によれば、商売履行不能は故意または過失によって生じたものと認める余地が十分にあっても、未だもって取引の通念上不可抗力によるものと解し難い」として、履行不能がYの責に帰すべき事由によるものと認められないとした原判決を破棄し差し戻しており、不可抗力による場合は債務者は免責されないかのような対応が示されている。「不可抗力」とは、戦争や自然災害のような、外部に由来する、当事者にその危険を負わせることのできない、避けられない現象であると一般に理解されており、故意・過失がない場合であっても不可抗力とならない場合があると考えられる。したがって、不可抗力による場合以外は、債務者は免責されないのだとすれば、債務不履行における債務者の帰責事由についての従来の理解に比べて免責の範囲が狭きすぎるように思われる。ただし、具体的にどのような場合に帰責事由がないとされるのかは問題である。この点に関し、先の判例は、改正の議論において、「権利の取得に関する売主の負担を軽減するに当たり、売主の免責を目的の権利の移転が不能なことまで引き受けていなかったについての契約解釈の結果を必要とする有責性の認識は、裁判実務においても享受されていると思われる」例として挙げられており、何が債務者に帰責されるのかは、契約の解釈によることになる。売買契約のような有償契約においては権利を移転できない以上、不可抗力による場合を除いて売主の帰責事由が認められるとするのが主流とされている。本問においては、Yが、Bを相手として契約を締結したのも、AがBの代理権を否定したこと、Aから本件土地の所有権移転登記手続を受けるべく4年ほど努力したこと、Aの固い翻意X・Y間の売買契約の代金を超えているためにAから購入できなかったことなどを、どのように評価するかが問題になるであろう。債務不履行による損害賠償請求が認められた場合、民法415条2項によれば、履行不能、確定的履行拒絶、契約の解除または債務不履行による契約の解除権発生の場合には、債務の履行に代わる損害賠償(てん補賠償)を請求することができる。本件では、XがAから購入した代金3000万円との差額は問題になるものの、本件土地が2000万円の価値があるとすれば、約定金2000万円の差額である1000万円を請求する可能性があることになる。改正前民法には、買主が悪意の場合には損害賠償請求を認めない規定(旧561条後段)が存在しており、改正前民法によれば本件で損害賠償請求が認められない。しかし、改正民法561条によれば、買主が悪意の場合には、改正民法415条による損害賠償請求は認められない。改正前民法415条による損害賠償請求が認められるとされていた。改正民法561条が削除された以上、買主が悪意であっても、民法415条による損害賠償請求は認められる。しかし、改正民法561条後段につき、悪意の買主は、売主の履行を予期するのだから、損害賠償請求権に関して保護に値しないという価値判断によるものであり、改正民法においてもなお損害賠償請求を認められないとする見解も主張されていた。民法において、売主の帰責事由について定めがないとされたのは、買主が悪意であることのみを理由に一律に救済を否定すべき実質的理由がないためであることからすれば、売主の権利取得移転義務の内容あるいは債務者の帰責事由を定める契約の解釈によっては、損害賠償請求が否定される余地がある。◆関連問題◆本問において、YがAから本件土地を取得できない理由が、X・Y間の売買契約の代金である2000万円を超えている点にあるのではなく、以下のような点にある場合には、請求は認められるか。(1) すでにX・Y間の売買契約成立時において、Aが本件土地は絶対に対象とならないと表明であった場合(2) Xが直接Aから購入したためであった場合●参考文献●*高須順一・百選Ⅱ 100頁/奥田昌道『債権各論[第3版]』(有斐閣=2013) 272頁/潮見佳男「契約法295頁 (田中教雄)
『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日
ISBN978-4-7857-2992-9
売買の危険負担
2025/09/03
Bは、2010年6月1日から別荘地30区全てを所有する土地を賃借し、その地上に木造建物を所有して住んでいた。その後、Bが2022年2月に急逝したため、Bの一人息子であるCがBを単独で相続したが、CはB自身の仕事の都合でこの建物を欲しがらず、当該建物を処分することを知り合いの不動産業者Aに依頼した。そこで、YはBの友人の一人で、Bが存命中の2015年6月15日に、Aから本件建物および敷地権の3000万円での購入について9月末までに夢を買うような形で申し込んだが、すぐにもBが急逝したことを聞きつけたものの、7月に入ってからも返事がなかった。その間に、XがCから建物を処分したいと申し込んできたため、XはYに当該建物をAの漆価を得て敷地権とともに、7月15日に代金3500万円で売却し、敷地の移転と代金支払を8月15日としつつ、それに先立つ7月20日に当該建物の引渡しを終えた。ところが、XはYから、7月25日に、8月5日にかけての海外出張で連絡が遅れたためのお詫びとともに、当該建物を購入するとの返事をもらい、手付金の履行があった。登記手続きは8月15日に行われるべきことが申し込まれていたところ、それについての確認の手間も若干は述べられていなかったが、なはすぐにXの役に立ちたいため、7月28日に代金全額をXの口座に振り込んできたため、Xはなく、やむなくCに建物の所有権についての転居届出に応じたところ、当該建物は、8月10日の深夜、隣家に発生した火災の延焼によって焼失するに至った。そこで、Xは、建物の焼失した以上、もはや移転登記に応じられないとして、Yに対して売買代金の支払を求めたが、Yは建物に移転することを目的に当該売買契約を締結しており、建物がもはや焼失して居住できないため、Xに対して代金全額の支払を拒絶したい。XのYに対する代金支払請求は認められるであろうか。●参考文献●① 最判昭和24・5・31民集3巻6号226頁●判例●1 売主における危険負担XとYとの間で、2022年7月15日に、当該建物と敷地の所有権について売買契約を締結していたが、8月10日に当該建物が火災で焼失して、もはや売買の目的を達成することができなくなっている。この点から、検討してみよう。たとえば、履行期に目的物の引渡しができない場合(412条の2第1項)、目的物の損傷が生じた場合には、その損傷が修補できるときであれば、買主は、原則として契約締結時の状態で目的物を引き渡さなければならない(521条1項)。売主であるBは、特定物が売主の責めに帰することができない事由により損傷した場合でも、買主はなお目的物の修補等の追完を請求できる(562条1項)。それでも、特定物が買主の契約締結後履行期前に目的物が売主・買主の双方の責めに帰することができない事由により損傷して追完が不能な場合や、目的物が同様に両当事者の責めに帰することができない事由によって滅失した場合には、もはや買主は目的物の契約に適合した状態での引渡しあるいは引渡しそのものを請求できない(412条の2第1項)。では、買主の代金支払義務の運命はどうなるのであろうか。双務契約は、一般に、一方の債務が存続する限りで、他方の反対債務も存続するとされる(いわゆる存続上の牽連関係と呼ばれる)。したがって、双務契約におけとができない事由に基づいて履行不能となると、一方の当事者の反対債権の履行を請求しても、相手方当事者が履行を拒絶することができる(536条1項)。さらに、契約当事者は、一方当事者の債務の履行が不能となっているため、契約の全部を解除することによって(542条1項1号)、自らが負担している反対債務を消滅させることができる。したがって、売買契約で、売主の目的物の引渡義務が両当事者の責めに帰することができない事由によって滅失して、売主の所有権移転義務および引渡義務が履行不能となれば、買主が売主に対し引渡しを請求できなくなるのはもちろん(412条の2第1項)、売主も買主の代金支払を請求しても、買主は代金支払を拒絶することができ(536条1項)、売買契約自体を解除することもできる(542条1項1号)。すなわち、目的物の滅失の危険は、履行不能となる債務の債務者である売主が負担することになる(危険負担におけるいわゆる債務者主義)。2 債権者主義の例外ところが、不特定物売買で特定に関する債権者の指定または移転を内容とする売買契約、すなわち売買契約では、目的物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失・損傷することで、債務者の債務が履行不能となっても、売主における代替債権という反対債務はなお存続すると定められていた(2017年改正前民法534条1項)。いわゆる、危険負担における債権者主義(買主負担主義)と呼ばれる仕組みである。そこでは、目的物の引渡債務が原始的に成立しており、その目的物の売買契約において債権者たる買主が危険を負担することになるため、その反対給付たる代金の支払の拒絶ができない、いわゆる牽連関係の例外を認めることで実現すると考えられていた。そこでは、売主における債務の履行が不能であるにもかかわらず、代金支払を拒絶できないこと自体は、もはや正当化できない。しかも、そもそも売買契約が目的物引渡とは異なる危険の負担を定める特別の合意であるにもかかわらず、民法に常に規定する必要があるかは、立法論として大きな疑問であった。それゆえ、2017年改正民法では、危険負担の原則を債務者主義に一本化したうえで、この仕組みは廃止された。用では明らかに不都合が生じる。むしろ、目的物に生じたリスクを最もよく回避できるものがその目的物を支配するものであるから、目的物を支配する者がその物の生じるリスクを負担するというのが合理的であろう。したがって、改正民法は、目的物の支配が売主から買主に移転するときに危険も負担するといった当事者の合理的な意思解釈にたって、2017年改正民法534条1項の適用を排除してきた。そのため、改正民法は、同条を削除して、上述のとおり、売主が危険を負担することとした(536条1項・542条1項1号)。3 目的物支配の内容しかし、従来の学説も、いつまでも売主が目的物の危険を負担するわけではなく、危険負担が売主に移転すると解してきた(支配移転説)。目的物の滅失・損傷のリスクを誰に負担させるべきかは、目的物を現実に支配する者であるべきである。したがって、支配移転説は、目的物の現実的な支配が目的物の引渡し、不動産の場合は引き渡しまたはそれに代わる登記のいずれかが買主に移転することで危険も買主に移転すると解してきた。従来の学説・判例では、不動産の売買であっても、目的物の引渡しによって危険が完全に買主に移転すると定めて、目的物の現実の支配の引渡しに限定している(567条1項後段)。なお、参考判例①は、売買目的物が空襲で焼失した場合において、2017年改正前民法534条1項に基づいて売主の買主に対する代金支払請求権を認容した。しかし、この事案では、すでに買主に目的物の占有が移転した後に目的物が空襲で焼失しており、目的物の支配が買主に移転していることと変わりはないため、買主の代金支払義務を認める結論自体に異論はない。4 他人物売買と危険負担上述したとおり、債権者主義に対する批判として提起されてきたものは、他人が売買された目的物の所有権者が債務者の責めに帰することができない事由により滅失した場合に、売主が買主から所有権を移転できないにもかかわらず危険を負担する買主から代金を受け取ることができるのは、いわば濡れ手で粟に当たるといえる。しかし、支配移転説では、危険が引渡しによってすでに買主に移転していれば、やはり危険は買主に移転したと解してきた。そのため、その後目的物が不可能・不能になった場合でも、なお買主人物の売主が代金を得るであるという不合理が生じる余地がある。そこで、他人物売買において目的物の引渡が完了した場合には、たとえ引渡しによって買主において危険が移転していたとしても(567条1項前段)、売主の所有権の取得・移転義務が不能を理由に契約解除になる場合を含めて、他人物売買を有効にしても売主の権利移転義務を負わせるものと判断される余地があった。