郵便に付する送達
2025/09/03
Yによる会社の資金の支払を求めて、Xが書状のカードを利用したことによる訴訟を提起した(訴状)。電話帳記載のXの住所に訴状の送達を試みたがXは不在で成功しなかったので、Yに対し、Xが上記住所に居住しているか、および就業場所について調査し回答するよう求めた。XはR社に勤務していたが、送達が試みられていた時期には長期出張に出ていて、Rは、出張中の社員宛てに郵便物が送付された場合は転送、外国からの連絡先へ郵便局が伝達する、Xは出張前に、Yの担当者に対して、実際に勤務する場所はS社だが、郵便物はR気付で送付してほしいと要望していた。Xの現在の居住状況について具体的な調査をしないまま、Xと家族が訴状記載の住所に居住していること、Xの就業場所は不明であるが1か月で出張から戻る見込みであると判断し、R宛に訴状の付郵便送達を実施したが、X不在のため送達できず、裁判所は、その後、X欠席のまま規制的に基づく全部認容判決が言い渡され、その判決もR宛に送達された。Xの妻がこれを受領した日にXに渡さなかったため、Xは控訴せず、同判決が確定した。Xはこの判決について弁済した。Xは、Yの回答に故意または過失があるとして、①訴訟追行による財産権の侵害および訴訟費用に相当する機会を奪われたことによる精神的損害の賠償を求めて、Yに対し訴えを提起した(後訴Ⅰ)。また、Z(国)に対して、前訴で訴状の送達が違法であったために訴訟法1条2項に基づく損害賠償請求訴訟も提起した(後訴Ⅰ)。裁判所は、後訴Ⅰ、後訴Ⅱにおいてどのような判決をするべきか。●参考判例●① 最判平成10・9・10判時1661号81頁② 最判平成44・7・8民集23巻8号1407頁●解説●1 付郵便送達の要件送達は、当事者など訴訟関係人が訴訟法上の書類の内容を確実に了知する機会を保障することによって訴訟手続を保障することを目的として、法定の方式で書類を交付または交付を受ける機会を与える、裁判機関の行為である。訴状など訴訟法関係の基礎となるべき重要な書類は、送達しなければならない。このような目的から、送達は、書類を受領する交付送達を原則とする(令和4年改正102条の2)。送達場所は、原則として受送達者の住所などで、住所などが知れないときは、就業場所での送達に支障があるとき、または就業場所での受領を送達者が申し出たときは、就業場所での送達も可能である(103条1項・2項)。本問では、訴訟に関しては、Xの長期不在により住所における交付送達も補充送達(106条1項)もできなかった(判決はXの妻が受領し、補充送達がなされているが、Xとの事実上の利害を理由として、実際にはXに渡されている。このような場合には補充送達は無効とする考え方もあるが、判明は有効とはしていない。[→問題24])。なお、本問ではその問題がないため、判決(電子対応は当面は側面で送達される(令和4年改正109条、255条2項1号)。このような場合、本来は就業場所での交付送達がなされるが(103条2項)、本問では裁判官PはXの就業場所を不明と判断したため、Xの住所に宛てて書留郵便に付する送達を実施した(107条1項1号、付郵便送達)。交付送達は、送達書類を受送達者に手渡ししたり、あるいは少なくともその支配権に置くこと(差置送達、補充送達)によって効力を生ずるが、付郵便送達は、受送達者への書類の到達や了知にかかわらず、発送によって効力を生ずる(107条3項)。したがって、付郵便送達が有効であれば、本問のように実際には発信に所に送付された場合にも送達の効力が生じ、訴状等の送達により前訴は有効に係属したことになる。付郵便送達は上述のように受送達者の了知の確実性が低いので、実施要件が厳格であると同時に、実施する場合には了知の可能性を高めるために、書記官は、書留郵便に付する送達をした旨、および、送達書類については普通郵便として発送した旨を記載した(民訴規44条)。旧法の下では調査が実質的に規定されておらず受送達者に通知しなければならない(民訴規44条)。旧法の下の判例をふまえた規定であり、普通郵便等での通知が予定されている。ただし、これは受送達者の手続上の利益を考慮した調査規定と解されている。また、このような通知がなされていても、普通郵便ならば他人が処分することは容易であり、本問ならばXの妻が処分するなどしてXには到達しなかった可能性も高い。2 書記官の資料収集における裁量とその限界付郵便送達の要件は1のとおりであるが、送達の実施は裁判所書記官の固有の職務権限に属しており、参考判例①は、要件判断のための資料収集等は書記官の裁量に委ねられるとしている。このような裁量性が認められるのは、大量の訴訟事件を効率的に処理していく要請があると考えられるが、そうであっても裁量権行使には合理性が求められるから、本問の後訴Ⅱを判断するためには、裁量権の逸脱があったかを検討する必要がある。さて、参考判例①は、本問類似の事案において、(i) Xの就業場所が不明か否かの判断は書記官の裁量に委ねられており、Yの回答書に別紙が添付されていなかった本件では資料収集方法は相当であると判断した。また、判示事項ではないが、(ii) 民事訴訟法107条1項・2項の文言から明らかなように、付郵便送達実施の要件が満たされる場合でも、実施するか否かは書記官の裁量に委ねられている。そこで、実施の判断の合理性も本問に即して検討してみよう。まず(i)について、就業場所が不明と判断されることによって受送達者の手続保障が大幅に脆弱化することを前提とすると、その判断は慎重になされるべきであり、参考判例①のように書記官の裁量権を認めるとしても、それには限界があると考えうるべきであろう(新堂・後掲513頁)。調査・資料収集の責任は書記官にあることを前提として、事業および当事者の性質、原告の保持する情報および調査能力などを考慮しつつ、特段の事情がない限り、資料収集のコストにかかわらず調査義務を肯定する方向で検討すべきものと考えられる。さらに、本問では、Yの回答書はXは出張中としながらも就業場所を不明とする矛盾した内容を含んでおり、PやYの調査先の確認等もしなかったことには、裁量権の逸脱があったということもできよう(大渕・後掲も参照)。また、(ii)についても、仮にYの回答書をそのまま基礎するとしても、Xが出張から戻る日程が明らかであること、Xの家族が住所地に居住していることから、夜間等の補充送達を試みることによって住所あてで改めての交付送達を試みるといった送達方法を採ることが、より妥当な手続裁量の行使といえるのではないだろうか。このように考えると、本問の後訴Ⅱについては、参考判例①の結論とは異なり、書記官には裁量権の範囲の逸脱があり、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を認める余地もあるといえよう。3 原告の調査義務参考判例①は、本問の後訴Ⅰ請求①類似の請求について、X就訴により生じたと主張される損害賠償請求は、既判力のある確定判決に実質的に矛盾するとして原則として許されるが、当事者の一方の行為が著しく正義に反し、既判力による法的安定の要請を考慮してもなお容認し得ないような特別の事情がある場合に限り例外的に許される、ここで想定されているのは、参考判例③が示すように、原告の故意により被告の応訴関与を妨げたり裁判所を欺罔する等して確定判決を取得するような事案(判決の再審ともいわれる)においては、再審(による確定判決の取崩し)を経由せずに直接損害賠償請求の訴えを提起し、確定判決と矛盾する主張をすることができるという判例法理である。したがって、本問のY担当者のように少なくとも故意は認めにくい事案では、射程外と考えられる。上記のように、職権送達主義の下では調査・資料収集の責任は裁判所にあり、Yは誠実な調査義務を負うにとどまるから、本問においてはこのような判断は妥当と考えられよう。なお、参考判例①は、本問の後訴Ⅰ請求②類似の請求については、既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠-償請求ではないとして、原判決を破棄し差し戻した。この送達拒否に対しては、判決の結論にかかわりなく手続保障を妨げられたとの一事をもって損害賠償請求権が発生するものではないとの反対意見がある。したがって、送達拒否は勝敗にかかわりなくいわば純粋に手続に関与することに法的利益を認め、損害賠償請求権が成立し得ると考えているようである。具体的には、参考判例②の要件が満たされない場合にも、認められるのだとすれば、本問の後訴ⅠではYに対する損害賠償請求権が認められる可能性があろう。●参考文献●大渕哲也・百選80頁 / 山本和彦・私法判例リマークス20号(2000)124頁 / 新堂幸司「郵便に付する送達について」太田知行=荒川重勝編『鈴木博士生古稀記念・民事法学の新聞』(有斐閣・1993)509頁(山田・文)
『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年
ISBN978-4-7857-3092-5
債権者代位訴訟
2025/09/03
Xは、リフォーム業を営むYに対して300万円を貸し付けている(以下、「甲債権」という。)。YはZの自宅の内装を請け負い、Zに対して200万円の請負代金債権(乙債権)を有していたが、ZはYによる塗装が、自己の思い描いていた色と微妙に違っており、その結果に満足しておらず、Yに対する支払をしなかった。ところで、その後、同様にYにリフォームを依頼した顧客から、リフォームの結果に対する苦情が殺到し、そのうわさを聞き付けた他の顧客からのリフォーム依頼が取り消されるなどした結果、Yの経営状況は次第に悪化していった。XはYに対して甲債権の支払を求めたが、Yには乙債権を除き、これといった財産はない。そこで、XはZに対して、乙債権の支払を求めて訴えを提起した(以下、「本件訴訟」という)。(1) 本件訴訟は、乙債権についてはZの異議によってすでに弁済がされていたと判断されて請求棄却判決が出され、確定した。その後、Yは弁済を受けていないと主張して乙債権の支払を求めてZに訴えを提起することはできるか。(2) 本件訴訟が係属している間に、Yが、甲債権はそもそも存在しないのでXの訴え提起は不適法であると考えて、乙債権についてZに対して給付を求める訴えを提起するにはどうしたらよいか。●参考判例●① 最判昭和48・4・24民集27巻3号596頁●解説●1 債権者代位訴訟の法的構造債権者は、自己の債権を保全するため必要があるときは、債務者に属する権利を行使することができる(民423条)。この権利を債権者代位権といい、これを訴え提起の方法で行使した場合を債権者代位訴訟とよんでいる。以下では、代位する債権者(本問ではX)を代位債権者、債務者(本問ではY)に属する権利の債務者を第三債務者(本問ではZ)と呼び、代位債権者の債務者に対する債権を被保全債権、債務者の第三債権者に対する権利を被代位権利と呼ぶ。債権者代位訴訟では、代位債権者が債務者に代わって被代位権利を訴訟物として訴えを提起することになり、その法的構造が、代位債権者が得た判決の効力が債務者に及ぶのかという問題と関連して問題となる。平成29年民法改正(以下、単に「改正」とする)前の通説の立場は、債権者代位訴訟は、訴訟物である被代位権利につき、債務者が責任財産保全のために自己の管理権を付与され、これに基づいて当事者適格を付与されて訴えを提起するものであり、法定訴訟担当(=訴訟担当について確定判決)であると位置づけていた。この見解によると、代位債権者が得た判決の効力は、民事訴訟法115条1項2号により代位訴訟の当事者のみならず、同項2項により債務者に及ぶことになる。もっとも、代位債権者と債務者とは、代位の要件をめぐって利害が対立することが多いにもかかわらず、代位債権者が得た既判力の効力が当然に債務者に及ぶことに対しては批判もあり、債権者代位訴訟のように訴訟担当者と本人との利害関係が対立する場合に、訴訟担当者が本人に及ぶ場合を訴訟追行について、自己固有の利益に基づいて訴訟を提起しているので、当然には債権者には判決の効力は及ばないと解する見解も見られた。また、訴訟告知をして債権者代位訴訟に参加する機会が与えられたにもかかわらずこれが利用されなかったという見解も示されていたが、改正民法では、債権者代位訴訟の既判力を債務者に告知することを義務付ける規定もなく、解釈論としては上記のような問題点を解決するために、債権者代位訴訟を提起した場合には、債務者も遅滞なく訴訟告知をした場合には、債務者に訴訟参加の機会を与えた(参加の方法については後述)。ところで、改正民法においては、債務者は代位権が行使された場合であっても、債務者は代位権についてその他の処分権限を失わない。また、債務者も代位訴訟が提起されても、債務者は代位権利についての当事者適格を失わないこととなる。そのため、管理処分権が代位債権者に移り、債務者が当事者適格を失うことを前提として(大審昭和14・5・16民集18巻557頁参照)、債権者代位訴訟を法定訴訟担当と構成するこれまでの考え方が維持できるのかは問題となる。しかしながら、訴訟物の帰属主体に当事者適格が移り、担当者と当事者適格が併存することは法定訴訟担当の成立を妨げるものではなく、法定訴訟担当という構成は維持できるものと考えられる。2 小問(1) ―― 債権者代位訴訟の判決効債権者代位訴訟の法的構造を法定訴訟担当と解すると、代位債権者が受けた判決が確定すれば、それが債務者判決であれ取立判決であれ、債務者に効力が及ぶことになる(115条1項2号)。そのため、本問のYには、Xの敗訴判決の効力が及び、Yは乙債権について給付の訴えを提起することはできなくなり、仮に提起したとしても棄却される。代位債権者が受け取訴訟判決を受ける可能性のある債務者の手続保障は、訴訟告知によって図られる(民423条の6)。民法改正以前から、債務者に訴訟参加の機会を与えるために訴訟告知をするのが望ましいと考えられていたが、これを義務付ける規定がなく債務者の手続保障が十分に図られてないとして、現行民訴法で訴訟告知を義務づける規定が置かれた。改正民法の下では、代位債権者は訴え提起後、遅滞なく告知することが必要である。仮に訴訟告知の規定がなかった場合には、明文の規定はないものの、代位債権者の当事者適格の基礎が欠けるとして、訴えは不適法とされる。また、訴訟告知をしたにもかかわらず、債務者が訴訟に参加しなかった場合であっても、代位判決の判決の効力は債務者に及ぶ。さらに、訴訟告知の効力である参加的効力(53条4項・6項)もあるため、例えば、代位債権者が敗訴した場合にも、債務者が代位債権者の不当な訴訟行為により、被代位権利が消滅したでなくたと主張して不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起することはできない。3 小問(2) ―― 債務者が訴訟参加する方法債権者代位訴訟が提起されても被代位権利について処分権を失わず、当事者適格を有すが、単独で被代位権利を請求することは重複訴訟に該当して許されない(142条)。