請負における所有権の帰属
(1) A・B間で、A所有地への建物の建築をBが請け負う契約が締結された。Bは、自己の提供した材料で全工程の4分の1まで終えたが、そこで中断した。Aは、Bとの契約を解除し、工事の続きをCに請け負わせた。Cは、自ら調達した材料で建築を完成させ、Aからの残額の支払いをAにこれを引き渡した。また、A名義での保存登記がされた。この建築物で、出来形部分は基礎のむき出しであった。建物の価値は3000万円になったのに対して、完成した建物の価値は200万円だったのに対して、完成した建物の価値は3000万円である。AからのBへの報酬は支払われていない。以上の事実関係のもと、Bの債権管理会社A'は、建物の所有権はBにあると主張して、登記の抹消および使用相当額の支払いをAに求めた。認められるか。(2) (1)と異なり、BはAに無断で工事を中断してDに下請けに出した。Dは自己の提供した材料で全工程の4分の1まで終えたが、Bが倒産したため工事を中断した。その後の工事の帰趨や事実関係は、(1)と同じである。しかし、(1)と異なり、A・B間には、建築途中で契約が解除された場合には出来形部分はAの所有物とするとの特約のほか、報酬も工事の進捗に応じて分割して支払うとの特約があり、Aは進捗状況に応じた額の報酬をBに支払っていた。B・D間にはそういった特約はなく、BからDへの報酬も支払われていない。以上の事実関係のもと、Dは、Bの時に、完成建物の所有権に基づき、登記の抹消、建物の明渡し、使用相当額の支払をAに求めたほか、認められなかった場合に備え、二次的に、民法248条に基づき出来形部分の価額相当額700万円を支払うよう求めた。認められるか。(3) (1)において、下線部の特約がなかった場合はどうか。さらに、下線部①の特約および支払もなかった場合はどうか。参考判例と設問参考判例① 最判昭54・1・25民集33巻1号26頁② 最判平5・10・19民集47巻8号5061頁設問1. はじめに本問は、建築請負契約において完成建物や出来形部分の所有権が誰に帰属するのかという問題を基礎として、出来形部分に第三者が手を加えて完成させた場合の処理、および、下請負人が登場する場合の処理について問うものである。2. 未完成建物を第三者が完成させた場合の所有権の帰属(1) 検討の対象と順序小問(1)で完成建物の所有権がBにあるといえるためには、第1に、そもそもBの作った出来形部分の所有権がBにあったといえるのか(→(2))、第2に、それが認められるとして、建物を完成させたのがCであってもその所有者がBだといえるのか(→(3))、という2つの段階を経る必要がある。(2) 出来形部分の所有権の帰属(a) 前提ー不動産に劣る従物の扱いと報酬の効果本問では、出来形部分はまだ土地の不動産ではない(建物の要件が不動産になる要件については、大判昭和10・10・14民集14巻1671頁)。そのような状態で所有権の帰属がどうなるか。参考判例②も、不動産になるまでは土地の一部にすぎないと考えるが、そこにBの所有権は認められない。しかし、同旨大判昭和10・10・1は、不動産になる前でも独立の動産として債権の客体となることを認めている。また参考判例①も、それを前提として(「土地に定着しているが独立の不動産とはいえない状態の建物」といわざるを得ない)。建築途中であっても、いずれそれが建物になることを考えると、独立した動産として扱うことは問題がある。次に、本問ではAが報酬を前払いしている。そのため、出来形部分についてBに原始取得後(505条1項)が生じるようにも思われる。しかし、建築工事は可分であり、かつ、出来形部分はその給付によって注文者が利益を受けるものであるため、民法634条2号により、そこに報酬の対象とはならない(→本節設問の最判昭和56・2・17判時996号61頁も参照)。以上を踏まえて、出来形部分の所有権は誰に帰属するのだろうか。(b) 建物所有権に関する請負人帰属説建物の完成の段階で所有権の帰属が問題になるのは、変則的な事態である。通常の経過を辿った場合に遡及し、完成建物はいつから注文者の所有物となるのかを考えよう。ありうる構成は2つである。1つは、建物の所有権はずまず請負人に帰属し、その後どの段階で注文者に移転するものである。もう1つは、初めから注文者に帰属するものである。このどちらをとるかの基準として、判例は、古くから、材料の全部または主要な部分を提供した者に建物所有権も帰属するとしている(材料主義)。注文者が材料の大部分を提供した場合は、特約がない限り、建物は原始的に注文者の所有物となり(大判昭和7・5・9民集11巻854頁)、請負人が材料を提供した場合は、特約がない限り、建物所有権はまず請負人に帰属し、引き渡しによって注文者に移転する(大判明治37・6・28民録10輯961頁、大判大正3・12・26民録20輯1284頁など)。建物請負契約では通常は請負人が材料を提供するため、この判例によれば請負人帰属説と呼ばれる。参考判例①は、この考え方が出来形部分についても妥当することを示唆している。