そこで、改正民法では、563条(旧560条)によって解除が認められることになれば、買主は引渡を受けても、危険負担の原則に従って、契約の解除によって代金支払を拒むことができるようになる。5 二重売買と危険負担本問では、XはYに当該建物を引き渡した後、目的物の引渡を受けているため、その引渡時期である7月25日から登記の引継を受け取っているため、その引渡時期にはXは当該建物を支配したことになった(82条参照)。他方で、すでに7月15日に、Xは当該建物と敷地権をYに売却しているため、本問では、Xが当該建物をYに7月15日に、Yに7月25日に二重に売却し、Yにすでに引き渡していたところ、目的物が偶然的に焼失したことになる。二重売買では、XはYに当該建物を引き渡した登記は、目的物への危険の移転を認めていたため、債権者主義と同じように売主に有利に代金を取得できるとするおそれがある。そこで、XはYに目的物を二重に売買していることから、登記を備えなければ、たとえ引渡しを受けていてもYの所有権取得は確かめられない以上(177条)、Yの所有権によって目的物を支配いただけでは積極的に確保し難い。つまり、二重売買において、登記を備えなければ目的物の支配を積極的に確保することができない。これに対して、改正民法における引渡による危険移転規定(567条1項後段)を適用するとなると、Xは、引渡しによってYに危険を移転させて、Yは、危険を負担したYが代金の支払を拒むことができなくなる(536条1項後段)。したがって、YはXに対して、すでに支払っていた売買代金の返還を請求できなくなるどころか、その後の支払義務を負うことになる。しかし、XはYと売買契約を締結した上で、当該目的物をYに先んじて登記を備えているため、XはYに対して所有権を移転する登記義務を履行しておらず。す。建物が滅失することで、Yに対する所有権の移転義務は確定的に履行不能となっている。したがって、Yは、引渡しによっていったん危険を負担することにはなるが、その後に生じた目的物の滅失により所有権移転義務が確定的に履行不能となるため、Xとの売買契約を解除することによって(542条1項1号)、代金の支払義務を免れると解すべきではなかろうか。◆設問解説◆XはAから土地を賃借して、その地上に建物を所有している。Xは、この建物をAの承諾を得て借地権とともにYに代金3000万円で売却し、Yが当該建物を2年間の約束で賃借して、引き続き居住していた。ところが、Xは当該建物をAの承諾を得て借地権とともにZにも代金3500万円で売却して、現実の引き渡しをしたが、登記は、いまだ移転していない。その後、当該建物は、隣家に発生した火災の延焼によって焼失するに至った。XがYに対して、支払期日に代金3000万円の支払を請求する場合に、Yは将来、建物に居住することを目的に当該売買契約を締結したため、Xに対して代金全額の支払を拒絶したい。XのYに対する代金支払請求は認められるであろうか。検討しなさい。●参考文献●*小野秀誠・判例時報21業実務61頁/近江幸治『二重譲渡と危険負担』法学セミナー704号(2013)76頁/吉田宏志稿監修『ケースで考える債権法改正—改正債権法』(有斐閣=2022) 241頁 (吉永一行) (北居 功)
『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日
ISBN978-4-7857-2992-9
解除と原状回復・損害賠償
2025/09/03
Aは、建設用機械の賃貸業を営み、そのための建設用機械を数か所所有している。Aは、2021年4月2日に、そのうちのフォークリフト1台(以下、「甲」という)の保管を、月額保管料5万円でBに依頼し、甲を引き渡した。その後、AとBは、甲をCに、月額保管料5万円で保管している間はいつでも賃貸すことは考えていないけれども、手軽に貸せるようなことがあれば、いつでもCに甲を賃貸することを準備していた。甲の保管委託は、書面が作成されていない。2021年8月15日に、Bは、甲を自己の所有物であるとして、建設用地全体を代金1000万円で売却し、同日、甲をCに引き渡した。それ以降、Cは、建設機械で甲を使用した。Cは、Aが甲の所有者であることを知らなかった。2022年9月上旬、AがBに対して甲の保管委託の事実が判明したこと、甲の引渡しを求めたところ、B・C間での甲の売買の事実が判明した。Aからの問合せを受けたCは、この事実を認めて、同年9月15日に、Bに対し、甲の売買契約を解除するとの意思を表示した。そして、Cは、同日、甲をAに引き渡した。同日、2022年9月30日である。甲には、Cが、過失なく、運転中に取り付けたドライブレコーダー(以下、「乙」という)を付けていて、乙は、現在も甲に付けられたままである。乙の現在価格は20万円である(購入価格も同額であった)。また、甲には、2021年4月2日に存在していなかった傷がついていた。この傷は、少なくとも40万円を要することが、建設業者からの見積もりにより示されている。Aが、同日甲と同種のフォークリフトを調達するには、最低575万円かかる。AがBに対して甲の保管委託契約に基づいて、月額50万円の損害賠償を請求している。これは、近時の同種業者が甲と同型のフォークリフトを調達するときの平均的な調達額である25万円よりは高額である。以上の事実を前提として、以下の各設問の当否を検討しなさい。なお、過失相殺は考慮外とする。Aは、2021年8月15日から2022年9月15日までの間の甲の賃料相当額である450万円を失ったようなものである。(2) Cは、Bに対して、売買代金1000万円から乙の価額と甲の損傷の3パーセントに上る自動車の損害賠償額を控除して、Bに支払う。(3) 2021年8月15日から2022年9月15日までの間の甲の賃料相当額である375万円の支払をCに対して請求できると主張して、代金返還請求をこの請求債権と相殺して処理し、残額を返還するとの意思表示をしている。(4) Aは、BおよびCに対して、甲の修理費用40万円の支払を求めている。● 参考判例 ●① 大判昭和11・5・11民集15巻830号1頁② 最判昭和51・2・13民集30巻1号1頁● 解説 ●1 本問全体の構造本問では、A・B間で返還時期の定めのない保管契約(寄託契約)が締結され、A・B間で目的物の引渡しがされた後に、B・C間では特定物(甲)の売買契約が締結され(555条)、それがその当事者に基づいて目的物の引渡しがされている。寄託は、いつでも寄託物の返還を寄託者に対してすることができるところ(662条1項)、本問では、AはBに対して甲の返還請求をしている。また、B・C間の売買契約は、他人物売買(他人の権利を売買の目的とした場合は、この売買契約を解除している。これは、売買の目的物である甲の所有者であるAから甲の所有権に基づく返還請求(民法上の返還請求は伝統的に「物権」といわれる)を受けたBが、Cに対して債務不履行(542条1項1号)を理由に契約の解除を求めている。2 寄託者からの賃料・使用利益相当額の支払請求小問(1)では、AがBに対して、Cが甲を使用していた期間中の甲の賃料相当額の支払を求めている。これは、他人の所有物を権限なく使用されたことを理由とする不当利得(不法行為)の返還請求をしたものと考えられる。もっとも、Cは、Bが甲に対して占有権原を理由とする支払請求をすることができるのであり、BがAに代わって甲の客観的利益を領収した、すなわち、利益相当額である。小問(1)は、近隣の同種業者が甲と同型のフォークリフトを賃貸するときの平均的な賃料を基準に算定された375万円の請求を前提とするならばCは、甲の不法な占有によってAに損害を与えたとはいえない。また、本問では、Aは任意に顧客と契約を結んで甲を貸し出す機会が失われたわけではないから、Aは、任意にCに支払をうけであろう賃料相当額450万円をCに返還請求することはできない。しかし、本問では、Aの客観的利益侵害額であり、平均的賃料相当額である375万円とする。Aは、Cに対して乙の支払を請求することができるか。できない。Cは、契約締結後も、Aから所有権に基づく甲の返還請求をうけるまでの間、甲がAの所有であることを知らず、甲がBの所有であると信じて甲の引渡しを受けた。したがって、いわゆる、Cは善意の占有者であるところ、善意の占有者は、その物の使用利益を自ら消費することができる(民法189条の善意占有と190条1項4号1項)。AがCに、Aからの不当利得返還請求に対して、Cが使用したことによる損害を主張・立証することで、その返還を拒否することができる。3 他人物売買のゆるやかな使用利益相当額の支払請求小問(2)では、買主Cが、売主Bの債務不履行を理由として売買契約を解除した後の原状回復の関係が問題となっている。買主Cに対して支払った代金の返還を求めるものである。民法545条本文に基づいて原状回復が原則として要請されるものであって、CはBに対して乙を引渡す義務の不履行であるとしてこれを返還請求権。B・C間の売買契約に基づいて甲の引渡しをうけて以後、Cが甲を使用したことによる利益相当額の支払をBがしたものであること、B・C間の契約が有効に存続していた期間の使用料相当額の利益である。すなわち、契約の解除が有効になされたか否かにかかわらず契約の有効性を前提と考える。いわゆる解除の双務契約的な関係に立つ。解除権の行使の有無にかかわらず、両当事者の債務は消滅する。他人物売買の利益相当額について、学説には見解がみられる。民法は、契約の目的を達成するために必要な行為をすることが定められており、このような規定を設けることで、この結果を導くことができる(この通説がとった立場を前提として、契約の解除の場面は民法545条3項との関係で利益の返還は189条・190条の適用または類推適用によって処理すべきものであって、契約関係の精算は著しく複雑化するものの、今回の信頼関係の清算としてみるのが相当との見解もある)。しかし、問題は、他人物売買の処理の仕方に、売買契約が解除されたときに、この考え方を採り入れることにより、売主が買主に対して使用利益相当額の支払を求めることができるか否かという点にある。というのも、売主による目的物の引渡しから解除までの間であっても、目的物の使用利益は、所有権限のない売主に帰属するものではなく、その物の所有者に帰属するものであるから、売主は、この使用利益相当額を真実の権利者に対して返還請求することができないのではないかとも考えられるからである。使用利益相当額は目的物の使用価値の償還をその所有者に伝えることにより調整されるべきであると考える。このように考えれば、所有権者が問題として処理する費用がCに生じるのである。A・B間での使用利益相当額返還義務は引渡しの時点に遡って消滅したと解すべきである。AとCの間で、しかも、民法190条の善意占有により償還されるべき費用であるとしても、そして、その対価関係に立つものが、償還されない物権ではない。他人物売買主は、目的物の使用利益を享受し、その対価関係として、対価を支払うことで生じた売買代金1000万円をBに返還しなければならないということになる。さらに、民法545条により、代金1000万円を返還しなければならない。の契約は、当事者間でも契約の精算の枠組みの中で、すなわち、契約に基づいて行われた給付・反対給付の精算の中で処理することができると考えることもできる。他人物売買の使用利益の返還義務を契約の解除の際、すなわち、他人物売買の精算として捉えることで、他人の物の売買であっても、目的物の給付を契約当事者として、相手方に対して返還請求することができると考える見方もある(なお、売主に対して返還された目的物所有権が所有者に引き渡されることで精算が完了するとみるか否かは、この問題に関係する)。この場合は、小問(2)は、小問(1)の契約解除によって、つまり、CがBに対して引き渡した甲について、使用利益相当額の返還を請求することができることになる(CがBに対して代金1000万円を返還した後の請求をすることができるか)。甲の所有者についてのCの占有に関係なく、BとCに対して、使用利益相当額の返還を請求することができることになる。使用利益相当額は善意占有を認めているが、この結論を正当化するためには、上記の使用利益返還請求権を対象とする目的物の引渡の対価である契約の対価関係が問題となる(なお、学説の中には、目的物の使用利益の引渡請求は、真実の所有者が善意の占有者による使用利益の回復の余地がない場合に限って認められるべきだと説き、本問のように返還請求の場面に限って、対価関係が問題になるといった説もある)。