保証と時効
2020年4月に、Aは、友人Bから、子どもの進学資金のために貸してほしいと頼まれ、Bに100万円を無利息、1年後に全額を一括して返済する約定で貸し付けた(本件貸付金債権)。Bの兄Cは、Bからの委託を受け、Aとの間で、Bの本件貸付金債権に係る債務を主たる債務とする連帯保証契約を書面で締結した。以上の事実に続いて下記の要望があったとして、各問いに答えなさい。(1) 本件貸付金債権の弁済期到来後もBからの弁済がないので、Aは、弁済期から3年後に、Cに対して内容証明郵便を送付して支払を請求したところ、Cは1か月後に元本全額を支払うので連帯保証金の支払を免除してほしいと回答した。しかし、その後Cからの支払がないままさらに3年が経過したので、AはCに対して連帯保証債務の履行を求めて訴えを提起した。Cは、本件貸付金債権の消滅時効を援用したうえで保証債務も消滅したと主張して、Aの請求棄却の判決を求めた。Aの請求は認められるか。(2) 本件貸_付金債権の弁済期到来後も、Aは、Bの事業がうまくいっていないことを知っていたためBに請求をせずにいたが、本件貸付金債権の弁済期から7年後、Cに対して連帯保証債務の履行を請求した。Cは、時効完成を知らずに元本は1か月後に全額支払うので連帯保証金の支払を免除してほしいと回答した。その翌月もCからの支払がないので、AはCに対して連帯保証債務の履行を求めて訴えを提起した。Cは、本件貸付金債権の消滅時効を援用したうえで保証債務も消滅したと主張して、Aの請求棄却の判決を求めている。Aの請求は認められるか。(3) (2)において、CはAの請求に応じて全額を支払った。これについてCがBに求償した場合、Bはどのように反論しうるか。●解説●1. 保証債務の消滅時効の基本的考え方(1) 保証債務の別個性と付従性保証債務は主たる債務と別個の債務であるため(保証債務の別個性)、保証債務の消滅時効は、主たる債務の消滅時効とは別に進行して完成するというのが原則である。他方で、保証債務は主たる債務に付従するため、主たる債務が消滅すると保証債務も消滅する(消滅における付従性)。保証債務の消滅時効の問題は、これら2つの性質に加えて、主たる債務とその履行の担保を目的とする保証債務の内容が実質的に重なり合っていることも考慮に入れて、検討されなければならない。(2) 時効の起算点と時効期間債権の消滅時効については、「債権者が権利を行使することができることを知った時」(主観的起算点)から5年間の短期時効と、「権利を行使することができる時」(客観的起算点)から10年間の長期時効の二重の時効制度が採られている(166条1項)。期限の定めのある契約上の債権については、債権者が期限を知っているのが通常であるため、これら2つの起算点が事実上一致する。したがって、主観的起算点から5年の経過によって消滅時効が完成する(同項1号)。保証債務の弁済期は、保証契約において特に定められていない限り、主たる債務の弁済期と同時期に到来すると考えられる。主たる債務が期限の定めのない債務である場合、保証契約締結時に既に発生しているものであれば、保証債務の弁済期も保証契約締結時に到来する。(3) 時効の援用保証人は、保証債務の時効の援用権を有する者はもちろん、主たる債務の時効が完成すると、主たる債務者の時効に対する援用とは無関係に、主たる債務の時効を援用することもできる。保証人は、主たる債務について「権利の消滅について正当な利益を有する者」として、「当事者」に含まれるからである(145条)。保証人が主たる債務の時効を援用すると、債権者と保証人との間において主たる債務が消滅し、付従性によって保証債務も消滅するが、債権者と主たる債務者との関係においては主たる債務は存続する(援用の相対効)。したがって、債権者には、保証債務のない主たる債務に係る債権のみが残ることになる。これに対し、主たる債務の権利義務の当事者である主たる債務者自身が主たる債務の時効を援用する場合には、主たる債務は債権者と保証人との間でも絶対的に消滅し、保証債務も付従性により消滅するため、保証人による時効の援用は問題とならなくなるというのが、現在の通説的理解である。2. 主たる債務の時効完成前における保証人の承認と主たる債務の時効の更新(1) 保証債務の承認保証人が時効期間満了前に「保証債務」を承認した場合、保証債務の時効は更新される(152条1項)。しかし、承認による時効の更新は、更新事由が生じた当事者およびその承継人の間でしかその効力を生じないので(153条3項)、保証債務の時効が更新されても、これによって主たる債務の時効が更新されることはない。連帯保証債務が承認によって更新された場合も同様である(458条・441条本文参照)。なお、主たる債務について、履行の請求その他の事由によって時効の完成猶予および更新が生じると(147条〜152条)、主たる債務の時効が更新されれば保証債務にも及ぶが(457条1項)、これは、判例は付従性の帰結として説明するが(最判昭和43・10・17刑時34巻5号頁)、通説的理解によれば、債権の担保を確保するという政策的・便宜的配慮から、主たる債務よりも保証債務が時効消滅しないように時効の完成猶予および更新の範囲を拡張したものである。実質的には、主たる債務について債務の履行催告等による時効障害事由が生じた以上、その担保である保証債務については同様の措置をとらなくてよいので、債務者の帰責管理上の負担が軽減されている。