時機に後れた攻撃防御方法
Xは、Yに対し、自己の所有地を賃貸し、Yは同土地上に建物を建築し、居住していた。その後、土地の賃借権期間が満了したところ、Yは借地契約の更新を請求したが、Xはそれに対して異議を述べ、借地契約が終了したとして、Yに対し、建物収去土地明渡しを求めて訴えを提起した。当該訴訟手続においては、更新についての正当事由(借地借家6条)の有無が争点になり、Xが土地を使用する必要性や従来の借地契約の経緯などについて、3回の口頭弁論期日および6回の弁論準備手続期日において当事者は主張・立証を展開した。そして、争点された事項について集中証拠調べが行われたが、2回証拠調べ期日(いずれも終日)、Yは建物買取請求権(同法13条)の行使を主張した。裁判所は、このような主張を許すべきか。●参考判例●① 最判昭和46・4・23判時631号55頁② 最判平成7・12・15民集49巻10号3051頁●解説●1 攻撃防御方法の提出時期の規制民事訴訟においては、一般に複数の期日が開かれ、その攻撃防御の結果を受けて判決がされる。口頭弁論期日は、仮に何回開かれたとしても、法律上は一体のものとみなされる。したがって、当事者がどの期日に攻撃防御方法を提出しても、法律には違反しないものと考えられる。提出時期に規制がないとも考えられる。わが国のような考え方に基づき、攻撃防御方法はどの時期に提出してもよいとする時機提出主義という原則がとられていた。しかし、そのような考え方はあまりにも現実とは乖離しており、現実に即した手続が相当程度にわたって新たな主張や証拠が提出されれば、そのような主張・立証をそのまま許せば、手続が遅延することになる。とくに、訴訟の終盤に至って当事者の主張に尽きず争点・証拠の整理の作業を行い、その後に証拠調べを行うといった訴訟進行では、争点整理の段階で提出されなかった新たな主張が証拠調べの段階で出てくると、争点整理の結果が無駄になるおそれがある。そこで、訴訟手続の一定の段階を設けて、当事者の主張は当該段階までに行わなければならず、その後に新たな主張は許されないという考え方が生じる。法定主義といわれるものである。ただし、このような考え方でも、訴訟手続を厳格に段階分けにすることになり、公平に反するおそれもあるが、逆に手続を硬直化させるおそれも大きい。当事者にはさまざまな事情があり、一定の段階までに主張が出せなかったからといって、一律に批判できるとは限らないからである。そこで、このような厳格な序列を求めるのではなく、訴訟の審理の状況に応じて適切な時期に適時な攻撃防御方法の提出を求めるという中間的な考え方が生じる。つまり、適時提出主義とよばれるものである。当事者の訴訟行為の自由によるのではなく、法定の序列主義を基本とし、その中間として適切な時期の提出を求めるものであり、適時提出主義と呼ばれる。民事訴訟法156条が採用する考え方である。これによれば、当事者は、訴訟の進行に応じ適切な時期に攻撃防御方法を提出しなければならない。この考え方は、訴訟進行に当たって当事者は信義誠実に基づき行動しなければならないという信義誠実の原則(2条)からも導き出されるものである。ただし、この規律については直接の制裁はない。つまり、適切な時期に提出されなかった攻撃防御方法が不適切な提出である場合に、これを当然に許さないとはされていない。実務に法効果を有する制裁としては、時機に後れた攻撃防御方法の却下規(157条)である(そのほか、審理計画が立てられた場合の攻撃防御方法の提出権限(157条の2)、準備書面の提出期間(162条)、争点整理がなされた場合の攻撃防御方法の提出権(167条・174条・178条)、控訴審における攻撃防御方法の提出規制(301条)などがある。2 時機に後れた攻撃防御方法の却下要件当事者が故意または重大な過失により時機に後れて提出した攻撃防御方法は、これが訴訟の完結を遅延させることとなるときは、裁判所は却下することができる(157条1項)。つまり、このような却下がなされる要件としては、①攻撃防御方法の提出が時機に後れていること、②それが当事者の故意過失に基づくこと、③その提出により訴訟の完結が遅延することになることである。まず、①の時機後れの要件であるが、当該攻撃防御方法の性質に鑑み、それが時機に後れているといえるかが問題となる。控訴審においても、時機に後れているかどうかは、第1審における審理経過を併せて総合的に考慮する必要がある。これは、1で述べた適時提出主義の原則と関連するが、「適切な時期」ではないからといって、当然に「時機に後れた」ことになるわけではない。