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取消しと登記

Xは、Bの詐欺行為により、Bの支払能力につき錯誤に陥り、本件契約の意思表示を行った。したがって、本件契約の効力に関するXからの主張としては、①詐欺(96条1項)、または②錯誤(95条)に基づく意思表示の取消しが二応考えられるが、相手方の支払能力に対する錯誤は法律行為の基礎とした事情についての錯誤(同条1項2号)であり、錯誤に基づく取消しの可否については慎重な検討を要する(→本章Ⅲ)。そこで、本問では①の主張に焦点をあてる(詐欺取消しの要件の詳細は→本章Ⅲ)。意思表示が取り消されると、当初から無効であったものとみなされる(121条)。そして、売買契約の遡及的無効と連動して、売買契約に基づく所有権の移転の効果も生じなかったことになる(物権行為の有因性)。売買契約に基づく所有権の移転が遡及的に消滅すると、所有権はAに復帰する(物権変動の復帰的効果)。しかし、判例・通説は物権行為の独自性を認めていない。したがって、Xは、取消しの意思表示を行ったうえで、甲の所有権は一度もBに移ったことはなく、自分がなお甲の所有権者であると主張し、所有権の保全に必要な措置をとる。2. 所有権に基づく妨害排除請求としての登記請求甲の所有権を保持するとするXの関心は、Y名義の登記を自己名義に戻すことにある。甲の所有権をYが保有することは、Xの所有権をYが占有以外の方法で妨害するものとみられるから、ここではYの所有権に基づく妨害排除請求権が問題となる。Yは名義を「戻す」ためには、Xのような請求を理由とするのであれば、物権変動の過程を忠実に反映するという登記制度の理念を重視すれば、実体法上は存在しない物権変動の登記を抹消するのが正攻法であるが、たとえ登記記録上は、X→B→Yと権利が移動しているようにみえても、取消しにより、X→Bの物権変動は最初から無効となり、その結果B→Yの物権変動も無効に終わる。したがって、Xは、B→Yの移転登記の抹消に加え、Bも被告としてX→Bの移転登記も抹消させて抹消すべきことになりそうである。しかし、登記実務は、Yの移転登記による名義の回復を認めている。その背景には、現在の権利の帰属状態を正しく公示できる限り、これまでの経過に登記制度の理想が多少犠牲になってもやむを得ないとする考え方がある。Xの登記原因は「真正な登記名義の回復」として、Yのみを訴えて登記名義を回復できるので、抹消登記を重ねるよりも簡便である。したがって、本問の訴訟物は所有権に基づく妨害排除請求権たる所有権移転登記請求権となる。3. 詐欺取消しと第三者詐欺取消が対抗力ある制度である場合には、Yに及ぶ取消の効果のすべてが第三者との関係で貫徹される。②における主張が無制限に認められるところ、ところが取消原因が詐欺の場合には、取消権を行使した者は取消しの効果を善意・無過失の第三者に対抗できない(96条3項)。同条同項の規定は善意者保護規定および対抗要件規定についても存する(消費者契約4条5項)。まずこれらの第三者保護規定の要件を確認しておく必要がある。本問において、仮にXによる取消の意思表示が9月7日になされたとしよう。Yは、甲の権利者であるBと契約を締結した後に、そのXが取消権を行使した権能であり、無償的に権利をBに取得したもので、複数された権利を譲渡された者ではなく、これが取消しの効果が害されるので、Yからの信頼を保護する必要がある。そのためには、取消の意思表示がなされた96条3項である。すなわち、同条は、取消しの遡及効を善意無過失の第三者に対する関係で制限する規定であり、「第三者」に取消前に出現した者のみを想定している。そうすると、本問のように、取消後に出現したYとXとの関係には同条は適用されないことになる。また、第三者は取消権を行使した者と対抗関係に立つわけではないから(X→B→Yと転々と譲渡された場合のY・Xは互いに対抗関係に立つ「第三者の関係」ではない)、Yは遡及的に無権利者Bと取引したことになる。