サブリースと賃料増減額請求権
Z市在住のAは複数の不動産を所有する資産家であり、1989年頃、Z市の郊外に所有する甲土地を有効活用したいと考えて、Bから、Bが同市内で営業するスーパーマーケットの賃貸借契約を締結した。Bは、甲土地の南東部分の2階建てを賃借して、同店舗の2階から3階を店舗とするアパレルショップのほか生活雑貨の販売店テナントとして入居するショッピングモールの建設計画を提案した。BはAに相談した。1989年の秋から、Bは、建設を予定しているショッピングモールの甲土地をZ銀行などからAと共同で開発した。Bは、甲土地を担保としてショッピングモールを建設する契約を締結した。Aが甲土地に賃借権を生じさせることに抵抗を示したため、Aが金融機関から資金を借り入れて建物を建設し、Bに賃貸することになった。B社は、Aが生産緑地から建物を賃借して、同契約において、賃借権はB社以外には20年にわたって譲渡を認めず、他人の賃借権、固定資産税、火災保険料を含むいっさいの経費をAに負担させることを内容とする賃貸借契約をAと交わした。B社は、1991年春に甲土地にショッピングモールが竣工した。Z市にB社所有の建物をB社に賃貸する契約を締結した。その契約において、原賃貸借契約を更新すること、B社は建物を小売業者・飲食業のテナントに転貸することができること、転貸料については、当初は年額750万円(年額900万円)としたうえで3年が経過するごとに各テナントの売上額を勘案するなどの方法で、B社がAとの協議の上で増減額することができる、といった内容が盛り込まれた。商業施設のオープン当初から、各テナントの賃料は順調に推移していた。2011年の東日本大震災後、テナントの売上額は激減し、B社は、当初の計画で想定していた転貸料を確保することができずにいた。B社は、賃料を減額してほしい旨を繰り返しAに申し入れたが、Aは、個人名義の返済が苦しくなるといって賃料額の全面的な改訂に応じることはなく、1995年1月分から同年12月分の賃料について10パーセントの減額に同意しただけであった。2000年ごろから、B社からAに支払われる賃料が、B社のテナントからB社に支払われる転貸料収入を上回る、いわゆる「逆ザヤ」が生じるようになった。その後、「逆ザヤ」が解消された年もあったため、Aとの信頼関係を悪化させたB社は逆ザヤに耐え続け、2004年に年額約4000万円の「逆ザヤ」が生じたことを受けて、B社は内容証明郵便によって2005年4月分から賃料を月額550万円に減額する旨をAに通知した。甲土地周辺の地価の平均は、AとBとの間で賃貸借が締結された1992年と比べると、2005年の時点において地価が約60パーセント、住宅地で約50パーセント下落している。また、鑑定によると、2005年4月時点において想定される本件建物の適正な新規賃料は月額約530万円である。2006年4月に、Bが、2005年4月以降、本件建物の賃料が月額550万円であることの確認を求める訴えを提起した場合、認められるか。B社が、2005年4月以降も当初の約定どおりに賃料を支払い続けていた場合、超過額に年1割の利息を付して返還するようAに請求できるか(借地借家法32条3項参照)。●参考判例●① 最判平成15・10・21民集57巻9号1213頁② 最判平成20・2・29判時2003号51頁●判例●1 サブリース契約と紛争の発生本問におけるAとB社の間の契約のように、土地所有者(オーナー)と不動産会社(サブレッサー)との間で、土地所有者の建設した建物と不動産会社が転貸事業を営むために締結される建物の賃貸借契約を、一般的にサブリース契約といい、1980年代後半に、いわゆるバブル経済の時期に、遊休施設を抱える不動産所有者を対象とする不動産会社によって企画・実行された。節税効果を享受できることだけでなく土地を有効活用したいオーナー側の有利な手段で、このような契約が増加した。サブリース契約においては、土地所有者(賃貸人)が一定の収支予測の下で金融機関から資金の融資を受けるなどして建物を建設する。賃借権の期間や賃料額は、土地所有者の借入金の返済に回して、さらに利益を確保することができるように定められる。バブル経済の時期に締結されたサブリース契約では、賃料額を一定の期間ごとに自動的に増額する特約(賃料自動増額特約)が定められるのが一般的であった。しかし、その後、景気が良い見通しがはずれ、不動産会社が想定していた転貸料収入を手にすることができなくなったことを受けて、不動産会社(賃借人)が借地借家法32条1項に基づいて賃料の減額を請求するという紛争が多発することになった。日本で広く見られる不動産会社が当事者となったのを念頭に提起され、サブリース契約をめぐる紛争は社会的な注目をあつめた。2 サブリース契約と賃料減額請求の当否1990年代半ば以降、サブリース契約をめぐって生じた紛争に関する判例が現れるようになり、サブリース契約は借地借家法32条1項を適用することの適否という法律問題が広く議論されるに至った。当初、学説では、サブリース契約の不動産会社が当事者である状況を想定されておらず、サブリース契約の当事者は、土地所有者の信頼を裏切る、不動産会社が不当な利益を得るものであることを理由として、裁判実務においては、借地借家法の適用を否定する見解も主張されていた。そのような状況の中、最高裁は、参考判例①において、サブリース契約も、不動産所有者が建物の使用・収益をさせ、不動産会社がその対価として賃料を支払うという内容の契約であり、建物の賃貸借契約であることは明らかであるとして、サブリース契約にも借地借家法32条の規定は適用されると判示した。さらに、同条の規定は強行法規であり、賃料自動増額特約によってその適用を排除することはできないとして、そのような特約が定められていたとしても、同項による賃料減額請求の妨げになるわけではないと考えた。