任意的訴訟担当
A国は、日本で国債を発行し、多数の日本の個人や企業がそれを購入していた(いわゆるサムライ債)。この発行の際、A国は、債券の内容等を債券の要項で定めた。B銀行との間で、Bを債券管理会社として管理委託契約を締結した。本件管理委託契約には、債券管理会社は、本件債券保有者のために本件債務に基づく弁済を受け、または債務を保全するために必要な一切の裁判上または裁判外の行為をする権限および義務を有する旨の条項があった。本件要項は、本件債務の内容のほか、上記債権条項の内容を含むものであり、発行された本件債券の券面裏にその全文が印刷され、本件債権者に交付される目論見書にも本件債権条項を含めてその実質的内容が記載されていた。その後、A国は債券の元利金の支払をしなかったため、B銀行は、債券管理会社として本件債券保有者のために、A国に対し、債券元利金の支払を求めて訴えを提起した。B銀行に請求の根拠は認められるか。■参考判例■① 最判平成45・11・11民集24巻12号1854頁② 東京高判平成8・11・27判時1617号94頁③ 東京高判平成8・3・25判タ936号249頁④ 最判平成28・6・2民集70巻5号1157頁●解説●1 代理と訴訟担当民事訴訟において、他人の権利や法律関係について訴訟を追行できる場合として人事訴訟がある。代理は、他人を当事者として本人がその代理人として訴訟を追行する場合であり、訴訟担当は、他人の利益の帰属主体としながら本人が当事者として訴訟を追行する場合である。代理および訴訟担当ともに、本人の訴訟追行権が他人の意思・授権に基づくかどうかによって、法定代理ないし法定訴訟担当と訴訟代理ないし任意的訴訟担当とに区別される。このうち、法定代理は、訴訟上の代理人の代理権が当事者の意思に基づかない場合をいい、親権者・後見人・不在者財産管理人など実体法の法定代理人と、訴訟法上の特別代理人(35条)に分かれる。法人や法人格なき団体の代表者も、法定代理人と同視され、法定代理に関する規定が準用される。また、法定訴訟担当は、当事者の訴訟追行権が利益帰属主体の意思に基づかない場合をいい、破産管財人や訴訟追行の差押債権者など財産の管理処分権が実体法上第三者に帰属する場合と、人事訴訟における検察官・成年後見人などの職務上の当事者に分かれる。他方、訴訟代理は、訴訟上の代理人の代理権が当事者の意思に基づく場合をいう。訴訟代理人には、訴訟追行の委任を受けて代理権を授与される訴訟委任による代理人と、当事者の意思によって一定の法的地位(支配人・船長等)に就くことによって法令上当然に代理権を授与される法令上の訴訟代理人に分かれる。訴訟委任による訴訟代理人は原則として弁護士でなければならないという弁護士代理の原則が適用になる(54条1項本文)。訴訟委任による代理人を法律の専門家である弁護士に限定して、当事者の保護および訴訟手続の円滑な進行を図る趣旨である(ただし、簡易裁判所においては、裁判所の許可により、弁護士でない者も代理人となることができるが認可の可能性は低い)。同原則により、弁護士でない者による訴訟代理は、手続の安定の要請と代理人ができるとされる行為に対する信頼に基づき、その範囲は包括的なものとされ、これを個別的に制限することは許されない(55条3項)。ただ、上訴の提起や訴えの取り下げなどとくに重要な行為については、当事者の保護のため、その特別の委任を要するものとされる(同条2項)。最後に、任意的訴訟担当は、当事者の訴訟追行権が利益帰属主体の意思に基づく場合をいう(判例などでは「任意的訴訟信託」と呼ばれていることもある)。が、現在では「任意的訴訟担当」という呼び方が一般的である)。民事訴訟法その他の法令に明文の定めのある場合として、選定当事者(30条)、手形の取立委任裏書人(手形18条)、サービサー(債権管理回収業に関する特別措置法11条1項)などがある。このうち、選定当事者の制度は、共同の利益を有する多数の者が当事者適格を有する場合に、その中から1人または数人を選定して、選定された者が全当事者のために訴訟を追行する制度である。これによって、多数の者が当事者となる負担を軽減するとともに、訴訟手続の単純化を図ったものである。近時はさらに、当事者になっていない者も固有の利益を害されるとして訴訟追行の選定をすることができると認められ(30条3項)、その活用が図られている。このように法定された事案の場合以外に一般的にいかなる場合に任意的訴訟担当が認められるかについては、明文の規定がない。そこで、上記の訴訟代理の制度などとの関係で、どのような権限でどのような要件の下に任意的訴訟担当が認められるのかが問題となる。特に、選定当事者制度との関係では、担当者となるべき者が本来の当事者適格を有していない場合が問題となる。本問はそのような点を問題とするものである。2 任意的訴訟担当が認められる要件任意的訴訟担当について、かつての判例は、厳格な態度をとっていた。すなわち、組合の業務執行組合員が全組合員の授権に基づき任意的訴訟担当を行う場合について、組合の代理人または各組合員の選定当事者としてであればともかく、任意的訴訟担当によることは許されないとしたものがあった(最判昭和37・7・13民集16巻8号1516頁)。しかるに、そのような姿勢を大法廷判決によって正面から転換したのが、参考判例①である。この判例は、建設工事共同事業体(いわゆるジョイントベンチャー)という民法上の組合について、自己名義で請負代金の回収や瑕疵の修理をする権限を有していた者が、他の組合員から授権を受けて、実質的には当該組合として施工の契約利益により生ずる損害賠償を求めた事件において、当該原告の原告適格を認めた。そこでは、選定当事者の制度が存在するが、これは任意的訴訟担当が許される原則的な場合をすでにまとめており、それ以外の場合に任意的訴訟担当が許されないと解すべきではないとする。