一部請求と残部請求
XはYとの間で、Yの所有する別荘を代金1億円で購入する旨の売買契約を締結したが、履行期に別荘の引渡しがされるまでの間に、同別荘は焼失してしまった。Xは、同別荘の焼失はYの責めに帰すべき事由によるものであり、Yの債務不履行(履行不能)による損害賠償として3000万円であるとして、そのうちの500万円の支払を求める損害賠償請求訴訟を提起した(前訴)。裁判所において、Y自身には帰責事由はなかったとしてXの請求を棄却したが、審理の結果、Xの請求を認容する判決が言い渡され確定した。その後、Xは再度上記損害額の残額である2500万円の支払を求める損害賠償請求訴訟を提起した(後訴)。この後訴請求は、前訴の確定判決の既判力によって遮断されるものであろうか。前訴における請求が、全損害額の一部である旨の明示がなされていた場合と、明示がなされていなかった場合につき、検討せよ。●参考判例●最判昭37・8・10民集16巻8号1720頁最判昭32・6・7民集11巻6号948頁●解説●1 一部請求訴訟の必要性数量的に可分な損害賠請求につき、当事者(原告)が、その一部についてのみ訴求すること(いわゆる一部請求訴訟)は、処分権主義(246条)の観点からも当然に認められるものといえる。このような一部請求訴訟が認められることの実践的な意味としては、訴額に応じてスライドしていくわが国の提訴手数料制度との関係で、訴額が高額にもかかわらず勝訴の見込みが立たないような事件において、訴額の一部のみに限定することで裁判所に判断を求めることにある(もっとも本問における損害額3000万円の場合の提訴手数料は11万円弱であることから、一部請求をする実益は乏しいかもしれない)や、不法行為における損害賠償請求訴訟において、被害者である原告が自らの過失の存在も自認しているような場合に、過失相殺を経て(過失相殺については→問題38)残る損害額であるとしてなされることが多かったことなどが挙げられる(一部請求をめぐる訴訟の利益の評価につき、三木浩一「一部請求訴訟について」民事訴訟雑誌47号(2001)30頁参照)。このように一部請求が認められるとすると、一部請求訴訟を提起した後に残部請求をすることは、それなりに必要性・合理性があるものといえる。他方では、複数の訴訟に付き合わされることになる被告サイドの不利益や、実質的には同一内容の紛争について重複審理(訴訟不経済・矛盾のおそれ)を余儀なくされる裁判所の不利益をどのように調整するかは別途検討されなければならない。このような問題意識から、一部請求の許否が論ぜられ、より激しい議論が残部請求が許されるか否かという点が問題とされてきており、激しい議論の対立がみられるところである。2 学説の状況(1) 全面肯定説全面肯定説の立場は、実体法上債権の分断行使が自由とされていることを根拠に、訴訟物設定についての原告の自由を保障する民事訴訟法246条を根拠として、一部請求訴訟に対する当然の認識から、前訴で一部請求である旨が明示されていたかどうかは問わず、実体的に一部であったかどうかだけで一部請求訴訟が成立するとし、原告によって分離された残部部分にまで既判力が及ぶことはないと主張する。この立場によると、原告によって分離された残部は訴訟物とされた一部にしか生じないとして、残部請求を求める後訴を許すことになる。この立場に対しては、紛争の一回的解決の要請や、実質的な審理の重複、被告の応訴の負担、といった見地からは問題が多いとの批判がなされている。(2) 全面否定説他方、被告の応訴の負担や審理重複による裁判所の不利益を重視し、一部請求訴えの提起を許さないとする立場であり、前訴の判決がなされると、残部請求訴訟は許さないとする立場である。残部請求も許されないとする肯定説の立場からすると、前訴で一部請求訴訟が、その全部について訴えを提起したと擬制し、訴訟物について一部認容または全部棄却の判断を下すべきであり、その既判力は全部に及ぶと考える。訴・非効率に巻込まれ、一部請求後に残部請求は許さないとする全面否定説の立場も学説上では有力である。この立場は、一部請求訴訟をしたという原告の利益に比べて、訴え提起段階での判断で許すことで十分にであるから、訴訟係属の途中で請求の趣旨を拡張すればよく、一部請求訴訟をするための訴訟提起という方法は認めるべきではないと考える。残部請求を否定する理論構成としては、一部請求訴訟でも債権全体が訴訟物となり残部請求権は既判力で遮断されるという説明や、併合提供義務を課し(民訴25条、民執34条2項参照)における請求債権の範囲を拡張する(一部請求後の残部請求は却下される、といった説明がなされている。(3) 中間説全面肯定説でも全面否定説でもなく、中間的な見解を認める立場も学説上は存在する。3 判例1つには、一部請求の前訴(一部請求である旨を明記していた場合)で、原告が一部請求する利益を考慮に入れて、原告が希望した場合には残部請求を認めるが、敗訴した場合には、一部請求訴訟も債権全体のについてその存在という判断があってはじめて出てくるのであるから、再訴を許して二重審判をする必要はなく残部請求を認めないと考える考え方である(中間説①)。同様に、原告が一部請求で勝訴した場合も敗訴した場合とで扱いを分ける見解はあるが、原告が前訴で請求を一部請求である旨を明示していたとしても、被告からすれば債権の不存在を主張・立証する必要は前訴と変わらないのであり、被告は、いずれにしても残部請求は認められるのであるから、一部請求で敗訴した原告にその後の訴訟を提起したのであり、残部の場合の矛盾を生じるおそれはないとして残部請求は許されないと考える(中間説②)。また、一部請求訴訪において被告も債権全体についての審理に既判力をもって対応しようとしたのであれば(相殺の抗弁等)、その結果は原告の勝敗の如何にかかわらず債権全体に及ぼすとする見解も有力である(中間説③)。4 本問に即して本問においてXは前訴において一部請求をなし、請求認容の判決を得た後に、残部の請求を求める後訴を提起している。一部請求訴訟を全面肯定説に立つ場合には、前訴において一部請求であることが明示されていたか否かにかかわらず、また、前訴でXが勝訴していようと敗訴していようとにかかわらず、残部の支払を求める後訴は認められる。これに対し、全面否定説に立つ場合には、残部の支払を求める後訴は一切認められないこととなる。これに対し、中間説①②の立場からは、一部請求の前訴が一部請求訴訟で敗訴した場合には残部請求の拡張は認められることになる。ただ、中間説③からは、前訴で一部請求である旨の明示があった場合には、残部請求の後訴について訴えの利益が認められ、また前訴で明示がなかった場合には、当該債権の金額(3000万円)が給付を求められた金額(500万円)をもって確定されたものであり、仮にそれと矛盾する主張をする(やはり損害賠償債権は3000万円であって、残部2500万円の支払を求めたい、といった主張を意味するものと思われる)ことは許されないとする(後者によると「既判力の反面性」に反するものとして許されないと説かれている)。