一部請求の残部に対する時効の完成猶予
Yは、XがYに対して有する売掛金債権について、20×0年6月24日に全ての債務の承認を行った。その後、Xは、Yによる上記債務承認によって同日から5年が経過する20×5年6月24日には消滅時効が完成してしまうと考えて、20×5年4月16日配達の内容証明郵便で、Yに対し、上記売掛金債権の催告の催告(本件催告)をした。さらに同年10月14日には、Yに対して上記売掛金債権のうちの一部であることを明示して5300万円の支払を求めて提訴した(第1訴訟)。第1訴訟では、Yからの相殺の抗弁が提出され裁判所はこれに理由ありと判断したうえで、現存する売掛金債権の額は7500万円であるとの認定がなされ、Xの請求を全部認容する判決が言い渡された(なお20×9年9月18日確定)。Xは、20×9年6月30日、第1訴訟における裁判所の認定に沿って、第1訴訟で訴求していなかった売掛金債権の残額2200万円の支払を求める訴え(第2訴訟)を提起した。これに対し、Yは、本件催告から6カ月以内に民法147条1項各号、148条1項各号、149条所定の時効の完成猶予の措置を講じなかった以上は、残額については消滅時効が完成していると主張して、時効の援用をした。第1訴訟の提起による時効の完成猶予の効力が、第2訴訟についてでも及ぶかについて検討せよ。●参考判例●① 最判昭和34・2・20民集13巻2号209頁② 最判平成28・6・6民集67巻5号1208頁●解説●1 訴え提起による時効の完成猶予の範囲訴えの提起がなされることによって、訴訟係属に伴う訴訟法上の効果のほか、一定の実体法上の効果も生じるとされており、その代表的なものが時効の完成猶予(民法147条)である。訴えの提起によって時効の完成が猶予される根拠については、訴えが権利者の確固たる権利主張の態度と認められるがゆえに求める見解(権利行使説)と、判決によって訴訟物である権利関係の存否が確定され、継続した事実状態が既判力によって否定されることに求める見解(権利確定説)との対立が古くから存在する。2 訴え提起による時効の完成猶予の及ぶ範囲民法147条1項1号が定める裁判上の請求による時効の完成猶予は、本来権利を主張する者が訴訟として特定の請求権を行使する場合を予定していると考えられる。したがって、訴え提起によって時効の完成猶予の及ぶ範囲は、当該訴えにおいて定立された訴訟物の範囲と一致するのが本筋と思われる。しかしながら、従来の裁判例の中には、訴訟物として直接主張されていなかった権利関係であっても、時効の完成猶予の対象となることを認めた判例が少なからず存在する(なお、以下の取り上げる上述の裁判例はいずれも現行民法以前のものであることから、引用も時効中断という用語で紹介することをお断りする)。大別して、①当該訴訟における被告の権利主張等に時効中断を認めたもの(原告の提起した給付訴訟において被告により主張された求償権の長井に当該被担保債権の時効中断の効力を認めた事例(最大判昭和38・10・30民集17巻9号1223頁)など)、②訴え提起の時点では権利行使されてない訴訟物と異なる他の訴訟物についても時効中断を認めたもの(最判昭和38・1・18民集17巻1号1頁、最判昭和62・10・16民集41巻7号1497頁、最判平成10・12・17判時1664号59頁(裁判上の催告)、といった2つの類型に分類される。②類型に属する事例について時効の完成猶予の及ぶ範囲の拡張を認めるめには、前訴と後訴との訴訟物の同一性を基準とするという考え方からの脱却が求められるが、裁判例の傾向としても、両請求の「請求原因の共通性」を「経済的利益の共通性」という観点から、時効の完成猶予の及ぶ範囲の拡張の当否を考えるべきという方向にあるものと評価できよう。3 裁判上の催告②で掲げた②の類型に属する裁判例のうち、「裁判上の請求=訴訟物」という図式を緩和するために、裁判上の請求概念を拡張するという考え方や裁判上の請求に準ずる効力を認めるという考え方のほかに、裁判上の催告という概念を用いるものもある。もともと、裁判上の催告という概念は、訴えによる権利主張はあったが結局実体判断に至らなかったような場合(訴え却下、相殺の抗弁につき実体判断がされなかった等)に、裁判上での確認は至っていないがその主張は裁判外の催告よりもはるかに明確な権利主張であり、強い権利主張として訴訟係属中は催告が継続するものと考えるべくとして、訴訟終結後も6か月以内に訴えを提起すれば時効の完成猶予(当時は時効中断効)は維持されるものとして提唱されたものである(我妻榮『新訂民法総則』[岩波書店・1966]219頁以下参照)。この考え方は、改正前民法149条を補完するものともいえ、必ずしも訴訟物の異なる請求による時効の完成猶予の及ぶ範囲の拡張という問題解決のために用いられることを想定していなかったのではないかと推察されるが、論者である我が国では、この考えを押し及ぼすことにより、明示的一部請求の提訴により実際には主張がなかった残部請求についても時効の完成猶予の効果を維持できるとした。なお、改正民法においては、解説論として認められていた裁判上の催告という概念を立法的に認めるに至った(改正民法147条1項柱書後段)。ここから、従来の裁判例において裁判上の催告を用いて時効の完成猶予の拡張を認めてきた事案については、改正民法の下においても影響はないものと思われる。4 一部請求訴訟による時効の完成猶得の及ぶ範囲本問のような、数量的に可分な請求権についての一部の請求後に残部請求求であるかが明示されている場合には、残部の支払を求める後訴提起を認める立場による場合は、明示による訴訟物の分断を認めることになる(→問題28)ことから、②の類型と同様の問題意識が生じてくる(他方、一部請求による訴訟物の分断を認めない見解に立つと、一部請求訴訟による時効中断も債権全体に及んでいくことになり、このような問題は生じない)。