取得時効と登記②
Aはその所有する土地α上で製材所を経営していた。土地αの隣にはAの伯父Xが所有する土地β(地目は山林、500平方メートル)があり、AはBの許可を得てこれを製材所に出入りする車両の駐車場として無償で利用していた。2001年3月17日、BがAの製材所に立ち寄った際、Aが土地βを譲ってもらえないかとBに話したところ、資産家であったBはこれを承諾した。そこで、AはBに対し口頭で手許にあった50万円を支払い、残代金の支払方法や登記手続の詳細は後に相談することにした。しかし、土地βについては残代金の支払も登記もされないままであった。2010年5月25日、Bが死亡し、Bの子のCが相続して、Cは土地βについて、相続登記を具備した。CはBの生前に土地βのAへの売却については何ら聞いていなかった。Cは自分が役員を務めているD会社がE銀行から融資を受けるために、2011年8月7日、土地βにつき、Eを抵当権者とする極度額3000万円の根抵当権の設定契約を締結し、同日登記を完了した。その後、Dは経営に行き詰まり、Eに対する債務も返済不能となった。そこで、Eは2021年10月23日、土地βについて抵当権の実行を申し立て、それに基づく競売手続開始決定が行われ、土地βの差押えが行われた。土地βの差押えについて知ったAは、Cに問い合わせたところ、上記事実が判明した。この場合において、AはEに対してどのような主張をすることができるか。●参考判例●大判大正9・7・16民録26輯1108頁最判昭和43・12・24民集22巻13号3366頁最判平成24・3・16民集66巻5号2321頁最判平成15・10・31判時1846号7頁最判平成23・1・21判時2105号9頁●解説●1. 取得時効の対象不動産に対する所有権取得と抵当権取得の展開取得時効と登記に関する判例法理(→本章V)は、取得時効の対象となる不動産につき、第三者が所有権を取得・登記した場合だけでなく、第三者が抵当権の設定登記を受けた場合にも当てはまると解される。すなわち、第三者の所有権取得に関する原則I~Vは、第三者の抵当権取得に関しても、以下のように言い換えられる(百選74、後掲118-119頁参照)。ここでも、土地所有権の時効取得を題材にして解説する。(A) 原則Ⅰ(当事者の関係)A所有地についてBにこのための抵当権が設定されていた場合において、同じ土地についてCにこのための根抵当権の債務者または抵当権設定者A以外の者)が占有を開始し、取得時効が完成した場合、Bは抵当権の負担を前提としていない限り(抵当権の存在について善意であっても)、抵当権の負担のない土地所有権の時効取得を登記なしに主張できる(参考判例①、397条参照。なお、最判昭和42・7・21民集21巻6号1643頁は、土地所有権の取得時効完成前に、抵当権が設定登記された不動産について所有権を取得し、移転登記をした競落人に対しても、時効取得者は登記なしに対抗できるとした)。(B) 原則Ⅱ(時効完成前の第三者との関係)A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成する前に、当該土地に第三者Cが抵当権の設定を受けた場合、占有者はBは当該第三者Cに対し、抵当権の存在を容認していた等、抵当権の存続を妨げる特段の事情がない限り、抵当権の負担のない土地所有権の時効取得を登記なしに主張できる(参考判例②)。(C) 原則Ⅲ(時効完成後の第三者との関係)A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成した後に、当該土地に第三者Cが抵当権の設定を受けた場合、占有者はBは当該第三者Cに対し、時効取得を登記なしに対抗できない。(D) 原則Ⅳ(時効の起算点)A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成した後に、当該土地に第三者Cが抵当権の設定を受けた場合、占有者が時効の起算点を任意に後ろにずらし、当該第三者Cが時効完成前に登場し、その後に時効が完成したと主張することはできない。(E) 原則V(時効完成後の第三者の登記後、再度の時効完成に必要な期間占有が継続した場合)A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成した後、当該土地に第三者Cが抵当権の設定登記を受けた場合において、占有者がBが、当該抵当権の設定登記の時点から、時効取得に必要な期間引き続き占有を継続したときは、抵当権の存在を容認していた等、抵当権の消滅を妨げる特段の事情がない限り、占有者はBは当該第三者Cに対し、時効取得を登記なしに対抗できる(参考判例③)。2. 抵当権の認定登記の時効取得の再建と時効取得の時期不動産の占有者が、取得時効完成、かつ抵当権の設定登記も、抵当権の設定登記を知らずに占有を開始し、あたかも時効取得に必要な期間が経過した場合について、参考判例④は、抵当権は「抵当権の設定登記の日を起算点として、……時効取得し、その結果、……抵当権は消滅した」とする。この占有者は、①抵当権設定登記の日を起算点として不動産を再度時効取得すると解すべきか(参考判例③法廷意見)、あるいは②当初の占有開始点を起算点とする時効取得から抵当権設定登記時からはじまると解すべきか。解釈の余地がある。問題設定によれば、抵当権設定による長期取得時効(20年、162条1項)の完成後、抵当権設定による短期取得時効(10年、同条2項)の完成後、善意・無過失の占有者による短期取得時効の経過が必要となるべきであろうか。3. 抵当権の時効取得を妨げる「特段の事情」参考判例③がいう「抵当権の存在を容認していたと認められるような特段の事情」としては、どのような場合が考えられるであろうか。これに当たると解される判例として、参考判例③の他に、占有者が、抵当権の被担保債権の存在を前提として、その債務の弁済猶予の願や債務の一部の弁済をしたとき、被担保債権の存在を前提として、後に土地の所有権移転登記を求めないと述べ、10年余にわたって述べなかったこと(もっとも反対意見あり)、再度の時効取得中に開始された担保不動産競売の配当期日に買受代金が配当されなかったことなどが挙げられる。4. 賃借権を援用した時効取得と抵当権との関係所有権の時効取得に関する以上のような判例法理は、賃借権の時効取得の場合にも同じように妥当するであろうか。すなわち、賃借権の時効取得が完成した場合、抵当権が設定登記され、占有者がそれを知らずに時効期間に必要な期間の占有を継続した場合、占有者が賃借権を時効取得するに際して対抗要件である賃借権の登記を備えていなかった場合、賃借権の時効取得の時期は占有開始時まで遡及する(144条)が、登記なくして第三者に対抗できないとするのが判例である(参考判例⑤)。32 共同相続と登記Aは、その所有する居宅、書斎、宅地Cと一人暮らしならびにCの夫Eと一緒に暮らしていたが、2022年2月1日に死亡し、居宅とCの敷地(以下、「本件不動産」という)を含むAの財産は、妻Bと長男Cが法定相続分に従い共同相続した。ところが、Cの夫Eは、本件不動産を担保にDから借り入れすることを企て、Cに対し相続登記の申請の代理の用意をおし、Bを騙して家庭裁判所に提出した、B宛に送付されてきた遺産分割協議書・印鑑証明書を用いて、本件不動産につきAからBに相続を原因とするB単独名義の所有権移転登記をC名義の被相続人に提出し、Cの偽造名義で、Dとの間で、Cを物上保証人とするBの金銭消費貸借契約を締結し、Dを抵当権者とする抵当権の設定登記を経由した。その後、以上の経緯をEから打ち明けられたBは、Eの行為を追認したが、Bは、この他の相続財産ならびにCからのDの借金の返済を請求された。Bの持分を除外する更正登記を求めた。これに対して、Dは、民法177条を根拠に、Bによる物権変動は、登記をしなければ、善意無過失のDに主張することができないと主張している。B、Dのどちらの主張が認められるか。