違法収集証拠
XとSは夫婦であるが、Sが職場の同僚であるYと不貞行為をしたことを理由に、相手方Yに対して、損害賠償を求める訴えを提起した。XはSとYの不貞行為を立証するために、Sが就寝中に、Sが枕元に置いていたスマートフォンを勝手に閲覧してSとYとの間で交換されたSNS上のやりとりを入手しようとした。その際、これに気付いたSとの間でもみ合いになったが、XはSを殴打して無理やりこれを取り、やりとりを撮影して、これを証拠として提出した。Yはこの証拠は不法であるから却下すべきであると主張した。裁判所はこの証拠をどのように扱うべきか。参考判例① 東京高判昭和52・7・15判時867号60頁② 東京地判平成10・5・29判タ1004号260頁解説1 違法収集証拠とは違法収集証拠とは、実体法規に違反して獲得された証拠方法を指す。刑事訴訟手続では、違法に収集された証拠については、公判手続においてその証拠能力を否定する違法収集証拠の排除法則が判例上発展してきた。これは、国家の捜査機関による違法な捜査手続きを抑止し、適正な裁判を保障することが、憲法上の要請であるからである(憲31条・35条)。これに対して、民事訴訟は私人対私人の訴訟であり、違法な証拠収集を禁止する要請はそれほど強くない。また、民事訴訟法では、証拠能力に関する規律は特に用意されておらず(例外は160条3項・188条・352条1項・371条、民訴規15条・23条1項)、このことから、違法収集証拠であっても証拠能力は当然には否定されないと考えられてきた。しかしながら、一方当事者が違法に収集した証拠を無制限に許容すると、当事者間の公平を害するのみならず、公共の適正な裁判にも反する。つまり、司法に対する国民の信頼を損なう可能性もある。そのため、民事訴訟においても、違法な証拠収集と提出を無制限に許すことはできない。これを抑止する方法としては、違法収集証拠の証拠提出を権限の濫用に評価して証拠申請を却下し、あるいはその立証価値を否定して、処遇することも考えられる。また、立証価値としては、証拠収集制限を処遇として、違法に証拠を収集できる手段を働くことより、違法な手段を用いて証拠を収集する必要性をなくしていくことも考えられよう。ただし、現在では、端的に違法収集証拠の証拠能力を制限すべきであるという考え方が有力に主張されている。2 違法収集証拠の証拠能力をめぐる裁判例実務では、古くから、相手方当事者や第三者の会話を無断で録音したデータやそれを反訳した文書を提出する例や、他人の日記やノートを盗んでこれを提出する例がみられた。最近でも、離婚係争の訴訟で、相手方当事者の携帯電話の通信履歴や、スマートフォンやパソコンの電子メールの内容等を勝手に閲覧して情報を取出し、これを文書として提出したりする場合があり、下級審裁判例では、これらの証拠能力が争われてきた。ただし、違法収集証拠の証拠能力に関しては裁判例はない。下級審裁判例は、一般論としては、一応の場合には証拠能力が制限されるとしつつも、結論として証拠能力を肯定するものが多くみられる。例えば、参考判例①は、芸人である当事者の担当者との面談における会話を密かに録音したテープの証拠能力が問題となったケースにおいて、一応論として、「証拠が、著しく反社会的な手段を用いて、人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって採取されたものであるときは、それ自体違法の評価を受け、その証拠能力を否定されてもやむを得ない」としつつも、このケースではその録音の手法が著しく反社会的なものと認められる事情はないとして、証拠能力を肯定している。このように、人の精神的・肉体的自由を拘束するなどの人格権侵害があったかという点(被侵害利益)に加えて、収集手段が著しく反社会的な手段を用いて行われたか(手段の相当性)を考慮して、証拠能力を判断する枠組みは他にもみられた(名古屋判平15・2・18判時1800号128頁、東京地判平成18・2・6LLB・DB判例番号)。また、無断録音テープの証拠能力が問題となったケースでは、人格権の侵害の事実のみならず、それを正当化する会話の内容、証拠の重要性、会話の内容の秘密性を総合的に考慮して判断するものもあった(大阪地判昭46・11・8判時656号56頁、福岡高判昭59・8・10判時1135号98頁)。他方で、証拠の収集対応の社会的相当性の有無を考慮する例もみられる。例えば、参考判例②は、夫が妻の不倫相手を被告として提起した慰謝料請求訴訟で、夫が離婚係争の準備として弁護士に差し出したか、手元にある妻と作成した大学ノートが、妻によって持ち出され、被告から書証として証拠申出されたところ、「当該証拠の収集の仕方が社会的にみて相当性を欠くなどの反社会性が高い事情がある場合には、民事訴訟法2条の趣旨に反し、当該証拠の申出は却下すべき」としている。勝手に信書が持ち出された例(名古屋地判平成3・8・8判タ149号151頁)や、電子メールが無断で開示された例(東京地判平成17・5・30 LLB/DB判例番号)において、同様の基準が用いられている。