他方で、債務者が代位訴訟に参加して、審理が併合され、分離される可能性がなければ、重複訴訟禁止の趣旨に反せず許容される。参加の仕方は、債務者が代位債権者による代位権行使を争って自己への給付を求めるのか、あるいは代位債権者側に加わるのかによって異なる。まず、債務者が代位権行使について争わず、代位債権者と共同戦線を張りたいと考えた場合、債務者には補助参加の利益があるため債務者補助参加をすることができる(42条)。債務者は判決効を受ける立場にあるので、補助参加の従属性(45条1項ただし書・2項)の制限を受けない共同訴訟的補助参加をすることもできる。加えて、債務者には代位訴訟が提起された後も被代位権利について処分権限と当事者適格を有し、さらに判決効を受ける立場にあるため、当事者として共同訴訟参加(52条)をすることもできる。共同訴訟参加の被参加適格は必要共同訴訟となりそうである(40条)。もっとも、代位債権者の請求と債務者の請求は、訴訟物は同じであるものの、給付の相手が異なるため、請求の趣旨は異なる。そのため、訴訟物を給付の相手が同じであることを前提とする。通常の共同訴訟参加・類似必要共同訴訟とはやや異なる形にはなることが必要である。なお、債務者が訴訟参加をして権利行使をした場合に、代位の要件が欠けるのかが問題となるが、債務者が実際に訴訟追行をするとは限らないために、債務者の訴訟参加によって直ちに債権者による代位権は妨げられるものではなく、代位訴訟は維持されない。そして、被代位権利があると判断された場合には代位権者と債務者の双方の請求が認容されることになる。参加者の訴訟行為の効力は、共同訴訟の類型が類似必要的共同訴訟であると、民事訴訟法40条の規準による。そのため、当事者の1人が単独で行った有利な訴訟行為は、すべての当事者との関係で効力を有するが、不利益な訴訟行為は、すべての当事者のみならずその他の当事者に対しても効力を有しないこととなる。だし、被代位権利の本来の債権者である債務者が単独で行った自己の権利の行使の結果は効力が生ずるとする考え方も示されている。これに対して、本問のように債務者が代位債権者による代位権行使について争いたい場合に、債務者が第三債務者側に補助参加、ないしは共同訴訟的補助参加することも可能であるが、加えて、民法改正前は、独立当事者参加(権利主張参加)をすることが認められていた(参考判例①)。この判例では、独立当事者参加を認めた訴えと代位訴訟との併合審理が強制され、訴訟の目的は合一的に確定されるため、重複訴訟の禁止に反しないとした上で、代位債権者が訴訟追行権を独占していれば、債務者は訴訟追行権を有しないため、当事者適格を欠くものとして訴えは不適法となり、債務者が訴訟追行権を有しないことが判明したときは、債務者は訴訟追行権を失わず、訴えは適法となるとも判示していた。本来、権利主張参加人の請求が原告の請求と論理的に両立し得ない場合に認められるが、この判例は当事者適格を両立しない場合にも独立当事者参加を認めたものであり、権利主張参加の制度を活用した判例と評価することもできた。改正民法の下では、代位訴訟が提起されても債務者は被代位権利について当事者適格を失わず、代位権行使が違法である場合でも、債務者による訴え提起は適法となるため、上記判例がそのまま妥当するかは問題となりうる。上記判例はもはや適用されず、債務者は独立当事者参加をすることはできず、共同訴訟参加のみであるという考え方もありうるが、片面的に当事者適格が両立しない場合がある。つまり、債務者の主観により被保全債権が存在しない場合には、債務者の当事者適グが否定されることに加えて、被保全債権の存否をめぐって争いがあれば、債務者が債権者による訴訟追行をけん制する必要があるので、権利主張参加を認めることもできよう。●参考文献●山本和彦「債権者改正と民事訴訟法ーー債権者代位訴訟を中心に」判例タイムズ2327号(2017)121頁 / 越山和広「債権者代位訴訟における債務者の権利主張参加」法時60巻8号(2016)35頁 / 垣堺聰・百選214頁(杉山悦子)
『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年
ISBN978-4-7857-3092-5
引換給付判決と処分権主義
2025/09/03
YはXとの間でX所有の建物(以下、「本件建物」という)について2年間の定めの賃貸借契約を締結し、引渡しを受けた。その後、契約の更新が繰り返されたが、2023年になってXから解約の申入れがあり、Yがこれを拒絶した。そこで、Xは、契約終了に基づき、本件建物の引渡しと契約終了から明渡しまでの賃料相当損害金の支払を求めて訴えを提起した。口頭弁論において、Xは、解約の正当事由として、本件建物を高層ビルに建て替えて収益性を上げる経済的必要性を主張するとともに、建物明渡しと引換えに2000万円の支払をすると述べた。Yは、正当事由の存在を争い、請求棄却判決を求めた。裁判所は、証拠調べを経て、Xが3000万円の立退料を支払うならば正当事由が認められるとの判断にいたった。(1) 裁判所は、どのような審理および判決をするべきか。①仮に、Xが、4000万円の支払をすると述べていた場合、裁判所のなすべき審理および判決は異なるか。●参考判例●① 最判昭和46・11・25民集25巻8号1343頁② 最判昭和33・6・6民集12巻9号1384頁●解説●1 立退料の性質本問では、賃貸借契約後に契約の更新がなされ、期間の定めのない契約となっており、賃貸人が適法な解約申入れをしてから6か月を経過した時点で賃貸借契約は終了する(借地借家27条1項・28条1項)。もっとも、この解約申入れは、賃貸人の建物使用を必要とする事情などのほか、「建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しに関連して賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮し」て、正当事由が認められなければならない(同法28条)。ここでいう「財産上の給付」を一般に立退料と呼ぶ。かつては、正当事由は解約申入れよりもかなり増額しても正当事由は補充されないとの見解もあったが、現在では、立退料にも正当事由補充機能が認められると見ている。立退料は、それが正当事由を認めるために必要か否か、必要であるとして妥当な金額がいくらであるかは、具体的な事案ごとに、賃貸人および賃借人の事情に応じて決定される。正当事由は規範的要件であって裁判所の総合的な判断に分かるので、また立退料額も客観的基準が確立されているわけではなく裁量的判断によるとされており、そのため、立退料額の判断は訴訟の非訟的性格を有すると考えられている。2 処分権主義と申立事項拘束主義(246条)(1) 申立事項と判決事項 民事訴訟では、当事者が審判対象たる権利関係について、審判対象の特定、審判対象の 実体的な処分および手続の終了について自由に決定できるとする原則を認めている。これを、処分権主義という。そのうち、審判対象を特定する原則に関する処分権主義、あるいは、申立拘束主義と呼ばれる(246条)。この意味での処分権主義は、裁判所に対して当事者(原告)の申立て以外の事項について実体法上の審判をすることを許さない(数量的にこれを超すことを不許すのみならず)という効果とともに、相手方(被告)に対して攻撃防御の目標を明らかにする機能を有する。したがって、裁判所が申立事項の範囲内である限り、判決内容が申立ての趣旨と合理的に合致に含まれている限り、両者の間に齟齬があっても処分権主義に反しない。例えば、金1000万円の損害賠-償債権に基づく支払請求に対して金1200万円の支払する判決は適法だが、金800万円の支払を命ずる判決は被告にも想定される範囲であり、一部認容か一部棄却かの問題である。問題は、このような一部認容・一部棄却ではなく質的一部認容判決をどこまで認めることができるかである。(2) 引換給付判決の意義ーーー判断の食い違いを申し出た場合本問のXが口頭弁論で3000万円の立退料を申し出た場合、「XのYに対する本件建物の明渡し請求は、XがYに本件建物を明け渡した場合」という主文の判決を言い渡すことは、全部認容判決として認められる。もっとも、この判決が確定した場合にも、既判力の客観的範囲は賃貸借契約終了に基づく建物明渡請求権にとどまり、3000万円の支払請求権について既判力や執行力が生ずるわけではない(ただし、信義則による拘束力は認められよう)。したがって、この判決を債務名義としてYがXに対して3000万円の支払を求めて強制執行を開始することはできず、Xの明渡しの強制執行開始を制約するにとどまる(非代替28条、民執31条1項)。それは、本問のように、①申し出ている立退料額が低額(2000万円)である場合、②申し出ている立退料額が高額(4000万円)である場合、裁判所はXが減額した引換給付判決を出すことができるだろうか。さらに、③Xがまったく立退料の申し出をしていない場合、引換給付判決を出すことはできるだろうか。①では問題ない(その1)・(4)が問題ないことをいう。(3) 引換給付判決の適法性(その1)ーーXが一定額の負担を申し出た場合①の場合(Xが金2000万円の立退料を申し出ている場合)について、同様の事案を扱った参考判例①は、裁判所が正当事由を認めるに足りる妥当な額(本問では3000万円)の支払と引換えに立退料として判決をした。上記判例を基にした場合、その理由として、Xは立退料として2000万円もしくはこれと判決の相違ないし一定の範囲の金額で裁判所の決定を金銭をもって支払う意思の表明を表明し、かつその支払と引換えに明渡しを求めているとして、Xの意思表示を根拠としている。学説も、おおむねこの結論には賛成しているといえる。1つの考え方は、引換給付の申出と訴訟物を切り離し、原告の不意打ち防止機能を重視した上で、立退料提供の有無およびその額は、正当事由の評価担事実の主張であると同時に申立事項の範囲を画するとする。したがって、判決における立退料額と原告の申出額との間にはずれがあっても、原告の予測の範囲内であり不意打ちとならない限りでは処分権主義違反とならないとする。この考え方によれば、大幅な増額判決は当事者にとって予想であり申立事項の範囲外だが、予測の範囲内ならば訴訟の趣旨から許容されると説明できる。これに対して、①の場合(申出額が高額である場合)については、同様にずれが小さいならば減額も可能と考える考え方も有力であるが、立退料を減額することは原告の申立てよりも有利な判決となるとして、適法とする説も多い。第2の考え方は、引換給付の申出の有無により訴訟物は異なるとの前提に、立退料支払の負担付の明渡請求権と無条件の明渡請求権は訴訟物(請求)を異にし、前者を訴求した場合には、提案された立退料は原告の求める利益の実現を意味するとの前提に立つ。これによれば、①の場合は原告の利益を一部否定する一部認容判決として説明でき、立退料額の増額は通常想定される原告の不利益を超えるので処分権主義に反すると説明できる。②の場合は、申出額が高額である場合)、中間申立事項・訴訟物の主張を超えた判決であり迅速な解決であり違法とする。さらに、③参考判例①は、上記①の場合について、無条件の明渡請求と負担付の明渡請求は同一の訴訟物であるとした上で、引換給泊は被告の意思に基づいて立退料の増額を認めており、明確ではないが第1の考え方に近いように思われる。仮に、引換給付判決を認めないとすると請求棄却に近いように思われるが、前述の引換給付の原理を当然とする。請求棄却を求めるとすると、引換給付を求めるとする。および増額の必要性、裁判所に正当事由を主張を裏付けとしてXの立退料の要否および増額の必要性、当事者双方に積極的に釈明を求め、とりわけXが2000万円の立退料を上限としていかにするかを慎重に確認すべきである(真に2000万円の上限とする意思であれば、請求棄却判決をすべきである)。なお、②の場合(3000万円)については、上記のとおり、民事訴訟法246条違反との引換給付判決をすることは、上記のとおり、民事訴訟法246条違反との解除権が伝統的には数考えられる。同条が被告に対して不意打ち防止の機能を有することからも、基礎づけられよう。もっとも、原告の意思としては請求棄却よりも、低額の立退料の支払と引換えに判決を望むとの意思解釈が合理的であり、立退料の減額の変更を促すために、裁判所の釈明義務を認めてよいと考えられる。被告にとっても、十分な不意打ち防止がなされる限りでは、再応訴の項を避けるメリットもあり、執行がないことを与え併せると、変更後の立退料申出額を前提とした引換給付判決の適法性を認める余地もあろう。(4) 引換給付判決の適法性(その2)ーーXが無条件の明渡請求をする場合(2)③の場合(Xが無条件の明渡請求のみを請求する場合)にどのような判断をするべきかについては明示する最高裁判例はなく、学説は分かれている。実際上は、裁判所の釈明により、Xが適当な立退料額を提示し引換給付の申出をしたり、裁判所の定める立退料額を支払う旨を主張するなどするため、問題が顕在化することは少ない。しかし、理論的には、釈明がなされてもなお無条件の明渡請求を維持し立退料支払を申し出ない場合に引換給付判決をすることができるかが問題となる。判例が前述の第1の考え方に近いとするならば、無留保の明渡請求に対して引換給付判決をすることも、立退料額が原告の予算の範囲内であって不意打ちとならない限りでは処分権主義との関係では許されることになろう(濱田粉成ほか編『注釈民事訴訟法』[有斐閣・2017]971頁[山本和彦]、青山善充『民訴』140号[1992]112頁、近藤・後掲312頁)。もっとも、釈明がなされても主張を変更しない場合には、原告の意思解釈として、引換給付判決が被告の予測の範囲であるかは自明とはいえないであろう。また、民事訴訟法366条の問題とは別に、立退料の支払申出が正当事由の評価根拠事実であることから、弁論主義の第1原則により、口頭弁論においてXがこの主張をしておらず、裁判所としての引換給付判決が適法となることに注意すべきである(近藤・後掲212頁)。上記第2の考え方によれば、無条件の明渡請求と負担付のそれは訴訟物が異なるから、訴えの変更がない限り(あるいは訴えの変更を認めるべき事情がない限り)、引換給付判決をすることは処分権主義違反となる(伊藤235頁)。立退料の必要性やその金額について裁量的判断が予定されているとしても、立退料提供は原告の自由な意思にかかっており、原告がそれを求めない場合にまで裁量権を認めることはできないとされる(金子一ほか『条解民事訴訟法〔第2版〕』[弘文堂・2011]1326頁[竹下守夫]、下村・後掲116頁も同旨か)。もっとも、この考え方によると、無条件の明渡請求が立退料提供がなく正当事由が認められないために棄却され判決が確定した後、原告は立退料を申し出た上で、それ以外は同一の主張をして明渡請求訴訟を提起できることになる。前訴で被告が立退料の存否について反論を提起するとの方策がない以上、被告に再審への応訴を強いることが適当か、という観点も考慮する必要があろう。●参考文献●近藤満・百選「新法対応補正版」(1998)312頁 / 中山幸二・百選148頁 / 下村眞美・争点116頁(山田・文)
