売買の危険負担
Bは、2010年6月1日から別荘地30区全てを所有する土地を賃借し、その地上に木造建物を所有して住んでいた。その後、Bが2022年2月に急逝したため、Bの一人息子であるCがBを単独で相続したが、CはB自身の仕事の都合でこの建物を欲しがらず、当該建物を処分することを知り合いの不動産業者Aに依頼した。そこで、YはBの友人の一人で、Bが存命中の2015年6月15日に、Aから本件建物および敷地権の3000万円での購入について9月末までに夢を買うような形で申し込んだが、すぐにもBが急逝したことを聞きつけたものの、7月に入ってからも返事がなかった。その間に、XがCから建物を処分したいと申し込んできたため、XはYに当該建物をAの漆価を得て敷地権とともに、7月15日に代金3500万円で売却し、敷地の移転と代金支払を8月15日としつつ、それに先立つ7月20日に当該建物の引渡しを終えた。ところが、XはYから、7月25日に、8月5日にかけての海外出張で連絡が遅れたためのお詫びとともに、当該建物を購入するとの返事をもらい、手付金の履行があった。登記手続きは8月15日に行われるべきことが申し込まれていたところ、それについての確認の手間も若干は述べられていなかったが、なはすぐにXの役に立ちたいため、7月28日に代金全額をXの口座に振り込んできたため、Xはなく、やむなくCに建物の所有権についての転居届出に応じたところ、当該建物は、8月10日の深夜、隣家に発生した火災の延焼によって焼失するに至った。そこで、Xは、建物の焼失した以上、もはや移転登記に応じられないとして、Yに対して売買代金の支払を求めたが、Yは建物に移転することを目的に当該売買契約を締結しており、建物がもはや焼失して居住できないため、Xに対して代金全額の支払を拒絶したい。XのYに対する代金支払請求は認められるであろうか。●参考文献●① 最判昭和24・5・31民集3巻6号226頁●判例●1 売主における危険負担XとYとの間で、2022年7月15日に、当該建物と敷地の所有権について売買契約を締結していたが、8月10日に当該建物が火災で焼失して、もはや売買の目的を達成することができなくなっている。この点から、検討してみよう。たとえば、履行期に目的物の引渡しができない場合(412条の2第1項)、目的物の損傷が生じた場合には、その損傷が修補できるときであれば、買主は、原則として契約締結時の状態で目的物を引き渡さなければならない(521条1項)。売主であるBは、特定物が売主の責めに帰することができない事由により損傷した場合でも、買主はなお目的物の修補等の追完を請求できる(562条1項)。それでも、特定物が買主の契約締結後履行期前に目的物が売主・買主の双方の責めに帰することができない事由により損傷して追完が不能な場合や、目的物が同様に両当事者の責めに帰することができない事由によって滅失した場合には、もはや買主は目的物の契約に適合した状態での引渡しあるいは引渡しそのものを請求できない(412条の2第1項)。では、買主の代金支払義務の運命はどうなるのであろうか。双務契約は、一般に、一方の債務が存続する限りで、他方の反対債務も存続するとされる(いわゆる存続上の牽連関係と呼ばれる)。したがって、双務契約におけとができない事由に基づいて履行不能となると、一方の当事者の反対債権の履行を請求しても、相手方当事者が履行を拒絶することができる(536条1項)。さらに、契約当事者は、一方当事者の債務の履行が不能となっているため、契約の全部を解除することによって(542条1項1号)、自らが負担している反対債務を消滅させることができる。したがって、売買契約で、売主の目的物の引渡義務が両当事者の責めに帰することができない事由によって滅失して、売主の所有権移転義務および引渡義務が履行不能となれば、買主が売主に対し引渡しを請求できなくなるのはもちろん(412条の2第1項)、売主も買主の代金支払を請求しても、買主は代金支払を拒絶することができ(536条1項)、売買契約自体を解除することもできる(542条1項1号)。すなわち、目的物の滅失の危険は、履行不能となる債務の債務者である売主が負担することになる(危険負担におけるいわゆる債務者主義)。2 債権者主義の例外ところが、不特定物売買で特定に関する債権者の指定または移転を内容とする売買契約、すなわち売買契約では、目的物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失・損傷することで、債務者の債務が履行不能となっても、売主における代替債権という反対債務はなお存続すると定められていた(2017年改正前民法534条1項)。いわゆる、危険負担における債権者主義(買主負担主義)と呼ばれる仕組みである。そこでは、目的物の引渡債務が原始的に成立しており、その目的物の売買契約において債権者たる買主が危険を負担することになるため、その反対給付たる代金の支払の拒絶ができない、いわゆる牽連関係の例外を認めることで実現すると考えられていた。そこでは、売主における債務の履行が不能であるにもかかわらず、代金支払を拒絶できないこと自体は、もはや正当化できない。しかも、そもそも売買契約が目的物引渡とは異なる危険の負担を定める特別の合意であるにもかかわらず、民法に常に規定する必要があるかは、立法論として大きな疑問であった。それゆえ、2017年改正民法では、危険負担の原則を債務者主義に一本化したうえで、この仕組みは廃止された。用では明らかに不都合が生じる。むしろ、目的物に生じたリスクを最もよく回避できるものがその目的物を支配するものであるから、目的物を支配する者がその物の生じるリスクを負担するというのが合理的であろう。