詐欺・錯誤と消費者契約法
2025/09/03
独身のOLのXは、2024年4月頃、結婚紹介所のウェブサイトを介して知り合ったAの勧誘により、Y銀行から融資(以下、「本件融資」という)を受けて、投資目的で、Aの親族であるB不動産業者が所有する新築マンションの1室・甲を2500万円で購入することにした。Xは株式や不動産への投資経験はまったくなく当初は断っていたが、言葉巧みに説得され、Aとの交際への期待もあっての決断であった。その日は祝祭日で、XとAは喫茶店で会ったが、そこに他のB社員が加わって甲の売買契約の締結の手続が行われ、続いてY銀行に場所を移して本件融資の手続が行われた。締結にあたりAは「甲周辺は、某有名大学の新設学部が開校予定、高速列車も開通するから損することはない」「今ならY銀行の特別金利が適用になる」といい、ローン返済計画と甲の修繕積立金と収支予測のシミュレーション表もみせていたが、大学や高速列車の計画はなく、シミュレーション、特別金利も虚偽であった。甲の購入資金として、Xは頭金として現金200万円を充てる一方で、Yとの間で利息を年率2700万円の金銭消費貸借契約を締結し、この資金債権を担保するために甲に抵当権が設定されているが、甲の担保価値は4000万円(その後の査定では市場価値1000万円)、Xの年収、保有金融資産なども水増ししてYに申告されていた。YとBとは資本関係も提携関係もない。しかし、Y担当者は融資実績を上げたいたので、Bから提供された情報に基づいて不動産購入資金の融資について、Bから提供された情報に基づいて独自に審査することなしに融資を実行していた。 その後、Xは、Aは「デート商法」といわれる悪質商法の常習犯で、女性の交際に対する期待を利用してマンション投資等の勧誘を繰り返していたこと、Bも1年前から各地の消費者センターに苦情 が寄せられていたことを知った。Xは、Bとの話し合いで「今回の甲の取引はなかったこととさせていただき、また、本件融着はお客様とY銀行様との間で結ばれた契約で、当社としてはご相談に応ずることはできません」といわれた。 ローンの返済をしたくないXとしては、Yに対してどのような請求ができるか。また、これに対して、Yはどのような反論ができるか。 参考判例 ① 東京高判平成27・5・26判時2280号69頁 ② 最判平成23・10・25民集65巻7号3114頁 [解説] 1 問題の所在 一見してわかるとおりに、Yに対するローンの返済から解放されない限り、Xは、法的に救済されたとはいいがたい。それに、Xの立場からみれば、Yが本件融資をしなければ、Xの甲への不動産投資自体も、そもそも実現することはなかった。しかし、ここに、すでに周囲の優しさが潜んでいる。「不動産投資」は甲不動産売買と本件融資(金銭消費貸借)という複数の契約から成っていること、そして、Xが不動産投資を決意するに当たって大きな意味をもっていた人は、そのいずれの契約でも当事者となっていない。今日こういった事象は決して稀ではないと思われるが、実は、この問題は一筋縄ではいかない。 XのYに対する請求としては、以下の構成が考えられる。まず第1に、AがXの恋愛感情を利用して、交際への期待を抱かせつつ、不当に高額の不動産への投資を決意させた点に着目して、Xが行ったBとの甲の売買は公序良俗により無効(90条)となり、その結果とすべきYとの間で締結された金銭消費貸借契約も、原因を欠くことになって無効となる、と主張す ることが考えられよう(同条)。 第2に、投資経験のないXに対して、Aは不動産投資のリスクを十分に説明するどころか、虚偽の説明によってリスクを隠蔽していた、と主張する。説明が不十分、虚偽の説明から債務不履行責任に基づく損害賠償請求をすることも考えられるところ(Aには不法行為責任(709条)、Bには使用者責任(715条)を、効果として「真実を知っていればするはずはない」契約を締結してしまったこと自体が損害だと主張して、いわゆる契約締結上の過失を請求)。Xは、こういった問題のある販売取引に融資することで被害を「助長」したとして、共同不法行為(719条)を主張することが考えられるだろう。 そして第3には、Xは、Aから本件融資の前提となる投資のシミュレーションについて虚偽の説明を受けてYと金銭消費貸借契約を結んだ、つまり、第三者Aの「詐欺」あるいは「不実表示」によって、真実を知っていれば結ぶはずのない契約をしたので取り消すというものである(96条2項・95条)。 このうち第1の構成は、甲不動産売買が公序良俗により無効であると認められたとして、そのことをもって本件融資を無効といえるか、いいかえれば、2つの契約の連動性(実質的に密接に関連して一体的にその効力を否定する)、つまり、売買契約の効力否定が融資にも伝播するかを問題とする。しかしながら、XとBの甲不動産売買とXY間の金銭消費貸借とは目的は別の2つの契約である。参考判例②も、個別物品割賦あっせんにおける売買契約と与信契約でも割賦販売法との適用があることをあらためて確認した。本問同様、デート商法で女性がアクセサリーを購入させられていた事案であったが、①販売業者とあっせん業者の関係、②販売業者の与信契約に関する行為の内容および程度、③販売業者の一般消費者の苦情に対する行為についての有無および程度を総合的に考慮して、一体的にあっせん業者の帰責性が問われた上記担当者と相当する特段の事情」がない限り無効にはならない、としたのである。 第2の構成も、似た問題に直面する。虚偽の収支シミュレーションによる投資リスク説明に問題があることが認められたとしても、売買と融資を一体 として扱い、融資責任を問うのは容易ではない(ベイ・7・12・13判タ921号259頁)。基本的には、「金融機関」(金銭消費貸借契約)は金銭を貸し渡し、借主が合意された条件で弁済するという契約であって、その使途の合理性の検討は借主の自己責任で行うべき問題とされていることによる。 ところで、本問は、Xに対して「甲取引はなかったことにする」との申出をしている。しかし、そもそも甲不動産取引は当事者間で有効に締結されているので、クーリングオフが可能な8日間で、現在の状況に影響を及ぼしがたい、というものである。そこで、以下では、Aの行為を法的にどう位置づけられれば、XY間で締結された金銭消費貸借契約の効力を否定することができるのかという、第3のアプローチを中心にみていく。 2 代理人詐欺の可能性 Aは、本件融資についても架空の特別金利や虚偽の収支シミュレーション表をXに提示し、Yの融資実行に影響を及ぼすXの信用力、担保価値について虚偽の申告をしている。AはBの従業員であるから、これらAの行為はBの業務の一環という評価は可能であるが、これをYに及ぼすことはできるが問題となる。仮に、Yから、B社あるいは個人Aに対して、本件融資契約の締結について代理権を授与されていたという事情があれば、AないしBの相手方Xを欺罔して契約を締結させた行為は、Yが自ら行ったものと同視され、Xは意思表示を取り消すことができる。この場合、本人がYにこれらの事情について知っていたか、または知るべきであったか(重過失・有過失)は問題とならない(101条1項、大判明治39・3・31民録12輯492頁)。 とはいえ、YはBに融資媒介の依頼をしていたとしても、B(およびその従業員)に法律行為を行う権限を付与したものではない。これを代理行為と考えると、B・Y間には代理権を授与する意思も基礎的な法律関係もなかったことから、Xが代理権授与を立証することは困難も予想される。 3 第三者の詐欺・不実表示によってした意思表示 (1) 第三者詐欺による取消しの可能性 第三者Bによる詐欺によってXは、相手方Yと融資契約を締結する旨の意思表示をしたとすればどうであろうか。第三者詐欺(相手方以外の者が詐欺)により、Xは、Yがその事実を知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる(96条2項)。 ここで、2017年改正民法96条2項では、相手方が詐欺の事実を知っていたときに限り、意思表示の取消しを主張できると規定していたが、相手方への主観的要件が緩和されている。これは、真意でないことを表意者が知ってなす心裡留保(いわば表意者が悪意)で、第三者の詐欺・不実表示によって、真意ではない意思表示をさせられてしまうため、意思表示の有効性を問題とし、真意でない意思表示としてしまった表意者と相手方との利益のバランスをとる目的としてXが相手方の保護の要請が後退し、相手方に過失があった場合にもXは保護が保障される。 (2) 第三者の不実表示によってした意思表示と錯誤 ところで、「詐欺」の要件としては、いわゆる2段の故意(人を騙して錯誤に陥らせ、その錯誤に基づいて意思表示をさせるという故意)が必要であるが、欺罔行為、因果関係の要件があるところ、特に故意の立証が難しく、詐欺による取消しが認められない場合も多い(消費者契約法の立法趣旨でもある)。そこで第三者の「詐欺」ではなく「不実表示」を構成することで対処も検討しよう。 「不実表示」は詐欺と錯誤の中間で、改正前の民法にはなかったものであるが、特に「動機」の錯誤が成立することが困難となることから、意思表示の内容となっていた「法律行為の基礎とした事情」(95条1項2号)につき、表意者の錯誤の取消しを認めることが規定された(→本書84・91参照)。事実、相手方によって誘発されている点で、 「基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」で、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要」であれば、取消しが認められる(同条1項2号)。つまり、「動機の錯誤」要件の中に「不実表示」を組み込むことは可能であろう。 そのうえで、第三者による「不実表示」により意思表示が錯誤に陥り、相手方がこれを知りまたは知ることができた場合でなければ、相手方が善意で重過失がないこと(95条3項1号・2号参照)。本問では、XはBの不実表示により錯誤に陥っており、また、Yの担当者は融資実績を上げるため、Bが利用していたYのXの返済能力の担保価値に関する虚偽の情報を知り得たといえるであろう。では、Y・A・Bの同趣旨であり、A・Bの不実表示をYのXへの融資実行を決定する判断を左右する情報に、Bも1年前から各地の消費者センターへ苦情が寄せられていたこと、消費者との間で問題となる場合、Yは、その調査が困難であることをもって、YはY銀行として本来なすべき審査を怠ったことをもって、A・Bの不実表示をYのXへの融資実行を決定する情報として利用している。 4 消費者契約法による保護:「媒介」の委託 消費者契約法による保護は、消費者と事業者の間に、情報力と交渉力に構造的な格差があることに鑑み、消費者の意思決定を、民法の詐欺・錯誤よりも拡大された要件のもとで取り消すことを認めている(同法1条・4条・5条)。ただし、本件融資は「事業として又は事業のためにする契約の当事者」となる場合には該当しないので(同法2条1項・2項)、Y銀行は「事業者」に当たるが、Xは「消費者」に該当しないので、消費者契約法の直接の申込みまたはその承諾の取消しを主張することも考えられる(同法4条・5条)。 他方で、たとえば、地主Zに対してB社が、同じように消費者に「地主を運ばせてほしい」と持ちかけ、B社が地主から一括で借り上げて、テナント探しなどの面倒な賃貸業務はすべてこちらでやり、地主が本社にあなたの支援は空室のあることを心配せずにおまかせします」と勧誘されて、不実告知を信じてサブリース契約を締結してみたものの、実際にはYのへのローンの負担が残る………という場合はどうだろうか。問題の構図はほぼ同じであるが、地主の事業の一環で結ばれた契約であるから(消費者契約法2条2項)、ここには消費者契約法の適用はないことになる。 Xが消費者契約による救済の可能性があるのは、媒介の不実告知を理由に意思表示の取消しが問題となる場合である(消費者契約5条)。そこでは、相手方の故意・有過失は問題とならない。本問で「媒介」にあたるか否かは、AからYB間に提携関係はないこととあって微妙であるが、甲契約の紹介を信頼したY銀行である。本件融資の手続に基づく取消しのもう1つのハードルがあるが、参考判例①は、「事実と異なる」が、「将来における変動が不確実な事項」である(同法4条4項)判決に基づく不実告知を理由とする取消しは、「事実と異なる」が、「事実と異なる」が、「事実と異なる」が、「事業」で要求される、それによれば、消費者契約の「内容」や「取引条件」であって、その「重要事項」は、同条5項で要求されている。それによれば、これは媒介には含まれないとされており、かつ、そのような動機のために重要であると判断された事情についても、消費者の「重要な利益」を上回る経済的利益もないのに「有利な」取引を回避するために認定されるべき事項といった事情について誤認させるものではなかったか。 また、2018年に改正された消費者契約法上の経験の乏しさを恋愛感情に乗じ、 契約を締結しなければ関係が破綻することになると告げ、Xを「困惑」させて契約を締結させた場合についても、消費者契約法4条3項1号)。この構成では、「重要事項」の幅は問題とならない。 次に、発展問題におけるXは、自らが契約の取引条件を誤って理解していたところ、その錯誤と不満足を状況に陥っていた。ここでは、Y・X・Zが積極的に誤認を認定せねばならず、Xの誤認を、しかもどういう形で契約に関する誤認と評価できるかが問われよう。ポイントは、どのような事実に関する誤認を以て「重要事項」に関する誤認と評価しうるか(95条2項)、また、⑧の不告知(消費者契約4条2項)とりわけ⑨が「不利益となる事実」をどう考えるか(同条3項・5項)である。 後者は、消費者契約の目的となるものの「内容」や「取引条件」であって、その消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべき「重要事項」は、「当該契約を締結する(95条1項・2号)であり、かつ、「当該告知により当該事実が存在しないと消費者が考えるべきもの」とされている(同法2項後段)。その趣旨は、当該消費者の主観的重要性ではなく、客観的、平均的な消費者像を基準に客観的に判断すべきという点にあるが、この平均的な消費者像は「転機動機」の利用であるが、ここにはその利用目的、契約者の「更に」という文言を総合的に考慮すべきである(白鳥事件・東京地判令和元年9月19日)。 関連問題 XはYと生命保険契約を締結していたところ、同じマンションに住むYの定年職員Zと親しくなり、Xから「お隣に入った保険は、1日目から出る保険」と聞いたことが契機となって、保険の内容が保証を見直す「転換」制度の利用に向けた交渉をすることとなった。ここにおいて保険の転換とは、現在の保険契約を利用して新たな保険を契約する方法をいい、現在の契約の積立部分や積立配当金を「転換(下取り)価格」として、新しい契約の一部に充てる方法で、これにより元々の契約は消滅することとなる。 Xが転換契約の制度を利用した背景には、3年後には更新を迎えるが保険料が月額1万7600円から1万7800円にまで600円まで上がること、また、保険の転換(下取り)価格が下がると、それが高い時点で保険内容を見直し、保険料の負担を低く抑えようというYの営業職員の説明を信頼したことにある。 Xは、Yから「①~③までの事実を告げられ、④~⑥までの事実には告げられていない。Yの勧めるまま、転換制度を利用して、旧契約を終了させ、新契約を締結した。 ① 新契約では入院給付金が1日目から出ること ② 補償内容はほとんど変わらないこと(死亡時に受取れる死亡保険金額が3400万円であるが、新契約では3200万円) ③ 保険料は若干下がるだけであり(旧契約では月額1万7600円であるが、新契約では月額1万2200円) ④ 新契約は旧契約を転換するので、旧契約の保険料は既に元に戻ることはない ⑤ 転換後の新契約の保険料は、当初7300円であるが、差額が上乗せされるため200円になっていること ⑥ 新契約では、契約に失効した保険契約や特約更新制度特約が、入院保障の最大日数を60日とすることになっていたな ど、保障内容が大幅に縮減されること。 (6) 実は旧契約の下でも入院1日目から入院給付金が出ることになっており、その後、④~⑥の事実を知ったXは、Yとの間で新契約の取消しを主張することができるか。取消しを主張する際の法律構成と、言及する事実を整理しながら検討せよ。 参考文献 全国進路指導研究会編・民事判例研究会編 民事判例13号(2016)84頁 / ポイント12頁(角田美穂子) (角田美穂子)
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
ISBN978-4-7857-2991-2
「法律行為の基礎とした事情」と錯誤
2025/09/03
