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制限行為能力
2025/09/03
Y(1939年生まれ)は、2009年頃から認知症の症状が現れ判断能力が著しく低下してきたため、子のAが事実上の後見人としてその財産の管理を行っていた。Xは、2004年にYの所有する甲建物を賃借して、以来そこで飲食店を営んでいる。Yが認知症になってからは、Xからの香典や賃貸借契約の更新の交渉はAがXとの間で行っていた。2019年1月に甲建物を含む一帯の土地にB会社が等価交換方式でビルを建設する計画が浮上し、それに伴い甲建物は取り壊されることになった。その際、Xはいったん甲建物から立ち退き、ビルの完成後にYが取得する専有部分の建物(乙建物)を賃借するとの賃貸借の予約がXY間でなされた。その際、Aは、管理していたYの実印や印鑑登録カードを利用してYに無断でYの代理人として賃貸借の予約を締結した。また、この契約には、Yの都合で賃貸借の本契約を締結することができないときはYがXに3000万円の損害賠償金を支払うという特約が付されていた。2021年2月にビルは完成したが、直前にAはXに対して賃貸借の本契約の締結を拒む意思を示し、さらに同年3月にYに無断でYの代理人として乙建物を1500万円でCに売却した。そこで、XはYに対して特約に基づいて損害賠償の支払を求める訴えを提起した。一方、Aは2021年4月に家庭裁判所に対してYの後見開始の請求をし、同年5月に家庭裁判所は後見開始の審判をしてAをYの成年後見人に選任した。そして、Aは、Xの損害賠償請求訴訟において、本件賃貸借の予約は無権代理であり、後見人としてその追認を拒絶するか有効であると主張した。この場合において、Xによる3000万円の損害賠償請求は認められるか。[参考判例]① 最判昭47・2・18民集26巻1号46頁② 最判平3・3・22集民162号227頁③ 最判平6・9・13民集48巻6号1263頁④ 最判平26・3・14民集68巻3号229頁[解説]1 成年被後見人の無権代理行為と追認の追認、追認拒絶本問は、Yの所有する甲建物と等価交換で取得されることになる乙建物につきAがYの代理権なくしてXとの間で賃貸借の予約をし、その場でYについて成年後見の審判がされ、Aが後見人になったという事案である。賃貸借の予約の当時にYに意思能力がありAに代理権を与えていたとは有効な代理行為があったといえるが、そのような事情なしにAがYの印と印鑑登録カードを利用してYに無断で賃貸借の予約を締結したのであれば、これはAによる無権代理となる。代理権をもたない者が本人の代理人として無権代理行為を行った場合、表見代理の要件を満たすか(109条~110条、112条)、本人が追認しない限り(113条)、本人にこの行為の効果は帰属しない。成年後見が開始する前から目を付け、本人が成年後見の審判を受けているときは、成年後見人が法定代理人として追認または追認拒絶をする。民法は、精神上の障害により判断能力が十分でないため単独で有効な法律行為を行うことを制限される者を判断能力者とし、判断能力の程度に応じて成年後見人、被保佐人、被補助人の3類型を設けている。この成年後見・保佐・補助制度は、高齢化社会におけるノーマライゼーションを目的とし、高齢者の自己決定と意思の尊重を図るべく1999年に禁治産・準禁治産に代わり設けられたものであるが、特に成年後見制度は、精神上の障害により事理弁識能力を常に欠く状況にある者という判断能力の最も不十分な段階の者を対象とすることから、後見人の職務には被後見人の財産の管理、住居・療養看護等に関する法律行為およびこれらに関連する身上保護上の事務が含まれる(858条)。そして、後見人の財産について後見人は広範な管理権および法定代理権を有し、被後見人が契約の締結や財産の売買や賃貸等を行うことができる(859条)。無権代理に対する追認・追認の拒絶も、この民法859条の範囲の行為として後見人が行うことができる。本問ではYは無断で乙建物の賃貸借の予約が締結され、その後にYは成年後見の審判を受けたのであるから、後見人が追認しない限り無権代理行為の効力が被後見人であるYに及ぶことは原則としてない。しかし、本問では無権代理人であるAがYの後見人に選任されており、この場合、Aが自ら行った無権代理行為を本人Yのために追認拒絶することができるとすると、その追認拒絶は矛盾したとしてもこれは信義則に反し許されないのではないかという問題が生じる。なお、1999年の民法改正で、成年後見人が被後見人の居住用不動産を処分するには家庭裁判所の許可を要するとする859条の3が新設された。後見人は被後見人の身上配慮義務(858条)を負い、居住の場は被後見人の身上に重要な意味をもつことから、後見人の包括的な財産管理権・代理権に対する特則として置かれたものである。建物の解体や贈与は実行行為であるが、解体等も業者に依頼するときは請負契約などが締結されるのであり、裁判実務では処分行為に準じて許可を要すると扱われている。本問で甲建物が仮にYの居住用不動産であったとしたら、後にAがYの成年後見人に選任されたとしても、甲建物の取壊しに必要な家庭裁判所の許可がそもそもない点が問題となりうる。859条の3の家庭裁判所の許可のない行為は無効と解されており(無権代理と解する少数説もある)、無権代理人であるAの後見人就任を契機とするAによる追認拒絶の可否と無権代理行為の追認を論ずるまでもなく、原則として甲建物の取壊し、乙建物への建替え、Xへの賃貸の予約は無効と扱われるべきものと考えられる。2 無権代理行為を追認拒絶できる者の地位無権代理人の地位と無権代理行為を追認できる者の地位が同一人に帰した場合、当該行為の追認拒絶が可能かについては、無権代理人と相続の場合に同様の論点があらわれる。特に、本人と類似するのは無権代理人が本人を単独相続したケースであり、判例は、本人と無権代理人との資格が同一人に帰したことにより本人が自ら法律行為をしたのと同様の法律上の地位を生じたと解し、追認拒絶はできないとする(最判昭40・6・18民集19巻4号615頁)。ただし、このような無権代理人の本人単独相続の事例を含む無権代理と相続(→本書22)では、相続によって「無権代理人の地位」と「本人の地位」が同一人に帰属するときに追認拒絶が可能か、追認拒絶ができないか、この可否が同様に無権代理行為の問題であると考えることができる。そして、本人であるYの側からすれば、無権代理人であるAの追認拒絶は、無権代理行為の効果が被後見人であるYに帰属する点で、同一に考えることはできない。本問では、無権代理人Xと賃貸借の予約を締結した後、Yの成年後見人となった。前述1のように後見人は被後見人の財産に関する包括的な管理権および代理権を有し、無権代理行為の追認・追認拒絶もその権限の一環として後見人の権限に含まれる。ただし、後見人は被後見人の財産管理について善管注意義務を負っており(859条・644条)、これに違反して後見人に損害を与えた場合には損害賠償義務が生じる。このことからすれば、追認・追認拒絶権の行使に際しても後見人は後見人に対して善管注意義務を負うのであり、本問でAが無権代理行為を追認するか拒絶するかについても被後見人Yの利益を最も考慮して判断すべきであるといえる。それにより、Aは善管注意義務を尽くしたということができる。このように考えると、たとえA自身が無権代理人としてXと契約をしたとしても、後見人となったことによりAは法的地位として質的な変更が生じたとみることができ、後見人として本件賃貸借の予約の追認を拒絶することは妨げられないと考えることができる。Aの後見人就職前の挙動の矛盾のみを捉えて、追認拒絶を否定する、ないしその追認拒絶が信義則に反するということはできないというのである。これを踏まえたうえで、さらに、AがYとの間で行った無権代理行為をYの後見人として追認拒絶することが信義則の作用の具体的な事情からみて信義則に反するかどうかを検討する必要がある。3 後見人による無権代理行為の追認拒絶と信義則後見人の広範な財産管理権および代理権に鑑みれば、後見人の利益と合致し善管注意義務に反しない限り、無権代理行為の追認を拒絶したとしても信義則違反には当たらないといえる。ただし、本問では、AはXと乙建物の賃貸借の予約をするに当たり、Yの都合で賃貸借の本契約を締結できないときはYが3000万円の損害賠償を支払うとの特約を付しながらも、乙建物完成直前に本契約の締結を拒絶している。また、Aは、完成後の乙建物を1500万円でCに売却してこれを実現した。これらは、Aが後見人として賃貸借の予約の追認を拒絶することがYの利益に合致し、善管注意義務を尽くしたといえるかが検討されなければならない。そして、Aは、追認を拒絶するか否かを決定するに際してはその時点での状況やYの利益を考慮し民法859条の権限を行使すべきであることに鑑みると、追認拒絶の信義則違反に当たるか否かの判断もこの時点が基準となると考えられる。本問では、Aが後見人となった時点でYに賃貸借の予約および乙建物のCへの譲渡という2つの無権代理行為がなされており、Aはこの2つの行為をするとともに事情をも踏まえたうえで、Yの利益と不利益を勘案し、Xとの賃貸借の予約を追認するか拒絶するかを判断することが求められる。後見人による追認拒絶が信義則違反の具体的な判断について、判例には、①無権代理人が後見人となったことによって追認されるべき行為をしたものとする行為を追認するか否かと同一人がとなり、②無権代理人が後見人就任前から事実上後見人の立場で財産を管理していたこと、それに付き信義則にも異議がなく、③当該行為に際し後見人と被後見人の間に利益相反がないこと、④代理権の行使上何ら制限がないこと、⑤無権代理行為の後見人は自己の利益を図ることはできず、無権代理人が後見人に就職するとともに当該行為はAにおいて効力が生じるとするものがある(参考判例①)。ただし、この参考判例①は事実審判決であり、未成年者の財産を無権代理人から譲り受けた者と未成年者自身からその成人後に譲り受けた者との争いにおいて、両者が対抗関係に立つか否かの判断の前として、後見人の追認拒絶についてどう考えるか、成年後見であるのであって、未成年者の利益保護と関連した問題ではなかったのである。したがって、成年後見人の利益保護が問題である本問では、成年後見人の追認拒絶の権利を後見人である無権代理人であったAと相手方Xとの間の利益較量により後見人であるAの利益が優先するところまではいえない。本問により近いのは参考判例③である。参考判例③は無権代理人(本人の長姉)ではなくその妹(本人の次姉)が後見人に就任した事案である見人が無権代理行為を追認拒絶することが信義則に反するかどうかの判断要素として、②契約締結に至るまでの無権代理人と相手方との交渉経緯および無権代理人が契約締結前に相手方との間でなした法律行為の内容と性質、③本件契約の追認により被後見人(参考判例①では禁治産者)が被る経済的不利益と追認拒絶により相手方が被る経済的不利益、④契約締結から後見人就職までの間の契約の履行等をめぐる交渉の経緯、⑤無権代理人と後見人との人的関係および後見人が就職前に契約の締結に関与した行為の程度、⑥本人の意思能力につき相手方が認識しまたは認識し得た事実を挙げる。特に重要なのは③であり、本問でも無権代理行為の追認または追認拒絶による本人Yと相手方それぞれの経済的不利益の比較考量が重要となる。そして、そこではAによる追認拒絶が無権代理違反というためには、少なくとも本件賃貸借の予約がYにとってもその利益に違う合理的なものであることが前提となると解することができる。それにより、本問で3000万円の損害賠償の予約が甲建物の賃借権を放棄するXの不利益に比して過剰であり、客観的観点からみてYにとって不利益な場合であった場合には、追認拒絶は正当であって信義則違反に当たらないと考えられる。反対に3000万円の損害賠償の予約が合理的であったときは、本件予約の締結に至ったAとXとの交渉の経緯(②)、予約成立からAの後見人就職までの間のX・A間の信頼関係や信頼関係を破壊するような事情の有無(④の①)、Yの意思能力に関するXの認識可能性(⑥)等を考慮のうえ、Aによる後見人としての追認拒絶の可否を決すべきことになろう。なお、後見人による追認拒絶が信義則に反し許されないとされる場合であっても、後見人が当該無権代理行為を追認したものでない以上、被後見人に効果は帰属せず、相手方は催告権(114条)や取消権(115条)を行使できるにとどまるとする見解がある。しかし、判例と多数説は、この場合信義則上追認拒絶が認められない結果当該行為の効果は本人に及ぶ(すなわち追認を擬制する)と解している(参考判例①②)。4 相手方の権利の保護ところで、一般に、後見人が無権代理行為の追認を拒絶すると当該行為は本人との間では無効が確定するが、相手方は、無権代理人に対して民法117条の責任を追及することができる。すなわち、本問でAが賃貸借の予約の追認を拒絶した場合、相手方であるXは、無権代理人としてのAに対して、特約の履行または損害賠償を求めることができる(同条)。また、本問でXは乙建物の賃貸借の予約と引き換えに甲建物の賃借権を放棄しており、Aが賃貸借の予約を追認拒絶することによってYは乙建物についての賃借権の負担を免れる結果、Xの損失においてYが利益を得ていることになる。この場合、XはYに対して乙建物の賃借権評価額相当分を不当利得として返還請求できよう(703条)。このように無権代理の相手方保護のために民法上調手段が用意されていることが考えれば、Aによる追認拒絶を信義則違反とし本人Y自身に無権代理行為の効果を帰属させるのは、民法117条や703条による救済にとどまらない相手方Xの権利保護が要請される例外的な場合であるとみることができる。参考判例①は、「後見人は、禁治産者を代理してある法律行為をするか否かを決するに際しては、その時点における禁治産者の置かれた諸般の状況を考慮した上、禁治産者の利益に合致するよう適切な裁量を行使する」ことが要請される。ただし、相手方のある法律行為をするに際しては、後見人において取引の安全等相手方の利益にも相応の配慮を払うべきことは当然であって、当該法律行為を代理してすることが取引関係に立つ当事者間の信頼を裏切り、正義の観念に反するような例外的場合には、そのような代理権の行使は許されない」と述べており、この点について到達する参考判例③④からの示唆は、後見人による追認拒絶が取引における正義の観念に反し信義則違反となる例外的な場合に当たるとの判断指標を示したものということができる。5 法定後見制度との接着と見直し制度本問は法定後見の事例であるが、もし任意後見契約が締結登記されている場合には、家庭裁判所は本人の利益のために特に必要があると認めるときに限り、後見開始の審判等をすることができる(任意後見法10条)。任意後見を選んだ本人の意思を法定後見に優先させる趣旨である。任意後見契約が選任され任意後見監督人の就任が発生した後に、本人の利益のために特に必要があると認められ法定後見開始の審判が確定したときは、任意後見契約は終了する。反対に、すでに本人につき法定後見が開始している場合において、任意後見契約が発効したときは、法定後見が終了する(任意後見法2条)。また、成年被後見人については時効の完成猶予に関する特則がある。すなわち民法158条1項は、時効の満了前6か月以内の間に成年被後見人に法定代理人がない場合、後見人の就職時から6か月を経過するまでの間は当該後見人に対して時効は完成しないと規定する。成年被後見人に後見人が付されていない場合には時効が中断措置をとることができず、その間に時効の完成を認めると後見人の保護に欠けるためである。同条は、成年被後見人すなわち「後見開始の審判を受けた者」を対象とするが、判例は、成年後見の審判を受けていなくても、時効期間の満了前6か月以内に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者について、少なくとも時効期間の満了前の申立てに基づき後見開始の審判がされたときは、同項が類推適用されるとする(参考判例⑧)。関連問題本問のYは2010年頃まで1人暮らしをしていたが、ある日AがYを自宅に訪ね、たまたまYの預金通帳を見たところ、1000万円ほどあった預金がほとんどなくなっていることに気づいた。AがYに尋ねると、業者Dの催す宝石の展示会で宝石を買ったらいいと言われ、わかった。家の中を探したところ宝石の指輪やネックレスなど数点が見つかり、この1年の間にYはDの店で10回以上展示会に行ってこれらの宝石を購入していたことが判明した。Yは装身具にあまり関心がなく、AはYが騙された宝石を身につけているところをみたことはない。この場合において、YはDに対して宝石の返品と支払った代金の返還を求めることができるか。参考文献*田登最判解民平成6年度494頁/集管全部・百選Ⅰ14頁

Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)

ISBN978-4-7857-2991-2

制限行為能力
2025/09/03
Aは、母親Bと2人暮らしであり、父親CはAが幼い頃に他界している。Aが16歳で高校に進学した2022年4月、Cの父親であり、Aの祖父にあたるDが死亡し、Aが唯一の相続人として、Dの自宅土地建物 (まとめて「甲」と呼ぶ) を相続した。2022年8月、Aは、Bの承諾を得ることなく甲をEに1000万円で売却する契約を締結し、Eは1000万円をAに支払って移転登記をした。Aは、受け取った1000万円のうち、100万円をFに対する借金の返済に充て、それからEに相談の上、AはやはりBの承諾を得ることなく、残り900万円のうち、200万円をGからバイク乙を購入する費用に充て、また300万円を遊興費に使ってしまったため、残りは400万円になった。2023年3月、Aは、この運転中に交通事故を起こして入院し、バイクは廃車となった。(1) Bは、G・A間の乙の売買契約を取り消して、200万円の返還を求めることができるか。なお、GはAと契約をする際、Aの年齢を特に確認せず、Aもそのことを話題にしなかったものとする。(2) Bは、A・E間の甲の売買契約を取り消して、甲の返還を求めることができるか。取消しが認められるとした場合には、AがEに対してどのような義務を負うか。なお、EはAと契約をする際に、Aが未成年であることを知っていたが、AがBの同意を得てきたという誓約書にサインをさせて契約したものとする。[解説]1 未成年者の行為能力の制限行為能力とは、単独で法律行為をする能力のことである。人は、出生と同時に権利能力を認められ、権利義務の主体となることができるが(3条1項)、自ら契約などの法律行為をするには、意思表示の時点で、意思表示をする能力(意思能力)を備えていなければならない(3条の2)。これは、内的効果意思を欠いた状態で行われる意思表示や法律行為が無効であるからという説明の仕方でえぐみなくはないが、むしろ事理弁識能力の低い者を不利益から保護するためであると説明するほうが適切であろう(意思能力の規定は、「法律行為」や「意思表示」の章にはなく、「人」の章に置かれている)。意思能力が備わるのは、法律行為を複雑さによっても異なるが、だいたい7歳から10歳ぐらいといわれている。このため、幼児などのした法律行為は、意思能力ゆえに無効になろう。本間のAは高校生であるから、意思能力は備わっていると考えられる。しかし、人の民法上のさまざまな能力から、小学生、中学生と年齢が上がっていく中で、個別にいつ意思能力が備わったと判断することは難しい。また反面で、若年者については、社会経験の乏しさから取引被害に遭う危険性も高く、高校生ぐらいになっても一定の保護が必要である。そこで民法は、人が成年になる年齢を一律に決め、その年齢に達しない未成年者については、意思表示の時点で意思能力を有していたとしても、単独では法律行為をできないという原則を定めている。成年の制限行為能力者(成年被後見人や被保佐人、被補助人)が、家庭裁判所の審判によって個別に行為能力を制限されるのとは対照的である。現在の民法では、18歳を成年年齢としている(4条)。このため、本間のAは甲の売却や乙の購入をした当時は、制限行為能力者であったことになる。発問段階でも、Aが契約をした時点ではまだ17歳だったのだから、やはり制限行為能力者だったことになる。2 法定代理人による財産管理このように、未成年者は行為能力を制限されるため、意思能力を備えていても、単独では法律行為をすることができない。このため、未成年者の財産管理に関する法行為は、法定代理人が未成年者本人に代わって行うのが原則となる。法定代理人とは、父母すなわち親権者、もしくは未成年後見人のことである。通常は親権者が、親権を行う者がいない場合や親権者の管理権を喪失している場合などには、未成年後見が開始し、未成年後見人が就任する(838条1号)。なお、婚姻中の父母の親権は、共同行使が原則とされているが、父母の一方が親権を行うことができないときは他の一方が行う(818条3項)。法定代理人は未成年者の財産管理権を有しており(824条・859条)、未成年者が行った法律行為の処分は、未成年者に直接帰属する。法定代理人が未成年者のために代理行為をするのに、未成年者本人の承諾は必要ない。ただし、親権者や未成年後見人の利益と、未成年者の利益が相反する行為については、法定代理権が制限され、特別代理人の選任を家庭裁判所に請求しなければならない(826条・860条)。利益相反行為かどうかの判断は、外形的客観的に行われる(参考判例①)。3 法定代理人の同意権法定代理が自ら意思表示をして、単独で法律行為をするためには、原則として法定代理人の同意を得なければならない(5条1項本文)。同意を得ずにされた法律行為は、取り消すことができる(同条2項)。この場合の同意者は未成年者本人、または法定代理人である(120条1項)。ただし、未成年者が「単に権利を得、又は義務を免れる法律行為」については、法定代理人の同意がなくても単独で行うことができる(5条1項ただし書)。未成年者の行為能力の制限は、本人の利益を保護する目的であるところ、このような行為は、未成年者の不利益にはならないからである。また、法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は、その目的の範囲内において、未成年者が自由に(法定代理人の同意なく)処分することができる(5条3項前段)。たとえば、予備校の学費として渡された金銭を遊ぶ予備校への入学を申し込む場合に、あらためて親の同意をとる必要はない。目的を定めないで処分を許した財産を処分する場合も同じであり(同項後段)、たとえば毎月の小遣いとして渡された金銭は自由 に使うことができる。また、法定代理人から営業を許された未成年者は、その営業に関しては、成年者と同一の行為能力を有する(6条1項)。ここでの営業とは、自らが独立して営利の事業を行う場合をいう。この場合に、個別の取引行為に法定代理人の同意をまっていては、営業が成り立たないからである。本問では、AはBの同意を得ることなく、甲の売却、乙の購入等の行為を行っているから、AもしくはBは、次の4で述べる事情がなければ、原則どおり取消権を行使できる。また発問段階でも、甲の購入はAが未成年の時に行われているのだから、取消権を行使することができることになる。4 相手方の保護(1) 取り消しうる行為の追認未成年者が法定代理人の同意を得ずにした行為であっても、未成年者にとって不利益な内容であれば、取り消さないこともある。このとき、相手方にしてみると、取消権を行使されるかどうか不安定な状況に置かれることになる。この状況を解消するため、民法は取り消すことができる行為も取消権者が追認の意思表示をすることによって、それ以降は、取り消すことができなくなることを認めている(122条)。取り消された行為は、初めから無効であるとみなされる(121条)が、追認により取消権が消滅することで、行為が有効であることが確定することになる。ただし、未成年者が単独で追認を許すことは行為能力を制限した意味がないので、未成年者の行為について取消権が消滅するのは、①未成年者が成年に達した後にした追認(124条1項)、②未成年者が法定代理人による追認(同条2項の場合)、③未成年者が法定代理人の同意を得てした追認(同条2項)の場合である。なお、追認ができる時以後に、取り消すことができる行為について、①全部または一部の履行、②履行の請求、③更改、④担保の供与、⑤取り消すことができる行為によって取得した権利の全部または一部の譲渡、⑥強制執行の行為がなされると、法定追認が生じて、追認があったものとみなされる(125条)。本問では、Aは未成年者であるから追認権はなく、Bの追認の有無が問題になるが、Bに追認あるいは追認拒絶をうかがわせる事情はない。他方、Bが未成年後にAが甲に達した後に未払代金を支払ってしまうと、法定追認になる問題がある。(2) 催告制限行為能力者の相手方は、制限行為能力者が行為能力者となった後に、その者に対して、1か月以上の期間を定めて、その期間内にその取り消すことができる行為を追認するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。また、その期間内に確答がなければ、その行為は追認されたものとみなされる(20条1項)。また、制限行為能力者の相手方が、その法定代理人に対し、その権限内の行為について同様の催告をした場合にも、法定代理人が期間内に確答を発しないときは、その行為は追認されたものとみなされる(20条2項)。(3) 制限行為能力者の詐術制限行為能力者が行為能力者であることを信じさせるため詐術を用いたときは、その行為を取り消すことができなくなる(21条)。ここにいう詐術とは、自ら行為能力者であると相手方に誤信させるような行為、あるいは同意権者からの同意を得たと相手方に誤信させるような行為のことである。どのような行為が詐術に当たるかは、条文上は明らかではない。かつては、積極的な手段を用いるのでなければ詐術に当たらないとしていたが、現在の判例は、単なる黙秘は詐術には当たらないが、他の言動とあいまって、相手方を誤信させ、または誤信を強めたときは、詐術に当たるとする(参考判例②)。もっとも、多くの判例は、準禁治産者(現在の保佐人や被補助人に該当する成年者の制限行為能力者)の例であり、未成年者が詐術を認められた例は数が少ない。また、制限行為能力者が詐術を用いた場合に取消権が消滅するのは、詐術を用いた本人の保護を否定し、それと信じた相手方の取引の安全の保護を優先するためである。そうすると、未成年者が虚偽の身分を偽った場合でも、相手方がそのことを容易に知りうるような場合や、詐術を認める必要はないであろう。裁判例では、未成年者が契約書に虚偽の生年月日を記載したような場合や、年齢を偽った場合であっても、詐術には当たらないとしたものがある(参考判例③)。小問1では、Aは自らが未成年者であることをGに告げていないが、Gも年齢を特に確認していないのであって、詐術に当たるとは考えにくい。小問2については、AがBの同意を得てきたと述べたことを誓約書とみなし、相手方は信じている。もっとも、不動産売買のような重要な法律行為で、相手方は未成年者であることを知りながら、法定代理人の同意の有無を十分に確認せず、同意を得てきたという誓約書にサインをさせるという行為は、相手方は未成年者が詐術を用いている可能性を認識しながら、あえて契約をしたようにも評価できる。このような場合に、未成年者が詐術により契約をしたという主張を相手方に認める必要はないという考え方もありうるであろう。5 取消しによる原状回復義務取消権が行使されると、法律行為は初めから無効であったものとみなされる(121条)。無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う(121条の2第1項)。ただし、行為の時に制限行為能力者であった者は、その行為によって現に利益を受けている限度において返還の義務を負う(同条3項)。給付を受けた物が現物で残っている場合には、それを返還することになるが、滅失または毀損していたとしても、その形状で返還することで足りることになる。現物を転売したような場合は、その代金として受け取った金銭の限度で返還する義務を負うことになるから、その金銭を返還すればよい。金銭を返還すべき場合において、その金銭が取消前に費消されているときは、その返還義務が問題になる。その金銭が遊興費に浪費されたように、取り消された行為がなければ、そのような金銭が費消されなかったという場合には、費消された分は現存利益がなく、返還を免れると考えられている。これに対して、生活費など通常の費消の場合は、日常の出費を免れたため、現存利益はありと判断される。小問2での売買契約が取り消された場合、AはEに代金1000万円を返返還する義務を負うはずだが、200万円で購入したバイクは廃車になっているから現存利益はなく、遊興費として費消した300万円も現存利益はない。他方で、借金の返済に使った100万円は、債務の消滅という利益を受けているから、現金として残っている400万円と合わせて、現存利益ありと判断されることになると思われる。発展問題2024年1月、Aの18歳の誕生日の1週間前に、AはHという業者に版画の購入の勧誘を受け、50万円する版画丙を購入する契約にサインをさせられた(Hから年齢特に確かめられなかったものとする)。その後、丙を購入したことを後悔したAは、1週間後の18歳の誕生日の日に、Hに丙の売買契約はやめにしたいという内容の手紙をHに郵送したところ、代金支払請求訴訟を提起するという内容の内容証明郵便が送付されてきた。Aは、代金を支払わなければならないか。参考文献坂東宏実「消費者法判例百選(第2版)」(2020) 16頁(山下純司)

Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)

