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時効の完成猶予・更新

Aは友人Bに、2025年1月10日、200万円を年利10パーセント、1年後に元利一括で返済するということで貸し付けた(甲債権)。同年3月10日、Aは再びBに頼まれ、300万円を同一条件で貸し付けた(乙債権)。さらに、Aは、同年4月10日、当時交際中のCに頼まれ、CがBに400万円を1年後に返済するということで、無利子で貸し付けた(丙債権)。以下の場面において、Aの請求は認められるか。現時点は、2035年7月とする。(1) Aは、Bから生活が苦しいと聞かされていたこともあり、長らく返済の催促をしてこなかったが、ついに、2030年11月、甲債権と乙債権の元本合計500万円と利息の返済を求める訴えを提起した。同年12月15日、Bに訴状が送達された。それを読んだBから、2031年4月21日、Aの銀行口座に100万円が振り込まれたが、以後Bからの連絡は何もない。そこで、AはBに対して、同年6月10日、残金の支払を求めて訴えを提起したところ、口頭弁論期日(同年7月28日)においてBは消滅時効を援用してAの請求棄却の判決を求めた。(2) Aは長らくDに返済を求めることはしなかったが、Cと別れたのを機に、強くDに返済を求めた。これに対し、DはAに対し、2030年8月10日、丙債権の不存在確認の訴えを提起し、すでにCがDに代わって全額返済していると主張したが、同年11月12日、D敗訴の判決が確定した。そこで、AがDに対して、2031年5月5日、丙債権の履行を求めて訴えを提起したところ、Dは消滅時効を援用してAの請求棄却の判決を求めた。●解説●1 時効の完成猶予と更新事由2017年改正前民法は、権利行使により時効の完成が妨げられるという効力と、それまでに進行した時効がまったく効力を失い、新たな時効が進行を始めるという効力(2017年改正前民法157条参照)を、いずれも「中断」という同一の用語で表現していたため(同民法147条1号・2号・149条以下参照)、このことが時効制度を難解にしている一因であると考えられた。そこで、民法は、両者の概念を区別し、時効の完成が妨げられるという効力を持つ時の「完成猶予」、新たな時効が進行を始めるという効力を持つ時の「更新」という言葉を用いて再構築した(ただし、占有の中止等により取得時効の進行が止まることについては、民法改正の前後で変更はなく、「中断」と呼んでいる(164条))。すなわち、民法は、裁判上の請求や強制執行などの一定の権利行使があると時効の完成を猶予している(147条1項・148条1項)。そして、それらの猶予事由が終了した時(裁判上の請求などの場合は「確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定した」とき)から、新たに(つまり、ゼロから)その進行を始める(147条2項・148条2項)。なお、権利行使なくとも時効の完成猶予由となる催告については更新の効力がなく(149条参照)、催告の時から6か月は完成猶予するのみである(150条参照)。また、権利の承認がなされると同時に(完成猶予という時間的経過を経ることなく)更新の効力が生じる(152条)。なお、これらの効力は、2017年改正民法の施行日であった2020年4月1日以後に時効の完成猶予事由・更新事由が生じた場合に認められる(附則10条2項)。2 一部弁済と時効の更新債務の消滅時効は、「債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき」、または、「権利を行使することができる時から10年間行使しないとき」に完成する(166条1項1号・2号)。そうすると、Aは丙債権について、弁済期を定めて貸し付けているので、弁済期には権利を行使することができることを知っていたといえる。したがって、甲債権・乙債権・丙債権の消滅時効は、完成猶予・更新がなければ弁済期(貸付から1年後)の翌日から進行して10年(本問より初は算入されないので〔民法72条の2第3号の反対解釈〕についての判例を示した最判昭37・10・19民集36巻10号2163頁がある)5年(甲債権は2031年1月10日、乙債権は同年3月10日、丙債権は同年4月10日)の経過により完成する。しかし、甲債権・乙債権については、AがBに対して訴えの提起(150条1項)をしているので、手続がBに到達(被告は訴状の送達であるが、民法97条1項が類推適用される)してから6か月(2031年5月15日)が経過するまでは完成しない。そうすると、Aから甲乙両債権の支払を催告されたBは、当初の時効期間満了後ではあるが催告後6か月以内である2031年4月21日、いずれか一方の債権の存在を特に否定することなく一部(100万円)弁済しているので、甲乙両債権を承認したことになり、甲乙両債権の消滅時効は更新されたことになる(152条1項)。新たに5年(166条1項1号)の消滅時効が進行するが、完成前の2031年6月10日にAは訴えを提起しているので、Aの請求は認められる。なお、Bは100万円を振り込むに際し甲債権と乙債権のいずれに充当されるものであるか指定しておらず、Aも同意済であるので、法定充当され(弁済期が先に到来した甲債権の一部(利息)が弁済されたことになる(488条4項3号・489条1項・2項))。3 反訴と時効の完成猶予・更新民法147条1項1号は裁判上の請求を時効の完成猶予・更新事由としており、訴えの提起(民訴133条1項・147条)がこれに当たる。