2022年4月に、美術品の小売業を営むXは、同種の営業を行うYの店舗において、Yから著名な画家Nの筆になる「富岳」と題する絵画をみせられ、Yからこれを180万円で購入する契約を締結(以下、「本件売買」という)、3日後に代金を支払って引渡しを受けた。Xは前々年、Yは10年近く、美術品の取引経験を有する者であり、両者は本件売買の前年も1年半前から互いに美術商として知り合い、これまでに取引をしたことがあった。本件売買の当日、Xは、以前から興味をもっていた画家N筆の「富岳」をYが入手したとの情報を得て、Yの店舗を訪れたのであるが、目当てにしていたN筆の「富岳」は傷や汚れがあったためその購入をやめ、近くに飾ってあった「水仙」に興味をもち、これを購入することにしたものである。その際、Xは、「水仙」についてYに尋ねたところ、Yから、これはMの筆になるものであり、「富岳」と同様、名高い実業家旧蔵の美術品によるものでもあるが、そのほかの問い合わせには応じず、購入を決意したのであった。ところが、その後、この絵画をXがZに200万円で転売しようとした際、Zの要望により鑑定を依頼した結果、実は贋作であることが判明した。本件絵画は、贋作であれば200万円前後の値がつけられるが、贋作であれば20万円以下の価値しかない。Xは、錯誤を理由に本件売買契約の無効を主張し、Yに対して目的物の返還と引き換えに代金180万円を返還するよう請求することができるか。[参考判例]① 東京高判平10・9・28判夕1024号234頁② 最判平元・9・14判時1336号93頁[解説]1 Xの考えられる主張本問では、Xが民法95条に基づき錯誤による取消しを主張して、代金の返還を求めることがまず問われている。本問の事実関係のもとでは、このほか、目的物の契約不適合を理由に契約を解除して代金の返還を求めることも考えられる(後述8)。さらに、Yの詐欺による取消しを主張することも一応は考えられるが、詐欺というためには、Yに欺罔の故意があったことが必要であるところ、本問ではこれは明確にはうかがわれない。なお、仮に本件契約が「消費者契約」に該当する場合であったなら、さらに、消費者契約法4条1項1号に基づく不実告知による取消しの可能性も考えられたであろうが、本問では、XとYはいずれも事業者であるから、同法の適用はない(同法2条参照)。以下では、錯誤に焦点を当てて検討を進める。2 動機の錯誤の取扱いをめぐる従来の議論民法95条は、2017年改正民法(以下、「改正前民法」という)95条のもとでの議論を踏まえたものであることから、まずは同改正前の議論を簡単に確認しておこう。絵画の売買において、真筆であると信じて購入したものが実は贋作であったという場合における買主の錯誤は、表示に対応する意思が欠けているわけではないので表示の錯誤ではなく、従来「動機の錯誤」といわれてきた錯誤類型(後述のとおり、改正民法では95条1項2号に基礎事情錯誤として規定された)の一場合である。改正民法95条では、同条の適用を受ける錯誤を「法律行為の要素の錯誤」と規定しているにすぎなかったため、この規定のもとでの動機の錯誤の取扱いについては、多くの議論があった。(1) 伝統的な考え方:動機表示説(錯誤二元論)改正前民法95条が動機の錯誤にも適用されうるかについて、起草者は否定的だったようであり、初期の判例にも消極的なものがみられた。しかし、後に判例は、「動機が表示されて意思表示の内容とされた」という要件の下で改正前民法95条の適用可能性を肯定するようになった(大判大正3・12・15民録20輯1101頁)。目的物の性状に関する錯誤についても、物の性状は通常法律行為の有効性にすぎないが、表意者がこれを意思表示の内容とし、その性状を有しなければ法律行為の効力を発生させず、しかも取引の観念、事物との常況からみて意思表示の主要な部分をなす程度のものと認められるときは、法律行為の要素の錯誤と解されるべきとされた(大判大正6・2・26民録23輯284頁(売渡証書事件)等)。この考え方は、学説でも通説をなすに至った。(2) 批判説:錯誤一元論しかし、その後学説においては、表示の錯誤と動機の錯誤の区別はしばしば困難であること、動機の表示を要求することは動機の錯誤の範囲に合わないこと、取引の安全の要請を重視する動機の錯誤のみならず表示の錯誤においても存在するなどと理由に、表示の錯誤と動機の錯誤の区別的取扱いを否定する一元的な取扱いをすべきだとし、いずれの錯誤についても、相手方の認識可能性、錯誤の重要性、錯誤の共生などの基準に基づいて、改正前民法95条の適用可能性を判断するべきだとする見解(錯誤一元論)が、有力に主張されるに至った。(3) 新・二元論:改正前民法95条の趣旨排除論一方、動機の錯誤を、表示の錯誤と区別し、改正前民法95条の適用対象から排除すべきだとする見解も、新たに主張された。すなわち、この見解は、動機が誤っていたことのリスクは本来表意者が負担すべきものであって、このリスクを相手方に転嫁できるのは、動機が保証、条件、動機などの形で合意された場合に限るとされる。それらの合意が認められる場合には、同法の適用によってではなく、それぞれの合意の効力や契約責任などの問題として処理が図られるべきだとするのである。(4) 法律行為の内容化論他方、近年は、問題となった事項が法律行為の内容(契約の場合は契約の内容)として取り込まれていたと評価できるか否かにより、「動機」が当事者の合意の対象としてまず契約内容に取り込まれた場合にその錯誤内容化されたことが重要であるとされ、その動機内容化されたことによって改正前民法95条が適用されうるものとする見解が有力に主張され、判例は、動機が表示されたことの表示の式質的な意味を、新たな角度から再評価するという意味も有していた。3 民法95条は、従来の動機の錯誤を、「法律行為の基礎とした事情」に関する錯誤(基礎事情錯誤)として明文化した(95条1項2号)。すなわち、表示の錯誤(同項1号)とは別に、「①表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」を、錯誤の一類型として明確に掲げた(同項2号)。そして、基礎事情錯誤を理由に取消しを主張するためには、「②その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであること」(重要性の要件)と「③その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたこと」(②の「表示」要件)が要件となることを明確にした(このほか、③の規定は、錯誤によるものであったときは無効とはできない規定は、限定されてない)。このうち②の要件は、従来の錯誤を基礎事情錯誤に共通する要件であるが、③の要件は、基礎事情錯誤に特有の要件であり、⑤の要件をどのように理解するべきかが問題となる。なお、改正によって、錯誤の効果は、改正前の無効から取消しに変更され(95条1項)、善意・無過失の第三者保護規定も新設された(同条4項)。4 民法における「表示」要件(要件③)と錯誤の要素(要件④)上記③の要件は、基本的には、改正民法のもとでも従来の判例法理につき展開される理屈を明文化したものである。つまり、改正前民法のもとでの判例で用いられた表現は、必ずしも統一的ではなかったが、動機の「表示」を要求してきたことから、これを捉えて現行民法95条1項2号が規定されたものである。もっとも、この「表示」の意味については注意を要する。動機の錯誤に関する従来の判例を仔細にみると、動機が明示的に相手方に伝えられているわけではないことがわかる。動機の表示に微妙な違いがあるが、特に契約における錯誤では、「動機表示不足」の下で国際的な問題とされているのは、当該動機が一方の「単なる動機」にとどまらず、当該法律行為(契約)の内容に取り込まれたと評価しうることができ、その上で判断という点を動機と相手に示していなかった場合に、動機が黙示的に表示」されていた(いわば法律行為の内容になったうえで、両者の通用を肯定したもの)があり(参考判例②)、逆に、表意者が相手に自分の動機を伝えていた場合でも、動機が表示されて行為の内容とされたとはいえないとして、同条の適用を否定したもの(最判昭和37・12・25民集16巻12号2588頁)がある。近時の判例にも、動機の錯誤が相手方に表示されていなかったため、「その動機が表示されて法律行為の内容となった」と認めることが必要であるが(参考判例①)、③の従来の判例は、民法95条が「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていた」の解釈にも引き継がれることになろう。5 民法95条2項の「表示」と錯誤の解釈このような理解の下に、「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていた」と認められるか否かは、当該法律行為の当事者の間では、特に契約の場合には、その表示への信頼の有無の問題であり、契約締結の過程でのやり取りや契約書の定めその他契約に至る経緯、当事者の職業や専門性、当該取引が行われた動機などを考慮し、また、一般的な契約の場合には、契約類型、契約目的、契約内容をも勘案し、当該錯誤を要素に意思決定をなすことの蓋然性の程度、当該契約類型のもつ社会的意義を重視すべきことの要請などを評価し意味もあることであろう。たとえば、判例は、クレジット契約上の信義に誠実に対応する義務を負うものと解したうえで、保証人は、申込者の信用状況について、保証人による錯誤の主張を認めた(参考判例③)。これは、当該契約類型の特殊性を前提に当事者の信頼を調整したものである。本問においては、17頁(本件)が「水仙」の真筆によるもので、真筆であったことをXが意思決定の基礎としていたと事情が、その後の行動等からうかがえるものの(富士山の見える土地の売買の錯誤)、Yの一方的な動機にとどまるものとはいえず、XY間の売買が「Mの筆になる真筆の絵画」として行われたと解され、したがって、民法95条2項の表示の要件が満たされると認められる可能性が高いといえよう。6 「表示」要件と錯誤の重要性(要件②)表意者が基礎とした事情が、「法律行為の基礎とされていることが表示されていた」という要件(「表示要件」)と、その錯誤の重要性要件とは、相互に関連するものの、別個の要件と捉えることができる。民法では、この重要性要件が95条1項において、「その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものである」という形で規定されている。改正前民法のもとでも、判例は、「法律行為の要素」という要件について、法律行為の主要部分であって、表意者はこの点に関する錯誤がなかったならその意思表示をしなかったであろうと考えられ、かつ、それが一般取引の通念に照らしても妥当と認められるものというべきとしてきた(大判大正2・10・3民録24巻1852頁等)。民法95条1項は、この判例法理を踏まえ、錯誤と意思表示との間の因果関係要件と重要性要件とに整理したうえで重要性要件を明確に掲げ、その重要性要件の判断において考慮される要素(法律行為の目的および取引上の社会通念)を条文上明確にしたものである。7 表意者の帰責事由(重過失)基礎事情錯誤について、上記の③および⑤の要件が満たされている場合でも、表意者に重大な過失があれば錯誤による取消しは認められない(95条3項柱書ただし書)。この重要性の評価を基礎づける事実は、錯誤による取消しを争う相手方が、主張立証すべきもの(錯誤を理由とする取消しの主張に対する抗弁として機能するもの)と解される。本問のように、表意者X(買主)が絵画等の取引をする事業者であった場合には、購入に際して相応の注意を尽くすべきであって、調査もせずに漫然と買主の言を信じたとすれば、買主に重過失があったともいえそうである。しかし、重過失の有無は、あくまでも他の諸事情を併せて考慮して判断されるのであり、錯誤者が当該取引に関する事業者であったことからただちに重大な過失が認められるわけではない。また、民法95条3項柱書の重過失抗弁は、表意者に重過失があるときは、相手方の利益を犠牲にしてまで表意者の保護を図る必要はないという考慮に基づくのであるから、相手方に保護に値する利益がない場合には妥当しない。民法は、この点に関する改正前民法の下での一般的な解釈を明文化した。つまり、たとえ錯誤者が重過失によるものであった場合でも、①相手方が表意者の錯誤を知り、または重過失により知らなかったとき(同条3項1号)、および、②相手方も表意者と同一の錯誤に陥っていたとき(同項2号)は、表意者はなお錯誤による取消しをすることができる。8 売主の契約不適合責任との関係絵画の売買において、真筆であることが契約内容とされていたのに実際に引き渡された絵画は贋作だったという場合は、引き渡された目的物が品質に関して契約の内容に適合しないもの(品質に関する契約不適合)に該当するので、買主は、契約不適合の場合における売主の担保責任の規定(562条以下)に基づいて権利行使をすることもできる。民法では、品質に関する契約不適合の場合につき、買主の追完請求権(562条)、代金減額請求権(563条)、損害賠償請求権(564条・415条)、解除権(564条・541条・542条)を規定している。錯誤規定と売主の担保責任規定との関係につき、改正前民法のもとでの判例には、契約の要素に錯誤がある場合には担保責任の規定は排除されるとしたものがあった(最判昭和33・6・14民集12巻9号1492頁(イチゴジャム事件))。しかし、これを、買主の救済手段(当時)の主張を認めた結果と批判し、相互干渉が、瑕疵担保(当時)によって売主の過失を問うことはでき、瑕疵による損害を賠償する責任を負わせるための判例であって、逆に、表意者が錯誤を主張せずともっぱら担保責任に基づく解除や損害賠償請求をするにこれを否定する趣旨までをも含むものではなかったといえよう。しかし、改正前民法95条のもとでは、錯誤の効果が有効とされていたことから、限定的な場合にのみ同条の適用が認められるという考慮があったのかもしれない。改正民法では、錯誤の効果は取消しとされ(95条1項)、瑕疵担保規定も新設された(同条4項)。一方で、担保責任は、改正民法では債務不履行の問題に組み込まれることとなった。この新しい規定のもとでの錯誤規定と担保責任規定との適用関係は、今後の解釈に委ねられているが、買主は、それぞれを要件を満たす限り、錯誤に基づく権利と担保責任に基づく権利をそれぞれ選択的に行使することができると解すべきである。関連問題Y(銀行)は、A(会社)の代表者Bから、Aに対する3000万円の融資(信用保証協会保証付融資)の申込みを受け、Aから提出させた信用保証委託申込書等の書類一式を、Yのビジネスバンキングセンターに送付した。同センターは、同書類に基づいて審査を行い、信用保証協会(X)への保証委託を行うことが適当であると判断し、信用保証依頼書等の書類一式をXに送付した。そしてその後、Xから信用保証書を送付されたことにより、YはAに対する3000万円の融資を実行した。しかし、AがYに返済をしないので、Xが保証債務の履行としてYに弁済を行った。ところが、その後、実はAはYから融資された当時、企業としての実体がなく、BがAの運転資金の名の下に金員を詐取することを企てたものであったことが判明した。Yは、Xとの間の保証契約の意思表示を錯誤を理由に取り消して、Yに対し、弁済をした金額の返還を請求しうるか(東京高判平成19・12・13判時1992号65頁)。参考文献山下純司・百選Ⅰ 50頁 / 新堂明子・消費者法判例百選(2010)48頁 / 山本敬三・NBL1024号(2014)15頁、同1025号37頁(鹿野菜穂子)
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
ISBN978-4-7857-2991-2
民法94条2項類推適用とその限界②
2025/09/03
Xは、自己所有の甲不動産を賃貸して収益を上げようと考え、以前より不動産取引につきXの相談に乗っていた知人のAに、甲の賃貸・管理を任せることとした。Xは、2021年12月ごろ、Aから甲に関する登記識別情報の提供を求められ、これに応じた。またその翌月には、XはAから実印と印鑑登録証明書を交付するよう指示され、それらを渡す際にAに理由を尋ねた。なお、XはAを信用していたため、特にそれらの使途を問うていなかった。さらにその翌月、XはAから、甲をAに売却する旨を記した売渡証書を提示され、内容を確認せずに署名し、登記申請書にAがXの実印を用いて押印するのを漫然とみていた。Aは甲につき売買を原因とする自己名義の所有権移転登記を具備したうえ、2022年4月、甲をYに売り渡して所有権移転登記手続も行った。Yは甲を買い受けるに当たり登記簿の記載を確認したものの、Aが甲を処分する事情については特に説明を求めなかった。Xは甲がY所有名義で登記されているのに驚き、Yに対して所有権移転登記の抹消登記手続を請求した。これは認められるか。[参考判例]① 最判昭43・10・17民集22巻10号2188頁② 最判平15・6・13判時1831号99頁③ 最判平18・2・23民集60巻2号546頁[解説]1 民法94条2項類推適用(権利者型)の限界民法94条2項類推適用が認められるには、外形自己作出型はもちろん、外形他人作出型であっても、不実登記が本人の承認に基づいていることが要求される(外形意思対応型)。それでは、①本人が作出した虚偽の外観が利用(例:虚偽の他人名義の仮登記)に対して、さらに他人の行為が加わって不実登記が行われるに至ったとか、本人はそれを知らなかった場合(同意意思非対応型)、②本人が他人を信用して交付した重要書類等が濫用されて不実登記がされた場合など、「不実登記の原因・基礎の作出」への本人の関与があるとされる場合(外形参与型)はどうであろうか。このような場合、不実登記それ自体は本人の意思を反映しているため、これを通じて権利関係を築いた第三者が現れたとしても、もはや虚偽表示規定の類推適用によってその保護を図ることはできない。そうすると、こうしたケースにおいては、不実登記に対する本人の帰責性が権利を失わせるほど大きいとはいえず、第三者を保護すべきではないと解すべきであろうか。2 民法110条との適用による第三者保護この問題につき注目すべきは、表見代理、特に民法110条における取引安全のバランスである。①本人が信用して無権限者処分の原因・基礎を作出している点、②そのことによって本人の意思を逸脱した処分行為が行われた点に、同条との類似点が見いだされるからである。もっとも、③本人が代理による代理権授与があるとは限らない点、④無権限者処分が代理人としてではなく自己名義の処分行為である点において代理とは異なるが、代理人による処分であった場合には、本人が外観の作出にどのような形で関与したとしても、代理権ありと信じるにつき正当な理由があれば相手方が保護されることとの比較において、どのようなときに考えるべきかが問われる。判例は、無権利者取引における規範の根拠として広く民法94条2項と民法110条の共通の目的を有していると捉え、両者の「注意」または「趣旨の根拠」適用により、このような場合にも善意無過失の第三者を保護する途を与えた。両制度の要求の組合せによるかような柔軟な解決は、同法94条2項類推適用をさらに拡大するために、本人の帰責要件が緩和され、第三者に無過失要件を付加することによって、本人の帰責要件の厳格化および表見代理との均衡に配慮した点に特色がある。3 民法110条の要件と注意点それでは、民法94条2項・民法110条重畳適用の要件は民法110条と同一でよいか。両者の適用場面と共通点は何か。この問いに対しては以下の点に注意を要する。民法110条では、「代理権」に対する信頼保護の当否が問題となるのに対し、民法94条2項重畳適用においては、これに対応するものに関する信頼が保護の対象となる。いずれも信頼保護の外観という点では共通しているが、次のような相違がある。まず、代理人による処分は他人の財産を前提とする取引であるため、代理人の処分権限の有無につき、相手方に高度な調査確認義務が通常ある。これに対し、自己の名義に属する不動産として処分する場合、処分者の所有名義で登記されていれば権利利鑑定が働くことから、処分者の所有権取得につき、その意思形態や処分経緯などから特に疑念を生じさせるような事情がみられない限り、これに対する信頼が正当なものとして評価されやすい。その上で、ここで問題とされている自己名義の処分において、本人の関与につき、表見代理と同じように、基本代理権の授与あるいは対外的な関係を予定した事務処理の委託で述べるとすれば、結果として表見代理以上に過度に第三者が保護されるおそれが生じる。そこで、第三者の側に無過失要件を付加するだけでなく、本人の要件についても民法110条において要求される関与+αを求めてバランスを図る必要がある。そこに民法94条2項類推適用の要素を加味する趣意がある。判例は、①不実登記の承認・黙認となった虚偽の外観が本人の意思に基づく場合(不実登記に対する承認はなくても、少なくともその前提となった虚偽の外形作出という意思が認められる場合)、②不実登記に対する本人の関与につき、不実登記に対する承認と同意あるいは程度に重大な帰責性が認められる場合を要件としている。4 民法94条2項・民法110条本人側の要件上記2つのについては、本人が他人において登記申請を行うため、登記済証の仮登記申請を行う意思に基づいて他人に登記手続に必要な重要書類を交付した場合、その他人がこれを利用して自己の名義に登記を為したような場合や、第三者に処分した場合などに該当しよう。問題は①の設定であるとか、本人に外形の作出の意思がないため、他人を信用して登記手続に必要な重要書類を交付してしまったというだけでなく、不実登記がされた事実について知らなかったとか、主張しない程度に、本人の意思関与ないし不実登記を承認・放置したうえ、さらに、本人の重大な関与ないし善意の内容、自己の不動産が他人のほほいまきに処分される危険の程度、その放置の有無・期間、③売買契約書の作成あるいは登記申請の手続に対する関与の有無・程度などを考慮し、これらを総合的に判断しながら、意思関与に匹敵する非難可能性の有無を評価することが求められよう。本問では、A所有名義登記の作出の過程を通じてXは継続的に重大な関与を行ったようすがうかがえる。それがごく短期間に集中している点などをどう評価するかが問われよう。また、Yにおける場合は、登記の経緯・事情に関する調査確認義務を常に負うか。発展問題においては、XはAに対して必要な重要書類を交付したものの、不実登記やAへの関与は相対的に継続的とはいえず、不実登記の助長ともいえるが、早急に処分されてしまったため、もっと留意すべき。なお、判例は、「不実登記に対する意思関与」と「同程度の帰責性」要件および第三者の善意無過失要件について、民法94条2項単独枠内においてもちうる可能性もあるとして、民法110条を併用する必要性につき疑問を提起するものもあり、民法94条2項単独、民法110条との区別は区別は流動的となっている。発展問題Xは自己所有の乙不動産を売買代金に充当する目的でAとの間で不動産業者であるAと売買契約(以下、「本件売買契約」という)を締結した。AはXの不動産に無断で乙を建築し、管理経営をしているようにみせかけ、XはAの不動産に無断で乙を建築しようと、印鑑・印鑑登録証明書・白紙委任状ならびに甲の登記識別情報の提供を求め、XはAに聞かれて慌ててこれらを交付した。しかしながら、Xは事情を確認せずにAに重要書類等を預けたことに不安を抱き、翌日Aに問い合わせたが、Aは巧みな言をいれてXをだました。Aはその後ただちに上記書類等を冒用して登記原因情報を偽造し、甲につき売買を原因とする自己名義の所有権移転登記を経由したうえで、すかさずこれをYに転売して所有権移転登記が経由された。XはYに対して、甲につき所有権移転登記手続の抹消登記手続を求めることができるか。[参考文献]中舎善朗・争点65頁 / 佐久間毅・百選Ⅰ 46頁 / 磯村保・平成18年度重判66頁(武川幸嗣)
