非営利法人と営利法人
X・Yの2人は、他の10人のほどと有志とともに、法人Aを設立し、法律書の編集・販売を事業として行うことにした。代表者には、Yが就任した。Aが、株式会社である場合と、公益社団法人である場合のそれぞれについて、次のような問題を考えてみよう(いずれの場合も、YがAの業務を決定・実施するに際して、法律や定款に定められた手順は満たされていたものとする)。なお、Aが株式会社である場合には、その目的は法律書の編集および販売であり、Yは株主の1人、Yは株主総代表取締役であるものとする。また、Aが公益社団法人である場合には、その目的は、法律知識の普及・啓発活動を行うことにより社会の健全な発展に貢献することであり、Xは社員の1人、Yは社員総代表であるものとする。(1) Yは、Aの知名度の向上に向けた事業として、全国の法学部生から法格闘キャラのメディアを募集するコンテストを開催することにし、イベント会社Bに開催費用として300万円を支払った。Xは、このイベントがAの目的の範囲から外れたものだと考えており、Bへの費用の支払は、Aに損害を与えるものだと考えている。この場合、Xは、Yに対して、Aに対する損害賠償をするよう請求できるか。(2) Yは、法律教育の推進に関する基本法の制定を目指す政党Cに対して、Aから300万円の政治献金を行った。Xは、この政治献金がAの目的の範囲から外れたものだと考えており、Cへの政治献金は、Aに損害を与えるものだと考えている。この場合、Xは、Yに対して、Aに対する損害賠償をするよう請求できるか。[参考判例]① 最判昭27・2・15民集6巻2号77頁② 最判昭45・6・24民集24巻6号625頁③ 最判平元・3・19民集50巻3号615頁[解説]1 営利法人と非営利法人(1) 株式会社と公益社団法人株式会社は、構成員である株主に利潤を分配することを目的とする法人であり(会社法105条参照)、そこには収益を上げる事業(事例では法律書籍の出版を行うこと自体が目的として掲げられている。このように、私益を追求しそこで上げた利潤を構成員に分配することを目的とした法人を、営利法人という。営利法人以外の法人は、非営利法人という。非営利法人の典型は、私益ではなく公益を追求し、利潤の分配も禁止されている公益社団法人である。公益社団法人では、構成員である社員に利潤を分配することは禁止されている(一般法人法11条2項・35条3項)。行う事業も、法人のあるいはその構成員の利益を図るようなものではなく、社会全体に恩恵をもたらすようなものでなければならず(「公益性」)、営利活動を主たる目的とするものであってはならない(公益法人法2条4号・4条参照)。法律書の出版・販売は、この目的実現のために行う事業と位置づけられる。(2) さまざまな非営利法人しかし、非営利法人に分類される法人には、公益社団法人(あるいは公益財団法人)以外にも、一般社団法人(一般財団法人)、特定非営利活動法人(いわゆるNPO法人)、農業協同組合(農協)や消費生活協同組合(生協)といった協同組合など多種多様なものがある。そして、その中には、公益性がなく構成員の利益を目的とする法人や、利潤を構成員に分配することが許されている法人もある。たとえば、農協は、組合員である農業経営者の利益を目的とする法人であり、社会全体に恩恵の及ぶような公益を目的としていわけではない(農協法7条・10条)。また、農協は、株式会社と同様に、出資をした組合員に対して剰余金を配当することも許されている(同法52条)。しかし、それでも農協は、目的とすることのできる事業が法によって限定されており、活動の主目的が事業によって収益を得てこれを配当することではなく組合員への助成(技術面上の指導、必要資金の貸付、施設や物品の共同利用など)であることなどを理由に、株式会社とは性質が異なるものとして、非営利法人に位置づけられている。2 法人の目的・目的外の行為の能力(1) 判例・権利能力制限説営利法人と非営利法人の区別は、法人の行う行為が法人の目的の範囲内にあるといえるか否かについての判断方法に影響するといわれている。もっとも、上に述べたように、非営利法人にはさまざまな種類のものがあり、営利法人と似た側面をもつものもあることを考えると、その区別が絶対的なものであるとか、非営利法人であるということから確定的な結論を得ることができるかといったように考えるべきではない。その説明に当たって、まずは法人の目的をめぐる法ルールを確認しよう。株式会社でも公益社団法人でも、あるいはその他の法人でも、法人の設立には、その法人の目的を定める必要がある(株式会社について会社法27条1号、公益社団法人について一般法人法11条1項1号)。本問の場合、株式会社であれば「法律書の編集・販売」、公益社団法人であれば「法律知識の啓蒙・啓発活動を通じて社会の健全な発展」を法人の目的である。そして、法人は、その「目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う」ものと定められている(34条。