『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年
ISBN978-4-7857-3092-5
訴訟物
2025/09/03
Aは自転車で横断歩道を横断中、Bの運転する自動車に衝突し、傷害を負った。そこで、Aは、Bに対して、自動車損害賠償保障法に基づき、損害賠償請求の訴えを提起した。(1) Aは、治療費100万円、逸失利益600万円、慰謝料300万円の合計1200万円の支払を求めて訴えを提起したところ、裁判所は、証拠調べの結果、治療費50万円、逸失利益500万円が当該事故に起因する損害であると判断したが、慰謝料については450万円を認め、合計1000万円の支払を命じる一部認容判決をしようと考えている。このような判決をすることは適法か。(2) 上記1000万円の支払を命じる一部認容判決が確定した後、Aに前訴当時予測できなかった後遺症が発生し、それについての治療費、逸失利益および慰謝料の合計1500万円の支払を求めて、AがBに対して再度訴えを提起した。裁判所はどのように判断すべきか。●参考判例●① 最判昭和48・4・5民集27巻3号419頁② 最判昭和61・5・30民集40巻4号725頁③ 最判昭和42・7・18民集21巻6号1559頁●解説●1 訴訟物に関する考え方民事訴訟においては、裁判所による法的判断になじむように、原告は特定された権利の対象を提示しなければならない。このような審判の対象のことを訴訟物と呼ぶ(なお、「訴訟物」の概念は講学上のものであり、民事訴訟法は訴訟物を指して「請求」という語を用いることが多く〔258条1項・259条1項など〕、従来実務の言葉遣いでは「訴訟上の請求」とも呼ばれてきた)。訴訟物概念は、本書において判断すべき事項の最小の基本単位を構成し、訴訟のさまざまな局面で基準を提供する。例えば、訴えの併合(136条)、訴えの変更(143条)、二重起訴(142条)、申立事項と判決事項(246条)、既判力の客観的範囲(114条)などの場面である。その意味で、訴訟物は民事訴訟手続の全体像を特徴づける重要な概念であるということができる。訴訟物は、審判の対象を画するものであるから、訴状における請求の趣旨・原因の記載によって訴訟手続の当初から特定されていなければならない。訴訟物が同一とみなされるような基準で決定されるかについては、安定的な規準は存在せず、解釈に委ねられている。この点で、実体法上の権利または法律関係ごとに訴訟物を認識する実体法説(実体法説)と、各訴訟類型ごとの差を強く意識して、実体法上の請求権から独立した形で訴訟物を観念する新訴訟物理論(訴訟法説)とが対立しているところ、旧訴訟物理論の用法による理解と問題意識を中心に、かつて激しく展開されたところである。ただ、現在では、学説においてはなお新訴訟物理論が有力であるものの、実務においては旧訴訟物理論が支配的であり、膠着したまま沈滞化の方向をたどることができよう(詳細は、山本・後掲111頁参照)。いずれにせよ、本問との関係では、本問との関係で問題となるのは、同一の事実関係・法律関係を基礎としながら、どの範囲の請求権が単一の訴訟物として考えられるかという問題である。本問(1)との関係では、損害の種目(治療費、逸失利益、慰謝料等)がどの範囲で単一の訴訟物と考えられるか、が問題となり、本問(2)との関係では、時間的にどの範囲の請求が訴訟物として単一のものととらえられるか(事故後に生じた後遺障害も本問の訴訟物に含まれるとして考えてよいか)が問題となる。本問(2)については、一部請求や既判力の問題とも密接に関連するが、ここでは考えてみよう。2 新訴訟物理論の基準損害賠償請求訴訟において、どのような範囲で訴訟物をひと固まりのものと考えるか。という点については、かつてさまざまな議論のあったところである。一方の説では、人身事故で生じた損害についてはすべて単一の訴訟物であるとする理解があり、他方の説には、個々の損害費目ごとに異なる訴訟物を理念とする理解があり、その中間にさまざまな考え方が存在した。本問(1)においては、損害の総額については1200万円の支払請求に対して1000万円の請求を認容しているので、両者の考え方によれば問題は生じないことになる。これに対し、損害費目ごとにみれば、慰謝料について、300万円の請求に対して450万円の判決をしているものであり、慰謝料請求と単一の訴訟物と捉えれば、これは原告の申立てを超えた判決であり、民事訴訟法246条に反することになる。この点について、参考判例①は、「同一事故により生じた同一の身体障害を理由とする財産上の損害と精神上の損害とは、原因事実および被侵害利益を共通とするものであるから、その賠償請求権は1個であり、その両者の賠償を合わせて請求する場合にも、訴訟物は1個であるとすべきである」と判示している。したがって、これによれば、本問の場合にも、裁判所はそのような判決をすることができることとなる。実質的からしても、実体法において慰謝料の調整的機能をどうみるかということもある。積極的損害(治療費等)や消極的損害(逸失利益)は損害を積み上げて算定していくが、慰謝料は損害を積み上げて必ずしも十分な賠償額にはならないと裁判所が考える場合に、慰謝料額を積み増して補正する機能を確保するということは十分にありうると考えられる。そのような場合に、慰謝料について原告の請求額に拘束されるとすれば、そのような調整が柔軟に図られないおそれが生じ、相当ではないと考えられる。それでは、判例は一般論として訴訟物の単一性をどのような基準で判断しているのであろうか。参考判例②は、「原因事実および被侵害利益(事故等による事故等による単一性)とを重視し、原因事実(事故の単一性)と被侵害利益(人格利益)をメルクマールとして理解しているようである。そのような理解を前提とすれば、参考判例②がある。これは、無断撮影した写真について、同一の雑誌にセンターフォリオ写真を作成発表したとして、複数回にわたる著作権(複製権)および著作者人格権(同一性保持権)を侵害したとして合計50万円の損害賠償請求をしたところ、判決は「同一の行為により著作権侵害と著作者人格権侵害がされた場合であっても、著作権侵害による財産的損害と著作者人格権侵害による精神的損害とは両立しうるものであるので、両者の賠償を訴訟上併せて請求するときは、訴訟物を異にする2個の請求が併合されているものであるから、被侵害利益の相違に従い著作権侵害の賠償請求額と著作者人格権侵害に基づく慰謝料額とをそれぞれ特定して請求すべきである」とした。ここからも、原因事実と被侵害利益の同一性が認められる(原因事実が同一であっても被侵害利益を異にすれば訴訟物は別である)ことが明らかにされている。3 後遺症の扱い同一事故(原因事実が共通)において、後日新たな損害が発生した場合に、そのような損害の賠償請求はどのように考えられるか。これが後遺症の取扱いの問題である。1つの考え方として、後遺症は新たな損害であり、被侵害利益を別にするので、別個の訴訟物であるとする理解があり得る。これに依れば当然に後訴は可能ということになる。これは「被侵害利益」の捉え方に係る問題であり、新たな障害を後遺症と理解すればこのようになり訴えも可能である。一般には、被侵害された身体の完全性が回復されればよく、後遺症もその枠内にある、すなわち、被侵害利益としては同一性を失わないものと解されているように見える。仮に後遺症とされる障害が事故と同時に発生していたとすれば、その分の損害賠ย่อม当然同一の訴訟物と考えられていたはずだ。時期的に遅れて発生したからといって、訴訟物を異にするとする理解は便宜的にすぎるからである(ただし、後遺症が被害者の死亡に起因する場合には、傷害に基づく慰謝料請求と生命侵害に基づく慰謝料請求とは被侵害利益の基礎が異なるとする見解もある。最判昭和43・4・11民集22巻4号862参照)。そこで、このような損害は、訴訟物としては同一であるとしても(その結果前訴判決の既判力が及ぶものであるとしても)、前訴判決の基準時(口頭弁論終結時)後に生じた新たな損害であるとする理解が生じ得る。そのように考えられるとすれば、後訴判決の既判力は及ばず、原因事実の同一が考えられる。しかし、実体法の一般的な理解によれば、不法行為による損害は、観念的には、原則としてすべての行為の時点で発生すると解されている。たとえば人身の目はまったく新たに発生したものであっても、罪の時から見ればその原因はすでに事故の時点に存在していたのであり、損害賠償請求権も事故の時点で発生していたとされる。したがって、それが現実に発覚したのが基準時後であっても、基準時前の新たな事由とはいえないこととなる。そこで、確かに神の目から見れば、そのようにいえるかもしれないが、現実に訴訟を追行する人間である以上、前訴の事実審理における基準時までの損害については、既判力は及ばないとする理解があり得る。既判力の範囲は、場合によっては訴訟物よりも狭い範囲に限定されるとの考え方である。しかし、既判力の範囲という概念は、訴訟手続の具体的な状況によっては左右されるというものではなく、そのような具体的な事情をいちいち考慮すると、既判力の範囲が一般的に定まらず、法的安定を害し、不当な紛争の蒸し返しの解決の指針に適用されるおそれがあるからである。そのような理解を前提にすれば、このような考え方は問題となることを前提にすれば、このような考え方は問題となることを前提として処理した。すなわち、前訴は、後遺症部分の損害を除外した明示の一部請求であると理解し、後遺症部分の損害には既判力は及ばないとするものである。後遺症部分を排除するということが必ずしも明確に表示されていないとしても、いわば弁論の全趣旨の中で明示があったものとみなすという考え方と関わる。このような明示の黙示の理解はやや技巧的かと思われるが、個別の事案を類型化した柔軟な処理が可能だとして評価される。これは、たしかに、判例による損害賠償に関する議論(→問題50)を含め、なお学説上はさまざまな議論があるところである。●参考文献●山本克己・争点108頁 / 垣口千尋・争点112頁 / 我妻栄・百選146頁 / 谷口千尋・百選162頁 / 伊藤眞ほか「民事訴訟法の争点」(有斐閣・2007)31頁以下(山本和彦)
『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年
ISBN978-4-7857-3092-5
二重起訴と相殺の抗弁
2025/09/03
(1) Aは、Bに対して、2000万円の売買代金債権を有するとして、その支払を求めて訴えを提起した。その訴訟において、Bは、当該売買契約は、Aの給付した商品に瑕疵があったため解除したので、売買代金債権は存在しないと主張するとともに、仮に売買代金債権が存在するとしても、BはAに対してやはり未払の2000万円の売買代金債権を有するので、対当額で相殺する旨の予備的抗弁を主張した。その後、Bは、別訴で、上記2000万円の売買代金債権の支払を求めて訴えを提起した。裁判所は、この訴えを適法とすべきか。(2) Aは、Bに対して、2000万円の売買代金債権を有するとして、その支払を求めて訴えを提起した。他方、BはAに対してやはり未払の2000万円の売買代金債権を有するので、その支払を求めて別訴を提起した。当該訴訟において、Aは、Bに対する上記2000万円の売買代金債権により、対当額で相殺する旨の抗弁を主張した。裁判所は、当該相殺の抗弁を適法とすべきか。●参考判例●① 最判平成2・12・17民集45巻9号1435頁② 最判平成18・4・14民集60巻4号1497頁③ 東京高判平成9・4・8判タ937号262頁二重起訴禁止の原則1 二重起訴禁止の原則裁判所にすでに係属する事件について、当事者は、さらに訴えを提起することはできない(142条)。二重起訴の禁止と呼ばれるルールである。そのようなルールの趣旨としては、①重複した訴訟において異なる内容の判決がなされた場合に解決が困難になってしまうおそれがあること、②裁判所が重複した審理を強いられることになり、訴訟経済に反すること、③相手方が重複した事件に応訴させられ、不当な負担を強いられることが挙げられる。二重起訴の禁止が適用される範囲については議論があるが、通説的な見解は、訴訟物が同一である場合に適用すると限定する。それは、上記の制度趣旨との関係で、①の点を重視し、判決効、すなわち既判力が生じるのは訴訟物を対象とするので、仮に争点を共通にする場合であっても、訴訟物が異なれば、判決の抵触という事態は生じないからである。そして、訴訟経済は、当事者が訴訟を提起する権利を制約してまで、裁判所や相手方がその点の事情に付き合わされることには慎重の予定するところとされた。また、この通説に達した場合の効果として、訴えが却下される(つまり二重起訴に反しないことが訴訟要件とされる)とするのが通説的見解であり、それは、主権の主体側の事情の場合に訴えを却下してしまうのは過剰な規制になってしまうからである。これに対して、近時の有力な見解は、このルールの適用範囲を必ずしも訴訟物が同一の場合に限定せず、両訴で主要な争点が共通であるような場合にも及ぼそうとする。このような場合であっても、審理が重複する限りにおいて、上記②や③の不都合は同様に生じるからである(さらに、いわゆる争点効を認める見解や紛争の早期解決の要請を認める見解では、①に関する要請も生じ得ることになる)。そして、このような見解によれば、二重起訴に反する場合の効果も、訴えを却下するのではなく、審理の重複を回避するために後訴の審理を停止するなど柔軟な対応をすべきこととなる。さて、二重起訴の禁止は以上のような趣旨に基づくとされるが、訴訟物が同一によれば、訴訟物の審理した上記趣旨に反する① 趣旨を重視し、訴訟物以外の判断(判決理由中の判断)には既判力が生じないことをその根拠とするものである。しかるに、判決主文にのみ既判力が生じるとの原則(114条1項)に対する例外として、民事訴訟法は相殺の抗弁の場合を定める。すなわち、相殺のために主張した請求の成立または不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有するとされる(同条2項)。そうであるとすれば、相殺の抗弁についても二重起訴禁止の趣旨が妥当しないかが問題となる。請求権を相殺の抗弁が判断されたとして、相殺の抗弁がなされた訴訟で請求が認められ、両訴で判断が実質的に矛盾した場合はどうなるか。前訴のよう な二重起訴禁止の趣旨がこの場合にも変わるようになるからである。