解除の要件
不動産売買をめぐるXとYの間の話である。XとYの間で、Yが所有する甲土地および同土地上にYが建築中の乙建物を代金1億円で買う旨の契約を締結した(本件契約)。本件契約には、YがXに乙建物を引き渡す(本件契約7条参照)に先立ち、Xの指定する第三者の検査済証の交付を受けるとの特約があった。乙建物は、第三者の検査が完了すればXに引き渡せる状態にあった。もっとも、乙は、第三者の検査機関から融資を受けるための必要書類とされていることが多く、また、売買の際の重要事項説明書に検査済証の取得に関する事項を記載しなければならないことを考慮して、特約が入れられたものである。その後、甲土地および乙建物の引渡しと代金の支払期日が到来したが、Yは、Xの再三の請求にもかかわらず、検査済証を交付しない。そこで、XはYに対し、本件契約を解除する旨の意思表示をし、既払代金1億円の返還を求めた。検査済証が交付されない理由が、以下の(1)または(2)の事情にある場合、Yの下での検査済証を請求するXの請求は認められるか。(1) 乙建物について完了検査が行われたが、乙建物が建築基準関係規定に違反していることが判明したため、検査済証が交付されなかった場合(2) Yは乙建物について完了検査を申請したが、県内で甚大な台風被害が発生したことに伴い、県内の完了検査業務が一時的に停止されていたため、完了検査がいまだ行われず、検査済証が交付されない場合● 参考判例 ●① 最判昭和36・11・21民集15巻10号2507頁② 最判平成8・11・12民集50巻10号2673頁● 解説 ●1 はじめに契約が有効に成立すると、各当事者は、相手方に契約に定められた義務を負う(545条1項本文)。Xの請求は、この双務契約から発生する義務の履行を求めるものであると考えられる。それが認められるか否かは、Xによる本件契約の解除が認められるか否かにかかっている。2 契約の解除が認められるための要件(1) 解除の根拠有効に成立した契約には拘束力があるから、当事者の一方がこれを自由に解消することはできない。もっとも、債務者が債務を履行しない場合に、常に債権者を契約に拘束し続けさせることはできない。そこで、民法は、一定の要件のもとで、債権者に解除権を認めている(541条~543条)。この場合の解除権は、法律の規定により認められるため法定解除権である。これに対し、当事者が契約で解除権を定めることができる場合もあるが、この場合に認められる解除が契約解除である。これは、「合意解除」と呼ばれたりすることもあるが、単独行為である。契約の解除は、債権者の単独の意思表示によって契約の拘束力から解放するものである。これは、合意解除と呼ばれる、契約当事者間の解除という効果を生じさせる合意(契約)とは区別する必要がある。(2) 債務不履行を理由とする解除の要件民法は、債務不履行を理由とする解除の要件は、どのような要件のものであるかによって区別している。民法は、「催告による解除」(541条)と「催告によらない解除」(542条)とに分けて規定している。第1に、債権者がその債務の履行をしない場合において、①債務者がその履行を催告し、②催告から相当の期間内に履行がないときに解除権が認められる(541条本文)。以上の要件のうち、③履行の催告に関しては、民法は、催告に「相当の期間を定めて」履行の催告をしなければならないとされているが、判例は、催告の際に定められた期間が不相当であっても相当な期間が経過したときには解除権が発生すると解している(最判昭和36・11・21民集15巻10号2507頁)。また、④相当の期間が経過するまでの間に履行がなかったことについては、債務者の帰責事由は不要である。もっとも、本契約は、債務者が履行の準備を完了することを前提としており、なお、債権者は、履行の準備がなされていることを前提として、履行の受領の準備をしておく必要がある。債権者に受領の準備ができていなければ、履行の遅滞(533条)が認められる場合はその限度で、債務者は、履行の遅滞の責任を免れるから、債権者は、催告の際に履行の場所などを具体的に示して履行の提供(493条)をしたことを主張立証しなければ、契約の解除をすることができない。第2に、債務の全部の履行が不能であるとき(542条1項1号)、履行が不能であるか否かは取引上の社会通念に照らして判断される(412条の2第1項)。債権者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき(同項2号)、債務者がその債務の一部の履行が不能であることまたは債務者がその履行を拒絶する意思を明確に表示したことにより契約の目的を達することができないとき(同項3号)には、債権者は、催告をすることなくただちに契約の解除をすることができる(「無催告解除」)。催告の要件として、債務者に履行・受領の機会を与えるためと考えられるが、上記のような場合には、催告をしても無意味だからである。