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文書提出義務

AはBとの間で生じた交通事故(以下、「本件交通事故」という)で損害を被ったとして、C保険会社から保険金200万円を受け取った。ところがCは、本件交通事故は、保険金を詐取する目的でAとBが共謀して故意に生じさせたものであると主張して、保険金詐欺の不法行為に基づき、Aに対して保険金相当額の損害賠償請求訴訟を提起した(以下、「本件訴訟」という)。ところで、AとBは上記保険金詐取等に係る被疑事件で起訴がされ(以下、「本件被疑事件」という)、Aは自身を被告人とする詐欺被告事件の公判(以下、「本件刑事公判」という)ではBとの共謀の事実を否認して訴訟の成立を争ったが、有罪判決が確定した。本件訴訟でもAは共謀の事実を否認し、不法行為の成否を争ったため、Cは、D地方検察庁が保管する、本件被疑事件で共犯者とされたBの検察官や司法警察員に対する供述調書のうち、本件刑事公判に提出されなかったもの(以下、「本件文書」とする)について文書提出命令を申し立てた(以下、「本件申立て」という)。本件申立ては認められるか。●参考判例●最決平成16・5・25民集58巻5号1135頁最決平成17・7・22民集59巻6号1888頁最決平成19・12・12民集61巻9号3400頁最決令和2・3・24民集74巻3号455頁最決令和2・3・24集民263号135頁●解説●1 刑事事件関係文書の提出義務民事訴訟法220条4号ニは、「刑事事件に係る訴訟に関する文書若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書」(以下、「刑事事件関係文書」という)について、文書提出の一般義務の例外とする。刑事事件関係文書には、被疑事件の捜査段階において作成された記録、公判調書以外にも、傍受調書の複製書類なども含まれる。これらの文書が一律に提出義務から除外される理由以下のように説明される。まず、これが開示されると捜査の進捗状況や捜査手法が明らかとなり、関係者の事情聴取や犯人特定等の捜査が困難となる、①被疑者被告人の名誉やプライバシー等に対して重大な侵害が生じ、②犯罪の嫌疑が晴れた後も記録が残り、犯罪の予防や犯罪の抑止に効果がある、③将来の捜査や公判において、国民の協力を得ることが困難になるなど、さまざまな弊害が生じうる。また、刑事手続では独自に開示制度が用意されており、これを超えて民事裁判所が文書提出を命ずることは、これらの制度との整合性を欠く結果になりかねない。さらに、これらの文書は民事訴訟法220条4号ロの公務秘密文書に該当する可能性があるほか、監督官庁(223条3項)は、捜査の秘密との関係でこれに該当する理由を具体的に明示することが困難な場合があり、また、イン・カメラ手続(同条6項)も利用することもできないため、捜査関係資料を有しない裁判所が個別具体的な事情を考慮することは必ずしも容易ではない(参考判例①、浦辺幸男ほか「民事訴訟法の一部を改正する法律の概要(下・ジュリ1210号(2001)174-175頁)。このような趣旨からすれば、参考判例③は、刑事事件関係文書に該当するか否かを判断するに当たっては、当該文書等が民事訴訟に提出された場合の弊害の有無や程度を個別に検討すべきではなく、刑事事件若しくは被疑事件に関して作成され又はこれらの事件において押収されている文書等であれば当然に刑事事件関係文書に該当するとして、検察官、検察事務官または司法警察職員から鑑定の嘱託を受けた者が当該鑑定に関して作成し、もしくは受領した文書またはその写しについて、刑事事件関係書類と認定している。その一方で、刑事事件関係文書が一切民事訴訟に提出されないと、真実発見が阻害されるなどの問題は大きい。そもそも民事訴訟法220条4号の各除外事由に該当しても、同条1号から3号文書に該当すれば提出義務は生ずると解されており(1号から3号文書については4号のいずれの除外事由が直接適用されない(高田裕成ほか編『注釈民事訴訟法(4)』(有斐閣・2017)491-492頁[三木浩一]))、判例はほぼ「コンメンタール民事訴訟法(2)第二版」(日本評論社・2019)412頁)、刑事事件関係について作成された「法律関係文書」として文書の所持者との間の法律関係について作成された法律関係文書に該当するかどうかが問題となる。2 法律関係文書該当性法律関係文書は、法律関係それ自体を記載した文書に限らず、その法律関係に関連性のある事項を記載した文書も含まれ(秋山ほか・前掲406頁)、さらには、民事訴訟法220条3号後段の文言および沿革に照らし、当該文書の記載内容やその作成の経緯および目的等を勘案して判断すべきものである(参考判例①)。刑事事件関係書類のうち法律文書該当性が問題となった裁判例である。参考判例②では、接見状況許可状は、「住居、書簡及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのできない権利」(憲35条1項)を制約して、警察官に住居等を捜索し、その所有物と差し押える権限を与え、申込人との間を発生させるという法律関係文書であり、捜査令状請求書は、許可状の交付を求めるために法律上作成文書である(刑訴218条3項、刑規155条1項)ため、いずれも法律関係文書であるとする。また、参考判例①では、性犯罪の被疑事件のYの供述と被害者の供述調書について、勾留請求に当たって当該書類を添付したものを検察官が裁判官に提示したものであり、被疑者と裁判官との間の法律関係文書に該当するとし、参考判例④では、同法解析の結果が記載された鑑定嘱託書等の文書について、死刑を科する趣旨などを不当に傷つけられない遺族の法的利益の侵害の有無に係る法律関係を明らかにするものであるので法律関係文書であるとしている。