ISBN978-4-7857-2991-2

確定判決の無効
2025/09/03
Yは, 不動産仲介等を業となすX会社 (代表者B) の仲介により, 訴外A会社から土地および建物 (以下, 「本件土地建物」 という) を代金3200万円で買い受けた。 上記仲介に際してYに交付された重要事項説明書には, 「市街化調整区域の建築制限あり」 等の記載はあったが, その具体的内容等についての記載はなく説明もなかった。Yは, XおよびBの説明義務違反により, 本件建物を居住および建替えが可能な物件であると誤信して取得し, これらの目的で本件土地建物を購入したことから, その代金と当時の適正価格との差額相当額の損害を被ったとして, 不法行為に基づく損害賠償請求訴訟 (前訴) を, XおよびBに対して提起した。 前訴において, Yは, Xが, 建築制限の具体的内容についてBから相応の説明を受けていたこと, 知人から建築制限についての話を聞いておりその具体的内容を知り得たこと等を主張して争ったが, 審理の結果, Yの請求を認容する判決が言い渡され確定した。 そして, Yは, 前訴の確定判決に基づき強制執行を行い, 賠償額を取り立てた。その後, Xらは, 前訴判決は前訴においてYが虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔して取得されたものであると主張して, Yに対し, 不法行為に基づく損害賠償請求訴訟 (後訴) を提起した。 前訴確定判決と後訴の関係に留意しながら, 後訴について裁判所はどのように審理をすべきかについて検討せよ。●参考判例◎① 最判昭44・7・8民集23巻8号1407頁② 最判平10・9・10判時1661号81頁③ 最判平22・4・13集民234号31頁■解説●1 確定判決の無効確定した終局判決において示された判断が判断に影響されるようなことがあれば, 民事裁判の紛争解決機能は損なわれ, また紛争の蒸し返しを招くことにもなりかねない。 このような事態を防ぐために裁判所が認められている。 そして, 確定判決について生じた既判力を認めるのが通例であり, 再審によって確定した終局判決が取り消されない限り, 既判力は否定されないのが判例である。判決が裁判官によって作成され言い渡された場合には, たとえ手続や判決内容に瑕疵があるとしても無効というわけにはいかない。 判決が確定すれば, 裁判の見た目からは, 当然に無効というわけにはいかない。 適法に成立した以上, 自己拘束力も生じることから, 当事者は上訴によってその確定を争うことができるにとどまり, 判決確定後は再審によってのみ争いうるにすぎない。 しかしながら, 手続上は無効と解し直している判決もある。 既判力・執行力・形成力などの内容上の効力を認め得ない場合があり, これを確定判決の無効という。 実在しない者を当事者とした判決, 治外法権者に対する判決, 当事者適格のない者の訴えに対する判決などがその例として挙げられる。それでは, 確定判決が, 一方当事者による相手方に対する訴訟手続への関与や供述資料の提出等の妨害によって取得された場合, 判決の基礎資料の加工・偽造等により裁判所を欺罔し客観的真実に反する不当な内容のものであったような場合 (確定判決の不当取得という) ではどうであろうか。 確定判決の不当取得が再審事由 (338条1項) に該当する場合には, 相手方は再審を経ることによって救済されるのはいうまでもない。 問題は, 再審を経ることなく, 確定判決の無効を後訴で主張することが認められるか, また不法取得した判決に基づく強制執行等によって損害が生じた場合に, 不法行為に基づく損害賠償請求ないし不当利得返還請求が許されるか否かという点についてである。 この問題は, 既判力による法的安定性要求と判決の具体的な妥当性のいずれを重視すべきか, という問題に関わるものであるが, 実務上の困難としては, 再審手続の厳格さ (再審事由の限定判例 (338条1項), 再審期間の制限 (342条) 等) にも起因するものといえる。2 確定判決の不当取得の類型この問題に関するリーディングケースとされる参考判例①は, 不法取得された確定判決の既判力と後訴請求を矛盾すると考えられる場合には, 判決の成立過程において, 訴訟当事者が相手方の権利を害する意図の下に, ① 判決または訴訟手続が相手方当事者の意思に基づかずに意識的に, ② 偽造の事実を主張して裁判所を欺罔するなどの不正な行為により, 本来ありうべからざる内容の確定判決を取得し執行した場合、 といった2つの類型を挙げ, このような場合における救済可能性を認めた。参考判例②は, 「その行為が著しく正義に反し, 確定判決の既判力による法的安定の要請を考慮してもなお容認し得ないような特別の事情がある場合」 に限って再審を経ない救済を許すべき, という要件の加重をしている。確定判決の不当取得の相手方からすれば, ①類型では, 手続関与の機会自体が奪われて手続権自体が侵害されているのに対して, ②類型では, 手続に関与して攻撃防御する機会自体は与えられており虚偽の主張を見破りもする可能性もあったはずであることから, 両者について等しく救済を与える必要はないともいえる。 そのため, 学説においても, 確定判決の不当取得に対する救済論として再審を経ない救済を認めるべきか否かが主として争われるのは, ②類型についてということになる。3 確定判決の不当取得に対する救済策確定判決の不当取得に対する救済策として, 当該判決を再審によって取り消すことなく不法行為に基づく損害賠償請求等を後訴で認めることができるか, という問題について, 学説では, 確定判決の不当取得を理由とする損害賠償請求訴訟は, 前訴判決が既判力を有する以上に抵触することを前提として, 確定判決の不当取得を取り消しうるような損害賠償請求は既判力に抵触し許されないとする見解 (否定説, 兼子一 『新修民事訴訟法体系』 (有斐閣・1965) 333頁, 中野貞一郎 『法廷心理学問題研究』 (有斐閣・1975) 101頁, 上田 476頁など) がある。 この見解に対しては, 再審に要求される要件 (例えば有罪判決の確定 (338条1項5号・2項) など) や制限 (例えば出訴期間の制限 (342条1項・2項) など) が再審による救済を迂遠なものとしている, との批判が挙げられている。他方, 既判力の正当化根拠を手続保障の充足と捉え, 判決の不当取得の場合にはこれが満たされないとして判決の不当性を無効と認め, 再審を経ないでする損害賠償請求訴訟等を肯定する見解 (肯定説, 新堂 682頁, 高橋宏志 1722頁など) も存在する。 この見解に対しては, 既判力が事実審の終結という制度として, 既判力が絶対視されがちで, 執行等の為替の安定に寄与する既存の制度を再審によく, 既判力制度を揺るがすことにもなりかねないという反論がなされている。4 本問に即して(1) 前訴と後訴の関係 確定判決の不当取得がなされた場合に, 再審を経ることなく前訴確定判決の既判力とする請求を後訴においてすることができるかという問題に答えるには, まず前訴確定判決の既判力の後訴請求に対して作用するか否かについて検討しなければならない。 前訴確定判決の既判力が後訴に作用するとすると, ① 前訴と後訴の訴訟物が同一の場合, ② 同一訴訟物ではないが後訴請求が前訴との間で矛盾する場合, ③ 前訴の訴訟物が後訴の訴訟物の先決問題となる場合, の3つが挙げられる。そこで本問における前訴と後訴との関係に着目してみる。 本問における前訴は, YのXに対する説明義務違反を原因とする不法行為に基づく損害賠償請求訴訟であり, 他方, 後訴は, Yのいわゆる訴訟詐欺を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求訴訟である。 前訴の訴訟物においても, 訴訟物とはされているのは不法行為に基づく損害賠償請求権 (旧訴訟物理論) であり, 両者の行為が一体である。 訴訟物をこのように捉えるとすると右の②に該当する。両訴訟における不法行為の事実が一体である以上, 訴訟物を特定するに当たっては, 前訴判決の効力は後訴にも及ぶことは前提といえる。この既判力の基礎において後訴の請求を認容できるか否かは, 前訴判決においてXの損害賠償請求権を有しないことを前提とする。 訴訟の基礎との矛盾を回避する。 訴訟においてXの損害賠償請求権を有しないことの判断の前提とせざるを得ない以上, 後訴において前訴確定判決の既判力の主観的範囲と矛盾しており, 既判力の作用としては認める場合も認める。 あるいは, 訴訟物的に前訴判決でXの損害賠償請求権を認めた前訴判決と後訴におけるXの損害賠償請求とは矛盾関係に立つものとして, ②の場合に当たるといった理解も可能といえる。 いずれにせよ, その後訴請求は, 前訴確定判決の既判力に抵触するものと捉えることができる。なお, 本問のベースとした参考判例③においては, 「判決の成立過程における相手方の不正行為を理由として, その判決の既判力が具体的に矛盾する損害賠償請求をすることは, 確定判決の既判力による法的安定を著しく害する結果となるから, 原則として許されるべきではない」とし, 本問の後訴に相当する請求を棄却しているが, 前訴確定判決の既判力が後訴にどのように作用するかについては明確な判断をしていない。(2) 本問の類型 本問におけるXの後訴請求が, 前訴確定判決の既判力に抵触するものであることを前提として, 次に再審を経ない救済がXに認められるかを検討する。参考判例①および参考判例②は, 相手方の手続関与が実質的に妨げられていたという点で, いずれも①類型に属する事案であったといえる。 これに対し, 参考判例③や本問は, Xは前訴において手続に関与する機会が与えられ, その機会を用いてYの主張に対する攻撃防御活動が展開されていたことが看取できることから, ①類型ではなく②類型の事案として位置づけることができる。上述の肯定説は, かかる場合にも救済を認める通説といえ, 不法行為に基づく損害賠償請求についての本案審理を進めるということになる。 そして, 肯定説は, この審理の過程において再審事由の存否についてもあわせて審理すればよいとするが, 本問の前訴においていかなる再審事由があると判断されることになるのかについては疑問の残るところではある。 他方, 否定説の立場に立てば, Xによる後訴は認められるべきではなく (前訴確定判決の既判力作用により後訴は請求棄却となる), 再審を経て前訴確定判決の既判力を破る必要があるが, この場合においてもそもそもYの前訴においていかなる再審事由があるかについては問題が残る。この点について, 参考判例③の原審 (名古屋高判平21・3・19判時2060号81頁) は, Yが市街化調整区域内の建築制限につき知っていながら居住目的で本件土地建物を購入し, 17年後に本件土地建物の議論に際し生じた譲渡損を回復するために, X・Bの説明義務違反により損害を被った旨の虚偽の陳述の上主張立証を巧妙にし, 明確な証拠がないためXの反論が制約されることを利用して前訴裁判所を欺罔し, 本来なら請求が棄却されるはずの前訴において勝訴判決を得て強制執行に及んだ, との認定をし, 「実質的に再審事由に当たるような場合だけでなく, 公序良俗・信義に反するような結果がもたらされる場合にも, その主張を許されるとするのが相当である」として, Xの請求を一部認容した。 これに対し, 参考判例③は, 「原審は, 前訴判決と基本的に同一の証拠関係の下における信用性判断その他の証拠の評価が誤った結果, 前訴判決と異なる事実を認定するに至ったにすぎない」 事案であったと判断し, Xの請求を棄却したものである。 Xによる主張や証拠関係が前訴と後訴において基本的に同じであったとすれば, これにつき, 前訴の主張がYの虚偽の陳述によるものであったとして, 前訴とまったく異なる事実認定をすることは, 再審の既判力制限が働くところのものである。 それゆえ, 参考判例③が 「前訴におけるYの主張や供述が...…故意の認定事実に反していたというだけでは, Yが前訴において虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔したというには足りない」と判示したことには説得力があるといえよう。●参考文献◎浅野雄大・百選170頁/渡部美由紀 「確定判決の取得と不法行為の成否」 民商法雑誌143巻3号 (2010) 425頁/垣内秀介・平成22年度重判164頁(垣内秀雄)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

第三者による再審の可否
2025/09/03
Yは, ドライブインの経営等を目的とする株式会社であり, X1, Yら10名が, その株主として各110分の1の株式を有するが, Y1はコロナ禍で経営不振に陥り, これ以上Y会社により事業を継続するのは得策はしいとして, これまでの会社を廃業し, 新たに個人経営の会社を設立するために電磁株主総会を開催したが, 株主のうちXら5名が解散に反対したため議決に至らなかった。 Yらは, Y会社として何ら事業を行っていないのに事業年度毎に負担している状況を脱しようと, Yに解散事由を認めるうえ, 当事者は株主Xらの一部を被告として訴えを提起し (会社833条1項・834条20号), Yは会社の解散を請求する訴え (会社833条1項・834条20号) を提起した。Y1は請求するも, Y1の請求原因たる会社の事業の失敗を認め, 解散事由 (同法833条1項1号) の存在を争わなかった。 裁判所は第1回口頭弁論においてY1の請求を認諾し, Y1の事業継続は極めて困難で解散以外の方法では現状を打破できないとして解散事由の要件を満たすと判断し, 請求認諾判決を言い渡した。この判決の確定後にその存在を知ったX2は, 上記訴訟はY1取締役とY2がいずれも解散を望んで組んだ馴れ合い訴訟であり, Xは参加することができた上記訴訟の帰趨を知らされず, その審理に関与する機会を奪われたとして上記判決の効力を争いたいと考えている。 この場合にXは再審の訴えを提起することができるか。 可能性として, どのような手続により, どのような再審事由を主張することが考えられるか。●参考判例◎① 最決平26・7・10判時2237号42頁② 最決平25・11・21民集67巻8号1686頁■解説●1 対世効が及ぶ第三者による再審確定判決の効力は訴訟当事者に及ぶのが原則である (115条1項1号)。 多数の関係者の間で法律関係を確定する必要から, 例外的に, 判決効が広く第三者にも拡張されることがあり, これを対世 (的) 効 (力) と呼んでいる。 団体関係訴訟や身分訴訟がその例である (人訴24条, 認諾の場合の会社838条)。 ただし, 訴訟に関与しない第三者に対世効を認める前提として, 第三者への手続保障が欠かせない。 そこで, 当該法律関係について最も密接な利害関係をもつ者に当事者適格を付与し (例: 会社833条・834条, 人訴12条・43条・43条), それにより充実した訴訟追行ができるようにする等の方策が備えられている。 さらに, こうして当事者適格を認められた者が, 関係者の知らないうちに訴訟そして判決を確定された場合には, それにより不利益を受ける一定の者が, その取消しを求める再審の訴えを認めることも, ひとつの考案となりうる。では, 株主による責任追及等の訴え (会社853条) のような明文のない場合でも, 本問で上記のとおり確定判決の効力が及ぶXは再審の訴えを提起することができるか。 できるとすればどのような方法によるべきか。 この問題につき, 参考判例②は, 新株発行の無効確認を求める訴訟の請求認容確定判決に対し, 新株を取得した株主に再審の訴えを提起することを認めた。 まず再審事由については, 原決定が元の訴訟当事者の訴訟の係属を知らせず判決を確定させても民事訴訟法338条1項3号の再審事由があるとはいえないとしていたのに対し, 3号事由を認めた (→問題22)。 すなわち, 元の訴訟で被告適格を付されている会社は (会社834条2号), 上述のとおり対世効を受ける第三者に代わって手続に関与する立場にあるので第三者の利益に配慮して一層審議に従った訴訟活動をすることが求められるのに, 会社がそのような訴訟活動を行わないどころか, その訴訟活動が著しく信義に反し, 第三者に判決効を及ぼすことが手続保障の観点から許されない場合には3号事由が認められるとしたのである。また当事者適格については, 独立当事者参加の申出とともにする再審の訴えの提起を認めた。 その理由として, Xのような者は元の訴訟の当事者でない以上, その訴訟の本案について訴訟行為をすることはできず, 当該判決で判決の判断を左右できる地位にはないが, 再審の訴えを提起するとともに独立当事者参加の申出をした場合には, 再審開始の決定が確定した際, 当該独立当事者参加に係る訴訟行為をすることにより, 合一確定の要請 (40条) を介して確定判決の判断を左右することができるようになるので, 再審の訴えを提起する有利になることを示した。 ただし参考判例②では, 再審の訴えを提起する手続に不明点が残っている。2 再審の訴えを提起する手続再審の訴えを提起することができるのは一般に, 確定判決の効力を受け, かつ判決の取消に固有の利益を有する者とされ, これに該当すれば元の訴訟当事者以外にも再審の訴えの提起が認められてきたが, その方法については議論がある。 学説により有力視されてきた方法としては, 再審の訴えを独立当事者参加の申出 (明記されないが旧来の訴訟の参加) とともに提起する方法 (通説), 再審の訴えにつき債権者代位権を有する者への (共同訴訟的) 補助参加の申出とともにする方法 (43条2項・45条2項・46条) がある。 そして参考判例②は, 固有の利益に応じではないものの, 上記通説を共通している。しかし, 独立当事者参加では元の訴訟の請求について当事者となれるわけではないので再審の訴えを提起する資格を取得できないのではないか。 だとすると, 再審の訴えは元の訴訟の請求に補助参加を申し出るとともに提起することとなる。 けれども, 補助参加では, 被参加人の主張できる再審事由しか主張することができず, 訴訟係属を知らされず関与できなかったというX固有の理由を提出できるか, 疑問もある。 そのため通説は独立当事者参加の形式を採ることを主張していた。 ただし補助参加の方法を支持する説も, 判決効が及ぶ第三者が補助参加する場合は単なる補助参加ではなく, 参加人が被参加人と抵触する行為のできる共同訴訟的補助参加となるから, 元の訴訟当事者とほぼ同等の立場を想定している。一方, 参考判例①は, 独立当事者参加の申出を求める意味を, 再審開始決定後の本案審理において合一確定の限度で独自に訴訟追行できることに求めている。 ただし, これについても共同訴訟的補助参加であれば合一確定の要請を介して補助参加人に同様の訴訟追行が可能であると考えられる。 にもかかわらず, 再審の訴えを提起するに独立当事者参加の申出によるなければならないか。 まず, 参考判例②では, 当事者が判決していた独立当事者参加を受け, そのまま再審の訴えを提起する資格が肯定されたため, (共同訴訟的) 補助参加が明確に否定されたわけではないとの見方もあった。3 詐害防止参加における請求の定立再審の訴えを提起するには補助参加でなく独立当事者参加の申出とともにしなければならない。 しかも, 元の訴訟の当事者の少なくとも一方に対し請求を立てなければならないという判例の立場を明確にしたのが, 本問のモデルとした参考判例①である。 この事件では, 株主 (本問のX) が独立当事者参加の申出とともに再審の訴えを提起したものの, 請求を立てることなく元の被告の請求認諾を求めていたところ, 参考判例②を引用して独立当事者参加によることは肯定しつつ, 独立当事者参加につき片面参加を認めていなかったため民訴法下(最判昭45・1・22民集24巻1号1頁)を引用し,再審の適格を認めず訴えを却下した。しかし, 独立当事者参加において参加人独自の請求を定立する必要があるかについては, 参考判例②の企業価値の意見, 山浦善樹裁判官の反対意見の通り, 従来から疑問とされてきた。 有力説によれば, とくに詐害防止参加[→問題23]では当事者による馴れ合い訴訟を阻止すれば十分であり, 訴訟について独自に請求を立てる必要はないとされている (井上治典 「多数当事者訴訟の法理」 (弘文堂・1981) 299頁, 槌田和幸 「離婚訴訟の基礎理論」 (信山社・2008) 187頁, 高橋・重点講義 (下) 520頁等)。そもそも3号再審事由は, 当事者による再審の訴えのように, つねに本案請求について独自の再審事由が必要か, 学説は疑問としている。 判決効を受ける第三者としては, 確定判決を取り消すことができれば目的を達する。 現行法が再審を2段階構造に定め, 再審の訴えの適法要件および再審事由の存否についての審理である第1段階をクリアして再審開始決定が確定してはじめて (348条), 本案の審理に進む (348条) という2段階構造としていること [→問題71] からも, 再審事由の存否, 再審開始を審理する第1段階の手続を提起する資格は, 第2段階の本案当事者の適格の有無と切り離すべきではないか。 企業関係法関連の訴えの被告適格は会社に限定されている以上, 株主が単に請求棄却を求めて被告の立場で独立当事者参加を申し出ることはできないとするが, 第三者としては, まず再審開始決定が得られればよく, その結果は本案訴訟に参加されればよいのである。 不法行為で当事者となれず, しかも会社より強い利害をもって本案訴訟の請求当事者適格を求める地位に立てることも重要である。 信義則対抗も, 無理に技巧的な請求を立てることを要求するのは実情に合わないと指摘している。4 再審事由参考判例①の原決定も原々決定も, 会社の利益理由がないとの主張判断が先立ってか, 3号の再審事由は否定して再審請求を棄却していた。 上記の企業価値から見れば, Y1らは会社の精算後も存続するXらを排除して解散の認容判決を得ることで利益が一致しているともいえるのかもしれない。しかし, 本問のモデルとした参考判例①の事案では, 日本の株主しかいない会社において解散反対者3名の関与を排除した訴訟をし, 会社が積極的に争わなかったわけでない。 元の訴訟の被告 (本問のY) が会社の解散に反対と主張して訴状を作成していた等, 信義則対抗もそれは3号再審事由が認められる余地があった。 参考判例①では, 元の訴訟関係から会社に対して株式の発行の有効性を主張していた株主に訴訟係属を知らせず, 訴訟で被告会社が信義則の請求をまったく争わなかったことが明らかな活動が著しく信義に反し, Xの手続保障を害するとされていたこととからすれば, 参考判例②に基づく本問のほうが, 3号再審事由にあたる可能性が高いのではないか。●参考文献◎杉山悦子 「第三者による再審の訴え」―最決平13巻3号 (2014) 81頁/三木浩一・百選234頁/安西明子・新判例解説Watch16号 (2016) 145頁(安西明子)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