このために、材料の所有者がそのまま目的物の所有者になるのは、原則的には飲み込みやすい。材料と労力の提供によって目的物の所有権を定めることは、物権法の付合(246条)や加工(248条)の制度趣旨にも合致する。また、この立場は実質的な意義として、十分な担保手段をもたない請負人に、建築費確保の機会を確保に資するという点も強調される。(c) 注文者帰属説これに対して、当事者意思や契約の趣旨を根拠として、材料の提供者が誰かにかかわらず、建物所有権は原始的に注文者に帰属するとする説(注文者帰属説)が有力に主張されている。注文者帰属説は、建物を注文者が自ら使用するために建築を建てることにあり得ず、初めから注文者のための建築なのだから、請負人が所有権を取得することもないというのがその主張の骨子である。この考え方は、物権変動の意思主義(176条)ー対価の支払目的物の引渡しがなくても、所有権は当事者の意思のみで移転するーに合致する。また、たとえ請負人帰属説の立場でも目的物引渡しがなされたり対価支払を負うことになるし、報酬請求権の確保には他の手段があるはずだと注文者帰属説を支持する。注文者帰属説に従えば、本問における出来形部分の所有権はAにあることになり、BやBの債権者は所有者となることはない。(d) 特約の認定もっとも、いずれの説でも、当事者の異なる特約を認めることには妨げられない。請負人帰属説に立つ判例も、当事者間に、建物の完成と同時に注文者に所有権を帰属させる旨の合意があるときは、完成建物所有権は原始的に注文者に帰属すると解する(大判大正2・12・13民録22輯2417頁など)。この合意は契約当事者の自由の原則の当然の帰結であるから、裁判所は、たとえ明示の合意がなくても、合意の存在を比較的緩やかに認める傾向にある(そこには、注文者帰属説の影響があるだろう)。とりわけ、建物完成前に請負代金が報酬の全額または大部分を支払っていた場合には、特段の事情がない限り、建物完成時点で所有権を注文者に帰属させる黙示の合意を推認することを判例は確立しているといってよい(大判昭和17・3・27民集22巻960頁、最判昭和46・9・13判時573頁25頁、最判昭和46・3・5判時628号48頁など)。報酬の支払は目的物の引渡しと同時履行の関係に立つのであるから(633条本文)、注文者が前払いするのは目的物の所有権を早めに取得することと当事者の間で了解しあっているから、この場合には請負人の報酬債権確保の必要性も小さい。したがって、黙示の合意の存在を緩やかに認めることには根拠がある。もっとも、小問(1)の事案では、Bの求めではないのにAの方から報酬が支払もされていないため、黙示の合意に基づく所有権帰属を認めることは無理だろう。(e) 第三者による完成の効果建物所有権について請負人帰属説に立つ場合には、出来形部分の所有権を請負人に帰属したことになる。その場合には、第三者のCが手を加えて建物を完成した場合、その所有権は誰に帰属になるのだろうか。B・C間に完成物はないため、物権法、特に添付のルール(242条以下)に従って判断することになる。もっとも、それをどのように用いるかは丁寧に考察する必要がある。1つの考え方として、建築物の土台にあたる出来形部分を「主たる動産」と見て、そこにC所有の材料が付合したことから、出来形部分の所有者が全体も所有権を取得し(243条)、不動産になった後もこれに対応した材料の所有権をBが取得する(242条)という構成もありうる。参考判例①の請負人は、このような主張を展開した。しかし、付合のルールでは、この判断を評価することができない。本問では、Cはまだ土地の不動産ではない状態から独立の不動産へ仕上げている。このような場合に材料の価値だけで判断してBの所有権を無視するのは適切でない。そのような観点から参考判例①は「材料に対して施される工作が特段の価値を有し、仕上げられた建物の価格が原材料のそれよりも相当程度増加するような場合には、むしろ民法の加工の規定に基づいて所有権の帰属を決定するのが相当である」と述べた。これに従えば、本問でも、加工の規定(246条)に従って建物所有権をBが認めるべきである。(4) 当てはめ以上を小問(1)に当てはめると、請負人帰属説に立つ場合、出来形部分の所有者はBとなる。しかし、出来形部分の価格が700万円であり、Cの材料・工作の価値は2000万円(3000万円−700万円)なので、仕上げられた建物の価格が、原材料である出来形部分の価格を相当程度上回っていると評価できる。そのため、建物の所有権はCに帰属し、引渡しによってAに移転することになる。Bの主張は認められない。3. 下請負人による建築と注文者・元請負人間の特約の存在(1) 検討の視点小問(2)の事案では小問(1)と類似しているが、下請負人が登場し、民法248条に基づく償金を主張している点、および、建物の帰属や報酬の支払についてB・C間に特約がある点で違いがある。ここでも、まず出来形部分や完成建物の所有権の所在を問うことは、小問(1)の場合と変わらない。