この問題についてのリーディングケースとされる参考判例①は、「裁判上の請求=訴訟物」という図式を堅持し、明示的一部請求の場合の訴訟物は明示された債権の一部分だけであることから、時効中断もその一部の範囲においてのみ生ずるという判断を示している。もっとも、参考判例①には少数意見が付されており、一部請求訴訟の係属中であればいつでも請求の拡張という方法で残額全部についても容易に判決を求め得る場合には、「裁判上の請求に乗るべきもの」として時効中断の残額にまで及ぶとする。この最高裁判決に対しては、明示的一部請求では残部についての後訴提起を前提としながら、その残部自体が消滅時効にかかってしまう可能性があるというのでは、右手に与えたものを左手で奪うようなものだと批判して、これに反対する見解が学説上では多数といえる(理論構成の差異により見解がさらに分かれる。詳細については、川嶋四郎「民事訴訟法・日本評論社・2013」283頁以下参照)。このような状況のもと、改正民法を考慮して、民法改正作業の過程においては、明示的一部請求訴訟提起による時効の停止(現行法では時効の完成猶予)は、債権の全部に及ぶという考え方が提案されていた(民法(債権関係)の改正に関する中間試案(平成25年3月26日決定)87の(2))が最終的には成案に至らなかった(後に触れる参考判例②のような考え方で対処可能と考えたためであろうか)。他方、参考判例②は、参考判例①を引用して、明示的一部請求に係る訴えによる時効中断は、その一部についてのみ生じ、残部について、裁判上の催告に準ずるものとして時効中断の中断の効力が及ぶものではない旨を述べつつ、①債権の一部分とその他請求とは請求原因事実を基本的に同じくする、②明示的一部請求の訴えを提起する債権者は、将来にわたっておよそ残部の請求をしないという意思の下に請求を一部にとどめているわけではないのが通常と考えられること、などを理由に、残部につき権利行使の意思が継続的に表示されているとはいえない特段の事情がない限り、明示的一部請求の訴えの提起は、残部についても、裁判上の催告として消滅時効の中断の効力を有するべき、との判断を示した。これは、時効の完成猶予の及ぶ範囲を訴訟物の範囲よりも拡張させる近時の動向にも沿うものといえ、上述した我妻博士の理解とも親和的である。しかしながら、このような考え方に対しては、訴訟的確説の立場に優位な被告が権利主張した事実自体が却下されてしまった場合にどのような関係になるといった問題点や両請求の「請求原因の共通性」を適用することには疑問も見せられている。また、両請求の「請求原因の共通性」や「経済的利益の共通性」という観点から、時効の完成猶"予の範囲の拡張の当否を考えるべきという傾向があることを踏まえても、一部請求と残部請求とでは経済的利益は実質的であり、一部請求の訴えによる残部に対する時効の完成猶予の拡張は認められないのでは、といった指摘もなされている。なお、従前より裁判上の催告と称されてきた概念は、改正民法においても同様の考え方が立法的には採用されたといえるが(民法1条1項柱書後段)、明確には「裁判上の催告」という語を用いてはあおらず、この場合も含めて「裁判上の請求」として立法されている。したがって、改正民法下においても参考判例②の法理は基本的に妥当すると考えられるところ、明示的一部請求の訴えの提起によって、特段の事情がない限り、残部についても「裁判上の請求」(同条1項1号)があったものと表現するということにだろう(潮見佳男『民法(全)第3版』(有斐閣・2022)102頁参照)。5 催告の繰返しと時効の完成猶予参考判例②は、明示的一部請求の訴えの提起によって、残部について、裁判上の催告として時効の完成猶予を認めていることから、この判決の射程を及ぼすためには、債務者としては、明示的一部請求訴訟の判決確定後6カ月以内に、改めて残部についての時効の完成猶予の措置を講じなければならないことになる。ただ、本問のように、消滅時効の完成直前に債権全体について裁判外の催告(本件催告)があり、その6カ月以内に残部について裁判上の催告がなされたものと判断されるところは、残部については催告の繰返しがなされた状態となる。民法150条2項は、催告の繰返しを認めてもいつまでも時効が完成しないという問題を避けるために催告についてはその効力を認めないとする従来の判例法理の一般的な理解を明文化しているが、同条項が想定しているのは、裁判外の催告が繰り返された場合であって、本問のような再度の催告がいわゆる裁判上の催告である場合にも時効の完成猶予の効力が無条件に解除されることになるかについては、解釈に委ねられることになる(→問題19)。参考判例②は、本問類似の事案において、本件催告から6カ月以内に旧民法153条所定の措置が講じられなかった以上は、残部については消滅時効が完成したと判断し、再度の催告が裁判上の催告である場合にも催告の繰返しにあたるとの判断を示しているが、現行民法下においてもこの判断が妥当かどうかは別に検討する必要があろう。他方、本問のような事情(消滅時効の完成前に裁判外の催告がなされている)が存在するような場合にあっても、債権者に残部について時効の完成猶予を安定的に与えるべきとする場合には、参考判例②のような裁判上の催告概念を用いた処理ではなく、一部請求訴訟の提訴によって残部についても当然に裁判上の請求があったとする理論構成が別途求められることになる。●参考文献●中島弘雅「訴訟による時効中断の範囲」新堂幸司ほか編『中野貞一郎先生古稀祝賀・判例民事訴訟法の理論(上)』(有斐閣・1995)321頁以下 / 鎌田薫ほか『民法改正(第2版)』(日本評論社・2010)191頁以下[山本和彦]/ 山本和彦「いわゆる明示的一部請求と残部についての消滅時効の中断」金法2001号(2014)18頁以下(畑 宏樹)