4 契約目的物に実施した損害(特約)の賠償請求小問(3)では、売買契約の目的物であり、かつ、Aの所有物である甲に対して加えられた損害の回復を目的とする損害(原状回復)が問題になっている。甲の所有者であるAは、損傷を加えたCを被告として、不法行為(709条)に基づく損害賠償を請求することができる。B・Aのいずれが損害を被ったのか不明との間、B・Cのほかに加害者はいないことを前提のうえで、BとCに対して、同様の地位(加害者が不明の場合)に帰属して、連帯して賠償責任を追及することができる。このとき、自己の行為と損害との間に因果関係が存しないことは、B・Cが抗弁・立証責任を負う。AがCを相手方にして、所有権侵害の不法行為を理由に、外観に基づき信頼保護を選択することができることになることは、いうまでもない。他方、Aは、Bに対して、寄託契約に基づき、受寄者であるBの保護義務違反、すなわち、寄託者である甲の所有権を侵害しないように注意して保管すべき義務の違反を理由に、損害賠償を請求することができる。ただし、このように変動に至る前に具体的な保管の状態を、甲の所有権を侵害しないようにどのように注意を尽くして保管が契約上で義務づけられていたのかということを、Aが主張・立証しなければならない。Bが故意に信じて甲を売却したとの主張・立証をしなければならない。Aは、その主張の当否を判断して、Aの主張・立証をしなければならない。甲の保管は、目的物を自己の財産におけるのと同一の注意をもって保管すべきである(659条)、Bは保管契約の目的物の滅失・毀損の危険を負担すべき場合であり、かつ、Bの所有の自転車への損害にもとづき返還すべきものであるとみるべきである。B・C間の売買は、保護義務を理由として、保管契約を締結して、Aに対して保護義務を負う。B・C間の売買は、保護義務を理由として、Aに対して保護義務を負う。B・C間の売買は、保管契約を締結して、Aに対して、保護義務を負う。A・B間の契約で定められたとおりに、Aは、Aに対して保管義務を負う。A・B間の契約で定められたとおりに、Aは、Bに対して保管義務を負う。A・B間の契約で定められたとおりに、Aは、Bに対して保管義務を負う。A・B間の契約で定められたとおりに、Aは、Bに対して保管義務を負う。A・B間の契約で定められたとおりに、Aは、Bに対して保管義務を負う。設問解説(1) 本問において、Cが売買契約を解除したものの、甲をいまだ返還せず、その使用を続けていたとしたら、Aは、Cに対していかなる請求をすることができるか。また、Bは、Cに対していかなる請求をすることができるか。いずれについても、想定されるCからの反論を踏まえて、その当否を検討しなさい。(2) 本問において、Cが乙の使用利益相当額として375万円をBに支払った場合、この375万円をめぐるA・B間の法律関係はどのようになるか。(3) 本問において、Cが乙の使用利益相当額として375万円をAに支払った場合、Bは、その後に、Cに対して使用利益相当額として375万円を請求することができるか。● 参考文書 ●渡邊裕『新契約法Ⅰ』(信山社、2021) 109頁/澤井裕『契約法』227頁
『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日
ISBN978-4-7857-2992-9
解除の要件
2025/09/03
不動産売買をめぐるXとYの間の話である。XとYの間で、Yが所有する甲土地および同土地上にYが建築中の乙建物を代金1億円で買う旨の契約を締結した(本件契約)。本件契約には、YがXに乙建物を引き渡す(本件契約7条参照)に先立ち、Xの指定する第三者の検査済証の交付を受けるとの特約があった。乙建物は、第三者の検査が完了すればXに引き渡せる状態にあった。もっとも、乙は、第三者の検査機関から融資を受けるための必要書類とされていることが多く、また、売買の際の重要事項説明書に検査済証の取得に関する事項を記載しなければならないことを考慮して、特約が入れられたものである。その後、甲土地および乙建物の引渡しと代金の支払期日が到来したが、Yは、Xの再三の請求にもかかわらず、検査済証を交付しない。そこで、XはYに対し、本件契約を解除する旨の意思表示をし、既払代金1億円の返還を求めた。検査済証が交付されない理由が、以下の(1)または(2)の事情にある場合、Yの下での検査済証を請求するXの請求は認められるか。(1) 乙建物について完了検査が行われたが、乙建物が建築基準関係規定に違反していることが判明したため、検査済証が交付されなかった場合(2) Yは乙建物について完了検査を申請したが、県内で甚大な台風被害が発生したことに伴い、県内の完了検査業務が一時的に停止されていたため、完了検査がいまだ行われず、検査済証が交付されない場合● 参考判例 ●① 最判昭和36・11・21民集15巻10号2507頁② 最判平成8・11・12民集50巻10号2673頁● 解説 ●1 はじめに契約が有効に成立すると、各当事者は、相手方に契約に定められた義務を負う(545条1項本文)。Xの請求は、この双務契約から発生する義務の履行を求めるものであると考えられる。それが認められるか否かは、Xによる本件契約の解除が認められるか否かにかかっている。2 契約の解除が認められるための要件(1) 解除の根拠有効に成立した契約には拘束力があるから、当事者の一方がこれを自由に解消することはできない。もっとも、債務者が債務を履行しない場合に、常に債権者を契約に拘束し続けさせることはできない。そこで、民法は、一定の要件のもとで、債権者に解除権を認めている(541条~543条)。この場合の解除権は、法律の規定により認められるため法定解除権である。これに対し、当事者が契約で解除権を定めることができる場合もあるが、この場合に認められる解除が契約解除である。これは、「合意解除」と呼ばれたりすることもあるが、単独行為である。契約の解除は、債権者の単独の意思表示によって契約の拘束力から解放するものである。これは、合意解除と呼ばれる、契約当事者間の解除という効果を生じさせる合意(契約)とは区別する必要がある。(2) 債務不履行を理由とする解除の要件民法は、債務不履行を理由とする解除の要件は、どのような要件のものであるかによって区別している。民法は、「催告による解除」(541条)と「催告によらない解除」(542条)とに分けて規定している。第1に、債権者がその債務の履行をしない場合において、①債務者がその履行を催告し、②催告から相当の期間内に履行がないときに解除権が認められる(541条本文)。以上の要件のうち、③履行の催告に関しては、民法は、催告に「相当の期間を定めて」履行の催告をしなければならないとされているが、判例は、催告の際に定められた期間が不相当であっても相当な期間が経過したときには解除権が発生すると解している(最判昭和36・11・21民集15巻10号2507頁)。また、④相当の期間が経過するまでの間に履行がなかったことについては、債務者の帰責事由は不要である。もっとも、本契約は、債務者が履行の準備を完了することを前提としており、なお、債権者は、履行の準備がなされていることを前提として、履行の受領の準備をしておく必要がある。債権者に受領の準備ができていなければ、履行の遅滞(533条)が認められる場合はその限度で、債務者は、履行の遅滞の責任を免れるから、債権者は、催告の際に履行の場所などを具体的に示して履行の提供(493条)をしたことを主張立証しなければ、契約の解除をすることができない。第2に、債務の全部の履行が不能であるとき(542条1項1号)、履行が不能であるか否かは取引上の社会通念に照らして判断される(412条の2第1項)。債権者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき(同項2号)、債務者がその債務の一部の履行が不能であることまたは債務者がその履行を拒絶する意思を明確に表示したことにより契約の目的を達することができないとき(同項3号)には、債権者は、催告をすることなくただちに契約の解除をすることができる(「無催告解除」)。催告の要件として、債務者に履行・受領の機会を与えるためと考えられるが、上記のような場合には、催告をしても無意味だからである。なお、「契約をした目的」が何であるかは、契約の内容その他契約が締結されるに至った経緯によって判断される。本問において、Xは、検査済証不交付というYの債務不履行を理由に本件契約を解除したものと考えられる(なお、小問(2)については、乙建物の引渡債務が履行遅滞にあることを前提として、本件契約の解除が認められることになると考えられるが[564条参照]、ここでは立ち入らない)。そして、XはYの再三の請求にもかかわらず、検査済証を交付しないYに対し、無催告解除権の行使を認める(上記③の場合)には、541条本文ではなく、無催告解除(542条1項)の要件(上記①②③④の要件)を満たしているか否かが問題となる。Yは、契約の目的である乙建物を引き渡すことを約束しているから、完全に債務の履行を拒絶する意思を明確に表示しているとはいえない。もっとも、本契約は、Xが住宅ローンを利用することを前提としており、検査済証の交付が契約の目的を達成するうえで必要不可欠なものであることが定められている。検査済証の交付は、本件契約の目的を達成するために必要不可欠なものであると考えることもできよう。このように考えれば、たとえば小問(1)において、建築基準関係法令の違反が是正されないかぎり検査済証が交付される見込みがない場合にも、債務をしても、Yが検査済証を引き渡す義務を履行することはない。つまり契約をしても、Xが住宅ローンを組むことができず、代金の支払いが遅れることなどが予想される。無催告解除が認められる可能性は否定されないだろう。この点は、後述する。3 催告による解除が認められない場合(1) 履行不能が軽微であるとき催告解除に関する上記①②③④の要件(541条本文)を満たしていても、「債務の不履行が…契約および取引上の社会通念に照らして軽微である」ときは、債権者は、契約の解除をすることはできない(ただし書)。契約の解除は、履行を得られない債権者を契約から解放するための制度ではあるが、解除の制度が、契約という重要な法律効果をもたらすものであり、債務者の利益に配慮する必要があることから、不履行が軽微である場合には解除されるのである。民法541条ただし書は、不履行の部分の数量的なわずかである場合(大判昭和14・12・13法学28巻4号6号10頁[土地の面積の一部が契約の内容と異なっていた事例])、債務不履行により債権者が被る不利益が少ない場合(東京高判平成31・2・20判時2467号66頁[航空機リース契約においてリース期間満了後に航空機を返還する際にエンジンの状態が契約の基準を満たしていなかった事例])、付随的義務の不履行にとどまる場合(参考判例①)に催告解除を否定する判例の趣旨を踏まえて定められたものである。無催告解除の不履行の軽微性には、不履行の態様が問題となるため、相当期間が経過しないうちに解除されることになるので、不履行の軽微性の判断基準(「催告後相当期間が経過した」時点で不履行の軽微性の判断基準が問題となる)が問題となる場合がある。あり、その判断は、「その契約及び取引上の社会通念に照らして」される。したがって、客観的にみれば数量的に軽微な部分の不履行であっても、それが当該契約において重要な部分に関するものである場合には、軽微性が否定されることもありうる(同一宮崎地判平成23年2月22日)。(2) 不履行の軽微性と契約目的達成可能性との関係このように、催告解除が制限される基準は、不履行の軽微性にあると解されている。他方で、無催告解除が認められるかの基準となるのは、契約目的を達成する上で足りる履行がされる見込みの有無である(542条1項5号)。そこで、不履行の軽微性と契約目的達成可能性の関係が問題となる。