表見代理
2024年9月頃、Xは、X所有の甲土地(更地・時価2000万円)を担保にしてA銀行から500万円を借りる内諾を得ていた。その手続にXの印鑑証明書・実印・所得証明書が必要だったため、同月7日、Xは、勤務先のB社の社長Cに対し、事情を説明して所得証明書の交付を求めたところ、Cから「融資を受けるなら銀行よりも会社の公庫から借りたほうが金利が安いし、個人の手続よりも会社が手続したほうが早く借りられるから、代わって手続してあげよう」といわれたので、これに従うことにし、ただちにCに対し、Xに代わって甲土地を担保にして公庫から500万円の融資を受けることを委任し、Xの実印と印鑑証明書をCに交付した。他方、不動産業者であるYは、2024年9月14日、知人Eから、「B社の社長Cから従来に金を使うとする者がいて、甲土地を担保に1500万円貸してくれないかという話が持ち込まれているが、受けてくれないか」といわれ、「自分は金融業者ではないから金を貸すのはできない。ただし、買うのならよい」と返事したところ、EはYに「売買でよいが、買戻しの特約をつけてもらいたい」というので、同月23日、F司法書士事務所にY、C、Eが集まり、Xが甲土地を買戻特約付きでYに対し代金1500万円で売り渡すという旨の契約書を作成した。F司法書士とCに甲土地の登記手続を依頼することになり、同月24日、その登記がなされ、Yは甲土地の売買代金として1500万円をCに支払い、CはXに500万円を渡した。この場合、XはYに対して、甲土地の所有権移転登記の抹消登記手続を求めることができるか。参考判例大判昭和17・5・20民集21巻571頁最判昭和34・7・24民集13巻8号1176頁最判昭和35・12・27民集14巻14号3234頁最判昭和39・4・2民集18巻4号497頁意判昭和46・6・3民集25巻4号455頁解説Xの請求とYの反論本問では、XのYに対する所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記抹消登記手続請求権の成否を検討することが求められている。この請求を斥けるために、Yとしては、甲土地の売買契約の効果がXに帰属することを主張する必要があるが、それを基礎づけるために表見代理構成を展開することが考えられる。(1) XがYに対し、所有権移転登記抹消登記手続を請求する場合、請求原因として、Xは次の事実を主張・立証する必要がある。Xが甲土地を所有していること甲土地についてY名義の所有権移転登記が存在することそれに対して、Yは、次の事実を主張・立証することにより、所有権喪失の抗弁を提出することができる。Xがその間で甲土地の売買契約を締結したことしかし本問では、Xは自身の売買契約締結のための意思表示をしておらず、CがYに対し売買契約締結のための意思表示をしており、Yは、③に代えて、次の事実を主張・立証する必要がある。CがXを代理してYとの間で売買契約を締結する旨の意思表示をしたこと(法律行為)その際、CがYとの間で売買契約を締結したこと(顕名)Cの契約効果がXに帰属するための代理権の授与(代理権の発生原因事実(任意代理人については代理権の授与行為))(4) しかし本問では、Cは、Xの甲土地売買契約のための代理権を有していない。そこでYとしては、Xの表見代理責任(110条)を追及することにより、Cの代理行為の効果がXに帰属することを主張することが考えられる。この場合、Yは、(3)に代えて、次の事実を主張・立証する必要がある。YがCのように信じたことについて「正当な理由」があることを前提とする具体的な事実(評価根拠事実)Cの当該法律行為以外のある特定の事項について代理権(基本代理権)の発生原因事実として、XがCに対し、Xに代わって甲土地を担保にして公庫から500万円の融資を受けることを委任したこと(5) それに対して、Xは、(4)の「正当な理由」の前提障害事実を主張・立証することにより、「正当な理由」はない、という再抗弁を提出することができる。Cの無権代理行為にXが拘束される理由問題の焦点は、本問が民法110条の要件(1/4)をどのように充足するか、あるいは、充足しないかにある。この問題の鍵を握るのは、Cの無権代理行為にXが拘束される理由である。Xが拘束される理由により、同条の法理の適用が異なってくるからである。表見代理の成立する場面のように異なったルールの適用をみせているのは、法ルールの背後には、それを支える法原理が見えている。法解釈学(ドグマーティク)は、特定の法制度に属する諸々の法ルール(制定法だけでなく判例をも含む)を正当化する法原理を探るのをその目的にもつ。その際、判例はひとまず正しいことを前提として法原理を希求すべきだが、それに失敗したときは、見出された法原理が他の法制度を支える法原理と矛盾する場合等には、法全体の統一性(インテグリティー)を確保するために、判例を批判してもよい。