しかし、契約当事者の争いであった小問(1)とは異なり、小問(2)では、Dが、建物または出来形部分の所有権を根拠として、自身の契約の相手方Bではない建物の最終所有権者であるAから直接回収することの是非も問題となる(この点については特に(2)で検討する)。出来形部分や完成物の所有権の帰属を考えるうえでの請負人帰属説と注文者帰属説の考え方は、下請負人がいる場合にも当てはめて考えられている。したがって、注文者帰属説に立てば、建物所有権はAに帰属する(→2(2)(c))。他方、請負人帰属説に立てば、特約がない限り出来形部分の所有権はBに帰属するが(→2(2)(b))、Cが建物を完成させAに引き渡したことで建物所有権はAに帰属することになる(→2(3))。そうだとすれば、いずれにしてもDに建物所有権は帰属せず、主位的請求である所有権に基づく各請求は否定される)。もっとも、請負人帰属説に立つ場合、さらに二次的主張の当否も検討する必要がある。(2) 償金請求と特約の存在(a) 償金請求請負人帰属説に立つ場合、所有権の帰属について特約がなければ、Dは出来形部分の所有権をCの加工によって失ったことになる。そのため、本来、民法248条に基づいて、現在の建物所有者をAに対して償金請求ができるはずである。(b) 注文者・元請負人間の特約の効力しかし、小問(2)では、注文者Aと元請負人Bの間に出来形部分の所有権の帰属について特約が付されている。もしこの特約が、下請負人Dをも拘束するのであれば、Dは出来形部分の所有権を取得せず、特約がDを拘束するなら、原則として効力は第三者に及ばないので、A・B間の特約はDに影響しないようにも思える。現に、参考判例①もそのように考え、下請負人から注文者への償金請求を認めた。しかし、元請負人と下請負人の関係の履行は目的とする契約である。そうであれば、元請負人が契約内容から離れた独自の立場にいないではないか。実際、参考判例②は、そのような観点から、「下請負人は、注文者との間では、元請負人の下請けという立場に立つものであり、注文者の信頼しうる特約を信頼するのが通常であり、元請負人と注文者間の特約がある場合はその特約を信頼して、元請負人と注文者間の特約に反する主張はできない」と判示した。これによれば、A・B間の特約はDをも拘束するため、出来形部分の所有権はDには帰属せず、Aに対する償金請求も否定されることになる。(3) 明示の特約・報酬の支払がない場合(a) 明示の特約がない場合では、小問(3)のように、報酬時に出来形部分をAに帰属させる明示の特約がなかった場合はどうなるだろうか。この点についての明確な判例はないが、報酬の支払いが黙示の合意による特約を認定する基準になっていることからすれば(→2 (2)(d))、明示の特約がなくても、Aからの報酬の支払さえあれば、黙示の合意が認定されて出来形部分をAに帰属するとしたうえでDは償金請求できないとするのが整合的であると思われる。(b) 報酬の支払いがない場合ではさらに、AからBへの報酬の支払いがない場合はどうだろうか。あまりにDの犠牲のうえにAの所有権の保護が図られることは許されないのではないか。この場合には、Dからの償金請求を認めるべきではないか。しかし、Dは契約相手方Bから報酬を得られずAに請求することはできないだろうか。仮にAがDに償金を支払っても、AのBに対する報酬債務が消滅するわけではない。Aの解除によっても民法634条1号により出来形部分についての報酬債務は消えず、また、民法248条の求償はあくまで請求のなされた所有権の範囲であって報酬債務に影響するものではないためである。そうすると、Aは、出来形部分についてはBとDに二重払いするおそれがある。Dが人的担保機能をもつようになると、債権の確保として機能すればそれのような機能も正当化しうるかもしれないが(ただし、その場合には、AからBへの償金の支払を、BがDに負う報酬債務の第三者弁済と評価されるかという問題があるーそれができなければ、AはBに対する求償もできなくなる)。すでにBに報酬を支払っているAの場合との整合性も問題となるだろう。もっとも、Dの償金請求を封じる法律構成は複雑だ。①元請負帰属の原則として、事後的にでもAがB(D)に報酬を支払えばDは所有権を遡及的に失うと考えるか。または、②下請負人と請負人の関係の独自性(→コラム)を重視し、BーD間の下請契約の結果Dに帰属した出来形部分はBに帰属されるべきであると解して、(請負人帰属説によって)Dは所有権をもたないと考えうるべきではないかと思うが、問題解決がむずかしい。元請負・下請負の構造の解明が待たれる。関連問題と参考文献関連問題下請負人が自身の報酬債権を確保するための手段として、約定(担保および相殺)あるいは、法定(担保)によるものがどのように考えられるか。また、それらの実現に関連し、どのような問題が生ずるか、解説しなさい。参考文献●大村敦志「最判平成5年度民法(下)886頁/中村知・「ゼネコンの倒産と民法」13頁(有斐閣、2007)113頁/宮川雄一郎「請負契約における所有権の帰属」民事法Ⅲ164頁/澤勢信・百選Ⅱ140頁/宮崎裕・百選Ⅲ140頁 (村田大樹)