東京都、神奈川県、埼玉県、大阪府、滋賀県で離婚・男女問題にお悩みなら
受付/月〜土10:00〜19:00 定休日/日曜・祝日
お問い合わせ
ラインお問い合わせ

証明責任の分配

Yは、土地をXから賃借して、その上に建物(本件建物)を建築・所有している。その土地の一部をAに賃貸し、Aはその上に建物を建築した。Xは、この賃貸がXの承諾を得ずに行われたことを理由に、X・Y間の賃貸借契約を解除して、本件建物収去・土地明渡しを求める訴えを提起した。これに対してYは、転貸については事前にXの承諾があると主張して、X名義の承諾書を提出したが、第1審では鑑定の結果、承諾書の真正が認められず、Xの同意はなかったものとして請求は認容された。控訴審において、Yは、仮に無断転貸であっても、民法612条による無断転貸による解除権の発生は信頼関係を破壊させるような信義則違反がある場合にのみ認められるところ、Xはそのような事実を主張・立証していないので解除は認められないと主張した。Yの主張は認められるか。参考文献三木浩一「民事訴訟法248条の意義と機能」河野正憲ほか編『井上治典先生古稀論文集・民事紛争と手続理論の現在』(法律文化社・2008)412頁 / 山木戸克子「自由心証主義と損害認定」竹下守夫編集代表『講座民事訴訟法②』(弘文堂・1999)304頁 / 長谷部由起子「損害額の認定」法教397号(2013)15頁 / 杉山悦子・百選116頁 (杉山悦子)参考判例① 最判昭41・1・27民集20巻1号136頁② 最判昭43・2・15民集22巻2号217頁解説1 証明責任(1) 証明責任とは、裁判所は、当事者に争いのある事実については、証拠調べの結果と弁論の全趣旨を考慮して自由な心証に基づいて認定されなければならない(自由心証主義、247条)。しかしながら、証拠調べの結果と弁論の全趣旨を考慮したにもかかわらず、事実の存否・不存在について裁判官が確信を得られない場合もある。このような状態を真偽不明(ノン・リケット)という。この場合に、裁判をしないという選択肢はなく、現行法は証明という制度を用いて、事実の存否あるいは不存在を仮に定することで裁判をすることを可能にしている。証明責任とは、法令適用の前提として必要となる事実について、訴訟上真偽不明の状態が生じたときに、その法令適用に基づく効果の発生が認められないとされる当事者の負担をいう。例えば、金銭返還請求訴訟において、返還約束の事実については、原告に証明責任があり、この事実が真偽不明になった場合、金銭返還請求権の発生という法律効果が認められず、請求は棄却される。(2) 主観的証明責任と客観的証明責任 上記意味における証明責任は、裁判官が、自由心証による事実認定に努めたが、それでも真偽不明に終わった場合、つまり、自由心証主義が尽きた段階に機能するものであり、客観的証明責任とよばれる。客観的証明責任はこのように、訴訟の最終段階ですらも不利益を導く規範において機能する。これに対して、訴訟の開始段階、あるいはその途中における当事者の行為を規律する概念として、証拠提出責任(主観的証明責任)がある。証拠提出責任はさらに、抽象的証拠提出責任と具体的証拠提出責任とに分けられる。抽象的証拠提出責任は、事実が何も証明されないことによる敗訴を避けるために、証拠を提出しなければならない責任である。これは訴訟開始前から抽象的に定まっており、客観的証明責任の分配と一致する。これに対して、具体的証拠提出責任とは、ある事実について裁判官の暫定的な心証が形成された場合に、この事実が証明されることで不利益を受ける当事者が、その心証を打ち消すために活動をしなければならない責任である。これは一種の行為責任でもあり、立証の必要ともよばれる。例えば、貸金返還請求訴訟において、原告は金銭授受の事実と返還約束について客観的証明責任、抽象的証拠提出責任を負い、裁判官にこれらの事実について確信を得させるための立証活動を行わなければならないが、被告も、これらの事実について裁判官が確信を形成することを避け、真偽不明に持ち込むための立証活動を行わなければならない。当事者からは必ずしも明らかではないものの、裁判官の心証に応じて、事実上の立証の必要性が、原告と被告の間を行き来するが、これが具体的証拠提出責任である。2 証明責任の分配(1) 法律要件分類説 法律効果発生の基礎となる特定の要件事実について、客観的証明責任をどの当事者が負うのかを定めるのが、証明責任の分配である。これは、民法117条1項、453条、自動車損害賠償保障法3条但書のように明文の規定がある場合を除き、一般には法規の解釈によって定められる。通説は、実体法規をその法律効果に応じて、権利発生を基礎付ける権利根拠規定、権利根拠規定に基づく法律効果の発生を妨げる権利障害規定、いったん成立した権利を消滅させる権利消滅規定に分類し、それらが有利に働く当事者がその要件事実について証明責任を負うとする。つまり、権利根拠規定については権利を主張する者が、権利障害規定と権利消滅規定については義務者と主張する者が証明責任を負う。このように、法律効果発生の要件を分類して、それを基礎として証明責任の分配を決する見解を、法律要件分類説という。