そして、任意的訴訟信託は、民訴法が訴訟代理人を原則として弁護士に限り、また、信託法11条(現行10条)が訴訟行為をさし止めることを主たる目的とする信託を禁止している趣旨に照らし、一般的にこれを許容することはできないが、当該訴訟の追行のような制限を回避、潜脱するおそれがなく、かつ、これに代わるような制限を回避、潜脱するおそれがなく、かつ、これを認める必要性のある場合には許容するに妨げない」と判示した。そして、本件では、組合の業務執行組合に対する構成組合員からの任意的訴訟担当を認めている。上記のような規律の潜脱のおそれはなく、合理的必要性を欠くものでもないので、任意的訴訟担当が認められるとした。すなわち、参考判例①は、民事訴訟法上の弁護士代理の原則と信託法上の訴訟信託の禁止が任意的訴訟担当を無制限に許容できない根拠としながら、①そのような規律の潜脱を回避・潜脱するものでないこと、②それを認める合理的必要性があることを要件に、(選定当事者によらない)任意的訴訟担当を認めたものである。同判決は、裁判所として初めて、任意的訴訟担当が認められる要件を示したもので、その後の裁判例や学説における議論に大きな影響を与えた。しかしながら、上記の要件は極めて一般的であり、また価値判断を伴うものであることは否定できない。そのため、下級審裁判例も事案に応じた個別的な判断をしているように見える。例えば、参考判例②は、参考判例①と同様に、組合の業務執行組合であるが、明示的な形で訴訟追行の授権がされていない場合においても、任意的訴訟担当の成立を認めたものである。他方、参考判例③は、コンピュータの保守業者がユーザーのために損害賠償金の支払を求めた事案において、合理的必要性を欠くものとして任意的訴訟担当の成立を否定した。学説からは、判例について、被信託者が共同利益者の一員である場合には原則として許容される一方(参考判例①のほか、東京地平2・10・29判時1378号117頁、東京地判平成8・8・27判時1429号100頁など)、被信託者が共同利益者以外の場合には個別判断で例外的に許容される(参考判例③のほか、東京地判平成14・6・24判時1809号80頁、東京地判平成17・8・31判タ1216号312頁、東京地判平成17・8・31判タ1208号247頁など)、また、団体がその構成員の権利について訴訟する場合に消極的と解されている(東京高判平成3・8・27判時1425号94頁、東京地判平成17・5・31訟月53巻7号1937頁など)以上の分析につき、特に八田・後掲60頁参照)。3 本問の考え方本問と同様の事案については、参考判例①がある。同判決は、参考判例①の一分説を引用する。そして、問題となった授権の有無に関して、このような管理委託契約を本件債券保有者のために締結するための契約と解する。そして、本件要項は本件条項の内容を構成し、本件債券保有者に交付される目論見書等にも記載されていた。社債に類型した本件債券の性質から、本件授権条項の内容は本件債券保有者の合理的意思に違うと解する。以上から、本件債券保有者は、本件債券の購入に伴い、本件条項に係る訴訟追行の意思表示を本件管理会社に信託的に委託することについて受益の意思表示をしたものと解し、訴訟追行権の授権を認めた。受益者が拡散して個別的把握が現実的ではないという本件の特殊性に鑑み、約款と同様の手法で、アクセス可能性と内容の合理性から受益者の合理的意見を推認し、授権の意思表示を認めたものといえる。次に、授権の合理性については、本件債券は多数の一般公衆に対して発行されるものであるから、本件債券保有者が自ら適切に権利を行使することは合理的に期待できないことを前提に、本件債券と社債との類似性に鑑み、合理性により本件債務について社債管理会社に類した債券管理会社を設置し、社債の規定に倣った本件授権条項を設けるなどして、訴訟追行権を認める仕組みが構築されたとする。そして、管理会社はいずれも銀行であって実務法に基づく規律・監督に服することや、本件管理委託契約上、公平誠実義務や善管注意義務が認められることなどから、管理会社において本件債券保有者のために訴訟追行権を適切に行使することが期待できるとして、合理性要件も充足し、結論として、管理会社の訴訟追行権を認めることは、弁護士代理の原則の回避や訴訟信託の禁止の潜脱のおそれがなく、これを認める合理的必要性があるとして、管理会社の原告適格を肯定した。ここでも、会社法上の社債権者(会社法702条以下)と同様の仕組みが契約でとられていること、特に公平誠実義務や善管注意義務が課されていることから、授権の合理性を肯定したものである。以上のような参考判例④の趣旨は、本問の事例の場合にも妥当するものと考えられ、したがって、本件管理契約の中の社債管理会社の規律と同様であり、公平誠実義務や善管注意義務を定めているようなものであれば、任意的訴訟担当の成立を認めてよく、X銀行の原告適格を認めることになるといえよう。個別判断は、債券の範囲や経済的動向(時効中断のためのもの)といった個別事情は基本的に考慮していないので、本件設例の債券保有者の性質や特殊個別事情が追いつめられた等の個別事情による場合は分けて考えるべきであろう。なお、サムライ債の発行が多数に及び、一般投資家もそれを購入している状況で、その内容を個別契約的に尋ねている現状には批判もあり得、会社法と同様の明文規定を求める立法論も考えられる(仮に会社法705条1項のような全文が設けられたれば、Xの原告資格は法定訴訟担当として基礎付けられることになろう)。●参考文献●八田卓也・参考60頁 / 中本富美子・百選26頁 / 水元宏典・百選30頁 / 山本克己「民訴法上の訴訟の地位(1)」法教286号 (2004) 72頁(山本和彦)