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補充送達と再審
2025/09/03
YがAに金銭を貸し付け, X会社をその連帯保証人とした (AはX会社代表者の妻の父)。 Yは主債務者Aに直接返済請求, 連帯保証人Xには保証債務請求の訴訟を提起した (前訴)。 この訴状は同居するA・X会社代表者の妻に送達されたが, Yの受け取る訴状等はすべて同居するAが受領した。 AもXもこの訴訟の第1回口頭弁論期日に欠席し, 答弁書等も提出しなかったため, Yの請求を認諾する判決が言い渡された。 この判決書は, A・Xの住所に送達されたが不在でできなかったため, 付郵便送達 (107条〔→問題32〕。 裁判所書記官が書留郵便で書類を発送し, 発送簿に送達があったものとみなされる) が行われた。 AもXも控訴せず, 前訴判決が確定した。Xは, Aの連帯保証をしたことなどなく, AがXに無断でしたことだと主張して, 前訴判決の確定から2年後に, 再審の訴えを提起することができるか。●参考判例◎① 最決平19・3・20民集61巻2号586頁② 最判平4・9・10民集46巻6号553頁■解説●1 再審訴状や判決の送達は応訴や上訴により手続に関与する機会を知る重要な契機であるところ, 被告の知らないままに訴訟が進行し判決が確定した場合, 被告にはまず確定した判決に対する不服申立てとして再審が考えられる。再審とは, 原則として当該判決を下した原裁判所に自判の誤り (340条1項), 当事者が判決確定後再審事由を知った日から30日間に (342条1項), 確定判決の取消し・変更を求める不服申立てである。 確定判決に対するものであるから, それなりの厳格な要件がある。 確定判決であっても放棄できないほど重要な瑕疵として再審事由が規定されている (338条1項各号)。再審事由は, 再審事由の存在が確定されれば再審開始決定をして (346条), その決定が確定した後はじめて本案再審手続に入れる (348条)。 再審事由が認められない場合には (再審) 請求棄却決定の形で終了される (345条2項)。 この決定に対しては即時抗告という形で不服申立てができる (347条)。 抗告には, 決定に対する上訴であり (328条以下) [→問題22], 即時抗告は裁判の告知を受けた日から1週間以内にしなければならない (332条)。 なお, 即時抗告を受けた高等裁判所の決定に対し, さらに不服がある場合, 最高裁判所への許可抗告の可能性もある (337条)。 現行法は上訴制度改革 [→問題31]の1つとして, 重要な法律問題について高等裁判所の判断が分かれているような場合に法令解釈の統一を図るため, 高等裁判所の決定のうち重要な事項を含むと認められるものに向け, 原高等裁判所の許可を得て, 最高裁判所に特別に抗告を許す制度を創設した。 参考判例①も許可抗告事件である。 すなわち, 補充送達が有効であるから再審事由はないとした第1審の再審請求棄却決定に即時抗告がなされ, その抗告を棄却した原審決定に許可抗告がなされた事件である。以下では, 本問のよう場合に再審事由を満たしているかどうかを検討するため, まず送達が有効かどうかから確認していこう。2 訴状や判決の送達—補充送達民事訴訟法では上記のような訴訟書類は裁判所の責任で送達する職権送達主義を採る (98条1項)。 送達はまず送達場所を証明期間などをほぼ無効で直接の送付 (直送) をする (令和4年民事訴訟法改正により、 まずは送付を試みることが原則—問題32・図)。 送達事務は書記官が扱い, 通常の実施は郵便配達人が, 原則は送達すべき書類を送達を受けるべき本人に住所や事務所などで直接交付する (交付送達, 101条)。 住所などで本人に会えないときには, 家族や従業員などで「書類の受領について相当のわきまえのあるもの」に交付することもできるし (補充送達, 106条1項), これらの者が正当の理由なく受取を拒否する場合には送達すべき場所に書類を置いてくることも許される (差置送達, 同条3項)。 補充送達も差置送達もできない場合に許される方法として前述の付郵便送達 (107条 [→問題32]) のほか, 公示送達 (110条~113条) [→問題62] もある。 本問では, A宛の訴状等をAに交付するのかX宛の分をXの代表者妻に補充送達されたのであるが, 補充送達による102条1項や用される (民事訴訟法による102条1項)。 その同居人Aに交付するのが補充送達となる。 問題となるのは後者である。補充送達という 「相当のわきまえ」 (106条1項) とは, 送達の趣旨を理解して交付を受けた書類を受送達者に交付することを期待することができる程度の能力のことである。 具体的には従来10歳以上の者につきこれを肯定する裁判例があり, 参考判例①では9か月の児童につき否定した (訴状送達が無効とされた)。また, 受領資格者である同居者等 (本問のA) は書類受領限での受送達者 (本問のX) の法定代理人とみなされ, 訴訟関係の書類を受け取る権限があり, 訴訟追認の相手方当事者である場合には, 又は代理権 (民108条) の趣旨から補充送達は無効である。 ただし, このような法律上の利害対立はなく, 本問のように送達書類の訴訟について同居者が受送達者Xとの間に事実上の利害関係の対立がある場合, 補充送達は無効か。 この問題につき下級審判決で有効・無効の分かれた判断があるようだが, 受送達者であるべき者にとって有利・不利で判断する。 補充送達制度の趣旨は送達を確実・迅速に行い, 訴訟手続の安定を図るとする。 制度の趣旨は送達を受けるべき者に送達書類を確実に届けることによって, 当事者間の利益調整を図り, 手続の安定を確保するところにある。 したがって, 受送達者と同居者等との間に実質上利害対立があるため, 同居者等が送達書類を受送達者に届けず, 受送達者が応訴の機会を失うおそれがあるような場合には, 補充送達は許されないと解される。 このような立場の判決は, 無効である。 その判断については, 当事者間の実質的な利害対立関係の有無が補充送達の効力を決めることになる。 参考判例②は, 当事者間の対立が激しく夫名義のクレジットカードで買物した立替金の返還請求を, 信販会社が提起し, その訴状を妻が受け取ったというケース (受送達者である夫と妻の間に事実上の利害関係の対立あり) で, 判決送達について補充送達は無効との判断をした。 さらに本問の参考判例①が補充送達を無効とすることを明確にした。なるほど送達実施機関が同居人等につき事実上の利害関係の対立を判断しなければならず, 補充送達は困難になるから, 判断のように事実上の利害関係にかかわらず送達を有効とすることもやむを得ない。 ただし, 実務の工夫として, 訴え提起時に受送達者の同居人に等に事実上の利害関係の対立があることが書記官にわかったときは郵便配達人に補充送達を本人に交付するよう要請すべきではないか, といった提案はある。 さらに, 送達事務として適法でも、 原告と被告の間では送達を無効とすべき場合があるのではないか, という問題も提起されている。3 再審事由では, 上記のとおり本問で送達が有効である以上, Xは再審を提起できないのだろうか。従来, 訴訟手続に瑕疵があって訴訟関係書類が当事者に届かず, 訴訟に関与する機会がないまま敗訴した場合, 「法定代理権, 訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと」 (338条1項3号) に当たると考えられてきた。 再審事由は, 従来, 判例学説でそれをきたが, このように一定の限度で送達理解や制度理解を認めるのが現代の判例・通説である。 この3号再審事由は, 代理人がいる場合を前提とするが, 代理人がいない場合にも, さらに当事者から手続に関与する機会が実質的に奪われてきた場合も代理権の欠缺と同様として, 類推されるようになっている。 参考判例②も, 上記のように受送達者の幼い子に交付された訴状の送達が無効であり, 有効な訴状送達がないために被告が手続に関与する機会を与えられなかったのであるので, 当事者の代理人として訴訟行為をした者が代理権を欠いた場合と同じであるとして, 再審を認めた。しかし訴状送達も有効な本問の場合はどうなるだろうか。 参考判例②は, 訴状は適法だが, 判決は事実上の利害対立がある妻が受け取ったケースだったので, 訴状送達の無効から3号再審事由を適用した。 そこでそのケースを認める前提として, 判決は確定しなければならないからである。 利害関係の対立がある妻に交付した判決送達は有効と判断した。 そうだとすると, 訴状の補充送達が事実上の利害対立のある同居者になされ, 訴状送達が有効である場合も3号再審事由を認めることができるかが問題とされていたところ, 参考判例①は送達の効力と切り離して, 民事訴訟法338条1項3号の再審事由を認めた。 すなわち, 受送達者と同居者にその訴訟につき事実上の利害関係の対立があるために同居者が受送達者に訴状を速やかに交付することが期待できず, 現実に交付されなかったときには, 受送達者が訴訟手続に関与する機会を与えられなかったことになる, と。以上から, 本問でもXは民事訴訟法338条1項3号の再審事由を主張して, 再審を提起することができよう。 この場合に前述①の再審期間の制限はないから (342条3項), 本問のように判決確定後2年での再審提起はもちろん, 5年以上経過していてもよい。4 残された課題参考判例①のとおり, 3号再審事由が送達の有効性と直結せず, 当事者に保障さるべき手続関与の機会が与えられていたかどうかにより判断されるとすると, 今後これをどの程度拡張して判断するのかが問題とされている。補充送達では, 同居者等が感情的な対立から, あるいは単に失念して受送達者に訴状が交付されず, そのまま判決されて確定した場合にどう評価すべきか。 原告にも裁判所にも責任がなく, 被告が訴訟関係書類について知る機会がないと類型化できるような場合でない。 このような偶然の事情は3号再審事由に当たらないと考えられている。 別居して妻に訴訟関係書類が交付され夫が再審請求したケースで, 訴状送達に関する利害対立が認められないとして送達は有効, 再審請求は認められないとした裁判例もある (東京高判平21・3・31判タ1298号309頁)。 夫は妻子の心理的負担をも主張したが, 本問のように訴訟追認について夫を補助した妻に送達関係書類を(したというような利害対立の要求されている。また判例は公示送達の運用についても3号再審事由を認めていない (→問題22)。 公示送達制度自体, 送達名宛人の送達ができない場合の措置であるから現実に送達されないことの織り込み済みである。 また, この場合には上訴 (控訴) の追完による救済が認められてきたこともある。 再審が認められない原因となっている。 これによれば, 当事者が自分の責めに帰し得ない事由により不変期間を遵守できなかった場合に, 判決確定後でも訴訟を知ってから1週間以内に控訴ができる (97条1項)。 そして上訴の追完が認められる場合, 再審することはできない。 再審は上訴に対して補充的地役権に置かれているから, 再審事由をすでに先の上訴手続で主張していたか, その存在を知りながら上訴しなかった, 上訴審で主張しなかった場合には, 再審は認められない (再審の補充性, 338条1項ただし書)。 これに関しては, 1週間という期間制限なく, 元の第1審裁判所に提起し得る再審を認めるべきとの反対説がある。 実は, 参考判例②でも, 判決送達が有効と解すると, そこで受送達者も再審事由を主張したと解釈され, 再審の補充性から上訴の追完しか認められないとの疑問もあった。 現に再審を許さなかった, 参考判例②は再審事由を現実に知できなかった場合には民事訴訟法338条1項ただし書は適用されないとしたのである。なお, 2の最後の段落の通り, 送達事務として適法でも, 原告が被告の住所を知りながらまたは必要な調査を欠いたまま実施された公示送達のように, 原告被告関係で訴訟係属の要件としての送達は違法・無効として, 3号再審事由を認めようとする学説もある (公示送達を無効とし3号再審事由を肯定した判例として札幌地決令和元・5・14判タ1461号237頁)。●参考文献◎山本弘 『民事訴訟法・倒産法の研究』 (有斐閣・2019) 339頁/高田賢治・百選82頁/和田吉弘・百選230頁(安西明子)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