例えば、貸金返還請求訴訟においては、返還約束と金銭授受が請求権発生を基礎付けるために必要な権利根拠事実であり、請求を主張する原告たる債権者が証明責任を負う。これに対して、通謀虚偽表示による無効(民94条)を主張する場合には、これは権利発生を妨げる権利障害事実であるので、被告である債務者が証明責任を負う。また、弁済の事実は、いったん発生した金銭返還請求権を消滅させる事実であるので、権利消滅事実であり、被告たる債務者が証明責任を負う。実際には、本文ただし書、1項2項という法規の表現形式は、証明責任の分配に照応するように規定してある。本文や1項が権利根-規定である場合には、ただし書や2項は権利障害事例となる。例えば、民法585条の相殺を主張する場合、同条1項本文は権利根拠規定であり、本人の事項は、相殺の効力を主張する当事者(通常は被告)が証明責任を負う。これに対し、同項ただし書は権利障害規定であり、債権の性質上相殺が許されないことについては、相殺の効力を否定する当事者(通常は原告)が証明責任を負う。2項は1項本文に対しては、権利障害規定となり、相殺制限特約の存在を第三者の善意について、相殺の効力を否定する当事者(原告)が証明責任を負う。(2) 利益衡量説 法律要件分類説に対して、必ずしも実体法が証明責任に配慮して定められているわけではないので、実体法の規定の仕方のみで定められるのは妥当でなく、そのような規定がされた根拠を明らかにしなければならないという批判がなされ、法規の立法趣旨、当事者間の公平の観点、すなわち、証拠との距離、立証の難易、事実の蓋然性の高さなどの実質的要素を考慮して分配を決定すべきであるという有力説もあった。(3) 修正法律要件分類説 実際には、個々の法規について、利益考量を最大限に働かせる考慮をしつつもアドホックに証明責任を判断することは困難であり、原則、前提として法律要件分類説を採用しつつも、それを修正する要素として、上記事由を考慮する見解が多数を占めるようになってきている。例えば、民法585条の準消費貸借契約の成立を主張する場合、旧債務の存在は、条文の構造からは権利根拠規定として、債権者が証明責任を負うようにも解されるが、旧債務の権利証書をなくす場合が多いことなどに配慮して、公平の観点から、旧債務の不存在について債務者が証明責任を負う(参考判例②)。3 本問における証明責任の所在民法612条2項は、賃借人による無断転貸の場合に解除権を認めているが、判例(最判昭28・9・25民集7巻9号979頁)では、「賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信行為と認めるに足らない特段の事情」がある場合には、本来に基づく解除権は発生しないものとされている。この要件は判例によって付け足されたものであり、法律要件分類説の立場からも、証明責任の分配は明らかではない。1つの考え方として、解除権を抑制するために、賃借人側に背信行為と認められる特段の事情が存在する場合にのみ解除権が発生するとして、特段の事情の主張・立証責任は賃借人側にあるという見解があり得る。これに対して、無断転貸を営む「背信行為」を解除権の発生要件とする本文の定型が形成されたとして、背信行為は権利根拠要件であり、無断転貸の事実とこれを裏返させる関係事実であるとする見解も主張された。この見解によれば、背信行為と認めるに足らない特段の事情」は、この推認を揺るがす間接反証事実であり、その証明責任は賃借人側にある。ここで、間接反証とは、ある主要事実について証明責任を負う者が、経験則からみて主要事実を推認させるに十分な間接事実を一つ証明した場合に、相手方がその間接事実とは別の、しかもそれと両立し得る別の間接事実を証明することによって主要事実への推認を妨げたり弱めるに持ち込む証明活動をいう。本来、相手方は主要事実について証明責任を負わないので反証をあげれば足りるところ、間接反証理論によれば、別個の間接事実については本証を行わなければならない。無断転貸の事例では、背信行為が主要事実であり、無断転貸はこの背信行為を推認させる間接事実であり、賃貸人がこの間接事実を証明した場合には、背信行為の存在が強く推認されるので、賃借人としては、無断転貸という間接事実自体を真偽不明に持ち込むか、特段の事情として、無断転貸ではあるものの、しかも両立する間接事実を本証することによって、かかる推認を妨げて、背信行為という主要事実を真偽不明に持ち込むことが必要となる。しかしながら、この見解に対しては、そもそも、間接事実について証明責任を観念する点で問題があるほか、背信行為という一般条項を主要事実として捉える点で無理があるなどの批判がされている。そこで、多数説は、無断転貸を解除権発生の権利根拠事実とし、「背信行為と認めるに足りない特段の事情」を権利障害事由と理解して、賃借人側に証明責任があると考える。参考判例①も、特段の事情の証明責任は賃借人にあると判示している。したがって、本問におけるYの主張は不当であり、Y自身が、解除権の発生を妨げるような「背信行為と認めるに足らない特段の事情」について証明責任を負う。参考文献高田裕成(第5版)(2015)138頁 / 八木毅二・百選244頁 (杉山悦子)