この点については、具体的に状況ごとに考慮する必要があると考えられており、①まず相殺の抗弁が提出された訴訟が別訴提起された場合(抗弁先行型)と、②まず訴訟が提起された後に相殺の抗弁が提出された場合(後訴先行型)とに分けて考えられている。2 相殺の抗弁と二重起訴の禁止―抗弁先行型本問(1)は、抗弁が主張された後に、同じ債権を訴訟物として別訴を提起する態様である。この場合には、二重起訴を禁ずる趣旨、すなわち、①判決抵触のおそれ、②審理の重複、③応訴の負担のいずれも妥当し、相殺の抗弁がなされた請求権の別訴は許されないのではないか、とも考えられる。この点について、最高裁判所の判例はいまだ存在しないが、学説では、二重起訴の禁止の趣旨の存否について、裁判所の判断の矛盾抵触のおそれがあり、訴訟経済にも反するから、許されない」としている。ただ、この場合には、相殺の抗弁による相殺の利益が保障されないという点があり、例えば、本問では、Aの訴訟追行が遅延するなど必ずしも代替性が保障されないという点があり、例えば、本問では、Aの売買代金債権が時効により消滅することになるとともに、相殺の抗弁は認められないことになる。した俊ではないかという見方が生じうる。しかし、参考判例③は、仮に提訴でなければならないという見方が生じうる。しかし、参考判例③は、仮に提訴でなければ、相殺の抗弁の裁判上の催告の効果を有し、消滅時効期間が満了でなくても、Bに与える不利益は著しいものとはいえないとした。その点とも関連して議論としてありうるのは、仮に別訴はできないとしても、Bは、Aの請求に対する反訴として、支払請求ができないかということであ る。参考判例①は、仮訴ではなくAの請求とBの請求との併合がなされた場合についてであるが)将来において訴訟の弁論が分離されることもありえないとはいえない以上、やはり許されないとしていた。ただ、このような場合は、Bの反訴は、Bの相殺の抗弁が判断されることを解除条件とする予備的反訴となるのがみられ(通常の予備的反訴は、本訴請求の棄却等を解除条件とするが、この場合は相殺の抗弁に関する判断を解除条件とする点で特殊なものである)。予備的反訴の場合には(予備的併合と同様、矛盾した判断を避けるために)弁論の分離は禁じられると解されることから、そのような問題は生じない。したがって、後述する参考判例の趣旨からも、Bは別訴ではなく予備的反訴として売買代金請求をすべきと解されることになろう。3 相殺の抗弁と二重起訴の禁止―後訴先行型本問(2)は、まず別訴が提起された後に、同じ債権を自働債権として相殺の抗弁を主張することができるか、という問題である。この場合にも、前記の二重起訴禁止の趣旨が同様に妥当し、相殺の抗弁は許されないのではないかとも一応考えられる。ただ、この場合には、①Aの提訴→Bの提訴→Aの提訴(別訴または反訴)→Aの相殺という経緯をたどった場合と、②Bの提訴→Aの提訴(別訴または反訴)→Aの相殺という経緯をたどった場合とでやや利害状況を異にするように思われるので、別途考えてみよう。まず、①の場合は、Aがなぜ相殺を最初から主張しなかったかが問題となるが(考えられる場面としては、当初はBの請求を否定できると判断してあえて相殺まで主張せず訴訟をしていたが、だんだんと危なくなってきたので予備的に相殺の主張をしたということが考えられる)、問題状況は2の場合に類似する。Aの訴えが別訴である場合には、最初に相殺の抗弁ができなかったのは、Aの訴えが別訴である場合には、最初に相殺を選択したのだから、それを取り下げない限り、相殺の抗弁が認められなくてもやむなえないと考えられる。他方、Aの訴えが反訴である場合には、2でもみたように、それが予備的反訴だとすれば問題は生じないと考えられる。なぜなら、その場合は弁論の分離が許されず、上訴審でも審理は共通にされるので、判決の矛盾のおそれや訴訟経済を害するおそれはないといってよいからである。そこで、参考判例①は、このような場合には、Aの反訴が当然に予備的反訴に変更されることになり、そうだとすれば二重起訴の禁止に該当しないと判示する(なお予備的反訴に変更することによるBの一部敗訴は、相手方の利益を考慮すると問題とする余地もあるが、この場合は実質的に相手方の不利益は考えられないので、同意は不要であろう)。やや技巧的な解釈ではあるが、1つの解決法ではあろう(同様に、最判平成27・12・14民集69巻8号2285頁は、本訴請求権が時効消滅したと判断されることを条件に、反訴における請求権を自働債権とする相殺の抗弁について、本訴の判断と矛盾するおそれはなく、審理も重複しないとして、その主張を認めている)。他方、本問のようなケース(①のケース)はやや事情が異なる。この場合には、Aとしては、最初に提起した訴訟が、Bが何らかの事情があって別訴の主張ではなく相殺(別訴または反訴)をしてきたので、相殺の担保的機能を活用して(とくにBの資力に問題がある場合が典型である)相殺を主張しようとしたもので、このような事態の発生についてAの責めに帰すべき事由はないように思われる。それにもかかわらず、相殺を許さないことはAに酷であろう。そこで、問題は結局、二重起訴の利益(判決の抵触防止・訴訟経済等)と相殺の利益(相殺の担保的機能)のいずれを重視するかの政策判断の問題となるように思われるが、参考判例①は、このような場合も二重起訴の趣旨が妥当として、相殺の抗弁は許されないと解した。しかし、1つのありうべき判断ではあるが、相殺の担保的機能(実体法の趣旨)をより重視する判断もありうるところであり、なお議論は続いている。なお、Bの訴えが反訴である場合(あるいはAの訴えとBの訴えの弁論が併合されている場合)、前述の趣旨からすれば、Aの訴えを何らかの形で予備的なものと理解し、弁論の分離を禁じ、上訴審も移審が強制されるとすれば、あえて二重起訴により規制する必要はないかもしれない。ただ、Aの訴えが反訴である場合は予備的反訴というテクニックが利用できたが、本訴である合には論理的に「予備的本訴」という概念がないため、問題をうまく処理する枠組みがないということになる(解除条件付きの訴え(本訴)の取下げが認められるかという問題となろうか)。困難な問題であるが、なお検討を要しよう(この点につき、本訴請求債権(自働債権)と反訴請求債権との間に密接な関係性がある場合に、弁論の分離が禁止され、二重起訴に当たらないとして部分的に問題の解決を図ったものとして、最判令和2・9・11民集74巻6号1698頁参照)。●参考文献●山本弘・争点52頁 / 内海博俊・百選74頁 / 内山衛次・百選78頁 / 重点講義(上) 140頁(山本和彦)
『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年
ISBN978-4-7857-3092-5
一部請求の残部に対する時効の完成猶予
2025/09/03
Yは、XがYに対して有する売掛金債権について、20×0年6月24日に全ての債務の承認を行った。その後、Xは、Yによる上記債務承認によって同日から5年が経過する20×5年6月24日には消滅時効が完成してしまうと考えて、20×5年4月16日配達の内容証明郵便で、Yに対し、上記売掛金債権の催告の催告(本件催告)をした。さらに同年10月14日には、Yに対して上記売掛金債権のうちの一部であることを明示して5300万円の支払を求めて提訴した(第1訴訟)。第1訴訟では、Yからの相殺の抗弁が提出され裁判所はこれに理由ありと判断したうえで、現存する売掛金債権の額は7500万円であるとの認定がなされ、Xの請求を全部認容する判決が言い渡された(なお20×9年9月18日確定)。Xは、20×9年6月30日、第1訴訟における裁判所の認定に沿って、第1訴訟で訴求していなかった売掛金債権の残額2200万円の支払を求める訴え(第2訴訟)を提起した。これに対し、Yは、本件催告から6カ月以内に民法147条1項各号、148条1項各号、149条所定の時効の完成猶予の措置を講じなかった以上は、残額については消滅時効が完成していると主張して、時効の援用をした。第1訴訟の提起による時効の完成猶予の効力が、第2訴訟についてでも及ぶかについて検討せよ。●参考判例●① 最判昭和34・2・20民集13巻2号209頁② 最判平成28・6・6民集67巻5号1208頁●解説●1 訴え提起による時効の完成猶予の範囲訴えの提起がなされることによって、訴訟係属に伴う訴訟法上の効果のほか、一定の実体法上の効果も生じるとされており、その代表的なものが時効の完成猶予(民法147条)である。訴えの提起によって時効の完成が猶予される根拠については、訴えが権利者の確固たる権利主張の態度と認められるがゆえに求める見解(権利行使説)と、判決によって訴訟物である権利関係の存否が確定され、継続した事実状態が既判力によって否定されることに求める見解(権利確定説)との対立が古くから存在する。2 訴え提起による時効の完成猶予の及ぶ範囲民法147条1項1号が定める裁判上の請求による時効の完成猶予は、本来権利を主張する者が訴訟として特定の請求権を行使する場合を予定していると考えられる。したがって、訴え提起によって時効の完成猶予の及ぶ範囲は、当該訴えにおいて定立された訴訟物の範囲と一致するのが本筋と思われる。しかしながら、従来の裁判例の中には、訴訟物として直接主張されていなかった権利関係であっても、時効の完成猶予の対象となることを認めた判例が少なからず存在する(なお、以下の取り上げる上述の裁判例はいずれも現行民法以前のものであることから、引用も時効中断という用語で紹介することをお断りする)。大別して、①当該訴訟における被告の権利主張等に時効中断を認めたもの(原告の提起した給付訴訟において被告により主張された求償権の長井に当該被担保債権の時効中断の効力を認めた事例(最大判昭和38・10・30民集17巻9号1223頁)など)、②訴え提起の時点では権利行使されてない訴訟物と異なる他の訴訟物についても時効中断を認めたもの(最判昭和38・1・18民集17巻1号1頁、最判昭和62・10・16民集41巻7号1497頁、最判平成10・12・17判時1664号59頁(裁判上の催告)、といった2つの類型に分類される。②類型に属する事例について時効の完成猶予の及ぶ範囲の拡張を認めるめには、前訴と後訴との訴訟物の同一性を基準とするという考え方からの脱却が求められるが、裁判例の傾向としても、両請求の「請求原因の共通性」を「経済的利益の共通性」という観点から、時効の完成猶予の及ぶ範囲の拡張の当否を考えるべきという方向にあるものと評価できよう。3 裁判上の催告②で掲げた②の類型に属する裁判例のうち、「裁判上の請求=訴訟物」という図式を緩和するために、裁判上の請求概念を拡張するという考え方や裁判上の請求に準ずる効力を認めるという考え方のほかに、裁判上の催告という概念を用いるものもある。もともと、裁判上の催告という概念は、訴えによる権利主張はあったが結局実体判断に至らなかったような場合(訴え却下、相殺の抗弁につき実体判断がされなかった等)に、裁判上での確認は至っていないがその主張は裁判外の催告よりもはるかに明確な権利主張であり、強い権利主張として訴訟係属中は催告が継続するものと考えるべくとして、訴訟終結後も6か月以内に訴えを提起すれば時効の完成猶予(当時は時効中断効)は維持されるものとして提唱されたものである(我妻榮『新訂民法総則』[岩波書店・1966]219頁以下参照)。この考え方は、改正前民法149条を補完するものともいえ、必ずしも訴訟物の異なる請求による時効の完成猶予の及ぶ範囲の拡張という問題解決のために用いられることを想定していなかったのではないかと推察されるが、論者である我が国では、この考えを押し及ぼすことにより、明示的一部請求の提訴により実際には主張がなかった残部請求についても時効の完成猶予の効果を維持できるとした。なお、改正民法においては、解説論として認められていた裁判上の催告という概念を立法的に認めるに至った(改正民法147条1項柱書後段)。ここから、従来の裁判例において裁判上の催告を用いて時効の完成猶予の拡張を認めてきた事案については、改正民法の下においても影響はないものと思われる。4 一部請求訴訟による時効の完成猶得の及ぶ範囲本問のような、数量的に可分な請求権についての一部の請求後に残部請求求であるかが明示されている場合には、残部の支払を求める後訴提起を認める立場による場合は、明示による訴訟物の分断を認めることになる(→問題28)ことから、②の類型と同様の問題意識が生じてくる(他方、一部請求による訴訟物の分断を認めない見解に立つと、一部請求訴訟による時効中断も債権全体に及んでいくことになり、このような問題は生じない)。この問題についてのリーディングケースとされる参考判例①は、「裁判上の請求=訴訟物」という図式を堅持し、明示的一部請求の場合の訴訟物は明示された債権の一部分だけであることから、時効中断もその一部の範囲においてのみ生ずるという判断を示している。もっとも、参考判例①には少数意見が付されており、一部請求訴訟の係属中であればいつでも請求の拡張という方法で残額全部についても容易に判決を求め得る場合には、「裁判上の請求に乗るべきもの」として時効中断の残額にまで及ぶとする。この最高裁判決に対しては、明示的一部請求では残部についての後訴提起を前提としながら、その残部自体が消滅時効にかかってしまう可能性があるというのでは、右手に与えたものを左手で奪うようなものだと批判して、これに反対する見解が学説上では多数といえる(理論構成の差異により見解がさらに分かれる。詳細については、川嶋四郎「民事訴訟法・日本評論社・2013」283頁以下参照)。このような状況のもと、改正民法を考慮して、民法改正作業の過程においては、明示的一部請求訴訟提起による時効の停止(現行法では時効の完成猶予)は、債権の全部に及ぶという考え方が提案されていた(民法(債権関係)の改正に関する中間試案(平成25年3月26日決定)87の(2))が最終的には成案に至らなかった(後に触れる参考判例②のような考え方で対処可能と考えたためであろうか)。他方、参考判例②は、参考判例①を引用して、明示的一部請求に係る訴えによる時効中断は、その一部についてのみ生じ、残部について、裁判上の催告に準ずるものとして時効中断の中断の効力が及ぶものではない旨を述べつつ、①債権の一部分とその他請求とは請求原因事実を基本的に同じくする、②明示的一部請求の訴えを提起する債権者は、将来にわたっておよそ残部の請求をしないという意思の下に請求を一部にとどめているわけではないのが通常と考えられること、などを理由に、残部につき権利行使の意思が継続的に表示されているとはいえない特段の事情がない限り、明示的一部請求の訴えの提起は、残部についても、裁判上の催告として消滅時効の中断の効力を有するべき、との判断を示した。これは、時効の完成猶予の及ぶ範囲を訴訟物の範囲よりも拡張させる近時の動向にも沿うものといえ、上述した我妻博士の理解とも親和的である。