相殺の担保的機能
Xは、Aに対して有する競売上の債権に基づく200万円の債権に基づいて、2024年8月9日に、Aに対する200万円の債権(甲債権)の弁えを申し立て、この競売命令は、その同日にYに送達された。Xは、同月25日に、Yに対して、履行に代る甲債権の支払を求めた。これに対して、Yは、Aとの間で、Aを売人に売却してそれを借用してAが製造した製品を納入するという継続的な取引関係にあり、その取引について一般的な内容を定めた基本契約を締結していたところ、2024年7月5日に締結された個別契約に基づいて、その目次におわれることになっていた50万円の部品の代金債権(乙債権)、および、B銀行からAに納入して同月20日に代品された製品に瑕疵があったことを理由とする50万円の損害賠償債権(丙債権)をA銀行の他のJとして丙Aから5日に受けそしてBからの譲渡であるB銀行の行使した保証契約に基づき、Bからの譲渡に応じて2024年8月23日に弁済によって取得した50万円の求償権(丁債権)、同年8月1日に買い付けた同年8月末日に弁済期の到来するAに対する50万円の貸金債権(戊債権)を所有していたので、これらの乙債権から戊債権を自働債権として、甲債権を受働債権として対当額において相殺する旨主張した。Xからの請求に対して、Yは、このような相殺の抗弁に基づいて、支払を拒絶することができるか。●参考判例●最判昭45・6・24民集24巻6号587頁最判平24・5・28民集66巻7号3123頁① 「差押えと相殺」とはどのような問題か(1) 問題の所在AのYに対する甲債権をAの債権者Xが差し押さえた場合に、Aは、債権の取立てその他の処分を禁止されると同時に、Yは、Aへ弁済することが禁止される(民執145条1項および民法481条を参照)。このように差し押えられた債権をその後の効力を禁止されるにもかかわらず、Xからの取立て(民執155条1項)を受けたYは、相殺をもってXに対抗することができるのだろうか。この問題と考えるには、相殺が相手方からの請求を排するための抗弁としてあらわれるとして、債務者(A)の一般債権者(X)が差し押えた債権(甲債権)を債務として、差押債務者(Y)が自ら立てを命令した第三債務者(Y)が自己の債務者(A)に対して有する債権(乙債権から戊債権)を自働債権として相殺するときには、差押債権者(X)が有する被差押債権(甲債権)からの債権の回収の期待と第三債務者・相殺権者(Y)が有する乙債権(甲債権)からの自動債権(乙債権から戊債権)の回収の期待が衝突していることに注意する必要がある。本節のタイトルである「差押えと相殺」とは、両者のうち差押債権と第三債務者(相殺者)の競合が生じた場合に、両者の期待をどのように調整するかという問題である。(2) 「差押えと相殺」に関する2017年改正民法第511条をどう読むかこの問題は、従来、2017年改正前の民法511条によって解決されてきた。本問では、自動債権(乙債権から戊債権)が2017年改正法施行後に生じていることから、民法511条に基づいて、相殺の可否を判断すればよい(新民法条3項)。そうであっても、民法511条は、2017年改正前の民法511条に関する最高裁判例に基づいたものであることから、同条文を理解するのに必要な範囲において、この判例を紹介しておくことにする。2017年改正前の民法511条は、「支払の差止めを受けた第三債務者は、その後取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができない」と定める。最高裁(参考判例①)は、相殺について、①対立する債権を「簡易な方法によつて決済」することを可能にし、これによつて、当事者の「債権関係を円滑かつ公平に処理する」という法制度の理念であるから、受働債権につきあたかも担保権を有するにも似た機能が与えられるという側面を併せもつ(以下、この機能を「相殺の担保的機能」という)ものであることを指摘したうえで、両者は、差押債務者が差押債権者に対して相殺を対抗できることを「偶然の利益」として、差押時に反対して債権を取得されることの利益のみを「例外的に保障」した。「その限定において、差押債権者と第三債務者の間の利益の調整を図った」ものであるとして、「第三債務者は、先の債権が差押え後に取得されたものでないかぎり、自動債権がたとえ受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押債権においても、これを自動債権として相殺をなしうる」と述べる(このように差押えに対抗し、「無制限説」と呼ばれた。これに対して「制限説」と呼ばれる考え方があり、この考え方については、後段の参考文献を参照)。