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賃借権の取得時効

Xは、2002年当時、甲土地を所有し、X名義の移転登記を具備していた。2002年4月1日、甲土地について何ら権原を有さず、かつXから賃貸のための権限を与えられていないAが賃貸人となり、甲土地につき賃借人Yとの間で賃貸借契約を締結した。その契約に基づき、YはAに直ちに敷金を渡して乙建物を建築し、Y名義で乙建物について保存登記をした。その後、Yは賃借人Aに対し賃料を支払いつつ甲土地を継続的に占有し、2024年4月時点で引き続きYが甲土地を占有している。2024年4月頃、Xは、Yが甲土地に乙建物を所有し、甲土地を占有していることに気づき、Yに対し立退きを求めたが、Yは、甲土地をAから賃借しているとして拒絶した。その後、X-Yは、それぞれAから事情を聞こうとしたが、その直前にAは行方不明となった。Yはやむを得ず、甲土地の賃料を供託しつつ、甲土地の占有を継続した。2024年10月1日、Xは、Yに対し建物収去と土地明渡しを求めて訴えを提起した。これに対し、Yは、どのような反論が可能か。●参考判例●① 最判昭43・10・1民集22巻10号2145頁② 最判昭62・6・5判時1260号7頁③ 最判平23・1・21判時2105号9頁●解説●1 賃借権の取得時効(1)「財産権」としての賃借権と取得時効民法163条は「所有権以外の財産権を、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ、公然と行使する者は、前条の区別に従い20年又は10年を経過した後、その権利を取得する」と規定する。また、ここに引用される「前条」である同法162条1項は20年間の占有継続による所有権取得を、同条2項は占有の開始の時に「善意であり、かつ、過失がなかったとき」の10年間の占有継続による所有権取得を要する。したがって、所有権以外の財産権は、占有開始時の主観による区別に従い、20年または10年間、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ公然と行使されることにより、時効取得されうることになる。財産権は財産上の私権であり、親族権、人格権、社員権などと対置される。財産権の主要なものは、物権、債権、無体財産権である。民法典に「債権」として規定される賃借権は「財産権」である。そこで、民法163条の文言を形式的に適用すれば、賃借権は取得時効の対象となることになる。(2)「債権」としての賃借権と取得時効「債権」は形式的に「財産権」であるけれども、取得時効の目的となるかについては、若干の議論がある。たとえば、他人にお金を貸したとして継続的にその返還を請求し続ければ、それによって金銭消費貸借上の金銭返還請求権を時効によって取得するというのにはなんら実体性を欠く。このような債権の時効取得は認められない。しかし、賃借権のように占有(継続的な使用・収益)を権利の内容とするような債権は、占有を基礎として時効取得が認められる所有権や、継続的履行行為を基礎として時効取得が認められる地役権(283条参照)と対比上、さらには賃借権化した不動産権についてもはや特に(ただし、「物権化」は、取得時効の可否とは無関係という反論がある)、取得時効を認めるべきだという結論には異論がない。ただし、以下にみるように賃借権の取得時効には理論的な問題があり、契約上の地位の取得時効、あるいは債権者側関係の取得といった質の法律構成にようとするものがあるほか、事実的契約関係論を背景に賃借権契約の存在の認定を省略し、取得時効を論ずるまでもないとする見解も主張されている。判例は、理由を述べることなく「土地賃借権の時効取得については、土地の継続的な用益という外形的客観的な事実が存在し、かつ、それが賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているときは、民法163条に基いて土地賃借権の時効取得が可能であると解するのが相当である」(参考判例①。ただし、破棄差戻判決)とし、一般論として土地賃借権の時効取得を可能として以来、一貫してこれを肯定する。学説は、不動産賃借権の取得時効を論ずるけれども、実際上、裁判所で問題となるものは、土地賃借権のみである。もっとも、判例は、「土地の継続的な使用収益という外形的客観的な事実が存在し、かつ、その使用収益が土地の借主としての権利の行使の意思に基づくものであることが客観的に表現されている」場合に、土地の使用借権の時効取得を認める(最判昭48・4・13民集109号93頁。ただし、事実審としては否定)。他方で、学説では、使用貸借権の物権的色彩がうすいことを強調して時効取得を肯定するものがあるもののまだ十分な議論はない。(3) 類型化とそれぞれの機能判例が示した要件のうち「賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているとき」とはどういう場合かが議論の中心となった。その際、土地賃借権の取得時効に多様なものが存在することが認識され、類型化して検討することが通常となった。類型化の基準には論者によって相違がある。論じられている類型を単純並列的に挙げれば、①賃借権の時効三者対抗型(参考判例③)、②賃貸借契約対象範囲・効果紛争型(参考判例③)、③無断転貸型(最判昭44・7・8民集23巻8号1274頁、最判昭62・10・8民集41巻7号1445頁)、④無断譲渡型(最判昭53・12・14民集32巻9号1658頁)、⑤賃貸借契約無効(強力保護信託)型(最判昭63・2・18民集26巻3号261頁、最判平16・7・13判時1871号76頁)、⑥他人地賃貸型(参考判例②)、⑦代理権欠缺型(最判昭52・9・29判時866号127頁)の類型がある(それぞれの類型がどのような事案を射程とするものかは、それぞれの引用判例を確認していただきたい)。