無断録音のケースにおいては人格権侵害の有無に加えて、証拠収集方法の社会的相当性等も検討し、手紙やメール等を無断で提出するようなプライバシー侵害のケースでは、収集方法の相当性に着目する傾向もみられるが、違法収集証拠の証拠能力に関して統一的な基準が立てられているわけではない。3 違法収集証拠の証拠能力に関する学説学説では、古くは、違法収集証拠の証拠能力を無条件に肯定し、違法に証拠を収集した者に対しては民事、刑事責任を別途追及すれば足りという見解もみられたが、最近では何らかの形で制限を認めようとする見解が多い。ただし、制限の根拠、根拠とする法規は区々に分かれる。例えば、違法収集証拠の権利が制限される根拠としては、実体法と訴訟法の秩序の統一性を理由に、実体法に違反した収集された証拠は、訴訟法上も違法と考える考え方がみられる。ただし、この考え方に対しては、体系的な違法判断を訴訟法的なそれと同一視する必要性はないとの批判がある。そのほかにも、当事者間で妥当する「論争のルール」に照らして、個別に違法収集証拠の許容性を判断すべきであるという見解もあるが、証拠を排除する具体的な基準を明らかではない。違法な証拠収集行為は、相手方当事者や裁判所に対して、信義に従い誠実に民事訴訟を遂行しなければならない義務(2条)に反するので、その結果収集された証拠方法を用いることも許されないという見解もある。証拠排除の基準が明らかにならないという問題は残るが、後述のように諸要素を比較衡量して証拠排除を決定する見解に比較的好意的なものといえる。当事者像の1つである証明権の内在的制約として証拠能力を否定する見解もあり、この見解によれば、違法収集証拠の証拠能力は基本的に否定される。同様に排除の証明権を明確な基準として、例えば意図に反して収集された証拠(違憲収集証拠)の証拠能力は否定されるという見解も有力である。例えば、憲法上保障されている人権侵害があった場合は証拠能力が否定されるが、それ以外の場合であっても、侵害利益の重大性と、原告の権利保護の必要性を総合的に考慮して証拠能力を判断すると見解や、違憲収集証拠は原則として証拠能力が否定され、証拠能力を肯定するためには、挙証者のほうで違法性阻却事由を立証する必要があるという見解である。これは、裁判官に憲法遵守義務があることを根拠とするものであるが、なぜ違法収集があった場合のみが否定されるのか明らかではない、また、違憲収集に関しては区別がないので、証拠の収集手段の重要性、真実発見の必要性(当該証拠の重要性や代替証拠の有無)、事件の性質、違法収集証拠で侵害される人格権の種類(被侵害利益の重大性)、収集の態様、違法な証拠収集の誘発を防止する利益等を総合的に衡量して証拠能力を解決しようとする見解が比較的好意。ただし、真実発見の要請と、証拠収集の重要性、訴訟の公益性等を考慮に入れると、証拠収集に対する予測可能性を欠くという問題はある。比較衡量を見る見解の中には、違法収集証拠であっても証拠能力を肯定しつつ、裁判官が証拠能力の問題として、これらの要素を勘案するばかりというものもあるが、違法収集証拠が問題として、これらの要素を勘案する考え方などにおいて、違法の程度が高い証拠の証拠能力を、裁判官が低く評価する価値は保障されないが、違法収集証拠の利用の問題として捉えるのでなく、証拠能力の問題として考えるべきであろう。最近では、被侵害利益に着目し、プライバシーや営業秘密の侵害があった場合には、本人の同意がない限り、一律に証拠能力を否定すべきであるという見解もある。現行の民事訴訟法では、文書提出義務の除外事由として、職業の秘密に関する文書(197条1項2号)や自己利用文書が挙げられているが(220条4号ニ)、後者は、プライバシーについては、強制的な開示から免れ、絶対的に保護すべきであるという立法者の意思決定がされたことの表れであるからである。4 本問の場合本問は、プライバシー侵害があった事例である。そのような場合、下級審裁判例は、収集方法が反社会的な否かに着目して証拠能力を判断しているようである。この基準を用いると、本問の場合には、XがSから暴力をふるってスマートフォンを取り上げているので、反社会的な手段によって収集された証拠と評価することができ、証拠能力を否定することできよう。他方で、多数説のように、さまざまな要素を比較衡量して決定する見解によると、加えて証拠の重要性、唯一の証拠であるかといった事情を総合的に判断して証拠能力を判断することになる。本問においても、この証拠がSの不貞行為を立証する唯一の証拠である場合には証拠能力が肯定される可能性がある。これに対して、違法収集証拠の証拠能力を否定する見解や、プライバシー侵害の場合には一律に証拠能力を否定する見解によれば、本件証拠の証拠能力は否定されることになる。参考文献重点講座46頁以下/中川・百選132頁/杉山悦子「民事訴訟における違法収集証拠の取扱いについて」高橋宏志ほか編『伊藤眞先生古稀祝賀・民事手続の現代的使命』(有斐閣・2014)311頁 (杉山悦子)