確認の利益
Aは「私は、長女Yに、別紙目録の不動産を遺贈する」と記載した自筆証書遺言を作成した。Aには、遺言作成のほかにはめぼしい財産はなかった。その1年後にAは死亡し、家庭裁判所で上記遺言の検認がなされた。相続人は3人の子(Y・X1・X2)のみであり、遺言執行者の指定はなかった。X1は、この遺言はYがAを欺罔して書かせたものであり、無効であると考えた。また、Aに認知症の症状がみられたためでもある。X2は、この遺言は親子相続制度の名残りであり、憲法24条に反して無効と考えた。Yは、X1に対して、遺言有効確認訴訟を提起した。Yは、遺言作成は違法な行為によるものではないとして訴えの却下を求めた。裁判所は、どのような判断をするべきか。また、仮に判決が確定した場合、訴えを提起しなかったX2は、あらためて本件遺言の無効確認訴訟を提起できるだろうか。●参考判例●① 最判昭和45・7・15民集24巻7号861頁② 最判昭和47・2・15民集26巻1号90頁③ 最判昭和61・3・13民集40巻2号389頁④ 最判平成11・6・11判時1685号36頁●解説●1 確認の利益確認の訴えの訴訟要件として、確認の利益が必要とされる。確認対象は理論上無限に存在するから、相手方および裁判所が不必要な訴訟に無理に対応しなくてすむように、一定の利益を判断する必要があるからである。一般に、確認の利益を判断する際には、①確認請求の対象としてその適切性、②確認対象の適切性、③即時確定の利益を検討するべきとされている。これらの要素を検討するにあたっても、原告の権利または法律上の地位(現在の権利関係)が誰によっても確認されていないことによる法律上の不安を除去するために最も有効・適切な手段であるといえることが確認訴訟の利益を肯定する前提としてある。(1) 確認訴訟の手段選択の適切性例えば、金銭の返還について争いがある場合、このような訴訟は、給付訴訟と考えられる。これに対し、確認訴訟は、原告が債務名義を得るためにも給付訴訟を提起することができる。いずれにしても、給付訴訟として係属中の訴訟である以上、確認の利益が認められることはない(144条1項、同条2項参照)。しかし、この訴訟で請求訴訟が確定しても、債務の存在について既判力が生じるにとどまり、執行力を有するものではないから、仮に保険会社が保険金請求権の不存在確認を求める場合もある。例えば、保険会社が保険契約者に対して保険金支払義務の不存在確認訴訟を提起することは、債務をめぐる紛争のインセンティブで解決する手段として、確認の利益が認められている。(2) 確認対象の適切性確認の対象の適切性として、①権利関係、②過去の法律関係ではないこと、③事実ではないこと、④他人の間の法律関係ではないこと、⑤消極的な確認(債務不存在確認)が挙げられる。これらは、現在の権利関係についての判断が、当事者の法律上の地位の安定に資するという考え方に基づくものである。したがって、過去の法律関係や単なる事実は、原則として確認の対象とはならない。(3) 即時確定の利益即時確定の利益は、確認の利益の核心部分であり、原告の権利または法律上の地位に、現在の具体的な危険・不安が生じていること、および、確認判決によってその危険・不安を解消することが、最も有効・適切であることを意味する。2 確認の利益の判断枠組み以上の要件をまとめると、確認の利益が認められるためには、以下の3つの要件を満たす必要がある。① 原告の権利または法律上の地位に、現在の具体的な危険・不安が生じていること(現在の紛半)② 確認判決によってその危険・不安を解消することが、最も有効・適切であること(手段の有効性・適切性)③ 確認の対象が、現在の権利関係であること(対象の適切性)判例は、これらの要件を総合的に考慮して、確認の利益の有無を判断している。例えば、参考判例①は、遺言の有効性を争う訴訟において、相続人の一人が他の相続人に対して遺言の有効確認を求めた事案である。判例は、遺言の有効性は、相続人間の法律関係に直接影響を与えるものであり、その確定は、相続人間の紛争を解決するために不可欠であるとして、確認の利益を認めた。また、参考判例②は、親子関係の不存在確認訴訟において、父子関係の不存在確認を求めた事案である。判例は、父子関係の不存在は、子の身分関係に重大な影響を与えるものであり、その確定は、子の福祉のために不可欠であるとして、確認の利益を認めた。以上の判例から、確認の利益は、紛争の性質、当事者間の関係、判決の効力などを総合的に考慮して、柔軟に判断されるべきものであるといえる。3 遺言無効確認訴訟の当事者適格遺言無効確認訴訟は、相続人間の法律関係を確定するものであり、その判決の効力は、すべての相続人に及ぶ必要がある。したがって、遺言無効確認訴訟は、相続人全員が当事者として参加しなければならない固有必要的共同訴訟であると解するのが、従来の判例・通説であった(最判昭和30・12・26民集14巻14号2082頁)。しかし、近時の判例は、この要件を緩和する傾向にある。参考判例③は、相続人の一人が他の相続人の一人を被告として提起した遺言無効確認訴訟について、確認の利益を認めた。判例は、遺言の無効は、相続人間の法律関係に直接影響を与えるものであり、その確定は、相続人間の紛争を解決するために不可欠であるが、必ずしもすべての相続人が訴訟に参加しなくても、紛争を解決することは可能であると判断した。この判例の射程は、必ずしも明らかではないが、遺言無効確認訴訟の当事者適格は、紛争の性質、当事者間の関係、判決の効力などを総合的に考慮して、柔軟に判断されるべきものであることを示唆している。