共同相続と登記
Aは、その所有する居宅、書斎、宅地Cと一人暮らしならびにCの夫Eと一緒に暮らしていたが、2022年2月1日に死亡し、居宅とCの敷地(以下、「本件不動産」という)を含むAの財産は、妻Bと長男Cが法定相続分に従い共同相続した。ところが、Cの夫Eは、本件不動産を担保にDから借り入れすることを企て、Cに対し相続登記の申請の代理の用意をおし、Bを騙して家庭裁判所に提出した、B宛に送付されてきた遺産分割協議書・印鑑証明書を用いて、本件不動産につきAからBに相続を原因とするB単独名義の所有権移転登記を経由した。その後、以上の経緯をEから打ち明けられたBは、Eの行為を追認したが、Bは、この他の相続財産ならびにCからのDの借金の返済を請求された。Bの持分を除外する更正登記を求めた。これに対して、Dは、民法177条を根拠に、Bによる物権変動は、登記をしなければ、善意無過失のDに主張することができないと主張している。B、Dのどちらの主張が認められるか。●解説●1. 民法177条の「物権変動」の範囲・「第三者」の範囲民法177条の「物権変動」の範囲・「第三者」の範囲について、本問Dの主張する判例・学説の立場から確認しておく。わが国の対抗要件主義の母法であるフランス法は、①登記をしなければ対抗することができない「物権変動」、②登記をしなければ対抗することができない「第三者」のいずれに関しても、条文上の限定を置いていない(⑥「物権変動」に関する法は、法律行為(意思表示)ならびに判決による物権変動に限定する制限説、⑥「第三者」に関する法は、登記を備えた第三者に限定する――したがって第三者もまた登記能力のある物権変動でなければ法律行為または判決による権利取得者に限定される――制限説)。そして、この立場は、ボワソナード民法においても同様であった。だが、これに対して、現行民法は、⑤「物権変動」、⑥「第三者」のいずれに関しても、文言上制限を設けていない。これは、フランス法・旧民法からの意図的な変更であり、現行民法起草者は、⑥すべての物権変動は、⑥すべての第三者に対して、登記をしなければ対抗できないとすることによって(ⓐ・ⓑ要件とも無制限説)、登記中心の取引社会を確立しようとしたのである。しかし、このような成立要件主義に等しい過激な立法に、当時の社会はついていけなかった。現行法施行される前には、旧民法を参考にして判例が下されていたので、現行民法が施行された直後より(④「物権変動」要件・⑥「第三者」要件に関する法において)、現行民法の無制限説に立つ判例と、現行民法の無制限説にならう判例が現れて、民法177条の適用範囲の解釈に混乱が生じたのである。(2) 明治41年12月15日大審院民事部連合部判決そこで、大審院は、明治41年、同日付の2つの民事連合部判決により、②「物権変動」要件については現行民法起草者の趣旨に反するとの批判をうけながらも、一方、⑥「第三者」要件については、第三者(当事者およびその包括承継人以外の者)の中でも、特に「正当ノ利益」を今日の表現では「正当な利益」を有する者に限って第三者に限る旨の制限説を採用することで、判例統一を図った(⑥「物権変動」要件につき判例明治41・12・15民録14輯1308頁、⑥「第三者」要件につき大判明治41・12・15民録14輯1276頁)。(1) 相続を登記なくして対抗できる相手方相続は、相続人が被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する(896条)包括承継である。相続人は、被相続人の地位をそのまま承継するのであって、民法177条が適用を予定する「第三者」に当たらないから、相続による物権変動は、登記なくして対抗できるのが原則である。(2) 死亡に対して登記なくして対抗できない相手方これに対して、相続に関する登記なくして対抗できないのは、Aの死亡によって、法定相続分を超える部分については、DがAを理由とした相続登記を経由したうえで(登記なくして対抗しえない、登記をしなければ対抗できない)、相続登記を具備した第三者に対抗できないのである。2. 判例法理の展開(1) 昭和38年2月22日最高裁判決(参考判例①)昭和38年の最高裁判決により、相続財産の登記は、相続人の一人によっても、共同相続人の全員のために、法定相続分に応じて、これを行うことができる(252条ただし書)ことから、相続財産に属する不動産につき、単独所有権移転登記をした共同相続人の一人から、その不動産の所有権を譲り受けた第三者に対して、他の共同相続人は、自己の持分が単独登記名義人の下にあることを登記なくして主張できるものであり、登記なくして対抗しうる(最判昭和38・2・22民集21巻1号16頁)。この場合、甲の相続人は、登記なくして対抗できるとするのが判例である。(2) 昭和42年1月20日最高裁判決(参考判例②)これに対し、甲の相続人は、登記なくして対抗できるとするのが判例である。この見解は、登記なくして対抗できるとするのが判例である。(3) 昭和46年1月26日最高裁判決(参考判例③)これに対し、甲の相続人は、登記なくして対抗できるとするのが判例である。3. 「対抗の論理」と「権利の論理」昭和38年最高裁判決(参考判例①)は、結論だけをみれば、民法177条の「物権変動」要件につき、フランス法・旧民法と同様、意思表示による物権変動に限定する制限説を採用した場合と変わらない。