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
ISBN978-4-7857-2991-2
民法94条2項類推適用とその限界①
2025/09/03
Xは甲不動産を所有しているが、Xの妻であるAは、2017年5月、Xの実印・印鑑登録証明書・甲に関する登記識別情報を無断で持ち出すなどして、甲につき、X-A間の贈与を原因とする所有権移転登記を申請した。Xは2019年3月ごろこの事実を知り、Aを非難したが、Aと夫婦間にあったことや、抹消登記手続のため時間と費用がかさむことなどから、甲をA所有名義で登記されたままとしていた。もっとも、Xとしては、甲はあくまで自己の所有物に属するものと認識しており、Aに譲ったつもりはない。ところがその後、XとAは不仲になり、2022年4月、AはXに対する離婚および財産分与請求訴訟を提起するとともに、甲をYに売却してしまった。所有権移転登記がなされるに至った。YはX-A間の上記事情を知らず、「甲は5年ほど前にAに譲った不動産であり、所有権移転登記も済ませている」旨のAの言を信じて甲を買い受けた。そこで、XはYに対し、甲に関する所有権移転登記の抹消登記手続を求めた。Xの請求は認められるか。参考文献① 最判昭和45・9・22民集24巻10号1424頁② 最判昭和45・7・24民集24巻7号1116頁[解説]1 無権利の法理と不動産取引の安全本問におけるYの請求の前提は甲の所有権に基づく妨害排除請求となるが、X-A間の贈与の不存在・Aの無権利が確認されれば、原則としてYは甲の所有権を取得することができない(無権利の法理)。YがA所有名義の登記を信じて取引したとしても、不動産登記には公信力が認められていないため、ただちにYがXの請求を拒めるわけではない。しかし、不実登記につき真に責任があるといえるような場合であっても、Yには保護されず、第三者の取引安全が不当に害され、第三者ではない。それでは、どのような場合にいかなる法的根拠に基づいて、第三者は保護されるであろうか。2 民法94条2項類推適用の意義判例は、不実登記すなわち虚偽の外観の作出・存続が真正所有者本人の意思に基づくと言えるような場合に、民法94条2項を類推適用して善意の第三者の保護を図っている。その趣旨は、①登記に公信力が認められておらず、人の静的安全に対する配慮が強く求められる不動産取引においては、不実登記の原因・経緯を問うことなく一律に第三者を保護するのではなく、その作出・存続につき本人の意思関与がある場合に、本人にその責任を負わせて善意の第三者を保護するという解決が衡平に沿っている。②、同項の趣旨は、虚偽表示によって権利外観を作出した本人の帰責性に対し、これを信頼した第三者の取引安全を図ることにあり、上記①の価値判断に整合するという点にみいだされている。わが国では、このような同項類推適用が、登記の公信力に代わる補充的機能を果たす判例法理として確立されている。3 民法94条2項類推適用の要件それでは、具体的にどのような場合において民法94条2項類推適用が認められるのであろうか。問題は、不実登記に対する「本人の意思関与」をいかにどのようの評価すべきかである。判例の法理の基礎を確認しよう。第1に、本人と登記名義人間の通謀あるいは登記名義人の承諾がなくても、本人が自ら不実登記を作出した場合(外形作出型)には、民法94条2項類推適用が認められる。これは、同項によって本人が真実の意思に基づいて外形を作出した場合も認め、過誤または登記名義人の不知の有無は重要でないという理解に基づいている。第2に、本人に無断で他人が不実登記を作出した場合(外形借用型)であっても、本人が事後的に不実登記の存在を知りながら、その存続を明示または黙示に承認していた場合においても、民法94条2項類推適用による第三者保護が拡張されている。このことは、少なくとも不実登記の存続が本人の意思に基づくものと評価しうるときは、自ら作出した場合に準じる事が可能性が認められるのである。本人が事後的に承認という事情を重視すればそれにされたことによっては別途不都合な評価をしないという評価を基礎としている。4 民法94条2項類推適用の限界この説は、民法94条2項類推適用の「本人の意思関与」を広くとらえていこうという問題意識は、虚偽の外観が作出・存続したことについての「本人の意思関与」を広くとらえ、権利保護要件につき虚偽表示に加わるなどして積極的に作出に関与する行為を意味すると解する。上記②に、本来の「虚偽表示」も、「知りながら」故意で虚偽の外形を作出したことであるから、心裡留保よりも、わずかの瑕疵でも該当すればただちに承認ありとみなされるのか。それとも、長期の放置あるいは、不実登記の存続を許容するような積極性が加わることが必要とするのか、学説は分かれている。この点については、①虚偽表示に準じる意思関与とは何を指すかによってどのように解釈すべきか、②民法94条2項の類推適用をどこまで維持・尊重すべきか、その本来適用から新たな法律関係が形成されたものとして、割り切ってゆくか、③不実登記に対する承認の正当化・有責化の判断として何が求められるかという判断をどの程度重視するか、④本人の要件を緩和することのバランスという観点から、第三者に無過失を要求すべきか、といった問題が関連してくる。本問では、XがAに甲を譲渡するつもりがないにもかかわらず、4年以上にわたってA所有名義の不実登記を放置していたことをもって、所有権ポイントを失わせるのに十分な意思関与ないし帰責性があると評価できるかがポイントとなる。さらに、Y側の要件につき、A所有名義の登記の存在とAの説明を信じたYに過失はないとまでいえるか、Yは保護されず、Aの無断譲渡について特に疑念を抱くべき事情がうかがえない限り、A所有名義登記を信頼したYは特別な確認調査義務を負わないので、いずれも、無過失要件の要否につき、その具体的な意義についてあらためて確認する必要があろう。5 民法177条との関係民法94条2項類推適用が、不動産取引安全のための法理として重要な役割を担うようになるにつれて、同法177条との関係が問われるに至っている。同法94条2項類推適用における「不実登記の承認・放置」は、その権利化を図る一方、同法により、「真実権利者としてなすべき登記の懈怠」との区別が微妙となる。同法によっても、第三者の要件に関して背信的悪意者非悪による調整が重要な機能を果たすに至り、「権利者の登記懈怠に対する非難可能性」と「第三者の取引態様の正当性」に関する衡平かつ柔軟な判断が求められる結果、両者の判断枠組みが接近しているように見受けられるからである。同法94条2項類推適用において、第三者に権利保護資格要件として登記を要求するという構成を採用すればなおさらである。その意味において、民法94条2項類推適用の限界づけは同法177条との機能配分にも関連する問題といえる。同類型の問題において、両者には使い分けるとしても、「不実登記の承認」と「真正登記の懈怠」を「善意者保護」と「背信的悪意者排除」、「特別なる第三者保護」と「登記による一般的解決」などに関する異同に留意しながら、どちらによる解決が妥当なのかにつき、より具体的できめ細かな判断が求められるといえよう(→本書78参照)。関連問題Xは自己所有の乙不動産につき、2022年2月、不動産業者であるAに売却し(以下、「本件売買契約」という)、所有権移転登記が経由された。Aは売買代金を支払っていなかったが、XはAを信用して上記登記手続に協力していた。ところが、Aははじめから代金を支払うつもりはなく、資力および支払意思を装ってXから乙を収奪する意図を有していた。同年4月ごろになってAの意図に気づいたXは、ただちに本件売買契約を取り消す旨をAに通知したが、乙の登記名義の回復等について専門家に相談しようと考えているうちに、まもなくXはYに対して、乙をYに売却し、所有権移転登記がなされてしまった。XはYに対して、乙に関する所有権移転登記の抹消登記手続を請求することができるか。参考文献中務嗣治郎・争点65頁 / 野上裕介・百選Ⅰ 44頁(武川幸嗣)
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
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公序良俗と不法原因給付
2025/09/03
Xは、自分の所有する土地甲(時価9000万円)を担保に、消費者金融業者(株式会社)Yから毎月240万円、毎月16万円を返済していたほか、消費者金融から300万円を借り入れ、毎月20万円を返済していた。2021年1月20日に、Xは、金融業者Yの融資案内をみてYを訪れ、借換えによる債務負担の軽減について相談した。Yは、甲の資産価値に着目をつけて、3000万円をXに融資し、その担保として甲に極度額6000万円の根抵当権の設定を受けることを提案した。その際、利率は年5パーセント、遅延損害金は年40パーセントとし、同年7月20日に一括返済することが約定された。Xは、半年以内に低利のローンに借換えができるとYが説明したことによるが、実際はそのような可能性はなく、YはXを返済不能に追い込み、違約損害金とあわせて根抵当権額(あらましは甲の価値全額)を取得するつもりだった。その後、融資の実行日に当たる2021年1月25日には、共謀していたZに、Xに対する貸金債権を根抵当権とともに譲り渡した。そして、その後、Yは、Xの貸付金口座に3000万円を調達するためZから同額を借り入れるとし、その担保として根抵当権を譲渡するする必要があると説明し、Xとの間で話がまとまり、2021年7月20日を過ぎても、ZがXに対し、3000万円とその利息および遅延損害金を返済しない限り、根抵当権に基づいて甲の根抵当権を実行するといってきた。そこで、(1)Xは、Yとの消費貸借契約は無効であるとして、債務不存在の確認と甲の根抵当権の登記の抹消を求めることにした。それに対しYは、Xの主張を争うとともに、(2)仮に消費貸借契約が無効であるとしたときには、Xに対し、3000万円とその法定利率相当額の返還を求めることとした。認められるか。[参考判例]① 東京高判平成14・10・3判時1804号41頁② 最判昭和30・10・7民集11巻11号1618頁③ 最判平成26・10・28民集68巻8号1325頁[解説]1 公序良俗(1) 問題の所在本問では、X・Y間で、元本3000万円、利率年5パーセント、遅延損害金年40パーセントで2年満期を年とすると消費貸借契約が締結され、その担保として甲について極度額を6000万円とする根抵当権設定契約が締結されている。X・Y間の消費貸借契約が有効であれば、XはYに対し貸金返還債務を負うが、X・Y間の消費貸借契約が無効とされれば、XはYに対して貸金返還債務を負わず、さらに、根抵当権設定契約にも無効が認められればもちろん、そうでなくても付従性の原則により――甲に設定された根抵当権も無効となる。(1)Xの債務不存在の確認と甲の根抵当権の抹消請求は、このようにして基礎づけられる。問題は、X・Y間の消費貸借契約(および根抵当権設定契約)が無効といえるかどうかである。本問では、詐欺取消が認められる可能性もあるが、次の(2)の問題が控えていることを前提とすれば、民法90条の公序良俗違反による無効が認められるかどうかが問題となる。(2) 伝統的な見解と暴利行為の理論公序良俗について、伝統的な見解は、公序良俗の秩序を主題とし、具体的には国家・社会の秩序を主題とするという者とがある。むしろ両者を行為の社会的妥当性を指すものとして一括したうえで、裁判例が何を問題とするかをみてきた。たとえば、人倫に反するもの、正義の観念に反するもの、個人の自由を極度に制限するもの、営業の自由の制限、生存の基盤たる財産の処分、著しく射倖的なものという類型化にその代表例がいる。このうち、本問で問題となるのは、暴利行為である。「個人の財産・経済・無経験に乗じて、著しく過当な利益の獲得を目的とする法律行為は、無効とする」という準則が判例上確立している(大判昭和9・5・1民集13巻875頁)。これは、Ⓐ個人の窮迫・軽率・無経験に乗じたという主観的要素と、Ⓑ著しく過当な利益の獲得を目的とする法律行為がなされたことという客観的要素からなる。本問の消費貸借契約は、利率が年利5パーセントであり、いわゆる高利契約には当たらない。また、遅延損害金は年40パーセントであり、利息制限法の制限(年2割)を超えるとしても、同法7条により、その超過部分についての無効とされるにとどまる。そのため、これだけをみる限り、Ⓑ著しく過当な利益の獲得を目的とした法律行為とはいえない。しかし、本問では、Xの窮状と相談に応じて3000万円をXに融資するだけであるにもかかわらず、甲に極度額6000万円の根抵当権が設定されている。これは、不必要かつ過大な担保といわざるを得ない。しかも、半年以内に長期低利のローンに借換えができるという架空の話をして、半年後に融資額を一括返済することが約定されている。これは、Xを返済不能に追い込み、遅延損害金とあわせて最終的に極度額相当額(あらましは甲の価値全額)を取得することをもくろったものである。Yが、共謀していたZに、Xに対する貸付債権を根抵当権とともに根抵当権の実行により、形式上第三者に当たるZに権利を帰属させることで、Xからの苦情の申入れや抗弁を封ずることが意図されたものと推測される。したがって、本問では、全体としてみれば、ⒶXの思慮や法的な知識の不足に乗じて、Ⓑ極度額に相当する6000万円ないしこれ以上の利益の獲得を目的とする法律行為がなされたとみることができる。これによると、XY間で締結された消費貸借契約と甲についての根抵当権設定契約は、公序良俗に反し無効ということになる。(3) 最近の見解・保護的公序最近の学説では、公序良俗違反の類型について見直しが進められ、客観的な秩序の違反に尽きない権利や自由の侵害に当たるものが存在することが指摘されている。そうした権利や自由の侵害を保護するために、民法90条が用いられる。そのため、この場合の公序良俗は、「保護的公序」と呼ばれ、当事者を相対的に保護――保護されるべき者の権利や自由の侵害を受けた側の無効を主張することを認める――とされる。本問で問題となっているのは、Xの財産権の侵害を目的とした行為であり、この意味で民法90条の保護的公序の典型に当たる。したがって、Xは、消費貸借契約と甲の根抵当権設定契約の無効を主張できることとなる。2 不法原因給付(1) 問題の所在不法原因給付、法律行為が無効である場合の帰結として「無駄な回復」の回避を図るための制度で、民法708条(不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受領者についてのみ存したときは、この限りでない)が規定されている。この場合には、不法原因給付は、法律行為が無効である場合の原状回復義務(121条の2第1項)、法律行為が無効である以上の不法性の程度の高い場合にのみ、この給付の返還請求を認めない。不法原因給付が認められると、その給付については不当利得の返還請求もできなくなる。これによると、以上のように、XY間の消費貸借契約が公序良俗に反し無効であるとするならば――もしXがこの無効を主張するとするときには――、(2)YはXに対し、原状回復として、交付した3000万円とその法定利率相当額の返還を請求することができるはずである。このように、民法121条の2第1項により認められる原状回復は、不当利得の返還請求であることから、この場合にも、不当利得に関する規定として、民法708条が適用される。したがって、この場合のYからXへの「給付」が、民法708条の「不法な原因のためにした給付」に当たるとすれば、Yの返還請求は認められなくなる。問題は、この場合のYからXへの「給付」とは何であり、それが「不法な原因」のためにされたといえるかどうかである。(2) 不法な原因まず、不法原因給付の制度と「不法な原因」の意味を後述しておこう。民法708条が、不法な原因のために給付をした者はその給付したものの返還を請求することができないとするのは、「不法を助長した者は法的救済を求めることができない」という考え方に基づく。自ら不法なことをしたことを理由として法的救済を求めることそのものは、法の自己否定であり、認めることはできないと考えるわけである。もっとも、「不法な原因」により給付が行われた場合に、給付者の返還請求を否定すれば、不法な結果が存続することになる。そのため、支配的な見解は、「不法な原因」を限定して理解する。具体的には、ここでいう「不法」は、倫理的非難性の強い公序良俗違反の一類型――判例によると、「その社会において許される限度を超える」場合(最判昭和37・3・8民集16巻3号500頁)――に限るべきであるとされている(倫理的非難説)。これは、本来なら不当利得返還を求持すべき者から救済の可能性を奪うためには、その者に強い非難に値するような特別な可能性があるという考え方から基礎づけられる。本問に関していえば、Yのした行為は、実質的にはXの財産を収奪することを目的とした行為であり、「その社会において要求される倫理、道徳を無視した無慈悲なものである」ということができるだろう。これに対して、最近では、「不法な原因」が何であるかは、法律行為を無効とする根拠(無効根拠)の目的によって決められるべきものであるとする考え方が主張されている(規範目的説)。法律行為を無効とするだけでなく、不当利得返還請求まで否定すべきかどうかの判断は、無効の目的に沿って決まるべきである。この場合に、不当利得返還請求まで否定すれば、権利者は自己の財産を失うことになるため、そうしなければ無効規範の目的を実現することができない場合に限るべきであるとするわけである。これによると、何が無効規範の目的であり、そこからどこまでのことが要請されるかが決め手となる。(3) 給付の意味次の問題は、そこで何が「給付」に当たり、その返還請求が否定されることになるかである。本問では、消費貸借契約のような双務契約が無効とされる場合に、何が「給付」に当たるかが問題となる。