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被害回復ができない法的理由と実情

(1) そもそも加加害者にたどり着けないインターネット上の行動というのは、基本的に匿名で行われる。したがって、加害者は基本的に匿名であり、被害者が被害回復をしようとすれば、それを突き止めるところから始める必要があるということになる。まずは、犯人捜しから始めないといけない。これは大きなハードルである。そして、その犯人捜しについては、いろいろな方法があるが、誹謗中傷(名誉毀損)であれば、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(プロバイダ責任制限法。なお、しばしばさらに縮めて「プロ責法」と称される)に基づく、投稿者の情報の開示請求が代表的な手段である。具体的には、投稿がされた掲示板・ブログ等のコンテンツプロバイダに対してIPアドレス(インターネットに接続する個別の端末を識別する符号。インターネット上の電話番号・住所のようなもの)の開示請求を行い、IPアドレスの開示を受ける。インターネットに詳しくない、それで終わるのではなくて、さらに、そのIPアドレスから接続に使った通信会社(経由プロバイダ)を割り出し、その経由プロバイダに対して、投稿者の氏名と住所の開示を求めて、2度目の開示請求をする、ということになる。通信記録は一定期間で処分されるのが通常であるので、以上の手続は非常にすばやく行わないといけない。また、プロバイダ、特に、投稿者の氏名と住所を保有している経由プロバイダにおいては、任意に開示請求には応じない。したがって、経由プロバイダを被告として裁判を起こして、判決で、投稿者の氏名と住所を開示するよう命じてもらう必要がある。これは別にプロバイダが悪徳業者ということではない。開示の要件を満たすかどうかの判断は困難であり、判断を誤って開示してしまった場合、プロバイダは投稿者のプライバシーを違法に侵害したとして、法的な責任を追及されることになりかねない。一方で、開示拒否の判断については、故意または重大な過失、つまり、故意にもしくは、重大な不注意で判断を誤った、という事情がない限りは責任を負わない(プロバイダ責任制限法4条3項)。要するに、法律が、プロバイダに対して、原則は非開示ということで対応しなさい。法律上のその例外を主張する、という態度を採用しているということである。そのため、プロバイダとしては拒否をしておいて、被害者は裁判に訴え、裁判所の判断に従う、という対応を取ることになる。読者の方も、一度くらいは、「ネット上の誹謗中傷問題の解決は難しい」という報道を目にしたことがあると思う。そもそも、スタートライン、つまりは、加害者に請求する時点までに達する(そして、費用的にも高額)のである。さらに、悪口であれば何でもかんでも、発信者情報開示が認められるのかというと、そうではない。法律の要件は、主として「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)とあるとされている。権利侵害の明白性が必要である、ということである。これは、単に違法であるというだけではなくて、違法化される事情もうかがわせないということまで求められる、ということである。ある言説によって、不名誉な事実があるとしても、それが社会の正当な関心事であって、相当な根拠があれば、そのような表現は適法となる。典型的なのは、政治家の汚職や、会社においてはいわゆる環境の問題、企業不祥事これに該当する。悪いことをしていないという事実について、一応の証明が必要であるということであり、これを証明するのはかなりの負担であり、開示請求の負担をさらに増大させている。『インターネット・SNSトラブルの法務対応』において繰り返し触れたところであるが、ひどい悪口でも裁判所は、表現の自由(憲法23条1項)への配慮から容易に開示を認めないので、被害者側としては、かなり厳しい状況が続いている。