通常は、争点整理が終了した後に、争点整理の段階から存在していた新たな事実を主張することは、時機に後れたものになろう。次に、②の当事者の主観的要件であるが、時機に後れて提出されたことが当事者の故意または重過失に基づくものでなければ、却下することはできない。単なる軽過失による場合は、過誤を許容するとして却下の対象にはならず、通常人であればそのような攻撃防御方法が存在することに少しの注意を払えば容易に気付けたか否かによって判断される。最後に、③の訴訟遅延の結果要件である。故意または重過失によって時機に後れて提出された攻撃防御方法であっても、それによって訴訟の完結が遅延しないのであれば、却下する必要はない。例えば、新たな主張が主張どおり、その認否に反証を準備する必要もある。もっとも、証人尋問が予定されており、それと同時に期日に尋問する場合などには、訴訟の完結は遅延しないことになる。この結果、時機後れにされた攻撃防御方法が提出された場合、それは原則として時機に後れになされると解されるが、控訴審において他の事項についての審理が予定されているときには、訴訟の完結が遅延しないことも多いとみられる。以上のように、時機に後れたものとして攻撃防御方法を却下する要件は厳格であり、その認定は難しい場合がある。一般的にいって、従来の裁判所の運用は、この規定の適用にはあまり積極的ではなかったように見受けられるが、近時の裁判所は訴訟の迅速化の要請に強くコミットする傾向があり、多少の訴訟の遅延を招くおそれのある攻撃防御方法であっても、それによって訴訟の迅速化が著しく阻害される可能性があるとみて、争点整理および集中証拠調べを重視する現行法の下では、やや運用の方針も変わりつつあるようにもみられ、今後の実務の動向が注目される。3 本問の場合――権利の同時的行使の関係本問は、また先取特権という形成権という形成権の問題となる。形成権の行使も攻撃防御方法に該当するので、それが却下されるかどうかは、前記の民事訴訟法157条1項の要件を満たすかどうかにかかってくる。まず、①の時機後れの要件については、争点整理が終結し、さらに集中証拠調べが終わった時期になされた主張であり、これを満たすことは問題ないであろう。②の訴訟追完の要件については、建物買取請求権の行使のような訴訟追完の整理が必要とは言えない問題となるが、建物買取請求権の構成や抗弁の要否が問題となる場合があり、抗弁から建物代金の支払と同時履行の抗弁の主張がされるようになり、それには証人尋問や鑑定等の新たな証拠調べが必要になろう。そうすると、③の要件も満たされることとなる。他方、本問の事実関係からは具体的な事情は必ずしも明らかでない。被告としては、正当事由の存在を争いながら、他方で正当事由の存在を前提とした建物買取請求権を主張するのは、自分の主張の弱みを認めることにつながり、期待しがたく、当初に主張しなかったことには重過失は認められないという見方もあろう。しかし、そのような場合であっても、仮定的な主張として、建物買取請求をすることは期待できないわけでもなく、過失を認める考え方も十分成立する。仮定的な主張すら躊躇されるというような事態は通常は想定しがたいと考えられるからである。(参考判例①)、建物買取請求権の主張を却下することは十分に考えられる(参考判例②も是認する)。さらに注意を要するのは、建物買取請求権は形成権たる性質において建物買取請求権の行使は抗弁であって遮断されず訴えられても、建物買取請求権を行使した後に訴え提起した場合、前訴確定判決の既判力の問題によって遮断されることはないとして、同時履行の抗弁によって貫徹して建物買取請求は遮断される。その結果、仮に本問の建物買取請求権の主張を時機に後れたものとして却下したとしても、確定判決後にYが建物買取請求権を行使して請求異議の訴えを提起することは許されることとなりそうである。それであれば、むしろ当初の訴訟の時点で、この点についても決着をつけておくことが当事者の便宜に資するという見方もありえよう。そのような判断に立てば、当初の判決に郊外しないというような判断に立てば、当初の判決には郊外しない。しかし、他方で、訴訟の訴えを提起するということはYにとっては負担になるのであり、適切な時期に建物買取請求権を行使しなかったことについてYの責めに帰すべきである。そのようなYをあえて訴訟も可能である。そうであれば、判例のような解決(時機に後れた攻撃防御方法として却下する)はむしろ結論として妥当と考えられないではないか。困難な問題であるが、それぞれさらに考えてもらいたい。●参考文献●石渡荘一郎・争点144頁 / 菱田雄郷・百選154頁 / 菅野雅之・争点138頁(山本和彦)