即時取得
Aは、演奏会用の有名ブランドのグランドピアノを賃貸していた。ピアニストのSのツアーを企画していたBは、Sが希望するブランドのピアノ1台(以下、「本件ピアノ」という)をAから賃借し、演奏会のツアー中、本件ピアノの保管をM倉庫業者に委託した。本件ピアノの保管を始めてから5カ月を経過したころ、MはBから「ピアノをCに売却した。ついては、Cのためにピアノの所有権が移転した」と連絡を受けた。Mは、受託中に荷物の所有者が変わる場合には、目的物を買受人に引き渡すことを依頼する旨の記載した文書を売主からM宛に発行してもらい、その文書の正本をMに交付してもらった。その文書の正本を買受人に交付し、正本の交付を受けたMが、寄託者たる売主の意思を確認するなどして、その寄託者台帳上の寄託者名義を書き換えていた。そこで、本件の場合にも、同様の手続を頼み、BからM宛に上記文書を作成してもらい、その正本をMに交付して、受託者名義をBからCに変更した。ところが、実際には、運搬資金に窮迫したSが所有する本件ピアノを売却したものであった。この話によれば、Bから「ピアニストSの来日のために資金を必要としており、Sが演奏会で使用するピアノを900万円で売却したい」と説明を受けたとのことである。Bは、Sの来日に協力したかったこと、本件ピアノの中古価格が1000万円から1200万円ほどであったことから、本件ピアノを購入した。賃貸期間を経過したことから、AはBに本件ピアノの返還を求めたところ、BはMに事実上座席しており、所有不明であった。調査の結果、AはCがMに本件ピアノを保管させていることを知った。AはCおよびMに対して本件ピアノの返還を求められるか。●解説●1. 即時取得制度の意義今日の通説的な理解によれば、民法192条は公信の原則に基づく制度であると理解されている。所有権侵害があれば、所有者には物権的請求権があるのが原則であるが、同条は前主の占有を信頼して取引行為をするに至った者を保護するに値する場合に、所有権の原始取得を認める。原権利者からの所有権に基づく動産の返還請求に対して、即時取得に基づく主張が有効な防御手段となるのは、無権利者と取引行為を行った者が所有権を原始取得する結果、原権利者はもはや喪失していると主張することができる。本問では、MおよびMを介して本件ピアノを占有するCに対して、Aがピアノの引渡しを請求するのに対して、Cが民法192条に基づいてピアノの所有権を取得したことを原因として、Aからの請求を拒めるかどうか問題となる。2. 占有取得の形態と即時取得の成否即時取得制度を公信の原則に基づく善意取得者保護のための制度であると理解すると、占有取得者=第三者が前主の占有を信頼したことが重要であり、第三者の占有取得の方法をどのような方法とするか問題となる。即時取得の占有の形態については、民法192条の「動産の占有を始めた者」に該当しないと解していた(否定説、大判昭和32・12・27民集11巻14号2485頁、参考判例①)。指図による占有の移転については、判例は大判昭和32・11・28新聞3520号11頁、大阪高判昭和34・12・17下民集10巻12号2621頁などで、しかし、参考判例②は、民法192条の即時取得を肯定した意思(東京高裁昭和54・11・27判時948号104頁)を支持し、指図による占有の移転によって動産の引渡しを受けた取得者は、同法192条の「動産の占有を始めた者」に該当すると解する。即時取得が成立した場合にも、即時取得の要件を満たす必要がある。この点、占有の移転、取引行為、善意・無過失、平穏・公然である。この点、指図による占有の移転の場合には、占有の占有が前主の占有に変化がある点に注目する必要がある。指図による占有の移転は、前主の代理占有が後主の代理占有に変化しているので、指図による占有の移転後も占有しているのはMであるが、B・C間の売買を原因として寄託者がBからCへ変更した時点でBの占有は喪失し、この結果、賃借人Bを介した原所有者Aの間接占有も喪失していることになる。この点で占有改定による場合とは異なることになる。このような評価が許されるのは、占有の観念化が進行して物の直接接触を伴わない占有の移転形態であっても簡易取引の公示手段となることが背景にあり、占有があれば占有を正当化する権利(本権)があると推定される背景にも変化が生じていると考えられるからである。以上の分析からすると、即時取得権利者は、取引の安全のために原権利者の権利の喪失を伴うものであるから、指図による占有移転によって、取得者が占有を始めた場合に、同時取得が肯定されるか否かは、取得者が前主の占有を信頼したことと同時に、取引行為によって動産の占有を始めたと評価しうる程度の占有を獲得しているかどうかによるところになる。本問に即して考えてみると、①前主Bの占有が、Mを介した観念化した占有であっても、Bに所有権があると推定させるような占有であるかどうか、また、②取得者Cが自己の妥当性を主張できる程度の占有を取引行為に伴って取得していたのかが重要となる。すなわち、MがB・C間の売買によってCのためだけに保管していると評価できるかが重要である。一方、原所有者の権利を犠牲にしてでもやや理解される理由は、取得者が信頼をよせる(観念的ではあるが、本権を推定させる)占有を原所有者が惹起させた点に求められることになる。本件事実ではAが任意にBに占有を委託したというだけで権利の喪失が正当化されているわけではなく、AがBに対してMを介した占有を容認していた点から、Aの所有権が喪失してもやむを得ないと解することになる。●発展問題●町工場を営むAは、運転資金を調達するために、Bから貸付けを受けた。A所有の不動産にはすでに抵当権が設定されていたことから、Aは担保として自分が所有する工作機械をBに譲渡し、占有改定の方法で対抗要件を具備した。しかし、AはBからこの機械を無償で借りて引き続き使用していた。その後、さらに資金に困ったAは、Bの場合と同じ方法で、同じ工作機械を担保のためにCに譲渡し、Cからも貸付けを受けた。Aが返済期限がきても借入金を弁済しないので、業を煮やしたBおよびCは、それぞれ工作機械の引渡しをAに求めた。AがBからもCからも貸付けを受けていることを知ったCは、ただちにAの工場に赴いて、Aから工作機械を引渡しを受けた。BはCに対して工作機械の返還を求められるか。●参考文献●井口牧郎・最判解民昭和35年度28頁崎崎勤・最判解民昭和57年度652頁大塚直・百選Ⅰ 138頁