参考判例①は、土地の売買契約において、売主が、買主の支払う公租公課の額(所有権移転登記までの間に売主が納付した公租公課について買主がその全額を支払うべき義務)の不履行を理由に売買契約を解除することができるかが争われた事案について、「法律が債務の不履行による契約の解除を認める趣旨は、契約の重要な義務の履行がないために、契約を締結した目的を達することができない場合を救済するためのであり」、当事者が契約をした主たる目的の達成に直接的にでない付随的義務の履行を怠ったにすぎないような場合には、特段の事情のない限り、相手方は当該契約を解除することができないものと解するのが相当である」と判示し、契約の解除を認めなかった原審の判断を是認した(なお、「契約の重要な義務」なのか「付随的義務」にすぎないのかは、契約における潜在的な紛争を考慮して判断されるべきか否かは、公租公課の清算義務の不履行を理由とする契約の解除が認められるかいけないかという問題 [41・6・28民集107号参照])。また、土地の売買において、買主Yが、代金完済時までに土地工作物を築造しない旨の特約の訴え(非訟)に違反したところ、売主Xが契約の解除をしたという事案において、同判決が、「特段の事情の存在が窺われない本件においては」、「売主がYの右付随的義務の違反を理由に売買契約を解除することは許されないものといわなければならない」、「売主………らにとつては右代金の完全な支払の確保のために必要不可欠なものであり」、「………この趣旨は、右の趣旨のもとにこの点につき合意したものである」ことから、Yの特約違反が契約の目的の達成に重大な影響を与えるものであるから、このようなYの債務は売買契約の重要な義務に属し、契約の解除を認めた判例もある(最判昭和43・2・23民集22巻2号261頁)。これらの判例を前提とすれば、契約目的達成可能性は、不履行の軽微性の判断において考慮されるべき重要な要素だとみるべきである(同一宮崎地判平成23年62号)。もっとも、両者は必ずしも一致するわけではない。というのも、催告解除の判断基準としては、契約目的達成可能性ではなく不履行の軽微性が採用された結果、軽微であれば催告解除の要件は満たされない(541条ただし書)。少なくとも催告解除の場面では、契約目的の達成可能性は低いが催告解除は認められないが、不履行が軽微であるとはいえない(催告解除は認められる)場合も想定されるからである。また、両者では判断基準時が異なるところ、不履行の軽微性の判断に当たっては、不履行の態様や是正された後の事情だけでなく、催告後の経緯も考慮要素となりうる。(3) 本問について本問では、本件特約が任意的規定で締結されたものであることからすれば、検査済証が交付されないことは、契約をした目的の達成に重大な影響を与えるものだといえよう。そうであるからこそ、催告後相当期間が経過した後も検査済証が交付されないことが軽微な不履行とはいえないだろう。もっとも、たとえば、小問(2)において、県内の完了検査業務が再開し、Yが検査済証を入手する目処がついているような場合には、不履行が軽微であると判断される可能性は残るだろう。4 不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるとき(1) 契約の解除の可否契約の解除に関する以上の要件を満たしても、「債務の不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるとき」には、債権者は、契約の解除をすることができない(543条)。このような場合にまで契約の解除を認めると、債権者は自ら債務の履行を妨げたうえで契約から逃れることが可能となり、不当だからである(同一宮崎地判平成23年22日)。不履行が債権者の帰責事由によるものであるか否かは、債権者が契約の解除をすることを正当化することができないような事情があるか否かという観点から判断されることになるといえよう。たとえば、本問において、仮にXが乙建物の完了検査を妨害したためにYが検査済証を入手することができなかったような場合には、Yの検査済証不交付はXの帰責事由によるものであるといえ、Xは契約の解除をすることができない。なお、債権者の受領遅滞中に、当事者双方の責めに帰することができない事由によって履行が不能となった場合には、その履行不能は債務者の責めに帰すべき事由によるものとみなされる(413条の2第2項)。(2) 債務者の帰責事由の要否債務者の帰責事由は、契約の解除の要件とされてはいない。債務者の帰責事由によらない履行不能を請求した場合に、債権者は、「その不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものである」ことを主張・立証して、これを免れることができる(415条1項ただし書)のと比べると、債権者が契約の解除をした場合に、債務者は、債務の不履行が債務者の責めに帰すべき事由によるものであることを主張・立証しない限り、催告解除を免れることができない。つまり、契約の解除は、債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときにも、認められる。本問についてみると、小問(2)では、YがXに検査済証を交付することができないのは、台風被害による県内の検査業務の一時停止というYの責めに帰することができない事由によると解される。しかしながら、Xに帰責事由はない。このような場合であっても、Xによる契約の解除が否定されるわけではない。なお、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務の履行が不能となった場合には、債務者は、契約の解除をすることもできる(542条1項1号)、反対給付の履行を拒絶することもできる(536条1項)。設問解説Xは、不動産業者であるYから、リゾートマンション(以下、「本件マンション」という)の1区分を代金3000万円で買い受けたときに、本件マンションに併設して設置される予定のスポーツクラブ(以下、「本件クラブ」という)の会員となる旨の契約を締結した。本件マンションの分譲に際して配布されたパンフレットには、本件マンションに区分所有者が本件クラブの会員となること、本件クラブには、温水屋内プールが設置されており、1年中冬には屋内温水プールが利用できると記載されていた。XはYに対して売買代金3000万円を支払って本件マンションの1区分の引渡しを受け、本件クラブの入会金等の合計3000万円も支払った。その後1年が経過したが、本件クラブに温水プールは未だ設置されないままであった。そこで、XはYに対して、再三にわたり、屋内温水プールの建設を求めたが、いまだに着工もされない状況にある。XはYに対して、既払金合計3300万円の返還を請求することができるだろうか。● 参考判例 ●渡邊ほか『新基本法コンメンタール債権各論』(2018年)398頁以下/伊藤眞『契約法要綱』(2019年)466頁
『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日
ISBN978-4-7857-2992-9
債務不履行における損害賠償の範囲
2025/09/03
2024年5月9日、絵画のコレクターであるXは、Yとの間で、若手の画家Aの油彩画甲を代金300万円でXに売却する契約を締結した。この契約においては、同年9月10日に代金全額の支払と引換えに甲の引き渡しが行われるものとされた。また、この代金は、契約締結時の中の相場に合わせて設定されたものであった。2024年8月中旬、某有名アーティストによる称賛の意をきっかけに、Aは、テレビや雑誌などで頻繁に取り上げられるようになった。そのため、Yは、絵画が上野するかもしれないと手を尽くしたが、見つからなかった。同年9月25日、Xに対して、代金の額が支払われない限り甲の引渡しには応じられない旨を一方的に通告した。これを受けて、Yは、Xと交渉しようとしたが、Yは、これに応じようとせず、同日以降、Xとの連絡を絶った。甲の価格は、Aの評価が上がるにつれて遅れ2024年9月上旬から上昇を始め、判例下では、甲の価格は450万円程度に、同年11月上旬頃には900万円程度にまで上がった。ところが、同年12月中旬に、Aのハラスメントを告発する記事が公表されたため、Aの作品に対する評価も下落し始めた。その結果、2025年1月末頃には、甲の価格は、500万円程度にまで下がった。現在の甲の価格も、これと同程度であるが、わずかに下落することも考えられる状況にある。このような事実関係のもと、Xは、Yに対して、Yの債務不履行を理由に、どれだけの額の損害賠償の支払を求めることができるか。なお、問答は、2025年2月1日にあるものとする。●参考判例●① 大判大正5・22民集5巻386頁② 大判大正7・8・27民録24輯1656頁③ 最判昭和37・11・16民集16巻11号2281頁④ 最判昭和47・4・20民集26巻3号520頁●解説●1 履行に代わる損害賠償の請求債務者は、債務者が債務の本旨に従った履行をしない場合、債務者に対して損害賠償を請求することができる(415条1項)。そして、債務者には、債務の履行が不能であるとき、債務者に履行可能なことはあるが、この履行が履行遅滞であるものとみなし履行可能であるものがあるか、両者にならない。契約が解除されたとき、契約の履行が遅れたときには、債務の履行に代わる損害賠償を請求することができる(同条2項)。ここで、債務の履行に代わる損害賠償請求は、債務者が債務の履行をしたとしてもなお損害が残るような場合でも請求することができるとされている。なお、債務者は、債務の履行不適合および契約の解除の場合を除き(412条の2第1項・545条を参照)、本来の債務の履行をすることもできる。したがって、債務者は、債務者に損害賠明および契約の解除の場合、債権者には、本来の債務の履行に代わる損害賠償を請求権が附与していることになる。以上の前提によると、本問において、Xは、Yによる明確な履行拒絶があることはもちろん、甲の引渡しを求めることはできるが、XはYに対して債務の履行に代わる損害賠償を請求できる。XとYに対して債務の履行に代わる損害賠償を請求する場合、本問では、契約の目的物である甲の価値が上昇するために、Xがこれを求めることができるか、あるいは、甲の引渡しをすればXが得られたであろう利益の額をどのように定めるべきかといったことが問題となる。(1) 判例の立場債務の履行に代わる損害賠償額の算定の基準時については、債務不履行がなければ債権者が有していたであろう利益の額とする民法416条2項との関係で問題となる。(2) 判例の発展従来の判例は、債務の履行に代わる損害賠償額を履行不能時の目的物の価格に相当する損害とし、それぞれの類型を構成して議論されてきた。ところで、民法416条は、債務不履行から通常生ずべき損害の賠償の対象になること(同条1項)、特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときには、賠償の対象になること(同条2項)を規定し、債務不履行による損害の賠償の問題を担っている。そして、判例は、損害賠償の範囲について因果関係によって決せられるとして、この規定を基本的に当てはめて因果関係の内容を定めた規定として理解する(相当因果関係説)。したがって、これらの問題は、契約の目的物の価格に上下動があった場合に損害賠償の範囲をどのように設定するかという民法による損害賠償の範囲の問題として扱われる416条の適用が問題の1つ、相当因果関係説の問題として扱われることになる。(2) 判例の法理参考判例①に掲げた判決は、(1)の立場を前提に、契約の目的物の価格に上下動があった場合における損害賠償額算定の基準時を問題とし、以下のような論理を展開する。まず、①契約の目的物の価格に上下動があった場合には、債務者は、履行不能時の目的物の価格に相当する損害の賠償を負う。つまり、履行不能時の目的物の価格が通常損害として評価される。つまり、履行不能時の目的物の価格が通常損害として評価される。また、参考判例②も、契約の目的物の価格が通常損害として評価されることを前提に、損害賠償額を10・10民集26・10・判例百選128号136頁)、これらの解釈は、2017年改正民法では、債務の不履行または契約の解除により本来の債務の履行に請求権が相当因果関係にある損害賠償請求権に代わるため、その時点での目的物の価格の通常損害という理論構成が打ち立てられた。