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安全配慮義務違反

Aは呉服屋を営むB会社に就職して1か月の新人社員であった。ある晩、AはB会社よりB社の寮のアパートでの新人研修のために食事を準備するため同僚Cの部屋を訪れていたところ、寮の1階でたむろしていたD、Eに、「見ないで、Cの部屋に行く」と告げてアパートに入ると、突然、Cに羽交い絞めにされてAの部屋に連れ込まれ、従業員の名前を名乗る2人から、Aは顔面を殴られ、甲歯車数本を折るなどの傷害を負い、現金約5000万円相当が盗まれてしまった。Aは運ばれた救急病院での警察官の尋問の際に上記の事情を話したが、警察の調べでは、従業員全員にアリバイがあり、連絡がついたのを偽って乱入したらしい。Aは傷が深く、病院に運ばれた際に翌日に死亡した。警察の捜査にもかかわらず、上記事件から3年半経っても本件の犯人は捕まっていない。なお、Bが設置した甲建物には、訪問者を確認できるようなインターホン施設や防犯チェーン、防犯ブザーなどは設置されていなかった。AはB社を継いだC母以外には親族はいない。この場合、DがB会社に損害賠償請求するとしたらどのような法的構成が考えられるかについて、相手方から予想される反論も踏まえつつ、検討しなさい。●参考判例●① 最判昭50・2・25民集29巻2号143頁② 最判昭55・12・18民集34巻7号888頁③ 最判昭56・2・16民集35巻1号56頁④ 最判昭59・4・10民集38巻6号557頁(2) Cは、隣家または契約不適合を視野に、Aとの甲地の売買契約、Eとの乙建物の建築請負契約およびDとの融資契約の取り消しまたは解除を求めることができるか。●参考文献●角田美穂子・吉満正道10頁(参考判例①坪田)/竹濱修・平成15年最重判117頁(参考判例②神田)/久保井之・平成15年最重判70頁(参考判例③判田)●解説●1 責任の発生及び法的構成生命・身体等の被害が発生した場合、判例は、戦前の大審院判決(大判大正15・2・16民録5巻159頁)以来、死亡に至っていれば、債務不履行責任に基づく損害賠償請求を相続人が構成するという構成をとっている。そこで、本問では、死亡したAに発生した損害賠償請求権を唯一の相続人である母親Dが相続することになる(896条1項)。人が、Aを殺した犯人に対して、民法709条の不法行為を理由とした損害賠償を請求するのは明らかである。また犯人への使用者責任(715条)を本問で、甲建物に侵入した者の身元が判明していないため、犯人がB社の従業員であるか、Bの被用者といえるかなどの議論がなされていた。その犯人の加害に加わった者にも共同不法行為責任(719条1項後段)が発生する可能性もある(共同不法行為については→本書参照)。しかし、犯人はAを殺した犯人ではないのだから、この損害賠償請求権はすでに犯人に届いた賠償請求権に基づいている。また、犯人が本件取引の時点で、B社の従業員であれば、Bに使用者責任に基づく損害賠償を請求することも考えられる(使用者責任については→本書参照)。しかし、犯人はB会社の少なくとも現在の従業員ではないため、使用者責任の請求は困難である。そこで、考えられるのが、B社は従業員Aに対して雇用契約関係上の信義則に基づき、その生命・身体・健康等の安全に配慮すべき義務を負っており、この安全配慮義務違反によって生じた損害に対して債務不履行責任に基づく損害賠償責任を負うという安全配慮義務違反である。安全配慮義務は、日本で1960年代半ばから、労災・職業病事をめぐる損害賠償訴訟において認められた義務概念である。始めて安全配慮義務を認めた判例(陸上自衛隊事件)、その後、最高裁は「国は、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っている(国家公務員安全配慮義務)。その設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務遂行に当たる上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っているものと解すべき」であるとした。最高裁が安全配慮義務を債務不履行の問題と捉えたのは、右のような事案において、当該法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係にある当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきもの(上述①)からと説明した。以後、安全配慮義務概念は、労災・職業病を中心に、学校事故その他で広く議論されるようになった。本問のCもBが負うとする安全配慮義務違反を理由とした債務不履行に基づく損害賠償請求を締結したとして、Bに損害賠償請求しようとの場合、問題となる安全配慮義務の内容と義務違反の事実、信頼関係、すなわちAを相続したので、使用者責任、債務不履行に求められるべき事由がそもそも証明困難であること、その証明は債務者であるが(参考判例①)、Bは従業員でもない犯人がしたことには責任は負わないなどとして争うことが考えられる。しかしながらこうしたような事案で、最高裁は、従業員を宿泊させるならばその安全を確保するために、ドアを強く叩くなどの侵入者の存在を認識できるインターホンやドアチェーン、防犯ブザーなどの安価で設置できる安全配慮義務がある。