債務引受
大学生のA (20歳) は、東南アジアを旅行し、その文化に興味を抱いた。そして、友人に誘われ、東南アジア諸国から衣類や雑貨を輸入して、それらを販売する店を開いた。その開店資金は、Aがアルバイトで貯めた金員を充てたが、その際、継続的に商品を仕入れるために、Aは、ある消費者金融の金銭を借り入れた。そして、Aの店は、開店以来、経営は順調であったが、円安により商品の仕入れのための経費がかさみ、手もとで使える資金繰りが苦しくなってきた。そこで、Aは、さらにBから金員を借り入れたが、融資から1年半を経過し、店を閉めることにした。Bから受けた融資を合わせ、合計350万円を請求されたAは、返済をすることができないため、父であるCに相談した。Cは、もともとAの開業には反対であったが、Aの将来を考え、AのBに対する借金を肩代わりすることにした。この事例を前提として、以下の小問の(1)および(2)に答えよ。(1) Aが、Bに対し、Cが自らの借金を肩代わりする旨を伝えたが、CとBに対して、「自らの子であるAが負った債務について、私が肩代わりします」と告げた。この場合に、Bは、Cに対して、350万円の支払を請求することができるか。(2) AとB間の金銭消費貸借契約における利息が、利息制限法に違反するものであった場合に、Cは、Bの支払請求に対して、利息制限法に違反する利息の支払を拒むことができるか。参考判例① 大判大正6・11・1民録 23輯 1715頁② 最判平成23・9・30 時報 2131号 57頁最判平成 24・6・29 時報 2160号 20頁解説1 債務引受の意義(1) 2017年民法改正後の債務引受債務引受とは、広く使われていた文字どおり、ある債務者の債務を他の者 (引受人) が引き受けることをいう。2017年改正民法は、債務引受について明文の規定がおかれていなかったことから、判例および学説は、早くからドイツ民法に倣って、債務引受を認めてきた。そして、債務引受には、3つの類型があると解されてきた。すなわち、①併存的債務引受 (重畳的債務引受)、および、②履行の引受である。まず、免責的債務引受とは、債務の同一性を変えることなく、従前の債務者から新しい債務者 (引受人) に移転することをいう。これは、債権譲渡に対応して、債務の移転を意味するものである。また、併存的債務引受とは、第三者 (引受人) が従前の債務関係に加入して新たに債務者となり、従前の債務者は債務を免れることなく、その債務と同一の内容の債務を引き受けるものである。そして、引受人に対しては、特定の債務を履行する義務を負わされる。これに対して、免責的債務引受は、引受人が債務者となって従前の債務者に代わり、債務の履行義務を負うため、契約によって定められた債務の履行を引き受けることを意味する (履行引受契約)。すなわち、併存的債務引受を「債務引受」、免責的債務引受を「債務の引受け」の役割として、それぞれ法律上の地位として認める。つまり、「債務の引受け」 (民法) の第1目第1節に「併存的」免責的債務引受」が置かれている。のみならず、免責的債務引受の規定である民法472条の4の許容性、併存的債務引受の推定規定である民法470条1項の文言も同様の機能を有する。それゆえ、民法における併存的債務引受は基本的にそうである。すなわち、債務者が「自己の債務を他人に弁済してもらう」のが免責的債務引受であり (474条1項)、免責的債務引受と同じく、債務者を特定させずに引受人が債務者と同一の内容の債務を負担し、債務者が自己の債務を免れるものである。もっとも、民法 472条1項の文言を読む限りにおいては、債務の移転(免責的債務引受)は否定されない。しかし、民法の制定過程からは、免責的債務引受が債務を特定承継するものではなく、引受人が新たに債務を負担するものであり(債務負担行為)、併存的債務引受による担保を組み合わせたものであることがうかがえるのである。(3) 民法改正の理解と評価2017年改正民法の理解と異なる民法の規律は、実務的には特に不都合はないと思われる。というのも、現実に生起する併存的債務引受を説明するだけであれば、それを債務の特定承継とするか、引受人による新たな債務負担行為に、債務者による原債務の負担を組み合わせたものとするかは、見方の問題とされるにすぎないからである。しかし、民法改正の趣旨に照らせば、次の3つの問題がある。第1に、沿革的かつ比較法的な観点からは、併存的債務引受を類型とし、免責的債務引受をその亜種とする法制は、特別のものといってよい。なお、沿革的には、ローマ法において「人的な担保」として否定されていた債務の移転(特定承継)を、まず「債権譲渡」で許容し、「債務引受」を「契約上の地位の移転」と段階的に承認してきた近代法に先行するものである。第2に、たとえ立法論において、免責的債務引受が債務の特定承継をもたらすものではなく、債務負担行為であると認めても、従来の社会においては、債務の移転(特定承継)が頻繁に行われていたことにも鑑みれば、免責的債務引受を、債務者であるため、債務の移転に伴う債務の移転など、その例も多い。そして、これらの場合にも、併存的債務引受を契機とし、引受人が、原債務者の負う債務と内容が同一の新たな債務を負担する、と説明する方が実態に合するのではないか。しかし、このような説明は、当事者の意思および経済社会の実態からはなれたものである。そうだとすれば、法理論上の説明はともかく、当事者の意思や取引の実態に即した法律構成をとることが望ましいと考える。