東京都、神奈川県、埼玉県、大阪府、滋賀県で離婚・男女問題にお悩みなら
受付/月〜土10:00〜19:00 定休日/日曜・祝日
お問い合わせ
ラインお問い合わせ

文書提出義務

XはY銀行から、5億円の融資を受け、この資金でA証券株式会社を通じて株式等の有価証券取引を行ったところ、多額の損害を被った。そこで、Xは、YのB支店長が、貸付段階において、Xの経済状態からすれば、Yの貸付金の利息や有価証券取引から生ずる利益しか支払うしかないことを知りながら、過剰な融資を行ったのであり、これは金融機関が顧客に対して負っている安全配慮義務に違反する行為であると主張して、Yに対して、損害賠償を求める訴えを提起した。この訴訟の中で、Xは、有価証券取引によって貸付金の利息を上回る利益を上げることができるという前提でXへの貸出しの稟議が行われたこと等を証明するために、Yが所持する貸出稟議書(本件文書)につき文書提出命令を申し立てた。これに対して、Yは、本件文書は民事訴訟法220条4号ニ「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に該当するので提出義務を負わないと主張した。裁判所は本件文書について提出命令を発することができるか。●参考判例●最決平成11・11・12民集53巻8号1787頁●解説●1 文書提出義務とその除外事由書証とは、裁判官が文書を閲読し、その記載内容を証拠資料とするための証拠調べであり、その対象となる文書を裁判官に提出するには、立証者自らが所持する文書を提出する方法以外にも、挙証者が文書を所持しない場合には、所持人に文書の任意提出を求める送付嘱託の申立て(226条)や、強制的に文書の提出を求める文書提出命令を申し立てる方法がある(219条)。文書提出命令を発するためには、申立ての形式的要件を満たすのみならず(221条)、文書の所持者が提出義務を負うことが必要である。文書提出義務は、旧民事訴訟法以来、当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき(引用文書、220条1号)、挙証者が文書の所持者に対しその引渡しまたは閲覧を求めることができるとき(権利文書、同2号)、文書が挙証者の利益のために作成されたとき(利益文書、同3号)、挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき(法律関係文書、同3号)、に認められてきたが、加えて、現行の民事訴訟法においては、文書の証拠としての価値の高さや、証拠の偏在を解消する必要性等への配慮から、証拠調べが除外事由に該当しない限り、文書の提出義務を負うものとして、一般的な提出義務が認められている(同4号)。2 自己使用文書の要件本問で問題となったのは、民事訴訟法220条4号ニに列挙されている除外事由の1つである「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」(自己使用文書)に、貸出稟議書が該当するかどうかである。自己使用文書に該当する文書としては、日記や、備忘録、手帳、手紙のように、おおよそ外部の者に開示することが予定されていない個人的な文書がこれに該当する点はとくに問題ない。このような文書を開示することにより侵害される可能性があるのは、個人のプライバシーといった極めて保護法益の高い利益であり、裁判における真実発見の利益を犠牲にしてまでも、保護する必要性が高いからである。ただし、企業が有する文書についても、自己使用文書として開示を拒むことができるかが問題となるケースが増加している。この点、参考判例①は、自己使用文書の要件を明記した。これによれば、①ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示されることが予定されていない文書であること(外部開示性)、②開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあること(不利益性)、さらに③特段の事情がないこと、の3つの要件を満たす文書は、自己使用文書に該当する。2 外部開示性団体の文書が外部に公開されることを予定しているものであるかを判断する際に、判例は、それが法令によって作成が義務付けられているものであるかどうかを考慮し、これが義務付けられている場合には、外部への公開が予定されているものと判断する傾向がうかがわれる。例えば、保険業法に基づき損害保険会社の保険管理人が作成した調査報告書(最決平成16・11・26民集58巻8号2393頁)や監査役の監査に供することが予定されている自己査定資料(最決平成19・11・30民集61巻8号3189頁)については、外部への公開が予定されているものとして提出義務が肯定されている。