サブリース契約における賃貸借の当事者、もっとも、サブリース契約における賃料をめぐる判断がなされるべきであった。参考判例①では、サブリース契約の賃借人による賃料減額請求の当否(借地借家法32条1項の定める要件の充足の有無)および賃料増額を判断するに当たっては、当事者が賃料決定の要素とした事情の変動を総合的に考慮し、当事者が賃料額決定の際に達した合意に至った経緯、賃料自動増額特約が付されるに至った事情が考慮されるべきである。参考判例①に沿って契約された当初と当時との事情の比較によって、賃借人の転貸事業における収支予測にかかわる事情、賃貸人の資金計画の前提となる事情、近隣の同種の建物の賃料相場、不動産の客観的な価値の変動、経済事情の変動などに照らして判断を行う。このような判断基準は、民法改正案(32条1項)でも、賃貸人の意思と当事者の意向を考慮すべきとする考え方も示されている。参考判例①と前後する学説では、借地借家法32条の趣旨および当事者の合理的な意思解釈を重視する立場から、サブリース契約において建物賃貸借が変動するリスクを受けないこととはいえないが、場合によっては賃料の増減に応じた対応がなされるべきだとする。このようなことは、当事者の意思に沿った契約を無効と解する考え方である。その一方で、同条1項は、当事者に賃料減額権を認めるものではない。このような借地借家法32条1項の趣旨を逸脱した不当な利益の保護を図るものではない。以上のような借地借家法32条1項の「強行法規」の意義およびこれを踏まえて額を請求する権利を保護する必要がある「サブリース契約はまだ十分に普及しておらず、当事者が賃料額の自動増額特約の効力についての認識を欠いていた」と評価される。これらを踏まえると、賃料自動増額特約を無効としたとしても、賃料減額請求が否定される可能性も否定できない。3 B社による賃料減額請求の拒否と相当賃料本問におけるB社による賃料減額請求によって2005年1月分から賃料を月額550万円に減額する旨を通知している。これは借地借家法32条1項の定める賃料減額請求権の行使と評価できる。同項の定める賃料減額請求権は形成権にあたるとされている。ここでは、同項の要件が充足されているのか、仮に充足されているとする2005年1月以降の賃料はいくらになるのかという点が問題となる。AとB社が契約締結に至った経緯からして、B社は、賃料相場の変動リスクを引き受けていると評価できる可能性もあり、法学的に価格が下落すれば、借地借家法32条の規定に基づいて賃料減額を請求していいという可能性もあり、本件契約では賃料額が賃料自動増額特約とは異なる趣旨を認定していない。賃料減額請求の相当性を肯定するとしても、訴訟の提起している2005年1月以降に減額を認めることができるにとどまり、AとB社が契約を締結した1992年との比較において建物賃貸借の相場が大きく下落したことなどを理由として、借地借家法32条の規定に基づき賃料減額を請求している。賃貸借契約の当事者が予見しがたくなるほど、賃料が不相当となる事情の変動があったと認められることとなる。もっとも、同項による賃料減額請求が認められるとしても、参考判例①は、相当賃料も客観的事情を総合的に考慮して判断しなければならないと判示しているところである。その後の下級審裁判例では、賃貸人の個人保証の予測にかかわる事情を重視し、保証会社だけでは賃料額を保証するような言動を重視してAによる不動産会社の賃料負担を軽減しようとするものもあれば、個人保証額などを下回る額まで賃料を減額するのは適切でないと判断するものも少なくない。本問においても、Aの借入金の返済に充て支払っている固定資産税の額などを踏まえたうえで、どれだけの減額幅が認められるべきかを判断することになると考えられる。4 サブリース契約をめぐる近年の動きサブリース契約をめぐる紛争は、いわゆるバブル経済の後の長引いた不況を背景に生じていただけでなく、全国的に、契約の拘束力とその限界、契約の性質決定、借地借家法の規定の強行性とその根拠といった、契約法の根源的な問題にかかわるものであったため、実務と学界の注目を集めた。ただ、その後の日本の経済状況のもとでは、賃料自動増額特約などが定められたとしても、みられたような内容のサブリース契約が締結されることはほぼなくなっている。近年は、不動産会社が賃料を保証するなどといって遊休不動産の所有者に対して住宅を建築させ、建築された建物を賃貸借する契約を締結した後、賃料の見直しなどについて定めた条項に基づいて賃料の大幅減額を求めるというトラブルが多発している(賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律(令和2年法律第60号)によって導入された「特定転貸事業者」に対する規制も参照(民法32条1項))。借地借家法32条1項が強行法規であるという判例の立場を踏まえると、通常賃貸借契約の終了は、賃料減額の可能性を常に診断することは難しい。賃料保証を確実にするためには、平成11年に導入された定期建物賃貸借契約を締結し、賃料を減額しない旨の特約を定めることが考えられる(借地借家法38条を参照)。◆関連問題◆(1) B社は、本件ショッピングモール事業から撤退することを決定し、2011年の夏にAとの賃貸借を更新しない旨の通知をした。それを受けて、Aは、ショッピングモールのテナントに対して、B社との賃貸借が期間の満了によって終了する旨の通知をした。しかし、AとB社との間の賃貸借の終了後も、テナントのうちCが立ち退きを拒否している。Aは、Cに対して、建物からの立ち退き、明け渡すよう求めることができるか(最判平成14・3・28民集56巻3号602頁参照)。(2) (1)とは異なり、Aが本件賃貸借の更新をしない旨の通知をしたのに対して、B社が更新を望んでいる場合にも、Aによる更新拒絶、および建物の返還請求は認められるか。●参考文献●*内田貴・百選Ⅱ 136頁/松岡久和・争点 240頁 (吉永知史)