しかしながら、このような考え方に対しては、訴訟的確説の立場に優位な被告が権利主張した事実自体が却下されてしまった場合にどのような関係になるといった問題点や両請求の「請求原因の共通性」を適用することには疑問も見せられている。また、両請求の「請求原因の共通性」や「経済的利益の共通性」という観点から、時効の完成猶"予の範囲の拡張の当否を考えるべきという傾向があることを踏まえても、一部請求と残部請求とでは経済的利益は実質的であり、一部請求の訴えによる残部に対する時効の完成猶予の拡張は認められないのでは、といった指摘もなされている。なお、従前より裁判上の催告と称されてきた概念は、改正民法においても同様の考え方が立法的には採用されたといえるが(民法1条1項柱書後段)、明確には「裁判上の催告」という語を用いてはあおらず、この場合も含めて「裁判上の請求」として立法されている。したがって、改正民法下においても参考判例②の法理は基本的に妥当すると考えられるところ、明示的一部請求の訴えの提起によって、特段の事情がない限り、残部についても「裁判上の請求」(同条1項1号)があったものと表現するということにだろう(潮見佳男『民法(全)第3版』(有斐閣・2022)102頁参照)。5 催告の繰返しと時効の完成猶予参考判例②は、明示的一部請求の訴えの提起によって、残部について、裁判上の催告として時効の完成猶予を認めていることから、この判決の射程を及ぼすためには、債務者としては、明示的一部請求訴訟の判決確定後6カ月以内に、改めて残部についての時効の完成猶予の措置を講じなければならないことになる。ただ、本問のように、消滅時効の完成直前に債権全体について裁判外の催告(本件催告)があり、その6カ月以内に残部について裁判上の催告がなされたものと判断されるところは、残部については催告の繰返しがなされた状態となる。民法150条2項は、催告の繰返しを認めてもいつまでも時効が完成しないという問題を避けるために催告についてはその効力を認めないとする従来の判例法理の一般的な理解を明文化しているが、同条項が想定しているのは、裁判外の催告が繰り返された場合であって、本問のような再度の催告がいわゆる裁判上の催告である場合にも時効の完成猶予の効力が無条件に解除されることになるかについては、解釈に委ねられることになる(→問題19)。参考判例②は、本問類似の事案において、本件催告から6カ月以内に旧民法153条所定の措置が講じられなかった以上は、残部については消滅時効が完成したと判断し、再度の催告が裁判上の催告である場合にも催告の繰返しにあたるとの判断を示しているが、現行民法下においてもこの判断が妥当かどうかは別に検討する必要があろう。他方、本問のような事情(消滅時効の完成前に裁判外の催告がなされている)が存在するような場合にあっても、債権者に残部について時効の完成猶予を安定的に与えるべきとする場合には、参考判例②のような裁判上の催告概念を用いた処理ではなく、一部請求訴訟の提訴によって残部についても当然に裁判上の請求があったとする理論構成が別途求められることになる。●参考文献●中島弘雅「訴訟による時効中断の範囲」新堂幸司ほか編『中野貞一郎先生古稀祝賀・判例民事訴訟法の理論(上)』(有斐閣・1995)321頁以下 / 鎌田薫ほか『民法改正(第2版)』(日本評論社・2010)191頁以下[山本和彦]/ 山本和彦「いわゆる明示的一部請求と残部についての消滅時効の中断」金法2001号(2014)18頁以下(畑 宏樹)
『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年
ISBN978-4-7857-3092-5
任意的訴訟担当
2025/09/03
A国は、日本で国債を発行し、多数の日本の個人や企業がそれを購入していた(いわゆるサムライ債)。この発行の際、A国は、債券の内容等を債券の要項で定めた。B銀行との間で、Bを債券管理会社として管理委託契約を締結した。本件管理委託契約には、債券管理会社は、本件債券保有者のために本件債務に基づく弁済を受け、または債務を保全するために必要な一切の裁判上または裁判外の行為をする権限および義務を有する旨の条項があった。本件要項は、本件債務の内容のほか、上記債権条項の内容を含むものであり、発行された本件債券の券面裏にその全文が印刷され、本件債権者に交付される目論見書にも本件債権条項を含めてその実質的内容が記載されていた。その後、A国は債券の元利金の支払をしなかったため、B銀行は、債券管理会社として本件債券保有者のために、A国に対し、債券元利金の支払を求めて訴えを提起した。B銀行に請求の根拠は認められるか。■参考判例■① 最判平成45・11・11民集24巻12号1854頁② 東京高判平成8・11・27判時1617号94頁③ 東京高判平成8・3・25判タ936号249頁④ 最判平成28・6・2民集70巻5号1157頁●解説●1 代理と訴訟担当民事訴訟において、他人の権利や法律関係について訴訟を追行できる場合として人事訴訟がある。代理は、他人を当事者として本人がその代理人として訴訟を追行する場合であり、訴訟担当は、他人の利益の帰属主体としながら本人が当事者として訴訟を追行する場合である。代理および訴訟担当ともに、本人の訴訟追行権が他人の意思・授権に基づくかどうかによって、法定代理ないし法定訴訟担当と訴訟代理ないし任意的訴訟担当とに区別される。このうち、法定代理は、訴訟上の代理人の代理権が当事者の意思に基づかない場合をいい、親権者・後見人・不在者財産管理人など実体法の法定代理人と、訴訟法上の特別代理人(35条)に分かれる。法人や法人格なき団体の代表者も、法定代理人と同視され、法定代理に関する規定が準用される。また、法定訴訟担当は、当事者の訴訟追行権が利益帰属主体の意思に基づかない場合をいい、破産管財人や訴訟追行の差押債権者など財産の管理処分権が実体法上第三者に帰属する場合と、人事訴訟における検察官・成年後見人などの職務上の当事者に分かれる。他方、訴訟代理は、訴訟上の代理人の代理権が当事者の意思に基づく場合をいう。訴訟代理人には、訴訟追行の委任を受けて代理権を授与される訴訟委任による代理人と、当事者の意思によって一定の法的地位(支配人・船長等)に就くことによって法令上当然に代理権を授与される法令上の訴訟代理人に分かれる。訴訟委任による訴訟代理人は原則として弁護士でなければならないという弁護士代理の原則が適用になる(54条1項本文)。訴訟委任による代理人を法律の専門家である弁護士に限定して、当事者の保護および訴訟手続の円滑な進行を図る趣旨である(ただし、簡易裁判所においては、裁判所の許可により、弁護士でない者も代理人となることができるが認可の可能性は低い)。同原則により、弁護士でない者による訴訟代理は、手続の安定の要請と代理人ができるとされる行為に対する信頼に基づき、その範囲は包括的なものとされ、これを個別的に制限することは許されない(55条3項)。ただ、上訴の提起や訴えの取り下げなどとくに重要な行為については、当事者の保護のため、その特別の委任を要するものとされる(同条2項)。最後に、任意的訴訟担当は、当事者の訴訟追行権が利益帰属主体の意思に基づく場合をいう(判例などでは「任意的訴訟信託」と呼ばれていることもある)。が、現在では「任意的訴訟担当」という呼び方が一般的である)。民事訴訟法その他の法令に明文の定めのある場合として、選定当事者(30条)、手形の取立委任裏書人(手形18条)、サービサー(債権管理回収業に関する特別措置法11条1項)などがある。このうち、選定当事者の制度は、共同の利益を有する多数の者が当事者適格を有する場合に、その中から1人または数人を選定して、選定された者が全当事者のために訴訟を追行する制度である。これによって、多数の者が当事者となる負担を軽減するとともに、訴訟手続の単純化を図ったものである。近時はさらに、当事者になっていない者も固有の利益を害されるとして訴訟追行の選定をすることができると認められ(30条3項)、その活用が図られている。このように法定された事案の場合以外に一般的にいかなる場合に任意的訴訟担当が認められるかについては、明文の規定がない。そこで、上記の訴訟代理の制度などとの関係で、どのような権限でどのような要件の下に任意的訴訟担当が認められるのかが問題となる。特に、選定当事者制度との関係では、担当者となるべき者が本来の当事者適格を有していない場合が問題となる。本問はそのような点を問題とするものである。2 任意的訴訟担当が認められる要件任意的訴訟担当について、かつての判例は、厳格な態度をとっていた。すなわち、組合の業務執行組合員が全組合員の授権に基づき任意的訴訟担当を行う場合について、組合の代理人または各組合員の選定当事者としてであればともかく、任意的訴訟担当によることは許されないとしたものがあった(最判昭和37・7・13民集16巻8号1516頁)。しかるに、そのような姿勢を大法廷判決によって正面から転換したのが、参考判例①である。この判例は、建設工事共同事業体(いわゆるジョイントベンチャー)という民法上の組合について、自己名義で請負代金の回収や瑕疵の修理をする権限を有していた者が、他の組合員から授権を受けて、実質的には当該組合として施工の契約利益により生ずる損害賠償を求めた事件において、当該原告の原告適格を認めた。そこでは、選定当事者の制度が存在するが、これは任意的訴訟担当が許される原則的な場合をすでにまとめており、それ以外の場合に任意的訴訟担当が許されないと解すべきではないとする。そして、任意的訴訟信託は、民訴法が訴訟代理人を原則として弁護士に限り、また、信託法11条(現行10条)が訴訟行為をさし止めることを主たる目的とする信託を禁止している趣旨に照らし、一般的にこれを許容することはできないが、当該訴訟の追行のような制限を回避、潜脱するおそれがなく、かつ、これに代わるような制限を回避、潜脱するおそれがなく、かつ、これを認める必要性のある場合には許容するに妨げない」と判示した。そして、本件では、組合の業務執行組合に対する構成組合員からの任意的訴訟担当を認めている。上記のような規律の潜脱のおそれはなく、合理的必要性を欠くものでもないので、任意的訴訟担当が認められるとした。すなわち、参考判例①は、民事訴訟法上の弁護士代理の原則と信託法上の訴訟信託の禁止が任意的訴訟担当を無制限に許容できない根拠としながら、①そのような規律の潜脱を回避・潜脱するものでないこと、②それを認める合理的必要性があることを要件に、(選定当事者によらない)任意的訴訟担当を認めたものである。同判決は、裁判所として初めて、任意的訴訟担当が認められる要件を示したもので、その後の裁判例や学説における議論に大きな影響を与えた。しかしながら、上記の要件は極めて一般的であり、また価値判断を伴うものであることは否定できない。そのため、下級審裁判例も事案に応じた個別的な判断をしているように見える。例えば、参考判例②は、参考判例①と同様に、組合の業務執行組合であるが、明示的な形で訴訟追行の授権がされていない場合においても、任意的訴訟担当の成立を認めたものである。他方、参考判例③は、コンピュータの保守業者がユーザーのために損害賠償金の支払を求めた事案において、合理的必要性を欠くものとして任意的訴訟担当の成立を否定した。学説からは、判例について、被信託者が共同利益者の一員である場合には原則として許容される一方(参考判例①のほか、東京地平2・10・29判時1378号117頁、東京地判平成8・8・27判時1429号100頁など)、被信託者が共同利益者以外の場合には個別判断で例外的に許容される(参考判例③のほか、東京地判平成14・6・24判時1809号80頁、東京地判平成17・8・31判タ1216号312頁、東京地判平成17・8・31判タ1208号247頁など)、また、団体がその構成員の権利について訴訟する場合に消極的と解されている(東京高判平成3・8・27判時1425号94頁、東京地判平成17・5・31訟月53巻7号1937頁など)以上の分析につき、特に八田・後掲60頁参照)。3 本問の考え方本問と同様の事案については、参考判例①がある。同判決は、参考判例①の一分説を引用する。そして、問題となった授権の有無に関して、このような管理委託契約を本件債券保有者のために締結するための契約と解する。そして、本件要項は本件条項の内容を構成し、本件債券保有者に交付される目論見書等にも記載されていた。社債に類型した本件債券の性質から、本件授権条項の内容は本件債券保有者の合理的意思に違うと解する。以上から、本件債券保有者は、本件債券の購入に伴い、本件条項に係る訴訟追行の意思表示を本件管理会社に信託的に委託することについて受益の意思表示をしたものと解し、訴訟追行権の授権を認めた。受益者が拡散して個別的把握が現実的ではないという本件の特殊性に鑑み、約款と同様の手法で、アクセス可能性と内容の合理性から受益者の合理的意見を推認し、授権の意思表示を認めたものといえる。次に、授権の合理性については、本件債券は多数の一般公衆に対して発行されるものであるから、本件債券保有者が自ら適切に権利を行使することは合理的に期待できないことを前提に、本件債券と社債との類似性に鑑み、合理性により本件債務について社債管理会社に類した債券管理会社を設置し、社債の規定に倣った本件授権条項を設けるなどして、訴訟追行権を認める仕組みが構築されたとする。そして、管理会社はいずれも銀行であって実務法に基づく規律・監督に服することや、本件管理委託契約上、公平誠実義務や善管注意義務が認められることなどから、管理会社において本件債券保有者のために訴訟追行権を適切に行使することが期待できるとして、合理性要件も充足し、結論として、管理会社の訴訟追行権を認めることは、弁護士代理の原則の回避や訴訟信託の禁止の潜脱のおそれがなく、これを認める合理的必要性があるとして、管理会社の原告適格を肯定した。ここでも、会社法上の社債権者(会社法702条以下)と同様の仕組みが契約でとられていること、特に公平誠実義務や善管注意義務が課されていることから、授権の合理性を肯定したものである。以上のような参考判例④の趣旨は、本問の事例の場合にも妥当するものと考えられ、したがって、本件管理契約の中の社債管理会社の規律と同様であり、公平誠実義務や善管注意義務を定めているようなものであれば、任意的訴訟担当の成立を認めてよく、X銀行の原告適格を認めることになるといえよう。個別判断は、債券の範囲や経済的動向(時効中断のためのもの)といった個別事情は基本的に考慮していないので、本件設例の債券保有者の性質や特殊個別事情が追いつめられた等の個別事情による場合は分けて考えるべきであろう。なお、サムライ債の発行が多数に及び、一般投資家もそれを購入している状況で、その内容を個別契約的に尋ねている現状には批判もあり得、会社法と同様の明文規定を求める立法論も考えられる(仮に会社法705条1項のような全文が設けられたれば、Xの原告資格は法定訴訟担当として基礎付けられることになろう)。●参考文献●八田卓也・参考60頁 / 中本富美子・百選26頁 / 水元宏典・百選30頁 / 山本克己「民訴法上の訴訟の地位(1)」法教286号 (2004) 72頁(山本和彦)
