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共有物の管理・処分
2025/09/03
A・B・C・Dは、等しい持分の割合で甲土地を共有している。なお、次の(1)〜(3)について、A・B・C・D間に特に合意はないものとする。(1) 甲土地は、A・B・C・Dが通路として使用している。①甲土地の一部が陥没して通行に支障が生じている場合に、Aは、単独で、その費用で土砂の除去などの復旧をすることができるか。②甲土地は砂利道であるため、A・B・Cは舗装したいと考えているが、Dはこれに反対している。A・B・Cは、A・B・C・D間で甲土地を舗装する旨の決定をしたうえで、甲土地を舗装し、その費用の負担をDに求めることができるか。(2) Dが亡くなった後に、以前、A・B・C・Dが協議により、Bが甲土地を農地として使用する旨の決定をしていた。ところが、最近、甲土地を駐車場として借りたいと希望するEが登場したことから、A・C・Dの賛成により、存続期間を5年と定めて甲土地をEに賃貸することに変更する旨の決定をした。A・C・Dは、この決定に基づいて、Bに対し、甲土地の使用の停止を求めることができるか。(3) Bが甲土地を売却したいと考えており、C・Dもこれに同意しているが、Aは行方不明である。甲土地の売却を円滑にするために、Bはどのような目的をとればよいか。●解説●1. 共有物の変更・管理・保存行為に関するルール共有物の管理とは、目的物を使用・収益・改良することを含む広い概念の管理を指す。 共有者間に合意があるときは、その合意によって処理される。 たとえば、共有者間にAが建物を独占使用してよいとの合意があれば、当該共有者による独占使用が違法とは認められず、他の共有者は当該共有者に対して共有物の返還請求をすることはできない。共有者間にどのような合意もない場合には、民法のルールが適用される。 民法は、共有物の管理について、①変更、②(広義の)管理、③保存行為のルールを定めている。(1) 保存行為共有物の保存行為は、各共有者が単独ですることができる(252条5項)。 共有物の修繕等、物の現状を維持するための行為がこれに当たる。 小問(1)①は、土地通路の現状を維持するための行為であるから共有物の保存行為に当たり、Aが単独ですることができる(252条5項)。 そして、修繕にかかった費用について、Aは、B・C・Dに対し、それぞれ4分の1ずつの負担を求めることも可能である(253条1項)。(2) (広義の)管理行為共有物に変更を加えるには、他の共有者の同意を得なければならない(251条1項)。 つまり、共有者全員の同意が必要である。 共有物の形状または効用の著しい変更を伴わないものを除き、共有物の管理に関する事項は、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決定することができる(252条1項前段)。(3) 変更行為共有物の管理に関する事項は、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決定することができる(252条1項前段)。 管理に含まれると解される事項は、①で述べたように、変更のうち、共有物の形状または効用の著しい変更を伴わないものである。 (狭義の)管理と共有物の性質を変更することなくその利用・改良を目的とする行為であり(103条2号参照)、共有物の賃貸借を締結することなどが典型例である。2. 「特別の影響」を及ぼすべきときA・C・Dの決定がBに「特別の影響を及ぼすべきとき」には、その決定はBの承諾を得なければならない(252条3項)。 Bの承諾を得ないA・C・Dの賛成による過半数での決定もなされず、Bはこれに従う必要はない。それでは、Bに「特別の影響を及ぼすべきとき」とは、どのような場合か。 「特別の影響を及ぼすべきとき」とは、共有物の管理に関する事項の決定が、①共有物の性質に応じて、A管理に関する決定をする必要性・合理性が高いかどうか、②共有物を使用している共有者の利益にどのような不利益が生じるかを比較して、その利益が③共有者が受けるべき利益を上回る場合をいう。 これに照らすと、小問(2)で、例えばBが農業で生計を立てており、その決定によってBが被る不利益(⑥)は極めて大きい。 変更の必要性・合理性(⑥)がよほど高い場合でない限り、Bの不利益は受忍限度を超えており、Bに「特別の影響を及ぼすべきとき」に当たるだろう。 この場合にはBの承諾が必要であるから、Bは、承諾せずに決定の効力を否定することができるが、Bが単に好まないことを理由に拒絶している場合には、特別の影響に当たるといえる(主観ではない)と解される。3. 所在等不明共有者の持分の取得・譲渡小問(3)では、Aが所在等不明共有者に当たると、甲土地の処分が妨げられる結果となる。 B・C・Dとしては、共有物分割によってAとの共有関係の解消を図ることも考えられるが(→問題Ⅲ)、そのためにはBの負担が重くなる(すべての共有者を当事者として訴えを提起しなければならない)。そこで、裁判所の関与の下で、所在等不明共有者の持分を他の共有者が取得することができる制度が設けられている。 すなわち、裁判所は、共有者の請求により、その共有者(B)に、所在等不明共有者(A)の持分を取得させる裁判をすることができる(262条の2第1項、87条参照)。 そして、持分取得の裁判によってBがAの持分を取得した場合には、Bは、Aに対し、Aの持分の時価相当額の支払を請求することができる(262条の2第4項)。 そこで、裁判所は、Bに対し、一定の期間内に、Aのための供託所が定める金銭を供託所が供託することなどを命じなければならない。●関連問題●(1) 小問(1)②において、A・Bは舗装しているが、Dは反対し、Cは土地の舗装を望む。 A・Bは、土地の舗装に賛成するため、どのような法的手段をとればよいか。(2) 小問(3)において、Bが甲の売却を、単独で、第三者であるEに約束した場合に、どのような法的手段をとればよいか。

Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)

ISBN978-4-7857-2991-2

即時取得
2025/09/03
地形調査を営むXは、空撮による地形調査のため、2022年7月20日、高性能のドローン(無人航空機)甲をA店から定価350万円で購入し、事務所で甲を適切に保管していた。しかし、同年9月5日にBによって甲を未使用の状態で盗取された。その後、Xはただちに警察に盗難届を提出した。その後の経緯は不明であるが、数回の転売を経て、無店舗で中古機器の販売業を営むCが甲を入手した。なお、Cは甲盗難の事実をまったく知らなかった。ところで、カメラマンYは、空撮での写真集を企画し、2022年11月10日、Cから未使用の甲を代金300万円で購入し、代金全額を支払って、甲の引渡しを受けた。なお、Yは甲盗難の事実について善意・無過失であったとする。その後、Yは甲を使用して各地で空撮を重ねた。以上の状況において、警察による事件捜査の過程で、Yの有する甲が盗品であることが判明した。そこで、Xは、2024年2月10日、Yに対して甲の引渡しを請求するとともに、甲の使用利益相当額の返還を求めて訴えを提起した。Xの請求は認められるか。これに対してYは、Cに支払った代価の弁償がない限り甲の返還には応じられないし、また甲の使用利益の返還にも応じられないと主張している。Yの反論は認められるか。なお、甲と同じ機種の中古ドローンの一般的な賃料は月額25万円であり、また、甲と同機種程度の中古ドローンの適正取引価格は現在時点で100万円とする。●参考判例●大判大正10・7・6民録27輯1373頁最判平成12・6・27民集54巻5号1737頁●解説●1. 即時取得と盗品等の特則に係る制度趣旨民法は無権利者から物を譲り受けた者をも保護し、動産の取引では、前主の占有を信頼して取引した者は、例外としてその前主の権利の有無とは関係なく保護される(→本章VⅢ)。すなわち、民法192条の要件を満たせば、取引によって動産の占有を取得した者(以下、「占有者」とする)は、その動産の権利を取得する。これは動産取引の安全を考慮して動産の占有に公信力を認める制度である。ただし、即時取得が認められる場合であっても、対象となる動産が盗品や遺失物(以下、「盗品等」とする)であれば、真実の権利者(以下、「被害者等」)または「原所有者」とすべき保護をすべき要請がある。そのため、さらなる例外として、同法193条によって被害者等は善意または過失(以下、「盗難等」とする)の時より2年間は占有者に対して無償で盗品等の回復を請求しうる(関与問題)。これに加えて、占有者が盗品等を競売・公の市場または同種の物を販売する商人から善意で買い受けた場合には、同法194条が適用され、被害者等は占有者が支払った代価を弁償しなければ、その物を回復することができない。本問では、占有者Yが即時取得の要件を満たすとしても、盗難時から2年を経過していないため、被害者XはYに盗品甲の回復を請求できる。ただし、Yは同種の物を販売する商人Cから甲を善意で購入しているため、XはYに代価300万円を弁償しなければ甲の回復を請求できないことになる。以上の基本的な制度枠組みを踏まえつつ、本問を具体的に検討するに当たって、いくつかの理論的な問題がある。まず、回復請求ができる期間を2年間と、所有者Yからすると所有権が消滅するか。民法194条による代価弁償の回復請求権に対する占有者の返還請求ができるのか。さらに、盗品等の使用利益の帰属の問題もある。2. 所有権の帰属所有権の帰属が民法193条・194条に応じて2年の間に盗品等の回復請求で戻る。3. 代価弁償の要否代価弁償は、占有者が盗品等を善意で購入した場合に、所有者から回復請求をうける場合、代価の弁償を受けるまで回復を拒否できる(抗弁権)のか、あるいは、占有者が所有者に対して積極的に代価の弁償を請求できる(請求権)のかが問題となる。判例は、代価弁償請求権は、占有者が目的物の回復請求を受けた場合に、代価の弁償があるまで目的物の引渡しを拒むことができるという抗弁権である、と解している(参考判例①)。所有者は、①2年以内に、②占有者に対して、③盗品等の回復請求権を行使し、④代価の弁償をする、ことによって、目的物の回復ができる。これに対して、占有者は、いったん任意に盗品等を所有者に返還した後でも、所有者に対して代価弁償の請求をすることができるか、またはこれを請求しないならば目的物を占有者に再度返還するか、いずれかを選択せよと請求する権利を失わないとみる見解がある(請求権説)。これが現在の判例(参考判例②)である。その理由として、代価の弁償が引換給付の利益を占有者に与える趣旨(同時履行)を貫徹すべきだからとされる。また、抗弁権説に向けて、他人の財産を事実上支配するにすぎない占有者が盗品等を返還した者よりも、不法行為者から盗品等を買い受けた者の方が有利な立場に立つのは不当だと批判する。4. 使用利益の帰属・返還(1) 善意の占有者と使用利益の帰属先述のとおり、民法194条の趣旨は、善意の占有者に使用利益を認める趣旨と解する。もっとも、上述2のとおり、民法193条の無償回復の場合には、占有者に使用利益が認められるとすると、代価弁償の要否によって結論が大きく異なってしまう。(2) 使用利益と代価弁償との相殺使用利益の返還を認める見解は、代価弁償額から使用利益を控除することを認める。使用利益の返還を認める見解の中でも、使用利益と代価弁償は別個の債権であり、両者の相殺を認める(相殺説)か、使用利益と代価弁償は対価的関係にあり、いわば不当利得の調整過程とみる(利得調整説)か、に分かれる。38 共有物の管理・処分A・B・C・Dは、等しい持分の割合で甲土地を共有している。なお、次の(1)〜(3)について、A・B・C・D間に特に合意はないものとする。(1) 甲土地は、A・B・C・Dが通路として使用している。①甲土地の一部が陥没して通行に支障が生じている場合に、Aは、単独で、その費用で土砂の除去などの復旧をすることができるか。②甲土地は砂利道であるため、A・B・Cは舗装したいと考えているが、Dはこれに反対している。A・B・Cは、A・B・C・D間で甲土地を舗装する旨の決定をしたうえで、甲土地を舗装し、その費用の負担をDに求めることができるか。(2) Dが亡くなった後に、以前、A・B・C・Dが協議により、Bが甲土地を農地として使用する旨の決定をしていた。ところが、最近、甲土地を駐車場として借りたいと希望するEが登場したことから、A・C・Dの賛成により、存続期間を5年と定めて甲土地をEに賃貸することに変更する旨の決定をした。A・C・Dは、この決定に基づいて、Bに対し、甲土地の使用の停止を求めることができるか。**(3) Bが甲土地を売却したいと考えており、C・Dもこれに同意しているが、Aは行方不明である。甲土地の売却を円滑にするために、Bはどのような目的をとればよいか。●解説●1. 共有物の変更・管理・保存行為に関するルール共有物の管理(管理)とは、①の目的物を最も含む広い概念の管理を指す。

Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)

ISBN978-4-7857-2991-2

即時取得
2025/09/03
Aは、演奏会用の有名ブランドのグランドピアノを賃貸していた。ピアニストのSのツアーを企画していたBは、Sが希望するブランドのピアノ1台(以下、「本件ピアノ」という)をAから賃借し、演奏会のツアー中、本件ピアノの保管をM倉庫業者に委託した。本件ピアノの保管を始めてから5カ月を経過したころ、MはBから「ピアノをCに売却した。ついては、Cのためにピアノの所有権が移転した」と連絡を受けた。Mは、受託中に荷物の所有者が変わる場合には、目的物を買受人に引き渡すことを依頼する旨の記載した文書を売主からM宛に発行してもらい、その文書の正本をMに交付してもらった。その文書の正本を買受人に交付し、正本の交付を受けたMが、寄託者たる売主の意思を確認するなどして、その寄託者台帳上の寄託者名義を書き換えていた。そこで、本件の場合にも、同様の手続を頼み、BからM宛に上記文書を作成してもらい、その正本をMに交付して、受託者名義をBからCに変更した。ところが、実際には、運搬資金に窮迫したSが所有する本件ピアノを売却したものであった。この話によれば、Bから「ピアニストSの来日のために資金を必要としており、Sが演奏会で使用するピアノを900万円で売却したい」と説明を受けたとのことである。Bは、Sの来日に協力したかったこと、本件ピアノの中古価格が1000万円から1200万円ほどであったことから、本件ピアノを購入した。賃貸期間を経過したことから、AはBに本件ピアノの返還を求めたところ、BはMに事実上座席しており、所有不明であった。調査の結果、AはCがMに本件ピアノを保管させていることを知った。AはCおよびMに対して本件ピアノの返還を求められるか。●解説●1. 即時取得制度の意義今日の通説的な理解によれば、民法192条は公信の原則に基づく制度であると理解されている。所有権侵害があれば、所有者には物権的請求権があるのが原則であるが、同条は前主の占有を信頼して取引行為をするに至った者を保護するに値する場合に、所有権の原始取得を認める。原権利者からの所有権に基づく動産の返還請求に対して、即時取得に基づく主張が有効な防御手段となるのは、無権利者と取引行為を行った者が所有権を原始取得する結果、原権利者はもはや喪失していると主張することができる。本問では、MおよびMを介して本件ピアノを占有するCに対して、Aがピアノの引渡しを請求するのに対して、Cが民法192条に基づいてピアノの所有権を取得したことを原因として、Aからの請求を拒めるかどうか問題となる。2. 占有取得の形態と即時取得の成否即時取得制度を公信の原則に基づく善意取得者保護のための制度であると理解すると、占有取得者=第三者が前主の占有を信頼したことが重要であり、第三者の占有取得の方法をどのような方法とするか問題となる。即時取得の占有の形態については、民法192条の「動産の占有を始めた者」に該当しないと解していた(否定説、大判昭和32・12・27民集11巻14号2485頁、参考判例①)。指図による占有の移転については、判例は大判昭和32・11・28新聞3520号11頁、大阪高判昭和34・12・17下民集10巻12号2621頁などで、しかし、参考判例②は、民法192条の即時取得を肯定した意思(東京高裁昭和54・11・27判時948号104頁)を支持し、指図による占有の移転によって動産の引渡しを受けた取得者は、同法192条の「動産の占有を始めた者」に該当すると解する。即時取得が成立した場合にも、即時取得の要件を満たす必要がある。この点、占有の移転、取引行為、善意・無過失、平穏・公然である。この点、指図による占有の移転の場合には、占有の占有が前主の占有に変化がある点に注目する必要がある。指図による占有の移転は、前主の代理占有が後主の代理占有に変化しているので、指図による占有の移転後も占有しているのはMであるが、B・C間の売買を原因として寄託者がBからCへ変更した時点でBの占有は喪失し、この結果、賃借人Bを介した原所有者Aの間接占有も喪失していることになる。この点で占有改定による場合とは異なることになる。このような評価が許されるのは、占有の観念化が進行して物の直接接触を伴わない占有の移転形態であっても簡易取引の公示手段となることが背景にあり、占有があれば占有を正当化する権利(本権)があると推定される背景にも変化が生じていると考えられるからである。以上の分析からすると、即時取得権利者は、取引の安全のために原権利者の権利の喪失を伴うものであるから、指図による占有移転によって、取得者が占有を始めた場合に、同時取得が肯定されるか否かは、取得者が前主の占有を信頼したことと同時に、取引行為によって動産の占有を始めたと評価しうる程度の占有を獲得しているかどうかによるところになる。本問に即して考えてみると、①前主Bの占有が、Mを介した観念化した占有であっても、Bに所有権があると推定させるような占有であるかどうか、また、②取得者Cが自己の妥当性を主張できる程度の占有を取引行為に伴って取得していたのかが重要となる。すなわち、MがB・C間の売買によってCのためだけに保管していると評価できるかが重要である。一方、原所有者の権利を犠牲にしてでもやや理解される理由は、取得者が信頼をよせる(観念的ではあるが、本権を推定させる)占有を原所有者が惹起させた点に求められることになる。本件事実ではAが任意にBに占有を委託したというだけで権利の喪失が正当化されているわけではなく、AがBに対してMを介した占有を容認していた点から、Aの所有権が喪失してもやむを得ないと解することになる。●発展問題●町工場を営むAは、運転資金を調達するために、Bから貸付けを受けた。A所有の不動産にはすでに抵当権が設定されていたことから、Aは担保として自分が所有する工作機械をBに譲渡し、占有改定の方法で対抗要件を具備した。しかし、AはBからこの機械を無償で借りて引き続き使用していた。その後、さらに資金に困ったAは、Bの場合と同じ方法で、同じ工作機械を担保のためにCに譲渡し、Cからも貸付けを受けた。Aが返済期限がきても借入金を弁済しないので、業を煮やしたBおよびCは、それぞれ工作機械の引渡しをAに求めた。AがBからもCからも貸付けを受けていることを知ったCは、ただちにAの工場に赴いて、Aから工作機械を引渡しを受けた。BはCに対して工作機械の返還を求められるか。●参考文献●井口牧郎・最判解民昭和35年度28頁崎崎勤・最判解民昭和57年度652頁大塚直・百選Ⅰ 138頁

Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)

ISBN978-4-7857-2991-2

民法177条の第三者の範囲
2025/09/03
多数の資産を所有するAは、Yに、甲・乙2軒の家を貸していたが、家族構成の変化でYは甲が不要になっていることを知り、そのうち乙を自分の愛人Y₁に手切金代わりに譲与して住まわせることを思いたった。そこで、AはY₁と交渉し、乙から立ち退いてくれるなら、甲をY₁に譲与し敷地は使用貸借とすることを提案した。Y₁はこの提案を承諾して乙から立ち退き、乙にはY₁が入居した(敷地は同様に使用貸借)。しかし、Y₁らは移転登記の費用を用意できなかったので、登記名義はAのままとなっていた。その後数年の間、甲・乙両建物の固定資産税を課税され続けたAは、Yらにその償還と移転登記への協力を繰り返し求めたが、Yらは応じなかった。「移転登記をするまでは贈与は不完全で所有権はまだAにある」という誤った教示を信じたY₁がAに相談したところ、X₁はAに同情して、優良な賃借人Y₂が長年住んでいる甲なら買ってもよいといった。そこで、Aは、甲と乙の敷地をX₁に売り、他方、乙を妻X₂に贈与し、それぞれ移転登記をした。X₁がY₁に賃料を請求したところ、Y₁は甲は自分の物だと主張して支払を拒んだ。他方、X₂は、財産管理に興味がなく、そもそも乙の所在地にすら正確に知らず、乙の所有権移転登記手続もいわれるままに夫Aに任せていたが、Y₂が夫の元愛人と知って怒りを爆発させた。X₁らがY₂らに対してそれぞれ甲・乙からの退去を請求した場合、認められるか。●解説●1. 第三者無制限説 vs. 第三者制限説民法177条の立法趣旨は、当事者およびその包括承継人以外のすべての第三者に対し登記がなければ物権変動を対抗できないとする第三者無制限説を採用し、登記を画一的な紛争解決基準にしようとした。これによれば、本問では、XらがYらに勝つとの結論に至る。しかし、たとえば本問でA・X₂間の贈与契約が、X₂を第三者と装うための通謀虚偽表示(94条)であれば、どうだろうか。X₂は無権利者であるから、そもそもY₂への物権変動との競合が生ぜず、民法177条の出番はない。大判明治41・12・15(民録14輯1276頁)は、本条の第三者を「登記欠缺を主張する正当の利益を有する者」に限るとする第三者制限説を採用し、無権利者や不法行為者は第三者に当たらないとした。第三者制限説は、登記による物権関係の画一的な処理によって個別的取引の実体に適合しない不利益を回避するために、不法行為者も登記なくして損害賠償金を支払うべきかという点で所轄の機関に利害関係を有するから民法177条の第三者に含めるべきであると主張した。2. 第三者の主観的要件と主観的態様判例の「登記欠缺を主張する正当の利益を有する者」という基準は柔軟だが曖昧である。そこで、学説では、たとえば「当該不動産につき有効な取引関係に立つ者」などこれに代わる基準が提案されたが、見解は一致していない。また、具体的に、不法占有者や不法行為者が第三者に当たらない点では意見の一致がみられるが、賃貸不動産の譲受人が賃借人に対する場合の賃貸人が第三者に当たるかについては、見解が分かれている(→Ⅱ登記)。さらに、登記を要する物権変動の範囲という問題(→本章Ⅳ-Ⅻ)と第三者の範囲の問題を総合し、両立し得ない物権変動相互の優劣が争われている場合にのみ民法177条を適用するべきだとする対抗問題説では、そのような物権変動を主張する者が第三者となるから、第三者にとって登記を要する物権変動は必要ないことになる。しかし、対抗問題説は論理的に明快である反面、その演繹的な手法には強い批判がある。いずれにせよ、本問のX₁・X₂がAとの有効な売買契約または贈与契約によって所有権を取得できる地位にあるとすれば、Xらは第三者に該当する。しかし、学説の多くは、第三者が物権変動の効果を争える地位にあるかという第三者の客観的要件の側面と、そのような要件を備えている者は物権変動の存在を事前に知っていてもよいかという第三者の主観的態様の問題を区別している。本問でも主観的態様がさらに問題になる。3. 背信的悪意者排除の論理民法177条は、第三者に善意を要求した旧民法(財産編350条)を承継せず、意識的に第三者の善意を不問とした。善意悪意の区別が困難なこと、悪意排除を認めると登記の効力がなぜかゆらぎ取引が著しく阻害されることが理由であった。そのため、長い間、善意悪意不問説(悪意者包含説ともいう)が、判例・通説であった。しかし、学説では、立法直後から、登記は物権変動を知らない者を不測の損害から保護する制度であるから悪意者は保護に値しない説と悪意者排除が存在しており、大判明治41・12・15と結び付いて、悪意者は登記欠缺を主張する正当の利益を欠くとすると、見解が次第に有力化した。これに対して、本書の解説では、自己の利益を図るため、他人を害してもかまわないと考える自由競争下の取引社会で、悪意者排除を認めると、他人を出し抜いて所有権を取得したことをもって、それが未登記であれば、第三者においていっそう有利な条件を提供してゆるがせにできるというのである。昭和30年代民法学から、不動産取引における信義則違反を問題とし、背信的悪意者の概念を導入した。4. 背信的悪意者の認定基準典型的な背信的悪意者の認定基準としては、①第三者の側から働きかけた場合、②詐欺・強迫を手段とした場合、③社会的非難をうけるような場合などが挙げられる。5. 背信的悪意者排除の批判と判例のゆらぎ登記制度を不動産取引の観点から位置づける公信力説はもとより、近時の学説には、公信力説とは距離を置きつつも第三者を善意者(または無重過失者)に限定する見解が増えており、いずれも背信的悪意者の基準の限界が明確でないと批判している。また、自由競争下の契約当事者間の信義則の理論的基礎にも、契約侵害に対する第1買主の契約上の債権の保護の観点から強い批判が向けられている。6. 背信的悪意者排除の主観的態様の位置づけ対抗要件としての登記に関する立証責任については、二重譲渡の構成に対応してさまざまな見解が主張されている。7. Yの賃借権の問題甲についてのY₁の賃借権は、甲の所有権取得によりったん混同によって消滅するが(520条)、その所有権取得がX₁に対抗できない場合には、X₁に対抗関係では、消滅しなかったものと扱われる。X₁は賃貸借契約の解除を主張して争うことになる(この点も含めて参考判例①を参照)。●関連問題●(1) 本問において、X₁が背信的悪意者ではないと評価されるとして、X₁がY₁に対する訴訟を起こすことなく、この船の経緯を良く知っているZに甲とその敷地を転売して、Zがそれらの所有権移転登記を備えたとする。この場合、ZはY₁に甲からの退去を請求することができるか。(2) 本問において、X₂が背信的悪意者であると評価されるとして、X₂がY₂に対する訴訟を起こすことなく、この紛争の事情をまったく知らないZ₁に乙を転売して、Z₁が乙の所有権移転登記を備えたとする。この場合、Z₁はY₂に乙からの退去を請求することができるか。(3) 上記(1)と(2)の問題処は、共通する理論構成で解決できるか。参考判例③や⑦・復帰優秀文献を読んで、判例の理論構成とそれの問題点をしなさい。●参考文献●松岡久和・法教324号(2007)71頁・325号136頁七戸克彦・民法雑誌117巻1号(1997)104頁(参考判例①判批)

Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)

ISBN978-4-7857-2991-2

遺言・遺贈と登記
2025/09/03
Aは、先立たれた妻との間に長男Bと次男Cがおり、所有する不動産甲(建物と敷地を一体として称する)でBと同居していた。Aは、80歳を越えて身体が不自由になった後は、Yが通いでAの介護をした。他方で、Bは働かず、Aに生活費や遊興費を無心して浪費を重ねた。Bは遺言書がないと、金融業者Xに対して貸付けを申し込んだが、信用がないと断られたので、「Bをいずれ自分のほうにもらうことになるから、これをタネに売る」と力説し、Aにも懇願して、渋々ながら、そうなる旨一筆もらい、これを差し入れて貸付けを受けた。その後、BはたびたびXから貸付けを受け、累計1000万円となった。2024年4月15日、Aが死亡した。同年12月15日、YがAの遺言書を預かっていると主張し、自筆証書遺言の検認手続を行い、Bに遺産分割協議を申し入れた。遺言書には、「Yに甲一式を与える。Bには何も与えない」とあり、YとBの間で効力に争いが生じた。1年後に渡り収拾がつかなかったので、2026年4月15日、Cとまず相続登記を行うこととした。同月20日、Bはこの状況を見たXに促され、代物弁済として甲の2分の1の持分権を譲渡し、移転登記手続をした。これに気付いたYがXに抗議したので、XはYSに対して持分権確認を求めて提訴した。Xの請求はどうなるか。●参考判例●最判昭和39・3・6民集18巻3号437頁最判昭和46・11・16民集25巻8号1182頁最判平成5・7・19家月46巻5号23頁最判平成3・4・19民集45巻4号477頁最判平成14・6・10家月55巻1号77頁●解説●1. 死亡を契機とした財産承継の基本的な仕組みと法定相続分(1) 財産承継の分類被相続人が死亡し、相続人Qが、Pが何ら遺言・処分をしなければ、民法900条の法定相続分に基づく共同相続され(898条。遺産共有)、遺産分割手続(907条)を経て具体的な承継内容が確定する。Pは、意思表示により上記の法定相続分を修正することができる。まず、遺言により相続分を指定し(902条。指定相続分)、また、遺産分割の方法を指定することができる(908条)。さらに、遺言で一定の財産を相続人または第三者に処分することができる(964条。特定遺贈)、遺産の全部または一定割合の包括的な処分も可能である(包括遺贈)。この他に、一定額の金銭につき契約をし(549条)、あるいは包括効力をPの死亡にかからしめる死因贈与契約(554条)をすることも考えられる。Bの意思表示であるか遺言か、意思表示の合致を要する契約かによって区別される。以上の承継方法は、次のように分類できる。①相続は相続以外の承継方法か、すなわち、法定相続分、指定相続分が相続の方法の態様として、その他の方法、特定相続分が包括相続の態様(包括承継)か特定財産の承継(特定承継)か、すなわち、包括相続、包括遺贈が包括承継として、法定相続分・指定相続分を経て承継内容が具体化されるのに対し、特定遺贈(生前)贈与、死因贈与は特定承継である。②Pの意思表示による承継か否か、すなわち、法定相続分はPの意思表示によらない。それ以外の方法はPの意思表示を要求する(遺言ないし契約による)。(2) 無権利者法理をめぐる相続人と第三者の争いについて—従来の判例法理—相続財産をめぐる相続人と第三者の争いについては、従来の判例法理は、①相続財産の分割をめぐる相続人と第三者の争いの区別を重視していた。上記のB、C、D、Eの相続による不動産につき、Qが法定相続分で単独で相続登記を経て、Sに譲渡した場合、QはSに持分はあったのだが、Sに法定相続分を超える部分について無権利であった。QからのSは無権利者からの取得者であったから、Pは、登記がなくてもSに対抗できた。2. 2018年民法改正と登記2018年改正民法は、「相続させる遺言」を、遺贈と並び物権変動の事情がない限り遺産分割方法の指定によるものとみなし、遺言の執行に関する規定を適用するものとして、「特定財産承継遺言」という名称を与えた(1014条2項)。そして、遺産分割手続を経ない相続による当然承継との位置付けは変えなかったが、対抗問題については民法899条の2の規定が新設され、相続による権利の承継は法定相続分を超える部分の承継を第三者に対抗するには、登記が必要とされた。同条改正により上記(1)の意思表示による指定相続分を承継する権利取得は、すべて、その旨の対抗要件を要することになる。3. 主張整理の困難——Bの指定相続分と0の問題さしあたりAからBへの意思表示による承継はなかったとして事案の主張を整理する。その前提には、①Aのもとを所有(X・Y間に争いなし)、②A死亡とY・B共同相続、③Bからの持分権譲受け、の各事実を主張立証する。これに対し、Yは、④遺言により当該部分を自らが承継したこと、およびその自らの法定相続権(898条の2)を主張立証する。この整理は、原告であるXによる法定相続の承継はそれに何ら利益を生じないものであり、他方で遺言相続の事情はYが主張立証するというものである。以上の整理は事案の全面的な解決ではない。上述したように、特定遺贈が承継の対象である場合には、法定相続分と指定相続分とで、XとYとの間に、このような対抗関係を観念する。不動産の登記簿には、BからYに譲渡された後で、甲の共有権を移転する、ことによってBによるXへの二重譲渡が可能であるが、登記と同一の状況とはいいがたい。それににもかかわらず、民法899条の2はあえて対抗問題の構成を構想している。4. 本問の個別事情(1) Xの事情と信義則以上の考察からは、XとYは対抗関係にあり、登記名義を得られなかったYが敗訴する理屈になる(これに信義則の介在を排除するものでもない。)。これに対して、Xの結論は法的には妥当かもしれない。Xは、Bが放蕩生活を送っており返済の見通しが立たないにもかかわらず、貸付けを繰り返している。その際、あてにしているのは遺言の無効を前提にする遺産分割におけるAの法定相続分に対するXの期待にすぎない。Xに甲を与えるとしたYの遺言のおかしさや、家庭の平和を害したことを理由として、甲の財産上の価値と比べて、その信義に反するとはいえない。(2) 法の射程拡張他方で、Aの介護の対価として、保護に値しないとの評価には反論も可能である。Aが介護の対価として甲で生活を与えるのは、反面、外観を不安定な対価関係でみるものとする。高齢者福祉に関する法制度の目的は、遺言者が相続人から介護を受ける意思の自由に、私法秩序の枠内で中立的に評価される必要がある。また、Aは、Bに財産を承継させないことでBの債権者からの履行を免れようとしているように見える。従来の判例は、法定相続分の限りでは相続人は登記なく第三者に対抗できるとすることで、相続人の債権者にも、戸籍簿から判明する法定相続分の限りで期待しえない地位を確保し、取引安全を図ってきたともいえる。この結論を過度に尊重することは、この趣旨に反するだろう。(3) 特定財産承継登記の意義BとYがひとまず法定相続分で相続登記を行ったことは何か意味をもつだろうか。特定財産承継の登記がされても、遺贈による権利の取得は対抗要件(不登63条2項)である。遺贈の場合、従来は遺贈義務者と遺贈権利者の共同申請とされたが、所有者不明土地問題解消を目的とする2021年民法・不動産登記法改正を経て、登記権利者が単独で申請できるようになった(同条3項)。現行では、遺贈の事実を知った時から3年以内に相続登記(法定相続分の登記)がなされないと相続人申告登記(相続が開始した旨のみ示す)を義務付けられる(同法76条の3第1項)。遺言の効力に争いがあった後では、ひとまず相続登記することは法律の要請であり、法定相続の外観が作出されたことは、XとYとの利害に有利にも不利にもならないだろう。5. 分割手続、訴訟方法の問題XはBから甲の共有持分の譲渡を受けたにとどまる(包括の包括譲渡と解する余地)。この場合は、Xが遺贈分割手続に続く物権法上の共有物分割請求(256条1項)をBに代わって求めることができる(最判昭和50・11・7民集29巻10号1525頁)。Bの遺贈確認請求は、自らに帰属するのを求めるのではなく他の相続人であるCとDとの共有者となる者の共有の確認を求める訴訟は、そもそも訴訟の対象になるかが問題となるが、それを認めた判例がある(最判昭和46・10・7民集25巻7号985頁)。共有関係の確認請求を共有者全員の共同訴訟とする解釈には学説の批判が多い。●関連問題●本問において、Aの遺言書には、「Yに甲一式を与える。Bの生計の資については遺言執行者C(Aの弟)に一任する。遺産の管理を委ねる」とあった。Xの請求はどうなるか。●参考文献●潮見佳男『詳解相続法(第2版)』(弘文堂・2022)174頁・354頁・536頁・562頁・621頁山野目章夫・家族法判例百選(第6版)(2002)152頁窪田充見・百選Ⅲ152頁栗田宗彦・判タ1114号(2003)80頁田澤寛「遺言と登記をめぐる相続法の課題」法律89巻11号(2017)39頁山野目章夫「はじめから始める物権法」(日本評論社・2022)159頁/Ⅱ巻図

Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)