もっとも、2017年改正民法のもとでは、本事案について履行不能による損害賠償請求権と債務の不履行から生じた損害の賠償請求権とを併存する場合を認める(415条2項2号・3号)。この規定を参考に、以下のようなことが言える。すなわち、債務の履行に代わる損害賠償の範囲は、原則として、民法416条各号の解釈によって定まる。つまり、債務の不履行から通常生じた損害の賠償額が目的物の価格の通常損害として、この解釈の結果、目的物の価格の通常損害が上昇している場合、この価格の上昇は特別事情であり、上昇した目的物の価格は評価損として構成される。この上昇した目的物の価格が損害として評価されるかどうかについて、判例は、この上昇した目的物の価格が損害として評価可能であるか、そして、この可能性があることは、予見すべきであったかどうかによって結論が左右される。この目的物の価格の上昇した目的物の価格は予見可能な特別事情にあたるか、そして、①上昇した目的物の価格の通常損害が債権者にとって予見可能なこと、②目的物の価格の上下動があった場合に契約の目的物の価格が通常損害と評価されるために、契約締結に、転売などによりその利益を確定する営業を営む者であることが必要となる。最後に、③契約の目的物が相当に値上がりした場合において、その価格が支払われないままに、転売利益の途中で目的物の価格が通常損害と評価される。同様に、債務不履行に陥った場合に、その後の価格の大半が暴落して債務者が賠償請求権を請求する場合、債権者が有していたであろう利益の額とする(大判大正11・14民集28巻2号1260頁)。これらの解釈は、損害賠償を支払う債務者が、債務不履行(大判昭和36・11・28民集15巻11号1687頁)、これらの場合には、目的物を判例でいうところによって得られたであろう利益の賠償を求めることはできない(大判昭和37・17民集6巻464頁)。判例によれば、本問においてXが請求することができる損害賠償の額も、①②の判断基準に基づき、上記①から③までの原則によって算定されることになる。3 判例とは異なる考え方→損害賠償算定の基準時としての位置づけ(1) 問題の把握と位置づけ判例の考え方に対しては多くの批判がなされている。これらはある考え方を示している。そこで、以下では、判例との違いを明確にしつつ、本問の解決に必要となる範囲で、代表的な見解の思考プロセスを紹介する。まず、①債務者レベルで賠償されるべき損害は、賠償状態の克服のためにではなく、②どのレベルで把握する(ただし、事後として把握する方の有力性が強まる)、次に、③債務者に生じた損失の回復が問題とされるべきであるかを確定する、④金額賠償の原則のもとでは、⑤「賠償されるべきもの」として確定された金額を算定する。この考え方によれば、⑥賠償されるべき損害の範囲を画する(べきではないか)という問い、どう把握されるべき損害かの問いは、性質を異にする個々の問題として位置づけられることになる。そのうえで、⑦、問題は、債務不履行による損害賠償の範囲を民法416条により処理され、⑧その問題は、損害賠償の範囲は契約の目的から切り離された抽象的なものになりがちだったため、同条からは切り離して処理される。以上に基づき、従来のプロセスに従えば、契約の目的物の価格が通常損害と評価される場合に損害賠償をどのように決定するかという問いは、⑨、問題の把握として位置づけられる。判例とは異なり、ある時点における目的物の価格に相当する損害賠償の額との間に、別に損害を生じることはない。この場合にも、損害は1つしか存在しない。ここでは、民法416条の適用により、契約の目的物を損害として得ることができるにかかわらず損害賠償が通常損害に含まれることを前提としたうえで、この損害について、いつの時点を基準として評価的に評価するかという。時で、関連問題のように、債権者が目的物を第三者に売却することをもってした場合などについては、損害の額をどのように算定するべきか、まず、⑨の問題として、民法416条の適用により、契約の目的物を損害として得ることにかかわらず、当初の賠償の対象に含まれるか否かを評価し、次に、これが肯定されるときには、①の問題として、当該損害について転売価格に照らした評価的評価がされることになる。(2) 損害賠償算定の基準時の設定契約の目的物の価格が上下動する場合に、契約の目的物を損害賠償として得ることができたことにかかわる損害について、その後の価格の変動があった場合に、その賠償額を算定する基準時をどのように設定するかという点に関しては、さまざまな見解が示されている。たとえば、①損害賠償算定の準備を事実審口頭弁論終結時に行うとの視点(たとえば、2017年改正民法が契約の目的物に関して2017年改正民法の準備にいう、民法415条2項の要件が充たされる履行に代わる損害賠償請求権が免責された時点での価格の通常損害と評価し、履行不能時の目的物が引き渡されていれば債権者が得たであろう利益という観点から、口頭弁論終結時の価格を基準とする)に加えて、②、契約の目的物の危険の負担の議論、契約の種類、履行の拒絶の様態、当事者の属性なども考慮して総合的に判断されるべきとの見解(たとえば、本問のように債務不履行に陥った場合に損害賠償として選択可能であったとの評価のもとに、2017年改正民法が契約の目的物の価格を基準として評価的に評価した)、その中から債権者による選択が認められるべきとの考え方がある。4 2017年改正民法による契約の解除時の効果2017年改正民法416条1項の適用により、契約の目的物を損害として得ることができたことにかかわる損害について、その後の価格の変動があった場合に、その賠償を請求することができることになっていたが、判例は、2017年改正民法によって、①債務の履行に代わる損害賠償請求権が免責された時点での価格の通常損害と評価し、②その事情を予見することができたときは、債権者は、その賠償を請求することができる」という表現を、「特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる」という表現に修正している。2017年改正民法416条2項の予見可能性については、一般的に、これを事後的に評価するのではなく契約的に評価すべきものと理解されていたため、2017年改正民法416条2項は、このことを明文化したものにすぎない。したがって、民法416条の文言の変更によっても、その判断および3の学説、さらに、債務不履行による損害賠Dの範囲をめぐるさまざまな議論は、その後のPとの間の部分に基づき若干の修正を経たことを前提に(たとえば、判例の射程の判断については、その記述を参照)、2017年改正後民法のもとでもほぼそのまま妥当することになると考えられる。●関連問題●本問の事案に加えて、さらに以下の事実があった場合、Xは、Yに対して、Yの債務不履行を理由に、どれだけの利益の損害賠償の支払を求めることができるか。(1) 2024年12月1日、Yは、Bとの間で、総額甲900万円で売却する契約を締結した。そして、その翌日、Yは、Bに対して、甲を引き渡した。(2) 2024年9月9日、Xは、同じく絵画のコレクターであるCにYから絵画甲を購入した旨を伝えると、Cから、価格はいくらでもよいので譲ってくれないかと懇願された。そこで、同年9月15日、Xは、Cとの間で、甲を代金1000万円で売却する契約を締結した。この契約においては、XがYから甲の引渡しを受けた日の翌日に、代金の全部の支払と引換えに甲の引渡しがされるものとされた。同年11月5日、Xは、Cに対して、Yから甲の引渡しを拒絶されている旨を伝えたところ、Cから契約を解除したいとの申し入れを受けた。そこで、その翌日、Xは、Cとの合意により、甲の売買契約を解除した。なお、Xは、Yとの間の契約を締結する際に、Yに対して、自分は絵画のコレクターであるが、コレクター仲間との間で絵画を取引することが頻繁にあるため、甲についても転売する可能性がある旨を伝えていたものとする。●参考文献●潮見佳男・18頁/I B 印・18頁/I B 印・18頁/久保井之・20頁(白石友行)
『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日
ISBN978-4-7857-2992-9
履行補助者の行為と債務不履行を理由とする損害賠償
2025/09/03
A市は、かつて市内で生活し、60年前に亡くなった画家Pの遺品の絵画2枚(以下「甲」「乙」という)の寄贈を受けていた。Pは中央画壇の大家であった。その絵画の署名の下にPの落款印(以下「P印」という)が押されており、Pの作品にはすべて押されていたことから、A市は市の所蔵庫に収蔵していた。A市は、市の文化センターでPの回顧展を開催することとし、Bは、Pの回顧展の開催に際して、甲乙の絵画の修復作業をA市から依頼され、これを引き受けた。その後、Bは、甲乙の絵画の修復作業を、その弟子であり、この種の絵画の修復に習熟したCに依頼し、その旨をA市に伝えた。A市は、これを了承した。Cは、甲乙の絵画の修復作業を完了させ、その報酬を受け取った。その後、A市はPの回顧展に甲乙の絵画を出品したところ、これがPの真作かどうかについて疑問が呈された。これをきっかけに、A市が調査したところ、甲乙の絵画はPの真作ではない可能性が高いことが判明した。A市は、Cに問い合わせたところ、Cは、甲乙の絵画にP印が押されていなかったので、自分でP印を複製して押したことを認めた。A市は、Bに対して、甲乙につき、契約不適合を理由に損害賠償を請求したい。予想されるBの反論を踏まえて、A市の請求の当否を検討しなさい。●参考判例●① 最判昭58・5・27民集37巻4号477頁●解説●1 債務不履行を理由とする損害賠償と債務者の免責(1) 民法415条1項の基本的な構造と帰責事由債務の履行がなされなかった場合、債務者は、債権者に対して、これによって生じた損害を賠償することができる。ただし、その債務の不履行が「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない(415条1項)。契約から生じる債務の履行を理由とする損害賠償を例にとれば、民法415条1項は、次のように考えられている。すなわち、債務者が履行を遅滞したり、履行不能に陥ったりすることを理由とする損害賠償請求をするとき、この請求は、「契約の不履行」(合意は遵守されるべきである)というようなことがおよそあることを前提としており、債務者に帰責事由があることを要する。すなわち、債務者が契約において負うべき内容を契約を締結した。これにより生じる債務は債権者に契約された場合に、契約を守らなかったために、契約を守らなかったことから、損害賠償責任を負うものとされる。このような契約のもとで債務を負担した債務者は、その契約に拘束され、このとき「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」債務者の責めに帰することができない事由」に該当することを理由として、その債務の不履行を理由とする損害賠償債務の発生を免れることはできない(債務不履行の免責を主張する側が免責事由の不存在を証明する必要がある)。この免責事由とは、民法415条1項で「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」債務者の責めに帰することができない事由をいうものである。債務者が負うべき義務の内容は、契約の解釈によって定まるものであるが、民法415条1項では、債務不履行の免責事由として、「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」債務者の責めに帰することができない事由をいう。その免責事由の主張・立証責任は債務者が負うこととなり、債務不履行の免責が認められるための要件は厳格に解されている。(2) 履行補助者の行為の帰責債務者が債務の履行のために第三者を使用した場合(履行補助者)に、債務不履行を理由とする損害賠償責任の成否を判断するにあたって、履行補助者の帰責事由も考慮される。すなわち、債務者の履行のために第三者を使用した場合、債務不履行を理由とする損害賠償責任の成否を判断するにあたって、履行補助者の帰責事由も考慮される。