なお、「契約をした目的」が何であるかは、契約の内容その他契約が締結されるに至った経緯によって判断される。本問において、Xは、検査済証不交付というYの債務不履行を理由に本件契約を解除したものと考えられる(なお、小問(2)については、乙建物の引渡債務が履行遅滞にあることを前提として、本件契約の解除が認められることになると考えられるが[564条参照]、ここでは立ち入らない)。そして、XはYの再三の請求にもかかわらず、検査済証を交付しないYに対し、無催告解除権の行使を認める(上記③の場合)には、541条本文ではなく、無催告解除(542条1項)の要件(上記①②③④の要件)を満たしているか否かが問題となる。Yは、契約の目的である乙建物を引き渡すことを約束しているから、完全に債務の履行を拒絶する意思を明確に表示しているとはいえない。もっとも、本契約は、Xが住宅ローンを利用することを前提としており、検査済証の交付が契約の目的を達成するうえで必要不可欠なものであることが定められている。検査済証の交付は、本件契約の目的を達成するために必要不可欠なものであると考えることもできよう。このように考えれば、たとえば小問(1)において、建築基準関係法令の違反が是正されないかぎり検査済証が交付される見込みがない場合にも、債務をしても、Yが検査済証を引き渡す義務を履行することはない。つまり契約をしても、Xが住宅ローンを組むことができず、代金の支払いが遅れることなどが予想される。無催告解除が認められる可能性は否定されないだろう。この点は、後述する。3 催告による解除が認められない場合(1) 履行不能が軽微であるとき催告解除に関する上記①②③④の要件(541条本文)を満たしていても、「債務の不履行が…契約および取引上の社会通念に照らして軽微である」ときは、債権者は、契約の解除をすることはできない(ただし書)。契約の解除は、履行を得られない債権者を契約から解放するための制度ではあるが、解除の制度が、契約という重要な法律効果をもたらすものであり、債務者の利益に配慮する必要があることから、不履行が軽微である場合には解除されるのである。民法541条ただし書は、不履行の部分の数量的なわずかである場合(大判昭和14・12・13法学28巻4号6号10頁[土地の面積の一部が契約の内容と異なっていた事例])、債務不履行により債権者が被る不利益が少ない場合(東京高判平成31・2・20判時2467号66頁[航空機リース契約においてリース期間満了後に航空機を返還する際にエンジンの状態が契約の基準を満たしていなかった事例])、付随的義務の不履行にとどまる場合(参考判例①)に催告解除を否定する判例の趣旨を踏まえて定められたものである。無催告解除の不履行の軽微性には、不履行の態様が問題となるため、相当期間が経過しないうちに解除されることになるので、不履行の軽微性の判断基準(「催告後相当期間が経過した」時点で不履行の軽微性の判断基準が問題となる)が問題となる場合がある。あり、その判断は、「その契約及び取引上の社会通念に照らして」される。したがって、客観的にみれば数量的に軽微な部分の不履行であっても、それが当該契約において重要な部分に関するものである場合には、軽微性が否定されることもありうる(同一宮崎地判平成23年2月22日)。(2) 不履行の軽微性と契約目的達成可能性との関係このように、催告解除が制限される基準は、不履行の軽微性にあると解されている。他方で、無催告解除が認められるかの基準となるのは、契約目的を達成する上で足りる履行がされる見込みの有無である(542条1項5号)。そこで、不履行の軽微性と契約目的達成可能性の関係が問題となる。参考判例①は、土地の売買契約において、売主が、買主の支払う公租公課の額(所有権移転登記までの間に売主が納付した公租公課について買主がその全額を支払うべき義務)の不履行を理由に売買契約を解除することができるかが争われた事案について、「法律が債務の不履行による契約の解除を認める趣旨は、契約の重要な義務の履行がないために、契約を締結した目的を達することができない場合を救済するためのであり」、当事者が契約をした主たる目的の達成に直接的にでない付随的義務の履行を怠ったにすぎないような場合には、特段の事情のない限り、相手方は当該契約を解除することができないものと解するのが相当である」と判示し、契約の解除を認めなかった原審の判断を是認した(なお、「契約の重要な義務」なのか「付随的義務」にすぎないのかは、契約における潜在的な紛争を考慮して判断されるべきか否かは、公租公課の清算義務の不履行を理由とする契約の解除が認められるかいけないかという問題 [41・6・28民集107号参照])。