3 刑事訴訟法47条による開示の拒否その一方で、刑事訴訟法47条本文は、「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。」として、そして同書において、「公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない。」と定めている。(同条の「訴訟に関する書類」には、本件文書のように、捜査段階で作成された供述調書で公判に提出されなかったものも含まれる(参考判例①))刑事事件関係文書に該当したとしても、同条の「訴訟に関する書類」として提出義務を免じるのかが問題となる。刑事訴訟法47条について、参考判例③は、同条本文が「まさに公にされることにより、被疑者、被告人の名誉、プライバシーが侵害されたり、社会復帰が妨害されることとなったり、又は、捜査機関の不当な影響を受けたりするなどの弊害が発生するのを防止することを目的とするものであること、同条ただし書が、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合における例外的な開示を認めていることから、同条ただし書の規定による開示を「公にする」ことに相当と認めることができるか否かの判断は、当該「訴訟に関する書類」を公にする目的、必要性の有無、程度、公にすることによる被告人、被疑者および事件の関係者のプライバシー等の侵害等の上記の弊害発生のおそれの有無等諸般の事情を総合的に考慮してされるべきものであり、当該「訴訟に関する書類」を保管する者の合理的な裁量に委ねられている」とする。その上で、民事訴訟法220条3号の法律文書として、刑事訴訟法47条の「訴訟に関する書類」に該当する文書の提出が求められた場合でも、文書保管者による裁量的判断は尊重されるべきであるが、「当該文書が法律関係文書に該当する場合であって、その保管者が提出を拒否したことが、民事訴訟における当該文書を取り調べる必要性の有無、程度、当該文書が開示されることによる上記の弊害発生のおそれの有無等の諸般の事情に照らし、その裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用するものと認められるときは、裁判所は、当該文書の提出を命ずることができる」とする。参考判例①以外にこの基準が適用された裁判例を見ると、捜査差押許可状と捜査差押調書について、いずれも取り調べの必要はあるとしつつ、申立人に対して従前の名誉、プライバシー侵害の記載もなく、申立人にとって留保される性質のものではない。しかも、申立人に提示される以上、開示されても今後の捜査に悪影響が生じるとは考えがたいので、提出の拒否は裁量権の逸脱、濫用に当たるとするとして提出義務を肯定した。これに対して後者は、申立人への提示は予定されておらず、現行犯逮捕等の捜査の秘密にかかわる事項や被疑者、被害者その他の者のプライバシーに属する事項が含まれていることなどがないとはいえず、本件では被疑事件の捜査が継続中であって、捜査の秘密に開示される事項や被疑者等のプライバシーが含まれる蓋然性が高く、開示によって今後の捜査や公判に悪影響が生じたり、関係者のプライバシーが侵害されたりする具体的なおそれがあるため、提出の拒否は裁量権を逸脱、濫用したものではないとして提出義務を否定した。参考判例①では、告訴状および被害者の供述調書について、一般的には開示することで被害者等の名誉、プライバシーの侵害や、捜査や公判への不当な影響という弊害が発生するおそれがあるとしつつも、被害者が別件訴訟を提起しており、すでに書証として提出された陳述書の中で被疑事件の態様が詳細かつ具体的に記載されていること等の具体的な事実関係の下では、被害者の名誉、プライバシーが侵害されることによる弊害が発生するおそれはなく、捜査や公判に不当な影響が及ぶおそれもないため、開示の拒否は裁量権の濫用、濫用となり提出義務があるとした。4 本件の場合本件文書は刑事事件関係文書に該当するが、法律関係文書に該当するかは問題となる。本問と同様の事案である参考判例④は法律関係文書該当性について判断していないが、同決定では法律文書に該当するとしており、それを参考にすると、本件文書は、Aが共犯者とともに起こした被疑事件の被疑者となり、その捜査の過程で作成されたものであり、その後、Aが起訴されて刑事被告人となったことからすると、捜査機関とBとの間に形成された本件被疑事件に関する法律関係に関連のある事実が記載され、その法律関係を明らかにする目的で作成されたものであるため法律関係文書に該当する。仮に法律関係文書に該当しても、本件文書のように、捜査段階で作成された供述調書に含まれるため、同条による開示が裁量権の逸脱、濫用に該当しなければ提出義務を負わないことになりそうである。本件申立ては、すでに有罪判決が確定しているが、本件訴訟において、本件刑事公判において提出されなかったものと同様の主張をし、その主張事実を立証するために本件文書の提出を求めるものであるところ、本件文書が提出されなくても、AとBの証人尋問を申し出たり、本件刑事公判で提出された証拠を書証として提出することなどが可能であり、本件訴訟や本件文書を証拠として取り調べることが、Aの主張事実の立証に必要不可欠なものとはいえない。また、本件文書が開示されることで、Bや第三者の名誉、プライバシーが侵害されるおそれがないとはいえない。そのため、本件文書の開示拒否は、裁量権の範囲を濫用、逸脱したとはいえず、提出義務は否定される。そのため、本件申立ては認められない。なお、参考判例①では、法律文書該当性については触れていないが、仮に該当しなくても、刑事訴訟法47条との関係で提出義務がないことになるので、結論の上では変わりがない。