同じく賃貸借契約のうち、賃貸借契約の場合は、賃貸人から賃借人に対してなされる「給付」は、賃借物を使用収益させることである(これが「不法な原因」によるものであったときには、その「給付したもの」のまま一定の期間賃借物を使用収益させたことを金銭に換算した価額(賃料相当額)の返還請求が否定されることになる)。それに対して、賃借物そのものは、「給付したもの」に当たらない。賃貸借契約によって、賃借人が賃貸借物の所有権を譲渡するというものではないからである。したがって、賃貸借契約が締結される場合には、それが「不法の原因」によるものであったとしても、賃借物そのものの返還請求は妨げられない。消費貸借契約についても、同じように考えるならば、「給付したもの」とは、一定の期間元本を利用できたことである。本問でいえば、実質の実質では2021年1月25日から実際に返還するまでの間元本3000万円を利用できたことであり、法定利率5パーセント(404条2項)で計算したその利息相当額がこれに当たる。それに対して、元本そのものは、「給付したもの」に当たるはずはない。そうすると、たとえ、「不法な原因」に当たるとされる場合でも、元本の返還請求は妨げられないこととなる。ここで、仮に元本の返還請求まで否定すべき場合があるとすれば、それはやはり無効規範の目的によると考えられる。たとえば、高利貸契約の一生に1回も関係したAが儲けを利用して生活費を遊興費に充て、Bが700万円、Bが500万円の借り受け、代わりBがCのもとで遊興費として働き、その際の半額の返済にTがBのもとで遊興費として働く場合――その際に、Tが消費貸借契約を無効とし、その返還請求まで否定しなければ、その利益を保護しようとした元利の充当目的を達成することができない場合には、民法708条の趣旨により、元本の返還請求も否定されることが要請される(参考判例②参照)。しかし、本問の場合、甲に設定された根抵当権は無効とされれば、Xの財産が保全される。それとは別に、元本の返還請求まで否定しなければ、Xの保護が不十分というわけではない。それにもかかわらず、元本の返還請求まで否定することを正当化しようとすれば、たとえば、このように他人の権利を侵害しようとした者から元本をいわば没収することにより、同種の行為を抑止するとともに規範の目的に含めることが考えられる。問題は、民法90条および民法708条にそのような目的を認めることが適当かどうかである。関連問題A会社は、無尽蔵講に該当する事業を開始し、新規の会員から集めた資金を先に会員となった者への配当金の支払に充てていた。これに、Yは、A会社に800万円を出資金として支払いをしたが、社長が3000万円の不正な支払を受けたが、その後、A会社の事業が破綻し、破産するに至ったため、約4000名の会員は、出資金を支払ったものの、配当金を受け取ることができなかった。そこで、Yは、A会社の破産管財人Xは、破産手続の中で役員をA会社の管理をすることを目的として、Yに対し、配当金と出資金の差額2200万円の返還を求めた。認められるか。参考文献難波譲治・リーマークス29号(2004)10頁(参考判例①の判例)/ 川角由和・リーマークス28号(2004)10頁 / 稲垣孝・ジュリ1494号(2016)78頁(参考判例①の解説)/ 大杉・平成26年度重判79頁(参考判例③の判例)(山本敬三)
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
ISBN978-4-7857-2991-2
消費者契約における不当条項
2025/09/03
Xは、2024年8月21日、Yとの間で首都圏市内にあるマンションの一室(本件建物)を契約期間2年間、賃料1か月9万8000円で賃借する旨の賃貸借契約(本件契約)を締結し、本件建物の引渡しを受けた。本件契約には、本件契約締結と同時に、XがYに対して保証金40万円を支払う旨の定めがあり、Xは保証金40万円をYに支払った。また、本件契約には、保証金をもって、家賃の支払、損害賠償その他本件契約から生じるXの債務を担保する旨の定め、および、Xが本件建物を明け渡した場合には、Yは契約解除から再度入居までの経過年数に応じた額の割合(経過年数1年未満は18万円、2年未満は21万円、3年未満は24万円、4年未満は27万円、5年未満は30万円、5年以上は34万円)を控除したうえでXに返還するが、Xに未払家賃、損害金等の債務がある場合には、上記控除額から同債務相当額を控除した残額を返還するという特約(本件特約)があった。本件契約には、さらに、賃借人が集合住宅として通常の使用をした場合に生ずる損耗や経年により自然に生ずる損耗(通常損耗)については貸主側に負担し、Yは、本件契約に原状回復義務を負わないとする旨、および、Xは本件契約に2026年4月30日に終了し、XはYに対して本件建物を明け渡したが、Yは本件特約に基づいて、保証金から敷引金21万円を控除したうえで19万円をXに返還した。そこで、Xは本件特約が消費者契約法10条により無効であるとして、Yに対して保証金の残額21万円の返還を求めた。この請求は認められるか。[参考判例]① 最判平23・3・24民集65巻2号903頁② 最判平23・7・12判2128号43頁③ 最判平23・7・15民集65巻5号2269頁④ 最判平17・12・16判1921号61号[解説]1 不当条項の無効消費者契約法は、消費者と事業者の間の情報、交渉力の格差に着目し、消費者に一方的に不利益な契約の条項の有効性を認めず消費者を守るために、以下のような不当条項の全部または一部を無効とする規定を置いている。2 不当条項リスト(1) 事業者・責任制限条項① 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項および当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項は無効とされる(消費者契約8条1項1号)。また、事業者の債務不履行により消費者に生じた責任について、事業者の故意・重過失による損害賠償責任の一部を免除する条項および当該事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項は無効とされる(同項2号)。有償契約において契約の目的物に隠れた瑕疵がある品質に関して契約に適合しないことにより消費者に生じた責任について、損害を賠償する事業者の責任を免除する条項および当該事業者にその責任の有無や限度を決定する権限を付与する条項は、消費者契約法8条2項1号・2号の定める例外を除き、無効とされる(同条1項1号・2号)。② 事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害賠償責任の全部を免除する条項および当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項は無効とされる(消費者契約法8条1項3号)。また、事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた責任について、事業者の故意・重過失による損害賠償責任の一部を免除する条項および当該事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項は無効とされる(同項4号)。③ 損害賠償責任の一部を免除する条項は、事業者の軽過失による行為にのみ適用されることを明らかにしていないときには無効とされる(消費者契約8条3項)。⑤の施行日は令和5年6月1日である。(2) 解除権を放棄させる条項事業者の債務不履行により生じた消費者の解除権を放棄させ、または当該事業者にその解除権の有無を決定する権限を付与する条項は無効とされる(消費者契約8条の2)。(3) 消費者の後見的利益等の保護を目的として無効とされる消費者契約の条項事業者が後見的利益を有し、現在は開始または補助開始の審判を受けたことのみを理由とする消費者の契約を解除できる条項は無効とされ(消費者契約の目的となるものを提供することとされているものを除く)(同法8条の3)。(4) 損害賠償額の予定・違約金条項損害賠償額の予定・違約金条項としては、第1の類型に伴う損害賠償額の予定・違約金条項がある。すなわち、消費者契約の解除に伴う損害賠償額を予定し、または違約金を定める条項がある場合に、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるものは、その超える部分の規定は無効とされる(消費者契約9条1号)。たとえば、大学の入学辞退の場合の授業料の不返還特約につき、判例(最判平成18・11・27民集60巻9号3427頁など)は、消費者契約法9条1号の類推として解説を試みる。損害賠償責任の履行に係る損害の賠償額の予定の条項そのものとして、金銭債務の不履行に伴う損害賠償額の予定の条項がある。すなわち、消費者が金銭債務の全部または一部を支払期日までに支払わない場合に、損害賠償額の予定または違約金を定めた条項は、当該支払期日の支払の遅延の支払期日に年14.6パーセントを乗じた額を超える部分は無効である。じた額を超えるときは、その超過部分が無効とされる(消費者契約9条2号)。3 「不当条項」の一般条項消費者契約法10条は、上記のような個別的リストに該当しない場合であっても、「消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなすその他他の法律中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって」「(第1要件)民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」(第2要件)は、無効とする旨を定めている。例外として、次のような特約の有効性が問題とされている(このほか、同法10条に関する最高裁判決としては、生命保険の支払免責条項を有効とした判決(最判平成24・3・16民集66巻5号2216頁)などがある)。(1) 敷引特約敷引特約(敷金の一部から一定の金額を控除して残額を返還する旨の特約)の有効性につき、参考判例①があり、本問はこれをモデルとしている。この判決は、①居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は、契約当事者間にその趣旨について別異に解すべき合意等がない限り、通常損耗等の補修費用を賃借人に負担させる趣旨を含むものというべきであり、本件特約についても、このような趣旨を含むことが明らかである。②敷引金の額が、通常損耗等の補修費用の額として、社会通念上相当と認められる程度のものを超える場合には、賃借人の義務を加重するもので消費者契約法10条1項に該当し無効と解するのが相当である。③賃貸借契約に敷引特約が付され、賃借人が取得することになる敷引金の額が契約書に明示されている場合には、賃借人は、賃料の額に加えて、敷引金の額についても明確に認識したうえで契約を締結するので、通常損耗等の補修費用は、賃料にこれを含ませてその回収が図られているのが通常だとしても、それに充てるべき金銭を敷引金として授受する合意が成立している場合には、その反面において、上記補修費用が含まれないものとして賃料の額が合意されているとみるのが相当であって、敷引特約によって賃借人が上記補修費用を二重に負担するということはできない。これに続けて、④もっとも、消費者契約である賃貸借契約においては、賃借人は、自らが賃貸物件に生ずる通常損耗等の補修費用の額について十分な情報を有していないうえ、賃貸人との交渉によってその額の変更を協議することも困難であることが多いことから、敷引金の額が賃料の額から見て高額にすぎると、賃借人が一方的に不利益な負担を余儀なくされるものとみるべき場合が多いといえる。そうすると、消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は、当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料、礼金等の額と比べ、敷引金の額が高額にすぎると評価すべきものである場合には、当該賃貸借契約の更新料の額に比して大幅に低廉であるなどの特段の事情がない限り、敷引金の額から通常損耗等の補修費用の額として通常想定される額を控除して消費者契約の利益を一方的に害するものと認められる場合に当たり無効になると解した。このような判断のもとで、⑤本件では、本件敷引特約が締結されてから契約の終結までの経過年数に応じて敷引金の額が変動するが、2年ないし3.5年程度の経過後に契約が終了した場合に、敷引金の額が賃料の2倍ないし3.5倍強にとどまっていることなどから、本件敷引特約は消費者契約法10条により無効であると評価することはできず、本件特約を消費者契約法10条により無効であるということはできないとして、第2要件適合性を否定した。参考判例では、他に、参考判例②も、参考判例①そのまま踏襲して敷引特約を有効としている。参考判例では、他に、通常損耗等の補修費用を賃借人に負担させるものとして敷引金の合意を有効としながらも、合意された額が賃料の額の割合で算定されており、敷引特約によって補修費用を二重に負担しないことが特段の有効性の根拠の1つとされているが、参考判例③では、敷引金が通常損耗等の補修費用である旨の明確な合意がなく、敷引金と別に通常損耗等の補修費用を徴収している。そこで、参考判例②③は、当該敷引金の額に対して賃料がその算定の基礎になっているか否か、参考判例②において敷引金の趣旨を正当化するに参考判例①と異なる理論構成が必要である。いずれにせよ、参考判例②③が参考判例①をそのまま踏襲していることは疑問であるが、敷引特約は、本来賃料に含まれるはずの通常損耗の補修費用を賃料と別に徴収する趣旨であることを踏まえると、賃料・交渉力の格差に乗じて賃借人に明確な判断を許さない。その下で敷引金の相当性については、より慎重な判断が必要であろう。なお、通常損耗の発生は賃貸借契約の性質上当然に予測され、その投下資本の原状回復は賃料によって行われるべきだから、賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、建物の賃借人に予期しない特別の負担を課することになる。そこで、通常損耗について賃借人が原状回復義務を負うためには、賃借人が補修費用を負担することになる旨の特約、賃貸借契約書自体に具体的に明記されているか、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を認識して、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要であり(最判平17・12・16判時1921号61号参照)、民法(債権関係)改正によって、通常の使用および収益によって生じた賃借物の損耗(通常損耗)と賃借物の経年変化が、賃借人の原状回復の対象外であることが明記された(621条)。参考判例①の要件は、消費者契約法施行後のであったが、同法施行後、敷引特約の効力は消費者契約法10条によって争われるようになり、参考判例①が登場した。(2) 更新料特約更新料条項についても、参考判例③が、消費者契約法10条に反せず有効であると判断した。この判例は、更新料が「一般に、賃料の補充ないし前払、賃貸借契約を継続するための対価等の複合的性格を有するもの」であり、「更新料の支払にはおよそ経済的合理性がないということはできない」とし、たとえ賃貸借契約書に一義的な記載がなされれば、更新料の額が賃料の額、契約が更新される期間等に照らし高額にすぎるなどの特段の特段の事情がない限り、消費者契約法10条後段に当たらないとし、これを本件についてみると、本件更新料条項に最初に一義的に記載されているところ、その内容は、更新料を賃料の1か月分とし、それが賃貸借契約が更新される期間を1年間とするものであって、上記の特段の事情が存するとはいえず、これをもって同法により無効とすることはできないとした。関連問題Y(携帯電話の移動通信サービスを提供している電気通信事業者)は、消費者Xとの間で、「XはYから移動端末の提供を受ける、毎月その利用料金を支払う」旨の携帯電話利用契約を締結した。Yは、携帯電話利用契約において、通常料金プラン2月の後、各料金が安く設定されている割引料金プラン2のいずれかを選択できるサービスを提供しており、Yは、いつでもいつでも解約でき、解約料は発生しないが、大部分の消費者が選択している割引料金プランの場合には、契約期間が2年間であり、この期間内(当初の契約日から2年後の月の翌月)中に解約すると、9975円の解約料が発生する契約条項となっている。そして、更新後の契約期間も2年間であり、中途解約については同様の内容となっている。このような状況で、Xは、中途解約にかかる本契約の定めが平均的な損害の額(消費者契約9条1号)を超えて無効であると主張した。この場合の平均的な損害の額はどのようにして算定されるべきか。参考文献丸山絵美子・平成23年度重判64頁 / 千葉恵美子・判例時報640号(判時2145号)(2012)154頁 / 大島・前掲・超過128頁 / 後藤巻則・判例時報644号(判時2157号)(2012)148頁 / 沖野眞已・消費者法判例百選(第2版)(2020)58頁(後藤巻則)
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
ISBN978-4-7857-2991-2
公序良俗違反・法令違反
2025/09/03
