表見受領権者に対する弁済
小さな町工場で働くAは、2024年2月22日に、B生命保険会社との間で終身型組立総合保障保険契約を締結していた。この生命保険会社には、約款中に次のような条項があった。【第39条】受取人に対する弁済は9割(払込済みの場合には10割)を限度とする。ただし、銀行振込金の受取人に対する弁済はできない。2 保険金を支払う場合で、支払うべき金額が銀行会の定める利息に達しており、かつ、支払うべき事由が生じているときには、会社は、不法行為の会社員の過失の有無を問わず、年金の支払いを免れる。2025年6月4日、Bの事務所に、Aの妻Cが訪ねてきた。Cは、保険証券と印鑑、ならびにAからの委任状を示し、Aの代理人として200万円の保険金給付を請求した。Bの担当者は、保険契約者が契約の基準を満たしていることから、200万円をこの場でCに渡した。その後、200万円は、CがAに内緒で全額返済に用いたことが判明した。あなたは、市法律相談の担当者である。相談の場を訪れたAは、あなたに、「BがCに渡した200万円は、私が支払わなければならないのでしょうか」と質問した。あなたなら、どのような回答をするか。●参考判例●① 最判昭和48・3・27民集27巻2号396頁② 最判平成9・4・24民集51巻4号1981頁③ 最判平成15・10・28判時1881号64頁●判例●1 表見受領権者に対する弁済真実の債権者ではないが、表見受領権者に対する弁済も、弁済者が善意無過失でなされたときは有効とされる(478条)。債権の準占有者に対する弁済がこれにあたる。2 事務管理者の意義・効果の認定民法478条は、弁済をしようとする債務者保護の趣旨で定められた規定である。3 民法478条の射程の拡張・同法478条の類推適用民法478条は、表見受領権者に対してなされた「弁済」を対象として、債権者は法律上有効らしい信頼を惹起した善意無過失の弁済者を保護するものである。ところが、判例・通説は、法的にみて弁済といえない場合にも、同条の法意を妥当させることにより、相手方を債権者・受領権者と誤信して一定の行為といった債務者の保護を図っている。(1) 定期預金の期間前払戻し定期預金の一定の期限が設けられ、その期限が満了するまでは原則として払戻しの請求ができない契約(いわゆる解約)が中途解約されることにより行われる払戻請求は、その法的形式として、預金契約の解約という法律行為と、払戻行為(受寄物返還義務の履行)とから成り立っている。このうち、解約という法律行為は、弁済ではない。したがって、債権者でない者が解約を申し入れたとき、この者との間でなされた解約の有効性については、民法478条ではなく、民法代理の規定に従って判断しなければならないようにもみえる。けれども、売買であれば、①定期預金の解約は定期預金契約において予定されている事態であって、②預金者も必要があれば引き出せると考えており、中途解約と満期解約との違いは受け取る利息の違いとして意識されている。しかも、そこでこの外形的行為は、中途解約のために現れた(見せかけの解約)に対する定期預金の「払戻し」という現象形態をとっている。このような実質面を重視すれば、定期預金の解約については、解約のみが独立してこれを法律行為として論じるのは適当でなく、むしろ、「解約申出という方法による請求(払戻)とみるほうが実態に沿う。(2) 定期預金払戻請求定期預金の預金者が定期預金を担保として金融機関から金銭を借用することも、定期預金の満期までに貸付が返済されないときは、満期が到来した定期預金との相殺により処理される。このとき、金融機関が真の預金者でない者を誤信して、この者に対して定期預金担保貸付をした場合において、貸付金の返還されないときに、金融機関は、真の預金者からの預金払戻請求に対して、定期預金の貸付金債権を自働債権とし、預金者の受働債権を受働債権とする相殺をもって対抗することができるか(同旨のことは、預金者の代理人と称する者が定期預金担保貸付をした場合についても、問題となる)。ここについては、定期預金払戻請求権と相殺(または無権代理の追認と実行)という法律行為の成立を巡っている。