これについては、『インターネット・SNSトラブルの法務対応』51頁で触れているので、詳しくはそちらを参照してほしいが、「バカ」はもちろんのこと「妄想」、あるいは企業の関係では、社長が従業員を精神的に追い詰めて辞めさせるなど、かなりキツイ表現であっても、開示請求が認められていない。なお、2022年10月1日から、プロバイダ責任制限法の改正法が施行された。これにより、1つの手続(裁判)で、発信者の氏名・住所までたどり着けるようになった。これは、1つの手続内で、コンテンツプロバイダと経由プロバイダの双方を相手にする裁判を起こすことができるようにするというものである。具体的な内容は、コラム1をご覧いただきたい。したがって、あくまで、開示請求の手続上の負担が減るというだけである。これまで開示が認められなかった投稿が、ハードルが下がって新たに認められるようになるというものではない。発信者情報開示請求の弁護士費用は、40万円~60万円程度+実費+消費税といったところであり、海外業者が関係するなどの場合は、100万円近くになることもある(なお、上記の簡素化された手続が創設されれば、弁護士費用が低廉になることは期待できる)。個人の被害者にとっては大変な負担であることは論をまたないところであるが、企業であっても、右から左へと支出できるような金額ではない。コラム1 改正法に期待! 新制度って何?これまで述べてきたように、発信者情報開示のハードルは高い。そのハードルの内訳は、コンテンツプロバイダと経由プロバイダに対してそれぞれ発信者情報開示請求をする必要があるため、1回ないし2回の裁判手続を要求されるということである。開示の条件として権利侵害の明白性が求められる、という2点に起因している。そもそも、他の名誉毀損事件、例えば雑誌等であれば、いきなり出版社を訴えることができる。しかし、メディアがインターネットになるだけで、訴える前に2回も裁判をしないといけないことになる。しかも、権利侵害の明白性という高いハードルが設けられている。このハードルを越えられないと、そもそも加害者を訴えることができない、いわば門前払いということになる。もちろん、インターネット上の情報は、すぐに信用されるとは限らないということ、出版などと違って、安易に安直な情報が発信されているし、そういう素朴な感想、世間に流通することはそれ自体に価値がある。インターネット上の表現が、虚偽やそれ以外の表現よりも責任追及をしないというのは、それなりに理由があることかもしれない。他人にたいして否定的な表現をすれば、すぐに、自分の個人情報が相手に知られてしまい、いつ訴えられるかわからないというのであれば、誰も怖くてインターネットに投稿をすることは難しくなるだろう。もっとも、それでも、2回も裁判をしないといけないというのは、あまりに高すぎるハードルである。また、このハードルの高さは、発信者からすれば自分を守る壁になっていると解する(発信者情報開示請求をする)請求者が、この壁を一度越えた場合、双方にとって、次に述べるような状況が生じる。先に述べたように、このようなケースで責任追及をしないとしても、発信者情報開示請求には、弁護士費用を含めて、50万円~100万円近い費用がかかる。一度壁を越えて発信者に迫った請求者というのは、発信者に賠償請求をする時点で、それだけのコストを費やしているのである。そうであるとすれば、請求者としては、もう後には引けない。何としても、弁護士費用+自分が希望する慰謝料額の全額を獲得したいというのが、自然な感情であろう。そうすると、請求額は、100万円を超え、200万円を上回ることも珍しくない。筆者の経験上、訴訟の段階で、200万円から300万円程度の慰謝料の請求がされることが多い。他方で、仮に270万円から300万円の賠償が認められないとしても、200万円ないし300万円の慰謝料と弁護士費用との合計でこの金額になる、ということもある。ただ、そもそもこのような多額の支払を左右する裁判を左右する者はそうそういない。そして、たとえでも、実際の損害額の基準からいえば、100万円に満たず、うまくいって50万円前後である(もちろん、投稿次第である)。そうすると、発信者としては支払に応じられない。請求者としては、元を取りたい。