これにたいして「制限説」とは、「双方の債務がともに弁済期に達する(506条1項)状態を意味しており、民法505条に定められた相殺権の要件を満たした状態をいう。相殺権は、自動債権と受働債権がともに弁済期に達することを要件とする。双方の債務の弁済期が到来していれば、当事者は、いつでも相殺により債務の決済をすることができる。相殺の意思表示をすると、双方の債務は相殺適状の時に遡って消滅する。ただし、意思表示の時点において相殺の障害が消滅していなければならない必要がある。」2 本問の考え方(1) 差押前に生じた自動債権による相殺(民法511条1項)民法511条1項は、前述の判例の考え方に沿って改正されたものである。すなわち、同項前段は、「差押え前に取得した債権」による相殺が許されることを明らかにしたうえで、同項後段は差押えを無にする自動債権と差し押さえられた債権とが対立することになるが、これに対して、同項後段は「差押え後に取得した債権」をもって相殺で対抗することはできないことを述べる(みずほ)。すなわち、差押債務者からの請求を拒絶しうる債権を、差押債権者からの請求を拒絶しうるかの判断において、差押債務者からの請求を拒絶しうる必要があることから、相殺権者に、必要な保護を与え、差押債権者からも支払を求められた場合に相殺適状にあるならば、相殺による決済の処理を認めた。前に取得した自動債権の弁済期が未到来の場合でも、相殺適状にないために、差押債権者の立場(無制限説)であっても、第三債務者は、差押債権者に対抗することはできないと考えられる。そこで、本問の乙債権から戊債権が「差押前に取得した債権」に当たるかどうかを、まず検討する必要がある。本問では、A・Y間に存する複数の債権がYの債権者として区別されているので、それぞれの債権の発生時期と特質に沿って整理して、差押前に取得されたものかどうかを確認するとよい。次に、参考判例①が指摘のように「相殺適状に応じて」とすれば……相殺をなしうると述べることを認める必要があることに注意する必要がある。自動債権の弁済期の未到来である。本問の乙債権・丙債権につき、YからXへの請求時に履行期が到来しているが、戊債権は差押前に取得されているが、XからYへの請求時にはその履行期が到来していないことに注意する必要がある(このような場合でも、相殺権を実質にことに当たるために利用するのが「利益の利益衡量目的」である。→本節図)。(2) 差押前の原因に基づいて差押後に生じた債権を自働債権とする相殺(民法511条2項)民法511条2項は、同条1項による相殺の範囲を修正して、差押後に取得した自動債権であっても、それが「差押え前の原因に基づいて生じたもの」であれば、相殺することができることを規定する。この点において、2017年改正民法は旧法511条よりも相殺を広く認めるのである。民法511条2項は、従来の判例の趣旨に基づいて起草されたものである。すなわち、同条項の起草を参考にした文言であり、同法は破産手続の趣旨において破産者が有する債権に対して債権を負担する者には、破産手続によらずに相殺を認めていること(破6条1項)から、このような場合における相殺と、民法において差押債権者に相殺を対抗することができる範囲とを整合させたことが、民法511条2項の起草において検討されたのである(なお、511条2項の改正による相殺権の制限は、破産法72条1項1号と平仄が合うことを確認しておくとよい)。ここで問題になるのは、差押後に具体的に発生していなくても差押えの前の原因に基づいて生じた債権がある場合に、これを自動債権とする相殺について、相殺権者に「相殺の担保的期待」が存する前提とするにどのような場合があるかということである。参考判例②は、自動債権が破産債権に該当するものであれば、破産手続開始の決定時に具体的に発生している必要はないことを前提として、結論において、委託を受けた保証人が破産手続開始決定後に保証債務を履行したことにより生じた求償権を自働債権として相殺することを認めるものとしている。このことは、本問で丁債権による相殺を検討するのに、破産法の規定を参考に起草された民法511条2項の解釈を考えるにあたり参考になるであろう。なお、無委託保証でした場合には、無委託保証人が主たる債務者の破産手続開始前に締結した保証契約に基づき同手続開始後に弁済をした場合に生ずる求償権は、破産法72条1項1号の類推適用により相殺できないことを参考判例①は述べており、これに基づいて考えれば、これと異なって、差押前に締結された無委託保証に基づいて差押後になされた弁済によって取得した求償権による相殺は、民法511条2項ただし書の類推適用によって否定されるよう(「関連問題」のような場合でも相殺できないかというもので、解釈によって判断されることとなる)。