かつては18年改正前の民法43条も同じ趣旨の規定で「目的ノ範囲内ニ於テ権理ヲ有シ義務ヲ負フ」とあったが、これが削除され、18年改正民法も含む新たな法で民法34条に規定が置かれた)。この条文の意味をめぐっては、学説上の争いがあるが、判例は、この規定を文字どおりに理解し、「目的の範囲外の行為を法人がしても、そこから生じる権利や義務は法人に帰属しない」(目的外の行為は無効である)と読まされることもある)ことを定めたものだと解釈している。この立場は、民法34条を法人の権利能力が法人の目的に制限されていることを定める規定と理解するものである。(2) その他の学説もっとも、このように解すると、目的外の行為の効力は法人に帰属せず、絶対的に無効と解されることになる。目的外の行為であると知らずに法人と取引に応じた相手方は、不測の損害を被ることがあり、取引の安全が害されることとなる。そこで、判例とは異なり、民法34条の規定を、取締役や理事の権限(代表権)を制限するものと理解する見解もある(古くは「法人行為説」とよばれた。この見解によれば、目的外の行為は、法人が代表権を無権代理になるので、表見代理による相手方の保護も一定程度図ることができるようになる(もっとも法人の目的は、定款に記載されて誰でも知りうるものであることから、相手方が無過失である場合は稀で、実際に相手方を保護するだけの機能はないとも指摘されている)。さらに、商法における通説は、株式会社を念頭に、法人が目的の範囲外の行為を行っても、その行為の効力は有効であり、ただ、代表取締役(や理事)の法人に対する職務違反として責任(損害賠償や解任)を生じさせるだけだと理解する。この見解によれば、相手方保護に優れることになる。大量の取引を迅速に行う商取引の世界では、取引の安全を図る要請が強いことを反映した説である。こうした反対の見解も有力ではあるが、ここではまず、判例の立場に沿うことを目標にして、これらの学説についてこれ以上詳しくは立ち入らないことにしよう。3 法人の目的の範囲の画定それでは、ある行為が法人の目的の範囲内にあるか否かは、どのような基準に照らして判断するのだろうか。(1) 「業務の遂行に必要な行為」という基準まずいえることは、定款に書かれた目的の文言どおりの行為に厳密に限定するというものではないことである。たとえば、「法律書の編集・販売」を目的とした法人は、そのための事業資金を銀行から借りることもできるし、さらに事業資金を銀行から借りることもできいずれも目的の「編集・販売」に当たらないからできないというのでは、厳格にすぎる判断だろう。目的の範囲内の行為といえるためには、定款に書かれた目的の行為そのものに限られず、その目的の遂行に必要となる行為も行うことができると解されている。そして、その際、業務の遂行に「必要」といえるか否かは、行為の性質や客観的な状況などを考慮して、定款に掲げられた目的を具体的に検討するのではなく、定款の記載全体から判断して、客観的に抽象的にみてあり得るかどうかによって判断するべきであるとしている(参考判例②)。小問1に即して、この基準の意味を考えてみよう。「法律ゆるキャラ」を募集するというAの事業は、定款に掲げられた目的の行為そのものではないが、法律書の啓蒙や法学部生の関心を高める効果はやむを得ず、民法の理念や仕組みを伝える意義もあるだろうから、Aにとっては必要な行為のように思われるかもしれない。しかし、判例の判断基準はAにとって必要な行為であるかどうかを考慮するのではなく、そのようなキャンペーンを行うことが会社法上の目的である「法律書の編集・販売」あるいは公益法人法上の目的である「法律知識の普及・啓発活動を通じた社会の健全な発展の貢献」という目的の遂行のために必要な活動と客観的にみることができるかという視点から判断される必要がある。そのような客観的・抽象的な基準で、目的遂行のために必要とみえるのであれば、その行為は法人の目的の範囲内にあるといえ、たとえ法人がその目的の範囲内にあると誤信していたとしても、その行為は目的の範囲内にはないと解することができるものである。もっとも、本問のように営利を目的とする株式会社であれば、直接事業や関連事業を行うことが目的の達成のために必要となるすべての行為をすべきだと考えられる。そのことを前提として、Aのゆるキャラ募集のキャンペーンも法人の目的の範囲内には含まれるのであり、法人の目的の範囲内であると考えるのが妥当であるといえる。(2) 営利法人の場合そして、判例は、営利法人である株式会社については、この判断基準を非常に広く解釈しており、おおよそ行為が法人の目的の範囲外とされることはあり得ないとも指摘されている。そうした公益性のある小問1のようなケースであれば、目的の範囲外であると判断される可能性は低いと考えられる。そうした公益的活動への政治献金を会社の目的の範囲外であると判断した判例(参考判例②)がある。