しかし、その法律構成は、明治41年民事連合部判決の維持した①「物権変動」無制限説、⑥「第三者」制限説の判断枠組みを基本的に維持しており、もっぱら⑥「第三者」要件の不足を理由に、民法177条不適用の結論を導くものである。ここで用いられているのは、「対抗の法理」と「権利の法理」ないし「公示の原則」と「公信の原則」の振り分け論である。明治41年民事連合部判決のうち、⑥「第三者」制限説民事連合判決は、「正当ノ権原ニ因ラスシテ権利ヲ主張シ或ハ不法行為ニ因リテ損害ヲ蒙リタル者ノ類ハ皆第三者ト称スルヲ得ス」(後の判例の「第三者」には該当しないとしている。(最判昭和25・12・19民集4巻12号660頁)。したがって、C→A→Bの相続による権利取得もまた登記をしなければ対抗することができない物権変動であるとしても、CないしDが無権利者ないし無権利者からの取得者であったならば、Bは、登記がなくてもCないしDに対抗することができる。他方、「正当な利益」を有する第三者については、権利者からの取得者であるとするのが、今日の判例・通説の立場である。その背景には、二重譲渡の法的構成に関する次のような理解が控えている。すなわち、民法176条の意思主義にもかかわらず、A→Bの第1譲渡の後も、Bが登記を経由するまでは、Bの取得した権利は、相対的効力しか有さない物権(相対的効力説・関係的物権説)にすぎず、完全な物権(絶対的効力説)の帰属は確定していない。民法177条は、登記の経由によって、初めて、絶対的効力・完全な物権が確定するとする。このような立場に立つと、譲渡人Aは、B→C間の後においても、いまだ完全な権利者であるから、Bを介さずに自己の権利をCに譲渡しうる。この場合のCは、権利者からの取得者ということになる。(1) 共同相続と登記その結果、「共同相続と登記」の問題は、A→B・Cの共同相続において、Bの取得した持分に関して、Cを権利者と評価できるかという点に帰する(最判昭和38年最高裁判決)。Cは、今の引用判例によると、Cは無権利者からの取得者であり、したがって、Bの無権利者からの取得者である。しかし、Cの権利取得者Dも、Bの持分に限り無権利者からの取得者であると評価した(無権利の法理)を適用。しかし、学説の中には、「共有持分(持分権)の弾力性」を根拠に、判例に反対する見解もある。B・Cの共有不動産につき、C単独名義の登記がされている状態は、この不動産上に存在するBの所有権という物権が登記のないのと同じであるから、Bの不動産について登記がされている。(2) 被相続人の生前処分と登記これに対して、「被相続人の生前譲渡と登記」が問題となる。Aが生前に不動産をBに譲渡したが、Aが登記を具備しない間に死亡し、Aの相続人Cが相続を理由に、Bを譲渡した不動産について登記を経由したうえでDに譲渡した場合においては、Bの相続人C(「登記簿上の名義人」)と同じく「当事者の承継人」(「第三者の法理」の適用が用いられる。すなわち、Dは、Aに代わって登記を備えており、Bはその権利を主張することができる)。(3) 「無権利の法理」の援用これに対し、「無権利の法理」の振り分け論であった。Cの相続権者DがAに無権利者であり、Cからの譲受人Aは無権利者からの取得者であるから、Bは登記なくしてDに対抗できる(「無権利の法理」の適用)。(4) 遺産分割と登記・相続放棄と登記Aの長男Bは、遺産分割の結果、不動産を取得するとされたが、Bが単独名義の相続登記を経由する前に、Cの債権者DがCの法定相続分を差し押さえた場合(遺産分割と登記)、BはCに対抗することはできない(899条の2第1項→本章Ⅲ)。これに対して、A・B・CのうちCが相続を放棄した場合、Bが単独名義の相続登記を経由する前に、Cの債権者DがCの法定相続分を差し押さえた場合(相続放棄と登記)、BはCに対抗することができる(参考判例③)。遺産分割・相続放棄は、いずれも効果が相続開始時に遡及する点(909条・939条)、「取消しと登記」(→本章Ⅴ)や「解除と登記」と同じく「復帰的物権変動と登記」の一類型と位置づけることもできるが、このうち「相続放棄と登記」の論点に関しては、相続放棄の遡及的効果を第三者に対しても登記なくして対抗できるとして、結果的に相続人となったBを第三者に保護させるのである。(5) 遺贈と登記・死因贈与と登記「死因贈与と登記」の論点に関しても「対抗の法理」が適用される。死因贈与については、その性質に反しない限り、遺贈に関する規定が準用される(554条)。だが、そのため、包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する(990条)。そのため、遺贈を死因贈与に近づけた場合には、「遺贈と登記」の論点に関しても「対抗の法理」を適用する方向に傾くが、これに対して、少なくとも包括遺贈については相続と同様に「包括遺贈と登記」の論点についても「対抗の法理」を適用すべきである。●発展問題●本問において、自己の持分に関する更正登記ではなく、Cの単独名義の相続登記ならびにDの抵当権設定登記を抹消し、Bの持分を持ったうえで、自己の持分に関する更正登記を判決で決定することができるか。