バッグ類の卸売業者であるYはかねてからポーカー賭博に夢中になり、借金を重ねてきたが、ついには負け金の借金額が1000万円に達し、困っていた。そのとき、仕入先の1つであるXから、図っているなら金を貸すといわれ、2022年1月10日、Xから1000万円を借りて賭博の借金を全額返済した。その後、YはXから商売への協力を求められ、好意があるもので引き受けることに、Xの内容は偽ブランド品の売買であった。すなわち、有名なブランド品に似せた商品を販売して利益を得るためXが外部から格安の偽商品を買い付け、それをYが販売するという手はずであった。Xは以前にも偽ブランド品を輸入したところ、税関により過度の見積もりで差し止められた。Yは、偽ブランド品の売値が良ければ大きな利益が上がることを予期してもちかけたのである。そこで、Xが偽ブランドマーク入りの皮製バッグ100個を500万円で外部から買い付けた後、同年3月1日、Yに2000万円で売却する契約を結び、ただちにYがバッグを受領した。代金支払は同年4月1日という約束であった。X・Yとも、偽ブランド品の売買が不正競争防止法および商標法に違反することを知っていたが、ロゴマークをつけただけで高くても買う客のほうが悪いと思っていた。それに、以前にXがかわった偽ブランドバッグの販売では、バッグ自体がしっかりした品質であったので、購入した客から特に苦情はなく、それどころか返礼に感謝のほどで、Yが仕入れた後、同年3月10日に「高級バッグ」として1個35万円で売り出したところ、予想どおりたちまちすべてが売り切れた。その後、XからYへの代金の請求と、売買代金の支払期限が到来したので、XはYに請求したが、Yは支払わない。そこで、商標権の請求訴訟を起こしたが、これらは認められるか。[参考判例]① 最判昭29・8・31民集8巻8号1557頁② 最判昭39・1・23民集18巻1号37頁③ 最判平13・6・11時1757号62頁[解説]1 公序良俗違反・法令違反本問では、賭博で負った借金を弁済するための借金や不正競争防止法、商標法違反の売買が問題にあげられている。これらの契約について、その内容が公序良俗違反や強行法規違反として無効になるのではないかを検討しなければならない。2 動機の不法公序良俗に反する法律行為(契約など)は無効である(90条)。平成29年に、公序良俗に反する「事項を目的とする法律行為」から、公序良俗に「反する法律行為」と改正されたが実質的な変更はない。すなわち、改正前から判例は、法律行為の内容だけでなく、法律行為が行われた過程その他の諸事情を考慮していたので、それを条文上も明確にしたものである。では、公序良俗とは何か。社会の妥当性を欠いと考えらえることもあり、さまざまな類型があるが、賭博契約に反する法律行為はこれにほかならない(競馬など、法律によって認められている場合は別である)。本問では、賭博契約自体が問題となっているのではないことには注意してほしい。すなわち、X・Y間の借金(消費貸借契約)自体は、通常の契約であり公序良俗(90条)に反するということにはならないそうである。しかし、その借金はYの賭博のためのものであり、Yが賭博で負った多額の債務の返済のためであるから、XがYとした契約の「動機」が不法であったということになる。この動機の不法は消費貸借契約に影響するのであり、もし消費貸借契約も公序良俗違反となれば、無効であり、Yが契約の無効を主張できる可能性がある。動機の不法についての判例・学説は、以下のような状況にある。判例は、賭博の借金のための金銭消費貸借が、最判昭47・4・25判時669号60頁、最判昭和61・9・4判時1235号97頁)、賭博に負けた返還金を目的とする消費貸借(大判昭和3・3・30民集7巻578頁)などにおいて、不法の目的が表示されていたことを前提として公序良俗違反により無効としている。しかし、禁制品の密輸資金を貸した事例では、不動産を譲渡していたにもかかわらず民法90条の適用がないとされた(参考判例①。この判例には学説の批判が多い)。学説では、不法な動機が法律行為の内容として表示された場合に無効となる、表示説が有力である。表示説は、法律行為の社会的な妥当性を考慮に入れることはこれによってほごにできるが、動機が表示されないときも無効にすると、取引の安全を害するため、法律行為の内容はもっぱら表示行為によって判断するという原則に反する。この説に対しては、動機が表示されるかどうかによって公平負担を図るのでは管理であるという批判がある。そのほかの説として、以下のようなものがある。相手方が動機を知りまたは知りうべき場合に無効とする、認識(可能性)説であると、契約後でも基底時となる、動機の違法性の程度(違法性が強ければ無効に傾く)と、相手方の認識の程度(相手方が知らなければ有効に傾く)とも相関的に考察して判断する、相対関係説によれば、相手方が認識していなくとも無効になる可能性がある。ただ、本問を契約する目的の法律行為は当事者間に無効となり、相手方がその動機を知り得なかった(=善意・無過失)場合は、無効を主張し得ないという、相対的無効もある。本問のX・Y間の金銭消費貸借は、いずれの説によっても無効になる可能性がある。表示あるいは相手方の認識については、本問から明確とはいえないが、賭博に困っているなら金を貸すというXは、XがYの債権者を知っており、そのための借金であることが示唆されていた可能性が強いであろう。ただし、売買契約が無効になったとしても、資金返還請求ができるとしても、Yは1000万円を不当利得として返還できうる可能性がある。なお、不当利得返還請求が否定されるかもしれない(不法原因給付の問題については、→本巻89)。3 取締法規違反の売買の効力本問で、次に検討すべきは、不正競争防止法や商標法に違反するX・Y間の売買が強行法規違反によって無効ではないかということである。このような取締役規定(行政取締目的から一定の行為を禁止制限する法規)に違反する行為の効力について規定がないことから問題になる。本問に類似する最高裁判例が2件ある。まず、有毒アワビを原料に製造販売する業者が有毒性物質であることを知り、かつ、これを混入して製造したアワビ菓子の販売が食品衛生法によって禁止されていることを知りながら、あえて製造のうえ、その販売業者に継続的に売り渡す契約は、2017年改正民法90条により無効であるとされたものである(参考判例②)。強行法規違反というだけでなく、「一般大衆の購買のルートに乗せたものと認められ、その結果公衆衛生を害するに至るであろうことはみやすき道理であるから」2017年改正民法90条違反としてある。また、ポロ社に類似商品事件判決(参考判例③)は、衣料品の卸業者と小売業者との売買契約が、「周知性のある米国のポロ社の商品の表示と同一又は類似のものを使用したものであることを互いに十分に認識しながら、あえてこれを消費者の購買ルートに乗せ、……大量に販売して利益をあげようと企て」から、2017年改正民法90条により無効であるとされた事例である。ここでも、不正競争防止法・商標法に反しているという法令違反を強行法規違反として無効というのではなく、反社会性が強い行為であるから同条に違反するとして無効としている。Xが、反社会性が強い行為である、法令違反に加えて、一般大衆の購買ルートに置いたという事実を重視しており、ポロ社に類似商品事件でも、あえて消費者の購買ルートに置いたことを重視している。一方、学説においては、従来、強行法規(91条)と公序良俗(90条)を切り離す見解が支配的であり、取締法規が強行法規(違反すれば無効)かどうかについては、取引の安全当事者の信義・公平の諸点を考慮するにされ、それぞれの取締法規について、立法の趣旨、違反行為に対する社会的批判の程度の程度、一般取引に対する影響、当事者の信義・公平などを仔細に検討して、決定するほかはないとしていた。しかし、近時の学説では、規範条文と総合判断の内容について双方に有力な異論が主張されている。まず、根拠条文についてであるが、民法91条が強行法規違反について定めており、法規の趣旨によって強行法規か任意法規かの区別するというのが従来説である。しかし、有毒アワビ事件においては当事者の悪性の程度が考慮されており、従来にもすでに現れているように、法規の趣旨だけではなく、総合判断がなされるのであって、それはまさに民法90条の公序良俗の判断である。しかし、近時の研究によれば、民法91条は、反対解釈によって強行法規違反を無効にするという法趣旨をもつものではなく、単に当事者の意思が任意規定(法規)に優先するという文字どおりの意味しかしなかったことも明らかされている。次に、総合判断の内容についても、違反行為がすでに履行されているかどうかによって区別する履行段階論や、取締法規の目的を警察法令と経済法令に分けるという見解がある。前者の履行段階論は、論者によって異なるところもあるが、履行段階に応じて法規の目的や当事者の信義・公平を実現する方向性が変わってくるとみて、すでに履行されている違反行為については有効の方向、まだ履行されていない場合は原状回復の問題が生じないので無効の方向にするというものである。たしかに、食肉の販売は許可が必要であるが許可なく販売しても無効だとしても、商品を引き渡してしまってから無効だとしても返還させるほどのこともないと思える。後者のいわゆる経済的公序論は、取引の効力に関係ない警察法令に違反しても私法上は有効であるが、取引を保護する法令や秩序を維持する法令の違反の場合は無効になるというものである。ただし、取引と直接は関係なくとも、取引に関連する法令に違反した場合と不正競争防止法のように取引と密接に関連する法令に違反した場合とでは異なる場合があるであろう。以上のような判例・学説の状況にかんがみ、X・Y間の売買契約について、総合判断のうえで公序良俗に反して無効とすべきかどうかを検討すべきである。なお、売買契約が無効となった場合、売買代金の請求はもちろんなされないが、引き渡した物について原状回復(121条の2)の問題は残っており、さらにその給付が不法原因給付(708条)とされれば返還請求できないことになる。4 主張・立証責任契約が成立すれば履行請求できるはずであるので、公序良俗違反による無効を主張する側が、公序良俗違反を基礎づける事実を主張・立証する必要がある。したがって、本問の動機の不法の場合であれば、Yの立場によって要証事実が異なるが、たとえば表示説によれば「無償」を主張する側が、賭博のためにという動機が表示されたことについて主張・立証責任を負う。本問では、賭博と異なり公序良俗違反かどうかの判断は難しいのであるが、主張する側が総合判断の基礎となる事実を主張・立証することになろう。関連問題建築業者Xと注文者Yは、建築基準法等の法令に適合しない建物の建築を目的とする請負契約を締結したが、当該契約後、法律の図面で建築確認申請し、いったん完成して検査を受けた後に、契約の図面で違法な工事を行うという悪質なものであった。計画どおり建築されれば、耐火構造や避難通路確保規制に違反するなど、居住者や近隣住民の生命・身体等の安全に関わる重大な瑕疵となるものであった。Xが、Yに違法な建前工事部分を修正する代替工事を行い、Yが追加工事工事部分の代金請求をした場合、Yは応ずることができるか。参考文献川角由和・百選Ⅰ(第6版)(2009)32頁 / 石川博康・百選Ⅰ 34頁 / 大村敦志・百選Ⅰ 35頁 / 曽野裕夫・平成24年度重判65頁 / Before / Afterを質す(森岡知久)(難波讓治)
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
ISBN978-4-7857-2991-2
組合の法律関係
2025/09/03
大学の同期である医者A・B・Cは、コストの削減を図るために、A・B・Cが同様に使う固定資産や消耗品を共同で購入することを目的にとしてABC医院を設立した。その際、出資された財産はABC医院代表を名乗るAの預金口座で管理することが約束され、また、物品の購入―Aをその権限とすることも取り決められた。ただし、このAの物品購入権限は、金額にして20万円に限られ、これを超える物品の購入についてはB・Cの事前の同意を要すると取り決められていた。Xは、ABC医院と日頃取引のある業者である。A・B・C間での権限の取決めについては周知することはなかったものの、普段はAが単独で医院を代理して取引しており、また、パソコンなどの高額物品の購入の際にはAのみならずB・Cを同席して取引していたので、A・B・C間に何らかの取決めがあることを、Xは何となく察していた。このような状況のもと、Aが単独でXのもとを訪れ、ABC医院による100万円の医療機器の購入を申し入れた。Xは高額物品の購入に関してB・Cの同席がないことを不審に思ったものの、Aからは医院の預金残高の預金通帳を見せられ、Aが対外的な取引の一切を取り仕切っていると信用し、X-A間でAが医院を代理して100万円の医療機器の売買契約が締結された(代金支払が先履行とされている)。その際には、XからB・Cへ、代理権の有無についての問合せは行われなかった。Xは、Bに対して、民法675条2項に基づき医院開設の出資金の割合に応じて30万円の支払を求めることができるか。[参考判例]① 最判昭38・5・31民集17巻4号600頁② 最判昭和35・12・9民集14巻13号2994頁[解説]1 組合契約当事者とする場合の組合員に対する責任追及の前提:組合代理Xとしては、A・B・C間の契約が組合契約であるとして、当該組合を契約当事者としてAが代理によって契約したことの責任を、民法675条2項に基づいて請求していくことが考えられる(ここで、同項本文によれば、組合が契約当事者として負った責任につき組合員は原則として平等の割合で責任を負うが、損失分担割合を選択することもでき、また、同項ただし書によると、損失分担割合を知っていたことを相手方から立証された場合、この損失分担割合に基づいて組合員は責任を負う。この損失分担割合は民法674条1項により出資割合で定まるのが原則である)。そして、組合が契約当事者として責任を負うための要件事実は、①A・B・C間の組合契約の締結、②Aの代理権の発生原因事実、③Aの代理行為(A・X間の売買)、④Aによる署名、となる(ただし、後述のように組合契約に基づいて代理権が発生する場面もあり、この場合には①③④に吸収される。なお、本問では問題としていないが、民法675条1項により組合に対して責任追及することも可能である)。このような法的構成において、大きな問題となるのはAの代理権の有無である。そこで、その他の付随的問題について、まず1で論じ、その後、代理権の有無にかかわる問題について2と3で論じることにする。(1) A・B・C間に組合契約は成立しているか上記①の要件事実に照応する、この要件事実の充足性は、「出資」と「共同の事業」の合意が必要であると定める民法667条の解釈から導かれることになる。ここで、「出資」とは、財産的価値のあるものであれば何でもよく、民法667条2項で定められた労務の出資可能性は確認規定にすぎないと考えられている。本問では金銭での出資が、ここでいう「出資」に該当することは問題ない(669条参照)。また、「共同の事業」についても特段の制限はない。これに該当しない例は、判例によれば、たとえば、共有物の単なる共同使用ではこれに該当しないとする(最判昭和26・12・18民集5巻12号2590頁)。特別の理由づけがあるわけではないものの、組合の財産は民法668条により共有とされている一方で、これは民法676条など特別の財産拘束を受けることとされているから、学理上は、自由な処分を原則とする共有とは区別するために、何らかの共通目的があって、このような特別の財産拘束が課されるのである。また、学説上には、単なる共通利用は共同事業からは除かれる。また、学説上には、組合員の債権実行の困難を回避すること(民法673条の定める検査権を失わせること)、または、利益分配のすべてから特定の組合員を排除すること(いわゆる獅子奮迅組合)は組合契約の性質を失わせると考えられている。本問は、いずれの事情もないとしても、むしろ、費用節約のための共同購入を目的としている点で、「共同の事業」にむしろ該当する積極的事情がある。したがって、A・B・C間に何らかの組合契約がある。(2) 組合の名を称しうるか組合には、法人とは異なって権利能力を認めないとの見解が一般的であるため、組合契約の当事者も法人のような存在とはならない。そこで、組合の代理の場合には、組合員全員の名前を記すことで連名になる、組合の名を称するもの、組合名義での書面をもってこれに代えることができるかどうか、が上記①との関係で解釈上問題となりうる。そして、このような場合名義での署名を認めるにつき、否定説は無用である。したがって、Aが医院の名義を語ったとしても、有効な代理と考えることができる。2 業務執行者の代理権次に、上記①の代理権発生原因について検討する。本問でまず考えられるのは、業務執行者としての代理権である。(1) 業務執行者とはこれを根拠づけるためには、代理行為をした者Aが業務執行者であるといわねばならない。条文上、民法670条3項では、組合業務の執行の委任を受けた者を業務執行者と呼ぶと定めている。ただし、業務執行者の意義上、このような委任を受けたことが必要なのかは必ずしも明確でない。仮に、業務執行者の定義を、包括的な業務執行の委任を受けた者としよう。この定義を採用する場合の問題は、業務執行に一定の制約が付されている場合である。つまり、本問のように、対外業務執行権の一部の内部的制約に加えて、包括的な業務執行の委任とはいえないのではないか、という疑問が生じる可能性がある。しかし、判例は、対外的な業務執行権の一部に制約を加えられている者であっても、業務執行者であることを前提に議論を進めているのである(参考判例①参照)。このような業務執行者の定義の難点は、商法上の支配人の業務執行権と同様の問題である。つまり、支配人には、①営業所の営業に関する包括的業務執行権が授与されたという定義と、②当該営業所の主任とするという定義とがある。もっとも、対外的業務執行権の一部制限がある者は支配人になくなってしまい、したがって、支配人と取引をした相手方の保護を定めた商法の規定が適用されなくなる、という①の説からは批判されている。この説が説得力があると考え、この定義に照らすと、業務執行者を定義する場合には、組合の事業主たる地位の有無から、業務執行者を定義することになろう(事業権限委譲の任意性に関する業務執行者の認定について、直ちに問題とならない)。もっとも、いずれの定義を採用するにせよ、包括的な業務執行委任を前提とするならば、委任の範囲の程度の問題は、主催者による事情を総合的に評価し、事業主たる地位の有無を判断する、程度の問題となろう。本問では、Aの権限の包括性の程度、Aの対外的な組合目的との関連性を主たる根拠として、Xが業務執行権を裏づけることになる。(2) このようにして定義される業務執行者の代理権に関する内外の業務執行権の権限のうち、代理権の行使および範囲については、2017年民法改正により民法670条の2第2項が設けられた。そして、本問のように業務執行者が1人である場合について、業務執行者が代理権を有することに争いはない。問題は、本問のように業務執行者の代理権に内部的な制限が加えられている場合の処理である。これについて、学説と判例で考え方が分かれている。まず、学説には多様な立場があるものの、主要な学説としては、民法110条を前提とするものと、一般法人法77条5項(2008年改正民法54条)を用いるものに分かれている。民法110条説であったとすると、Xの側がBらの「正当の事由」つまり、越権代理についてないことについて自らの善意かつ無過失を主張立証しなければならない。これに対して、一般法人法77条5項説だと、Bの側が、Xの悪意または重過失を主張・立証しなければならない。その2つの説を比較すると、主観的要件の程度(無過失か、重過失か)、および、主張・立証責任(Xの側か、Bの側か)の2つの点で、一般法人法77条5項説のほうが民法110条説より有利となっている。これに対し、参考判例①は、上記いずれの学説とも異なった立場を採用している。つまり、一方、②の説の保護要件として、善意かつ無過失を要求するという意味で、一般法人法77条5項説よりは民法110条説に近い。他方、判例はこの主張・立証責任をBではなくXの側に課している。この意味では、民法110条説から程遠いのである。この判例を理論的に説明することは難しいものの、主観的要件や主張・立証責任については、会社法における内部的手続違反の判例(最判昭40・9・22民集19巻6号1656頁)との類似性を指摘できるかもしれない。つまり、会社の代表取締役が、取締役会の決議を経ることを要するとする対外的な個々の取引行為を、上記決議を経ないでした場合でも、上記取引行為は、相手方において上記決議を経ていないことを知りまたは知ることができたときでない限り有効である、とされている。ここでは、一般法人法77条5項と同様の要件効果を定める会社法349条5項は処理されていないような、法令上の内部的手続違反が問題となっている。そして、これらの規定のような特別の保護がない限り、内部的手続違反については、相手方の主観的要件は無過失、主張・立証責任は団体の側と考えたうえで、団体と取引した第三者の保護が図られているのであるが、判例の現状だといえよう。本問では、日常の取引慣行に照らしてXの側がやや不審に思っていることや、B・Cへの問合せの不存在が重過失・重過失の評価根拠事実となり、逆に、Aから示された預金通帳がその評価障害事実となろう。3 組合員としての代理権本問では、Aが業務執行者であると考えたほうが考えやすいものの、Xの側としては、あえてAが業務執行者であると主張せずに攻めていく方法も考えられる。つまり、Aが組合員であることを理由に、組合員としての代理権を利用する方法である。