弁護士費用を支払って無批判に終わりたいということがお互いに強引にならざるを得なくなってしまう、ということである。発信者情報開示請求について、これほど高額な費用がかかりながらすれば、請求者においても、途中で交渉の余地があり、発信者も応じることでできる水準の金額で解決できるかもしれない。このような解決ができない発信者情報開示請求のハードルの高さが、開示後の紛争の解決の困難にもつながっている。要するに、発信者情報開示請求の困難性は、請求者(被害者)だけではなくて、発信者(加害者)にとっても、開示費用も賠償額の全額を支払わなければいけない、ということであり、問題解決の支障になっているということである。このような状況は好ましくないので、発信者情報開示請求について、特別な裁判手続を創設する改正法が施行された。総務省は、「発信者情報開示の在り方に関する研究会」を設置し、令和2年4月以降、有識者らにより検討が進められ、同年11月に「発信者情報開示の在り方に関する研究会 最終とりまとめ(案)」が作成された。これを受けて、令和3年4月には、プロバイダ責任制限法の改正案が閣議決定され、衆議院に提出され、衆議院で可決され、参議院で可決・成立し、公布された。法案は複数あるが、その骨子は、発信者情報開示請求のため、正式な訴訟ではない特別な裁判手続(非訟手続)を創設し、コンテンツプロバイダと経由プロバイダへの開示命令を1つの手続で審理して発令できるというものである。また、海外事業者が関連する案件においても(正式な「訴訟」ではなく、おそらくは国際郵便が利用できるようになる)手続が提案されている。要するに、2回も裁判を繰り返す必要がなくなることが期待できる。上記改正は、本書執筆時点ですでに施行され、利用した弁護士からは課題も指摘されているが、概ね合理化・迅速化については、高評価である。そのため、発信者情報開示請求に費やす労力と金銭は、相当程度減じられることが期待できる。具体的には、3分の2、あるいは半額、海外業者が関連する案件であれば、従来の半分未満の費用と期間で請求が行えることもある。また、正式な訴訟であれば、双方の出頭は必ずしも必要ではないし、そうなると、経由プロバイダが東京に集中している関係で、ほとんどの裁判が東京地方裁判所で行われていた(民事訴訟法4条1項・4項により、被告プロバイダの最寄りの裁判所で裁判することが原則である)が、出頭を要しないのであれば、地方の被害者が地元の弁護士に依頼して、発信者情報開示請求をすることも容易になることが期待できる。もちろん、このように発信者の特定までの手続が簡易化・合理化され、コストも削減されたとしても、中で賠償するかどうか問題(賠償金が十分な金額にならない)の解消は、まだまだのことになりそうである。ただそれでも、新制度は、ネットトラブル、特に誹謗中傷等の被害に悩んでいる個人・法人にとっては福音になることは間違いないであろう。本書執筆時点ではまだ制度が始まったばかりだが、コンテンツプロバイダの中には、手続の進行に非協力的なところもあり、まだまだ課題は多そうである。(2) 十分な金額の判決が得られない現実とその理由さて、開示請求が無事に成功して、加害者の氏名・住所を得たとして、それはあくまでもスタートラインである。そこから、損害賠償請求をしなければならない。日本の法律上、不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)の制度は、あくまで損害賠償が問題となっている。填補賠償とは、不法行為が生じた損害を埋め合わせる金額が賠償として認められる、ということである。このように書くと、被害全部を賠償してもらえるのであれば問題はないのではないか、と思われるかもしれない。しかし、ここでいう損害というのは、損害本体のみならず、その加害行為と因果関係を証明する必要がある。つまり、賠償が受けられるのは、その損害と加害行為との因果関係が証明できた範囲に限られる、ということである。しかも、金銭賠償の原則(民法722条1項・417条)といって、請求できるのは金銭のみになるのが原則である。