議論の対象になるのは、本問の丁債権による相殺である。ただし、丁債権は、差押後に生じたものである。しかし、その発生原因は、差押前に締結された保証契約である。そこで、求償権が民法511条2項にいう「差押え前の原因に基づいて生じたもの」に該当するかどうかが問題になる。一方で、「差押え前の原因」を広く解釈することは差押えの効力を弱めることになると考えられる。たとえば、自動債権の発生させる基礎となる事情が具体的に存在していなければ、差押えに後決して保護されるほどの相殺の期待は認められないと考えられる。他方で、債務不履行に基づく損害賠償債権が売買契約の締結の際給付に付随的に該当すると考えられれば、それは同種契約を原因とする反対債権と同時に生じるので、もしも売買契約が連続的に締結されていれば、たとえ差押後になされた債務不履行を原因とする損害賠償債権であっても、「差押え前の原因」から生じたものといえるとも考えられる。さらには、たとえば民法511条2項には「差押え前の原因」から生じた債権として限定されておらず、それ以上の要件が課されていないようにみえるとしても、両者が相殺の合理的な期待を保護する趣旨に立つものであることを考慮すれば、「差押え前の原因」とは、差押前に存在する相殺の合理的な期待を形成する原因を意味するものと解釈することも考えられる。本問では、差押債務者が差押時に成立を待ったというものであったが、差押債権者が転付命令(民執159条・160条)を得ていた場合にはどうであろうか(関連問題を参)。転付命令によって、差し押えられた債権が差押債権者に移転するのであれば、この場合の第三債務者の相殺は、債権譲渡と相殺に類似した場面になる。「債権譲渡と相殺」においては、民法469条2項2号の要件について債権譲渡の優越性という概念が問題になっている(債権譲渡と相殺については→本節図。ただし、民法511条には民法469条2項2号のような規定が設けられなかったので、関連問題②の場合に、民法469条2項2号を類推適用できるかが問題になる)。そうすると、相殺の担保的機能という側面から保護されるべき相殺の合理的な期待を整合的に説明しようとすれば、債権譲渡事例であれ、差押え・取立て/差押え・転付事例であれ、債権の優越性を問題にすべきとも考えられる。そこで、民法511条2項にいう「差押え前の原因」を解釈するのに、相殺の合理的な期待を保護するという立法趣旨を考慮して、自動債権の発生原因が単に差押前に存在したというだけでなく、たとえば自動債権と受働債権の発生原因が同一の契約であるというような密接な結びつき(債権の牽連性)があることを要求すべきかということも問題になる。そのような観点からは、本問には甲債権の発生原因が述べられていないものの、もしも甲債権がA・Y間の継続的取引関係から生じた債権(たとえば、部品の代金債権)である場合には、同一の取引関係から生じた甲債権と丙債権の間に牽連性が認められて相殺の合理的な期待を保護すべきものと考えられそうであり(その他は、同一の取引に関するものでも、形式的には異なる契約から生じた債権の牽連性をどのように認定するかという問題もある)、これに対しても、もしも甲債権が貸金債権であるなど、相互に結びつきのまったく ない債権が偶然にA・Y間で対立するにすぎないのであれば、差押債務者を害しても保護されるべき合理的な相殺の期待はないとも考えられる。なお、破産法72条2項2号の適用事例ではあるが、参考判例②は、同一当事者間において、別個の請負契約に基づく違約金賠償債権と相殺の担保的機能に対する合理的な期待を保護して相殺を認めるものであり、民法511条2項における「前の原因」の解釈にも参考になるものと考えられている。このように、本問の相殺権による相殺を検討するためには、「差押え前の原因」要件が第三債務者の相殺を合理的に制限する役割も果たしうることに配慮して検討する必要があろう。設問回答(1) 本問の②丁債権について、2024年4月5日に締結された連帯保証契約がAからの委託を受けないで締結されたものであった場合に、Yは、相殺を主張できるか。(2) 本問の甲債権について、Xが差押後に転命令を取得してYからYに履行を請求した場合に、Yが丙債権を自働債権とする相殺を主張できるかについて、本問の丙債権の発生原因が2024年8月5日に締結されたときと、同年同月15日に締結されたときとを比較して検討しなさい。●参考文献 〇●北居功・行方譲=80頁/潮見佳男=235頁/池田真・新判例民法平成24年度(下)603頁/白石大「差押えと相殺」法教臨時増刊『民法3(START UP)』 (有斐閣・2017)124頁/Before/After=326頁(平田和之) (星川和佳)