独立当事者参加と上訴
2025/09/03
物の所有権をめぐって、XはYに対し自己の所有権確認と引渡しを求める訴えを提起したところ、Yが独立当事者参加を申し立て、同一物に関してXに対してはその所有権確認、Yに対しては自己の所有権確認と引渡しを求めた。その所有権をめぐりZの請求をいずれも認容し、Xの請求を棄却した第1審判決に対し、Xのみが控訴したところ、控訴審ではZではなくYが所有権を有すると判断する場合、どのような判決をすべきか。また、上記第1審判決に対し、Yではなく、Yのみが控訴したときに、控訴審がZではなくXに所有権があると認めるもととなった場合はどのような判決をすべきか。参考判例最判昭48・7・20民集27巻7号863頁最判昭50・3・13民集29巻3号233頁解説1 確定遮断・移審の範囲本問では独立当事者参加(47条)が当事者双方に対してなされており、X→Y、Z→X、Z→Yの三方向の立てられた請求につき判決がなされている。三者のうちいずれかが勝訴すれば他の二者は敗訴することになる。本問では第1審でZが勝訴し、XとYが敗訴している。敗訴者が控訴すれば控訴審でも三面構成が維持され合一確定的な要請が満たされるが、敗訴者のうちの1人が控訴した場合、どのような範囲が控訴審に移り、審判の対象となるか。本問では、まずXのみが控訴し、Y自身は控訴も附帯控訴もしていない場合を考えてみる。現在のように参加人が一方当事者だけに請求を立てる片面的参加が認められていなかった旧法下では、独立当事者参加訴訟の構造を三面訴訟と捉える立場(最大判昭43・9・27民集21巻7号1928頁)・通説であった。そして判例は、参加人が第1審原告のみを相手方として控訴し、控訴審が1審被告を関与させずに判決した事案につき、参加人のした控訴は第1審被告に対しても効力を生じ、訴訟は三者につき全体として確定を遮断され、上告審に移審して審判対象となっているものと解すべきで、訴訟当事者の一郎のみに関する判決をすることは許されないとしていた(最判昭43・4・27民集22巻4号877頁)。これら2判例を引用して、参考判例①は、単純化すれば債権が二重譲渡され、譲受人と主張する原告を被告として、訴訟を訴訟告知もうけた譲受人が独立当事者参加をして、訴訟請求のほか、原告のうち1人の上訴によっても全請求が確定を遮断され移審の効果が生じるとした。したがって本問ではXの上訴により、X→Y請求とZ→Y請求、Z→X請求のほか、Z→Y請求も移審していることになる。上訴しなかった敗訴当事者に関する判決部分も上訴審に移審し、その者も上訴審の当事者になるとして、では、その者は上訴人になるのか被上訴人になるのか、この問題はかつて、上訴審の審判対象と不即不離の問題として議論されてきた。すなわち通常の控訴審によれば、非上訴者が上訴人と見なされればその敗訴部分も上訴審の審判対象となるが、被上訴人と見なされればその者は不服申立てをしておらずその敗訴部分は控訴審の不服申立ての対象とならない。不服申立てをしていない者に原判決は認められないと考えるから、被上訴人として、本問でいえばYとZを共に敗訴する請求棄却対象となるが、被上訴人として扱うとすればYはZ請求は棄却判決になるのは形式的な議論であり、疑問がある。参考判例①は、原審が、控訴人Xとの間で控訴が進んで、被控訴人との関係では訴訟であるとしてYの控訴を擬制したのに対し、非上訴者の地位について明言はしなかった。しかし、その後、参考判例②は非上訴者は被上訴人の地位につくと述べ、その後に参考判例①を引用しつつ、第1審の上訴人として扱う必要はないことを説いた。つまり、非上訴者の地位の問題と上訴審の審判対象の問題とは切り離されたのであり、従来から有力説が主張してきたとおり、非上訴者が上訴人になるのか被上訴人になるのかは、現在の訴訟追行の意義をもたなくなっている。2 上訴審の審判対象と不服の範囲:不利益変更の禁止との関係次に、本問で各請求が控訴審に移審して審判対象となった結果、裁判所が第1審とは逆に、ZではなくYが所有権を有するときの証拠もとに至った場合、X→Y請求を認容(Z→Y請求を棄却)して第1審判決を維持するのか、Y→X請求を認容(Z→X請求を棄却)して第1審判決を変更するのかが問題となる。第1審判決で認容されているZ→Y請求を棄却すればZ→X請求を維持すべきかという問題は、第1審では敗訴したYが請求を提起していないにもかかわらず、Yに有利に変更することになり、不利益変更禁止の原則に反し(Zに不利益に)原則許されない(不利益変更の禁止)。判決変更申立ての原則に(Yに不利益)反するし、判決変更も問題となる)、ここで(不利益変更の禁止)を貫き通すと、Z→Y請求を認容した判決を維持するのでもよい。けれども、参考判例①は、控訴審での判断を前提に無意味な判決は無意味である。合一確定のため必要な限度で、原判決を変更できると述べた。本問のような場合にZ→Y請求を認容からZ→Y請求を棄却に変更した。同一物につき(所有でない限り)XもZも所有権をもち、Yも所有権をもち、Z→Y請求も認容できることになるので、Yに二重の給付を強めるわけではない。したがって、本問でも合一確定に必要な限度、上訴審の審理制約である。3 片面的参加現行民事訴訟法では、当事者の一方のみに請求を立てる片面的参加も認められる(47条1項)。本問でも、参加人ZがYに対してのみの請求を立て、Z→Y請求を認容する判決に対し参加人とYとの間では二面関係にすぎないから、X→Y請求は敗訴者Xの上訴により上訴審に移審するが、Z→Y請求は移審しないとも考えられる。しかし、必要的共同訴訟も同然と考え、結果的に原判決を不利に変更されるZの手続保障にも配慮する必要がある。というのも、ZとしてはXのみが上訴し第1審に勝訴しているので、もはや原判決でZ請求部分は変更されないと信頼し、XとZも1審勝訴ケースのケース(仮にXとYを逆に控訴審で争う必要がない。けれども、本問のようにZが請求棄却判決を得ていた場合には、X(Yに)と相手どっていた場合にも、Zとしては自身の得た認容判決が覆されないよう、に主張立証の必要が生じることになる。したがって、そのことをZに釈明する。などして十分議論させておかなければならない。この点は、参考判例①について、すでに議論したようにZ→X請求が認め、Xのみの控訴でZ→X請求について判断した訴えが入っていると全面的参加の場合でもそうなので、Z→X請求がない片面的参加の場合にはZは相手方になっている認識をもちにくいと考えられるので、より一層の手続保障の必要があるだろう。なお、この問題に関連して、最判平22・3・16を見ておきたい。この判例は、本来は固有的必要的訴訟であるから上訴審の当事者となるべきであった非上訴者を、控訴審の当事者として認めなかったという異例の状況で、その誤りを最高裁が正すために採った措置であった。本件の共同訴訟人Y・Zの2人が第1審から一貫して共通の訴追代理人を選任していれば直ちに上訴立証活動に焦点を当て、非上訴者も実質的に訴訟に関わっていたことを認定した。さらに、実際に最高裁が非上訴者(本問ではYとZ)も含めた三者に対し期日呼出状を送達した。以上のように、非上訴者にも日割り計算し費用を負担したことを評価している。参考文献井上治典『多数当事者訴訟の法理』(弘文堂・1981)368頁/瀬田=多数当事者訴訟と上訴[新版注釈民事訴訟法⑤](有斐閣・1998)294頁/山本克己=『民事訴訟法』1154頁/瀬田=百選210頁(安西明子)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

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不利益変更禁止
2025/09/03
XはYに対し、貸金債権の支払を求めて訴えを提起した。Yはこの訴訟で予備的に、Xに対する反対債権による相殺を主張した。第1審はXの貸金債権の存在は認めつつ、予備的相殺の抗弁を容れて、結論としてXの請求を棄却した。これに対しXは控訴したが、Yはしなかったとき、控訴審における審理の結果、第1審とは逆に、Xの貸金債権はそもそも存在しないと判断した場合、控訴審はどのような判決ができるか。参考判例最判昭61・9・4判時1215号47頁解説1 控訴審の審理構造控訴審の審理対象は、控訴の適否と第1審判決に対する当事者の不服申立ての当否である。控訴審では控訴が不適法でその不備を補正できないときを除き(290条参照)、必ず口頭弁論を開かなければならないが(87条1項)、控訴審の審理対象は不服の当否であるから口頭弁論もその限度で行われる(296条1項)。不服申立てを認めて第1審判決を取り消す場合には(315条・306条)、請求自体について判断することになる。控訴審は第1審の事実審として必要な範囲で独自に事実認定を行う。その資料は第1審に提出された資料に控訴審で新たに提出された資料を加えたものである(続審主義)。ただし、控訴審の裁判は第1審に参与していないので、第1審で提出された資料を控訴審判決の資料とするためには、裁判官が交替した場合と同様に直接主義の要請に基づき、第1審における弁論の結果を当事者が陳述しなければならない(296条2項、弁論の更新)。控訴裁判所は控訴または附帯控訴によってされた不服申立ての限度でのみ第1審判決の当否および変更をすることができる(304条)。上訴による確定遮断および移審の効力は、上訴人の不服申立ての範囲にかかわらず、上訴の対象となった判決全体について生ずるが、上訴人の不服のない部分についてまで裁判所は判断する権限はもたない。この結果、不服申立てのない部分について裁判は確定し(上訴不可分の原則)、この結果の範囲を拡張し、被上訴人が附帯控訴をしない限り一部のみが控訴審の対象とする。控訴人は、被控訴人の利益を害さなく、その一部のみを控訴審の対象とすることができる。例えば被告が500万円の請求を認容し、300万円の一部認容一部棄却判決を得た場合、原告は棄却部分の200万円の限度で控訴することができるが、100万円の限度にとどめることもできる。それを控訴審の口頭弁論終結時までに200万円まで拡張できるとする。これに対応して、被控訴人も審判の対象を自己に有利に拡大することを求めるため、その申立てでは500万円全額が移審しているところで、第1審で認容された300万円の部分について審判対象とするよう求めるのが、附帯控訴である(293条)[→問題73]。2 不利益変更の禁止控訴審の審理の範囲は、控訴によってきた不服申立ての限度に画されるので(304条)、控訴がない限り、控訴審は第1審判決を不利益に変更されることはなく、被控訴人の場合も控訴審の判決が下されるにとどまる。これを不利益変更禁止の原則という。例えば第1審で300万円の支払を命じられ、原告が200万円しか存在しないから心外だとし、被告が原告の請求権は200万円しか存在しないから心外だと判決し、控訴人が300万円の支払を求める訴えを認めて控訴を棄却して300万円の支払を命じるにとどまる。逆に原告が不服を申し立てた場合に控訴審が第1審の500万円認容判決よりもさらに原告に有利に800万円のうち100万円だけを不服として、控訴審が300万円の請求権はあると判断したとしても、100万円円を越えて200万円を認容に変えることはできない。控訴していない部分は不服申立ての対象ではないからである。不利益変更禁止の原則により控訴人の保護が図られるのに対し、被控訴人が自己に有利な(控訴人に不利益な)判決を得たいのであれば、審判の対象を拡張するために前述の附帯控訴をすればよい。不利益変更禁止の原則は、当事者の不服申立てがない限り、それに対応する裁判をすることさえできないということであり、一応は処分権主義(246条)に基づくものとされてきた(これに対し、控訴制度の趣旨に基づくとする説もあり、処分権主義で説明できない場合に不利益変更禁止の原則独自の窮屈を認めるのは、宇野・不利益変更禁止原則の機能と限界(2・完)民商法雑誌103巻4号(1991)601頁)。したがって判例通説によれば、処分権主義と関連させれば、不利益変更禁止の原則は適用されない(最判昭38・10・15民集17巻9号1220頁)。また、職権調査事項についても、例えば一部認容判決に対する原告の控訴において、第1審が判断した請求について不存在と判断し、請求棄却とするのは不利益変更ではない。訴え却下の判決が下される。とされ、訴訟費用の妥当性から、一部認容部分も取り消して、控訴人に不利益訴え却下判決ができるというのである。3 予備的相殺の抗弁控訴審の裁判が申立てに拘束され、控訴人に不利益に変更できないというのは、判決の主文を基準としている。判決理由には既判力が生じない限り、不利益変更禁止は問題ない。そこで、例えば請求を理由とした請求棄却判決を、消滅時効を理由として控訴審がすることは差し支えないとされる。他方、本問の、判決理由中に既判力が生じる相殺(114条2項)について、不利益変更が問題となる。予備的相殺が認められて請求棄却判決を得た被告も原告の利益もそこから[→問題72]、本問はこれに被告が控訴する。この控訴が認められれば控訴審で原告の請求権があると判断されるのであれば、原判決取消、請求棄却となる。控訴審が訴求債権は認めつつ、第1審と異なり反対債権なしと判断した場合、もし請求棄却にすれば、これは不利益変更になるので、控訴審にとどめなければならない。次に、本問の通り、予備的相殺で請求棄却となった原告の控訴が申し立てられ、請求認容と判断された場合に、これと理由とする棄却判決は第1審の判決の認容と判断を認めたことの違い、反対債権の不存在に判決を下したという点で被告への不利益となる。そこで学説としては、その判断内容で、被告への不利益とはならず、請求棄却として控訴棄却を維持するにとどめなければならず、被控訴人が附帯控訴を提起して、請求認容判決を得て、あらためてその請求権なしという理由での棄却判決をするためには、Yの控訴または附帯控訴が必要となる。以上の通り判示するのが、参考判例である。この事案は、XがYに貸金をしたところ、Yは「賭博債務である」ことを知ってXの貸金請求を棄却した(民708条)。仮にそうでないとしても反対債権で相殺すると主張し、第1審は予備的相殺を認めて請求棄却とした。Xが控訴したのに対し、控訴審は、賭博につき反対債権として相殺として原判決を取り消し、請求を認容した。Yが控訴したところ、最高裁は本件貸金債権は民法90条により無効であると判断した。このような場合、最高裁は原判決を破棄するが、すると控訴申立てに対する応答がない状態になるので、原々裁判所に差し戻し(325条)、自ら判決をする(326条)[→問題76]。そしてこの事案では本案は相殺について判断するまでもなく請求棄却であるので、Yがしていない(上告したのはYだが原審被告としては不利益にはならない)ので、控訴審としては、Xに認容してはならず請求を棄却し、Yの控訴を棄却した。4 審判範囲の限定しかし、このように原告のみが控訴した場合、被告が附帯控訴もしない場合は、控訴審は請求権を棄却する部分の当否を審判するのか。控訴審は控訴の対象として、控訴部分である反対債権に絞られ、請求権の存否は審判対象とならず、控訴審は反対債権の存否しか審判判断できないという考え方もある。この説によれば、控訴裁判所は、訴求債権が存在しないと判断するときも、反対債権が存在しないと判断するときは、原判決を取り消し、請求を認容することになる。そもそも請求債権について審理判断すること、自体、許されない。不服を申し立てた原告が反対債権を審判対象としていること、被告が附帯控訴での機会を利用せず、請求債権について審判対象としなかったことを重くみており、当事者の申立てによる審判の範囲を厳格に捉える立場といえよう。この少数説に対しては、控訴審の判断内容に反する処理の落ち着きの悪さが問題とされているほか、次のような批判がある。すなわち、不利益変更を処分権主義から導く立場からは、被告が不服申立てをしなかったのは、判決主文において請求棄却された結論はよしとし、基準時における反対債権の不存在について生じる既判力を争わないという意思にとどまるから、請求を認容することは許されないのであって、控訴棄却にとどめるべき、と。なお、固有的必要的共同訴訟において不利益変更禁止の原則が問題となった判例(最判平22・3・16民集64巻2号698頁)については、同じく合一確定の要請が働く独立当事者参加のところで紹介している[→問題2、3]。参考文献山本=本問表題215頁/瀬崎=百選222頁(安西明子)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