したがって、デマにより名誉を傷つけられたので、それを打ち消すような広告をしてほしい、転載されたデマ投稿について削除してほしいなどを求めることができないのが原則である(謝罪広告という制度はあるが、認められるのは稀である)。そうすると、結局、実際に被害回復はしてもらえない、お金で解決するしかないということになるが、その肝心のお金についても、証明ができた範囲でしか認められず、その金額にはならない、というのが現実である。個人の被害者であれば、その損害は精神的苦痛であり、賠償金は、それに相当する慰謝料ということになるが、この金額は十分ではない。慰謝料というのは精神的苦痛をいわば金銭に換算するものであるが、その相場は非常に安い。インターネット上の投稿については、概ね30万円から50万円程度が平均である。10万円未満ということすらあり得る。100万円を超えるような金額が認められることは稀である。実例を挙げると、実名や顔写真を掲載して、性的な悪口を10回以上投稿したという事案において30万円が認容された判決(東京地判平成28年9月2日 平成28年(ワ)7502号)がある。同事件においては、原告の主張によれば、投稿者を見つけるまでに67万円も費やしたと主張しており、それも請求しているが、一部しか認められておらず、最終的に認められた賠償額は上記(30万円)のとおりそれに満たない金額にとどまっている。上記の事柄の他に、たいていは、弁護士費用にする満たない場合が大部分ということである。なお、一部の報道で、加害者が200万円、300万円を支払った、というような目を見張ることもあるかもしれないが、それらは特殊な例である(詳細はコラム2で解説する)。このようにネット上の表現トラブルに関する慰謝料相場が低いのは、そもそも慰謝料相場全体が低額である、ということが理由である。ネット上の表現トラブルに関する判例集だけが安いのではない。これは、筆者が、慰謝料の関係する法律相談の場において、わかりやすいのでいつも例に挙げていることであるが、死亡慰謝料の相場が2000万円というのが、1つの要因になっている。つまり、人間にとって最も言い難いであろう「死亡」という辛さ、それが2,000万円(もちろん、増額の余地はある数字である)である以上、ネット上の投稿に対する「辛さ」について死亡慰謝料の相場の1割すら認めてもらえないのは当然であるということである。以上は、個人が被害者の場合である。それでは、企業の場合はどうかというと、さらに困難である。企業の損害の根拠は、営業妨害、事業への支障、対応コストなどになるであろう。しかし、裁判所は、ネットの投稿については、「対応時間×時間単価」や「売上減少××××万円」など、そのような金額を積み上げた計算で賠償額を算定してくれない。個人の場合と同様に、ある程度どんぶり勘定で、「一切の事情を考慮して、…ということになり、あまり高くない、弁護士費用にも満たない金額が認容されるにすぎない。ネットの投稿が原因で取引を中止されたとしても、その事実は被害者からはわかりにくいため、証明の余地がない。事業者間取引でも、「ネットで御社に関する投稿を見たので、取引を中止しました」というように言われることは通常考えにくい。「取引を中止する」企業側はそのようなことを説明する義務はなく、そもそも、ネットの記事を真に受けたとも思われたくもないだろうが、ネットの記事が取引中止の原因であるとは告げられない。消費者との取引では、そもそも取引を始めてもらえない(顧客になってもらえない)ので、これまで取引を始めていた。したがって、損害の賠償額について、算定すること自体が非常に難しいことも裁判所で認められる金額の低さにつながっているだろう。裁判例も、企業にとっては厳しいものが多い。たとえば、企業の製品についてその製品と同じ名前のドメインを取得し、その製品が低品質であるなどと記載した事案でも、1,000万円の請求に対して65万円が認容されたにすぎない(大阪地判平成29年3月21日平成28年(ワ)7383号)。なお、同事件において、原告は、発信者情報開示請求の弁護士費用相当額として100万円を請求している。