判決のなかで、最高裁は、会社もまた自然人と同様に社会的存在なのであるから、それとしての社会的役割を負担せざるを得ないとして、社会的貢献に属する活動(たとえば災害被災者への寄付など)を行うことが、間接的ではあるが目的遂行のために必要だと述べている。そして、会社が役員に政治資金を寄付することは、議会制民主主義を支える不可欠の要素である政党の健全な発展に協力するものとして、会社に期待された行為であると評価する。これらを前提に、会社による政治献金も、会社の目的の範囲内の行為であると判断した。(3) 非営利法人の場合次に、非営利法人についてであるが、判例は、一般論としては、営利法人の場合と同じく、業務の遂行にとって客観的・抽象的にみて必要といえるかという基準が適用されるとしている。しかし、目的の範囲外の行為であるとして当該行為を無効にした例もあり、営利法人の場合のように、目的の範囲を事実上限界なく捉えているわけではない。もっとも、2点に注意が必要である。第1に、先に述べたとおり、非営利法人にはさまざまなものがあるのだから、どのような非営利法人でも同じような判断がされるわけではない。たとえば一般社団法人(一般財団法人)さらにはこれらの法人を母体にして設立される公益社団法人(公益財団法人)の場合には、株式会社と同様に法人の目的に法律上の制約がないことなどを理由に、目的の範囲を拡大して捉えることに厳しい制約を課す必要はないという指摘もある(佐久間毅「民法の基礎①総則[第5版]」有斐閣・2020・187頁)。第2に、判例をみると、たとえば農協が組合員以外の者に金銭の貸借(員外貸付)を行ったというケースについて、その行為を有効にしたものと無効にしたものとが分かれている。つまり、同種の法人の同種の行為であっても、個別の事件の具体的事情に応じて判断が分かれる。では、具体的には、どのような事情があると法人の同種の行為であっても無効にされているのか。2つの判例を例に挙げてみていくことにしよう。(4) 非営利法人の行為の目的外範囲として無効にされた判例第1の判例は、農協の組合長が農協の行為として、組合員以外の者に対する多額の貸付(員外貸付)を行ったというケースで、これが法人の目的外の行為であり無効になると判断したものである(最判昭41・4・26民集20巻4号849頁)。員外貸付は、農協の経済的地位を脅かす可能性があるのであり、農協法10条に規定された組合員の利益に影響を与える事業には含まれていない。しかし、判例は、それだけで、員外貸付を無効と判断しているわけではない。むしろ、農協の経済的基盤を確立するためには組合員以外の事業者にも事業資金を貸し付ける必要があって、その員外貸付を有効とする判例もある(最判昭25・9・15民集22巻12号2627頁)。員外貸付が無効とされたケースで、最高裁は、当該員外貸付が、農協の目的事業とはまったく関係ないものであったこと、その融資が組合の経営に悪影響することも代表理事も相手方も知っていたことを指摘している。行為が法人やその構成員の利益にどのような影響を与えるかという点とともに、取引の安全にも配慮をしながら、具体的な事実関係ごとの判断が行われているものと評価することができる。第2の判例は、小問2のような政治献金に関するものである。税理士会が、税理士法改正運動の資金とするために政治献金を行うこと(正確には、そのための借入)が目的の範囲外で無効であると判断する(参考判例②)。その判示に際しては、税理士会の特殊な性格が指摘されている。すなわち、①税理士会の目的は、法律において直接具体的に定められていること(このため税理士の活動は目的の範囲の制約を強く受ける。税理士法49条の2第2項)、そして②税理士は税理士会に入会していなければ税理士業務を行うことができないとされており(税理士法52条)、税理士会の入会が間接的に強制されていること(税理士法が「強制加入団体」であると表現する)が指摘されている。特に②の点は、会員である税理士には実質的には脱退の自由が保障されていないため、会員の思想・信条の自由との関係を調整することが必要だと指摘されており、政治献金を法人の目的の範囲外の行為だと判断する重要な根拠となっている。関連問題(1) 本問において法人Aが公益社団法人であったとする。代表理事のYが、自己の個人的な借金の穴埋めをするためにAを代表して、Aの事業資金として銀行から金銭を借り入れたという場合、Aは、この借入行為が法人の目的の範囲外の行為であるから無効だとして、その支払を拒否することができるか。(2) 本問において法人Aが公益社団法人であったとする。Aは、前年に発生した大震災からの復興を支援するために、社員から特別会費を徴収し、それを義援金として寄付するという決議を可決した。社員の1人Xは、この決議は法人の目的の範囲外の行為であるから無効だとして、特別会費の支払を拒否することができるか。参考文献澤田壽夫ほか「民法Ⅰ(START UP)」(有斐閣・2017)17頁(山口敬介)/後藤巻彦・百選Ⅰ 16頁/松尾弘・百選Ⅰ(第6版)(2009)16頁(吉永一行)