(1) 組合員の代理権はどのような基準から決まるのか最も厳格な裁判例は、業務執行規定に従う場合に限り代理権を認めてきた。つまり、2017年改正民法670条の規定によらないと組合代理権ではないとしている(最判昭40・6・15民集13巻6号648頁)。ただし、多数決によることなく組合員の多数決による代理を認めた参考判例②も参照)。民法670条の2は、このような最も厳格な解釈を避けている。したがって、A、B、Cの同意がなくても、常務の範囲であれば代理権を有することとなる。(2) 常務とは何かそこで、常務とは何かが、問題となる。この問題につき、2つの定義がある。まず、組合の事務の軽重性から常務を定義している。これに対し、少数説としても、組合員の日常的な範囲内から決める見解もあり、軽微なものといえなくても組合の事業の執行に軽微なものとみえていく(たとえば、物品販売の取引に照らしてみても)、通常の在庫の範囲とそれほどはかい離がないとすると、通常の定義だと常務とはいいがたい支出であっても、少数説の定義だと常務と、売買対象物が組合目的の履行から、常務に当たると評価される可能性がある。(3) 常務に関する代理権を基本代理権として民法110条の適用は可能か上記通説の立場に立ったとしても、常務にする代理権を基本代理権として、民法110条を適用する余地もある。ただ、民法110条の適用に関しては、相互に関連する2つの問題に注意する必要がある。第1に、基本代理権の発生根拠は、任意代理に近いものだと考えるのか、それとも、法定代理に近いものだと考えるのか、という問題である。民法670条の2という法令により、代理権の範囲が定められていることとの関係である。ここで、第1の問題について法定代理に近いものだと考えた場合に、その決議について安易に民法110条を適用して相手方保護の範囲の拡張を図ることは、法令により代理権の範囲が限定されている趣旨を損なう解釈論である(民法761条から生じる基本代理権を民法110条による拡張につき慎重な態度を示した最判昭和44・12・18民集23巻12号2477頁参照)。したがって、民法110条による代理権の範囲の拡張は、民法670条の2第3項による常務についての代理権の発生根拠につき、組合契約当事者の意思解釈にどう認められるものだと解する場合に限って(つまりは、任意代理権に近いものだと考える場合に限って)、適合的な解釈となろう。関連問題本問について、次の場合について検討せよ。(1) 「ABC医院」にとってXから日常的に仕入れている医薬品を、AではなくCが「ABC医院」を代理する形で、Xとの間で代金1万円と定めて購入する契約を締結した場合、XはBに対してその一部の支払を求めることができるか。(2) 組合員ABCの出資額がそれぞれ2000万、900万、900万であった場合に、Aは単独で有効に「ABC医院」を代理することができるか。参考文献中田568-572頁・577頁 / 菅野・山下『民法Ⅲ講義ノート[契約法・事務管理・不当利得](第3版)』(有斐閣・2006)752-772頁。特に766頁注3) / 森木「組合契約に関する判例法理の展開(三・完)」立命館法学362号(2007)93頁(内海幸人)
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
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団体の法律関係
2025/09/03
甲団地管理組合(以下、「甲」という)は、都市郊外部に所在する10棟の区分所有建物(各棟の住戸数は100戸)の区分所有者全員によって構成される団体であり、その敷地をその区分所有者全員で共有している。その敷地内には、甲の区分所有者から構成され、甲の共有所有者の有志5人(いずれもテニスのコーチを有する)は、テニスを通じて入会者相互の親睦を深める目的で「テニスクラブ乙」(以下、「乙」という)を設立した。その規約には、次のような各条項がある。「乙は、Aら5名を会員(定員5名)とし、その他の入会者(2万円の入会金を支払って得ることができるが、A、入会者は年会費1万円を支払う)を準会員とする。準会員は、定期的に会員よりテニスの指導を受けることができる」「会員は、10万円を1口として2口以上の出資を支払わなければならない」「会員は、出資金は、退会の際求められたときには、出資金の額に応じて返還する」「会員は、死亡のほかは、会員(当該会員を除く)で構成される役員会で除名されたときにその地位を退会する場合でなければ退会できない」「準会員はいつでも退会できるが、入会金および年会費は返還されない」Aは、各自、10口ずつ出資した(その後の出資金の追加はない)。乙は、会員の中に有名な元プロテニスプレイヤーがいることもあり、現在、準会員は100名を超えて、その純財産額は300万円にもなっている。他方、甲には、区分所有者全員と区分所有者からの推薦人が構成員となり、甲における「丙町内会自治会」(以下、「丙」という)が設立され、丙は、周辺の町内会と連携して防犯・防災活動等を行い、また、夏祭りを開催している。(1) Aは、乙に対して、退会する意思を表示し、出資金の額に応じた返還を求めることができるか。分に応じた乙の純財産額300万円のうち60万円の返還を請求した。乙は、Aの退会の意思表示および返還請求を拒絶した。Aの同意意思表示および同請求は認められるか。(2) 甲および丙の構成員であるBは、甲および丙に対し、退会を請求することができるか。(3) 丙の構成員であるCは、丙の会長Dが丙の財産を横領したとして、Dに対し、損害賠償として横領額100万円を丙に支払うよう請求した。Cの請求は認められるか。[参考判例]① 最判平11・2・23民集53巻2号193頁② 最判平22・4・8民集64巻3号609頁③ 最判平17・4・26時1897号10頁④ 東京地判平24・6・8判時2163号58頁[解説]1 団体の諸形態(1) 法人・権利能力なき社団・組合本問で述べたように、人の集団である団体には大別して法人(社団法人)と組合があるが、実際上はどちらに属するかが明確でないものもあり、また、どちらにも属しないと思われるものもある。本問の甲のような管理組合は、後述のように、建物の区分所有等に関する法律(以下、「区分所有法」という)によって認められる団体(区分所有法3条・65条)であり、権利能力なき社団とされるが、場合によっては民法上の組合と解されることもあり、また、同法47条に定める手続を経ると法人(管理組合法人)となる。本問のテニスクラブであるが、Xら5名が出資をして共同の事業を営むことを目的とすることによって設立されているので、この5名からなる民法上の組合(667条)と解することができるが、準会員を含む組織全体については、場合によっては権利能力なき社団と解されることもあろう。また、仮にXら5名の出資を伴わず、また、入会についても明確な手続がないような単なるテニス同好者の集まりである場合には、団体とはいえないであろう。本問の丙のような自治会は、その出資の有無や規模(構成員数)等により民法上の組合と解されたり、権利能力なき社団と解されたりする(法人となる場合もある)。本問の丙は、後述のように後者の権利能力なき社団と解される。参考判例③の事案も、本問の丙のような自治会である。(2) 管理組合(区分所有者の団体)と自治会本問で注意を要するのは、本問の甲のような区分所有者の団体と丙のような構成員が重なる団体である。甲については、区分所有者の団体であるので、その構成員と甲との間の構成員となる(区分所有法3条・65条)が、丙については、構成員の資格に関しては規約等で決定され、また、入会や退会は基本的に任意である。参考判例③は、権利能力なき社団としての町内会費の性質について、それは強制加入団体ではなく、会員はいつでも一方的な意思表示によって退会することができ、退会後は自治会費の支払義務は負わないとした。以上から、小問2については、区分所有者である限り甲を退会することはできないが、丙に対しては任意に退会を請求することができる。2 区分所有者の団体(1) 管理組合の法的性格本問の甲のような管理組合は、区分所有法により当然に認められる団体である(区分所有法3条・65条)。なお、マンションの管理の円滑化を推進する法律では、区分所有法3条でいう団体を、一般の呼称に従って「管理組合」という(マンション管理適正化法2条3号)。本問でもこの団体を「管理組合」という。管理組合は、その実態により、前述のように一般的には権利能力なき社団と解されているが、場合によっては民法上の組合と解されることもあり、区分所有者数が少なく、建物等の管理について、集会の決議によることなく、また、規約が存在しないような場合にはこのようにも解される(区分所有法3条は、集会の開催、規約の設定または管理者の選任を義務付けているわけではない)。管理組合においては、管理者(区分所有法25条1項)が、その職務に関し、区分所有者を代理する(同法26条2項)。ところで、管理組合法人となった場合には、理事が置かれ、理事が管理組合法人を代表する(同法49条1項・2項)が、他の法人の理事とは異なり、管理組合法人は、その事務に関し、管理者(同法47条6項)、そして、管理組合における所有者(一般的に当該管理者の定める理事長を管理者としている)がその職務の範囲において管理者の定めた規定に基づいて区分所有者がその責めに任ずる(同法29条)。この間、管理組合法人は、管理組合法人の財産をもってその債務を完済することができないときは、区分所有者がその債務の弁済の責めに任ずる(同法32条1項)。(2) 団地管理組合団地規模の区分所有者は、各区分所有建物の管理のための団体(「個別管理組合」)を当然に構成するが(区分所有法3条)、敷地やその附属施設を全員の共有であるときには、敷地の管理のための団体(「団地管理組合」)を当然に構成する(同法65条)。甲は、このような団体に当たる。そして、その共有(団地共有)の特に定めることによって、敷地だけでなく各棟の区分所有建物も団地全体で管理することができる(同法68条2項)。たとえば定期的な大規模修繕工事を行う場合に、このようにしておけば、団地全体で計画的にその実施が可能となる。3 団体の財産関係と財産の清算1(2)で述べたように丙のような自治会(権利能力なき社団)においては、入会と退会は基本的に任意である。社団法人(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律。以下、「一般法人法」という)は、その趣旨の規定を置いている(一般法人法28条)。そして、社団法人およびその会員の合意(権利能力なき社団である場合)、ならびに甲のような管理組合(権利能力なき社団である場合)においては、その構成員が当該団体に対して活動のために支払った金銭は、当該団体に帰属し構成員の共有にはならない。したがって、契約に別段の定めがない限り、構成員が脱退時に返還を求めることはできない(関連問題1参照)。それでは、小問1で問うているように乙の場合には、組合に関しては、脱退は自由か。脱退時に金銭の返還は認められるのか。(1) 組合からの脱退「テニスクラブ乙」は、前掲の規約から組合と解することができる(667条1項)。これは、会員5名から独立した別個の団体ではない。乙については、組合員には任意に脱退の自由があるか。乙については、規約において組合の存続期間を定めていないとみられるので、組合員は、原則としていつでも脱退することができる(678条1項)。ただし、契約に別段の定めがある場合や、無断に脱退を認めると組合に不利な時期に脱退することになるとの問題がある。無制限に脱退を認めると、出資金の払戻による組合の財産の減少やコーチの不足を招くことによって、乙組合の存続を危うくするという懸念もあると思われる。参考判例①は、民法678条にいう「やむを得ない事由」がある場合に組合からの脱退ができる旨を規定しており、この点、組合員の自由の尊重や公平の観点から慎重に法解釈を行うべきである。この場合すると、Aは、やむを得ない事由がある場合にはただちに脱退するのではなく、組合に不利な時期でなければ、除斥の相手方である乙に一方的な意思表示で退会することができると解することができる。(2) 持分の払戻し組合については、各組合員に対する損益分配が予定されており(674条)、また、各組合員の持分は、組合の存続中でも組合員にとって重要な「合有的に」存在として存在する。したがって、組合員の持分は、その組合員の死亡時に相続の対象とはならず、当該組合員の持分の払戻しがなされる(681条)。その払戻しの態様は、本問にあっては、各自の出資額(20万円の5倍)に応じて、民法上の規定(同条1項)から、本件規約の文言どおり当然に当然の定めによって、Aの主観のように、出資額の総額(5名の出資総額の5分の1)に応じて払戻し(60万円)である。参考判例④は、平成18年の改正前の医療法人は、社員の持分を認めることはできるが社員の脱退後の社員の出資持分が否定されたが、改正後はこれを認めていない。①どのくらい組合員の団体において、社員の持分を認めることはできるのか。②どのくらいその出資額に応じて返還を請求できることと定められている事業(出資社員)は、退社時に、同時に出資持分を払い戻した上でA(当該医療法人)の財産の清算に協力する(同法による)。額が占める割合を乗じて算定される額の返還を請求することができる」と判示した。4 役員の不正行為(1) 団体における代表訴訟一般社団法人においては、社員は、一般社団法人に対し、理事等の責任を追及する訴えの提起を請求することができる。一般社団法人がその請求の日から60日以内に責任追及の訴えを提起しないときは、当該社員は、一般社団法人のために、理事等の責任追及の訴え(代表訴訟)を提起することができる(一般法人法278条1項・2項、会社法847条参照)。一般法人法人が参加し、それで丙の構成員であるCは、自治会長Dが丙の財産を横領したとして、Dに対し、一般法人法278条の規定を類推して、損害賠償として横領額100万円を丙に支払うよう請求することができるか(小問3)。参考判例④は、団体においては、多数決の原理等に従い団体としての意思決定をするのが原則であり、例外的に、法が特に代表訴訟を認めた場合に限ってのみこれが許されるとしている。一般法人法278条の規定の類推を否定した。代表訴訟は、濫用されることもあることから「Dが丙の財産を横領した」とのCの主張は必ずしも事実とは限らない。なお、一般法人法278条1項ただし書および項参照)。一人の法人が、一般法人法278条の規定の類推については、基本的には許されないと解すべきである。(2) 役員の不正行為に対する法的措置役員の不正な行為があった場合に、社団法人(権利能力なき社団も含む)や管理組合の構成員は、当該役員に対し、どのような方法で責任を追及することができるか(関連問題1参照)。1つは、当該役員を辞めさせないし総会の決議において解任することができる(一般法人法70条(権利能力なき社団については同規定の類推)。以下同。区分所有法25条1項。なお、解任請求については同条2項)。なお、理事は、総会と集会において選任・解任される(一般法人法63条・79条1項、区分所有法69条1項)、代表理事(理事長)は理事会で選定・解職(解任)されることから(一般法人法90条2項・3項、区分所有法49条3項)、代表理事(理事長)を解任するためには、基本的には、集会の決議において「理事」を解任する必要がある(理事会では、「理事長」の解職のみが可能であり、「理事」の解任まではできないと解される)。もう1つは、総会ないし集会において、当該役員に対し当該団体に損害賠償を支払うべきことを提起する旨の決議をすることができる(一般法人法35条1項)。なお、同法111条1項参照。区分所有法39条1項)。これらの場合においては、一定の割合以上の構成員によって、総会ないし集会の招集者に対し、その招集を請求することができる(一般法人法37条参照。区分所有法34条3項~5項)。以上に対し、組合における業務執行組合員の解任や組合員の除名については、正当な事由がある場合に限り、他の組合員の一致によってのみすることができる(672条2項・680条)。関連問題(1) 甲および丙の構成員であるEが、甲団地内の自己の所有する住戸を売却した場合に、甲および丙に対して、すでに支払った修繕積立金(修繕はいまだ実施されていない)および自治会費(当該年度の夏祭りはまだ実施されていない)の返還を受けることができるか。(2) 甲の区分所有者Fは、不正行為を理由に理事Gを解任したいと思っている。そのために、どのような方法があるか。(3) 丙の区分所有者Fは、不正行為を理由に理事Gを解任したいと思っている。そのために、どのような方法があるか。参考文献木村真志・百選Ⅰ 36頁 / 山野目章夫・平成22年度重判88頁 / 鎌野邦樹・判例時報565号(判例時報1915号)(2006)11頁 / 丸山一・NBL995号(2013)101頁(鎌野邦樹)
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
ISBN978-4-7857-2991-2
団体の法律関係
2025/09/03