実際に支出した金額は不明であるが、大きく離れないと仮定すると、結果としては、訴訟で被告を回復どころか、「赤字」になった、つまり、経済的には損を広げてしまったといえる(もちろん、問題のウェブサイトを閉鎖させることが目的であったと思われるので失敗と判断することはできない)。他に、架空の口コミ投稿をすることで、業界の比較ランキングサイトにおいて、自己を1位と表示した事件において、競合他社が賠償請求をしたという事案がある。原告は、行為者の特定費用43万2,000円を含む合計354万円を請求したものの、ウェブサイトそのものの掲載による損害は認められず、弁護士費用のうち8,877円が認められたにすぎない(大阪地判平成31年4月11日平成29年(ワ)7764号)。もちろん、このような投稿(ウェブサイト)を企業としては決して放置できない。したがって、このように訴えて違法性を確定させること、投稿を削除させ、二度と同様の行為に及ばないようにさせるためにはやるべきである。企業としては放置できないので、被害が拡大防止はできるし、やらざるを得ない場合もある、ということである。コラム2 ネットトラブル加害ガチャ『加害者SSR』を引けばラッキー?このコラムのタイトルを付けたのは、やや抵抗を覚えた。しかし、ネットトラブル、特に違法な投稿の被害とその回復には、こう言わざるを得ない、身も蓋もない現状がある。それを明確に、それで印象的に説明するには、これが一番と思われるので、あえて付けた次第である。最近のスマートフォンやタブレットで遊ぶゲームの大部分は、最初にお金を払う必要がない(なんなら、最後まで1円も払わなくてもよい)。ただ、お金を払うことで、ゲームを有利に進めるアイテムやキャラクターを入手することができる。購入にあたっては、自由に選択肢から選ぶこともできるが、そうではなくて、俗に「ガチャ」といわれる、一種のくじ引きを行い、ランダムでアイテムやキャラクターが手に入る、というシステムになっている。当然このアイテムやキャラクターが登場するまで、繰り返し購入(地のもの)をするのである。後にクレジットカードや携帯電話会社の料金と合算請求されるので、これを俗に「課金」という)をすることもある。これで、合計額が高額になる、特に未成年者が利用して親に高額請求が来ると、社会問題になったこともある。このように、ガチャで手に入るアイテム、キャラクターの中で、貴重で(滅多に出ない)、強力なものを「SSR」などという。RとはRareのRであり、貴重であるという意味である。SはSuperであり、特に貴重であることを、それが2つ重なるので、「SSR」とは、どこまでも貴重である、という趣旨である。さて、ゲームの解説から離れて本題に戻るが、すでに述べたとおり、ネットトラブル、特にネット上の表現トラブルにおける賠償金は非常に低いというのが現状である。また、10万円もかけて、せっかく特定しても、実際に被害を回復するまでには大きな負担が伴う。もっとも、以上は、裁判で判決まで争った場合である。被害回復に要する費用という話も、加害者が認諾された賠償金を任意に支払わない場合である。ネットトラブルに限ったことではないが、すべての法の紛争が裁判に持ち込まれて判決まで至るわけではない。話し合いで解決せずに判決になり、そして強制執行が成立しない場合に、判決に至るのである。また、強制執行も、被告が任意に履行(支払)に応じない場合にのみ必要になるものである。したがって、裁判を起こす前に、加害者が任意に支払に応じる、それも高額な支払に応じれば、費用を負担しようとする問題は発生しない(ただし、事件のあった事実は残るので、3の問題だけは残る)。裁判であっても、数十万円程度の賠償にしかならない見通しなのに、100万円、200万円といった弁護士費用を払っても任意に相当な金額を支払うケースがあるのか。加害者は「損」なのではないか。そういうケースはたしかに存在する。しかし、数割合においてはわずかであるが、そういうケースはたしかに存在する。たとえば、投稿が脅迫などの内容を含み、刑事事件になっている場合や、加害者が公務員など、そのような処分や懲戒に弱い身分を受けるリスクのある場合、あるいは、それらの事情がなくても、「裁判だけは勘弁してほしい」と裁判について強い忌避感のあるケースなどがこれに該当する。