したがって、改正民法は、目的物の支配が売主から買主に移転するときに危険も負担するといった当事者の合理的な意思解釈にたって、2017年改正民法534条1項の適用を排除してきた。そのため、改正民法は、同条を削除して、上述のとおり、売主が危険を負担することとした(536条1項・542条1項1号)。3 目的物支配の内容しかし、従来の学説も、いつまでも売主が目的物の危険を負担するわけではなく、危険負担が売主に移転すると解してきた(支配移転説)。目的物の滅失・損傷のリスクを誰に負担させるべきかは、目的物を現実に支配する者であるべきである。したがって、支配移転説は、目的物の現実的な支配が目的物の引渡し、不動産の場合は引き渡しまたはそれに代わる登記のいずれかが買主に移転することで危険も買主に移転すると解してきた。従来の学説・判例では、不動産の売買であっても、目的物の引渡しによって危険が完全に買主に移転すると定めて、目的物の現実の支配の引渡しに限定している(567条1項後段)。なお、参考判例①は、売買目的物が空襲で焼失した場合において、2017年改正前民法534条1項に基づいて売主の買主に対する代金支払請求権を認容した。しかし、この事案では、すでに買主に目的物の占有が移転した後に目的物が空襲で焼失しており、目的物の支配が買主に移転していることと変わりはないため、買主の代金支払義務を認める結論自体に異論はない。4 他人物売買と危険負担上述したとおり、債権者主義に対する批判として提起されてきたものは、他人が売買された目的物の所有権者が債務者の責めに帰することができない事由により滅失した場合に、売主が買主から所有権を移転できないにもかかわらず危険を負担する買主から代金を受け取ることができるのは、いわば濡れ手で粟に当たるといえる。しかし、支配移転説では、危険が引渡しによってすでに買主に移転していれば、やはり危険は買主に移転したと解してきた。そのため、その後目的物が不可能・不能になった場合でも、なお買主人物の売主が代金を得るであるという不合理が生じる余地がある。そこで、他人物売買において目的物の引渡が完了した場合には、たとえ引渡しによって買主において危険が移転していたとしても(567条1項前段)、売主の所有権の取得・移転義務が不能を理由に契約解除になる場合を含めて、他人物売買を有効にしても売主の権利移転義務を負わせるものと判断される余地があった。そこで、改正民法では、563条(旧560条)によって解除が認められることになれば、買主は引渡を受けても、危険負担の原則に従って、契約の解除によって代金支払を拒むことができるようになる。5 二重売買と危険負担本問では、XはYに当該建物を引き渡した後、目的物の引渡を受けているため、その引渡時期である7月25日から登記の引継を受け取っているため、その引渡時期にはXは当該建物を支配したことになった(82条参照)。他方で、すでに7月15日に、Xは当該建物と敷地権をYに売却しているため、本問では、Xが当該建物をYに7月15日に、Yに7月25日に二重に売却し、Yにすでに引き渡していたところ、目的物が偶然的に焼失したことになる。二重売買では、XはYに当該建物を引き渡した登記は、目的物への危険の移転を認めていたため、債権者主義と同じように売主に有利に代金を取得できるとするおそれがある。そこで、XはYに目的物を二重に売買していることから、登記を備えなければ、たとえ引渡しを受けていてもYの所有権取得は確かめられない以上(177条)、Yの所有権によって目的物を支配いただけでは積極的に確保し難い。つまり、二重売買において、登記を備えなければ目的物の支配を積極的に確保することができない。これに対して、改正民法における引渡による危険移転規定(567条1項後段)を適用するとなると、Xは、引渡しによってYに危険を移転させて、Yは、危険を負担したYが代金の支払を拒むことができなくなる(536条1項後段)。したがって、YはXに対して、すでに支払っていた売買代金の返還を請求できなくなるどころか、その後の支払義務を負うことになる。しかし、XはYと売買契約を締結した上で、当該目的物をYに先んじて登記を備えているため、XはYに対して所有権を移転する登記義務を履行しておらず。す。建物が滅失することで、Yに対する所有権の移転義務は確定的に履行不能となっている。したがって、Yは、引渡しによっていったん危険を負担することにはなるが、その後に生じた目的物の滅失により所有権移転義務が確定的に履行不能となるため、Xとの売買契約を解除することによって(542条1項1号)、代金の支払義務を免れると解すべきではなかろうか。◆設問解説◆XはAから土地を賃借して、その地上に建物を所有している。Xは、この建物をAの承諾を得て借地権とともにYに代金3000万円で売却し、Yが当該建物を2年間の約束で賃借して、引き続き居住していた。ところが、Xは当該建物をAの承諾を得て借地権とともにZにも代金3500万円で売却して、現実の引き渡しをしたが、登記は、いまだ移転していない。その後、当該建物は、隣家に発生した火災の延焼によって焼失するに至った。XがYに対して、支払期日に代金3000万円の支払を請求する場合に、Yは将来、建物に居住することを目的に当該売買契約を締結したため、Xに対して代金全額の支払を拒絶したい。XのYに対する代金支払請求は認められるであろうか。検討しなさい。●参考文献●*小野秀誠・判例時報21業実務61頁/近江幸治『二重譲渡と危険負担』法学セミナー704号(2013)76頁/吉田宏志稿監修『ケースで考える債権法改正—改正債権法』(有斐閣=2022) 241頁 (吉永一行) (北居 功)