債務者が、契約上の債務の履行のために、第三者を使用した場合には、その第三者の行為についても、債務者自身の行為と同一の注意をもってその善し悪しを判断すべきものと解するのが相当である(参考判例①)。本問では、BはCを履行補助者として使用しており、Cの故意による行為によって、A市に損害が発生している。したがって、Bは、Cの行為について、自己の行為と同一の注意をもってその善し悪しを判断すべきであると解するのが相当であるから、Bは、A市に対して損害賠償責任を負う。本問では、A市がCの使用を承諾しているが、この事実はBの帰責事由の判断に影響を及ぼすだろうか。A市がCの使用を承諾したからといって、Cの故意による行為についてまで、Bが免責されると解するのは相当ではない。(3) 履行の利益の評価本問では、A市はBに対して契約不適合を理由とする損害賠償を請求している。この請求が認められるためには、A市は、Bの債務不履行によって損害が発生したこと、その損害額を主張・立証する必要がある。本問では、A市は、Bとの間で、Pの絵画の修復契約を締結している。この契約において、Bは、A市に対して、Pの絵画を修復する義務を負っている。この修復義務には、絵画の価値を維持・向上させる義務が含まれていると解される。Cが行った行為は、Pの絵画にP印を押すというものであり、この行為によって絵画の価値は毀損されたといえる。したがって、A市は、Bの債務不履行によって損害を被ったといえる。問題は、損害額である。A市は、Bに対して、どのような損害の賠償を請求できるだろうか。A市は、Bの債務不履行によって、Pの絵画の価値が毀損されたことによる損害の賠償を請求できる。この損害額は、Pの絵画の価値が毀損されなかった場合に有していたであろう価値と、毀損された現在の価値との差額となる。また、A市は、Bの債務不履行によって、Pの回顧展の開催が不可能になったことによる損害の賠償も請求できる可能性がある。この損害額は、Pの回顧展が開催されていれば得られたであろう利益となる。3 履行補助者の行為と不法行為責任本問では、A市は、Cに対しても、不法行為を理由とする損害賠償を請求することができる。Cは、A市に対して、Pの絵画を毀損する行為を行っており、この行為は、A市の所有権を侵害する不法行為にあたるからである。4 BのCに対する求償BがA市に対して損害賠償責任を負った場合、Bは、Cに対して、その賠償額を求償することができる。BとCとの間には、修復作業の請負契約が締結されており、Cは、Bに対して、修復作業を適切に行う義務を負っている。Cがこの義務に違反して、Bに損害を与えた場合、Bは、Cに対して、債務不履行を理由とする損害賠償を請求できるからである。2017年改正民法の下での学説・判例では、債務不履行と第三者(履行補助者)の問題は、次のような枠組みで語られてきた。すなわち、⑦債務者が債務不履行を理由とする損害賠償の責任を負うには、債務者に帰責事由がなければならない。⑧ここでの帰責事由とは、「債務者自身の故意・過失および信義則上これと同視すべき事由」である。⑨「債務者の故意・過失と信義則上同視されるこれと同視すべき事由」である。⑩2017年改正前の民法では、この枠組みをもとに、契約上の債務の不履行につき、帰責の根拠を語る際にも、契約上の根拠を語る際にも、それらが契約として判断されていることが、法律構成にあらわれていなかった。他方で、本問に即していえば、「債務不履行であっても、債務者と履行補助者に過失がなければ免責される」ということが語られてきた。民法のもとでは、繰り返し述べたように、契約に即して、①債務内容を確定し、②債務不履行の事実を確定し、③「契約及び取引上の社会通念に照らして」の債務者の帰責事由を判断するというプロセスを基礎に据えて、ここでの問題を処理すべきである。3 異なる観点からの設問設定本問では、以上に述べたほか、別の観点から、個別具体的な契約に即してみたときに、債務者であるBに対して次のような義務が課されているかどうかについても、検討するに値する。これらは、いずれも、本件における修復をすること自体が債務不履行となることを意味するものである。第一は、そもそも、A・B間の契約において、B自身が――たとえ自己と同レベルの技能を有する修復職人がいたとしても――甲・乙の修復をすることに合意されていた場合には、Bは、他人を使用しない義務(自己執行義務)を負っていたのではないかということである。そうであれば、BがCを使用してこのことを自身が債務不履行となることになる。それであれば、BがCを使用してこのことを自身が債務不履行となることになる。第二は、甲・乙を修復する作業を行うためにBが手配してこれをAへ組織し、修復作業に臨んだときに、その組織編成・人的システム構築が不十分であったために、納期に遅れたり、完成した結果に不備があったりしたときに、Aは、(履行遅滞・契約不適合とは別に)Bの組織編成・人的システム構築面での義務違反(これも契約解釈を経てその存否・内容が描かれる)を理由として損害賠償責任を追及することができるのではないかということである。●関連問題●本問をもとに、仮に、AのBに対する損害賠償請求が認められるとしたならば、その場合における損害賠償の可否について、どのような思考の枠組みが考えばよいかを検討しなさい。検討に当たっては、いわゆる相当因果関係説からどのような議論展開になるか、また、いわゆる保護範囲説からはどのような議論展開になるのかを視野に入れつつ、あわせて、契約の内容を確定するという作業が損害賠償の内容を判断するうえでどのような意味をもつのかを考慮しながら、本問の答案に結びつけて整理しなさい。●参考文献●滝沢・393頁
『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日
ISBN978-4-7857-2992-9
種類債務の履行の提供と受領遅滞
2025/09/03
2022年6月10日、X会社はY会社との間で、Xが製造するICチップをYが7月から向こう6か月にわたって1000枚ずつ、毎月25日にXがYの倉庫に搬入し、Yが代金総額600万円を各月の納品後12月25日にまとめて支払う旨の契約を締結した。その後に製品価格が急落していたところ、7月25日にXが製造したICチップをYの倉庫まで運送したが、Yは、製品価格の急落を理由に荷引き取りをすることができないので、7月分を8月と一緒に8月25日に引き取ることを申しいれた。やむなく、Xは当該製品を自社の倉庫に戻して、8月25日になって再度、Xは、取引先のA会社に納入する同種製品と一緒になってYの倉庫まで製品を運んだが、Yからは、XがYに不良品質の契約を製造しているにもかかわらず、Yはそのことができないので、Yは受け取りを拒絶した2か月分の製品とその日にA社に入荷する同種製品3000枚をトラックで、それぞれの会社を仕分けせずに、A会社に納品するために進んでいたところ、対向車線を走っていたトレーラーが突如車線をはみ出して、半回転して衝突した。それからトレーラーが発生した火災によって運搬中の製品のすべてが焼失した。XはYの不誠実な対応に失望していたため、Yとの今後の取引をとりやめたい。あるいは、Yとの取引を継続しうるとしても2か月分の製品代金200万円を請求したい。XはYにどのような根拠に基づき主張が可能であるか。●参考判例●① 最判昭30・10・18民集9巻11号1642頁② 最判昭40・12・3民集19巻9号2090頁③ 最判昭46・12・16民集25巻9号1472頁●解説●1 受領遅滞と契約解除(1) 受領遅滞の意義以下では、まず、Yとの売買契約をとりやめることができるのかどうかを検討しよう。債権者は、債務の履行に向けた自身の果たすべきすべての準備を終えて、その旨を債務者に通知すれば、債務の履行のために必要なすべてのことを終える。これが履行の提供といわれる(493条参照)。債務者は、原則として、債務者のもとで給付結果を提示しなければならないが(現実の提供)、債務者の協力を要する場合に債務者の準備をすれば足りる(口頭の提供)。債務の履行が提供されたにもかかわらず、債務者が債務を受領しないことによって生じる責任を負わない(492条)。その反面、債務者が債務の履行を怠った場合には、その後に債務者に責任が生じることになる。これが受領遅滞と呼ばれる(413条)。債権者に受領する義務を負うと考えれば、債務者の受領遅滞に応じないのは、債務者による受領義務の不履行を意味する(債務不履行責任説)。しかし、債権者に受領する義務を科すかには、問題に受領する義務を負う)との明確な定めがあるため、債務者の受領義務の違反を観念しがたい。したがって、受領遅滞は、債権者が理由なく受領しない事実がある場合に、履行の実現しないことによって生じる不利益を債務者から債権者に転嫁する法定の責任を意味するとされる(法定責任説)。もっとも、債権者にとって目的物の保管が莫大な負担となるため、あるいは、債権者が債権者に対する信頼を呈したため、契約関係を解消することを望む事態も想定できる。たとえ受領が権利であって義務でなくとも、目的物の給付の移転に応じる行為を「引渡」と「引渡」から区別した上で、目的物の引取りが重大な問題となりうる売買契約である。この見解によれば、引取りは義務であるから、引取りに応じなければ、買主は受領遅滞に陥ることはもちろん(413条)、それに加えて同時に、信義則上の引取義務の不履行に基づく責任も負担しなければならない。この場合、売主や引取人は買主や受注者に対して、債務不履行に基づく損害賠償はもちろん(参考判例②)、契約を解除することもできる(541条以下)。本問において、Yは不当に目的物の引取りに応じようとしなかったため、Xは、Yの引取義務の不履行に基づいて、契約全部を解除することができる(542条)。Xは併せて、Yに対して引取義務の不履行に基づいて発生した損害(売買代金額と目的物の時価との差額:参考判例③参照)の賠償を求めることもできる(415条1項)。2 種類債務の特定と危険負担(1) 種類債務の特定の効果次に、XがYとの売買契約を継続しつつ焼失した2か月分の商品代金の支払を求められるのか、検討しよう。本問におけるXのICチップの引渡義務のように、一定種類に属する一定数量の引渡しを内容とする債務を種類債務という(401条参照)。XはYとの売買契約に基づいて、定められた品質のICチップを定める義務を負うが、履行日にYに引き渡すべき債務を負う。その後に品質保証価格といったリスクは、すべて売主が負担しなければならない。しかし、売主がいつまでも買主への引渡義務に拘束され、その目的価格の下落ないしは商品の品質低下といったリスクは、売主にとっては過酷な状況となるうる。そこで、売主が市場から商品を仕入れ、あるいは自から商品を生産する場合に、当該製品をBの引取りに向けて、それ以後も売主の市場の商品に代え、その危険ないしは費用が債務者の負担に移転される時点(401条2項)は、当事者が契約によって目的物を特定する場合、当事者が契約で債務者に特定できる権利を付与する場合(401条2項後段)のほか、債務者が「給付をするのに必要な行為を完了」することによっても認められている(同項前段)。問題となるのは、種類債務の特定をもたらす「給付に必要な行為の完了」が何を意味するのかである。(2) 種類債務の特定の効果と危険負担債務者がその履行のためにするべきすべての行為を行えば履行の提供をしたことになるため、履行の提供と種類債務の特定の時期が問題となるが、成立債務(種類債務を履行するための具体的な行為は何か)を別に分析し、①債務者が準備を完了し、②債務者が分離して、③債務者が引渡場所まで運搬して給付の準備を完了したこと、をそれぞれ意味するとされる。このような見解によれば、債務者が特定の準備を完了するため、持参債務であれば引渡場所で準備を完了した時点で、本件と異なり取立債務の場合には、送付場所で債務者が準備を完了すればよい。これに対し、債務者が債務者の住所地で現実の引渡をするという(大判大正11・11・4民集1巻629頁)。このように、持参債務であっても、現実の提供に必ずしも目的物の分離は必要とされないのであるから、現実の提供があっても、なお種類債務の特定の時期が生じない事態も生じうるはずである。