このようなケースにおいては、加害者としては請求を争った場合に、お望み以外になろう(と思っている)ものが多いため、高額であっても、早期に示談する動機があるので、100万円、200万円、あるいはそれ以上の金額で解決が成立するということである。もっとも、ネットトラブルの加害者が、どのような人物であるか、その人物を発信者情報開示請求などで特定するまでわからない。そのため、加害者が任意の支払に応じるかどうかは、運の善し悪しの問題としか言えない。たとえば、未成年者などであり、かつ、反省についても誠実であるケースであれば、被害回復は困難に終わることもあるだろう。つまり、このような誤解が生ずるかどうかは、全く運の問題である。ただ、加害者が特定できる場合であれば、その数に比例して、上記のような解決ができる可能性が増える、ということである。これこそ、まさに、上記の「ガチャ」のようであり、いわゆる「加害者ガチャ」といえる。個人であれ、企業であれ、被害者としてはその被害に相当な損害の賠償が本当に得られるのか否かが決まってしまうのはたまったものではない。だが、それを望まない現実として、このような「加害者ガチャ」次第であることは、留意する必要がある。ネットトラブル案件で、「高額の賠償で解決」という話を聞くこともあるが、これは、加害者のほうに、上記のような事情があった、非常に幸運なケースである場合がほとんどである。裁判で勝って勝負に負ける話誹謗中傷をはじめとするネット上の加害行為の賠償金が安いことについては、(2)において繰り返し強調してきたところである。ただ最近は、裁判所としても、このような事態について問題意識があり、発信者情報開示請求、つまり加害者を見つけるのに費やした弁護士費用を賠償金に加算する、あるいは、そのまま加算しなくても考慮して金額を引き上げるとういこともある。また、そもそもの慰謝料や名誉毀損の金額の算定を高めにする傾向もないわけではない。もっとも、はっきりとした統計上のデータがあるわけではなくて、あくまで、筆者の事件処理上の実感にすぎない。また、ネットトラブルの加害者というのは、裁判外の請求に対しても、裁判になっても(訴状が届いても)、一切を無視するという者も一定数いる。この場合、裁判のルールとして、訴状を受け取っているのに欠席をすると、原告の言い分をすべて認めたという扱いになる。慰謝料というのは法的な評価の話なので、欠席裁判でも満額認められるとは限らないが、基本的に争いがないのであれば、裁判所は非常に高額な慰謝料を認める。そのため、加害者が欠席する、欠席しないまでも、弁護士を付けず反論ができないなどの事情により、裁判所が被告をきちんと認定してくれて高額な判決を得られる場合もないわけではない。したがって、弁護士費用を支払って、まだ余りある・被害回復できる程度の賠償判決を得られた、つまり、裁判に勝つこともあり得る。では、そうであれば、それでめでたしめでたしといえるかというと、もちろん(?)そうではない。民事裁判の判決の主文(判決の結論)には、このような記載がされる。すなわち「被告は、原告に対し、金100万円を支払え」というような記載がされる。なお、実際は、これに加えて、遅延損害金といって、被害の発生日から年3%の利息と、訴訟費用という印紙代の負担なども命じられる。では、裁判所が、「100万円を支払え」といっているのであるから、自動的に被告が支払ってくれるのかというと、そうではない。また、裁判所が勝手に取り立ててくれるかというと、それもそうではない。もちろん、被告の家に押しかけて、勝手に財産を持ち出すなんてことも当然許されない。そんなことをしたら、今度は、こちらが恐喝罪いわれ、責任を問われることになりかねない。裁判所の判決が出れば、みんなそれに従うのかというと、そうではない。意外に思われるかもしれないが、裁判所の判決を無視する(される)ケースは少なくない。判決をして判決まで終わった、勝訴した、控訴もされずに確定した、でも、支払ってくれない、というような相談を弁護士が受けることはしばしばある。裁判所の判決に従わないことについては、罰則は存在しない。