甲マンションは、30戸の住戸・世帯からなっており、A管理組合を組織している。その購入にあたり、各区分所有者は、「町内会○○祭り」(以下、「B会」という)との間で、同会へ加入することを約し、出資金10万円を支払った。B会は、その地域の伝統的な夏祭りに山車を繰り出して毎年参加してきた。B会は、同地区の在来の住民20世帯によって組織されていたが、「新住民」にも祭りに参加してもらいたいという意図から、上記入会契約の締結を分譲契約と同時に働きかけたものである。甲マンション30世帯の入会により、その年の夏祭りへの参加も順調に進む予定であったが、B会の山車が前年のはじめに原因不明の出火により焼失してしまった。そこで、B会の会長Cは、自己の判断のみによって、新しい山車の製作を専門の工務店Dに注文した。その際に、Dからその製作代金200万円の支払を確保するために連帯保証人を要求された。Cは、この件をA管理組合の理事長Eに相談したところ、Eは、A管理組合の理事の多数の承認をえたうえで、A管理組合がDとの間で連帯保証契約を締結した。山車の完成・引渡後に、Dがその製作代金をB会に対して請求したところ、B会の預金全額がB会の会計担当者Fによって不正に引き出され、その全額がF個人の借金の返済に充てられていたことが判明した。(1) Dは、B会の各構成員に対して山車の製作代金の支払を請求することができるか。各構成員は、どのような反論が可能か。(2) Dは、A管理組合がなければ、どのような金額が請求できるか。A管理組合の各構成員(区分所有権者)は、どのような反論が可能か。[参考判例]① 最判昭39・10・15民集18巻8号1671頁② 最判昭48・10・9民集27巻9号1129頁③ 最判平26・2・27民集68巻2号192頁[解説]1 法人と組合人の集団である団体には、大別して、法人(社団法人。以下では社団法人の意味で単に「法人」という)と組合とがある。法人においては、団体の財産が取引主体として権利・義務の主体となるのに対し、組合においては、組合の取引主体として権利・義務の主体となることはなく、最終的には個々の組合員にその効果が帰属する。組合は、各当事者が出資をして、共同の事業を営むことなどを約束することによって成立する(667条1項)。これは、法人で言えば定款の作成に対応し、法人設立の法務局での登記は必要ない(33条)が、これも欠く団体すべてが組合といわれるわけではなく、「権利能力なき社団」(後述3(2))として扱われる場合がある。本問のB会は一般的には組合であると解される(A管理組合については後述)。2 組合の法律関係(1) 組合の業務は、組合員の過半数で決定し、各組合員が執行する(670条1項)が、組合契約の定めるところにより、1人または数人の組合員または第三者に委任することができる(同条2項)。委任された者は業務執行者という。ただし、組合の常務(日常の軽微な事務)は、原則として各組合員が単独で行うことができる(同条3項)。組合の事業において、たとえば第三者から金銭の借入れをする場合には、組合には法人格がないことから、組合員が共同して当該契約を締結しなければならないことになるが、当該法律行為にあたり組合員1人に他の組合員の過半数の同意をもって代理権を授与したり(670条2項1号)、または、あらかじめ組合契約の定めるところにより業務執行者として定めておく(包括的に代理権を授与する)ことで法律行為きる(同条2項)。法律行為の効果は組合員全員に帰属する。B会の事業は業務執行者である。それぞれの法律行為に組合員の過半数があるか否かは組合契約の定めるところにより、その定めがない場合には他の組合員の過半数の同意が必要である。組合の業務執行者は、各組合員と同様に常務に関する事項については組合を代理するが(670条2項3号)、常務以外の事項に関し組合契約の定めにより定められた業務の範囲内にない組合の常務以外の事項に関し組合契約に定めるところにより、これを他人が代理行為をした場合には、無権代理となり、相手方の保護は表見代理の法理(110条)によって図られると解されているが、有力説は、過半数によるという内部的な制約を問題とせず、代理行為は有効であると説く(しかし、善意または無過失があるかという問題が残る。なお、組合契約にないし組合契約の業務執行者の権限を制限して、善意・無過失の第三者に対抗できないと解されている(最判昭38・5・31民集17巻4号600頁)。さて、B会における山車焼失後の対応については、基本的には常務以外の事項と解され、この点の判断で行うものではなかったといえよう。ただし、Dとの契約についてはB会が善意・無過失である限り前述のとおり有効であり、その効果はB会に帰属すると解せる。(2) 組合の財産関係組合の財産は、組合員の共有に属する(668条)。各組合員は出資の価額に応じてその権利の持分を有する。しかし、各組合員は清算前に分割を請求することできないとされている。組合の債務は、組合員全員に合有的に帰属する。したがって、組合の債務者は、まず組合員全員に合有的に給付の請求を提起し、その勝訴判決に基づいて組合財産に対して執行をすることができる(675条1項、大判昭和11・2・25民集15巻281号参照)。ただし、組合財産でその債務を完済できない場合には、これを残余の債務として各組合員に分割してその負担部分について個別責任を認める。すなわち、組合員の債務は、その選択に従い、その債権者が生じた当時における損失分担の割合(674条参照)によって各組合員に割り付けられた割合に応じて返済を請求し、また、その個人財産に対して執行することができる。ただし、債権者が徴収発当時に組合員の損失分担の割合を知っていたときは、その割合での分割を行使できる(675条2項)。組合の債務者は、これらの二つの方法のうち、どちらでも任意に選択して行使する。本問のDについても同様である。(3) 組合員の変動組合員の同意がある場合、または、組合契約に定めがありその定めに従う場合に、新組合員は、出資をして組合に加入することができる(677条の2第1項)。本問の甲マンションの各区分所有者もB会につきこのような場合に該当すると 思われ、10万円の出資をしてB会に加入した。組合からの脱退については、組合員本人の意思に基づいて脱退(任意脱退。678条)と、やむを得ない本人の意思に基づかないが(非任意脱退。679条・680条)がある。組合契約で組合の存続期間を定めなかったときは、いつでも脱退することができる。ただし、組合に不利な時期には、やむを得ない事由がなければ脱退することはできない(678条1項ただし書)。組合契約で組合の存続期間を定めた場合には、その期間は脱退することはできないが、この場合でも、やむを得ない事由があるときは、脱退することができる(同条2項。最判平11・2・23民集53巻2号193頁)。組合員の脱退があると、脱退組合員と組合(残存組合員)との間で財産関係の計算が行われる。組合財産の状況がプラスである場合には、脱退組合員の持分に応じて財産の払戻しが行われ、その出資の種類を問わず金銭で払い戻すことができる。組合財産の状況がマイナスである場合には、脱退組合員の損失分担の割合に応じた負担が課せられる(681条)。3 法人の法律関係(1) 法人の業務執行・財産関係等組合に対して、法人では、個々の構成員(社員)とは別に社団という独立の権利主体が存在し、法人に対して権利義務を帰属する。法人の業務は、法人の内部のより対外的な業務については、ことごとく法人が「機関」である代表取締役が行い、対外的な取引は原則として、この機関の「代理」としてではなく、法人の手足(機関)ないし代理人として行うものである。法人の財産は、その独自の財産として構成員の財産からは区別され、構成員の共有(ないし合有)となるものではないから、構成員は、法人に対して持分を有する。したがって、脱退時においても持分の請求ができない。法人が対外的に債務を負った場合には、構成員はもっとも法人の財産によって負担され、構成員が責任を負うことはない(有限責任)。構成員の加入・脱退については、定款の定めるところにより、基本的に自由になされる。前述のように本問のB会は一般的には組合であると解されるが、非営利法人として一般社団法人となることは可能である(一般法人法11条2項参照)。(2) 権利能力なき社団団体の性格や活動に関する実体は社団であっても、公益人の登記(一般法人法13条・155条)を欠いていたり、法人登記(同法22条・163条)がなされていない場合には、「権利能力なき社団」として扱われる。参考判例①は、権利能力なき社団というためには、団体としての組織を備え、多数決の原則が行われ、構成員の変更にかかわらず団体が存続して、その活動において代表の方法、総会の運営、財産の管理団体としての主要な点を確定していることを必要とする。マンションの管理組合は一般的にはこのような要件を満たすため権利能力なき社団と解されるが、本問のB会が仮にこのような要件を満たしていれば権利能力なき社団と解される余地がある。権利能力なき社団については、可能な限り、法人に準じた法律が適用されると解されている。つまり、権利能力のない社団の財産については、構成員に総有的に帰属し、構成員は、持分権や分割請求権を有しないとされる(最判昭和32・11・14民集11巻12号1943頁および参考判例①)。また、権利能力なき社団の代表者が社団名でした取引上の責任は、その社団の構成員全員に総有的に帰属し、社員の個人財産に責任が及ばない(参考判例①)。4 マンションの管理組合マンション等の区分所有建物では、その構造上、区分所有者間において建物の敷地や管理等は「管理組合」と呼ばれる、区分所有者で構成された、当然に管理のための団体(一般的には「管理組合」と呼ばれる)の構成員となる(区分所有者である限り管理組合から脱退することはできない。建物や敷地等の管理については、この団体を基礎として法人(「建物の区分所有等に関する法律」の定めるところにより、集会を開催し、また、規約を定めて共同で決定する。決定された事項は、管理組合によって執行される(建物区分3条)。管理組合は、その職務に関して、区分所有者を代理する(同法26条2項)。なお、現実には、区分所有者の中から複数の理事からなる理事会(組合)によって運営され、その理事長が管理者となっている。管理組合は、法人格なき社団、団体であるが、以上の点で、民法の定める組合とは異なり、意思決定に基づいて設立・設立される組合(667条)や法人(33条)とは異なる。上述のように、管理組合は、建物や敷地等の管理のための団体であり、管理に関する事項以外のことをその目的とすることはできない。したがって、A管理組合がB会の山車製作代金を連帯保証することはできないと解せよう。なお、管理組合は、区分所有者および議決権の各4分の3以上の多数による決議で法人(管理組合法人)となることができる(建物区分47条1項)。なお、区分所有者の責任に関しては、29条1項・53条参照)。関連問題本問について、次のことを検討せよ。(1) A管理組合が、甲マンションの共有部分の修繕工事をH工務店に委託し、その工事が完了した場合において、Hは、A管理組合に工事が支払われなかったときにその工事代金全額を各区分所有者に対して請求することができるか。また、A管理組合が管理組合法人であるときはどうか。(2) 仮に、B会の組合契約または規約において、会費が100万円以上の取引をするときには組合員の3分の2以上の多数で決する必要があるとの定めがあった場合に、Dは、山車の製作代金の支払をB会の各組合員(構成員)に対して請求することができるか。参考文献山城一真・百選Ⅰ 18頁 / 大村敦志・百選Ⅰ 36頁 / 鎌野邦樹・争点 124頁 /一問一答新不動産登記369-377頁(鎌野邦樹)
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
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理事の代表権の制限
2025/09/03
A同窓会は、A大学の卒業生の交流と親睦を図る団体で、一般社団法人として、2015年4月1日に法人格を取得した。また理事会を設置して、Bを代表理事としていた。A同窓会には、会の拠点となる建物とその敷地のほか、かなりの不動産資産を持っていたが、それとは別に会員の親睦のための簡易施設として建物甲とその敷地乙を所有していた。2021年5月ごろ、Bのもとを訪れた不動産業者Cが「甲と乙を500万円で購入したい」ともちかけた。Bはこの施設が現在ほとんど使われていないことを考え、売却したいと思ったが、「定款にはA同窓会が不動産を取得・処分するためには、理事会の決議が必要である旨の定めがある、少し待っていてほしい」と答えた。2021年7月18日、Bは「先の理事会で、甲と乙の売却について決議された。まだ議事録ができていないが、当日のメモはある」と述べて、Cに議事録のコピーを提示した。そこには「不動産処分の件」との記載があった。Cは、Bが地元の名士であったため、それ以上疑うことはなかった。そこで、同日、内金として50万円をBに交付するとともに、同年8月1日に残代金を支払い、甲・乙の登記をCに移転することを決め、契約書を作成した。Cは、8月1日にA同窓会の事務所を訪れたが、Bは不在であった。CがA同窓会の事務職員に尋ねたところ、理事会で甲・乙の処分について話し合われたことはないとの説明を受けた。納得できないCは、450万円の支払と引き換えに、A同窓会に対して、A・C間の売買契約に基づいて甲・乙の所有権移転登記を請求した。これに対して、A同窓会はどのような反論をすることができるか。[参考判例]① 最判昭60・11・29民集39巻7号1760頁② 最判平21・4・17民集63巻4号535頁③ 最判平6・1・20民集48巻1号1頁④ 最判昭50・7・14民集29巻6号1012頁[解説]1 代表理事の代表権Cは、2021年7月18日に締結されたA同窓会との間の売買契約(以下、「本件売買契約」という)に基づいて、建物甲とその敷地乙の所有権移転登記を請求している。したがって、代表理事であるBがCとの間で締結した本件売買契約の効力がA同窓会に及ぶかどうかが問題となっている。仮に、甲・乙の所有権に基づいて移転登記を請求した場合でも、所有権の取得原因である本件売買契約の有効性が問題となるから、移転登記請求が認められるかどうかは、いずれにせよ本件売買契約が有効かどうかという問題に帰着する。ところで、法人の理事は、原則として法人内部においてはその業務を執行するとともに(一般法人法76条)、対外的には各理事が法人を代表する(同法77条1項)。法人が、理事会を設置した場合には、代表理事を定めなければならない(一般法人法90条3項)。そして、この代表理事は法人の業務に関する一切の裁判上または裁判外の行為をする包括的な権限を有している(同法77条4項)。本問では、代表理事であるBがA同窓会の所有する建物甲とその敷地乙をCに売却しており、Bには包括的な代表権があるのだから、その行為は一体A同窓会に及びそうである。他方、A同窓会は、定款で不動産を処分するためには、理事会の決議が必要である旨を定めて、代表理事の権限を制限しており、Bは理事会の決議を経ないで本件売買契約を締結している。本問のように、理事会の決議を経ていないで売買契約を締結している場合、これに反する行為の効力がA同窓会に及ぶかどうか、まず問題となる。2 代表権の制限に反する行為の効力代表理事の代表権を制限する内部的な社員総会の決議や理事会の定めがあるにもかかわらず、それに反する行為が行われた場合、代表理事が法人を代表して行った行為は、どのような効力をもつのだろうか。法人による任意的な制限について、一般法人法77条5項(同様の規定は会社法349条5項にも置かれている)は、代表権の包括的な権限に制限を加えたとしても、善意の第三者に対抗することができないと定めている。この規定は、2006年改正前の民法54条(以下、本問ではこれを「旧54条」という)を引き継ぐものであるとされている。この民法54条についての判例の立場をみてみよう。(1) 判例の立場最高裁は、漁業協同組合(協同組合法によって法人格がある)がその定款で「固定資産の取得又は処分に関する事項」を理事会の決議事項の1つとして掲げているにもかかわらず、理事会の決定を経ないで、組合長が理事会議事録の不動産を処分したという事案で、「善意」とは理事会の決議に権限が与えられていることを知らないことであると解したうえで、その主張・立証責任は、第三者の側にあるとした(参考判例①)。総会の決議によって代表権が制限されている場合、法人の外部からはそのような制限があるとはいえない。定款によって制限されている場合も、代表権の制限は公示されているわけではない。また、一般社団法人と取引する相手方は、代表権の制限がない定款によってのみ行われれば、確実に相手方の取引の安全を害することになる。そこで、相手方の取引安全を保護するため、定款の文言どおり「善意」を要求するのではなく、無過失までは要求しない。そして、総会決議や理事による任意的な制限がある場合に、代表理事の代表権は制限されるが、これに反する行為は法人の内部関係の問題であり、民法54条(または77条5項)の趣旨によって法人は対外的にその効力を否定することはできないと考えることから、無権代理行為にはならず、相手方は、自らの権利を基礎づけることができると考える。その主張立証責任は相手方にあるものと考えられるからである。(2) 学説これに対して、学説上は、むしろ法人の側が、相手方の悪意を主張立証すべきであるという考え方が有力に主張されている。そもそも法人の代表者は、法人の対外的な関係において包括的な代理権を持っていることが原則なのであり、それが制限されていることについて相手方が知っていることは例外的なのだから、そのときに限り無権代理になって、法人に効果が帰属しないものと考えるわけである。したがって、原則として相手方が悪意に帰属するところ、それが阻却される事由として相手方の悪意について法人に主張立証責任を負担させるべきだと考えるのである。(3) 本問の場合本問では、Bは、理事会の決議がないにもかかわらず本件売買契約を締結しているのだから、定款の制限に違反している。したがって、Cは一般法人法77条5項に基づいて、本件売買契約の効力がA同窓会に及ぶことを主張することになる。この主張の当否を考えるに当たっては、CがBから直接、定款に理事会の決議が必要であるとの説明を受けていることをどのように評価するかが問題となる。3 相手方が代表権の制限について悪意である場合の表見法理による保護さて、相手方が法人の代表権の制限について知っている場合、もはや一般法人法77条5項による保護は与えられない。しかし、代表権の制限について悪意であった場合でも、相手方が何らかの事情で、代表者が定款に定められた手続を踏んで取引を行っていると正当に信頼した場合には、その信頼を保護する必要がある。代表権の制限が存在することに気づかなかったために、結果的に制限があることについて善意であった場合は、行為が有効に法人に帰属することが認められるのに対して、代表権の制限について知っていたが、やはり法人内部の手続が行われたと信頼したためにまったく保護されなくなるのは、適切ではないからである。そこで、判例・学説は一般に、この場合に、民法110条を類推適用して、当該行為が法人内部の手続を経て適法に行われたと信じ、そう信じることについて正当な理由がある場合、行為が有効に法人に及ぶことを主張できると考えている。民法110条は、本来与えられた代理権とは異なる行為をした場合に適用されるが、この場合には、本来与えられた包括的代理権が制限され、その制限を超える行為を行ったのであるから、代理人がいないという点で類似性があるものの、その代表権が及ばない行為を行ったという点に類似性の基礎を見出しているものといえよう。民法110条の類推適用を認めると、相手方は法人内部での手続が行われたと信じたことにつき過失がない場合に、そのことを主張立証すれば、保護されることになる。したがって、適切な手続がとられたということを信頼して文書等を代表者が示し、その文書が真正なものである場合には原則として過失がないといえるが、文書が通常と異なるなど、特段の事情がある場合には相手方には調査義務が生じ、それを怠った場合には、過失があったものと判断されることになる。本問では、CはBから議事録のコピーもらっただけで、甲・乙の売却について理事会の決議があったものと誤信して、実際に理事会で決議されたかどうかについては、調査をしていない。議事録のコピーの提示が不自然なものであるという点、また不動産取引を業として行っている専門家であることなどの特段の事情があるかを踏まえ民法110条の類推適用のための保護される必要がある。4 法定決議事項による代表権の制限法律の一定の事項について、決議を要求しているために、代表権が制限される場合がある。重要な取引の決議について社員総会の決議(一般法人法90条4項)と理事会の承認の場合がある(一般法人法147条・非営利法人法91条9項)などがそれに該当する。理事が設立一般社団法人の場合、代表理事が一般法人法90条4項に列挙された重要な行為をする場合には、理事会の承認が必要であることを定めている。これは、会社法362条4項の内容が一般法人法にも規定されたものである。この場合、相手方が保護されるのはどのような場合であるか。(1) 判例の立場会社法について、重要な財産について、理事会決議を経ないで、取引が行われた場合、これは法人内部的な意思決定を欠くにすぎないから、決議を経ていないことをとしても、その行為は原則として有効であり、取引の相手方が決議を経ていないことを知りまたは知りうべかりしときに限り無効になると解している(参考判例②)。したがって、判例の見解によれば、法人は相手方の悪意・有過失を主張立証すべきだということになり、この場合は、もはや一般法人法77条5項は、適用されない。(2) 学説しかし、このような判例に対しては、有力な反対がある。それは、法定決議事項については法人が手続を踏んでいないことは、単なる内部的な瑕疵であって、軽微なものとみているが、非営利法人は意思決定に慎重を期す必要があり、厳しい要件が課されている。