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2024年6月10日、レストランを開業する目的で、B所有の飲食店用の甲建物を期間5年、賃料月額30万円でBから賃借し、甲建物の引渡しを受けた。甲建物の間取りはあまり十分な設備が備わっていなかったので、Aは、Bの承諾を得たうえで、厨房に調理台とオーブンを備え付け、より大容量の電気と水道が使えるようにするために電気・水道の引込設備を新たに設置した。Aのレストランは好評で、開業してから半年後には多くの客が訪れるようになった。そこでAは、甲建物の客席部分を増築して客席を10席程度増やしたいとBに申し入れたところ、Bから承諾を得られたので、そのための工事を建築業者に依頼し、客席部分の増築工事を完了した。その後、Aは有名レストランで修行するため、A・B間の甲建物の賃貸借契約は更新されず、期間の満了により終了した。Aは、この間の設備の設置や増築工事にかかった費用について、Bに支払を求めたと考えている。AのBに対する請求は認められるか。なお、A・B間には、この点について特に合意はなかったものとする。●参考判例●最判昭和44・7・25民集23巻8号1627頁●解説●1. 問題の所在賃借人が費用を支出して賃借物に附属させた場合に、賃貸借契約が終了したとき、その費用ないし附属物をめぐり、賃貸人と賃借人との間の法律関係はどうなるだろうか。この問題は、賃貸借契約に関するルールのうち、賃借人が賃貸人に対して必要費および有益費の償還を請求しうること(608条)、賃貸借契約終了時に賃借人は賃借物に附属させた物を収去する義務を負う(および附属物を収去する権利を有する)こと(622条・599条1項・599条2項)などがかかわる。他方で、B所有の甲建物とA所有の各種の物が結合している点では、不動産の付合(242条)の場面である。これらのルールの絡み合いをどのように整理するかが、本問のポイントである。(1) 附属物が賃借物の構成部分となった場合(付合)賃借人が費用を支出して賃借物に附属させた場合に、附属物が賃貸借の目的物に付合したときは、賃貸借終了時に、附属物が賃借物に付随したまま、その附属物を収去する義務を負うのが原則である(622条・599条1項本文)。しかし、壁紙や床板の張替えのように、附属物が賃借物と一体化(強い付合)してこれを分離することができないか、または、附属物を分離することができない状態あるいは分離するのに過分の費用を要する状態に当たるときは、賃借人は、その附属物を収去する義務を免れる(622条・599条1項ただし書)。この場合には、賃借人は附属物を収去する権利も有しない(622条・599条2項)。これを所有権の帰属の観点からみると、附属物が賃借物と一体化し(強い付合)、両者が合体して一つの物となったと評価されるので(243条)、不動産の所有者である賃貸人が、附属物の所有権を取得する(242条本文、不動産の所有権が毀損されるような場合は「強い付合」とされ、同条ただし書の適用はない)。権原を有する者が物を附属させても附属物の所有権を留保することはできないと解されている。以上の場合には、賃借人は、附属物を収去する義務も権利もない代わりに、賃貸人に対し、支出した費用か増加益のいずれかについて費用償還請求権を行使する(608条)。付合の観点によれば、賃借人は民法248条に基づいて賃貸人に対し償還請求権を行使することも考えられるが(608条と248条では償還額の内容や行使期間に違いがあり、248条は賃貸借における当事者間の利害調整を踏まえた特別に設けられた規定であるから、賃貸借契約の当事者間ではもっぱら同条が適用されると解されている)。(2) 附属物を賃借物から分離することが物理的に経済的にも容易な場合(弱い付合)附属物が、原則どおり、賃貸借終了時に附属物を収去する義務を負うとともに、附属物を収去する権利を有する(622条・599条1項・599条2項)。所有権の帰属からみると、この場合は「主として付合した」(242条本文)ものとみることはできない。この場合は、附属物の所有権は賃借人のまま変わらない。そして、収去を前提とすると、賃借人の賃貸人に対する費用償還請求権は生じない。以上の民法のルールを修正するのが、造作買取請求権である。造作とは、「建物に附属した物」に属し、かつ建物の使用に客観的便益を与えるもの」をいう(最判昭和29・3・11民集8巻3号672頁)。この定義にあるように、造作は建物に附属させることでその効用が十分に発揮されるが、建物とは独立して賃借人の所有の対象となる(⒝に含まれる)から、賃貸借終了時には収去の対象となる。しかし、このような造作の収去を強いれば、建物のために投下した資本の回収を図ることができず、また、建物の社会的経済的価値も減少してしまう。そこで、借地借家法33条1項は、賃貸人の同意を得て建物に付加した造作について、賃貸人は、期間満了または解約申入れによって賃貸借が終了するときに、賃借人に対し、その造作を時価で買い取るべきことを請求することができるとした。賃借人が造作買取請求権を問題とすることなく、現実に他人の所有権を妨害している者、またはそれをおそれさせている者に対して認められることになるから、きわめて強力な救済手段となる(最判名義人であるAも、請求の相手方となるかについては、末尾の関連問題参照)。(3) 附属物がものとの中間的な状態の場合近時の学説は、建物の附属には①の中間的なものがあると考え、所有権の帰属も必ずしも一義的・明確には決まらないことから、第三の類型を認めている。これによると、収去可能な附属物を収去するのに過分の費用を要するため、収去すると附属物の価値を減少させてしまい、収去は経済的に無意味になる場合がある。この場合、賃借人は、収去請求権と費用償還請求権とを選択的に行使することができることになる。