(3) 種類債務の特定の効果と危険負担種類債務の特定と、それ以後、その目的物だけが引渡債務の対象となるため、その時点から、原則として特定物債務のためのルールが適用される。したがって、特定された目的物について契約に従った善良な管理者の注意義務が発生し(400条)、その特定された目的物の所有権が買主に移転する(最判昭30・6・24民集9巻8号1528頁)。もっとも、種類債務の特定によって危険が買主に移転するか否かが問題となる。たとえば、取立債務であれば、売主が目的物を分離・通知して種類債務が特定しても、いまだ引き渡されていなければ、危険は買主に移転しない(567条1項後段)。売主は、当該目的物が滅失した場合にも、もはや目的物の調達をする必要がなくなるにすぎない。これに対して、従来、目的物の支配の移転と同時に危険が移転するのであれば(→本節2節)、種類債務は引渡しによっては特定物と解するとの見解も主張されてきた。しかし、引渡後に目的物が偶然燃焼によって滅失したときにも危険も移転するとされてきた(567条1項前段)、引渡後の場合はこれに基づく論述も可能である。もっとも、特定後に目的物が滅失した場合にもなお履行が請求できるとする見解もある。したがって、引渡後に目的物が偶然燃焼によって滅失しても、売主は引渡債務を免れる。(4) 受領遅滞と危険の移転引渡によって種類債務が特定するとすれば、売主が引渡しを履行したにもかかわらず、買主がその受領を拒絶した場合にはどうなるのであろうか。この場合に売主が危険を負担するというのでは不合理であるから、引渡後は、目的物の引渡しだけでなく、受領遅滞によっても債権債務の特定が生じるとする。たとえば、履行期間内に売主が引渡しを申し出たところ、買主がその受領を拒絶し、その後に商品が不可抗力で焼失したとすれば、やはり受領遅滞によって種類債務が特定し、危険は買主に移転するというのである。しかし、本問においては、Yが運送していたYのための製品は、Aに引き渡すべき製品から仕分けされずに一緒にされていた等の事情がないため、現実の提供が行われて受領遅滞が生じていてもなお種類債務の特定は生じていない。履行の提供によっても、目的物の分離がなく、種類債務は特定されていない以上、もし買主に受領するにいたる危険が移転する可能性があるならば、善管注意義務にも反して特定された商品の危険を考えなければならない。しかし、民法567条2項は、目的物が「特定」されていることを要件としており(同法567条2項後段)、受領遅滞による危険の移転を認めることから、目的物が分離・特定されていない本問には適用できない。したがって、本問では、より一般的に受領遅滞による危険の移転を定める民法413条の2第2項、536条2項によって、受領遅滞がある売買に買主が危険を負担すべきであるであろうか。結局、本問において、Xは7月・8月分の製品について、8月25日にYが受領を拒絶して受領遅滞に陥った後、Xの責めなく当該製品が焼失したため、受領遅滞に基づく危険の移転を根拠に、Yに対して当該2か月分の製品代金200万円を請求することができる。●関連問題●2022年6月10日、X会社はY会社との間で、Xが製造するICチップをYが7月から向こう6か月にわたって1000枚ずつ、毎月25日にYがXの倉庫に引取りに来ることで製品をYが納品し、Yが代金総額600万円を各月の納品後12月25日にまとめて支払う旨の契約を締結した。その後、7月25日の引渡に備えて、Xは製造したICチップを当社倉庫に投入して、他の会社に納入する同種のICチップと一緒に保管していたが、その後に製品価格の急落した際、7月25日にYが引取りに来ないので、翌日、Yに連絡をとった。Yは、製品価格の急落を思うと当面は思わしくないため、7月分と8月分を一緒に8月25日に引き取ると返答した。8月25日になってYが引取りに来ず、Xが翌日にYに連絡をしたところ、Yはそもそも当初より契約内容に納得しておらず、無効であると主張した。その後、8月27日に、Xの倉庫が不可抗力により製品とともにすべての製品が保管とともに燃焼してしまった。XはYの不誠実な対応に失望していたため、Yとの今後の取引をとりやめ、あわせて焼失した2か月分の製品代金200万円を請求したい。XはYにどのような主張が可能か。●参考文献●滝沢・38頁/宇野=45頁/宇野=1112頁/中田=47頁/43頁/村田=16頁「民法でささえる法」(有斐閣、2021)143頁/村田=43頁/滝沢=43頁「ケースで考える民法改正」(有斐閣、2022)283頁(大澤)/(北居功)
『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日
ISBN978-4-7857-2992-9
特定物売買と手付
2025/09/03
2024年6月1日、AはBとの間で、B所有の土地(以下、「本件土地」という)を800万円で買う契約(以下、「本件契約」という)を締結した。本件契約の当時、本件土地上にはB所有の木造建物が建っており、Bが自己の費用でこの建物を収去して更地にしたうえで、同年8月末日までにAに引き渡すこととされた。売買代金は、本件土地の引渡しと引換えに支払うこととされた。また、本件契約の締結に際して、AはBに手付金200万円を交付した。この手付に関して、売買契約書には次のような条項(以下、「本件手付条項」という)があった。「売主が本契約を履行しなかったときは、買主に既払手付金を返還すると同時に、手付金と同額を違約罰として支払うものとする。」この契約書は、市販の契約書書式をBが作成したものであり、本件契約の締結の際、Aは、手付金について協議はしたが、本件手付条項の内容には特に注意していなかった。以下の11および2について、それぞれ独立した問いとして答えよ。(1) 本件契約締結の初日、Aは、売買代金を返還するのを定期預金を期間満期前に解約した。ところが、2024年6月31日、Bは、本契約を解除したい意向をAに伝えた。Aはこれに異議を唱え、手付の倍額(400万円)を持ってきても受け取らないと述べた。Bは400万円を用意し、これをAに返すとともに、本件手付条項に基づき本件契約の解除を通知した。AはBに対して、売買代金の支払と引換えに本件土地の引渡しを求めることができるか。(2) 本件契約締結の初日、Bは、木造建物の収去を業者に依頼し、2024年6月9日に収去作業が始まった。ところが、同月14日、Aは、転勤が決まったことを理由に、本件手付条項に基づき手付の放棄と本件契約の解除をBに通知した。BはAに対して、同年8月31日に本件土地の引渡しと引換えに売買代金の支払を求めることができるか。●参考判例●① 最判昭24・10・4民集3巻10号437頁② 最判昭40・11・24民集19巻8号2019頁③ 最判平6・3・22民集48巻3号859頁●解説●1 手付の性質売買契約において、契約締結の際に買主が売主に対して、手付として一定額の金銭を交付することがある。このような手付の授受は、不動産売買においてしばしば行われる。手付には一般に、証約手付、解約手付、違約手付という3つの性質のものがある。証約手付は、契約成立の証拠としての性質を有するものである。すべての手付は、証約手付の性質を有している。解約手付とは、契約当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して、一方的に契約を解除することを認めるものである(557条1項)。民法が規定しているのは、この種の手付である。このことから、判例・通説は、当事者に別段の合意がない限り、手付は解約手付としての効力を有するとしている(最判昭29・1・21民集8巻1号64頁)。違約手付については、さらに2種類のものがある。損害賠常額の予定と、違約罰である。前者は、買主に債務不履行があった場合には損害賠償金として手付が売主により没収され、売主に債務不履行があった場合には損害賠償金として手付の倍額を買主が支払うというものである。他方、後者は、当事者の一方に債務不履行があった場合に債務を履行する点では前者に同じであるが、民法の規定に従い算定された債務不履行に基づく損害賠償を別に支払う必要がある点に、大きな違いがある。違約手付が合意された場合、損害賠償額が予定されたものと推定される(420条3項)。これらの手付は、損害賠償額の予定と違約罰を除けば、同一的な関係に立つのではなく、1つの手付に複数の性質が併存することがありうる。前述のとおり、すべての手付は証約手付を性質に有するため、1つの手付が、証約手付と解約手付の双方の性質、証約手付と違約手付の双方の性質を有するのは、ごく普通のことである。さて、本件手付条項は、文言上は違約手付(損害賠償の予定)のようにみえる。このような問題となろうか。前述のとおり、手付は原則として解約手付としての効力を有すると解されるが、民法557条1項は任意規定であるため、当事者が別の合意をすればそれが優先する。言い換えれば、手付条項から解約手付の性質を排除するためには、その旨の意思表示が必要となる(大判昭7・2・19民集11巻1552頁)。このような意思表示が認められない場合には、たとえ違約手付の合意があったとしても、これと両立して解約手付も認められる。すなわち、後者の手前においては解約手付として機能し、その後に債務不履行があった場合には違約手付として機能するという理解である。このように、両者が併存する場面は異なっているのであるから、両者が併存しても矛盾は生じない。そして、解約手付の性質を排除する旨の合意があったか否かについては、当事者の認識の齟齬がある場合には、諸事情から合理的に判断することになる。本問では、Bが市販の契約書書式をBが作成したこと、Aはこれについて条項の内容について気にとめていなかったことが明らかだろう。2 手付解除の方法本件手付が解約手付の機能を有しうるとすれば、次に問題となるのは、小問(1)でのAの解除、小問(2)でのAの解除が民法557条1項の要件を満たしているか否かである。本問では、A・B間における売買契約の成立、解約手付の合意、手付の授受が明らかであるから、解除の意思表示もされている。さらに、手付解除をするには、売主は手付の倍額を現実に提供し、買主は手付の返還請求権を放棄する必要がある。Bはこのような対応をしたが、Aは手付の倍額の提供をしなければならないのは、手付解除の方法の厳格性を表すものであるか。判例・通説は、買主が手付の倍額の受領をあらかじめ拒んでいるときでも、手付解除の効力が発するためには、手付の倍額が現実に提供されることを要するとしたうえで、これが現実に提供されることと解する(参考判例①)。すなわち、口頭の提供で足りるとする。Bが手付解除をする場合には口頭の提供で足りる。どの時点で解除の効果が生じたのか。Aが明確な準備態勢に入っても、手付解除をすると、その履行の意思表示を不要とする効果も発生しうるが、買主による手付解除の意思表示を不要とする効果も発生しうるが(557条2項)、などと解釈するのが通例である。この区別は客観的なものであるので、買主による解除の意思表示がなされたか否かを判断するのも、A・Bは手付解除の表示をしており、この点は問題とならない。3 履行の着手手付解除をしうるのは、相手方が履行に着手する前に限られる(557条1項ただし書)。なぜなら、相手方は、履行に着手するまでに手付解除の意思表示がなされなければ、契約が履行されるとの期待を抱き、履行の着手によって多くの費用を要する。もしその後でも手付解除を認めると、相手方は手付相当額では補えない不測の損害を被ることになってしまうからである。このような観点から、手付解除の時期限界を画する「履行の着手」は、「債務の内容たる給付の実行に着手すること、すなわち、客観的に認識し得るような形で履行行為の一部をなし、又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合」と解されている(参考判例②)。その例は、当事者の一方、履行の提供、履行の遅延などである(最判平5・11・16民集47巻9号308頁)。本問では、解除の意思表示がなされた時点より、小問(1)では、Aが銀行の定期預金を期限前解約しており、小問(2)では、Bが建物の収去を業者に依頼しているが、これが「履行の着手」に当たるか否かが問題となる。Aが代金を調達する行為は準備行為にすぎないことから、履行の着手にはあたらないと解されるが、Bが建物の収去を行っている場合、履行の提供をするために欠くことのできない前提行為といえるかどうかによって結論が分かれる。他方、BがAにおける本件建物収去の作業は、引渡期限になされてはいないものの、本件土地の引渡義務を履行するための準備行為であることも、本件契約のBの引渡義務の履行とみることができよう。この評価が妥当する。●関連問題●(1) 本問において、本件土地の引渡期限前に、Bは手付の倍額を現実に提供して契約を解除することができるか。(2) 本問において、本件契約の締結後にAが本件土地の測量を実施したうえで、その結果を基に坪100万円にして代金額を確定することになっていた場合において、Aが測量を実施した後に、Bは手付の倍額を現実に提供して契約を解除することができるか。●参考文献●後藤=28頁/田村=33頁/奥田=25頁/田村=33頁
