民法94条2項類推適用とその限界①
Xは甲不動産を所有しているが、Xの妻であるAは、2017年5月、Xの実印・印鑑登録証明書・甲に関する登記識別情報を無断で持ち出すなどして、甲につき、X-A間の贈与を原因とする所有権移転登記を申請した。Xは2019年3月ごろこの事実を知り、Aを非難したが、Aと夫婦間にあったことや、抹消登記手続のため時間と費用がかさむことなどから、甲をA所有名義で登記されたままとしていた。もっとも、Xとしては、甲はあくまで自己の所有物に属するものと認識しており、Aに譲ったつもりはない。ところがその後、XとAは不仲になり、2022年4月、AはXに対する離婚および財産分与請求訴訟を提起するとともに、甲をYに売却してしまった。所有権移転登記がなされるに至った。YはX-A間の上記事情を知らず、「甲は5年ほど前にAに譲った不動産であり、所有権移転登記も済ませている」旨のAの言を信じて甲を買い受けた。そこで、XはYに対し、甲に関する所有権移転登記の抹消登記手続を求めた。Xの請求は認められるか。参考文献① 最判昭和45・9・22民集24巻10号1424頁② 最判昭和45・7・24民集24巻7号1116頁[解説]1 無権利の法理と不動産取引の安全本問におけるYの請求の前提は甲の所有権に基づく妨害排除請求となるが、X-A間の贈与の不存在・Aの無権利が確認されれば、原則としてYは甲の所有権を取得することができない(無権利の法理)。YがA所有名義の登記を信じて取引したとしても、不動産登記には公信力が認められていないため、ただちにYがXの請求を拒めるわけではない。しかし、不実登記につき真に責任があるといえるような場合であっても、Yには保護されず、第三者の取引安全が不当に害され、第三者ではない。それでは、どのような場合にいかなる法的根拠に基づいて、第三者は保護されるであろうか。2 民法94条2項類推適用の意義判例は、不実登記すなわち虚偽の外観の作出・存続が真正所有者本人の意思に基づくと言えるような場合に、民法94条2項を類推適用して善意の第三者の保護を図っている。その趣旨は、①登記に公信力が認められておらず、人の静的安全に対する配慮が強く求められる不動産取引においては、不実登記の原因・経緯を問うことなく一律に第三者を保護するのではなく、その作出・存続につき本人の意思関与がある場合に、本人にその責任を負わせて善意の第三者を保護するという解決が衡平に沿っている。②、同項の趣旨は、虚偽表示によって権利外観を作出した本人の帰責性に対し、これを信頼した第三者の取引安全を図ることにあり、上記①の価値判断に整合するという点にみいだされている。わが国では、このような同項類推適用が、登記の公信力に代わる補充的機能を果たす判例法理として確立されている。3 民法94条2項類推適用の要件それでは、具体的にどのような場合において民法94条2項類推適用が認められるのであろうか。問題は、不実登記に対する「本人の意思関与」をいかにどのようの評価すべきかである。判例の法理の基礎を確認しよう。第1に、本人と登記名義人間の通謀あるいは登記名義人の承諾がなくても、本人が自ら不実登記を作出した場合(外形作出型)には、民法94条2項類推適用が認められる。これは、同項によって本人が真実の意思に基づいて外形を作出した場合も認め、過誤または登記名義人の不知の有無は重要でないという理解に基づいている。第2に、本人に無断で他人が不実登記を作出した場合(外形借用型)であっても、本人が事後的に不実登記の存在を知りながら、その存続を明示または黙示に承認していた場合においても、民法94条2項類推適用による第三者保護が拡張されている。このことは、少なくとも不実登記の存続が本人の意思に基づくものと評価しうるときは、自ら作出した場合に準じる事が可能性が認められるのである。本人が事後的に承認という事情を重視すればそれにされたことによっては別途不都合な評価をしないという評価を基礎としている。4 民法94条2項類推適用の限界この説は、民法94条2項類推適用の「本人の意思関与」を広くとらえていこうという問題意識は、虚偽の外観が作出・存続したことについての「本人の意思関与」を広くとらえ、権利保護要件につき虚偽表示に加わるなどして積極的に作出に関与する行為を意味すると解する。上記②に、本来の「虚偽表示」も、「知りながら」故意で虚偽の外形を作出したことであるから、心裡留保よりも、わずかの瑕疵でも該当すればただちに承認ありとみなされるのか。それとも、長期の放置あるいは、不実登記の存続を許容するような積極性が加わることが必要とするのか、学説は分かれている。この点については、①虚偽表示に準じる意思関与とは何を指すかによってどのように解釈すべきか、②民法94条2項の類推適用をどこまで維持・尊重すべきか、その本来適用から新たな法律関係が形成されたものとして、割り切ってゆくか、③不実登記に対する承認の正当化・有責化の判断として何が求められるかという判断をどの程度重視するか、④本人の要件を緩和することのバランスという観点から、第三者に無過失を要求すべきか、といった問題が関連してくる。本問では、XがAに甲を譲渡するつもりがないにもかかわらず、4年以上にわたってA所有名義の不実登記を放置していたことをもって、所有権ポイントを失わせるのに十分な意思関与ないし帰責性があると評価できるかがポイントとなる。さらに、Y側の要件につき、A所有名義の登記の存在とAの説明を信じたYに過失はないとまでいえるか、Yは保護されず、Aの無断譲渡について特に疑念を抱くべき事情がうかがえない限り、A所有名義登記を信頼したYは特別な確認調査義務を負わないので、いずれも、無過失要件の要否につき、その具体的な意義についてあらためて確認する必要があろう。5 民法177条との関係民法94条2項類推適用が、不動産取引安全のための法理として重要な役割を担うようになるにつれて、同法177条との関係が問われるに至っている。同法94条2項類推適用における「不実登記の承認・放置」は、その権利化を図る一方、同法により、「真実権利者としてなすべき登記の懈怠」との区別が微妙となる。同法によっても、第三者の要件に関して背信的悪意者非悪による調整が重要な機能を果たすに至り、「権利者の登記懈怠に対する非難可能性」と「第三者の取引態様の正当性」に関する衡平かつ柔軟な判断が求められる結果、両者の判断枠組みが接近しているように見受けられるからである。同法94条2項類推適用において、第三者に権利保護資格要件として登記を要求するという構成を採用すればなおさらである。その意味において、民法94条2項類推適用の限界づけは同法177条との機能配分にも関連する問題といえる。同類型の問題において、両者には使い分けるとしても、「不実登記の承認」と「真正登記の懈怠」を「善意者保護」と「背信的悪意者排除」、「特別なる第三者保護」と「登記による一般的解決」などに関する異同に留意しながら、どちらによる解決が妥当なのかにつき、より具体的できめ細かな判断が求められるといえよう(→本書78参照)。関連問題Xは自己所有の乙不動産につき、2022年2月、不動産業者であるAに売却し(以下、「本件売買契約」という)、所有権移転登記が経由された。Aは売買代金を支払っていなかったが、XはAを信用して上記登記手続に協力していた。ところが、Aははじめから代金を支払うつもりはなく、資力および支払意思を装ってXから乙を収奪する意図を有していた。同年4月ごろになってAの意図に気づいたXは、ただちに本件売買契約を取り消す旨をAに通知したが、乙の登記名義の回復等について専門家に相談しようと考えているうちに、まもなくXはYに対して、乙をYに売却し、所有権移転登記がなされてしまった。XはYに対して、乙に関する所有権移転登記の抹消登記手続を請求することができるか。参考文献中務嗣治郎・争点65頁 / 野上裕介・百選Ⅰ 44頁(武川幸嗣)