すなわち、賃借人は、賃貸借終了時に、①と同様に附属物を収去して所有権を収去するか、あるいは、⑥と同様に附属物の収去義務を免れつつ、賃貸人に対して費用償還請求を行うのが原則である。これが付合の観点からみれば、附属物には建物の不動産に「主として付合した」が、附属物の構成部分になっていない状態(弱い付合)といえよう(独立した)。賃借人が権原(賃貸借契約に基づき所有権を留保して附属物を所有権の客体とすること、そして、賃借人は、附属物の所有権を留保して附属物の所有権を行使することができるが、一方で、附属物の所有権を留保して附属物の所有権を賃借人に取得させることによって、附属物の効果を生じさせることもできる。このように解すると、従来の付合によって所有権の帰属・消滅を論ずることが⑤の場合にも広がる結果、⑥の場合(実は収去の対象となり費用償還請求の対象とならない)に認められる造作買取請求権を適用する必要がなくなってしまう。3. 同時履行の抗弁権と留置権の可否AのBに対する費用償還請求が認められる場合には、賃貸借契約の終了に基づきBが甲建物の返還を請求してきても、Aは、Bからの費用償還があるまで、その返還を拒むことができる。費用償還請求権は甲建物に関して生じた債権に当たり、Aは甲建物について留置権を有するからである(295条1項本文)。ただし、Bの請求により、有益費の償還について裁判所が相当の期限を許与したときは(608条2項ただし書)、有益費償還債権の弁済期が到来していないことから、Aは留置権を主張することができない(295条1項ただし書)。これに対して、Aが造作買取請求権を行使した場合には、Aは、Bから造作代金の支払があるまで、甲建物の返還を拒むことはできない。造作代金債権は(甲建物ではなく)造作に関して生じた債権であるため、甲建物について留置権の成立が認められず、また、造作代金債務と建物返還債務は発生原因が異なる対価的な牽連関係が認められないため、同時履行の抗弁権(533条)も認められないからである。4. 賃借人が建物を増築した場合の法律関係賃借人が建物を増築したうち、賃借人が増築した部分については、以下の点に注意を要する。増築部分が建物に付合することか否かを判定し、増築部分を独立の所有権の対象とすることと、建物の一部について、建物とは独立の所有権の対象とすることを区別する。しかし、これを区別すれば、排他的支配を配慮できる地盤の範囲が不明確となり、取引の安全を害する。そこで、判例は、増築部分に構造上・利用上の独立性(区分所有権1条参照)が認められない場合は、増築部分は建物に常に付合し、建物の所有者(賃貸人)の所有となると解している。そのうえ、たとえ賃借人が賃貸人の承諾を得て増築していても、民法242条ただし書の適用はなく、賃借人は増築部分の所有権を取得することはできない(最判昭和36・10・29民集17巻9号1236頁、最判昭和40・6・13民集22巻8号1183頁、参考判例①等)。この場合には上記2①のように、賃借人は増築部分を収去する義務を負わない反面、増築のために支出した費用について、民法608条2項の要件を満たせば、賃貸人に対し、有益費として費用の償還を請求することができる。本問の増築部分については構造上・利用上の独立性が解されるから、以上の処理が妥当する。そして、民法608条2項の要件を満たすならば、AのBに対する有益費の償還請求が認められる(上記3参照)。なお、本問のように増築部分に独立した独立性が認められる場合は(関連問題3)、民法242条ただし書の適用があり、付合によって所有権が判断される。その際に、Aの建物賃借権は、民法242条ただし書の権原には当たらないと解されている。建物賃借権は、建物に増築する権能や増築部分の所有権を賃借人に留保する権能を賃借人に当然に与えるものではないからである(606条参照)。また、増築に対するBの承諾も、ただちに上記の権原となることはできない。このような承諾は通常、Aが建物をしても用法遵守義務(616条・594条1項)の違反による債務不履行にはならないための承諾にすぎず、増築部分の所有権をAに留保する趣旨までは含んでいないからである。そうすると、Bの承諾がこのような趣旨まで含んでいる場合にのみ、民法242条ただし書の権原があることを理由に、増築部分の所有権がAに留保され、賃貸借終了時、Aは増築部分の所有権を主張することができる(他方で、賃貸借終了後もAの区分所有権が存続するためには、Aが甲建物の敷地の利用権を有している必要がある。しかし、Aが増築するに当たり、敷地の所有者(Bが敷地の所有者であることも多いだろう)が敷地の利用権までAに認めることはあまり考えられないだろう。このように、Aが増築部分の区分所有権を留保したとしても、それが存続するとは限らない点にも注意する必要がある)。他方で、この場合は上記2(2)(附属物が③との中間的な状態の場合)に当たると解されるから、民法608条2項の要件を満たすならば、Aは、増築部分の所有権を主張せずに、Bに対する有益費の償還請求を選択することもできるだろう。●関連問題●本問において、Aが甲建物の賃貸借契約期間中に以下の工事をした場合、賃貸借契約終了の時に、Bに対してどのような請求をすることができるか。レストランのトイレの床が傷んでいたため、内装業者に依頼し、トイレの床のタイルの張替えをした場合Bの承諾を得て、レストランの客席部分には建物埋込式(取外しが比較的困難)のエアコンを、厨房には壁に取り付ける形のエアコンを、それぞれ設置した場合Bの承諾を得て、イートインコーナーとして、15名収容のプレハブを甲建物に接続する形で増築したところ、このプレハブに構造上・利用上の独立性が認められると評価された場合●参考文献●水津太郎・百選Ⅰ 148頁中田405頁鎌田薫「不動産の付合」同『民法物権法①(第4版)』(日本評論社・2022)201頁同「所有」「建物賃貸借と留置権」山田卓生ほか『分析と展開・民法Ⅰ(第3版)』(弘文堂・2004)275頁