ISBN978-4-7857-2991-2

遺産分割と登記
2025/09/03
Aは、2015年7月7日に、従前から所有していた土地甲に建物乙を新築し、それ以来、妻Bと子Cとともにそこに居住していた。A・BにはCの他に子Dもおり、Dはすでに独立していた。2018年3月3日、AはDのために分譲マンションの1室丙を購入し、自らを所有者として所有権保存登記をしたうえで、同年4月1日に丙をDに無償で譲与し、それ以来Dはそこに居住していた。なお、Dは、Aとの折り合いは良かったが、B・Cとの仲はかねてより悪かった。2020年5月5日、Aが死亡し、B・C・Dが相続人となった。そして、B・C・D間において遺産分割協議がなされ、甲と乙をB・Cの共有とし、丙をDの単独所有とする旨の合意が、同年12月1日になされた。そこで、2021年1月15日に、BとCが甲と乙の登記を確認したところ、Dが法定相続分に基づいて甲乙の所有権の持分を4分の1の割合で共有している旨の相続登記が2020年6月1日付けでなされていたことが判明した。しかも、Dは、その甲乙に関する持分をEに対して同月10日に売却していた。これに対して、Cは、2021年2月1日、丙の所有権の持分を法定相続分に基づいて4分の1の割合で共有している旨の相続登記をし、同月15日にその持分をFに売却した。現在は、甲乙について、B・C・Dの法定相続分を共有持分割合とする共同相続登記がなされている。E・Fはいずれも、それぞれが取得した共有持分について移転登記を経由していない。以上の事実関係に基づき、BがCに対して甲乙の所有権が自らにあることの確認を、DがFに対して丙の所有権が自らにあることの確認を、それぞれ求めた。これら請求は認められるか。●解説●1. 相続における遺産分割の意義被相続人が死亡し、相続人が複数存在する場合に、遺産は共同相続人全員によって共有されている状態となる。しかし、この共有状態のままで相続が生じることは、各相続人が遺産を管理したり利用したりするに当たって不都合が生じうることは、明らかである。そこで、この遺産共有状態を解消し、遺産に含まれているそれぞれの財産が具体的にどの相続人に帰属することになるのかを決める必要である。遺産分割はそのための手続であり、共同相続人間の協議によってなされる。遺産分割は、遺産に属する物や権利の種類や性質、共同相続人の年齢や職業や生活状況など、一切の事情を考慮して行われる(906条)。したがって、遺産分割の内容は、共同相続人の意思によって原則として自由に決めることができる。相続開始後いつまでに遺産分割をしなければならないかについては、特に定めがない。むしろ、遺産分割協議は、共同相続人いつでも遺産分割協議を行うことができる(907条1項)。もっとも、相続開始から10年以内に遺産分割をしないと、その後は特別受益(903条・904条)や寄与分(904条の2)を遺産分割において主張することができなくなる(904条の3)ことには、注意を要する。なお、共有物分割協議の場合には、裁判による共有物分割(258条)をすることができるが、遺産分割手続によらねばならない(258条の2第1項)。ただ、相続開始時から10年が経過すると、遺産に属する共有持分についても裁判による共有物分割を行うことができるようになる(同条2項)。そして、遺産分割の効果は、相続開始時に遡及する(909条本文)。遺産分割に遡及効があることから、民法は、原則として、共同相続人は相続による相続人の遺産から遺産に属する個別財産を直接取得したと理解していると考えられる。2. 遺産分割前に登場した第三者遺産の共有状態がなかったことに、これを前提に、遺産分割、遺贈、死因贈与は、権利の移転における第三者の権利を妨げることはできない(909条ただし書)。判例は、遺産分割前の第三者との関係においては、共同相続人による遺産共有状態を経て、これらによって分割された個別の物権変動が生じた場合(参考判例①)、これに鑑みると、状況に応じて、信義則主義ではうまく移転主義の考え方が採用されているともみることができる。また、相続の放棄をすると、その相続人ははじめから相続人ではなかったものとみなされる(939条)。つまり、相続の放棄にも遺産分割と同じく遡及効がある。しかし、遡及効から第三者を保護する規定は存在しない。この理由として、相続の放棄を申請するためには、相続人が自己のために相続が発生したことを知った時から3か月の熟慮期間がある(915条1項)ことが挙げられる。このことから、相続の放棄の絶対効は、遺産分割よりも徹底されているとみることができる。遺産分割前に登場した第三者の保護について正面から論じた判例はまだないとされているものの、このような考え方を前提に、書斎のDが法定相続分の範囲内の持分をEに譲渡されたもので、遺産分割の効力がDに及ぶとされていることから、法定相続分を超える部分について、民法909条ただし書の適用がある。Eに譲渡されたのはDの法定相続分の範囲内の持分であり、この点については、Eが保護されるべきである。3. 遺産分割後に登場した第三者これに対して、事例における丙は、B・C・Dによる遺産分割の合意がなされた後に、FからEに対して売却されている。したがって、Fは遺産分割後に登場した第三者ということかできる。民法909条ただし書は、遺産分割の遡及効を制限する規定であるから、そこで定められている第三者としては、遺産分割前に登場していることが前提とされている。このため、遺産分割後に登場した第三者を同条ただし書を適用して保護することはできない。しかし、判例は、遺産分割後に登場した第三者につき、遺産分割の性質について、「相続により共同相続した財産につき、遺産分割により法定相続分と異なる権利を取得し、または、これと異なる割合の持分を取得した相続人が、その旨の登記を経由しない間に、右財産につき権利を取得した第三者に対し、自己の権利の取得を対抗しえない」と解し、民法177条を適用した。4. 対抗の法理と無権利の法理以上の記述によると、遺産分割について第三者については民法909条ただし書を適用し、さらにその解釈として第三者を遺産分割前に登場した者に適用し、判例と異なり、遺産分割後に登場した第三者について対抗要件法理を適用しており、結局は両者において民法177条を適用しており、この両者における扱いの異同は、現在においては民法899条の2の適用により解決されることとなる。この点において、遺産分割前に登場した第三者については民法94条2項を類推適用して保護されるため、第三者との間の関係には登記の要否が求められることとなる。第三者の善意の登場場面には登記上の主張を信頼した者との関係についても同条2項が適用されるからである。もっとも、学説においては、遺産分割の遡及効(909条本文)を重視して、遺産分割によって当該権利を取得した相続人を無権利者と解して、その無権利者から相続人を通じて取得する行為に当たって第三者を保護する。5. まとめ遺産の登記に基づく権利取得の場合には登記がなくても第三者に対抗できると解していたが、判例はこの解釈を改めていた。もっとも、遺贈がなされた場合に第三者が現れたケースに対しては、民法899条の2ではなく民法177条が適用されると解するのが有力である(民法899条の2を適用するにせよ、民法177条を適用するにせよ、これらはいずれも問題を対抗関係でみて登記をもって優劣を決するという点においては変わらない。すなわち、対抗の法理の採用である。)。改正後の判例ではあるが、最判昭和39・3・6民集18巻3号437頁(→本章VⅢ)は、2021年の不動産登記法改正(2024年4月1日施行)により、所有権の登記名義人について相続が生じた場合(相続登記と申請することが義務化された(不登76条の2第1項))、相続により所有権を取得した者は、自己について相続が生じたことを知り、かつ、当該所有権を取得した日から3年以内に、所有権移転登記の申請をしなければならない(同条1項)。●発展問題●不動産丁を所有していたGが死亡した。Gの妻HはGとともに丁に数年前より居住していた。G・Hには子Iがおり、Iはすでに独立して別の場所に居住していた。HとIの話し合いの結果、Hが丁に住むことになり、IはHが相続放棄をしたが、丁の所有権の登記はG名義のままになっていた。しかし、その後Iの債権者JがIに代位して、Iが丁の所有権の持分を2分の1の割合で共有している旨の相続登記をしたうえで、その持分の仮差押えをし、その登記がなされた。以上の事実関係に基づき、HはJに対して仮差押えの登記の抹消を請求することができるか。●参考文献●作内良平・百選Ⅲ 146頁(参考判例①)山本敬三・百選Ⅲ 148頁(参考判例②)

Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)

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共同相続と登記
2025/09/03
Aは、その所有する居宅、書斎、宅地Cと一人暮らしならびにCの夫Eと一緒に暮らしていたが、2022年2月1日に死亡し、居宅とCの敷地(以下、「本件不動産」という)を含むAの財産は、妻Bと長男Cが法定相続分に従い共同相続した。ところが、Cの夫Eは、本件不動産を担保にDから借り入れすることを企て、Cに対し相続登記の申請の代理の用意をおし、Bを騙して家庭裁判所に提出した、B宛に送付されてきた遺産分割協議書・印鑑証明書を用いて、本件不動産につきAからBに相続を原因とするB単独名義の所有権移転登記を経由した。その後、以上の経緯をEから打ち明けられたBは、Eの行為を追認したが、Bは、この他の相続財産ならびにCからのDの借金の返済を請求された。Bの持分を除外する更正登記を求めた。これに対して、Dは、民法177条を根拠に、Bによる物権変動は、登記をしなければ、善意無過失のDに主張することができないと主張している。B、Dのどちらの主張が認められるか。●解説●1. 民法177条の「物権変動」の範囲・「第三者」の範囲民法177条の「物権変動」の範囲・「第三者」の範囲について、本問Dの主張する判例・学説の立場から確認しておく。わが国の対抗要件主義の母法であるフランス法は、①登記をしなければ対抗することができない「物権変動」、②登記をしなければ対抗することができない「第三者」のいずれに関しても、条文上の限定を置いていない(⑥「物権変動」に関する法は、法律行為(意思表示)ならびに判決による物権変動に限定する制限説、⑥「第三者」に関する法は、登記を備えた第三者に限定する――したがって第三者もまた登記能力のある物権変動でなければ法律行為または判決による権利取得者に限定される――制限説)。そして、この立場は、ボワソナード民法においても同様であった。だが、これに対して、現行民法は、⑤「物権変動」、⑥「第三者」のいずれに関しても、文言上制限を設けていない。これは、フランス法・旧民法からの意図的な変更であり、現行民法起草者は、⑥すべての物権変動は、⑥すべての第三者に対して、登記をしなければ対抗できないとすることによって(ⓐ・ⓑ要件とも無制限説)、登記中心の取引社会を確立しようとしたのである。しかし、このような成立要件主義に等しい過激な立法に、当時の社会はついていけなかった。現行法施行される前には、旧民法を参考にして判例が下されていたので、現行民法が施行された直後より(④「物権変動」要件・⑥「第三者」要件に関する法において)、現行民法の無制限説に立つ判例と、現行民法の無制限説にならう判例が現れて、民法177条の適用範囲の解釈に混乱が生じたのである。(2) 明治41年12月15日大審院民事部連合部判決そこで、大審院は、明治41年、同日付の2つの民事連合部判決により、②「物権変動」要件については現行民法起草者の趣旨に反するとの批判をうけながらも、一方、⑥「第三者」要件については、第三者(当事者およびその包括承継人以外の者)の中でも、特に「正当ノ利益」を今日の表現では「正当な利益」を有する者に限って第三者に限る旨の制限説を採用することで、判例統一を図った(⑥「物権変動」要件につき判例明治41・12・15民録14輯1308頁、⑥「第三者」要件につき大判明治41・12・15民録14輯1276頁)。(1) 相続を登記なくして対抗できる相手方相続は、相続人が被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する(896条)包括承継である。相続人は、被相続人の地位をそのまま承継するのであって、民法177条が適用を予定する「第三者」に当たらないから、相続による物権変動は、登記なくして対抗できるのが原則である。(2) 死亡に対して登記なくして対抗できない相手方これに対して、相続に関する登記なくして対抗できないのは、Aの死亡によって、法定相続分を超える部分については、DがAを理由とした相続登記を経由したうえで(登記なくして対抗しえない、登記をしなければ対抗できない)、相続登記を具備した第三者に対抗できないのである。2. 判例法理の展開(1) 昭和38年2月22日最高裁判決(参考判例①)昭和38年の最高裁判決により、相続財産の登記は、相続人の一人によっても、共同相続人の全員のために、法定相続分に応じて、これを行うことができる(252条ただし書)ことから、相続財産に属する不動産につき、単独所有権移転登記をした共同相続人の一人から、その不動産の所有権を譲り受けた第三者に対して、他の共同相続人は、自己の持分が単独登記名義人の下にあることを登記なくして主張できるものであり、登記なくして対抗しうる(最判昭和38・2・22民集21巻1号16頁)。この場合、甲の相続人は、登記なくして対抗できるとするのが判例である。(2) 昭和42年1月20日最高裁判決(参考判例②)これに対し、甲の相続人は、登記なくして対抗できるとするのが判例である。この見解は、登記なくして対抗できるとするのが判例である。(3) 昭和46年1月26日最高裁判決(参考判例③)これに対し、甲の相続人は、登記なくして対抗できるとするのが判例である。3. 「対抗の論理」と「権利の論理」昭和38年最高裁判決(参考判例①)は、結論だけをみれば、民法177条の「物権変動」要件につき、フランス法・旧民法と同様、意思表示による物権変動に限定する制限説を採用した場合と変わらない。しかし、その法律構成は、明治41年民事連合部判決の維持した①「物権変動」無制限説、⑥「第三者」制限説の判断枠組みを基本的に維持しており、もっぱら⑥「第三者」要件の不足を理由に、民法177条不適用の結論を導くものである。ここで用いられているのは、「対抗の法理」と「権利の法理」ないし「公示の原則」と「公信の原則」の振り分け論である。明治41年民事連合部判決のうち、⑥「第三者」制限説民事連合判決は、「正当ノ権原ニ因ラスシテ権利ヲ主張シ或ハ不法行為ニ因リテ損害ヲ蒙リタル者ノ類ハ皆第三者ト称スルヲ得ス」(後の判例の「第三者」には該当しないとしている。(最判昭和25・12・19民集4巻12号660頁)。したがって、C→A→Bの相続による権利取得もまた登記をしなければ対抗することができない物権変動であるとしても、CないしDが無権利者ないし無権利者からの取得者であったならば、Bは、登記がなくてもCないしDに対抗することができる。他方、「正当な利益」を有する第三者については、権利者からの取得者であるとするのが、今日の判例・通説の立場である。その背景には、二重譲渡の法的構成に関する次のような理解が控えている。すなわち、民法176条の意思主義にもかかわらず、A→Bの第1譲渡の後も、Bが登記を経由するまでは、Bの取得した権利は、相対的効力しか有さない物権(相対的効力説・関係的物権説)にすぎず、完全な物権(絶対的効力説)の帰属は確定していない。民法177条は、登記の経由によって、初めて、絶対的効力・完全な物権が確定するとする。このような立場に立つと、譲渡人Aは、B→C間の後においても、いまだ完全な権利者であるから、Bを介さずに自己の権利をCに譲渡しうる。この場合のCは、権利者からの取得者ということになる。(1) 共同相続と登記その結果、「共同相続と登記」の問題は、A→B・Cの共同相続において、Bの取得した持分に関して、Cを権利者と評価できるかという点に帰する(最判昭和38年最高裁判決)。Cは、今の引用判例によると、Cは無権利者からの取得者であり、したがって、Bの無権利者からの取得者である。しかし、Cの権利取得者Dも、Bの持分に限り無権利者からの取得者であると評価した(無権利の法理)を適用。しかし、学説の中には、「共有持分(持分権)の弾力性」を根拠に、判例に反対する見解もある。B・Cの共有不動産につき、C単独名義の登記がされている状態は、この不動産上に存在するBの所有権という物権が登記のないのと同じであるから、Bの不動産について登記がされている。(2) 被相続人の生前処分と登記これに対して、「被相続人の生前譲渡と登記」が問題となる。Aが生前に不動産をBに譲渡したが、Aが登記を具備しない間に死亡し、Aの相続人Cが相続を理由に、Bを譲渡した不動産について登記を経由したうえでDに譲渡した場合においては、Bの相続人C(「登記簿上の名義人」)と同じく「当事者の承継人」(「第三者の法理」の適用が用いられる。すなわち、Dは、Aに代わって登記を備えており、Bはその権利を主張することができる)。(3) 「無権利の法理」の援用これに対し、「無権利の法理」の振り分け論であった。Cの相続権者DがAに無権利者であり、Cからの譲受人Aは無権利者からの取得者であるから、Bは登記なくしてDに対抗できる(「無権利の法理」の適用)。(4) 遺産分割と登記・相続放棄と登記Aの長男Bは、遺産分割の結果、不動産を取得するとされたが、Bが単独名義の相続登記を経由する前に、Cの債権者DがCの法定相続分を差し押さえた場合(遺産分割と登記)、BはCに対抗することはできない(899条の2第1項→本章Ⅲ)。これに対して、A・B・CのうちCが相続を放棄した場合、Bが単独名義の相続登記を経由する前に、Cの債権者DがCの法定相続分を差し押さえた場合(相続放棄と登記)、BはCに対抗することができる(参考判例③)。遺産分割・相続放棄は、いずれも効果が相続開始時に遡及する点(909条・939条)、「取消しと登記」(→本章Ⅴ)や「解除と登記」と同じく「復帰的物権変動と登記」の一類型と位置づけることもできるが、このうち「相続放棄と登記」の論点に関しては、相続放棄の遡及的効果を第三者に対しても登記なくして対抗できるとして、結果的に相続人となったBを第三者に保護させるのである。(5) 遺贈と登記・死因贈与と登記「死因贈与と登記」の論点に関しても「対抗の法理」が適用される。死因贈与については、その性質に反しない限り、遺贈に関する規定が準用される(554条)。だが、そのため、包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する(990条)。そのため、遺贈を死因贈与に近づけた場合には、「遺贈と登記」の論点に関しても「対抗の法理」を適用する方向に傾くが、これに対して、少なくとも包括遺贈については相続と同様に「包括遺贈と登記」の論点についても「対抗の法理」を適用すべきである。●発展問題●本問において、自己の持分に関する更正登記ではなく、Cの単独名義の相続登記ならびにDの抵当権設定登記を抹消し、Bの持分を持ったうえで、自己の持分に関する更正登記を判決で決定することができるか。

Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)

ISBN978-4-7857-2991-2

取得時効と登記②
2025/09/03
Aはその所有する土地α上で製材所を経営していた。土地αの隣にはAの伯父Xが所有する土地β(地目は山林、500平方メートル)があり、AはBの許可を得てこれを製材所に出入りする車両の駐車場として無償で利用していた。2001年3月17日、BがAの製材所に立ち寄った際、Aが土地βを譲ってもらえないかとBに話したところ、資産家であったBはこれを承諾した。そこで、AはBに対し口頭で手許にあった50万円を支払い、残代金の支払方法や登記手続の詳細は後に相談することにした。しかし、土地βについては残代金の支払も登記もされないままであった。2010年5月25日、Bが死亡し、Bの子のCが相続して、Cは土地βについて、相続登記を具備した。CはBの生前に土地βのAへの売却については何ら聞いていなかった。Cは自分が役員を務めているD会社がE銀行から融資を受けるために、2011年8月7日、土地βにつき、Eを抵当権者とする極度額3000万円の根抵当権の設定契約を締結し、同日登記を完了した。その後、Dは経営に行き詰まり、Eに対する債務も返済不能となった。そこで、Eは2021年10月23日、土地βについて抵当権の実行を申し立て、それに基づく競売手続開始決定が行われ、土地βの差押えが行われた。土地βの差押えについて知ったAは、Cに問い合わせたところ、上記事実が判明した。この場合において、AはEに対してどのような主張をすることができるか。●参考判例●大判大正9・7・16民録26輯1108頁最判昭和43・12・24民集22巻13号3366頁最判平成24・3・16民集66巻5号2321頁最判平成15・10・31判時1846号7頁最判平成23・1・21判時2105号9頁●解説●1. 取得時効の対象不動産に対する所有権取得と抵当権取得の展開取得時効と登記に関する判例法理(→本章V)は、取得時効の対象となる不動産につき、第三者が所有権を取得・登記した場合だけでなく、第三者が抵当権の設定登記を受けた場合にも当てはまると解される。すなわち、第三者の所有権取得に関する原則I~Vは、第三者の抵当権取得に関しても、以下のように言い換えられる(百選74、後掲118-119頁参照)。ここでも、土地所有権の時効取得を題材にして解説する。(A) 原則Ⅰ(当事者の関係)A所有地についてBにこのための抵当権が設定されていた場合において、同じ土地についてCにこのための根抵当権の債務者または抵当権設定者A以外の者)が占有を開始し、取得時効が完成した場合、Bは抵当権の負担を前提としていない限り(抵当権の存在について善意であっても)、抵当権の負担のない土地所有権の時効取得を登記なしに主張できる(参考判例①、397条参照。なお、最判昭和42・7・21民集21巻6号1643頁は、土地所有権の取得時効完成前に、抵当権が設定登記された不動産について所有権を取得し、移転登記をした競落人に対しても、時効取得者は登記なしに対抗できるとした)。(B) 原則Ⅱ(時効完成前の第三者との関係)A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成する前に、当該土地に第三者Cが抵当権の設定を受けた場合、占有者はBは当該第三者Cに対し、抵当権の存在を容認していた等、抵当権の存続を妨げる特段の事情がない限り、抵当権の負担のない土地所有権の時効取得を登記なしに主張できる(参考判例②)。(C) 原則Ⅲ(時効完成後の第三者との関係)A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成した後に、当該土地に第三者Cが抵当権の設定を受けた場合、占有者はBは当該第三者Cに対し、時効取得を登記なしに対抗できない。(D) 原則Ⅳ(時効の起算点)A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成した後に、当該土地に第三者Cが抵当権の設定を受けた場合、占有者が時効の起算点を任意に後ろにずらし、当該第三者Cが時効完成前に登場し、その後に時効が完成したと主張することはできない。(E) 原則V(時効完成後の第三者の登記後、再度の時効完成に必要な期間占有が継続した場合)A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成した後、当該土地に第三者Cが抵当権の設定登記を受けた場合において、占有者がBが、当該抵当権の設定登記の時点から、時効取得に必要な期間引き続き占有を継続したときは、抵当権の存在を容認していた等、抵当権の消滅を妨げる特段の事情がない限り、占有者はBは当該第三者Cに対し、時効取得を登記なしに対抗できる(参考判例③)。2. 抵当権の認定登記の時効取得の再建と時効取得の時期不動産の占有者が、取得時効完成、かつ抵当権の設定登記も、抵当権の設定登記を知らずに占有を開始し、あたかも時効取得に必要な期間が経過した場合について、参考判例④は、抵当権は「抵当権の設定登記の日を起算点として、……時効取得し、その結果、……抵当権は消滅した」とする。この占有者は、①抵当権設定登記の日を起算点として不動産を再度時効取得すると解すべきか(参考判例③法廷意見)、あるいは②当初の占有開始点を起算点とする時効取得から抵当権設定登記時からはじまると解すべきか。解釈の余地がある。問題設定によれば、抵当権設定による長期取得時効(20年、162条1項)の完成後、抵当権設定による短期取得時効(10年、同条2項)の完成後、善意・無過失の占有者による短期取得時効の経過が必要となるべきであろうか。3. 抵当権の時効取得を妨げる「特段の事情」参考判例③がいう「抵当権の存在を容認していたと認められるような特段の事情」としては、どのような場合が考えられるであろうか。これに当たると解される判例として、参考判例③の他に、占有者が、抵当権の被担保債権の存在を前提として、その債務の弁済猶予の願や債務の一部の弁済をしたとき、被担保債権の存在を前提として、後に土地の所有権移転登記を求めないと述べ、10年余にわたって述べなかったこと(もっとも反対意見あり)、再度の時効取得中に開始された担保不動産競売の配当期日に買受代金が配当されなかったことなどが挙げられる。4. 賃借権を援用した時効取得と抵当権との関係所有権の時効取得に関する以上のような判例法理は、賃借権の時効取得の場合にも同じように妥当するであろうか。すなわち、賃借権の時効取得が完成した場合、抵当権が設定登記され、占有者がそれを知らずに時効期間に必要な期間の占有を継続した場合、占有者が賃借権を時効取得するに際して対抗要件である賃借権の登記を備えていなかった場合、賃借権の時効取得の時期は占有開始時まで遡及する(144条)が、登記なくして第三者に対抗できないとするのが判例である(参考判例⑤)。32 共同相続と登記Aは、その所有する居宅、書斎、宅地Cと一人暮らしならびにCの夫Eと一緒に暮らしていたが、2022年2月1日に死亡し、居宅とCの敷地(以下、「本件不動産」という)を含むAの財産は、妻Bと長男Cが法定相続分に従い共同相続した。ところが、Cの夫Eは、本件不動産を担保にDから借り入れすることを企て、Cに対し相続登記の申請の代理の用意をおし、Bを騙して家庭裁判所に提出した、B宛に送付されてきた遺産分割協議書・印鑑証明書を用いて、本件不動産につきAからBに相続を原因とするB単独名義の所有権移転登記をC名義の被相続人に提出し、Cの偽造名義で、Dとの間で、Cを物上保証人とするBの金銭消費貸借契約を締結し、Dを抵当権者とする抵当権の設定登記を経由した。その後、以上の経緯をEから打ち明けられたBは、Eの行為を追認したが、Bは、この他の相続財産ならびにCからのDの借金の返済を請求された。Bの持分を除外する更正登記を求めた。これに対して、Dは、民法177条を根拠に、Bによる物権変動は、登記をしなければ、善意無過失のDに主張することができないと主張している。B、Dのどちらの主張が認められるか。

Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)

ISBN978-4-7857-2991-2

取得時効と登記①
2025/09/03
2002年1月27日、Aは所有する土地αをBに売却し、代金の一部金を受け引き渡したが、土地については移転登記がされないままであった。その後、Bは土地α上に建物βを建築した。2006年6月3日、Aが死亡してCが相続し、土地αについても相続登記をした。2021年12月20日、Cは自己の債権者Dに対する代物弁済として土地αの所有権移転登記を済ませた。他方、Bは2022年1月頃、土地α・建物βをEに遺贈するために調べた際、土地αがD名義になっていることが判明した。そこで、同年2月15日、Bは2002年1月27日から20年間の経過によって土地αの所有権を時効取得したと主張し、Dに対して土地αをBに帰属することの確認と所有権移転登記手続を求めて訴えを提起した。他方、Dも同年2月20日、土地αはDの所有であると主張し、Bに対して建物βの収去・土地αの明渡しおよび賃料相当額の損害金の支払を求めて反訴を提起した。いずれの請求が認められるか。●参考判例●大判大7・3・2民録24輯423頁最判昭和41・11・22民集20巻9号1901頁最判昭和42・7・21民集21巻6号1653頁最判昭和33・8・28民集12巻12号1936頁最判平18・1・17民集60巻1号27頁最判昭和35・7・27民集14巻10号1871頁最判昭和36・7・20民集15巻7号1903頁最判昭和46・11・5民集25巻8号1087頁●解説●1. 取得時効と登記に関する判例法の展開(1) 判例法の基本原則時効による所有権取得(162条)も、不動産に関する物権の取得の対抗要件の規定(177条)が適用されるかどうかについては、以下のような判例法が形成されている(百選69・72、奥田116-117頁参照)。以下、土地所有権の時効取得を念頭にして解説する。(A) 原則Ⅰ(当事者の関係)A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成した場合、Bは第三者ではないから、民法177条は適用されず、Bは登記がなくとも時効取得をAに主張できる(参考判例①)。(B) 原則Ⅱ(時効完成前の第三者との関係)A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成する前に、Aがこの土地をCに譲渡して移転登記した場合、民法177条は適用されず、Bは時効完成後登記なくして対抗しえない(対抗関係)。Bは時効完成後にAがこの土地をCに譲渡し、Bの時効取得完成後にCへの移転登記がされた場合も同様である(これは時効完成後の第三者として取り扱われる。参考判例③)。(C) 原則Ⅲ(時効完成後の第三者との関係)A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成した後に、Aがこの土地をCに譲渡して移転登記した場合、時効完成後に登場できたBには民法177条の適用がなく、Bは登記がなければCに対して時効取得を対抗できない(参考判例①)。ただし、CがAから譲渡を受けた時点で、Bが多年にわたって当該目的物を占有している事実を認識しており、Bの対抗要件の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる特段の事情があるときは、Cは背信的悪意者に当たり、BはCに対して登記なくして時効取得を対抗できる(参考判例①)。(D) 原則Ⅳ(時効の起算点)BによるA所有地の時効取得の完成後にAから譲渡を受けたCに対し、Bが時効期間を満たす事実を主張する時に、起算点を任意に選べ、Bの時効完成後にCが登場したことを主張する場合には認められない(参考判例④)。これは原則Ⅲが時効の適用の問題解決を骨抜きにしないためといえる。(E) 原則Ⅴ(時効完成後の第三者の登記後、再度時効完成に必要な期間が占有した場合)A所有地についてBが占有を開始し、取得時効が完成した後に、Aがこの土地をCに譲渡して移転登記した場合、再度時効取得に必要な期間が経過した場合、民法177条は適用されず、Bは登記がなくともCに対して時効取得(当初の自主占有開始時を起算点とするものを対抗できる(参考判例⑦)。(2) 判例法の問題点判例によれば、①第三者の登場時期が取得時効完成の前か後かという、第三者にとって偶然の事情により、対抗要件の提供が左右され、また、④所有権者が無断で占有を開始し、10年経過して短期取得時効が完成した後、第三者が占有を開始してから、Aから移転登記を受けたが、その後もBが占有を続けた場合(本問の場合はこれに当たる)、Bが長期取得時効を援用して原状回復によって生ずる利益に帰することになる。これに対して、①の適用を否定する見解もある。2. 取得時効と登記に関する学説の展開(1) 対抗要件規定の適用を否定する見解学説には、時効取得者Bと第三者Cとの関係に対抗要件規定が適用されない、すなわち、時効取得者Bと第三者Cとの関係は対抗関係にならないとみる見解がある。これは、Bは、たとえ二重譲渡事例における末登記譲受人であっても、占有継続という独自の要件を満たしているので、占有を独立した所有権原初的取得の中の要件とみて、対抗要件(177条)を排除し、時効完成後に登場した第三者に対しても、所有権取得を主張しうる(判例法理の原則Ⅲを否定)とみる(占有尊重説)。また、Bの占有の継続を占有尊重の観点から認める見解(時効制度の趣旨を重視)、⑥対抗要件規定の適用を否定する。これらの見解は、自己の所有権登記がなければ対抗できないとみる見解もある。(2) 対抗要件規定の適用を肯定する見解これに対し、時効問題にも対抗問題になるべく同じ視座でみる見解もある。もっとも、①どの時点から対抗問題になるかをめぐり、時効取得による物権変動の時期を特定して、その時期を基点として、②時効完成前の第三者に対しても登記なくして対抗しうる(判例法理の原則Ⅱを否定)、③時効の遡及効(144条)によって対抗関係となる(判例法理の原則Ⅱを肯定)、④かかる第三者が登記を備えた場合に対抗問題となる(判例法理の原則Ⅰを肯定)、⑤これに対し、対抗関係になる場面を限定し、時効取得者Bが登記しなければ対抗できないとみる見解もある(登記優先説)。⑥これに対し、時効取得者Bは登記しなければ対抗できない(判例法理の原則Ⅰ~Vを肯定)とされ、⑦それを踏まえ、時効が確定した場合は、その後に登場した第三者に対しては、登記がなければ対抗できないとみる見解もある。これらの諸説の実際的対立点は、⑦占有継続を要件とする時効取得をどこまで独自の所有権取得原因とみるべきか、⑧対抗要件を具備するのに具備しなかった時効取得者にどのようなサンクションを与えるべきかにある。判例法理を支持する②説およびこれを一部制限した⑥説、これら⑦⑧の考慮の調整を図ったものと解する⑤(判例法理の問題点(前述1(2)⑥⑦)に対応する回答。なお、前述1(2)①の問題点については、善意・無過失の占有者(短期取得時効取得の要件を具備した者)が、長期取得時効完成後、取得時効完成前に登場した第三者に対し、登記なくして時効取得を対抗できても、自己に不利になる短期取得時効の主張を強いられる理由はないから、均衡を失するとはいえない。前述1(2)⑤の問題点については、たしかに時効完成によるBの時効取得の効果は占有開始時に遡及するから(144条)、判例法理の原則Ⅱは、BがAからの所有権取得(その効果は援用によって確定する)を登記なくしてCに対抗できることを認めたものと解することになるから、登記がなくとも保護されてよいことの理由を説明すべきことになろう。例えば、時効完成前は時効による所有権取得を登記できないではないかという説明など)。●関連問題●本問において、DがCから土地αの代物弁済を受け、所有権移転登記を取得した時期が、2022年2月1日だった場合、結論はどうなるか。その際、Dが土地αをBが占有していることを知っていた場合はどうか。2002年1月27日、A所有地αの一部について隣地所有者Eが自己の宅地の一部と信じて固縛および鉄石を設置し、占有を開始した。2021年12月20日、Aが土地αをCに売却して移転登記した。Cが建物を建設するために土地αを測量したところ、その一部をEが不法に占有していたことが判明した。そこで、Cは2022年2月15日、Bに対し、鉄砲および石・囲障の撤去および当該土地部分の引渡しを請求した。Cの請求は認められるか。また、Bはどのような反論(屈折の提起を含む)が可能か。●参考文献●松久三四彦・不動産百選98頁・90頁山田卓生・百選Ⅰ(第5版)(2001)116頁村田健介・百選Ⅰ116頁呉=小泉明・民事法Ⅰ 281頁

Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)