これに対し、「履行の請求その他の事由」(457条1項)によらない絶対的相対権思想の完成猶予(138条〜161条)については、民法下の解釈を前提にすると、民法457条1項が適用されないので、債務ごとに完成猶予事由の有無を判断することになる。(2) 保証人による主たる債務の承認の可否保証人が時効期間満了前に「主たる債務」を承認することによって、主たる債務の時効も更新するだろうか。承認は相手方の権利の存在の事実を認めさえすればよいから、承認をするには、相手方の権利を処分する効力や権限(152条2項)は必要としない。しかし、相手方の債務の承認は自己の権利の保存または利用(管理行為)に当たるため、管理能力・権限が必要である。主たる債務について権利義務の当事者でない保証人は、管理能力・権限を有しないため、主たる債務を承認してもその存在に関する蓋然性は生ぜず、主たる債務の時効は更新されない(参考判例①)。もっとも、保証人が主たる債務を相続した場合において、主たる債務者兼保証人の地位にある者が主たる債務を相続したことを知りながらした弁済は、これが保証債務の弁済であっても、債権者に対して主たる債務を承認した包含しており、特段の事情のない限り、主たる債務者による承認として主たる債務の時効が更新される。主たる債務者が保証人の地位にある個人が、両地位にある者が異なる行動をすることは、想定しがたいからである(最判平成29・9・12民集67巻6号1356頁)。3. 主たる債務の時効完成後における保証人の時効利益の放棄・承認の効果(1) 保証人による「主たる債務」の時効利益の放棄主たる債務の時効完成後においては、保証人は、「保証債務」の時効利益を放棄することもできるし(145条)、時効利益を放棄することもできる。他方で、主たる債務者は、自らの負担する主たる債務の時効を援用することも放棄することもできる。時効利益の放棄の相対効により、主たる債務者が時効利益を放棄した場合であっても、保証人は主たる債務の時効を援用することができる(大判昭和6・6・4民集10巻401頁)。この場合、前述(1)のように、債権者には、保証債務のない主たる債務に係る債権のみが残される。反対に、保証人が主たる債務の時効利益を放棄した後も、主たる債務者が主たる債務の時効を援用することもできる。この場合にも、主たる債務の消滅(絶対効)に消滅って保証債務も消滅するというのが付従性からの素直な帰結である。しかし、学説では、付従性の原理を重視して帰結を支持する見解と、主たる債務の時効を放棄した保証人と主たる債務者との間の求償を巡る利害調整の観点から、主たる債務の時効を放棄した保証人は、主たる債務の時効を援用できないとする見解、保証人の「主たる債務」の時効利益の放棄の意思表示を解釈し、①主たる債務者の時効の利益を援用しないという意思の表明と、②主たる債務者の承認が時効完成したことを清算したうえで弁済するといった意思の合致と解釈する見解とに分かれている。(2) 「保証債務」の時効利益の放棄・承認の効果保証人が「保証債務」の時効を放棄した後、自ら「主たる債務」の時効を援用することができるかについても問題となる。これは、これを肯定する(前掲・大判昭和7・6・21)。主たる債務の時効完成後に保証人が保証債務を承認した後で、主たる債務の時効を援用した場合、保証人は主たる債務の時効完成を理由に保証債務の履行を拒絶できるとされている(大阪高決平成10・4・10民集40巻3号79頁)。もっとも、保証人による保証債務の時効利益の放棄の意思表示の中に主たる債務の時効利益の放棄の趣旨が含まれることがある場合には、そのように解釈する。主たる債務の時効を援用することができ、その趣旨に付従性によって保証債務の時効を援用することは、信義則でないことになろう。小問(2)では、CはBの主たる債務の時効に対する意思が定まっていない間に、弁済期到来を知らずにAに対して保証債務の一部免除と弁済の猶予の懇願(自認行為)をしており、判例の考えによれば、これによって保証債務の時効の援用権を信義則上喪失しているところ(前掲昭和41・4・20民集20巻4号702頁参照)、主たる債務の時効を援用し、その履行の拒絶を主張して保証債務の履行を拒絶できるかが問題となる。この問題は保証人が保証債務を一部履行した場合に主たる債務の時効完成を理由に、主たる債務の時効消滅による保証債務の履行拒否をすることが、信義則に反するか否かにかかわらず保証債務を履行する趣旨に反するものでないかという問題である。このような考え方を手がかりに考察すると、保証債務については時効利益を放棄していないとして、主たる債務の時効利益の放棄の効果も意思を及ぼすものではないというのである。もっとも、保証人が、主たる債務の時効の完成の事実を知らなくても、保証債務者がその債務を承認したという事実を知りながら保証債務を承認した場合には、判例によっても、保証人がその承認に主たる債務の時効を承認することは義則上許されないとされている(最判昭和44・3・20判時557号237頁)。小問(3)においては、保証債務の時効援用権の主張の放棄、保証人が主たる債務者の時効完成後に、保証人が主たる債務者が時効を援用しない段階で保証債務を履行した場合において、保証人は主たる債務者から求償を受けることができる。