財産処分行為と詐害行為取消権
Aは、2031年10月5日、Bに対して商品を売却し、代金400万円の支払期日を2032年1月20日としたが(以下、両者間に係る売掛代金債権を「本件債権」という)、Bは2031年12月頃から、経営状態が悪化し、債務超過の状態に陥った。Bは唯一のめぼしい財産として2000万円相当の土地・建物(以下、「甲不動産」という)を所有していたが、2032年1月10日にBはお担保にするため抵当権が設定されていた。AはBに対する1500万円の貸金債権(被保全債権)については、翌月の支払に窮しない(利息・損害金については考慮しなくてよい)。(1) Bは、2032年1月10日、Dとの間で、甲不動産をDに500万円で売却する契約を締結し、C銀行甲支店の普通預金口座に振込送金された。Dは、E名義の口座に500万円の振込をし、甲不動産につき、売買を原因とするDへの所有権移転登記手続がなされた。AはDを被告として詐害行為取消訴訟を提起したいと考えている。AはDに対してどのような請求をすることができ、①被担保債権がまだ弁済されておらず当該普通預金口座がCの被担保債権を全額弁済し、当該抵当権設定登記が抹消されていた場合と②分けて、その当否を検討しなさい。(2) Bは、2032年1月10日、Cに対して、1500万円の債務の代物弁済として、甲不動産を譲渡し、同日、甲不動産につき遺贈を原因とする所有権移転登記手続がなされた。AはCを被告として詐害行為取消訴訟を提起したいと考えている。Cに対してどのような請求をすることができるか、その当否を検討しなさい。[参考判例](1) 最判昭和36・7・19民集15巻7号1876頁(2) 最判昭和54・1・25民集33巻1号12頁(3) 最判昭和63・7・19判時1299号70頁(4) 最判昭和42・11・9民集21巻9号2320頁(関連問題①)(5) 最判平成12・3・9民集57巻10号1532頁(関連問題②)(6) 最判平成12・3・9民集54巻3号1013頁(関連問題③)[解説]1 責任財産の範囲債務者の財産は、債権各種の引当てとなる責任財産を構成するが、債務者は、所有者としてその財産について処分権限を有するので、法律行為によって自由に財産を他者に処分することができ、それによって責任財産が減少して、債権者が対抗要件ほかを免れられないおそれがある。そこで、民法は、債権者が債権を害することを知りながらした行為について、債権者が、詐害行為取消訴訟を提起し、その行為を取り消して(424条1項・3項)、逸出した財産を取り戻すこと(424条の6)を認めた。すなわち詐害行為取消制度の射程範囲は、責任財産を保全するため、詐害行為(責任財産減少行為)を取り消して、責任財産の回復を図ることにある。本問において、甲不動産は、債務者Bの責任財産を構成するので、無資力(=債務超過)の状態においてその2分の1が不動産処分行為は、一体債務者を害する詐害行為として取り消される余地がある。ただし、甲不動産にCのために抵当権が設定されている点には注意を要する。判例・通説は、債務者の財産に抵当権等の目的物が設定されていた場合、その被担保債権を控除した残額部分のみが一般債権者の共同担保(責任財産)を構成としている(大判明治44・11・20民録17輯715頁、我妻栄『新訂債権総論』(岩波書店・1964)181・182・196頁など)。参考判例③が、「詐害行為の目的不動産に抵当権が付着している場合には、その取消は、目的不動産の価額から右抵当の被担保債権額を控除した残額の部分に限って許される」とするのはその趣旨である。本問においては、甲不動産の価額は2000万円相当であるが、そのうち1500万円分については、Cの抵当権によって優先弁済権(交換価値)が確保されており、Aを含めた一般債権者の責任財産を構成するのは500万円分ということになる。なお、財産分与行為によってなされたとして取消し請求できる場合であっても、詐害行為の成立には債務超過の要件を具備していなければならない(424条3項)。