以下では、諸説の、制定法のルールの適用範囲が、それを支える法原理の違いによって異なりうることをしめし(1) 取引安全説伝統的通説は、民法110条の表見代理責任の根拠を取引安全に求める。その一方で、この説は、本人の静的安全を保障する最小限の要件として「基本代理権」の存在を要求するが、「基本代理権」が代理人の権限の外観の存在の根拠に資する代理権の範囲を画していない。その後、この説は、民法代理への適用の通説が肯定されている。(2) 表見法理説それに、近時の有力説は、表見代理を法理によって正当化する。民法代理では、権限を前提にして信頼を保護するという考え方であり、①外観の存在、②外観に対する信頼、③本人の帰責性に対しては、次の2点が問題となる。まず、問題の帰責性として、何が要求されるかである。基本代理権の授与を要求する説(基本代理権説)と、事実行為等の権限授与で足りるとする説(基本権限説)とが対立している。次に、判例は、積極的に要件のもとでの帰責性を顧慮する下での総合判断である。そのため、根拠規範には、「正当な理由」を相手方の善意・無過失の代替としてでなく(参考判例①)、③を「正当な理由」の相手方の善意・無過失との関連で判断していることもあるが(善意過失説)、実質的には「正当な理由」のもとで下で続けなくとも考慮しているという説もある(総合判断説)。民法117条2項2号における相手方の過失と表見代理における相手方の過失を判断する際、本人の帰責性を考慮して処理の成否を判定するために認定された相手方は、同号ただし書が適用されるという問題、無権代理人の責任(117条)も追及できなくなるという問題を生じる。法による場合は、本人が無責任意識の場合を考えることでその表見代理による場合は、本人が無責任意識の場合を考えることでその表見代理による場合は、民法代理によってその表見代理が適用されないことになる。もっとも、「利益の帰属」を本人に帰属する者が増える結果、本人が代理人の継続的使用により対外的関係において自己の能力の帰属元が利益を得ている場合には代理人の行為から生じる不利益も負担すべきあるという理由で、法定代理には同条の適用を認める余地はある。(3) 表示責任説近時、民法110条の表見代理責任を、本人が代理人を使って相手方に代理権授与表示をしたことによる表示責任と解し、同条を民法109条と同様の趣旨とみる説が有力に主張されている(なお、この説による場合には、1(4)で述べた主張・立証責任の所在が両正を受けるか)。代理権において本人への効果帰属を基礎づけるのは代理権だが、代理の相手方の関知することは困難であり、それを怠ると相手方に求めることは代理取引の障害となる。そこで民法は表見代理制度を設け、本人から相手方に対してなされる代理権授与(代理権限証明)の表示によっても、本人への効果帰属が基礎づけられるとした。代理権授与表示は、法律効果の発生を目的とするものではないから意思表示ではなく、本人と相手方との間の信頼関係形成の基礎にするものであり、果たす機能は意思表示とまったく同一だから、法的には意思表示と同等に扱われるべきなので、代理権授与表示には意思表示に関する諸準則が類推適用されるべきなのである。類推適用が問題となる準則として、まず、意思表示の成立要件のうち、表意者の表示意識の要請に関する準則を挙げうる。通説は表示意識不要説だが、表示意識が欠ける場合に意思表示の成立を肯定することによって、意思表示に関する準則を類推するならば、不要説からは代理権授与表示の成立が肯定されるが、必要説からは代理権授与表示は成立せず、本人が表見代理責任を否定される。次に、代理権授与表示が成立する場合にも、基本代理権と現実の代理行為との違いの程度の大きいときは、錯誤の規定(95条)を類推して代理権表示を取り消すことが考えられる。さらに本問では、代理権授与表示の詐欺による取消し(96条)の本題も問われることになる。なお、代理権授与表示の不成立や無効により本人の表見代理責任が否定される場合にも、過失ある本人は、相手方に対し、契約締結上の過失責任ないし不法行為責任を負う可能性がある。民法112条2項の新設判例(参考判例①等)は、代理権消滅後の表見代理について定める2017年改正前民法112条と110条の重畳適用を認めていたが、民法112条2項はその判例法理を明文化した。規定新設の趣旨は、民法109条2項と同じである(→本書132参照)。関連問題(1) 本問において、XがCに登記申請行為のための代理権を授与するに際し、実印と印鑑証明書を交付していた場合はどうか。(2) 本問において、XがCに印鑑証明書付申請の下部の代理権を授与する旨を口にし、実印を交付していた場合はどうか。(3) 本問において、成年被後見人Xの親族Aが見、後見監督人の同意を得ずに、Xを代理して甲土地をYに売却した場合はどうか。(4) 本問において、2024年9月22日にXが死亡し、Zが単独相続していた場合はどうか。参考文献川井健・銀行取引判例百選(新版)(1972)10頁(参考判例②の解説)/ 難波譲治・百選Ⅰ(初版)(1974)76頁(大久保拓也)