訴えの変更
XはYに対して売買代金ならびに遅延損害金の支払請求訴訟 (前訴) を提起しこれが係属していたところ,第1審の口頭弁論期日において以下の内容の訴訟上の和解が成立し,これによって訴訟は終結した。「Yは、Xに対する売買代金の支払義務が存在することを認める。」「Xは売買代金の代わりに、Yの有する甲土地をXに引渡す。」「Xは、Yの遅延損害金支払債務については免除する。」しかし、甲土地の引渡期日が経過したにもかかわらず、YはXに対し一向に甲土地の引渡しを履行しようとしないので、XはYに対する履行の催告を行った上で上記の和解を解除し、あらためて売買代金の支払を求める訴え (後訴) を提起した。これに対し、Yは、本案前の抗弁として、和解契約が解除されたのであれば、訴訟上の和解による前訴終了の効果も遡及的に消滅しているはずであるから、前訴はいまだ訴訟係属状態にあり後訴は二重起訴に当たると主張した。後訴裁判所としては、Xにより提起されたこの後訴をいかに扱うべきか。また、Xとしては、後訴提起という手段以外にどのような方法でもって和解の解除を主張し得るか。[⚫] 参考判例 [⚫]① 最判昭和 43・2・15 民集 22 巻 2 号 184 頁[⚫] 解説 [⚫]1 訴訟上の和解の解除の可否本問のように,和解の内容についてその後に不履行があった場合に,Xが和解契約の解除をせず,和解条項の内容の履行を求めて強制執行 (甲土地についての引渡執行) をすることは,訴訟上の和解の効力として執行力が認められている (民執 22 条 7 号) ことから,問題なく認められる。それでは,X としては,私法上の和解契約を法定解除し得ること (異論はない) として,さらに訴訟上の和解をも解除することができるであろうか。訴訟上の和解に私法上の和解としての要素を認め (二元論),既判力を否定する立場に立つ場合には,当然に債務不履行に基づく解除は肯定される。他方,訴訟上の和解の効力につき既判力肯定説ないし制限的既判力説に立つ場合であっても,その後の不履行に基づく解除権の行使は,基準時 (訴訟上の和解の効力発生時) 後に生じた新たな事由といえ既判力によっては遮断されないことから同じく解除は肯定される。問題なのは,解除権行使の効果として,和解によって生じていた訴訟終了効も消滅する (民訴 267 条 1 項参照) のか否かという点についてであり,解除の訴訟法上の主要方法の問題とも相まって議論のあるところである。2 解除の主張方法この問題は,理論的には,解除権行使の効果として訴訟上の和解により発生していた訴訟終了効が遡及的に消滅するのか否か,という点に関わってくる問題である。解除により訴訟終了効も消滅すると捉えるならば,前訴はいまだ終了していないということになることから,当事者としては期日指定を申し立てるということになる (期日指定申立説)。これに対して,訴訟終了効はやはり消滅せず別個の新たな紛争が生じたと捉えるならば,当事者としては新訴を提起するということになる (新訴提起説)。 以下,両説の長短を検討するとともに,この2説以外の考え方についても検討する。(1) 期日指定申立説 期日指定申立によると,和解の解除により訴訟終了効も消滅し,前訴が復活し審理が続行されることになる。これにより,前訴の訴訟状態を利用することができる,申立手続が簡便である,不履行の有無の判断の前提としての和解条項の解釈には前訴において訴訟に関与した裁判所が適任である,といった利点がある。他方で,不履行の有無 (=解除の有効性) は,和解自体に付着していた瑕疵ではなく新たな紛争と捉えるべきであるにもかかわらず,場合によっては審級の利益が保障されないという難点がある。(2) 新訴提起説 新訴提起説では,和解が解除されても訴訟終了効は消滅しない。この立場によると,和解を解除した上で新たに訴えを提起する考えは,前訴とは別個の新たな紛争ということにあたり,審級の利益が保障されるという利点があるが,他方で,前訴の訴訟状態を利用できず不便であるという難点を伴う。参考判例①はこの立場に立っており,和解を解除した当事者が前訴と同じ訴訟物をあらためて後訴という形で請求しても,二重起訴の禁止 (142 条) にはふれないとしている。(3) 選択説 訴訟終了効の消長とは別に,解除主張者に期日指定申立てと新訴提起のいずれかを選択させるという立場 (選択説) も有力に唱えられている。解除主張者の意思を尊重した考え方といえるが,相手方の利益や審理を実体的に進めるためには,Xとしては前訴についての期日指定の申立てをすべきことになる。3 本問の検討和解が解除されることにより訴訟終了効も消滅すると捉えるという期日指定申立説の立場からは,前訴がいまだ訴訟係属中にあることになり,後訴は二重起訴の禁止にふれて違法な訴えとして却下される。この立場に立つ場合には,X としては前訴についての期日指定の申立てをすべきことになる。他方,参考判例①の新訴提起説のように,訴訟上の和解が解除されても前訴についての訴訟終了効は消滅しないという理解を前提とすると,X により提起された後訴は二重起訴の禁止にはふれないことになる。また,訴訟終了効の消長とは別に解除主張者の訴訟追行の便宜を認める選択説の立場からは,Xによる後訴の提起以外にも,前訴についての期日指定の申立てという手段を認めることになる。[⚫] 参考文献 [⚫]近藤隆司・百選 186 頁(畑 宏樹)