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高齢者と監督義務者の責任

Aは高齢であり、認知症と診断された。そこで、息子であるXとその妻X' (いずれも40代後半)がAと同居し、XはAの成年後見人選任、デイサービスに関する契約等を代理して行った。また、Aが在宅している間は、主にX'がAの介護を引き受けていた。当初、Aは1人で勝手に外に出てしまうなどの問題行動も時々見られたが、その後はX'らの介護によりトラブルになったりすることが数回続いた。それ以降、XとX'は、Aが外出する際には可能な限りどちらかが付き添うようにしてきた。ある日曜日、Xは急な仕事で外出しなければならず、X・Y宅にはAとX'だけがいた。16時頃、Aは突然散歩に出かけて行ったと言い出した。最近の数日間、Aの精神状態が不安定な日が続いていたことから、Xは不安を感じ、付き添おうかとも考えたが、疲れていたためいったんはそのまま見送ることにした。「すぐに帰ってきて下さいよ」とだけ告げた。その直後、Aは、X・Y宅から5キロほど離れた駅の構内で、まったく面識のないYを突き飛ばした。加害行為当時、Aは責任無能力だったものとする。Yは、Xに対して、治療費や逸失利益等の損害の賠償を請求することができるか。[参考判例]① 最判平成28・3・1民集70巻3号681頁② 福岡高判令2・5・27令元(ワ)102号(2020WLJPCA05278002)③ 最判昭和49・2・28民集28巻2号347頁④ 京都地判平30・9・14判時2417号65頁[解説]1. はじめに本問のように、精神上の障害により責任能力を欠く者が他人に加えた損害について、その者を監督する者の責任が問題となる場合、その可能性があるとして次の3つが考えられる。第1に、民法714条1項に基づく監督義務者の責任である。第2に、参考判例①がいわゆる「法定監督義務者」が定立した、同条2項による監督義務者の責任である。第3に、民法709条に基づく一般不法行為責任である。なお、婚姻の届出および当事者の年齢の登録を前提としており、夫婦間における協力扶助義務を定めた民法752条を根拠とする監督義務者の責任は、法定監督義務者には当てはまらない。2. 法定監督義務者責任(1) 責任の性質民法714条1項が定める監督義務者の責任は、責任無能力者の行為一般についての抽象的な監督義務への違反が求められることとなる。離婚届および互いの証明責任の証明責任を定めるこの点において、民法714条による一般不法行為責任よりも厳格なものだと言われてきた。もっとも、このうち後者は条文上明らかにしがたいし、前者も当然的なものではない。(2) 従来の判例精神上の障害により責任無能力とされた者(具体的には1999年まで)、法廷監督義務者が同条の定める責任を負う者として、成年被後見人の保護者は精神保健福祉法上の保護者(それ以前は禁治産者)であった。その背後として、精神障害者の民法858条1項は、成年後見人の財産上の行為に関する法定代理権を定め、同「身上配慮義務」を定めた。同じく同法改正後の精神障害者の配偶者については、精神障害者の自助努力を助長する趣旨を強調するこれらの規定が、民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する義務」の義務に当たると解されていたわけである。(3) その後の変遷しかし、この状況は、1999年を境に大きく変わることになる。この背景として、成年後見人法については、1999年の民法改正により、後見・保佐・補助の3類型が設けられ、成年後見人の職務も、もっぱら財産管理に限られることになった。その上で、同法改正により、成年後見人はもはや身上監護の権限を有しないことになった(858条)。その上で、同法改正により、成年後見人はもはや身上監護の権限を有しないことになった。また、保護者については、1999年の精神保健福祉法改正により、保護者制度が廃止されるに至った。さらに、その後の2013年改正によって、保護者という制度そのものが廃止されるに至った。いずれについても、精神障害者のノーマライゼーションとその家族の負担軽減が重視されるようになったことが背景としてある。(4) JR東海事件判決による法創造以上のことから、参考判例①は、1999年改正後の民法および精神保健福祉法における法定監督義務者の射程を、その文言に忠実に、法定監督義務者に当たるものではないとした(もっとも、具体的監督義務との関係では、精神障害者について、協力扶助義務(752条)を根拠に、法定監督義務を認めるなど、最高裁が示した新たな解釈筋論と矛盾する)。(5) 本問の整理以上によると、本問のXは、Aの成年後見人ではあるものの、そのことだけを理由に法定監督義務者として扱われることはないということになる。(6) 補論:法定監督義務者の可能性なお、以上の判例によると、現行法の下で精神障害者の法定監督義務者に当たるものが存在し得るかどうかは明らかではない。そのように述べられるべきもっとも有力な候補は、精神障害者が入院する精神科病院の管理者等がそれに当たるとするものである。3. 準監督義務者該当性(1) 準監督義務者 — 判例による法創造参考判例①は、法定監督義務者に当たらない者であっても、それに「準ずべき者」については、民法714条1項の類推によって損害賠償責任を負う余地を認めている。かねてから、法定監督義務者に当たらない配偶者に、監督義務者の範囲を広げ、かつて、「事実上の監督義務者」という法理を創造する見解は有力だった。