本問では、甲不動産の処分行為がなされたのは2032年1月10日であるが、Aが本件債権を取得したのは2011年10月5日であるので、この要件を満たしている。2 詐害行為の類型と要件詐害行為としては、贈与、売買、代物弁済、担保設定行為など種々の行為が想定されるが、2017年改正民法は具体的に、424条1項本文の「債権者を害することを知ってした法律行為」の解釈として、①詐害行為に当たることを知ってした相当な対価を得てした財産の処分行為、②特定の債権者に対する担保の供与もしくは債務の消滅に関する行為などを類型化して、その要件を明確化した。従来の民法の解釈との違いとして、「対抗要件具備行為」に至るとの把握が指摘されていたことから、1927年改正民法では、一般規定(424条1項)に2つ、類型ごとに特則を置いて、類型ごとの要件を満たすことを前提にさらに特則によって取消される要件を明示することとした。類型は、相当対価を得てした財産の処分行為の特則(424条の2)、特定の債権者に対する担保の供与等の特則(424条の3)、過大な代物弁済等の特則(424条の4)の3つである。小問⑴では、抵当権の負担のとれた甲不動産の500万円についてであるが、これを500万円でDに売却したというのであるから、相当価格の財産処分行為(424条の2)に加えて、特別規定である民法424条の2が適用される。Dに悪意や害意の要件がある場合は、同条1項のみの適用となるが、Dに害意はなく、②「隠匿等の処分」をするおそれを見抜けるものであり、かつ害意があること(2号)が要件となる。さらに、②一般規定(424条1項)に加えて(2号)が要件となり、受益者の悪意も害意も客観的な要件の有無で立証しなければならない(3号)。受益者の悪意も害意も、D名義の普通預金口座に代わる送金を望む。ように指示し、Dが指示どおり振り込んだというのであるから、「間接等の処分」のおそれおよびその意思が認定される可能性がある。小問②では、1500万円の債権に2000万円の不動産が代物弁済されている。この債権が唯一の債務である場合、1500万円の部分については、いわゆる偏頗行為(特定の債権者に対する担保の供与等)として、424条の3第1項の加重された要件(支払不能の時にされたものであり、かつ債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われたものであること)が満たされ、500万円の過大部分については、民法424条の4によって、一般規定である民法424条により取消しの請求が認められることになる。しかし小問⑵では、Cは一般債権者ではなく抵当権によって優先弁済権が確保された債権者であるので、そもそも被担保債権の範囲(1500万円)においては、甲不動産は一般債権者の責任財産を構成しておらず、詐害行為が成立する余地がない。よって、500万円分(消滅した債権の額に相当する部分以外の部分)についてのみ、過大な代物弁済として詐害行為取消権を行使できることとなる(424条の4・424条)。3 取消しの範囲および取戻しの方法詐害行為取消権の法的性質については、2017年改正前民法が「取消しを請求することができる」(旧424条1項)とのみ規定していたことから、形成権説、請求権説、折衷説の対立が存在したが、判例は一貫して形成訴訟を採用し(大判明治39・9・28民録12輯1154頁など)、訴訟物は詐害行為取消権一個である(最判平成22・10・19判時2155号16頁)、旧民訴法の「形成訴権」および財産の「取戻し」の両方の請求が可能であり、取戻しの方法は、「現物返還」または「価額賠償」によるが、可能な限り現物返還を原則とすべしとしていた(大判昭和9・11・30民集13巻2191頁)。2017年改正民法は、以上の判例法理をリステイトし、424条1項・3項で「取消請求」を規定するとともに、424条の6第1項前段および2項前段において、取消しとともに「財産返還請求」ができるとし、同条1項後段および2項後段において、その返還の方法をとることができると規定した。