これに対して、代表権が制限されると考えている任意的な代表権の制限があった場合には、相手方の善意のみで保護されるという結論と均衡がとれているというのである。むしろ一般法人法90条4項の制限は、単なる内部的な意思決定の瑕疵ではなく、代表権の制限にほかならないと捉えたうえで、当該行為を法人の代理権の制限に鑑みて、相手方の保護要件を尊重では、単なる善意でも、代表権濫用を主張立証すべきとすべき。(3) 重要な財産の処分および譲受け従来判例が、代表権の任意的制限として問題としてきた事柄は、定款によって法人の不動産の処分について理事の代表権を制限するものが主な類型であった。そうすると、法人が有する不動産のうち、一般法人法90条4項の適用は「重要な財産」の譲渡にあたるもののほか、そのような制限について相場の保護要件としても、そのような制限がないことについての善意は問題とはならないことになる。判例は、重要な財産であるかどうかの判断については、当該財産の価額、その法人の総資産に占める割合、当該財産の保有目的、処分行為の態様及び会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断すべきものとするのが相当である」と述べている(参考判例③)。法人の対象となった財産が「重要な財産」とされたうえで、適用されると立証責任が大きく変わることに注意する必要がある。(4) 本問の場合本問の甲・乙が、一般法人法90条4項にいう「重要な財産」に該当するかどうかがまず問題となる。もし、重要な財産であるとするなら、判例・学説によると一般法人法77条5項は適用されず、もっぱら同法90条4項の問題となり、制限の有無ではなく、理事会の決議を経ていないことについての善意無過失が問題となる。5 法人の不法行為責任法人が契約上の責任を負うかどうかについて検討してきたが、相手方に代表者が法人内部の手続を経ていると誤信したことについて過失があり、法人の契約責任が否定される場合にも、なお法人の不法行為責任を追及することが可能な場合がある。本問でも、仮にCが、一般法人法77条5項の善意があるといいえず、また理事会の決議があったものと誤信したことに過失があると判断され、契約に基づいて移転登記請求を行うことができない場合でも、それによって生ずる損害を不法行為に基づいて同窓会に請求することのできる可能性がある。さて、不法行為責任は、一般社団法人その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負うことを定めている。この規定は、2006年改正前の民法44条を引き継いだものであるが、同条は民法715条の使用責任に関する規定で、「事業の執行につき」という文言を民法715条の問題責任者が行うものとはいえないが、外形的にはそのようにみえる職務を行うについて第三者に加えた損害である場合には、代表権を濫用した不法行為責任(外形理論)にあたる。もっとも、法人の責任を認めるという趣旨を明示した。そして、相手方の保護要件として、不法行為責任ついても民法715条の場合と同様に、善意無過失を要求している。すなわち「行為の外形から見て、その行為が職務の範囲に属するものと認められる場合であっても、相手方において、右行為がその職務に属しないことを知っていたか、又は知らないことに重大な過失があったときは、当該地方公共団体は相手方に対して損害賠償の責任を負わないものと解するのが相当である」(参考判例④)と判示なのである。このとき、相手方に悪意があり表見代理による保護が否定されたとしても、相手方に法人の代表者との取引によって損害が生じている場合、相手方が内部的な手続が踏まれていないことについての悪意を重大な過失と評価できる場合には、法人の代表者による不法行為に基づく請求そのものは肯定されることになろう。ただし、過失相殺による賠償額の減額が行われる可能性は生ずる。不法行為責任によるときは、法律行為責任とは異なって、相手方の信頼の度合いに応じた複合的な解決が図られることになる。関連問題(1) 本問において、Bが売却しようとしたのが、A同窓会の活動拠点となる建物であった場合、Cの移転登記請求が認められるか。(2) 本問において、BがCに対して、理事会の決議があったとの記載のある理事会議事録を、通常の書式のとおりに偽造して、BがCに提示した場合、Cの請求が認められるか。参考文献中東正文・百選Ⅰ 64頁 / 松本恒雄 = 潮見佳男編『判例プラクティス民法Ⅰ』(信山社・2010)41頁(後藤巻元)(大中哲也)
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
ISBN978-4-7857-2991-2
非営利法人と営利法人
2025/09/03
X・Yの2人は、他の10人のほどと有志とともに、法人Aを設立し、法律書の編集・販売を事業として行うことにした。代表者には、Yが就任した。Aが、株式会社である場合と、公益社団法人である場合のそれぞれについて、次のような問題を考えてみよう(いずれの場合も、YがAの業務を決定・実施するに際して、法律や定款に定められた手順は満たされていたものとする)。なお、Aが株式会社である場合には、その目的は法律書の編集および販売であり、Yは株主の1人、Yは株主総代表取締役であるものとする。また、Aが公益社団法人である場合には、その目的は、法律知識の普及・啓発活動を行うことにより社会の健全な発展に貢献することであり、Xは社員の1人、Yは社員総代表であるものとする。(1) Yは、Aの知名度の向上に向けた事業として、全国の法学部生から法格闘キャラのメディアを募集するコンテストを開催することにし、イベント会社Bに開催費用として300万円を支払った。Xは、このイベントがAの目的の範囲から外れたものだと考えており、Bへの費用の支払は、Aに損害を与えるものだと考えている。この場合、Xは、Yに対して、Aに対する損害賠償をするよう請求できるか。(2) Yは、法律教育の推進に関する基本法の制定を目指す政党Cに対して、Aから300万円の政治献金を行った。Xは、この政治献金がAの目的の範囲から外れたものだと考えており、Cへの政治献金は、Aに損害を与えるものだと考えている。この場合、Xは、Yに対して、Aに対する損害賠償をするよう請求できるか。[参考判例]① 最判昭27・2・15民集6巻2号77頁② 最判昭45・6・24民集24巻6号625頁③ 最判平元・3・19民集50巻3号615頁[解説]1 営利法人と非営利法人(1) 株式会社と公益社団法人株式会社は、構成員である株主に利潤を分配することを目的とする法人であり(会社法105条参照)、そこには収益を上げる事業(事例では法律書籍の出版を行うこと自体が目的として掲げられている。このように、私益を追求しそこで上げた利潤を構成員に分配することを目的とした法人を、営利法人という。営利法人以外の法人は、非営利法人という。非営利法人の典型は、私益ではなく公益を追求し、利潤の分配も禁止されている公益社団法人である。公益社団法人では、構成員である社員に利潤を分配することは禁止されている(一般法人法11条2項・35条3項)。行う事業も、法人のあるいはその構成員の利益を図るようなものではなく、社会全体に恩恵をもたらすようなものでなければならず(「公益性」)、営利活動を主たる目的とするものであってはならない(公益法人法2条4号・4条参照)。法律書の出版・販売は、この目的実現のために行う事業と位置づけられる。(2) さまざまな非営利法人しかし、非営利法人に分類される法人には、公益社団法人(あるいは公益財団法人)以外にも、一般社団法人(一般財団法人)、特定非営利活動法人(いわゆるNPO法人)、農業協同組合(農協)や消費生活協同組合(生協)といった協同組合など多種多様なものがある。そして、その中には、公益性がなく構成員の利益を目的とする法人や、利潤を構成員に分配することが許されている法人もある。たとえば、農協は、組合員である農業経営者の利益を目的とする法人であり、社会全体に恩恵の及ぶような公益を目的としていわけではない(農協法7条・10条)。また、農協は、株式会社と同様に、出資をした組合員に対して剰余金を配当することも許されている(同法52条)。しかし、それでも農協は、目的とすることのできる事業が法によって限定されており、活動の主目的が事業によって収益を得てこれを配当することではなく組合員への助成(技術面上の指導、必要資金の貸付、施設や物品の共同利用など)であることなどを理由に、株式会社とは性質が異なるものとして、非営利法人に位置づけられている。2 法人の目的・目的外の行為の能力(1) 判例・権利能力制限説営利法人と非営利法人の区別は、法人の行う行為が法人の目的の範囲内にあるといえるか否かについての判断方法に影響するといわれている。もっとも、上に述べたように、非営利法人にはさまざまな種類のものがあり、営利法人と似た側面をもつものもあることを考えると、その区別が絶対的なものであるとか、非営利法人であるということから確定的な結論を得ることができるかといったように考えるべきではない。その説明に当たって、まずは法人の目的をめぐる法ルールを確認しよう。株式会社でも公益社団法人でも、あるいはその他の法人でも、法人の設立には、その法人の目的を定める必要がある(株式会社について会社法27条1号、公益社団法人について一般法人法11条1項1号)。本問の場合、株式会社であれば「法律書の編集・販売」、公益社団法人であれば「法律知識の啓蒙・啓発活動を通じて社会の健全な発展」を法人の目的である。そして、法人は、その「目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う」ものと定められている(34条。かつては18年改正前の民法43条も同じ趣旨の規定で「目的ノ範囲内ニ於テ権理ヲ有シ義務ヲ負フ」とあったが、これが削除され、18年改正民法も含む新たな法で民法34条に規定が置かれた)。この条文の意味をめぐっては、学説上の争いがあるが、判例は、この規定を文字どおりに理解し、「目的の範囲外の行為を法人がしても、そこから生じる権利や義務は法人に帰属しない」(目的外の行為は無効である)と読まされることもある)ことを定めたものだと解釈している。この立場は、民法34条を法人の権利能力が法人の目的に制限されていることを定める規定と理解するものである。(2) その他の学説もっとも、このように解すると、目的外の行為の効力は法人に帰属せず、絶対的に無効と解されることになる。目的外の行為であると知らずに法人と取引に応じた相手方は、不測の損害を被ることがあり、取引の安全が害されることとなる。そこで、判例とは異なり、民法34条の規定を、取締役や理事の権限(代表権)を制限するものと理解する見解もある(古くは「法人行為説」とよばれた。この見解によれば、目的外の行為は、法人が代表権を無権代理になるので、表見代理による相手方の保護も一定程度図ることができるようになる(もっとも法人の目的は、定款に記載されて誰でも知りうるものであることから、相手方が無過失である場合は稀で、実際に相手方を保護するだけの機能はないとも指摘されている)。さらに、商法における通説は、株式会社を念頭に、法人が目的の範囲外の行為を行っても、その行為の効力は有効であり、ただ、代表取締役(や理事)の法人に対する職務違反として責任(損害賠償や解任)を生じさせるだけだと理解する。この見解によれば、相手方保護に優れることになる。大量の取引を迅速に行う商取引の世界では、取引の安全を図る要請が強いことを反映した説である。こうした反対の見解も有力ではあるが、ここではまず、判例の立場に沿うことを目標にして、これらの学説についてこれ以上詳しくは立ち入らないことにしよう。3 法人の目的の範囲の画定それでは、ある行為が法人の目的の範囲内にあるか否かは、どのような基準に照らして判断するのだろうか。(1) 「業務の遂行に必要な行為」という基準まずいえることは、定款に書かれた目的の文言どおりの行為に厳密に限定するというものではないことである。たとえば、「法律書の編集・販売」を目的とした法人は、そのための事業資金を銀行から借りることもできるし、さらに事業資金を銀行から借りることもできいずれも目的の「編集・販売」に当たらないからできないというのでは、厳格にすぎる判断だろう。目的の範囲内の行為といえるためには、定款に書かれた目的の行為そのものに限られず、その目的の遂行に必要となる行為も行うことができると解されている。そして、その際、業務の遂行に「必要」といえるか否かは、行為の性質や客観的な状況などを考慮して、定款に掲げられた目的を具体的に検討するのではなく、定款の記載全体から判断して、客観的に抽象的にみてあり得るかどうかによって判断するべきであるとしている(参考判例②)。小問1に即して、この基準の意味を考えてみよう。「法律ゆるキャラ」を募集するというAの事業は、定款に掲げられた目的の行為そのものではないが、法律書の啓蒙や法学部生の関心を高める効果はやむを得ず、民法の理念や仕組みを伝える意義もあるだろうから、Aにとっては必要な行為のように思われるかもしれない。しかし、判例の判断基準はAにとって必要な行為であるかどうかを考慮するのではなく、そのようなキャンペーンを行うことが会社法上の目的である「法律書の編集・販売」あるいは公益法人法上の目的である「法律知識の普及・啓発活動を通じた社会の健全な発展の貢献」という目的の遂行のために必要な活動と客観的にみることができるかという視点から判断される必要がある。そのような客観的・抽象的な基準で、目的遂行のために必要とみえるのであれば、その行為は法人の目的の範囲内にあるといえ、たとえ法人がその目的の範囲内にあると誤信していたとしても、その行為は目的の範囲内にはないと解することができるものである。もっとも、本問のように営利を目的とする株式会社であれば、直接事業や関連事業を行うことが目的の達成のために必要となるすべての行為をすべきだと考えられる。そのことを前提として、Aのゆるキャラ募集のキャンペーンも法人の目的の範囲内には含まれるのであり、法人の目的の範囲内であると考えるのが妥当であるといえる。(2) 営利法人の場合そして、判例は、営利法人である株式会社については、この判断基準を非常に広く解釈しており、おおよそ行為が法人の目的の範囲外とされることはあり得ないとも指摘されている。そうした公益性のある小問1のようなケースであれば、目的の範囲外であると判断される可能性は低いと考えられる。そうした公益的活動への政治献金を会社の目的の範囲外であると判断した判例(参考判例②)がある。判決のなかで、最高裁は、会社もまた自然人と同様に社会的存在なのであるから、それとしての社会的役割を負担せざるを得ないとして、社会的貢献に属する活動(たとえば災害被災者への寄付など)を行うことが、間接的ではあるが目的遂行のために必要だと述べている。そして、会社が役員に政治資金を寄付することは、議会制民主主義を支える不可欠の要素である政党の健全な発展に協力するものとして、会社に期待された行為であると評価する。これらを前提に、会社による政治献金も、会社の目的の範囲内の行為であると判断した。(3) 非営利法人の場合次に、非営利法人についてであるが、判例は、一般論としては、営利法人の場合と同じく、業務の遂行にとって客観的・抽象的にみて必要といえるかという基準が適用されるとしている。しかし、目的の範囲外の行為であるとして当該行為を無効にした例もあり、営利法人の場合のように、目的の範囲を事実上限界なく捉えているわけではない。もっとも、2点に注意が必要である。第1に、先に述べたとおり、非営利法人にはさまざまなものがあるのだから、どのような非営利法人でも同じような判断がされるわけではない。たとえば一般社団法人(一般財団法人)さらにはこれらの法人を母体にして設立される公益社団法人(公益財団法人)の場合には、株式会社と同様に法人の目的に法律上の制約がないことなどを理由に、目的の範囲を拡大して捉えることに厳しい制約を課す必要はないという指摘もある(佐久間毅「民法の基礎①総則[第5版]」有斐閣・2020・187頁)。第2に、判例をみると、たとえば農協が組合員以外の者に金銭の貸借(員外貸付)を行ったというケースについて、その行為を有効にしたものと無効にしたものとが分かれている。つまり、同種の法人の同種の行為であっても、個別の事件の具体的事情に応じて判断が分かれる。では、具体的には、どのような事情があると法人の同種の行為であっても無効にされているのか。2つの判例を例に挙げてみていくことにしよう。(4) 非営利法人の行為の目的外範囲として無効にされた判例第1の判例は、農協の組合長が農協の行為として、組合員以外の者に対する多額の貸付(員外貸付)を行ったというケースで、これが法人の目的外の行為であり無効になると判断したものである(最判昭41・4・26民集20巻4号849頁)。員外貸付は、農協の経済的地位を脅かす可能性があるのであり、農協法10条に規定された組合員の利益に影響を与える事業には含まれていない。しかし、判例は、それだけで、員外貸付を無効と判断しているわけではない。むしろ、農協の経済的基盤を確立するためには組合員以外の事業者にも事業資金を貸し付ける必要があって、その員外貸付を有効とする判例もある(最判昭25・9・15民集22巻12号2627頁)。員外貸付が無効とされたケースで、最高裁は、当該員外貸付が、農協の目的事業とはまったく関係ないものであったこと、その融資が組合の経営に悪影響することも代表理事も相手方も知っていたことを指摘している。行為が法人やその構成員の利益にどのような影響を与えるかという点とともに、取引の安全にも配慮をしながら、具体的な事実関係ごとの判断が行われているものと評価することができる。第2の判例は、小問2のような政治献金に関するものである。税理士会が、税理士法改正運動の資金とするために政治献金を行うこと(正確には、そのための借入)が目的の範囲外で無効であると判断する(参考判例②)。その判示に際しては、税理士会の特殊な性格が指摘されている。すなわち、①税理士会の目的は、法律において直接具体的に定められていること(このため税理士の活動は目的の範囲の制約を強く受ける。税理士法49条の2第2項)、そして②税理士は税理士会に入会していなければ税理士業務を行うことができないとされており(税理士法52条)、税理士会の入会が間接的に強制されていること(税理士法が「強制加入団体」であると表現する)が指摘されている。特に②の点は、会員である税理士には実質的には脱退の自由が保障されていないため、会員の思想・信条の自由との関係を調整することが必要だと指摘されており、政治献金を法人の目的の範囲外の行為だと判断する重要な根拠となっている。関連問題(1) 本問において法人Aが公益社団法人であったとする。代表理事のYが、自己の個人的な借金の穴埋めをするためにAを代表して、Aの事業資金として銀行から金銭を借り入れたという場合、Aは、この借入行為が法人の目的の範囲外の行為であるから無効だとして、その支払を拒否することができるか。(2) 本問において法人Aが公益社団法人であったとする。Aは、前年に発生した大震災からの復興を支援するために、社員から特別会費を徴収し、それを義援金として寄付するという決議を可決した。社員の1人Xは、この決議は法人の目的の範囲外の行為であるから無効だとして、特別会費の支払を拒否することができるか。参考文献澤田壽夫ほか「民法Ⅰ(START UP)」(有斐閣・2017)17頁(山口敬介)/後藤巻彦・百選Ⅰ 16頁/松尾弘・百選Ⅰ(第6版)(2009)16頁(吉永一行)
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
ISBN978-4-7857-2991-2