これが、刑事事件であれば、罰金を支払わないのであれば、その「代わり」に労役場留置といって、1日5000円、罰金50万円であれば100日間、労働を強制されることになる。しかし、民事訴訟には、そのような制度はない。では、裁判所の判決で認められた賠償金について、被告が任意に支払わない場合はどうするか。この場合、強制執行といって、裁判所に申立てをして、裁判所により、強制的に債務者(強制執行の段階に至った場合、申し立てる元原告を債権者、その相手方である被告を債務者という)の財産を差し押さえるという手続をとることになる。ただ、この手続が非常に大変である。自動的に裁判所は強制執行をしてくれない。裁判所に行って、各種の証明書を取得し、その上で申し立てる必要がある。また、このときに、「どの財産を差し押さえるか」を指定する必要がある。しかし、そもそも債務者の財産というのは、他人の財産の中身である。ある人がどこにどういう財産を持っているかなど、通常はわからないことがほとんどである。たとえば、不動産であれば、その場所がわかれば、登記簿をみて、不動産が所有者を探り出すことはできる。しかし、逆方向、つまり、所有者から所有不動産を割り出すことは容易でない。給料の差押えは、心理的にもプレッシャーをかけることができるので、これも有効ではあるが、そもそも勤務先がわからないことが通常である。また、預金を差し押さえようにも、銀行名だけではなくて、多くの銀行(特に都市銀行)は、支店名までの特定を要求される。ATMやネットバンキング全盛の今日においては、債務者の最寄りの支店に口座があるとは限らない。となると、現実的には預金の差押えも非常に難しい、ということになる。さらに、動産執行といって、債務者の自宅に赴いて、その家財道具等を差し押さえる手続もあるが、これまた非常に困難である。費用も手間もそうであるが、そもそも、差し押さえられる財産がないことがほとんどである。家電製品も、買えば100万円するものでも、売ると1万円にもならない、ということはしばしばである。しかも、生活必需品は差し押さえることが禁じられており、現金は、66万円を超える部分しか差し押さえることができない(民事執行法131条3号 民事執行法施行令1条)。今日、自宅に66万円を超える現金を保管している例は稀であろう。したがって、判決はしばしば、「絵に描いた餅」に終わるのである。ここまでやって、費用をかけても、1円も手に入らない。むしろ、強制執行のために時間と費用をかけてしまって傷口を広げる、いわば「裁判で勝って勝負に負ける」ということは、頻繁に起こる(弁護士であれば、誰しも一度は経験のあることだろう)。このような、裁判所の判決が絵に描いた餅になってしまう現状は、長年、問題視されてきた。そこで、近時の法改正で、財産開示(民事執行法196条以下)、あるいは、第三者からの情報提供(銀行から口座情報を得るなど)(民事執行法204条以下)という制度が創設された。もっとも、このような制度は無条件で使えるわけではない。また、これらの制度を利用するにあたり、別にコストがかかる。また、これらの制度を利用してもわかることは、債務者の財産の場所だけである。債務者が十分な財産をもっていないのであれば、結局は、賠償金を回収することが不可能であることに変わりない。それでもやっぱり回復できない無事に裁判で勝ち、財産を見つけ、強制執行をして、それで判決どおりに回復できたとしても、やっぱり被害は回復できない。ここまで「フルコース」でやった場合、弁護士に支払う費用はもちろんのこと、時間も相当かかる。さらに、弁護士費用は各自負担が原則である。被害者といえども、自分の弁護士費用は自分の財布から出さないといけない。費やした時間も戻ってこない。法律上、年3%の利息が発生するルールになっているが、時間に見合う価値は通常はない。しかも、企業の場合、誹謗中傷によらず、自社の商品やサービスに関するデマにせよ、情報漏えいや悪用、著作権侵害にせよ、できれば、過去のものにしたいところである。時間がかかって、それで解決したという場合、これのプレスリリースをすると、「まだやっていたのか」あるいは「え、そんなことがあったのか」ということで、蒸し返すことにもなりかねないからである。