それぞれの類型では賃借権の取得時効の機能とその有無を観念することができ、④型:対抗要件補充機能なし、⑤型:契約内容明確化機能あり、⑥型:承諾補充機能あり、⑦型:原承諾補充機能あり、⑧型:瑕疵治癒機能あり、⑨型:権原治癒機能あり、⑩型:権原回復機能あり、にまとめうることができよう。2 無権原者による土地賃貸 (他人地賃貸型) の問題点: 土地所有者への義務の帰属上にみたした類型の甲で理論的に最も難問な問題が生ずるのが、土地の所有者でない者(無権原者)が自己の所有権として賃貸し、賃借した者が賃借権の取得時効の要件を満たし、その主張をした場合である(他人地賃貸型)。判例は、参考判例①が示した一般論に従い、他人地賃貸に類する参考判例②において土地賃借権の時効取得を認めた。ところが、参考判例①は、参考判例①を引用して「土地の所有者に対する関係において」土地の賃借権を時効取得すると述べるのであり、理由を示さない。判例が実質的かつ説得的な理由を示さないことも相まって、この類型の存在自体がそもそも賃借権の取得時効を肯定すべきとする学説を基礎づける大きな理由の1つとなっている。この点については、判例は、民法163条の文言解釈および結論の妥当性(土地賃借権の時効取得を認めることの必要性)を重視しているといえようか。この類型の要件に関する課題として、「賃借意思の客観的表現」が誰に向けられるべきかという問題がある。大多数の見解は、貸主たる無権原者に対するもので足り、土地所有者に向けられる必要はないとしている。他方、効果に関する問題として、賃借権が最終的には土地所有者に対するものとなることを前提として、いかにして土地所有者が賃貸人としての義務を負うことになるのかという問題がある。この問題については、従来、ほとんど論じられていない。数少ない議論をあえて整理すれば、次のようになる。まず、そもそも誰に対する賃借権が取得されるのかという点から、①土地所有者に対して取得されるというものと、②いったん無権原者に対して取得された賃借権が土地所有者に対するものに移転するというものに分けられる。①をさらに、③土地所有者に対する賃借権の取得により土地所有者が当然に義務を負うとするものと、④土地所有者からの契約関係が承認されるとするものがある。また、②はさらに、⑤あたかも無権原者から土地所有者に土地所有権が移転するのかのように扱い、その所有権移転に伴って賃貸人の地位が無権原者から土地所有者へ移転するとするものと、⑥⑦所有権の移転は問題とせず、無権原者から土地所有者へ賃貸人の地位が移転するとするものがある。⑥⑦については、賃借人側の要件のみにより認められる賃借権の取得によって、それを無権原者と土地所有者がなぜ義務を負うのか、という問題がある。⑥⑦については、賃貸意思のない土地所有者との関係で賃貸借契約関係を承認できるか、という問題がある。⑥⑦については、そもそも土地所有権のない無権原者からの所有権移転を擬制できるかという問題がある。⑥⑦については、なぜ賃貸人の地位が無権原者から土地所有者へ移転するのかを説明しなければならないという問題がある。以上の問題点を理論的に解決することは、かなりの難問である。先にみたように、この問題を回避するため、そもそも賃借権の時効取得を否定し、別の法律構成を示唆する見解もある。ただ、賃借権の取得時効を認めることは確定した判例であり、これを踏まえると、判例を理解するうえで、賃借権の時効取得を認めることを前提とした理論構成が必要になろう。他人地賃貸型の土地賃借権の時効取得により土地所有者に義務を負わせるための理論的課題については、ある程度割り切り、民法典の債権編に規定されるもの以外にも債権発生原因を承認することを前提に「賃借権の時効取得により時効取得者と土地所有者の間で賃貸借契約が締結されたとみなす」という法定効果が生ずるとする構成もありかもしれない(まったく法状況および法感性が異なり、類推はもちろん参考にも値しないという批判もあろうが、仮登記担保法10条の法定地上権(法定賃借権)の効果を「借用」できないだろうか。同条の効果は「土地の賃借権がされたものとみなす」である。)。●関連問題●2002年2月1日、Xは、Aとの間で、Xが所有する甲土地について建物所有を目的としてAに対し賃貸する契約を締結した。ところが、直後にAは、子どもの通学の関係で近隣に引っ越すことになった。Aは、甲土地の借地権を失うより、有効に活用したいと考え、Xに相談したまま、2002年4月1日、Yとの間で甲土地について転貸借契約を締結した。当然、乙の転貸借について、Xは承諾していなかった。Yは、転貸借契約に基づき甲土地に乙建物を建築し、2002年10月1日、乙建物について保存登記をした。その後、Yは、甲土地を継続的に占有するとともに、Aに対し転借賃料を継続的に支払い、またAは、Xに対し賃料を継続的に支払ってきた。2024年4月頃、Xは、Yが甲土地上の乙建物に居住していることに気づき、Yに事情を聞いたところ、Xの承諾なくYがAから無断で甲土地を転借し甲土地上に乙建物を所有していることが判明した。XはYに対し甲土地の明渡しを求めた。が、Yが拒絶するので、2024年10月1日、Xは、無断転貸を理由としてX・A間の賃貸借契約を解除したと主張するとともに、Yに対し、建物収去土地明渡しを求めて訴えを提起した。これに対し、Yはどのような反論が可能か。●参考文献●可部問雄・最判解民事篇昭和43年度 1179頁 / 奥村長生・最判解民事篇昭和44年度473頁 / 大久保邦彦・百選196頁(尾島茂)