被告が原告の請求棄却の判決を求めて応訴することは、訴えの提起そのものではないが、判例は、これに時効の中断(完成猶予・更新)の効力を認めていた。たとえば、④債務者から提起された債務不存在確認訴訟の被告として債権者が債権の存在を主張し、原告の請求棄却の判決を求めた場合(大判昭和14・3・22民集18巻298頁)、⑤抵当権者が債務者である抵当権設定者から提起された抵当権設定登記抹消登記請求訴訟の被告として被担保債権の存在を主張し、原告の請求棄却の判決を求めた場合(参考判例①)、⑥占有者から提起された移転登記手続請求訴訟の被告として所有者が自己に所有権のあることを主張し、原告の請求棄却の判決を求めた場合(最判昭43・11・13民集22巻12号2501頁)には、裁判上の請求に準じて時効の中断(⑤では取得時効)の中断(完成猶予・更新)が認められるとしていた。この判例に考えによれば、小問において、丙債権の消滅時効は2031年4月10日に完成するところ、完成前に提起されたDの債務不存在確認の訴えに応訴しD敗訴の判決が確定したので、丙債権の消滅時効は更新されて2030年11月12日から新たに10年(169条1項)の消滅時効が進行している(147条2項)ことになりそうである。したがって、このように解するときは消滅時効は完成していないのでAの請求は認められる。なお、判例は、裁判上の催告という考え方も認めている。たとえば、所有権に基づく返還請求の訴えにおける被告が占有権原を主張した場合には、賃借権を主張した時点から判決が確定するまでの間は被担保債権について催告が継続していたものとして、判決確定から6か月以内に裁判上の請求等により時効の完成猶予・更新につなげることができる(参考判例③)としており、学説も一般的には支持している。しかし、上記の訴訟で権利を主張すれば確定まで所持者が所有権を確保できると考えるのが普通であろうとして、権利承認がなされると同時に(完成猶予という時間的経過を経ることなく)更新の効力が生じる(152条)、なお、これらの効力は、2017年改正民法の施行日であった2020年4月1日以後に時効の完成猶予事由・更新事由が生じた場合に認められる(附則10条2項)。4 時効の援用権者・更新の効力の及ぶ範囲時効の援用権者について、民法は「当事者」としている。そして、消滅時効については、援用権者の具体例として、判例・学説に異論のない、保証人、物上保証人、後順位抵当権を挙げたうえで、一般的基準として「権利の消滅について正当な利益を有する者」としている(145条)。後述の発展問題では、Fは、物上保証人であるから、被担保債権である丁債権の消滅時効が完成していれば、これを援用して抵当権の実行を阻止できる。しかし、債務者Eの一部弁済(民法152条1項の承認に当たる)により丁債権の消滅時効は更新されている。そうすると、Fは丁債権の消滅時効を援用できなくなりそうである。ところが、民法153条2項は、承認による時効の更新は更新の事由が生じた「当事者」(更新行為をした者とその相手方)と「その承継人」(当事者から更新の効果を受ける権利または義務を承継した者)の間においてだけすると規定しているため、丁債権の時効更新の効力を主張できる(あるいは、主張される)のは、AとE、丁債権の譲受人などに限定され、「当事者」にも「その承継人」にも当たらないFは丁債権の消滅時効を援用できるようにもみえる。判例は、物上保証人が債務者の承認により被担保債権について生じた消滅時効の更新の効力を否定することは、担保権の付合性に抵触し、民法396条の趣旨にも反し許されないとしている(参考判例①)。学説には、民法153条は、時効完成の猶予・更新の効力を主張できる者の範囲(人的範囲)を規定したものではなく、特定財産の猶予・更新が生じた当事者間で進行していた時効だけが猶予・更新するということを規定したものであるとするものがあるが、この説では、丁債権の消滅時効は更新されたため完成していないので、Fは援用できないということになる。なお、債務者が自己の不動産に設定した抵当権の抵当権債務者(抵当権者)が申し立てると被担保債権の消滅時効の完成は猶予され更新される(148条1項2号・2項)が、物上保証の場合は第三者が自己の不動産に抵当権を設定しているため、民法154条が適用されると解されている。すなわち、物上保証の場合に債権者が抵当権の実行を申し立てることは、競売開始決定の正本が債務者に送達された時に時効の開始があったものとし(最判昭和50・11・21民集29巻10号1537頁)、その時点で猶予・更新の効力が生じるとされている(最判平成6・7・12民集50巻7号1901頁)。●発展問題●AのEに対する1000万円の債権(丁債権)を担保するため、FはEに頼まれて自己の不動産に抵当権を設定した。丁債権の弁済期は、2024年8月7日である。Eは2029年7月10日に300万円を返済したのみで、以後支払はない。そこで、Aが2031年3月5日、抵当権の実行の申立てをしたところ、Fは丁債権の消滅時効を援用して抵当権の実行を阻止しようとした。Fは、Eの300万円の返済により丁債権の消滅時効が更新されても、自分との関係では更新されたことにはならないと主張している。Aの抵当権の実行は認められるか。●参考文献●講義26頁〔中田裕康〕/ 野田宏・最判解昭和44年度(下)862頁 / 阿久三郎「時効制度の構造と解釈」(有斐閣・2011)1頁・141頁・181頁・244頁