動産質・権利質設定と転質
貴金属を営むAは、資金繰りに窮したため、2023年4月20日、店舗展示用の2000万円相当の宝石αを同業者Bに質入れし、返済期日を同年10月20日、利息月利1パーセント・遅延損害金月利1.5パーセントとして、500万円の融資を受けることとした。(1) Bは、Aの承諾を得て宝石αを自己の店舗に展示していたところ、2023年5月25日、Aから、買物セールの展示用として宝石αを使いたいので、6月1日から2週間だけ返してほしいと懇願され、使用させることにした。ところが、2週間を過ぎても、Aは宝石αをBに返還しようとしない。BはAに対して宝石αの返還を請求することができるか。(2) Bが宝石αをAの承諾を得て自己の店舗に展示していたところ、2023年5月25日、Aの元夫Cから、Aが買物セールの展示用として宝石αを使いたがっているので、6月1日から2週間だけ貸してほしいと懇願され、Bは、使わせることにした。同年5月30日、Bが宝石αをCに託した。ところが、そのような事実はまったくなく、騙されたと知ったBが、同年6月5日、Cに宝石αの返還を求めたところ、Cは、同月3日に同宝石を、事情を知悉した友人Dに500万円で売却し、同日Dに引き渡しがなされていた。BはDに対して宝石αの返還を請求することができるか。(3) 2023年6月20日、BはAの承諾なしに、宝石αをさらに金融業者Eに質入れし、返済期日を9月20日、利息年利15パーセント、遅延損害金年利20パーセントとして、700万円の融資を受けた。同年9月20日、Bが返済を怠ったため、Eは、宝石αにつき動産競売を申し立てて、700万円および利息・損害金につき、弁済を受けることができるか。また、2023年9月20日、Aから500万円の弁済を受けることができるか。●解説●1. 動産質権の設定、「引渡し」および「占有の継続」動産質権の設定については、民法が、一方では、質権の効力において、質権設定契約の当事者による「代理占有」を禁止する(345条)一方で、質権設定の各則において、「占有の継続」がなければ、質権を第三者に対抗できないとの規定(352条)を置く。各規定の意味および相互の関係をどのように説明するか、民法解釈上の意見および近時の有力説は、占有担保の有する特徴的な機能にかかわっているからである。伝統的な通説は、「占有」要件を留置的効力に結びつけて説明する。すなわち、留置的効力を有する担保である質権の対抗効力として重視し、非占有担保である抵当権と区別する。これに対し、有力説は、「占有」要件を担保物権の価値と結びつけて説明する。すなわち、質権においても、優先弁済的効力が中核であり、留置的効力はそれを促進する補助的手段にすぎないとし、「占有」要件は、公示機能を補完するものとして対抗要件の枠組みが整理されている。(1) 「引渡し」(344条)目的物の引渡しが、物権としての質権の効力発生要件であることに争いがない。ただし、質権の設定においては、質権の設定者が本体とする占有の継続をすることができない。(2) 「占有の継続」(352条)民法352条は、動産質権について、「継続して質物を占有しなければ、その質権をもって第三者に対抗することができない」と規定する。2. 動産質権に基づく返還請求質権も、優先弁済的効力を有する価値支配権である点では抵当権と変わりはない。したがって、質権の担保価値の実現を妨げる妨害行為に対して妨害排除・予防請求をなすことができる。さらに動産については特定した上で、質権者は、質権占有を根拠とする占有訴権(201条)と質権に基づく物権的請求権(妨害排除・予防請求)の行使が可能である。ただし質権者は、不動産質権として(356条)、あくまでも留置を目的としたものであり(347条)、原状として、質権設定者の承諾がなければ保存行為を除いて使用収益権限は含まれない(350条による298条の準用)に注意を要する。3. 転質の法律関係質権も財産権(物権)であるから、仮に何らかの制約を伴うものではあるとしても、原則として、質権者はそれを処分することができ、その処分の効力として、質権(またはその目的物)を他の債権の担保に供することができる。質権は、自己の債権について質権を行使することができるのが規定(348条)とともに、質権設定の承諾がなければ質権を担保に供することができないとの規定(350条が準用する298条2項)が存在するために、解釈上の疑義が生じた。しかし、大審院連合部決定は、それまでの判例を変更し、質権者が質権設定者の承諾を得ないでなしに転質もなし得る(責任転質)。●関連問題●(1) 本問(3)において、主たるAの所有物ではなく、AがDから預かっていた宝石を質入れしていた場合は、AとDとの間の法律関係はどうなるか。(2) 本問(3)において、AがBの質権設定につき、流質契約をしていた場合はどうなるか。●参考文献●林良平『質権設定と代理占有』林良平『物権法講義Ⅱ動産担保』(有斐閣・1989)130頁伊藤進『質権』石川浩平=加藤新太郎『新・註釈民法(2)物権⑵』(有斐閣・1979)161頁