財産返還(現物返還)によるか、価額賠償(価額賠償)によるかは、取消しの範囲の問題(全部取消しか一部取消しか)に連動している。判例は、取消しとともに金銭の支払(価額賠償を含む)を求める場合には、取消しの範囲は原則として取消債権者の債権額に限定されるとしてきたが(大判大正9・12・24民録26輯2024頁)、2017年改正民法は、行為の目的が可分である場合および価額賠償請求をする場合には、「自己の債権の額の限度においてのみ、その行為の取消しを請求することができる」と明記した(424条の8第1項および2項)。抵当権付不動産の譲渡行為を取り消す場合の取消しの範囲と取戻しの方法については、一定の最高裁判決によって判例法理が確立している。判例は、①抵当権設定が抹消されていない場合には、可能な限り「全部取消+現物返還」を認めるべきであるが(参考判例②)、②抵当権が消滅後に取消の訴訟が提起されている場合には、「逸出した財産自体を原状のままに回復することが不可能若しくは著しく困難であり」、また、「債権者及び債務者に不当に利益を与える結果になる」ので、「一部取消+価額賠償」によるしかないとする(参考判例③)。共同抵当の目的とされた複数の不動産の譲渡が詐害行為となる場合において、後の弁済により抵当権が消滅したときには、「売買の目的とされた不動産の価額から右不動産が負担すべき右抵当権の被担保債権の額を控除した残額の限度で右売買契約を取り消し、その価額による賠償を命ずるべきであり、一部の不動産自体の回復を認めるべきものではない」とした(最判平成4・2・27民集46巻2号132頁)。なお価額賠償における価格算定は、原則として、取消しの効果が生じる受益者において財産返還義務を負担する時点、すなわち取消訴訟の事実審口頭弁論終結時が基準となる(最判昭和50・12・1民集29巻11号1871頁)。以上の判例法理は、2017年改正民法は、424条の6第1項後段および2項後段の「財産の返還をすることが困難であるとき」の解釈論として承継されることになろう。小問⑴の①のケースでは、「全部取消し+財産返還(所有権移転登記の抹消)」となるが、小問⑴の②のケースおよび小問⑵のケースでは、取消しが困難であるとして、「一部取消し+価額賠償」となる。その場合、取消しの範囲は、さらに被保全債権の債権額(本問では400万円)の限度に制限され(424条の8第1項)、取消債権者への金銭の支払が命じられる(424条の9第2項)。[発問]Aは、2031年10月5日、Bに対して商品を売却し、代金400万円の支払期日を2032年1月20日としたが(以下、両者間に係る売掛代金債権を「本件債権」という)、Bは2031年12月頃から、経営状態が悪化し、債務超過の状態に陥った。Bは唯一のめぼしい財産として2000万円相当の土地・建物(以下、「甲不動産」という)を所有していた(以下の設問に解答しなさい(利息・損害金については考慮しなくてよい)。(1) Bは、母親の介護費用が必要となったため、2032年1月10日、金融業者Cから500万円の融資を得るため、甲不動産を担保目的でCに譲渡し、同日、甲不動産につき譲渡担保を原因として所有権移転登記手続がなされた。AはCを被告として詐害行為取消訴訟を提起したいと考えている。AはCに対してどのような請求をすることができるか、その当否を検討しなさい。融資額が2000万円の場合はどうか。(2) Bは、債権者からの執行を免れるため、2032年1月10日、妻Dと協議離婚し、財産分与として、甲不動産を譲渡し、同日、甲不動産につき財産分与を原因として所有権移転登記手続がなされた。AはDを被告として詐害行為取消訴訟を提起したいと考えている。Dに対してどのような請求をすることができるか、その当否を検討しなさい。[参考文献]森田修・庇護Ⅱ32頁/片山直也・百選Ⅱ38頁/森田修・庇護Ⅱ40頁/Before/After・第2版 166頁(稲田正毅)・170頁・179頁(福井信一)・182頁(稲田正毅)・188頁(高嶋一朗)・190頁(篠原菊)(片山直也)