破棄判決の拘束力
2025/09/03
A→Y→Xへと移転登記がなされている土地につき、Xは、Aからこの土地を買い受けたのは自分であるとして訴訟を提起した。Xの主張によれば、Yは自分の代理人であるにもかかわらず、Y名義で移転登記したという。そこでXは、YからXへの移転登記、Yに対しては抹消登記を求めた。訴訟では土地の売買契約締結後のYの地位と所有権の帰属が争点となり、Yは代理人でなく、Xに帰属してY自身が土地を購入したと主張したところ、第1審では請求が棄却された。しかし控訴審では、Xの主張が認められ請求認容判決が出され、さらに上告審では破棄差戻しの判決が出た。その理由は、XがY名義で登記させたのはXの意思でY名義に所有権移転登記をさせたものであり、実質、XがYと共謀してY名義に仮装登記をした場合と同様、民法94条2項の趣旨に照らし、XはYが所有権を取得しなかったことを善意の第三者に対抗できない、原判決がYがこの善意の第三者に当たるかどうかを審理判断しなかったのは審理不尽、理由不備に当たる、というものであった。差戻しを受けた控訴審では、Yは代理人でなく、X本人のためにすると示していなかったので所有権を取得したのはYである。そしてYは登記をXに移転する義務とYに移転する義務を負う二重譲渡になるので、XとYとは対抗関係に立つとの理由で、請求を棄却した。このように差戻審が、破棄理由とされた移転登記手続行為につきYが民法94条2項の趣旨の第三者に当たるかどうかを審理することなく、まったく別の民法100条・177条を適用した判決をすることは許されるか。参考判例最判昭43・3・19民集22巻3号648頁解説1 上告審の審判本問は、三段論法も上告審による参考判例①を簡略化したものである。破棄理由とされた判断につき差戻審が審理判断しないまま、他の理由で判決を下してよいか、上告審の破棄理由の判断の拘束力を掲げている。まず、その前提を整理しておこう。裁判所は、上告審、上告理由書などの書面に基づき、訴訟記録がないときは、決定で上告を却下できる(316条・317条1項)。上告裁判所が原裁判所であるときは、受理された上告の理由が明らかに法令違反、絶対的上告理由に該当しないと認められる場合、上告棄却の決定ができる(同条2項、本問でも上告審が最高裁であれば上告理由(312条1項・2項)が、上告受理申立ての理由(318条)、あるいは職権破棄の理由(325条1項)が認められたことを前提とする)。このような決定をしないときは、被上告人に答弁書を提出させ、原判決の当否につき書面審理を行う。審理の結果、上告に理由がないときは、口頭弁論を経ることなく判決で上告を棄却できる(319条)。これに対し、上告を却下また棄却できないときは、原則に戻り、上告裁判所は口頭弁論を開かなければならない(87条1項・3項)。上告審の審判対象は上告(通常上告)された判決の申立ての範囲に限定され(320条)、審理判決もその限度で行われる(313条による296条1項の準用)。上告理由は法律問題に限られ、事実問題については職権調査事項(322条)のほかは審理判断しない。法律問題の前提となる事実認定は、原審が認定した事実を用いる。原判決において適法に確定された事実は上告裁判所を拘束する(321条1項)。口頭弁論による審理の結果、上告理由があっても原判決に影響があるとも限らない(322条1項)。上告理由があっても他の理由で原判決が正当であるとすることもある(323条による302条準用)。逆に、上告理由が認められるにもかかわらず、何らかの法令違反が認められれば、原判決を破棄しなければならない(325条1項・2項)。この場合、裁判は控訴申立てに対する応答がなくなるので、上告裁判所は、原審に差し戻すか自ら裁判をする必要がある。後者は、法令違反を理由に原判決を破棄しても、原判決の確定した事実に基づいて裁判ができるときに、上告審が自ら事件について裁判をすることである(326条)。2 破棄差戻しの手続法律審である上告審は事実認定を自らするわけではないので、控訴審とは逆に、上告審では差戻しが原則である(325条1項)。破棄差戻しを受けた裁判所は、その審理の手続に従い、新たに口頭弁論を開いて審理する(325条3項後段)。実質的には口頭弁論の再開続行となるが、原判決に関与した裁判官は反省に戻ることができず(同条4項)、裁判官は全員交替し(裁判所24条1項)、最高裁は原裁判所と同等の他の裁判所に移送、同条1項・2項)、弁論を更新する(313条、297条、329条による249条2項準用)。従前の手続の主張と証拠は破棄差戻しの後でも効力を有するし、当事者は新たな攻撃防御方法を提出できる[→問題73]。差戻しまたは移送を受けた裁判所は、裁判をするに当たり上告審が破棄理由とした事実上、法律上の判断に拘束される(325条3項後段、裁4条)。もしこの拘束力を認めないと、控訴審と上告審の法律判断が循環する場合、例えば控訴審が差戻しをいつまでも拘束しようとすると、再度上告されて事件が何度も往復して訴訟遅延する可能性もある。このように、破棄判決の拘束力は事実認定制度の趣旨、その合理的な維持のためにあるとみるのが通説であり、既判力とは別の特殊な拘束力と位置付ける有力である。3 拘束力の範囲破棄差戻判決のどのような判断が差戻審を拘束するのか。まず差戻判決では事実上の判断といっても、上告審もできる職権調査に関する事実判断を指す。事実上の判断については、差戻審が新たな資料に基づいて新たな事実の認定。そこで本来の拘束力は法律上の判断に生じる。ただし、上告裁判所も自由に判断できる法律上の判断と、その前提となる事実の確定がセットで初めて拘束力を認められる。その判断の射程は、破棄理由として明示された否定判断(破棄理由として明示された否定判断は、例えば「ある事実があると単純に解釈すべきでない」)と、その判断の論理的必然な前提たる判断に拘り拘束力が生じる。例えば訴訟要件の欠缺を理由に訴えを却下した原判決を破棄したときは、後者の訴訟要件の存在についての判断にも拘束力が生じる。差戻審は訴訟要件なしとの判断をすることはできない。差戻判決は、審理不尽、理由不備、判断不行使を破棄理由とするときは、これらは原判決が判断していないことが破棄の直接の理由であるから、一定の方向の判断を示唆するもので、4 本問について本問では、Zが居宅が理由とされた民法94条2項の適用については判断しなかったのは、破棄判決の拘束力に反するかどうかが問題とされている。まず、参考判例①の事実(破棄判決)は、原審(3次控訴審)は差戻し(2次上告審)を受けた2次控訴審(上告審)上告審は民法94条2項の判断の判断を判決を下した破棄差戻しを受けた裁判所を拘束する効力は、上記の理由で否定した範囲で及ぶ。すなわち、同一の事実関係を前提とする限り、Yが善意であるか否かを判断しなければならないということで、差戻控訴審を拘束する。これに差戻控訴審は、民法100条・177条という別の見解が成り立つのであればそれを適用してもよいとしたのである。元々、Yの控訴審(および訴訟記録)では、YとXとの間の法律関係も審理対象となっていた。参考判例①でも「YはXの代理人でありXが所有権を取得した」との認定に対し、3次控訴審では「Yは代理人であるがXのためにするとの顕名要件を充たしていなかったので所有権はYが取得した」と認定しているものを重視すれば、拘束力は問題とならない。しかし、基本の事実関係について「XがYに土地の買い受けを委任したが、Yが自己の名で契約、登記し、YはXでなくYに登記を移した」という限度で事実認定は同一とみて、事実認定でなく法的評価が異なると考えることもできる。ただし、そうだとすれば、審理不尽、理由不備で破棄されたのであるから、上記通説(例外の2つ目)によれば一定の判断をせよとの拘束力があるはずで、民法94条2項の類推適用をしなければならなかったとして、参考判例①を批判する立場もある。参考文献重点講義民訴751頁/安達=百選228頁(安西明子)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

不利益変更禁止
2025/09/03
XはYに対し、貸金債権の支払を求めて訴えを提起した。Yはこの訴訟で予備的に、Xに対する反対債権による相殺を主張した。第1審はXの貸金債権の存在は認めつつ、予備的相殺の抗弁を容れて、結論としてXの請求を棄却した。これに対しXは控訴したが、Yはしなかったとき、控訴審における審理の結果、第1審とは逆に、Xの貸金債権はそもそも存在しないと判断した場合、控訴審はどのような判決ができるか。参考判例最判昭61・9・4判時1215号47頁解説1 控訴審の審理構造控訴審の審理対象は、控訴の適否と第1審判決に対する当事者の不服申立ての当否である。控訴審では控訴が不適法でその不備を補正できないときを除き(290条参照)、必ず口頭弁論を開かなければならないが(87条1項)、控訴審の審理対象は不服の当否であるから口頭弁論もその限度で行われる(296条1項)。不服申立てを認めて第1審判決を取り消す場合には(315条・306条)、請求自体について判断することになる。控訴審は第1審の事実審として必要な範囲で独自に事実認定を行う。その資料は第1審に提出された資料に控訴審で新たに提出された資料を加えたものである(続審主義)。ただし、控訴審の裁判は第1審に参与していないので、第1審で提出された資料を控訴審判決の資料とするためには、裁判官が交替した場合と同様に直接主義の要請に基づき、第1審における弁論の結果を当事者が陳述しなければならない(296条2項、弁論の更新)。控訴裁判所は控訴または附帯控訴によってされた不服申立ての限度でのみ第1審判決の当否および変更をすることができる(304条)。上訴による確定遮断および移審の効力は、上訴人の不服申立ての範囲にかかわらず、上訴の対象となった判決全体について生ずるが、上訴人の不服のない部分についてまで裁判所は判断する権限はもたない。この結果、不服申立てのない部分について裁判は確定し(上訴不可分の原則)、この結果の範囲を拡張し、被上訴人が附帯控訴をしない限り一部のみが控訴審の対象とする。控訴人は、被控訴人の利益を害さなく、その一部のみを控訴審の対象とすることができる。例えば被告が500万円の請求を認容し、300万円の一部認容一部棄却判決を得た場合、原告は棄却部分の200万円の限度で控訴することができるが、100万円の限度にとどめることもできる。それを控訴審の口頭弁論終結時までに200万円まで拡張できるとする。これに対応して、被控訴人も審判の対象を自己に有利に拡大することを求めるため、その申立てでは500万円全額が移審しているところで、第1審で認容された300万円の部分について審判対象とするよう求めるのが、附帯控訴である(293条)[→問題73]。2 不利益変更の禁止控訴審の審理の範囲は、控訴によってきた不服申立ての限度に画されるので(304条)、控訴がない限り、控訴審は第1審判決を不利益に変更されることはなく、被控訴人の場合も控訴審の判決が下されるにとどまる。これを不利益変更禁止の原則という。例えば第1審で300万円の支払を命じられ、原告が200万円しか存在しないから心外だとし、被告が原告の請求権は200万円しか存在しないから心外だと判決し、控訴人が300万円の支払を求める訴えを認めて控訴を棄却して300万円の支払を命じるにとどまる。逆に原告が不服を申し立てた場合に控訴審が第1審の500万円認容判決よりもさらに原告に有利に800万円のうち100万円だけを不服として、控訴審が300万円の請求権はあると判断したとしても、100万円円を越えて200万円を認容に変えることはできない。控訴していない部分は不服申立ての対象ではないからである。不利益変更禁止の原則により控訴人の保護が図られるのに対し、被控訴人が自己に有利な(控訴人に不利益な)判決を得たいのであれば、審判の対象を拡張するために前述の附帯控訴をすればよい。不利益変更禁止の原則は、当事者の不服申立てがない限り、それに対応する裁判をすることさえできないということであり、一応は処分権主義(246条)に基づくものとされてきた(これに対し、控訴制度の趣旨に基づくとする説もあり、処分権主義で説明できない場合に不利益変更禁止の原則独自の窮屈を認めるのは、宇野・不利益変更禁止原則の機能と限界(2・完)民商法雑誌103巻4号(1991)601頁)。したがって判例通説によれば、処分権主義と関連させれば、不利益変更禁止の原則は適用されない(最判昭38・10・15民集17巻9号1220頁)。また、職権調査事項についても、例えば一部認容判決に対する原告の控訴において、第1審が判断した請求について不存在と判断し、請求棄却とするのは不利益変更ではない。訴え却下の判決が下される。とされ、訴訟費用の妥当性から、一部認容部分も取り消して、控訴人に不利益訴え却下判決ができるというのである。3 予備的相殺の抗弁控訴審の裁判が申立てに拘束され、控訴人に不利益に変更できないというのは、判決の主文を基準としている。判決理由には既判力が生じない限り、不利益変更禁止は問題ない。そこで、例えば請求を理由とした請求棄却判決を、消滅時効を理由として控訴審がすることは差し支えないとされる。他方、本問の、判決理由中に既判力が生じる相殺(114条2項)について、不利益変更が問題となる。予備的相殺が認められて請求棄却判決を得た被告も原告の利益もそこから[→問題72]、本問はこれに被告が控訴する。この控訴が認められれば控訴審で原告の請求権があると判断されるのであれば、原判決取消、請求棄却となる。控訴審が訴求債権は認めつつ、第1審と異なり反対債権なしと判断した場合、もし請求棄却にすれば、これは不利益変更になるので、控訴審にとどめなければならない。次に、本問の通り、予備的相殺で請求棄却となった原告の控訴が申し立てられ、請求認容と判断された場合に、これと理由とする棄却判決は第1審の判決の認容と判断を認めたことの違い、反対債権の不存在に判決を下したという点で被告への不利益となる。そこで学説としては、その判断内容で、被告への不利益とはならず、請求棄却として控訴棄却を維持するにとどめなければならず、被控訴人が附帯控訴を提起して、請求認容判決を得て、あらためてその請求権なしという理由での棄却判決をするためには、Yの控訴または附帯控訴が必要となる。以上の通り判示するのが、参考判例である。この事案は、XがYに貸金をしたところ、Yは「賭博債務である」ことを知ってXの貸金請求を棄却した(民708条)。仮にそうでないとしても反対債権で相殺すると主張し、第1審は予備的相殺を認めて請求棄却とした。Xが控訴したのに対し、控訴審は、賭博につき反対債権として相殺として原判決を取り消し、請求を認容した。Yが控訴したところ、最高裁は本件貸金債権は民法90条により無効であると判断した。このような場合、最高裁は原判決を破棄するが、すると控訴申立てに対する応答がない状態になるので、原々裁判所に差し戻し(325条)、自ら判決をする(326条)[→問題76]。そしてこの事案では本案は相殺について判断するまでもなく請求棄却であるので、Yがしていない(上告したのはYだが原審被告としては不利益にはならない)ので、控訴審としては、Xに認容してはならず請求を棄却し、Yの控訴を棄却した。4 審判範囲の限定しかし、このように原告のみが控訴した場合、被告が附帯控訴もしない場合は、控訴審は請求権を棄却する部分の当否を審判するのか。控訴審は控訴の対象として、控訴部分である反対債権に絞られ、請求権の存否は審判対象とならず、控訴審は反対債権の存否しか審判判断できないという考え方もある。この説によれば、控訴裁判所は、訴求債権が存在しないと判断するときも、反対債権が存在しないと判断するときは、原判決を取り消し、請求を認容することになる。そもそも請求債権について審理判断すること、自体、許されない。不服を申し立てた原告が反対債権を審判対象としていること、被告が附帯控訴での機会を利用せず、請求債権について審判対象としなかったことを重くみており、当事者の申立てによる審判の範囲を厳格に捉える立場といえよう。この少数説に対しては、控訴審の判断内容に反する処理の落ち着きの悪さが問題とされているほか、次のような批判がある。すなわち、不利益変更を処分権主義から導く立場からは、被告が不服申立てをしなかったのは、判決主文において請求棄却された結論はよしとし、基準時における反対債権の不存在について生じる既判力を争わないという意思にとどまるから、請求を認容することは許されないのであって、控訴棄却にとどめるべき、と。なお、固有的必要的共同訴訟において不利益変更禁止の原則が問題となった判例(最判平22・3・16民集64巻2号698頁)については、同じく合一確定の要請が働く独立当事者参加のところで紹介している[→問題2、3]。参考文献山本=本問表題215頁/瀬崎=百選222頁(安西明子)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