『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年
ISBN978-4-7857-3092-5
法人でない社団の登記請求権
2025/09/03
X会は、P会社の従業員で構成される法人でない社団団体であり、構成員は常時500名を超える。Xの現在の代表はAである。規約によれば、Xの意思決定機関は年1回開催される総会であり、出席者の過半数の賛成により決議がなされる。Aは、X専用の会館の建設を企画し、その用地として土地所有者Yから1億円で購入することを総会に諮ったところ、過半数の賛成を得て可決された。そこでAは、XY間で甲の売買契約を締結し、1億円をYに支払った。その後、Yが甲の所有権移転登記に応じないので、Aは、XY間の売買契約の成立を主張して、A名義への所有権移転登記手続請求の訴えを提起した。訴状の原告欄には「X 上記代表者A」被告欄には「Y」と記載され、また、Xが上述の性質を有する団体である旨も記載されている。Yは、「本件訴えの原告適格はXには認められないから、本件訴えは却下されるべきである」と主張した。証拠調べを経て、裁判所は、Xが民事訴訟法29条の適格のある社団であることを前提としたうえで、Aの本案に関する主張はすべて認めることができ、Yは甲の所有権移転登記手続に協力する義務があると判断するに至った。裁判所は、どのような判決をするべきか。■参考判例■① 最判平成6・5・31民集48巻4号1065頁② 最判平成23・2・15判時2110号40頁③ 最判平成26・2・27民集68巻2号192頁●解説●1 法人でない社団の当事者能力と当事者適格本件X会は法人格のない社団であり、民事訴訟法29条の適用を受けると考えられる(最判昭和32・12・18民集12巻12号2422頁、最判昭和39・10・15民集18巻8号1671頁等) [→問題27]。同条の趣旨は、法人でない社団であっても、それが1個の社会実体として活動し取引主体となることがあると想定され、そのような社会実体を訴訟上にも反映させることが紛争の相手方にとっても便宜であることから、一定の要件を満たす社団には当事者能力を認めるものである。本件は、判例等により確立された同条の要件を満たすと考えられるので、まず、当事者能力を認めることができる。問題は、登記請求権を訴訟物とする裁判訴訟の原告適格を認めることができるか、である。民事訴訟法29条の趣旨を単純に当てはめれば、Xに原告適格を認めてよいようにもみえるが、いくつか検討すべき点がある。まず、Xに権利能力を認めることができるかが問題となる。権利能力がないとすれば、給付請求訴訟判決が確定しても実体権の帰属先が存在しないから、請求を認容判決を下せないからである。そこで、誰を実体権の帰属主体とし、それとの関係で、Xに原告適格を認めるとすればどのような根拠に基づくかを検討する必要がある。また、不動産登記については、不動産登記法上、登記申請者・義務者の本人確認を要するが、法人でない社団に関しては、社団および代表者の証明について、法人登記簿のような定型的で蓋然性の高い審査資料を登記官に提出することが困難との実情がある。そのため、登記実務・判例とも、法人でない社団(X)または社団代表者Aの肩書きのついた個人名義(X代表者A)の登記のいずれも否定してきた(判例①・6・2民集26巻5号957頁)。したがって、Xが原告適格を有するとしても、A個人名義への移転登記を求めざるを得ないが、そのような請求の意義に問題点を検討を要する。さらに、当事者適格の議論において検討された訴訟担当による訴訟追行も可能か(特に非典型任意的訴訟担当とすれば、訴訟の相手方は訴訟法による法的安定性を期待するが、他方で、X構成員が別個訴訟を提起することができなくなるのはなぜか、その理由を説明する必要があろう。2 社団固有財産に係る登記請求訴訟の原告適格(1) 登記請求権の権利主体と原告適格 民事訴訟法29条の適用のある社団に実体法上の権利能力がないとすると、上記のとおり原告適格を認めても訴訟判決を得ることができず、両者の実質的な意義が失われるとして、当該事件限りで権利能力を有するものとする考え方も有力に主張されてきた。しかし、判例は、このような考え方を採用せず、社団の財産は、その構成員全員に総有的に帰属されると解している(最判昭和32・11・14民集11巻12号1943頁、最判昭和55・2・8判時961号60頁参照)。したがって、いわゆる管理処分権を前提として当事者適格を考えるならば、土地甲の移転登記請求の訴訟の訴えは、X構成員全員が共同原告として行わなければならないことになる。もっとも、そのためには500名以上の会員全員が共同原告になるに同意しなければならないし、多数の当事者の間で訴訟資料や訴訟記録の統一化を図るために手続が煩雑となるおそれがあり、現実的ではない。そこで、判例は、次のような判断を示して、この問題に手続的に対応してきた。すなわち、①X代表者は、構成員全員のために包括的に当該不動産の登記名義人とみなしたのであり、移転登記請求訴訟の原告適格が認められる(最判・昭和判昭和47・6・2)。新代表者の下で移転登記請求の訴訟における中断である。参考判例③が引用されている、②Xの総会決議により登記名義人とされた構成員は、構成員の全員(総有権者)から登記名義人となることを委任(実体法上の委任)され、登記請求訴訟を自己の名において追行する権限を与えられている(訴訟遂行権の授権)から、自己への移転登記手続請求の訴えの原告的確が認められる(参考判例③)。③権利能力のない社団の構成員全員に総有的に帰属する不動産について、実質的には当該社団が所有しているとみるのが紛争の実態に即していることを前提として、X自身に原告適格を認める(参考判例③)と判断してきた。結局、判例は、社団代表、規約に基づく決議により授権された者は、社団自身にも原告適格を認めるに至ったことになる(なお、最判・昭和判昭和47・6・2は、傍論において、社団自身の規約の定めるそれでは、これらの判例において、原告適格はどのような性質のものと解されているか。当事者適格の考え方として管理処分権を前提とするならば、登記請求権が構成員全員の総有に属するかによると、上記①~③で整理したように、判例が示す原告適格はいずれも構成員全員を被担当者とする訴訟担当と考えられる。その根拠として、任意的訴訟担当または法定訴訟担当が考えられるが、見解は分かれる。①最判・昭和判昭和47・6・2が「社団構成員全員のために固有不動産は、右構成員全員のために信託的に社団代表者個人の所有とされる」と論じている構成員全員のために信託的に社団代表者個人の所有とされる」と論じている点や、②(参考判例①)が総会決議における委任・授権を認定している点からは、任意的訴訟担当と解することも可能である。もっとも、任意的訴訟担当は、本来被担当者が担当者の授権に働きかけられるところ(明文の任意的訴訟担当の規律として、30条参照)、総会決議は規約の定める割合の賛成を得れば成立するから、決議に反対した構成員も被担当者となるかが問題となりうる。この点については、社団という概念は、構成員全員の意思をとりまとめる機能を説明する意義があるとしたうえで、とくに団体の強い結合という共同所有形態においては、その必要性が顕著であると説明することもできよう。他方、法定訴訟担当とをとれば、上記の議決反対者の問題をクリアすることができる。また、参考判例①③が、決議等の授権に関する事実を認定せず、登記手続・訴訟手続の便宜・安定の観点から社団の原告適格を認めていることからも、判例が明文の規定のない法定訴訟担当を創設したものと解することもできよう。③判決は、「当事者適格は、特定の訴訟物について、誰が当事者として訴訟を追行し、また、誰に対して本案判決をするのが紛争の解決のために必要で有意義であるかという観点から決せられるべき事柄である」として、実質的な権利の帰属や管理処分権にふれていないことも特徴的である。とはいえ、同判決は上記②の点を指摘したわけではないし、事実との関係で授権を要しない(固有財産の処分に関する決議があれば足りる)と判断したことによるものと考えられよう。ところで、上記の説明は、X構成員を被担当者とする訴訟担当が、Xの訴訟追行および人の登記保持を含む包括的なものであることを前提としている。これに対して、A個人のへの移転登記を求める訴えにおいては、XのほかにもA構成員からの授権を得ているものとして、いわば二重の訴訟担当がなされていると解する考え方もありうるように思われる(2参照)。なお、Xが法人でないことから生ずるもう1つの違いとして、AがX代表として訴訟追行をする際の資格の問題がある。参考判例①は、法人でない社団が総有権確認の訴えを提起する際に原告適格を有する判断をしているが、その訴訟で際に訴訟追行を担当する社団の代表者については、規約上、財産の処分に必要とされる決議等による授権が必要と判断している。法人の代表であれば当然に訴訟追行が認められることとの相違に留意すべきであろう。(2) 社団代表者への移転登記に伴う問題 上述の通り、Xの請求はAへの移転登記を求めるものであり、確定した請求認容判決を債務名義とすることによって、A個人の名義で所有権移転登記がなされることになる(この場合の執行は、民事執行法174条1項本文により、裁判の確定と同時にYの意思表示の擬制の効果が生ずるから、Aが承継執行文(民執27条2項)を得る必要もない)。そうすると、A固有の債権者が、土地甲を引当財産として強制執行をする等のおそれも否定できない。これは、Xが法人でないために生ずる問題であるが、民事執行法上は、Xが第三者異議の訴えを提起してXの所有権を主張し、強制執行の不許可を求める方法が用意されている(民執38条1項)。さらに、Xの債権者がXの所有する不動産(登記名義はA)に対して強制執行をする場合の執行方法についても、やはり所有権の帰属と登記名義人のずれが問題となるが、これについては、最判平成22・6・29(民集64巻4号1235頁)[→問題27]を参照されたい。(3) 社団を原告とする判決の効力 Xに原告適格を認めた場合に、その判決の効力、とくに既判力はX構成員に及ぶと考えられるか。この問題が論じられるのは、とくに相手方が勝訴した場合であるが、X構成員、とくに決議に反対した構成員による再審を封ずることがXY間の公平に適うと考えられる。そうでなければ、YはX構成員の数だけ応訴しなければならないからである。他方、X構成員の不服申立権は、X内部の意思決定の瑕疵は、X内部の意思決定の問題に収れんすると考えるべきであろう(したがって、解釈上Xの構成員の授権が認められない場合やXの意思決定手続に関する規約に問題があったりその不遵守がある場合には、Xの原告適格(場合によっては当事者能力)が認められないとの結論もあり得よう。X構成員への判決の効力について、Xの原告適格として訴訟担当構成を採る場合には、構成員は被担当者として判決の効力を受けることになる(115条1項2号)。上述のように、任意的訴訟担当構成において、決議に反対した構成員に判決効を及ぼすことには困難もあり、社団の性質や共同所有形態によって個別の判断を要する場合もあり得よう。これに対して、Xに事件限りの実体権の帰属を肯定する考え方を前提とする場合には、判決効はXのみに及び、構成員への判決の効力は、いわゆる反射効ないし判決の反射的効力で説明されることになる[→問題25]。以上より、本設問の裁判所は、Xの原告適格を認めて、請求認容判決をすることができると考えられる。その主文は、「被告YはAに対し、別紙目録記載の土地甲について、年月**日付け売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ」と記載されることになる。「X代表者A」に対する移転登記手続ではないことに注意されたい(参考判例③参照)。■参考文献■工藤達雄・百選22頁 / 染井善治「不動産登記訴訟における権利能力なき社団の当事者適格」法教409号 (2014) 63頁 / 山本和彦「法人格なき社団をめぐる民事手続上の諸問題 (10)」 法教374号 (2011) 127頁・375号141頁(山田・文)
『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年
ISBN978-4-7857-3092-5
当事者適格(紛争管理権)
2025/09/03
X会は、A湾の近辺に在住する20名 (α~ω。 以下、 「Xら」とい う)を会員とした、A湾の環境保護を目的とするNPOである。法人格 はない。会の規約において代表はX1とされ、 代表の選出方法や会の 意思決定方法(多数決)、 会費の管理方法が定められている。5年前、Y電力会社がA湾の一部海域を埋め立てて火力発電所を 建設する計画を立て、地元の漁業者・農業者との間で環境保全および 損失補償について協議を開始した。X会は、この頃から反対の住民 とともに計画の撤回・見直しを求めてYおよび行政当局との話し合 いを継続し、環境評価 (アセスメント) に係る情報開示の請求、環境 保護計画の提案などを行った。 しかし、Yは漁業者・農業者との間で 環境保護協定および損失補償について合意に至った時点で埋立てに 着手し、今春、火力発電所が完成し、操業を開始した。そこで、X会は、Yの行為によって生活環境が侵害されると主張して、Yに対し、火力発電所の操業差止めと周辺区域の 原状回復を求めて提訴した (なお、Xらは、Xら各人の債権に基づく請求はしていない)。 Yは、X会の構成員はA湾付近で漁業や農業を営 む者ではないから、X会は原告適格を欠くと主張した。 X会は、A湾 付近の環境保護という会の目的のために地域住民として本事案を提起・追 行しているのだから、原告適格がある と述べた。裁判所は、X会の当事者適格を認めることができるか。■参考判例■① 最判昭和60・12・20民集11巻11号1778頁② 最判昭和45・11・11民集24巻12号1854頁●解説●1 拡散利益と当事者適格環境の保護、景観の保持、消費者の利益の保護のように、不特定多数の人が享受する利益を拡散利益と呼ぶ。実体法上、どのような拡散利益がどのような要件で認められるかは困難な問題であるが、訴訟法上は、誰に当事者適格を認めて訴訟追行させることが適切な紛争解決のために必要かが1つの重要な論点をなしてきた。伝統的には、当事者適格を裏付けるのは実体法的な管理処分権だと考えられてきたが、拡散利益に関しては、そもそも請求権が誰に帰属するのかが明確でないため、管理処分権者の範囲を確定できないからである。