これらを怠ったとして、安全配慮義務違反を理由とする債務不履行責任を使用者側に認めた(参考判例③)。本問でも、Bには宿泊者の安全配慮義務違反の相手方として、BはCに損害賠償請求を行う。この場合、AはBに損害賠償請求するにあたって、B社の建物に侵入した犯人が誰であるかを特定する必要はない。この場合、本件の状況とB社が負うべき安全配慮義務の内容を踏まえて、B社の建物に侵入した犯人の行為がAの死亡と因果関係があると主張立証できれば足りる。なお、犯人が誰であるか特定できないため、本件のような犯人が誰であるか特定できないことは、安全配慮義務を負うことはない。なお最高裁は、安全配慮義務の「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触関係」に生じる義務として、その成立を肯定するが、そこでの裁判例は、契約関係にない第三者に対する安全配慮義務などは、現在までの判例では認められていない。そこで刑事訴訟法など、契約関係にない第三者に対する安全配慮義務の成否も問題となる。2 安全配慮義務違反の債務不履行責任の法的効果ところで、本件で、DはCに生じた生命侵害を理由とする逸失利益の賠償請求権の相続を前提とするのであるが、これらの請求の根拠は民法711条の不法行為を理由とする損害賠償請求権であるだろうか。この問題に対して、判例は、安全配慮義務違反は債務不履行であるから、使用者契約関係にある労働者に対して負う責任であって、遺族は使用者と契約関係にないから、安全配慮義務違反を理由に、遺族の慰謝料を請求することはできないとし、また、一定の期間の慰謝料の請求を認める民法711条は不法行為責任に適用される規定であって、債務不履行責任については適用できないとして、遺族の慰謝料請求を否定する学説の一部が見解を否定した。他方で、債務不履行に基づく損害賠償請求の場合、一般的に、弁護士費用を損害として認める裁判例もあるが、最高裁は、安全配慮義務違反を理由とした債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟でも弁護士費用を損害と認めるという判断について、それが相当因果関係の範囲内であれば認められるとしている(最判平24・2・24判時2144号89頁)。3 民法改正との関係安全配慮義務は判例・学説で認められてきた概念であって、民法に明文の規定はない。2017年改正民法でも、安全配慮義務は民法に加えられなかった。安全配慮義務は、2007年に成立した労働契約法5条で使用者が労働契約に付随し、労働者にその生命、身体等の安全を確保しつつ労働できるよう必要な配慮をする義務」と規定されているため、民法の安全配慮義務をあえて入れる必要はない、労働法との調整も必要となるため、民法の条文には置かれないままになったという。ところで、安全配慮義務違反による債務不履行構成は、同一の事象について不法行為責任も成立しうる場合でも、後者に基づく損害賠償請求権が短期消滅時効期間の満了から3年の消滅時効にかかる(2017年改正民法724条の2)に対して、前者は、債務を履行することができる時(同法166条1項)から10年(同法167条1項)といういわゆる「時効メリット」があることが指摘されてきた。本問でも、Aが死亡した以上はBの従業員であることが使用者責任を構成した場合には、上述のように、民法715条の使用者責任を理由とした損害賠償も考えられるが、本問では、すでに事件から3年以上が経過しているとの記述もあり、この短期消滅時効が完成していることになる。この場合に、安全配慮義務違反であれば、なおBに損害賠償請求できるのである。民法改正では、債務の一般的消滅時効期間が長期に重点化され、従来の権利を行使することができる時から10年の時効期間(166条2項)に加え、権利を行使することができることを知った時から5年の短期時効期間が導入された(同項1号)。従来は、安全配慮義務違反の債務不履行を理由とした損害賠償請求権を行使することができることをもって10年の時効期間だったのが、半分の5年になってしまうのだから、時効メリットは大きく失われたことになる。他方で、改正民法は、人の生命または身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効期間について長期時効期間として20年とし(人の生命または身体を害する不法行為による損害賠償請求権の短期消滅時効については、3年から5年に伸ばした(724条の2))。また、生命侵害の場合の損害賠償請求権については、被害者またはその法定代理人が損害および加害者を知った時から5年の短期消滅時効期間も適用され、また、これを知らないうちは、いずれにせよ権利を行使可能な時ないし不法行為の時から20年の長期消滅時効が適用されることになった点に注意を要する。なお、2017年改正法の施行日(2020年4月1日)以前に債務を生じた場合には、なお従前の例による(附則10条4項)。●関連問題●窃盗罪で罪に問われ懲役2年の刑となったAが刑務所に収容されてから1年後に行った労働作業で、使用していた機械が故障したことによる誤作動で、Aは指を切断する負傷を負った。Aが出所してから3年後にAは国を相手どり安全配慮義務違反の不履行責任ないし、国家賠償法上の責任に基づく損害賠償請求をした場合、この請求は認められるか。●参考文献●北原功・吉満正道『補訂/浦川/土屋セミナー963号』(1985)135頁/北原功・平成25年最重判74頁/高見1169頁