しかも、消費貸借契約(および質権設定)にも弁済の要素は認められないし、相殺も計算上の差引処理の側面である。外形的には現れた事実をもとに弁済は、「払戻し」という現象は見出しがたい。それにもかかわらず、判例・通説は、ここでも民法478条の類推適用による処理を認める。その理由は、主に次の点にある。① 定期預金担保貸付と相殺(もしくは無権代理の追認と実行)を全体として一体的に捉えたならば、「実質的に」定期預金の期間前払戻しによると同視できる。② 定期預金担保貸付はすでに約款(預金規定)により金融機関に義務づけられた行為であり、「約款上の義務の履行」として行われる(べき)ものである。また、預金者の側も、このような定期預金担保貸付がされることを、約款を通じて認識している。③ 預金者が全く面識のない第三者からの送金取引(民間金融機関)の要請に際しては、民法代理の法律ではなく、民法478条の基準による法律を要求するのが適切である。こうして、第三者への定期預金担保貸付についても、定期預金の期間前解約に準じて民法478条の「類推適用」を認め、「第三者に対する金銭債権」と相殺された定期預金債権との相殺をもって真の預金者に対抗することができる(参考判例①)。ちなみに、「類推適用」とされたのは、「弁済」ではなく、「相殺」による債権の消滅が問題となっているからである。4 類推適用に関する478条の類推適用・生命保険契約上の契約貸付(1) はじめにある保険会社と締結された保険契約において、民法478条が類推適用されるか。しかし、保険会社は、定期預金担保貸付について、その後の相殺と一体的に捉え、「相殺の効力」にならって、同様に判断を適用しながら、他方で、金融機関の預金業務に共通するものを貸付に行っている。これをして、保険貸付が行為のすべてに適用されるという考え方に基づき、金融機関による預金業務への利用の仕組みを模倣しようとするものである。そうであれば、この点を指摘するとき、「相殺という法律行為があったか否かの判断が重要となる」という考え方が必要となり、もはや「相殺がなされたこと」を当然視するわけにはいかないはずの議論が生じてくる。(2) 保険契約以外の者に対する保険貸付契約締結を根拠とする民法478条類推適用この点が具体的に問題になったのは、生命保険契約における契約者貸付の制度をめぐってである。判例は、保険契約ではないにもかかわらず、生命保険契約においては、保険契約者の書面で民法478条類推適用の可能性を肯定する(参考判例①)。そこでは、判例は、同規定の適用を当たるものと認め、貸付金が支払われる場合における貸付額の算出や残高の管理などを保険会社に任せることとする。また、判例は、定期預金担保貸付に関する判例が同条を類推適用するに当たって考慮したのと同様の理由に依拠したものである。これをして、判例は、保険者が「貸す義務を」「履行」した点も重視している。つまり、貸付金債権の譲受人が行為をしたらこれを有効と解釈したのであって、同様の適用をし、「貸す義務の履行」として保険会社に適用したものとみられる。「貸付の効力」を無効とするとしても、主観面ではその結果として、保険者は、不法行為責任の法理に服せざるを得ない。との結論を導いている。◆設問問題◆Aは、B銀行に口座を開設している。この口座には、普通預金5万円と期間3年の定期預金500万円が入金されていた。また、この口座について預金の引出しに普通預金であるカードが発行されていた。Aは、Aのもとからこのカードを盗み出し、B銀行P支店のATMから、70万円を引き出した(なお、引出し手数料であったこととする)。その後、Aは、カードが盗まれたことに気づいた。(1) 定期預金が満期になっていたので、Aは、Bに対して、500万円と利息の払戻しを求めた。これに対して、Bはいかなる反論をすることができるか。(2) Aは、Cをつけ出し、Cに対して70万円の返還を求めた。これに対して、Cはいかなる反論をすることができるか。●参考文献●*内田「民法Ⅰ478条(債権の準占有者に対する弁済)に関する判例」中京法学44巻1号(2015)74頁/野田「民法Ⅰ」(有斐閣:1996)165頁/中西「民法Ⅰ」(2015)74頁