『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日
ISBN978-4-7857-2992-9
安全配慮義務違反
2025/09/03
Aは呉服屋を営むB会社に就職して1か月の新人社員であった。ある晩、AはB会社よりB社の寮のアパートでの新人研修のために食事を準備するため同僚Cの部屋を訪れていたところ、寮の1階でたむろしていたD、Eに、「見ないで、Cの部屋に行く」と告げてアパートに入ると、突然、Cに羽交い絞めにされてAの部屋に連れ込まれ、従業員の名前を名乗る2人から、Aは顔面を殴られ、甲歯車数本を折るなどの傷害を負い、現金約5000万円相当が盗まれてしまった。Aは運ばれた救急病院での警察官の尋問の際に上記の事情を話したが、警察の調べでは、従業員全員にアリバイがあり、連絡がついたのを偽って乱入したらしい。Aは傷が深く、病院に運ばれた際に翌日に死亡した。警察の捜査にもかかわらず、上記事件から3年半経っても本件の犯人は捕まっていない。なお、Bが設置した甲建物には、訪問者を確認できるようなインターホン施設や防犯チェーン、防犯ブザーなどは設置されていなかった。AはB社を継いだC母以外には親族はいない。この場合、DがB会社に損害賠償請求するとしたらどのような法的構成が考えられるかについて、相手方から予想される反論も踏まえつつ、検討しなさい。●参考判例●① 最判昭50・2・25民集29巻2号143頁② 最判昭55・12・18民集34巻7号888頁③ 最判昭56・2・16民集35巻1号56頁④ 最判昭59・4・10民集38巻6号557頁(2) Cは、隣家または契約不適合を視野に、Aとの甲地の売買契約、Eとの乙建物の建築請負契約およびDとの融資契約の取り消しまたは解除を求めることができるか。●参考文献●角田美穂子・吉満正道10頁(参考判例①坪田)/竹濱修・平成15年最重判117頁(参考判例②神田)/久保井之・平成15年最重判70頁(参考判例③判田)●解説●1 責任の発生及び法的構成生命・身体等の被害が発生した場合、判例は、戦前の大審院判決(大判大正15・2・16民録5巻159頁)以来、死亡に至っていれば、債務不履行責任に基づく損害賠償請求を相続人が構成するという構成をとっている。そこで、本問では、死亡したAに発生した損害賠償請求権を唯一の相続人である母親Dが相続することになる(896条1項)。人が、Aを殺した犯人に対して、民法709条の不法行為を理由とした損害賠償を請求するのは明らかである。また犯人への使用者責任(715条)を本問で、甲建物に侵入した者の身元が判明していないため、犯人がB社の従業員であるか、Bの被用者といえるかなどの議論がなされていた。その犯人の加害に加わった者にも共同不法行為責任(719条1項後段)が発生する可能性もある(共同不法行為については→本書参照)。しかし、犯人はAを殺した犯人ではないのだから、この損害賠償請求権はすでに犯人に届いた賠償請求権に基づいている。また、犯人が本件取引の時点で、B社の従業員であれば、Bに使用者責任に基づく損害賠償を請求することも考えられる(使用者責任については→本書参照)。しかし、犯人はB会社の少なくとも現在の従業員ではないため、使用者責任の請求は困難である。そこで、考えられるのが、B社は従業員Aに対して雇用契約関係上の信義則に基づき、その生命・身体・健康等の安全に配慮すべき義務を負っており、この安全配慮義務違反によって生じた損害に対して債務不履行責任に基づく損害賠償責任を負うという安全配慮義務違反である。安全配慮義務は、日本で1960年代半ばから、労災・職業病事をめぐる損害賠償訴訟において認められた義務概念である。始めて安全配慮義務を認めた判例(陸上自衛隊事件)、その後、最高裁は「国は、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っている(国家公務員安全配慮義務)。その設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務遂行に当たる上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っているものと解すべき」であるとした。最高裁が安全配慮義務を債務不履行の問題と捉えたのは、右のような事案において、当該法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係にある当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきもの(上述①)からと説明した。以後、安全配慮義務概念は、労災・職業病を中心に、学校事故その他で広く議論されるようになった。本問のCもBが負うとする安全配慮義務違反を理由とした債務不履行に基づく損害賠償請求を締結したとして、Bに損害賠償請求しようとの場合、問題となる安全配慮義務の内容と義務違反の事実、信頼関係、すなわちAを相続したので、使用者責任、債務不履行に求められるべき事由がそもそも証明困難であること、その証明は債務者であるが(参考判例①)、Bは従業員でもない犯人がしたことには責任は負わないなどとして争うことが考えられる。しかしながらこうしたような事案で、最高裁は、従業員を宿泊させるならばその安全を確保するために、ドアを強く叩くなどの侵入者の存在を認識できるインターホンやドアチェーン、防犯ブザーなどの安価で設置できる安全配慮義務がある。これらを怠ったとして、安全配慮義務違反を理由とする債務不履行責任を使用者側に認めた(参考判例③)。本問でも、Bには宿泊者の安全配慮義務違反の相手方として、BはCに損害賠償請求を行う。この場合、AはBに損害賠償請求するにあたって、B社の建物に侵入した犯人が誰であるかを特定する必要はない。この場合、本件の状況とB社が負うべき安全配慮義務の内容を踏まえて、B社の建物に侵入した犯人の行為がAの死亡と因果関係があると主張立証できれば足りる。なお、犯人が誰であるか特定できないため、本件のような犯人が誰であるか特定できないことは、安全配慮義務を負うことはない。なお最高裁は、安全配慮義務の「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触関係」に生じる義務として、その成立を肯定するが、そこでの裁判例は、契約関係にない第三者に対する安全配慮義務などは、現在までの判例では認められていない。そこで刑事訴訟法など、契約関係にない第三者に対する安全配慮義務の成否も問題となる。2 安全配慮義務違反の債務不履行責任の法的効果ところで、本件で、DはCに生じた生命侵害を理由とする逸失利益の賠償請求権の相続を前提とするのであるが、これらの請求の根拠は民法711条の不法行為を理由とする損害賠償請求権であるだろうか。この問題に対して、判例は、安全配慮義務違反は債務不履行であるから、使用者契約関係にある労働者に対して負う責任であって、遺族は使用者と契約関係にないから、安全配慮義務違反を理由に、遺族の慰謝料を請求することはできないとし、また、一定の期間の慰謝料の請求を認める民法711条は不法行為責任に適用される規定であって、債務不履行責任については適用できないとして、遺族の慰謝料請求を否定する学説の一部が見解を否定した。他方で、債務不履行に基づく損害賠償請求の場合、一般的に、弁護士費用を損害として認める裁判例もあるが、最高裁は、安全配慮義務違反を理由とした債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟でも弁護士費用を損害と認めるという判断について、それが相当因果関係の範囲内であれば認められるとしている(最判平24・2・24判時2144号89頁)。3 民法改正との関係安全配慮義務は判例・学説で認められてきた概念であって、民法に明文の規定はない。2017年改正民法でも、安全配慮義務は民法に加えられなかった。安全配慮義務は、2007年に成立した労働契約法5条で使用者が労働契約に付随し、労働者にその生命、身体等の安全を確保しつつ労働できるよう必要な配慮をする義務」と規定されているため、民法の安全配慮義務をあえて入れる必要はない、労働法との調整も必要となるため、民法の条文には置かれないままになったという。ところで、安全配慮義務違反による債務不履行構成は、同一の事象について不法行為責任も成立しうる場合でも、後者に基づく損害賠償請求権が短期消滅時効期間の満了から3年の消滅時効にかかる(2017年改正民法724条の2)に対して、前者は、債務を履行することができる時(同法166条1項)から10年(同法167条1項)といういわゆる「時効メリット」があることが指摘されてきた。本問でも、Aが死亡した以上はBの従業員であることが使用者責任を構成した場合には、上述のように、民法715条の使用者責任を理由とした損害賠償も考えられるが、本問では、すでに事件から3年以上が経過しているとの記述もあり、この短期消滅時効が完成していることになる。この場合に、安全配慮義務違反であれば、なおBに損害賠償請求できるのである。民法改正では、債務の一般的消滅時効期間が長期に重点化され、従来の権利を行使することができる時から10年の時効期間(166条2項)に加え、権利を行使することができることを知った時から5年の短期時効期間が導入された(同項1号)。従来は、安全配慮義務違反の債務不履行を理由とした損害賠償請求権を行使することができることをもって10年の時効期間だったのが、半分の5年になってしまうのだから、時効メリットは大きく失われたことになる。他方で、改正民法は、人の生命または身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効期間について長期時効期間として20年とし(人の生命または身体を害する不法行為による損害賠償請求権の短期消滅時効については、3年から5年に伸ばした(724条の2))。また、生命侵害の場合の損害賠償請求権については、被害者またはその法定代理人が損害および加害者を知った時から5年の短期消滅時効期間も適用され、また、これを知らないうちは、いずれにせよ権利を行使可能な時ないし不法行為の時から20年の長期消滅時効が適用されることになった点に注意を要する。なお、2017年改正法の施行日(2020年4月1日)以前に債務を生じた場合には、なお従前の例による(附則10条4項)。●関連問題●窃盗罪で罪に問われ懲役2年の刑となったAが刑務所に収容されてから1年後に行った労働作業で、使用していた機械が故障したことによる誤作動で、Aは指を切断する負傷を負った。Aが出所してから3年後にAは国を相手どり安全配慮義務違反の不履行責任ないし、国家賠償法上の責任に基づく損害賠償請求をした場合、この請求は認められるか。●参考文献●北原功・吉満正道『補訂/浦川/土屋セミナー963号』(1985)135頁/北原功・平成25年最重判74頁/高見1169頁
『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』 千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者・2022年10月15日
ISBN978-4-7857-2992-9