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取消しと登記
2025/09/03
Xは、Bの詐欺行為により、Bの支払能力につき錯誤に陥り、本件契約の意思表示を行った。したがって、本件契約の効力に関するXからの主張としては、①詐欺(96条1項)、または②錯誤(95条)に基づく意思表示の取消しが二応考えられるが、相手方の支払能力に対する錯誤は法律行為の基礎とした事情についての錯誤(同条1項2号)であり、錯誤に基づく取消しの可否については慎重な検討を要する(→本章Ⅲ)。そこで、本問では①の主張に焦点をあてる(詐欺取消しの要件の詳細は→本章Ⅲ)。意思表示が取り消されると、当初から無効であったものとみなされる(121条)。そして、売買契約の遡及的無効と連動して、売買契約に基づく所有権の移転の効果も生じなかったことになる(物権行為の有因性)。売買契約に基づく所有権の移転が遡及的に消滅すると、所有権はAに復帰する(物権変動の復帰的効果)。しかし、判例・通説は物権行為の独自性を認めていない。したがって、Xは、取消しの意思表示を行ったうえで、甲の所有権は一度もBに移ったことはなく、自分がなお甲の所有権者であると主張し、所有権の保全に必要な措置をとる。2. 所有権に基づく妨害排除請求としての登記請求甲の所有権を保持するとするXの関心は、Y名義の登記を自己名義に戻すことにある。甲の所有権をYが保有することは、Xの所有権をYが占有以外の方法で妨害するものとみられるから、ここではYの所有権に基づく妨害排除請求権が問題となる。Yは名義を「戻す」ためには、Xのような請求を理由とするのであれば、物権変動の過程を忠実に反映するという登記制度の理念を重視すれば、実体法上は存在しない物権変動の登記を抹消するのが正攻法であるが、たとえ登記記録上は、X→B→Yと権利が移動しているようにみえても、取消しにより、X→Bの物権変動は最初から無効となり、その結果B→Yの物権変動も無効に終わる。したがって、Xは、B→Yの移転登記の抹消に加え、Bも被告としてX→Bの移転登記も抹消させて抹消すべきことになりそうである。しかし、登記実務は、Yの移転登記による名義の回復を認めている。その背景には、現在の権利の帰属状態を正しく公示できる限り、これまでの経過に登記制度の理想が多少犠牲になってもやむを得ないとする考え方がある。Xの登記原因は「真正な登記名義の回復」として、Yのみを訴えて登記名義を回復できるので、抹消登記を重ねるよりも簡便である。したがって、本問の訴訟物は所有権に基づく妨害排除請求権たる所有権移転登記請求権となる。3. 詐欺取消しと第三者詐欺取消が対抗力ある制度である場合には、Yに及ぶ取消の効果のすべてが第三者との関係で貫徹される。②における主張が無制限に認められるところ、ところが取消原因が詐欺の場合には、取消権を行使した者は取消しの効果を善意・無過失の第三者に対抗できない(96条3項)。同条同項の規定は善意者保護規定および対抗要件規定についても存する(消費者契約4条5項)。まずこれらの第三者保護規定の要件を確認しておく必要がある。本問において、仮にXによる取消の意思表示が9月7日になされたとしよう。Yは、甲の権利者であるBと契約を締結した後に、そのXが取消権を行使した権能であり、無償的に権利をBに取得したもので、複数された権利を譲渡された者ではなく、これが取消しの効果が害されるので、Yからの信頼を保護する必要がある。そのためには、取消の意思表示がなされた96条3項である。すなわち、同条は、取消しの遡及効を善意無過失の第三者に対する関係で制限する規定であり、「第三者」に取消前に出現した者のみを想定している。そうすると、本問のように、取消後に出現したYとXとの関係には同条は適用されないことになる。また、第三者は取消権を行使した者と対抗関係に立つわけではないから(X→B→Yと転々と譲渡された場合のY・Xは互いに対抗関係に立つ「第三者の関係」ではない)、Yは遡及的に無権利者Bと取引したことになる。第三者が同条による信頼保護の要件を充足するためには、第三者は対抗関係にあるXと信頼保護の要件を充足するための取引をする必要はない(参考判例①)。4. 取消しによる物権変動の遡及的消滅と民法177条それでは取消後の第三者との関係はどのように処理するのか。判例は、X・Yの関係に民法177条を適用し、取消権を行使したBを基点に、X→Yの関係にあるYに物権変動の遡及的消滅を対抗することができないとする。3の「取消前の第三者」の場面では、Yに物権変動がB→Yの所有権を「復帰」を登記するまでは対抗的に不可能である。これに対して、本問の場面では、Xの取消の意思表示後、未だに登記名義はBのままであるため、Yは二重譲渡と何ら異なるところがない登記を備えた第三者との関係で処理する(参考判例①)。判例の考えによれば、登記を先に備えた者が所有権を取得する(背信的悪意者あるいは登記欠缺の主張を正当な利益を有しない背信的悪意者(判例信義則に反する事情の当否)に当たる場合を除く)。Xは登記を備えていないので、Yの取消しの事実を知らずに登記したY(善意の第三者)に対し、Xの登記なくして所有権取得を「復帰」の主張に対し、Yは反論として、Xの登記欠缺を主張して取消しの効果を否認することができる。上記に述べた取消原因は原則として登記原因の種類も問わず、制限行為能力を理由とするものであっても異ならず、公序良俗違反を理由とするものでも異ならない(参考判例②、③)。5. 学説による代替提案そこで、第一に、取消後の第三者との関係でも、取消しの遡及効を貫徹したうえで、端的にその外観(不実登記)から無権利者Bを権利者と信じたYを保護するために、民法94条2項を類推適用する説が登場した。この見解によれば、合意の当事者が第三者保護を受けるのに対抗要件を備える必要はないと解されており(真の権利者)、仮に登記のB名義のままでも、第三者に影響を及ぼし、信頼したYが保護される。他方で、回復登記の過程には真の権利者(X)側の帰責根拠として、外観に対する意思的関与(承認または放置)が必要とされる(判例94条2項・110条類推適用)。そこでは、取消の意思表示に従ったというXの不作為は、過失はあるが帰責性はない、とする。当然に製造の基礎があるとはいえないが、Yが保護されるかどうかはケース・バイ・ケースというほかない。本問のように、Xによる取消後、同覚をいずれBが転売した場合、そもそも「放置」とすら評価できず、Xは自己の所有権をYに主張できると考える。第2に、4の末尾で指摘した問題に対処するため、取消前の第三者との関係にも対抗要件主義を徹底しようとする学説が存在する。すなわち、取消可能な状態が到来して以降、取消権者は速やかに取消しの意思表示をして物権を回復すべきであるのに、これを怠った不注意がある。そうした不注意を登記の懈怠と同等に評価し、取消しの遡及効を取消前の第三者との関係においても制限して、対抗問題として扱うべき場合があるという。しかし、この説に対しても、それは取消権行使の前提においてはいかなる意味でも物権変動を観念することができる。また、本来の適用領域を逸脱しているうえ、意思表示を取り消すかどうかは取消権者の自由であり、取消後における登記回復と取消権の緩慢さとの帰責の観点から同列に論じるべきではないし、さらに取消権能という基準時は曖昧すぎて実用に堪えない、等の問題点が指摘されている。●関連問題●本問において、8月31日の到来後も、Bが残代金を支払わないため、Aは、9月1日に、1週間以内の支払を催告し、同月8日までに支払がないときには契約を解除する旨を内容証明郵便でBに通知した。それでもBが残代金を支払わなかったのでは、同月10日に売買契約を解除する旨の通知を内容証明郵便で発送し、通知は翌日にBの事務所に到達した。(1) XはYに対して、甲につきどのような請求をすることができるか。またYはどのような反論が可能か。(2) 本問における設定と異なり、BからYへの転売が8月30日ではなく、9月15日に行われた場合はどうか(参考判例①参照)。●参考文献●金子敬明・百選Ⅰ 112頁竹中悟人・百選Ⅰ 48頁鶴藤倫道・百選Ⅰ 114頁呉―問答24頁Before/After22頁(奥田・消費者契約)

Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)

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物と添付
2025/09/03
2024年6月10日、レストランを開業する目的で、B所有の飲食店用の甲建物を期間5年、賃料月額30万円でBから賃借し、甲建物の引渡しを受けた。甲建物の間取りはあまり十分な設備が備わっていなかったので、Aは、Bの承諾を得たうえで、厨房に調理台とオーブンを備え付け、より大容量の電気と水道が使えるようにするために電気・水道の引込設備を新たに設置した。Aのレストランは好評で、開業してから半年後には多くの客が訪れるようになった。そこでAは、甲建物の客席部分を増築して客席を10席程度増やしたいとBに申し入れたところ、Bから承諾を得られたので、そのための工事を建築業者に依頼し、客席部分の増築工事を完了した。その後、Aは有名レストランで修行するため、A・B間の甲建物の賃貸借契約は更新されず、期間の満了により終了した。Aは、この間の設備の設置や増築工事にかかった費用について、Bに支払を求めたと考えている。AのBに対する請求は認められるか。なお、A・B間には、この点について特に合意はなかったものとする。●参考判例●最判昭和44・7・25民集23巻8号1627頁●解説●1. 問題の所在賃借人が費用を支出して賃借物に附属させた場合に、賃貸借契約が終了したとき、その費用ないし附属物をめぐり、賃貸人と賃借人との間の法律関係はどうなるだろうか。この問題は、賃貸借契約に関するルールのうち、賃借人が賃貸人に対して必要費および有益費の償還を請求しうること(608条)、賃貸借契約終了時に賃借人は賃借物に附属させた物を収去する義務を負う(および附属物を収去する権利を有する)こと(622条・599条1項・599条2項)などがかかわる。他方で、B所有の甲建物とA所有の各種の物が結合している点では、不動産の付合(242条)の場面である。これらのルールの絡み合いをどのように整理するかが、本問のポイントである。(1) 附属物が賃借物の構成部分となった場合(付合)賃借人が費用を支出して賃借物に附属させた場合に、附属物が賃貸借の目的物に付合したときは、賃貸借終了時に、附属物が賃借物に付随したまま、その附属物を収去する義務を負うのが原則である(622条・599条1項本文)。しかし、壁紙や床板の張替えのように、附属物が賃借物と一体化(強い付合)してこれを分離することができないか、または、附属物を分離することができない状態あるいは分離するのに過分の費用を要する状態に当たるときは、賃借人は、その附属物を収去する義務を免れる(622条・599条1項ただし書)。この場合には、賃借人は附属物を収去する権利も有しない(622条・599条2項)。これを所有権の帰属の観点からみると、附属物が賃借物と一体化し(強い付合)、両者が合体して一つの物となったと評価されるので(243条)、不動産の所有者である賃貸人が、附属物の所有権を取得する(242条本文、不動産の所有権が毀損されるような場合は「強い付合」とされ、同条ただし書の適用はない)。権原を有する者が物を附属させても附属物の所有権を留保することはできないと解されている。以上の場合には、賃借人は、附属物を収去する義務も権利もない代わりに、賃貸人に対し、支出した費用か増加益のいずれかについて費用償還請求権を行使する(608条)。付合の観点によれば、賃借人は民法248条に基づいて賃貸人に対し償還請求権を行使することも考えられるが(608条と248条では償還額の内容や行使期間に違いがあり、248条は賃貸借における当事者間の利害調整を踏まえた特別に設けられた規定であるから、賃貸借契約の当事者間ではもっぱら同条が適用されると解されている)。(2) 附属物を賃借物から分離することが物理的に経済的にも容易な場合(弱い付合)附属物が、原則どおり、賃貸借終了時に附属物を収去する義務を負うとともに、附属物を収去する権利を有する(622条・599条1項・599条2項)。所有権の帰属からみると、この場合は「主として付合した」(242条本文)ものとみることはできない。この場合は、附属物の所有権は賃借人のまま変わらない。そして、収去を前提とすると、賃借人の賃貸人に対する費用償還請求権は生じない。以上の民法のルールを修正するのが、造作買取請求権である。造作とは、「建物に附属した物」に属し、かつ建物の使用に客観的便益を与えるもの」をいう(最判昭和29・3・11民集8巻3号672頁)。この定義にあるように、造作は建物に附属させることでその効用が十分に発揮されるが、建物とは独立して賃借人の所有の対象となる(⒝に含まれる)から、賃貸借終了時には収去の対象となる。しかし、このような造作の収去を強いれば、建物のために投下した資本の回収を図ることができず、また、建物の社会的経済的価値も減少してしまう。そこで、借地借家法33条1項は、賃貸人の同意を得て建物に付加した造作について、賃貸人は、期間満了または解約申入れによって賃貸借が終了するときに、賃借人に対し、その造作を時価で買い取るべきことを請求することができるとした。賃借人が造作買取請求権を問題とすることなく、現実に他人の所有権を妨害している者、またはそれをおそれさせている者に対して認められることになるから、きわめて強力な救済手段となる(最判名義人であるAも、請求の相手方となるかについては、末尾の関連問題参照)。(3) 附属物がものとの中間的な状態の場合近時の学説は、建物の附属には①の中間的なものがあると考え、所有権の帰属も必ずしも一義的・明確には決まらないことから、第三の類型を認めている。これによると、収去可能な附属物を収去するのに過分の費用を要するため、収去すると附属物の価値を減少させてしまい、収去は経済的に無意味になる場合がある。この場合、賃借人は、収去請求権と費用償還請求権とを選択的に行使することができることになる。すなわち、賃借人は、賃貸借終了時に、①と同様に附属物を収去して所有権を収去するか、あるいは、⑥と同様に附属物の収去義務を免れつつ、賃貸人に対して費用償還請求を行うのが原則である。これが付合の観点からみれば、附属物には建物の不動産に「主として付合した」が、附属物の構成部分になっていない状態(弱い付合)といえよう(独立した)。賃借人が権原(賃貸借契約に基づき所有権を留保して附属物を所有権の客体とすること、そして、賃借人は、附属物の所有権を留保して附属物の所有権を行使することができるが、一方で、附属物の所有権を留保して附属物の所有権を賃借人に取得させることによって、附属物の効果を生じさせることもできる。このように解すると、従来の付合によって所有権の帰属・消滅を論ずることが⑤の場合にも広がる結果、⑥の場合(実は収去の対象となり費用償還請求の対象とならない)に認められる造作買取請求権を適用する必要がなくなってしまう。3. 同時履行の抗弁権と留置権の可否AのBに対する費用償還請求が認められる場合には、賃貸借契約の終了に基づきBが甲建物の返還を請求してきても、Aは、Bからの費用償還があるまで、その返還を拒むことができる。費用償還請求権は甲建物に関して生じた債権に当たり、Aは甲建物について留置権を有するからである(295条1項本文)。ただし、Bの請求により、有益費の償還について裁判所が相当の期限を許与したときは(608条2項ただし書)、有益費償還債権の弁済期が到来していないことから、Aは留置権を主張することができない(295条1項ただし書)。これに対して、Aが造作買取請求権を行使した場合には、Aは、Bから造作代金の支払があるまで、甲建物の返還を拒むことはできない。造作代金債権は(甲建物ではなく)造作に関して生じた債権であるため、甲建物について留置権の成立が認められず、また、造作代金債務と建物返還債務は発生原因が異なる対価的な牽連関係が認められないため、同時履行の抗弁権(533条)も認められないからである。4. 賃借人が建物を増築した場合の法律関係賃借人が建物を増築したうち、賃借人が増築した部分については、以下の点に注意を要する。増築部分が建物に付合することか否かを判定し、増築部分を独立の所有権の対象とすることと、建物の一部について、建物とは独立の所有権の対象とすることを区別する。しかし、これを区別すれば、排他的支配を配慮できる地盤の範囲が不明確となり、取引の安全を害する。そこで、判例は、増築部分に構造上・利用上の独立性(区分所有権1条参照)が認められない場合は、増築部分は建物に常に付合し、建物の所有者(賃貸人)の所有となると解している。そのうえ、たとえ賃借人が賃貸人の承諾を得て増築していても、民法242条ただし書の適用はなく、賃借人は増築部分の所有権を取得することはできない(最判昭和36・10・29民集17巻9号1236頁、最判昭和40・6・13民集22巻8号1183頁、参考判例①等)。この場合には上記2①のように、賃借人は増築部分を収去する義務を負わない反面、増築のために支出した費用について、民法608条2項の要件を満たせば、賃貸人に対し、有益費として費用の償還を請求することができる。本問の増築部分については構造上・利用上の独立性が解されるから、以上の処理が妥当する。そして、民法608条2項の要件を満たすならば、AのBに対する有益費の償還請求が認められる(上記3参照)。なお、本問のように増築部分に独立した独立性が認められる場合は(関連問題3)、民法242条ただし書の適用があり、付合によって所有権が判断される。その際に、Aの建物賃借権は、民法242条ただし書の権原には当たらないと解されている。建物賃借権は、建物に増築する権能や増築部分の所有権を賃借人に留保する権能を賃借人に当然に与えるものではないからである(606条参照)。また、増築に対するBの承諾も、ただちに上記の権原となることはできない。このような承諾は通常、Aが建物をしても用法遵守義務(616条・594条1項)の違反による債務不履行にはならないための承諾にすぎず、増築部分の所有権をAに留保する趣旨までは含んでいないからである。そうすると、Bの承諾がこのような趣旨まで含んでいる場合にのみ、民法242条ただし書の権原があることを理由に、増築部分の所有権がAに留保され、賃貸借終了時、Aは増築部分の所有権を主張することができる(他方で、賃貸借終了後もAの区分所有権が存続するためには、Aが甲建物の敷地の利用権を有している必要がある。しかし、Aが増築するに当たり、敷地の所有者(Bが敷地の所有者であることも多いだろう)が敷地の利用権までAに認めることはあまり考えられないだろう。このように、Aが増築部分の区分所有権を留保したとしても、それが存続するとは限らない点にも注意する必要がある)。他方で、この場合は上記2(2)(附属物が③との中間的な状態の場合)に当たると解されるから、民法608条2項の要件を満たすならば、Aは、増築部分の所有権を主張せずに、Bに対する有益費の償還請求を選択することもできるだろう。●関連問題●本問において、Aが甲建物の賃貸借契約期間中に以下の工事をした場合、賃貸借契約終了の時に、Bに対してどのような請求をすることができるか。レストランのトイレの床が傷んでいたため、内装業者に依頼し、トイレの床のタイルの張替えをした場合Bの承諾を得て、レストランの客席部分には建物埋込式(取外しが比較的困難)のエアコンを、厨房には壁に取り付ける形のエアコンを、それぞれ設置した場合Bの承諾を得て、イートインコーナーとして、15名収容のプレハブを甲建物に接続する形で増築したところ、このプレハブに構造上・利用上の独立性が認められると評価された場合●参考文献●水津太郎・百選Ⅰ 148頁中田405頁鎌田薫「不動産の付合」同『民法物権法①(第4版)』(日本評論社・2022)201頁同「所有」「建物賃貸借と留置権」山田卓生ほか『分析と展開・民法Ⅰ(第3版)』(弘文堂・2004)275頁

Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)

ISBN978-4-7857-2991-2

物権的請求権と費用負担
2025/09/03
Aは、田舎で週末を過ごしたいと考え、甲山にある、別荘用地に適成された乙地をBから購入して、そこに5年前にログハウスを建てた。一方、Bも、少年時代に、自宅を建設するために、乙地の隣にあり、乙地より少し低い場所にある丙地を購入した。Bから丙地の建物を建てるという話を聞きつけたC社は、丙地が山の斜面に位置していたことから、大型のブルドーザーでかなりの深さまで丙地を掘り下げ、土砂を乙地との境界線にする丙地の西側の一面に高く積んだ。AはCの現場監督から、基礎工事が完了した後、この土砂の一部を埋め戻す予定であると説明を受けていた。翌年、Aが別荘を訪れたところ、上記の土砂の一部が乙地に崩れ落ちており、Aは自動車の出入りができなかった。そこで、Aは、早速Cに連絡を入れたが、週末のせいか連絡がつかなかった。ところが翌週、地元の新聞報道で、Cが事実上、倒産したことを知った。困ったAは、Bに対し、乙地の土砂を除去すること、降雨の季節になり、このまま土砂の上に別の土砂を放置すると大量の土砂が乙地に流れ出るおそれがあることから、甲地にある土砂を埋め戻すとか、乙地に土砂が流入しないような対策を施すよう求めた。しかし、BはCの工事が原因であるとして、まったくAの請求に応じない。また、丙地にある立木の枝が乙地に張り出しており、AはAに枝の切除を求めたが、これも応じなかった。Aはやむなく工務店に依頼してこれらの処置をしてもらい、その費用の返還をBに請求した。Aの請求は認められるか。●参考判例●大判昭和12・11・19民集16巻1881頁最判平成6・2・8民集48巻2号373頁●解説●1. 所有権に基づく請求権とその相手方乙地の所有者であるAは、丙地の土砂によって乙地の利用が妨げられている。このように所有権の侵害が侵された場合、所有権が円満に実現できるように、所有者には、所有権に基づいて妨害排除(物権的請求権)が認められている。明文の規定があるわけではないが、所有権は、物の価値を排他的に直接支配することができる権利であるから、それが妨げられた場合には、上記の請求によって保護される必要があると解されている。①物の占有を喪失している場合には、所有権に基づく返還請求権、②物の占有が奪われていないが、占有以外の事由によってその支配が妨害されている場合には、所有権に基づく妨害排除請求権、③物の妨害のおそれが大きい場合には、所有権に基づく妨害予防請求権がそれぞれ認められている。もちろん所有権が侵害ないし侵害されるおそれがある場合には、不法行為に基づく損害賠償請求権や差止請求権が認められる余地があるが、所有権に基づく請求権(物権的請求権)は、所有者が妨害状態にあることを主張・立証すれば足り、相手方の故意・過失の主張・立証を問題とすることなく、現実の所有権を侵害している者、またはそれをおそれさせている者に対して認められることになるから、きわめて強力な救済手段となる(最判名義人であるAも、請求の相手方となるかについては、末尾の関連問題参照)。本問では、①乙地への妨害ないし妨害のおそれは存在している、②乙地はCから丙地を譲り受けている、③AはCに対して不法行為に基づく損害賠算請求ないし差止請求権、所有権に基づく妨害排除請求権・妨害予防請求権を主張できるだけでなく、土砂の所有者Bに対しても土砂の除去や今後の予防措置を講じるように請求できるかが問題となる。2. 行為請求権に対する批判妨害物ないしそのおそれがある土砂の所有者がBであることから、土砂の除去や今後の予防措置を講じるように請求できるとする考え方は、学説上、行為請求権説と呼ばれている。上記の見解につき、妨害排除ないし妨害予防のために一定の行為を講じる債務負担なしに妨害しなければならないことになる。しかし、侵害行為に直接関与しているわけでもないBに、なぜこのような費用負担を求めることができるのだろうか。また、乙地に流入した土砂に着目すると、土砂の所有権はBにあることから、BはAに対して所有権に基づく返還請求権を根拠に、土砂の引渡しを請求してくることが考えられる。行為請求権説によれば、AがBに土砂を引渡すように求める請求権を行使すると、Aの費用で土砂をBに引き渡すように求めることかできうることになり、Aが土砂を除去してBに返還する費用を負担しなければならないことになる。このように所有者に物権的請求権が認められているといっても、このような内容の請求権であるのならば、必ずしも明らかではない。そこで、所有権に基づく請求権は、所有権の実現が侵害されている状態から所有者を解放することを請求する権利であると考えるべきであるから、費用負担については、妨害請求権を行使する者がさしあたりは負担すること、侵害行為者が所有者の故意・過失によって生じている場合には、妨害請求権を行使する者の不法行為責任を追求することによって、費用負担を侵害として相手方に請求するべきであるとする見解が登場することになった。このような見解を忍容請求権説と呼んでいる。3. 衝突が定量的に妨害の除去を不可能にする場合侵害者が自発的に妨害の除去をしないとき、実質の除去は代替執行の方法によって行われる(414条1項、民執171条)。したがって、侵害行為者が侵害者の故意・過失によって生じている場合、妨害請求権を行使してその費用を自分で負担しえたうえで、相手方にその賠償を請求すること(414条2項)、相手方の費用で除去行為の請求を求めることは実質的には大きな違いはないように思われる。問題は、本問のように、第三者の行為によって侵害行為が生じたような場合に、自己の費用で妨害の除去を行うのが、侵害行為が侵害者の故意・過失によって生じているわけではない場合である。4. 枝の切除権と費用負担立木の枝についても、Aは、Bに対して枝の除去を請求できる(233条1項)が、理論的には土地所有権に基づく妨害排除請求権が根拠となる。Aは、Bに枝の切除を催告し、相当の期間(竹林の所有権者が自ら切除するために必要な期間は2週間程度と考えられている)が経過した場合、Aに切除権が認められる(同条3項)。Aが自ら切除する行為は、Bの所有権侵害となる可能性があるが、①Bの木の枝によって、Aの所有権が妨害されている点と、②Bの費用で切除する場合の、Aの所有権が妨害されているからといって、無制限に費用負担を相手方に求めることができるとは考えにくい。この場合には、妨害請求権の相手方のみが費用を負担するという結論が適切なのかどうかについても検討の余地があるように思われる。このような考えに基づくと、台風、集中豪雨、地震などの自然現象が加わる場合には、いかなる意味で相手方の行為に基づいたといえるか、債権者、債務者、連帯保証人、物上保証人、担保不動産の第三取得者との間での費用負担について、債権者には、債権保全のための費用を請求できるか。5. まとめ客観的に違法な状態として、Aに所有権に基づく妨害排除請求権だけを認める(物的請求権)とともに、①Aに特別の権限を付与し、自主的救済を一定の要件の下で認める、②切除行為が正当行為・やむを得ない行為を認めたものと解される。Aは、Bに切除行為の費用を請求して訴訟を提起しているが、前述したように、所有権に基づく請求権をBに通告して判断の機会に与えて、Bが切除すべき行為をAが肩代わりしたことになるから、AからBに対する費用の返還請求が認められるものと解される。なお、越境した根については設問の除去を請求できるとする規定が置かれていない。これは、隣地に侵入した根は土中に癒着しており、隣地の所有権(本問ではAの所有権)の一部であり(86条)、隣地所有者は竹木の根の切り取りができるからである(233条4項)。根の除去を自己の処分と捉えるか、切除費用を竹林の所有者に請求できない可能性があるが、所有権による越境行為によって隣地所有権が負担を強いられた財産権を侵害されたと考えれば、この場合にも、民法709条に基づいて損害賠"償請求権を行使することができるものと解される。●関連問題●本問において、Aは、Bに対して乙地の土砂を除去せずに乙地をCに売却し、AはBとCとの間で乙地の紛争があることを知ったBがAとの間の問題を処理するまで丙地の移転登記に協力しない旨を主張している。BとDへの請求権の行使は完了しているが、丙土地の所有者はDであると主張して、Aからの請求を拒むことができるか(参考判例①および参考文献参照)。●参考文献●奥田昌道・法教198号(1997)7頁山木和雄・争点89頁米倉明・百選Ⅰ102頁鎌田薫・平成6年度判例68頁横山善廣・石黒一憲・物権と担保物権(有斐閣、2005年)23頁

Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)

ISBN978-4-7857-2991-2