そのため、コラム2で述べたようなケースでもない限り、裁判に勝ち、差押えにも成功しても、やっぱり被害は回復できないのが実情である。コラム3 差押の必勝科目「強制執行制度の説明」「町弁」という言葉を聞いたことがあるだろうか。マチベンとカタカナで書かれることもある。どういう意味かというと、普通の街にいる弁護士、町医者の弁護士版であり、個人の依頼者をお客とする弁護士のことである(もちろん正式な定義があるわけでもないので、これは筆者の理解である)。企業によってですら、弁護士に依頼することはそうよくあることではない。個人であればなおさらである。したがって、町弁は、依頼者にとって最初で最後の弁護士となることが多い。これまでに弁護士に依頼したことがなく、たぶん、これが最初で最後の依頼、ということである。そうなると、町弁としては、依頼を受けるのであれば、あらかじめ詳しく依頼者に説明しないといけない。さもないと、こんなはずじゃなかったとトラブルになるからである。特に個人の間のトラブルだと葛藤案件(双方の感情的対立が激しい案件)も多く、期待外れになると、弁護士に矛先が向いて、それこそ弁護士とのトラブルに発展したりする。これは、勝てるか負けるかの問題はもちろんであるが、それまでにどの程度の時間かのかるのか、勝てるとしても、大綱なのか辛勝なのか、そのような説明も必須である。そして、それよりも大変なのが、「強制執行制度」の説明である。裁判で判決が出れば、自動的に支払ってもらえる、相手方はお手上げで観念して判決にすぐさま従うはず、絶対に裁判所が自動で引き落としてくれるなどという誤解は根強い。しかし、判決が出るまでにこれだけ楽で、しかも個人が相手ということになると、双方の感情対立は激しい。筆者の経験上も、被告席を担当して、支払いを命じる判決が確定したにもかかわらず、一切支払わない、「支払う気はない」と明言される方もまたあった。また、被告側を担当して、「自分で払う気はないので、勝手に差し押さえてもらってよい」などと言われることもしばしばであった。特に訴える側からすると、市民感覚でいえば、「裁判所の判決が出れば自動的に支払ってもらえるはず」というのは自然で一般的な感情であるが、説明してきたとおり、それは実態とは異なる。この点、つまり、判決というのはしばしば絵に描いた餅になってしまうこと。その他に描いた餅を食べられるようにするには、つまり強制執行してお金にするには、相当な苦労が必要であり、しかも、それができるという保証もないことを依頼者に十分説明する必要がある。弁護士であれば、筆者も含めてそのほとんどが、勝訴判決が絵に描いた餅になってしまった経験がある。しかし、これは、市民感覚からは大きく乖離している現実である。この点について説明を尽くすのは、特に当事者が一般市民・個人である町弁にとって必須のテクニックであり、いわば必修科目であるといえる。以上は、町弁の案件、つまり紛争の当事者が一般市民であるケースだけの間題ではない。一方当事者が企業の場合、つまり、本書を手に取るような企業の法務担当者や弁護士であっても、同様のリスクがある。なぜなら、企業に対して、ネット上の表現等で情報発信の加害者になるのは、いずれも個人であることがほとんどであるからである。誹謗中傷のケースであれば、ライバル企業が工作をするというようなことは想定しがたい。一般市民、消費者などが中傷を投稿することがほとんどである。そうすると、上記のうち、絵に描いた餅の問題というのは、企業にとっても常に存在することになる。また、情報流出のケースも同様である。この場合、加害者(事故を起こした者)は、企業自身の従業員ということになるが、従業員は個人である。そうすると、その従業員へ賠償請求すると、やはり個人相手の差押えの問題にぶつかることになる。ネットトラブルにおいて、企業が基本的に被害者になることが多く、加害者はほとんど個人である。したがって、企業間紛争のように「相手に払わないリスク(ただし、倒産する会社で財産がない等のケースを除く)をあまり考えないでよい」ということにはならないのである。