一般的に、環境保護を訴訟で目的とする差止請求がなされる場合、その法的構成として、所有権等の物権に基づく妨害排除請求権、人格権に基づく差止請求権、不法行為に基づく差止請求権、環境権に基づく差止請求権などが考えられる。前三者は、それぞれ物権の権利者、人格権者、不法行為により侵害を受ける権利・利益の主体が権利者であり、各人が管理処分権者として当事者適格を有する(福永・後掲227頁)。末尾の住民や人格権が認められる限り、各人が当事者適格を有するはずである。もっとも、この場合、理論的には、反対の住民の数だけ訴訟が提起されることになる。つまり、仮にXがYに勝訴しても、Xに敗訴すれば訴訟を起こしうる。反対派住民全員に敗訴したと同じ結果となるから、応訴の負担が大きく、法的安定性も損なわれる。しかも、このような人格権は、その性質上、極めて広い範囲の(理論的には日本中の) 人に認められる可能性があり、原告適格者は膨大となる。これらに対して、環境権は、より集団的な性質を有するとの考え方が有力に主張されている。良い環境を享受する権利・利益は、土地の所有権や漁業権のような個別の利用状態とは別に、環境を共有する人々に(個別の被害がなくとも)平等に認められるべきであり、したがって、環境をどのように利用・支配するかは(例えば地域住民全体のような)集団に属する利益と考えうるからである。具体的な内容については議論が分かれており、地域住民全員に加入会の権力に的に対する利益であり、当事者適格は、固有的共同利益(→問題・69・15)に準じて認めるときとする考え方、各人が実体的な処分権はなく、多数人が集団的に主張してはじめて訴訟の利益が認められる本質的集団訴訟とする考え方 (谷口安平 「集団訴訟の課題」 青木英一=三ヶ月章監修『新・実務民事訴訟講座[3]』日本評論社・1982) 175頁)、一定の範囲に固有の利益とする考え方 (塩崎・後掲233頁) などが論じられてきた。これらを前提とすると、本問のXが近隣住民に固有の当事者適格が認められることになり、上述のYの訴訟負担等の問題は回避できる。もっとも、総有権的な構成を採る場合にはA湾付近住民の全員的な共同訴訟が住民全員による訴訟担当者への授権や団体の構成 (任意的訴訟担当 [→問題16])が必要となり、その実現可能性は小さくなる。集団的利益権とする場合には、その範囲や集団の単位などの確立も問題となり得る。2 紛争管理権説の登場(1) 紛争管理権説の登場と批判 1で述べた隘路を解決するために、訴訟提起前の紛争交渉過程で紛争原因の除去に重大な役割を継続的に果たしていた者に「紛争管理権」を認め、その後の訴訟追行権を与えるべきとの考え方が提唱された(伊藤・後掲『民事訴訟法』90頁)。実体法上の管理処分権によって当事者適格を基礎付ける伝統的な考え方の下では、環境権のような生成中の権利については当事者適格を特定できないことに鑑み、紛争交渉課程における経験や取組みという事実的側面にに着目し、このような考え方は誠実な訴訟追行を期待できる者として当事者適格を認めようとする考え方である。この考え方によれば、本問のXないしX会は固有の当事者適格を得ることになり、地域住民による集団訴行権の構造(任意的訴訟担当) という構成を採る必要はない。その点でも実体法的なアプローチを排除した考え方であるといえよう。しかし、紛争管理権は、本問のようにXらが団体を構成していなくても、Xらの原告適格を個々に認める。しかし、理論的には、紛争管理権に基づく差止請求訴訟はXらの権利として確立していないことを理由に訴えを却下したのに対して、最高裁判所は職権で原告適格の当否を採り上げ、①法律上の規定がないためXらは訴訟担当に当たらない、②Xらの授権が存在しないためXらは任意的訴訟担当に当たらなく、③紛争管理権論は「そもそも法律上の規定のない」 当事者の要件から、法律に根拠のない訴訟追行権を是認するに帰するものであり、にわかに採用しがたいと判断し、④Xらには自己固有の差止請求権に基づく訴訟追行権も認められない、との理由でXらの原告適格を否定したのである。このように、紛争管理権は判例上明確に否定された。学説からも、紛争管理権の要件が実体法上の判断と異質の事実的判断を求めるとか、紛争管理権の主体が不明確である、提訴前の紛争管理の要件が示されていない、訴訟遂行における判決が他の住民に及ぶことを正当化する根拠が示されていないなどの批判がなされた。なお、最後の点に関しては、同説は、判決の対世効は有利不利を問わず他に及ぶが、紛争管理権者と路線を異にする住民は別途提訴することができるとしていた。したがって、原告ではない住民は紛争管理権者の訴訟追行を黙示的に承認していると説明していないのではなかったといえよう。とはいえ、確かに、紛争管理権説を本問のXらに適用して、当事者適格の問題を判断しようとするならば、訴訟担当の要件とのバランス上、その専門性の程度、住民および相手方との利害関係、紛争交渉への関与の態様など誠実な訴訟追行を期待し得るかの要件や、Xらのうち一部の者が欠けた場合の当事者適格の有無やX会への訴訟授権を検討する必要があり、要件の不明確性は否めない。なお、紛争管理権説自体は、実質的には法定訴訟担当構成を採っていたことにも留意すべきである (後に、一種の任意的訴訟担当構成へと改説された。 [2]参照)。(2) 紛争管理権説の再構成 上記のとおり、参考判例①は、Xらの原告適格を任意的訴訟担当に当たるか否かの観点で検討した。その要件は、判例(参考判例③ [→問題16]) によれば、①弁護士代理原則・訴訟信託禁止の潜脱に該当せず、②担当者の訴訟追行の許容が必要であると認められることであるが、これらと紛争管理権の要件との関係は明確ではなかった。これらの批判を受けて、紛争管理権説は、一種の任意的訴訟担当として再構成された(伊藤・後掲『新民事訴訟法再考』203頁参照)。すなわち、本問のX会のような環境保護団体が住民の包括的授権を得ており、上記の任意的担当の要件を満たす場合には、住民のための訴訟追行が認められるべきである。その際、紛争管理権の要件であった提訴前の紛争交渉における重要な役割を果たしていることが、弁護士法違反の潜脱ではないことを基礎付け、②訴訟追行の承認がなければ住民の権利が実現されないという事情が、訴訟追行の許容性判断を肯定する根拠となる。そして、紛争管理権者には任意的訴訟担当が認められる。このように、任意的訴訟担当という伝統的な枠組みによって紛争管理権を組み込む考え方は、当初のように紛争管理権によって直接当事者適格を基礎付けるわけではなく、その意味で後退したともいえる。が、環境訴訟のような拡散的利益を訴訟で追求する権利・利益が有機的に結びつかない場合に、当事者適格を考える手がかりを提供する点で、重要性は失われていないといえよう。また、同じく拡散利益とされる消費者利益の保護のために、2006年の消費者契約法の改正により、事業者の不当行為の差止めを求める消費者団体訴訟制度が創設された。この種の訴訟の当事者適格を考える上で参考になる(消費者契約法48条以下)。その後、この制度を手続的に対応して、特定の適格消費者団体に差止請求権を認めることを可能となった。この制度の制定により、特定の法人格、過去の実績・組織、専門性、法律家の関与等を満たした内閣総理大臣により認定された消費者団体について、不特定多数の消費者の利益のために事業者による不当行為の差止めを求める訴訟を提起し追行する法定訴訟担当者たる当事者適格が認められる(同法)。消費者契約全体、判決確定後は、他の適格消費者団体が同一事業者に対して同一請求について訴訟を求めることはできない。適格消費者団体への当事者適格の付与をめぐる問題は、差止請求の趣旨に鑑みしても、個別法で差止請求が認められている場合があるが、消費者団体訴訟のように、立法的に解決しなければ、司法判断には限界がある。拡散利益を蓄積する実現方法として、環境団体訴訟の制度を立法的に検討することも考えられうる。さて、この任意的訴訟担当として再構成された紛争管理権説によれば、X会は法人格がないが、規約上の代表があり、メンバーの出入りによって団体としての同一性が保たれ、会の意思決定方法や財産の管理方法が定められていることから、民事訴訟法29条により当事者能力を認めることができうると考えられる(「→問題27」)(最判昭和39・10・15民集18巻8号1671頁、最判平成14・6・7民集56巻5号899頁参照)。次に、規約上、環境保護に関するA湾地域住民からの包括的授権を得ていると考えられる場合で(あるいは、現実にわたり住民の個別的な授権を得ている場合もあろう)、かつ、上記①②の要件を満たすべく、X会の紛争交渉過程における継続的で重要な役割を果たしたことの実績、X会の提訴によりはじめて住民の権利実現・紛争解決が可能となること、X会が本件訴訟の追行において少なくとも住民と同程度の専門性を有すること、などが認められれば、任意的訴訟担当として当事者適格が肯定される可能性があろう。■参考文献■伊藤眞「民事訴訟の当事者」(弘文堂・1978) 90頁 / 伊藤眞『紛争管理権再考』(有斐閣・2004) 219頁 / 山本和彦・重要判例250 (2022) 74頁(山田・文)
『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年
ISBN978-4-7857-3092-5
確認の利益
2025/09/03
Xは、10年前に、建物所有者Yとの間で本件建物の賃貸借契約を締結した。XはYの主張によれば、この契約締結の際、XはYに保証金名目で300万円を預託したということであるが、その預託は賃貸借契約書の書面その他書面では明らかかされていない。その後、Xは契約の更新を重ねたが、近辺の地価が上昇したことから、YはXに賃料の増額を申し出た。Xはこれを拒絶したが、賃借権はそのまま続けたいと述べたため、Yは賃料増額を求めて調停を申し立てた。この調停において、上記保証金の負担が争われた。Xは、これが単なる預り金であり、賃料不払などの賃貸借契約から生ずる債務を担保する目的の金銭であって、契約終了時にはYはその2割を償却し8割(240万円)を返還する義務が存在すると主張した。Yは、保証金名義の金銭の授受の事実、仮に預託入の事実が認められるとしても返還約束は存在しないと主張した。Xは、本件賃貸借契約の継続を前提としながら、契約終了時には240万円の返還請求権が存在することを確認するため、保証金返還請求権確認訴訟を提起した。Yは、この訴えは確認の利益を欠くから却下すべきであると主張している。裁判所は、この訴えを適法と認めることができるか。●参考判例●① 最判平成11・1・21民集53巻1号1頁② 最判平成11・6・11判時1685号36頁③ 最判昭和16・3・25民集58巻3号753頁④ 最判平成19・3・26判時1965号3頁⑤ 最判平成21・12・18判時2069号28頁●解説●1 将来の法律関係を対象とする確認の利益確認訴訟の訴訟要件としては、訴えの利益(確認の利益)が重要となる。給付訴訟や形成訴訟と異なり、確認訴訟の対象は理論上は無限定であるから、確認の利益という概念を通じて、確認訴訟によって解決を図るのが最も有効かつ適切である訴訟に限定する必要があるからである。そこで、判例・学説(最判昭和30・12・26民集9巻14号2082頁)は、現在、原告の権利または法律的地位に危険・不安が存在し、それを除去する方法として、審判対象の存否について、現在の紛争について、これを解決し得ることが必要かつ適切である場合に確認の利益を認める。そして、これを得ることが必要かつ適切である場合に確認の利益が認められる。これには、①確認訴訟によること(方法)の適切性、②確認対象の適切性、③原告の権利・地位に現に不安・危険が生じていること(即時確定の必要性)の3つの基準から判断する。一般的には、法律上の地位に具体的危険・不安が生じていること(現在の法律関係)が、一般的には法律関係に現在の紛争として、一般的には紛争解決の手段として有効・適切であるか否かという視点もあるが、一番重要なのは、現在の紛争を解決する手段として最も有効・適切であるかどうかという点である。(1) 確認の利益の判断枠組み以上の3つの要件を総合的に考慮して、確認の利益の有無を判断する。① 原告の権利または法律上の地位に、現在の具体的な危険・不安が生じていること(現在の紛争)② 確認判決によってその危険・不安を解消することが、最も有効・適切であること(手段の有効性・適切性)③ 確認の対象が、現在の権利関係であること(対象の適切性)(2) 将来の法律関係を対象とする確認の利益将来の法律関係は、原則として確認の対象とはならない。しかし、例外的に、将来の法律関係であっても、現在の紛争と密接に関連し、その解決のために不可欠である場合には、確認の利益が認められることがある。例えば、参考判例①は、賃貸借契約が継続中であるにもかかわらず、賃貸人が賃借人に対して、契約終了後の明渡しを求める訴えを提起した事案である。判例は、契約終了後の明渡しという将来の法律関係であっても、現在の賃貸借契約の存否と密接に関連し、その解決のために不可欠であるとして、確認の利益を認めた。(3) 敷金返還請求権確認訴訟本問の敷金返還請求権確認訴訟は、将来の法律関係である契約終了後の敷金返還請求権の存否を確認するものである。したがって、原則として確認の利益は認められない。しかし、本問では、Yが賃料増額調停において、敷金の存在自体を争っている。これは、現在の賃貸借契約の存否と密接に関連する紛争であり、その解決のために、敷金返還請求権の存否を確定する必要があるといえる。したがって、本問の敷金返還請求権確認訴訟は、将来の法律関係を対象とするものであるが、現在の紛争と密接に関連し、その解決のために不可欠であるとして、確認の利益が認められる可能性がある。
『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年
ISBN978-4-7857-3092-5
確認の利益
2025/09/03