訴訟承継の効果
2025/09/03
地主Xはその土地上に建物を所有するYに対し、建物収去土地明渡しを求める訴えを提起した。訴訟係属後、Yは建物をZに譲渡し、現在は上記建物をZが占有している。XはZに訴訟を引き受けさせることができるか。Zの訴訟承継が認められた場合、その承継以前にYが、少なくとも土地の賃借権の抗弁は成り立つと判断し、Xの土地所有権を自白(権利自白)していたとする。このとき、Zは、Xに無断で建物をYから譲り受けているので、Yの賃借権に頼るのでは不安を感じ(民612条、借地借家19条)、Xの所有権を争うことはできるか。参考判例最判昭52・3・18金法837号34頁最判昭41・3・22民集20巻3号484頁解説1 訴訟承継の効果――実体法上の効果訴訟承継とは、訴訟の係属中に当事者が死亡したり、係争物が譲渡されたりした場合に、それを訴訟手続に反映させ、当事者を交替させて新当事者は旧当事者の訴訟上の地位を受け継ぎ、手続を続行させる制度である。訴訟承継があれば、承継人すなわち新当事者は旧当事者が追行した訴訟の結果を承継し、それに拘束されるものとされている。口頭弁論終結後の承継人には既判力が及ぶのだから(115条1項3号)、その中間過程ともいうべき訴訟係属中に死亡、係争物の譲渡等があった場合にも、既存の訴訟の形成過程である訴訟状態を相続人等に引き継がせるのが合理的と考えられてきた[→問題71]。判決も、訴訟承継の効果として、承継人は既存の訴訟状態を全面的に引き継ぐとしている。参考判例①は、かつて権利承継人には参加承継、義務承継人には引受承継の規定しかなかった旧法下で、権利承継人に引受承継が認められるとした事案である(現在は権利承継人の引受承継、義務承継人の参加承継が明文で認められている、51条)。この判決理由の中で、引受承継が命じられた承継人は被承継人と相手方との間の既成の訴訟状態をそのまま利用することができる地位に立つものであるから、被承継人の訴え提起による時効中断の効力は承継人についても生ずる、と述べられた。しかし、その後、訴訟承継の効果について議論が深まり、旧当事者の訴訟状態を全面的に引き継がなければならないのか、疑問が投げかけられるようになっている。この訴訟承継の効果は実体面と手続面に区別でき、前者については、旧当事者による時効完成猶予、期間遵守の効力は新当事者の下でも維持されることが規定されている(49条)。問題は後者で、訴訟承継の手続的効果として、旧当事者による従前の弁論や証拠調べの結果に、新当事者が拘束されない場合はあるのではないか、と考えられるようになった。さらに特定承継については、参加承継にしても引受承継についても、訴訟承継を認めたからといって、新当事者がそれまでの訴訟状態を全面的に引き継ぐ必要はないとし、承継の範囲と効果の将来を切り離す分離説が出てきている。2 訴訟承継の効果――審理原則本問で、まずはXは承継人となれるか。XはYだけを相手に訴訟していてもZとの間で紛争が残り、Zに対して新たに建物収去請求の訴訟を提起すれば、これまでの訴追行の結果を無駄にすることになる。このような場合、Xの申立てによる引受承継によりZにX・Y間の訴訟にYが参加する承継の効果が生ずると解され、学説による介入訴訟による承継を認めるならば、ZはY(紛争の主体たる地位)を承継した者として、訴訟承継が認められるであろう[→問題71および参考文献]。この場合、引受承継であるから、従前の当事者X・Y間の訴訟に引受申立人と引受人(承継人)Zとの訴訟が共同訴訟の形で追加されたことになる。民事訴訟法50条3項は同法41条および48条を準用しているので、同時審判の申出がなされた共同訴訟と同様の処理が妥当し、分離の分割部判決は禁止されるが、その限りで審理の統一が図られるだけで、基本は通常共同訴訟である。これに対し、Z自身が参加承継した場合にも、参加の方式も参加形態も独立当事者参加になるので、同法47条1項による40条1項から3項の準用により、必要的共同訴訟の手続法理が妥当するとされている。このように、参加のイニシアティブが異なるだけで、一方は合一確定、他方は任意で訴訟資料を規定するのは極端であるので、問題とされている。解釈上、Z・Xの形成した従前の訴訟状態に拘束されるか考えたとき、ZがYの形成した従前の訴訟状態に拘束されるはずで、ZがYの自由に将来されるいのではないかとの疑問がわく。3 訴訟承継の協議従来、原則的には、訴訟承継があれば承継人は前主の訴追行為に基づいて形成された訴訟状態を全面的に引き継ぎ、弁論および証拠調べの結果を含めて、前主の自由に行えるべきである。時機に後れた攻撃防御方法など前主がすでにできなくなった行為はできないとされる。しかし、訴訟状態を承継することの実質的根拠が、承継人の利益が前主によって代弁追求されることに求められるとすれば、この前提を欠く場合に、訴訟状態を承継しない場合があってよいと考えられるようになっている。そこで、例えばX・Y間で馴れ合い的な訴訟が行われたことを知らずに係争物の譲渡を受けたような場合にその第三者の主張を許すとか、係争物の譲渡後、引受けがなされるまでの間に前主がした自白には拘束されないなどとする立場がある。これは訴訟承継の効果は無制限ではないとし、限定的にZの拘束されない場合を認める説である。また、本問のように、自己の争い(自己の所有権の主張やこれを基礎付ける攻撃防御方法の提出は妨げられない。そして、Yは自己の自由に将来される訴訟状態の全面引継ぎに疑問を提示する学説も生まれた。そうして、より一般的に、承継人固有の攻撃防御方法の提出はそれまでの手続形成の状態にかかわらず制約されないことはもちろん、前主によって承継人の利益が十分に反映されていない場合には、承継人に独自の立場から主張・立証の機会を与えるべきであり、承継人がどのような場合にどの程度これまでの手続形成に縛られて新たな手続追行が是認できるかは、当該手続の具体的段階と承継人の紛争内容の実質によって弾力的に判断すべきである。この立場、参加承継・引受承継の性格が特定されて訴訟を引き受けたかどうか、訴訟承継の引継がなされなければならないという(旧法11条1項など)、必ずしも一致せず、当事者が肯定されても被告は部分的にしか肯定されないことを認める学説である。これを受けて、訴訟承継の要件の面では、「紛争の主体たる地位」を承継した承継については手続を混乱させない限り参加引受けも広く認め、参加承継の訴訟状態の承継については完全に否定する学説も現れている(新堂・後掲355頁)。4 本問について本問についても承継人Zは従前の訴訟状態をそのまま引き継ぎ、Xの所有権について自己の権利(権利自白)を争うことはできないという立場である。けれども、本問は訴訟承継の学説が、Yが前訴行為を行う必要のなかった訴訟の承継人Zは拘束されないとして許される、有力な説である(藤永・最判「参加承継と引受承継」三ヶ月章ほか『新民事訴訟法講座3』(有斐閣・1983)47頁)。承継人Z固有の攻撃防御方法は、従前の訴訟状態に拘束されずに提出できる。訴訟承継の根拠が、口頭弁論終結後に係争物の譲渡があった場合、譲渡人のX・Y訴訟追行の結果がZに及ぶ(115条1項3号)、Zに固有の攻撃防御方法がある場合には(執行力が及ぶ)承継人に当たらないとの判断であり、逆にZは承継人に当たり既判力が及ぶとする説もある。固有の攻撃防御方法は既判力に遮断されないと解せる。いずれにせよ譲受人に固有の攻撃防御方法を前の既判力に抵触させず、自由にできるべき根拠はない[→問題99]。ここから訴訟承継の場合、承継人に固有の攻撃防御方法はどうしても許されるところで、前主の自白に拘束されず、承継人Zに固有の攻撃防御方法を認めても、Xの利益を守るため独自の立場から、主張・立証が許されると解するのが支配的である。前主Yを主張・立証の機会があったが、その攻撃防御方法のもつ意味がY・Zで異なる場合である。