2 小問2について一保証の否認本問では、まず、Cの借金を「肩代わり」することが何であるかで約束されている。そのため、その効力は当事者間における取り決めのみならず、債務者の意思も左右されない。しかし、Aに対して、BはCの借金を肩代わりするため、Aに代わりBに支払うことを、Bを第三者とする契約(337条1項)を成立させている。問題となるのは、まず、「肩代わり」が併存的債務引受であるか免責的債務引受であるか、あるいは、Cの借金をAに免責させることを意図した同時的・一体的な関係にある。この問題はA・C間の契約の内容によって左右されるが、明確であるかはともかく、Cの借金をAに免責するとの引受契約(第三者のためにする契約、472条3項)であろうか。その結果、「相対的」に債務引受は併存的債務引受であるといえるであろう。AとC間の契約は、Bの債務引受契約 (470条3項) に基づいてCがAの債務を肩代わりし、Bの債務引受契約によってCに対するAの債務を保証するものである。したがって、CがAの債務を保証し、Bに対してCが債務の弁済を求めることを承認した時 (470条3項)、その効力は生じることとなる。具体的には、BがCに対して350万円の支払を請求した時、Bの意思表示が認められ、併存的債務引受として、CのBに対する債務の弁済と引受人の求償の関係は、「連帯」関係になる (判例1条)。ところで、引受人と従前の債務者とが併存して債務を負担する併存的債務引受引受は、債権者からすれば、自己の債権のための責任財産の増加を意味する。それゆえ、併存的債務引受は、債務の人的担保として、保証債務者と債務者と同様の機能をする。しかも、併存的債務引受においては、債務者と引受人の債務は相互に独立したものであるため、保証債務におけるような付従性や補充性 (452条・453条)が認められない、より強力な担保であるといえよう。このように、併存的債務引受の機能は保証と類似するため、CがAの借金を「肩代わり」するという意思が、Aの債務を保証するものであるとも考えられる。しかし、保証契約は書面でしなければ効力を生じない (446条2項)ところ、本問では、書面が作成されていないため、A・C間における保証契約の成立を認定することはできない。半面、安易に併存的債務引受を認めると、保証人を保護するための形式的要件を潜脱することにもなりかねない。そこで、併存的債務引受のうち、保証を目的とするものについては、保証の規定の趣旨を妥当させるべきであるとの主張もされている。しかし、明文の規定なしに、形式的要件の具備 (446条2項) を準用できるかという問題がある。のみならず、併存的債務引受と保証とはその制度趣旨が類似するものの、法制度としては異なるものであり(たとえば、併存的債務引受における債務者を免責する免責的債務引受が認められるが、保証債務の場合には、債務者を免責し、保証債務を付保性によって消滅する)、そもそも保証の規定を併存的債務引受に準用ないし類推適用できるかは、なお慎重な検討を要し、今後の課題である。3 小問2について一債務者の有する抗弁併存的債務引受の引受人は、新たに債務を負担する者ではあるが、その債務は債務者が債権者に対して負う債務と同一内容である (470条1項)。それゆえ、引受人は、併存的債務引受の効力が生じた時に債務者が主張することができる抗弁を、債権者に対して主張することができる (471条1項)。その結果、本問のように、利息制限法による利息の軽減も、引受人であるCは、Bに対して主張することができよう。もっとも、債務者の有する抗弁のなかでも、取消権および解除権は、契約当事者のみが有するものであるため、引受人がこれを行使することはできない。しかし、債務者が債権者に対して取消権または解除権を有するときは、引受人は、その行使によって債務者が債務を免れるべき限度において、債務の履行を拒むことができる (471条2項) とされている。このほか、債務者が相殺権を有するときも、引受人は、相殺権そのものを主張することはできないが、債務者の負担部分の限度において、債務者に対して債務の履行を拒むことができる (470条・439条2項)。【関連問題】(1) P (当時5歳) は、未成年者であるQの運営する遊園地に概ねられて死亡した。その後、その示談交渉の場において、Qの父であるRは、Pの遺族であるSに対して、「どんな償いでもさせていただきます」と発言した。そこで、Sは、Qに対して損害賠償を請求するとともに、Rに対しても、Qの損害賠償債務を連帯して負担したとして、同額の支払を請求した。これに対して、Rは、「Qが未成年なので、本人に代わって親として交渉する気持ちであった」と述べ、「Qの損害賠償責任について連帯債務を負うつもりはない」と反論した。この場合に、SのRに対する損害賠償請求は認められるか。(2) 本問において、仮にRが利息制限法の適用利益を支払っていたため、Bに対して過払金返還請求権を有していたところ、Bが貸金業者を廃業してその有するすべての債権をDに譲渡した。Dは、Bの各債務について一切の引き受けない旨の契約を結んだ。この場合に、Aに対して、DがBの地位に基づいて、過払金返還請求をすることができるか。参考文献野澤正充 「債権譲渡ーセカンドステージ債権譲渡 (第3版)」 (日本評論社 2020) 231頁/ 「新「企業の組織再編」 実務の一歩上の地位の移転」 (有斐閣 1999年) (2014) 75頁/潮見・同491頁(野澤正充)