第三者が同条による信頼保護の要件を充足するためには、第三者は対抗関係にあるXと信頼保護の要件を充足するための取引をする必要はない(参考判例①)。4. 取消しによる物権変動の遡及的消滅と民法177条それでは取消後の第三者との関係はどのように処理するのか。判例は、X・Yの関係に民法177条を適用し、取消権を行使したBを基点に、X→Yの関係にあるYに物権変動の遡及的消滅を対抗することができないとする。3の「取消前の第三者」の場面では、Yに物権変動がB→Yの所有権を「復帰」を登記するまでは対抗的に不可能である。これに対して、本問の場面では、Xの取消の意思表示後、未だに登記名義はBのままであるため、Yは二重譲渡と何ら異なるところがない登記を備えた第三者との関係で処理する(参考判例①)。判例の考えによれば、登記を先に備えた者が所有権を取得する(背信的悪意者あるいは登記欠缺の主張を正当な利益を有しない背信的悪意者(判例信義則に反する事情の当否)に当たる場合を除く)。Xは登記を備えていないので、Yの取消しの事実を知らずに登記したY(善意の第三者)に対し、Xの登記なくして所有権取得を「復帰」の主張に対し、Yは反論として、Xの登記欠缺を主張して取消しの効果を否認することができる。上記に述べた取消原因は原則として登記原因の種類も問わず、制限行為能力を理由とするものであっても異ならず、公序良俗違反を理由とするものでも異ならない(参考判例②、③)。5. 学説による代替提案そこで、第一に、取消後の第三者との関係でも、取消しの遡及効を貫徹したうえで、端的にその外観(不実登記)から無権利者Bを権利者と信じたYを保護するために、民法94条2項を類推適用する説が登場した。この見解によれば、合意の当事者が第三者保護を受けるのに対抗要件を備える必要はないと解されており(真の権利者)、仮に登記のB名義のままでも、第三者に影響を及ぼし、信頼したYが保護される。他方で、回復登記の過程には真の権利者(X)側の帰責根拠として、外観に対する意思的関与(承認または放置)が必要とされる(判例94条2項・110条類推適用)。そこでは、取消の意思表示に従ったというXの不作為は、過失はあるが帰責性はない、とする。当然に製造の基礎があるとはいえないが、Yが保護されるかどうかはケース・バイ・ケースというほかない。本問のように、Xによる取消後、同覚をいずれBが転売した場合、そもそも「放置」とすら評価できず、Xは自己の所有権をYに主張できると考える。第2に、4の末尾で指摘した問題に対処するため、取消前の第三者との関係にも対抗要件主義を徹底しようとする学説が存在する。すなわち、取消可能な状態が到来して以降、取消権者は速やかに取消しの意思表示をして物権を回復すべきであるのに、これを怠った不注意がある。そうした不注意を登記の懈怠と同等に評価し、取消しの遡及効を取消前の第三者との関係においても制限して、対抗問題として扱うべき場合があるという。しかし、この説に対しても、それは取消権行使の前提においてはいかなる意味でも物権変動を観念することができる。また、本来の適用領域を逸脱しているうえ、意思表示を取り消すかどうかは取消権者の自由であり、取消後における登記回復と取消権の緩慢さとの帰責の観点から同列に論じるべきではないし、さらに取消権能という基準時は曖昧すぎて実用に堪えない、等の問題点が指摘されている。●関連問題●本問において、8月31日の到来後も、Bが残代金を支払わないため、Aは、9月1日に、1週間以内の支払を催告し、同月8日までに支払がないときには契約を解除する旨を内容証明郵便でBに通知した。それでもBが残代金を支払わなかったのでは、同月10日に売買契約を解除する旨の通知を内容証明郵便で発送し、通知は翌日にBの事務所に到達した。(1) XはYに対して、甲につきどのような請求をすることができるか。またYはどのような反論が可能か。(2) 本問における設定と異なり、BからYへの転売が8月30日ではなく、9月15日に行われた場合はどうか(参考判例①参照)。●参考文献●金子敬明・百選Ⅰ 112頁竹中悟人・百選Ⅰ 48頁鶴藤倫道・百選Ⅰ 114頁呉―問答24頁Before/After22頁(奥田・消費者契約)