しかし、参考判例①が成年後見人という法定監督義務者の範囲を画したことから、今後これが議論に堪えられる。(2) 判例の判断枠組み参考判例①によると、ある者が準監督義務者とされるのは、「①その責任無能力者との身分関係や日常生活における接触の状況に照らし、②その者の監督を引き受けたと評価できる特段の事情が認められる場合」である。そして、そうした場合には、その者の「①その者の近接状況や心身状況とともに生活実態にも即応して、②精神障害者の親族間の有無・濃淡、③精神障害者の日常的な援助の内容、④精神障害者の心身の状況や加害行為との関連の有無・内容、これらに対応して行われている生活や介護の実態など」の諸般の事情を総合的に考慮して、④その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能で容易であるなど客観的な見地から準監督義務が認められるか否かという観点から、その者が引き受けるべきだとされる。(3) 第三者への配慮義務の射程参考判例①の判断枠組みの内実は、この基準を厳格に解釈するかぎりではない。しかし、これを柔軟に解すると、準監督義務者の射程は際限なく広がる。これら2つのリスクを回避するために、準監督義務の射程を判断するに当たっては、①その者が精神障害者の生活全般について責任を引き受け、他者の関与を排してこれを支配し、その結果、その者の「①その者の近接状況や心身状況とともに生活実態にも即応して、②精神障害者の親族間の有無・濃淡、③精神障害者の日常的な援助の内容、④精神障害者の心身の状況や加害行為との関連の有無・内容、これらに対応して行われている生活や介護の実態など」の諸般の事情を総合的に考慮して、④その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能で容易であるなど客観的な見地から準監督義務が認められるか否かという観点から、その者が引き受けるべきだとされる。4. 監督義務違反(1) 監督義務のハードル以上の監督義務が認められた者であっても、監督義務を遵守したことを証明できれば、責任を免れることができる。この責任をどの程度容易に認められるかという点については、以下のように、精神障害者の行為についての責任の成否は、①その者の(準)監督義務者である。また、民法714条1項の文言に反するが、責任を負う者による損害のてん補が、同法709条が定める過失の一般原則からすると、監督義務者は、責任無能力者の生活全般にわたって適切な監督をしなければならない。(2) 監督の困難性しかし、その一方で、①には、「責任を問うのが相当と言える客観状況」の有無が問題とされている。これをその事例での判断をどこまで求めるかという判断は、監督義務を肯定すべきである。これらを総合的に考えれば、監督義務の射程は①の要件を満たすか、②には監督の「可能性」の程度と、「困難性」の程度、③監督の「容易性」の程度と、「接触状況」の程度、④には監督の「実効性」の程度という5つの点に分解され、これらを総合的に考慮すべきだということになる。(3) 同意の理論以上の2つの視点の関係をどう整理すべきかは明らかでない。一方で、①は②を判断する際の「視点」にすぎず、あくまで基準は①だと捉えることもできる。以上の法的な問題点を整理すると、①は②とみて、②ではあくまで監督義務を引き受けたと見ることのできる「べき論」のレベルで、これを総合的に考慮すべきだということになる。(4) 監督義務違反の有無以上のうちいずれの解釈が適切かは、準監督義務者の認定と効果をどれほど重大とみるか、具体的には監督義務のハードルをどの程度とみるかに左右される。この点については、後述する。(5) 具体的判断本問について、以上のいずれの視点に立って、まず、監督義務の射程をXとX’に広げる。XとX’によるAの監督の有無をどう評価するかが重要となる。本問でのXとX’の監督の監督の監督義務の内容は、Aの行為への関与の程度、これをあえて問題視する。5. 民法709条に基づく責任以上のほか、本問で問題となるのは、ほぼないが、結果の具体的予見可能性と結果回避義務が認められる場合には、監督義務者の有無にかかわらず、民法709条による責任が生じ得、これを直接の過失と結びつけて過失の立証責任を転換する考え方も示唆されている。さらに、介護の分担を含め介護の自信がもてるかどうかという観点からすると、これに尽きる。また、民法709条を根拠に、これを積極的に評価すべきだという見解もあり得なくはない。以上のほか、本問で問題となるのは、ほぼないが、結果の具体的予見可能性と結果回避義務が認められる場合には、監督義務者の有無にかかわらず、民法709条による責任が生じ得、これを直接の過失と結びつけて過失の立証責任を転換する考え方も示唆されている。[関連問題]Aは、交通事故の障害によりてんかんを患っていた。医師からは、抗けいれん剤を服用するよう指示されており、また、服薬していても発作のおそれがあるとして、自動車の運転はしないように言われていた。Aは、勤務先であるB社に対してこのことを報告したまま、自動車を運転する業務に従事していた。ある日、Aは、乗用車として自動車を運転している最中に発作を起こし、歩行中のCをはねて死亡させた。Aの親族であり、Aと同居しているYは、普段、自動車の運転をやめるようにAに忠告していた。この場合、Aの相続人、Y、B社の相続人が損害賠償を請求できるか(参考判例①参照)。[参考文献]瀬川・民法判例153巻5号(2017)698頁/瀬川・民法判例三木・北法医学雑誌第71巻6号(2021)1788頁(長野史寛)