Aは「私は、長女Yに、別紙目録の不動産を遺贈する」と記載した自筆証書遺言を作成した。Aには、遺言作成のほかにはめぼしい財産はなかった。その1年後にAは死亡し、家庭裁判所で上記遺言の検認がなされた。相続人は3人の子(Y・X1・X2)のみであり、遺言執行者の指定はなかった。X1は、この遺言はYがAを欺罔して書かせたものであり、無効であると考えた。また、Aに認知症の症状がみられたためでもある。X2は、この遺言は親子相続制度の名残りであり、憲法24条に反して無効と考えた。Yは、X1に対して、遺言有効確認訴訟を提起した。Yは、遺言作成は違法な行為によるものではないとして訴えの却下を求めた。裁判所は、どのような判断をするべきか。また、仮に判決が確定した場合、訴えを提起しなかったX2は、あらためて本件遺言の無効確認訴訟を提起できるだろうか。●参考判例●① 最判昭和45・7・15民集24巻7号861頁② 最判昭和47・2・15民集26巻1号90頁③ 最判昭和61・3・13民集40巻2号389頁④ 最判平成11・6・11判時1685号36頁●解説●1 確認の利益確認の訴えの訴訟要件として、確認の利益が必要とされる。確認対象は理論上無限に存在するから、相手方および裁判所が不必要な訴訟に無理に対応しなくてすむように、一定の利益を判断する必要があるからである。一般に、確認の利益を判断する際には、①確認請求の対象としてその適切性、②確認対象の適切性、③即時確定の利益を検討するべきとされている。これらの要素を検討するにあたっても、原告の権利または法律上の地位(現在の権利関係)が誰によっても確認されていないことによる法律上の不安を除去するために最も有効・適切な手段であるといえることが確認訴訟の利益を肯定する前提としてある。(1) 確認訴訟の手段選択の適切性例えば、金銭の返還について争いがある場合、このような訴訟は、給付訴訟と考えられる。これに対し、確認訴訟は、原告が債務名義を得るためにも給付訴訟を提起することができる。いずれにしても、給付訴訟として係属中の訴訟である以上、確認の利益が認められることはない(144条1項、同条2項参照)。しかし、この訴訟で請求訴訟が確定しても、債務の存在について既判力が生じるにとどまり、執行力を有するものではないから、仮に保険会社が保険金請求権の不存在確認を求める場合もある。例えば、保険会社が保険契約者に対して保険金支払義務の不存在確認訴訟を提起することは、債務をめぐる紛争のインセンティブで解決する手段として、確認の利益が認められている。(2) 確認対象の適切性確認の対象の適切性として、①権利関係、②過去の法律関係ではないこと、③事実ではないこと、④他人の間の法律関係ではないこと、⑤消極的な確認(債務不存在確認)が挙げられる。これらは、現在の権利関係についての判断が、当事者の法律上の地位の安定に資するという考え方に基づくものである。したがって、過去の法律関係や単なる事実は、原則として確認の対象とはならない。(3) 即時確定の利益即時確定の利益は、確認の利益の核心部分であり、原告の権利または法律上の地位に、現在の具体的な危険・不安が生じていること、および、確認判決によってその危険・不安を解消することが、最も有効・適切であることを意味する。2 確認の利益の判断枠組み以上の要件をまとめると、確認の利益が認められるためには、以下の3つの要件を満たす必要がある。① 原告の権利または法律上の地位に、現在の具体的な危険・不安が生じていること(現在の紛半)② 確認判決によってその危険・不安を解消することが、最も有効・適切であること(手段の有効性・適切性)③ 確認の対象が、現在の権利関係であること(対象の適切性)判例は、これらの要件を総合的に考慮して、確認の利益の有無を判断している。例えば、参考判例①は、遺言の有効性を争う訴訟において、相続人の一人が他の相続人に対して遺言の有効確認を求めた事案である。判例は、遺言の有効性は、相続人間の法律関係に直接影響を与えるものであり、その確定は、相続人間の紛争を解決するために不可欠であるとして、確認の利益を認めた。また、参考判例②は、親子関係の不存在確認訴訟において、父子関係の不存在確認を求めた事案である。判例は、父子関係の不存在は、子の身分関係に重大な影響を与えるものであり、その確定は、子の福祉のために不可欠であるとして、確認の利益を認めた。以上の判例から、確認の利益は、紛争の性質、当事者間の関係、判決の効力などを総合的に考慮して、柔軟に判断されるべきものであるといえる。3 遺言無効確認訴訟の当事者適格遺言無効確認訴訟は、相続人間の法律関係を確定するものであり、その判決の効力は、すべての相続人に及ぶ必要がある。したがって、遺言無効確認訴訟は、相続人全員が当事者として参加しなければならない固有必要的共同訴訟であると解するのが、従来の判例・通説であった(最判昭和30・12・26民集14巻14号2082頁)。しかし、近時の判例は、この要件を緩和する傾向にある。参考判例③は、相続人の一人が他の相続人の一人を被告として提起した遺言無効確認訴訟について、確認の利益を認めた。判例は、遺言の無効は、相続人間の法律関係に直接影響を与えるものであり、その確定は、相続人間の紛争を解決するために不可欠であるが、必ずしもすべての相続人が訴訟に参加しなくても、紛争を解決することは可能であると判断した。この判例の射程は、必ずしも明らかではないが、遺言無効確認訴訟の当事者適格は、紛争の性質、当事者間の関係、判決の効力などを総合的に考慮して、柔軟に判断されるべきものであることを示唆している。
『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年
ISBN978-4-7857-3092-5
将来給付の訴え
2025/09/03
Y病院は、Xの自宅の隣地で開業した2年前からX宅との境界にエアコンの室外機10台を設置し、年がら年中稼働させてきた。Xは、本件室外機の稼働により精神的・身体的苦痛を受けていると主張して、Yに対し、①室外機の撤去、②室外機の稼働時間から口頭弁論終結時までの慰謝料、③身体的苦痛を理由とする損害の賠償として、口頭弁論終結時から室外機が撤去されるまでに生ずる精神的・身体的苦痛を理由とする損害賠償の支払を求めて提訴した。Yは、騒音防止規則より規制より下回る基準を越えることはなく、Xの対応に問題があるとして、室外機を一部撤去するも代替措置を講ずるには莫大な費用がかかること、室外機の設置から防音対策を行っており、室外機を稼働しなければ病院の機能が果たせないことを主張し、X主張の不法行為の差止め請求を棄却するよう求め、慰謝料についても争うと主張している。Xは、①請求につき、口頭弁論終結時に、室外機をさらに2台撤去したこと、②請求につき、室外機をさらに2台撤去したこと、③請求については、室外機を稼働する日額は一定額を超えているとして、①②請求については、一部認容一部棄却をすることとした。③請求について、裁判所はどのような判決を出すべきか。仮に③請求を認容する判決が確定した場合、Xはどのような方法で判決の実現を図ることになるか。その場合、Yはどのような不利益を受けるか。●参考判例●① 最判昭和56・12・16民集35巻10号1369頁② 最判平成19・5・29判時1976号7頁③ 最判平成24・12・21判時2175号20頁●解説●1 将来給付の訴えの利益将来給付訴訟は、口頭弁論終結時に給付請求権が現在、将来の訴えを提起する場合、口頭弁論終結時になおも給付請求権が存在しない請求権の存否を判断して、その後の事情の変動によって裁判所の判断が不当に判断する可能性がある。その後の事情の変動によって裁判所の判断が不当に判断する可能性がある、紛争解決の基準としてその後もなお有効性が失われ、債務者が履行が遅滞のためその判決(請求異議訴訟、35条)を必要とする負担を生ぜしめるからである。しかし、当該請求権がすでに発生する蓋然性が高い場合にも債務者にはなおすべきことがないことになり、当事者間の公平の観点からは適当でない。そこで、訴えの利益の要件を緩和して、あらかじめその請求をする必要がある場合(135条)、すなわち将来給付の訴えの利益が認められる場合に限り、このような訴えを適法としている。一般的には、将来履行期が到来しても債務者の任意の履行を期待できない場合(例えば、現在すでに債務者が債務の存在を争っている場合)、および、給付内容の性質上、履行期が到来すれば、同時に履行しなければ、債務の本旨に反する場合(例えば、将来の旅行のように、特定日時の履行を内容とする債務)、または、債務者に著しい不利益を与える場合(例えば、扶養料の支払を内容とする債務)には、将来給行の訴えの利益が認められる。本問の①②請求も将来給付である。①請求は口頭弁論終結後に発生するであろう騒音を理由とする損害賠償請求であり、将来給付である。しかも、Yの現在の不法行為が将来も継続すると予測を前提とする必要がある。このような将来の不法行為に基づく損害賠償請求における将来給付の訴えの要件につき、参考判例①(大阪国際空港事件)は、①将来の請求権の基礎となるべき事実関係・法律関係がすでに存在し、その継続が予測されること、②請求権の成否や内容に関し、債務者に有利な影響を与える事情の変動があらかじめ明確に予測し得る場合に限ること、③このような変動を請求異議訴訟において証明し、かつ債務者に証明の負担を課しても格別不当とはいえないこと、を挙げて、制限的な解釈を示した。これらの場合に…将来請求権の債権に基づき訴えの利益を立証することを要しない。いわゆる期限付請求権や条件付請求権も同様である。もっとも、将来給付の請求が認められるという整理である。もっとも、この判示に対しては、①厳格にいう厳格性に過ぎて慰撫的判断に有効な判例を得ており、より厳格にいう厳格性を基礎づけるべきである(具体的には、②の要件が手掛かりとなろう)とする批判も有力に主張されている。②の要件は、この要件の適用範囲について検討しよう。2 継続的不法行為に基づく将来の損害賠償請求(1) 土地の不法占有に基づく将来の損害賠償請求Xの所有する土地をYが権原なく占有している場合に、Yが所有権に基づく土地明渡請求、不法占有開始時から口頭弁論終結時までの賃料相当損害金の支払請求、および、口頭弁論終結後以降、明渡しまでの賃料相当損害金の支払請求を併合して提訴することが、実務上よく見られる。ここで最後の請求が将来給付の請求であり、これについては、継続的不法行為の典型として、参考判例①の示す3要件をあてはめると、①②は、一般的に、違法性が認められる。参考判例①の示す3要件をあてはめると、③現在は不法占有が認められ、債務者が訴訟で争っていることから不法占有の継続が予測される、④変動事由である将来の賃料相当額も予測可能である(例えば、賃貸借による占有の終了、新たな占有権原の取得など)、⑤債務者に訴訟の提起の負担を課しても格別不当でないと解されるからである。なお、②の要件は別に訴訟で説明しておく。将来の請求権における賃料相当損害金の支払を認めるべきであるが、Yが不法占有を続けている場合には、Xはこの確定判決に基づいて損害が確定したので、不法占有を続けている場合には、この確定判決で債務名義が確定したので、申立てをすることができる(民執22条1号)。なお、将来の請求権が不確実である(大阪国際空港事件)。仮にYが口頭弁論終結後に占有を止めたにもかかわらず請求の立て方がなされた場合には、Yは請求異議の訴え(同法35条)により、将来給付の請求権が消滅した、請求権が発生していないとして、強制執行を排除することができ、その請求権については、Xの「あらかじめ債権名義を得ていつでも強制執行できるようにする」という利益が保護される一方で、不当(不当に執行)執行がなされるおそれが…その時期のためにはYが経済負担を負うことになる。そのため、上記の場合において、原告の負担の軽減が要求されるのである。もっともその執行(6条)を申し立てることができると解する。例えば、Yは、申立期間を過ぎて確定判決を取得し、将来給付請求権の全部または一部の消滅を申し立てることになり、その後の任意の時期に消滅の請求がなされた場合に、その時点で消滅の請求を認めることができる。(2) 受働など継続的不法行為に基づく将来給付請求将来給付の請求権は継続的不法行為の一種であるが、判例は、請求権の公害など訴訟では、その具体的な判断でこれまでの請求権を認めることを示した。データ・アクセスは、将来の請求の発生する蓋然性が高く、また、請求権の成否や内容に影響を与える事情の変動をあらかじめ明確に予測することが困難な場合がある。具体的には、航空機の騒音の程度、飛行回数、時間帯、航空機の種類、航行方法などが変動する可能性がある。このような事情から、将来給付の請求を認めることは、債務者に過大な負担を課すことになる。したがって、将来給付の請求を認めるためには、これらの変動要因を考慮して、請求権の成否や内容を具体的に特定する必要がある。その方法としては、以下の3つが考えられる。① 請求権の発生要件を具体的に特定する方法例えば、「1日当たりの航空機の飛行回数が〇回を超え、かつ、騒音レベルが〇デシベルを超える場合に、1日当たり〇円の損害賠償を命じる」というように、請求権の発生要件を具体的に特定する方法である。② 損害賠償額の算定方法を具体的に特定する方法例えば、「1日当たりの航空機の飛行回数に〇円を乗じ、かつ、騒音レベルに〇円を乗じた額を、1日当たりの損害賠償額とする」というように、損害賠償額の算定方法を具体的に特定する方法である。③ 損害賠償額の上限を定める方法例えば、「1日当たりの損害賠償額は、〇円を上限とする」というように、損害賠償額の上限を定める方法である。以上の3つの方法を組み合わせることも考えられる。いずれの方法をとるにしても、請求権の成否や内容を具体的に特定することで、債務者の予測可能性を確保し、紛争の蒸し返しを防ぐことが重要である。本問においても、Yの室外機の稼働状況、騒音レベル、Xの被害の程度などを具体的に特定して、請求権の成否や内容を判断する必要がある。(3) 本問について本問では、③請求の将来給付訴訟が認められるか。これについては、本問も継続的不法行為であるが、規制値を下回るとしても、Xにこれを受忍させることはできない。したがって、Yに有利となる事情を考慮して、将来の請求権を認めることになる。さらに、判例も同様の事案で認めており、これを参考にすべきである。しかし、将来給付の請求をすべきでないという、口頭弁論終結後の少なくとも数か月は請求権を認めておらず、Yにとって不当な執行を認める蓋然性が高く、Xの室外機撤去の請求(本問の①請求)や参考判例①における飛行差止請求などの将来の請求権を発生するおそれの請求が認められないことも多いから、公平の観点から、将来給付請求の訴えの利益を認める余地もあろう(①で述べた差止請求と将来給付の選択における公平性の考慮も考えうるところ)。なお、判例は、上述のとおり、土地の不法占有の事案では将来給付請求権の成否や内容の変動の可能性の高さを指摘して将来給付の訴えを認めているが、騒音には主観的評価が問題となる上級審・下級審での判断もあっており、最高裁判例は、この類型での将来給付請求については限定的に認めるべきとの判断を示している(最判昭61・1・17民集40巻6号981頁)。したがって、Yの請求権の変動の可能性はなお慎重な判断を要すると考えられる。このような考え方に基づき、Yの請求権の訴えの利益をより総合的に評価し、将来給付の請求の訴えの利益を認めるべきと考えられる。●参考文献●安西明子・法制判例マークス37号(2008)112頁/秋山幹男・争点108頁/山田文・百選44頁(山田文)
『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』 山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著・2024年
ISBN978-4-7857-3092-5