これに対して、市議会議員が、市から所属会派に交付された政務調査費を用いて行った出張に係る調査研究報告書と添付書類(最決平成17・11・10民集59巻9号2503頁)や、政務調査費の報告書と領収書(最決平成22・12判時2078号3頁)については、当時の条例や要綱・規則によって、会派での保管が義務付けられているが、会派の代表者に提出されるにすぎず、議長・市長への提出は予定されていないので、専ら会派内部で利用され、外部への公開を予定していない文書であるとして、提出義務が否定された。しかし、その後政務調査費の支出に係る領収書や会計帳簿(1万円以下の支出)につき、条例上は議長への提出は義務付けられていないが、議長によって閲覧される可能性があることが明らかにされているもの(最決平成26・10・29集民248号15頁)、他方で、弁護士会の綱紀委員会の議事録および議案書については、会則等によって作成と保管が義務付けられているものの非公開とされていること等から、専ら相手方の内部の利用に供する目的で作成され、外部に開示されることが予定されていない文書であるとして、提出義務が否定されている(最決平成23・10・11判時2136号9頁)。3 不利益性文書を開示することにより、個人のプライバシーや団体の自由な意思形成が害される可能性がある場合には、自己使用文書に該当するものとして提出義務を免れる。自己使用文書について提出義務を否定することによって保護される法益に個人のプライバシーがあることに異論はなく、このことは、判例においても、顧客のプライバシーに関する情報が含まれていれば社内通達文書について自己使用文書性を肯定するもの(最決平成18・2・17民集60巻2号496頁)、調査報告書に記載される第三者のプライバシーが侵害され、その結果将来の調査に支障を来たす可能性があるとして自己使用文書性を肯定するもの(前掲・最決平成17・11・前掲・最決平成22・4・12)からみることができる。これに対して、団体の有する文書について、これを開示することにより、団体の自由な意思形成が阻害される可能性があることも、開示による不利益性の1つとして含めるか否かについては見解が分かれる。個人のプライバシーのみで保護すれば足りるという見解も有力であるが、最近では、団体に意思決定プロセス等を文書化させ、保管させることにより、業務執行の適正さを確保するといった社会的価値があるとして、これが侵害されることも不利益の1つに含まれるという見解も示されている(前掲・集民207頁)。4 特段の事情特段の事情が認められるとされているのは、本問のような貸出稟議書の場合、申立人がその対象である稟議書の利用関係において所持者である金融機関と同一視できる立場にある場合(最決平成12・12・14民集54巻9号2709頁。ただしこのケースでは特段の事情を否定)、文書作成者である金融機関が清算手続に入っており、営業譲渡を受けた債権譲渡人が文書を所持している場合(最決平成13・12・7民集55巻7号1411頁)などがあるが、極めて限られた場合にしか肯定されていない。3 貸付稟議書の場合銀行の貸出稟議書とは、支店長等の決裁権限を超える規模、内容の融資案件について、本部の決裁を求めるために作成される文書である。そして、通常は、融資の相手方、融資金額、資金使途、担保・保証、返済方法といった融資の内容に加え、銀行にとっての収益の見込み、融資の相手方の信用状況、融資の相手方に対する評価、稟議書を起案した担当者の意見などが記載され、それらを受けて行った本部の担当部署などの決定の過程が当該貸出稟議書に添付される。とすれば、銀行の貸出稟議書は、銀行内部において、融資案件についての意思形成を円滑、適切に行うために作成される文書であって、法令によってその作成が義務付けられたものでもなく、①外部非開示性の要件を満たす。さらに、融資の是非の審査に当たって作成されるという文書の性質上、忌憚のない評価や意見も記載されることが予定されており、これを開示することにより、団体の自由な意思決定を害される可能性もある。参考判例①は、これも保護されるべき利益であるとして、②の不利益性要件を肯定的に判断している。しかしながら、個人のプライバシーのみが保護されるべきであるという見解によれば当然、そうでなくても、文書を開示したことにより団体内部での意思形成の自由が必然的に害されるとは限らないとすれば、②の要件は満たされず、自己使用文書には該当せず、文書提出命令を発することができる。なお、②の要件を満たすとした場合、本問では、銀行が破たんしている等の事情もうかがわれず、③の特段の事情の存在も認められない。したがって、本件文書は自己使用文書に該当し、裁判所は文書提出命令を発することができない。●参考判例●勅使川原和彦=百選・138頁/垣内秀介「自己使用文書に対する文書提出義務免除の根拠」伊藤眞ほか編『小島武司先生古稀祝賀 民事訴訟法の理論と政策』(商事法務・2008)243頁/伊藤眞『自己使用文書再考』高田裕成ほか編『福永有利先生古稀紀念・企業紛争と民事手続法理論』(商事法務・2005)239頁