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

訴訟承継の範囲
2025/09/03
YはXから土地を賃借し、その土地上に建物を建築した。その後、YはXに無断で上記建物の2階部分をZに賃貸したため、XはYに対し、賃貸借契約の解除に基づく建物収去土地明渡訴訟を提起した。しかし、第1審係属中にYが死亡した。またYは、第1審係属中、死亡前に建物をZに賃貸しており、いまも上記建物はZが占有していることがわかった。このときX・Y訴訟は手続を続行できるか。できるとすれば、誰がどのような手続をとればよいか。参考判例最判昭41・3・22民集20巻3号484頁解説1 訴訟承継の制度訴訟はその開始から終了まで、それなりの歳月を要するので、訴訟係属中に当事者が死亡したり、係争物の譲渡その他の処分がなされることは、あり得る。本問のように在来の当事者Yとの間で訴訟を続行することはできないし、紛争は残存するであろう。またX・Y訴訟を無にして、相続人または係争物の譲受人に対して新たに訴訟を提起させなければならないとすれば、Xの負担は大きい。また、口頭弁論終結後の承継人には既判力が及ぶのだから(115条1項3号)、その中間過程ともいうべき訴訟係属中に死亡、係争物の譲渡等があった場合にも、既存の訴訟の成果をある程度引き継がせるのが合理的である。そこで、訴訟係属中の当事者の死亡等に訴訟手続に反映させ、当事者を交替させ、かつ新当事者は旧当事者の訴訟上の地位を承継することとして、訴訟の続行を図ったのが、訴訟承継の制度である。訴訟承継には、当然承継と参加/引受承継の2種類がある。前者は、当事者の死亡等の一定的原因により旧当事者の地位を新当事者が包括的に承継し、当然に当事者の変更、訴訟承継が行われる場合である。後者は係争物譲渡等の承継原因が生じたときに(上記の包括承継に対して特定承継という)、譲受人等の承継人となるべき者が訴訟への参加を申し出るか(51条・49条)、またはその者が訴訟を引き受けるよう相手方が申し立てるのではなければ(50条)、当事者の変更すなわち訴訟承継が行われない場合である。狭義の訴訟承継とは後者を指す。特定承継について訴訟係属中にはそもそも係争物の譲渡を禁止する、当事者変更を判決の効力も譲受人に及ぼすと考え方もあり得るが(当事者恒定主義)、係争物の譲渡を自由に反映させ、承継人自身に手続を保障する現行制度(訴訟承継主義)のほうが優れている。他方、それではXとしてはYから第三者への譲渡や賃貸を見過ごしていればならないのではない困るので、訴訟承継主義の下でXには対抗措置として当事者判定のための処分が用いられる。しかし、Yから第三者に係争物が譲渡されないよう処分禁止の占有移転させないよう占有移転禁止の仮処分を申し立てることができる(民保53条・55条〜64条)。訴訟承継があれば、承継するとする新当事者は旧当事者が追行した訴訟の結果を承継し、それに拘束される。時効完成猶予、期間遵守の効力は維持され、係争物の譲渡を証拠調べへの結果は新当事者を拘束する。これは当然承継と参加・引受承継との違いではない。2 当然承継本問のYのように当事者の死亡すると、その地位が相続人に当然に承継される、と解されている。当然に当事者が変動するときは、新当事者の裁判を受ける権利を保障するため訴訟手続を中断させ、新当事者に受継させることになるのだが(124条以下)、訴訟代理人がいるときは中断・受継の手続を踏まなくてよいとされているので(同条2項)、訴訟代理人がそのまま手続を続行するのです当事者変更を申す必要はない。なお民訴規52条)、そのことが当然の承継を表している、というのである。しかし、代理人か当事者が旧当事者の死亡の事実と承継人であることを届け出なければ相手方当事者も裁判所もわかりようがない。当事者が全く届け出なければ訴訟の変更もわからない。このような場合に当事者が誰も届け出ないうちに訴訟が変更も変わっていたとみるのは、不自然である。本問でいうと、Yに訴訟代理人がなくYの死亡が判明すれば、その相続人の訴訟承継をするべく中断と受継を求めるか(124条1項1号)、訴訟代理人がそれをするか(126条)、裁判所が続行を命ずるか(129条)、Yに訴訟代理人があり、Y死亡の事実を知るときは、あらためてZの相続人から受任を受けて、以後は相続人の名で手続を進めるべきである。Zや裁判所が独自にY死亡を知ったときはYの訴訟代理人にそのように促すよう努力ができることであろう。けれどもY死亡と訴訟承継を明らかにするYの訴訟代理人がYの名で手続を進めると、中断・受継その他の手続もとらずに、このまま訴訟代理人が出て処理したことが問題とされている。しかしY死亡とYの名であっても実質を承継人(相続人)に対して判決されたものとみるとみるべき、とされている。3 参加・引受承継――承継人の範囲他方、本問のZについては参加/引受承継が問題となる。Zが自ら独立当事者参加(47条)[→問題70]の形式で追加参加してくるか(参加承継)、Xが訴訟引受けを申し立てることになる(引受承継)。通常、参加承継は、原告勝訴の見込みがなくなったとき(Xが勝てばZに引き渡されることが権利承継人の場合、49条)、本問のように被告側でできる(義務承継人の参加承継、51条)。現行法は、権利承継人の参加承継と義務承継人に対する引受承継に加え、権利承継人にも参加(最判承継人)を認め、権利承継人にも引受けさせることを明らかにした(同条)。しかしそもそもZが参加し、引受けを求める承継人と認められるか参加/引受けの範囲が問題となる。学説は、承継人は訴訟/引受承継の範囲は口頭弁論終結後の承継の範囲(115条1項3号)と同じであるとし、かつては訴訟物内容と連動して承継を解する説(訴訟物承継説)をとっていた。典型的には、建物収去土地明渡請求訴訟中に建物の所有権を取得する場合、当事者適格の移転、承継を認めた。しかしそれは本問のように、XはYに対し契約解除による建物収去土地明渡しを請求するが、Zに対しては契約関係はないので所有権に基づいて、しかし建物を違法占拠する請求という、承継人に対する請求内容と旧請求が一致しない場合には対応できない。本問とした参考判例①の事案では、XがZに対し所有権に基づく建物退去請求を立て、訴訟引受を申し立てたもので、Zは、X・Y請求は債権的請求権、X・Z請求は物権的請求であるから両者は別個で、Zは「訴訟の目的である義務の全部又は一部を承継した」(50条)とはいえず、承継ではないと結論した。しかし、従来、判例は物権的請求権に基づくかどうかで区別していなかった。さらに本問とした参考判例①は、承継人との間の新訴訟と旧訴訟と異なる場合にも訴訟引受けができることを明らかにし、その根拠を実体法的な観点からだけでなく訴訟法的な観点から実質的に考慮するとした。すなわち、Xに対するYの契約終了に基づく地上建物の収去義務は建物から立ち退く(義務も含み、この退去義務に関する紛争は建物の占有を承継するZに移行し、Zは「紛争の主体たる地位」をYから承継したとする。実質的にみても、Zの地位はYの主張と証拠に依存する。Zの訴訟引受けにより紛争の実効的解決が図られ、Xの保護になるので、XがZに新たに訴訟提起する代わりにZにX・Y訴訟を承継させたい、と)。したがって、本問ではZは訴訟引受けの申立てができる(Zから参加承継も可能)。なおここでは承継といっても、旧当事者と新当事者が交替するのではない。X・Z訴訟はZに承継されるとともに、旧当事者Yへの訴訟は前述2の通りYの相続人にも承継され、Y相続人に対しては建物収去土地明渡請求(Yが死亡していなければX・Y請求は残ったまま)、X・Z間では建物退去請求が併存することになる。4 学説の展開学説は、本問のような訴訟物から派生する権利関係に対応できないことを認識するようになり、従来の「訴訟物承継の連続」ではなく、「紛争の主体たる地位」の承継に賛成している(新堂幸司『訴訟物と争点効』(有斐閣・1988)207頁)。さらに一部の学説は、すでに審理を終えた後の口頭弁論終結後の承継人と比べ、これから審理が続く訴訟承継の場合は、関連する新紛争を取り込むことで、承継の範囲が広くてよいと考えるようになっている。また参加承継と引受承継では考慮要素が異なり、前者のほうがより広くてよいという考え方も生じている。参加承継は自発的であるのに対し、引受承継では、自分の関与していない訴訟状態を引き継がされるので、承継人の手続保障をより厳密に考える必要があるがある、というのである。ただし、参加承継にしても引受承継にしても、訴訟承継の効果について旧当事者の訴訟状態を全面的に引き継ぐと考えてよいか、疑問が向けられるようになっている。訴訟承継はあるが、その効果として旧当事者による訴訟記録に反映されない部分があったものではないか、というのである[→問題72]。参考文献重点講義民訴563頁/日比野泰久=争点90頁/厚=百選216頁(安西明子)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5

独立当事者参加
2025/09/03
XはYからある書画を買ったとして、Yに対し所有権移転登記手続を請求する訴えを提起した。しかしZも、同一家屋をYから買ったというとき(二重譲渡)、ZはX・Y間の訴訟に参加できるか。Zが、Yに対して上記請求を立てただけの参加と、これに加えてXに対しても家屋所有権確認請求を立てている場合とで参加が認められるかどうかには違いはあるか。参考判例最判平6・9・27判時1513号111頁解説1 独立当事者参加の意義補助参加(42条)[→問題67]とは違い、他人間に係属中の訴訟に、自らの請求を掲げて参加する場合を独立当事者参加という(47条)。1つの訴訟に多数の者が関与する訴訟でも、通常は原告被告の二手に分かれる二面訴訟の集合体として把握できるのに対し、参加人が既存当事者らのどちらかに与するのでなく、独立の立場で請求を立てとして、原告の被告に対する本訴請求と併せて矛盾のない統一的審判を求める多面的訴訟が、この形態である。例えばある建物に原告被告がともに自分が所有者であると主張して所有権確認訴訟を係属させているとき、自分こそが所有者だとする第三者にとって、原告勝訴判決の判決効が法的に及ぶわけではない(これとは別に第三者自身の所有権確認訴訟を提起することが可能)。しかしこの場合も前記判決は裁判外、裁判上で不利益に作用すると考えられるので、この第三者は既存当事者から独立した対等の当事者として主張・立証し、原告勝訴判決を阻止することができる。なお参加人が原告と被告の双方に請求を掲げる両面参加だけでなく、片方だけに請求を並立する片面的参加も、現行法により認められるようになった。前記所有権確認の例で、被告が「自分は所有者である原告から借りている」として、参加人と被告の間に争いがないのであれば、参加人は被告だけに所有権確認請求を掲げて独立当事者参加ができる。2 独立当事者参加の参加類型この参加類型は参加の根拠によって、「訴訟の結果によって権利が害されることを主張する場合」(47条1項後段)を詐害防止参加といい、「訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であると主張する場合」(同項前段)を権利主張参加という。これらいずれかの要件を満たす場合には、別訴により自らの権利実現を図るという方法のほかに、他人間の訴訟に設立の当事者として参加できることになる。詐害防止参加は、馴れ合いにより事実上不利益が生ずる場合にできるとするのが今日の多数説であるが、見解の一致をみない。実際例も後者より少ない。権利主張参加は前述の所有権確認の例を典型例とする。本問もこれに含まれるかどうかかが問題となる。権利主張参加は、一般に、訴訟の目的である権利関係が自己に帰属し、またはその上に自己が権利(物権)を有することを主張しての参加である。それは、参加人の請求(およびそれを基礎付ける権利主張)が本訴の原告の請求(およびそれを基礎付ける権利主張)と論理的に両立し得ない関係にあることを意味するとされる。したがって、前述の原告被告の土地所有権確認請求訴訟に、第三者が所有権確認を求め参加する例も、第一審→第二審により本訴原告の所有権主張と第三者のそれが論理的に両立しない関係にある。けれどもここに第三者が地上権確認を求めて参加することはできない。該当しないとされている。3 権利主張参加――請求が論理的に両立しない場合本問に示した不動産二重譲渡の場合については議論がある。実体法上は買主X・Zとも登記完了まで所有権移転請求権への効力を求めることができるので、X・Y請求とZ・Y請求は両立でき、論理的には独立当事者参加は許されないとの考え方もある。しかし多数説と従来の裁判例はこのような場合に独立当事者参加を認めてきた。これは次のように説明されてきた。論理的に両立しないということは、参加人の請求の趣旨レベルで判断し、そのレベルで両立しないということで足り、本来審理の結果、判決において両立することになってもよい。本問でXによるYに対する所有権移転登記手続請求訴訟に、ZがYに所有権移転登記請求を立てて参加することは、権利主張参加として適法である。結果、材料による客体上の権利帰属の相対性から、XのYに対する移転登記請求もZのYに対する移転登記請求もともに認容され、表面上は権利が両立する関係になっても差し支えない。同一不動産の登記はYからZのどちらかにいくのであるから、X・Y請求とZ・Y請求は請求の趣旨レベルでは論理的に両立しない、と(重点講義民訴505頁)。これに対し、参考判例①はYからX・Zへの不動産二重譲渡で、Zの仮登記に先になされたにも当たらないとしてX・Y訴訟にかかわらずYに対して本登記請求、Xに対してもその承認を求めて参加(なお48条)につき、論理的に両立し得る場合として独立当事者参加を許さなかった(訴え却下でなく、別訴の提起も扱われる)。これを契機に、本問の不動産二重譲渡につき独立当事者参加を認めない説も有力になっている。二重譲渡を受けた買主はいずれも登記請求権を有しており、両者の請求が両立することは請求の趣旨と原因において自明である。買主間では所有権の優劣はいずれかの本登記がなされるまではじめて決まる。本登記がなされるまでの所有権が互いに優劣を拝しないことは、やはり請求の趣旨と原因において自明である。したがって請求の趣旨レベルで両立しないことで足りるとする上記多数説の説明は成り立っていない、と(三木浩一「独立当事者参加における統一審判と合一確定」青山善充ほか編『新堂幸司先生古稀祝賀・民事訴訟法理論の新たな構築』(有斐閣・2001)831頁[同『民事訴訟における手続運営の理論』(有斐閣・2013)所収])。4 独立当事者参加の許否の判断視点――本問の考え方論理的に両立しないかどうかについては肯定説がわかりやすいが、多数説のように一方の執行がなされれば他方の執行は不可能になるという意味で両立しないと考えることもでき、この要件では決しない。参考判例によると、ここでもZからXに所有権確認請求が立てられていれば、両請求は両立しないことになるので参加要件をクリアできることになりそうである。けれども所有権確認請求が立てられているかどうかだけで独立当事者参加の許否がされたり許されなかったりするというのなら、紛争の実態は変わらないのにあまりにも請求という形式だけにこだわっているのではないか。そこで独立当事者参加を許すかどうかの視点は、X・Y訴訟の原因はZは介入する必要があるか、ということに求められよう。否定説は、実体法上登記の先後で買主間の優劣が決まり、買主は登記を早く(提起し判決を確定させるべく、各自が(別に)訴え(別訴)にすべきであり、Xが(先に)提起した訴訟にZが関与してその成行きを左右しようとするのは公正ではないとみる。これに対して多数説は、実質として1つの紛争であるから、1つの訴訟の中で両者を調整することに意味があるとする。5 二重参加訴訟への還元参加後、多面的な訴訟関係がなくなり、二者訴訟になることもある。原告の訴え取下げと参加申出があった場合と、在来の当事者が訴訟から脱退する場合である。参加後も、被告は訴えを取り下げることができ、取下げには原告の同意のみならず、参加人の同意も必要とされている。取下げ後は参加人の原告一方に対する共同訴訟となる。参加人は、訴えの取下げに準じて、参加申出の取下げができる。取下げにより原告の当初の訴えが残る。また、在来の原告または被告は訴訟から脱退できる。(48条)。第三者の参加により、従来の原告または被告はもはや当事者として訴訟にとどまる必要を感じなくなる場合、すなわち係争物の譲渡人が参加してきた場合の原告(譲渡人)や、本問ではXとZのどちらが権利者と判断されようがかまわないのでX・Yで争ってくれという場合である。脱退の性質や判決の効力の内容については議論がある。有力説は、脱退は自己の立場を参加人に託すと相手方との間に自己の請求を勝ち負けとして審判を求めることをやめ、この結果について基本的に予見的に、これまたは認識した結果を性質上使える。本問の前訴のようにYが脱退すれば、XはZどちらかが勝訴したように判決の認証をあらかじめしたもので、認証に基づき勝訴者からYへの執行力を生じる。しかし、脱退の性質を条件付きの放棄・認諾と捉えることで判決の(民事訴訟法48条の文言も脱退者に判決の効力が及ぶとされている)や、この説では何ら効力が及ばない空白部分が生じる可能性(本問でZの請求・Z・X所有権確認請求を認容する場合、Z・Y間は請求認諾とみなして認容判決と同じ効果が生じても、X・Y請求棄却の効果は生じない)など、疑問も提示されている。このほか、独立当事者参加についてはその審理のあり方についても複雑な議論がある。ここでは被告と参加人の請求につき必要的共同訴訟に関する民事訴訟法40条が準用されるが(47条4項)、共同訴訟人の足並みを揃える本来の場合と三者相互に対立する独立当事者参加の場合は違うので、その根拠や範囲をどのように考えたらよいか、敗訴した二者のうち一者のみが上訴した場合、自ら上訴を提起しない他方の敗訴者の地位はどう考えたらよいかという問題である[→問題72]。参考文献井上治典『民事手続の実践と理論』(信山社・2003)234頁/三木浩一=争点66頁/山本克己=百選208頁(安西明子)

『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年

ISBN978-4-7857-3092-5