また、土地の売買において、買主Yが、代金完済時までに土地工作物を築造しない旨の特約の訴え(非訟)に違反したところ、売主Xが契約の解除をしたという事案において、同判決が、「特段の事情の存在が窺われない本件においては」、「売主がYの右付随的義務の違反を理由に売買契約を解除することは許されないものといわなければならない」、「売主………らにとつては右代金の完全な支払の確保のために必要不可欠なものであり」、「………この趣旨は、右の趣旨のもとにこの点につき合意したものである」ことから、Yの特約違反が契約の目的の達成に重大な影響を与えるものであるから、このようなYの債務は売買契約の重要な義務に属し、契約の解除を認めた判例もある(最判昭和43・2・23民集22巻2号261頁)。これらの判例を前提とすれば、契約目的達成可能性は、不履行の軽微性の判断において考慮されるべき重要な要素だとみるべきである(同一宮崎地判平成23年62号)。もっとも、両者は必ずしも一致するわけではない。というのも、催告解除の判断基準としては、契約目的達成可能性ではなく不履行の軽微性が採用された結果、軽微であれば催告解除の要件は満たされない(541条ただし書)。少なくとも催告解除の場面では、契約目的の達成可能性は低いが催告解除は認められないが、不履行が軽微であるとはいえない(催告解除は認められる)場合も想定されるからである。また、両者では判断基準時が異なるところ、不履行の軽微性の判断に当たっては、不履行の態様や是正された後の事情だけでなく、催告後の経緯も考慮要素となりうる。(3) 本問について本問では、本件特約が任意的規定で締結されたものであることからすれば、検査済証が交付されないことは、契約をした目的の達成に重大な影響を与えるものだといえよう。そうであるからこそ、催告後相当期間が経過した後も検査済証が交付されないことが軽微な不履行とはいえないだろう。もっとも、たとえば、小問(2)において、県内の完了検査業務が再開し、Yが検査済証を入手する目処がついているような場合には、不履行が軽微であると判断される可能性は残るだろう。4 不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるとき(1) 契約の解除の可否契約の解除に関する以上の要件を満たしても、「債務の不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるとき」には、債権者は、契約の解除をすることができない(543条)。このような場合にまで契約の解除を認めると、債権者は自ら債務の履行を妨げたうえで契約から逃れることが可能となり、不当だからである(同一宮崎地判平成23年22日)。不履行が債権者の帰責事由によるものであるか否かは、債権者が契約の解除をすることを正当化することができないような事情があるか否かという観点から判断されることになるといえよう。たとえば、本問において、仮にXが乙建物の完了検査を妨害したためにYが検査済証を入手することができなかったような場合には、Yの検査済証不交付はXの帰責事由によるものであるといえ、Xは契約の解除をすることができない。なお、債権者の受領遅滞中に、当事者双方の責めに帰することができない事由によって履行が不能となった場合には、その履行不能は債務者の責めに帰すべき事由によるものとみなされる(413条の2第2項)。(2) 債務者の帰責事由の要否債務者の帰責事由は、契約の解除の要件とされてはいない。債務者の帰責事由によらない履行不能を請求した場合に、債権者は、「その不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものである」ことを主張・立証して、これを免れることができる(415条1項ただし書)のと比べると、債権者が契約の解除をした場合に、債務者は、債務の不履行が債務者の責めに帰すべき事由によるものであることを主張・立証しない限り、催告解除を免れることができない。つまり、契約の解除は、債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときにも、認められる。本問についてみると、小問(2)では、YがXに検査済証を交付することができないのは、台風被害による県内の検査業務の一時停止というYの責めに帰することができない事由によると解される。しかしながら、Xに帰責事由はない。このような場合であっても、Xによる契約の解除が否定されるわけではない。なお、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務の履行が不能となった場合には、債務者は、契約の解除をすることもできる(542条1項1号)、反対給付の履行を拒絶することもできる(536条1項)。設問解説Xは、不動産業者であるYから、リゾートマンション(以下、「本件マンション」という)の1区分を代金3000万円で買い受けたときに、本件マンションに併設して設置される予定のスポーツクラブ(以下、「本件クラブ」という)の会員となる旨の契約を締結した。本件マンションの分譲に際して配布されたパンフレットには、本件マンションに区分所有者が本件クラブの会員となること、本件クラブには、温水屋内プールが設置されており、1年中冬には屋内温水プールが利用できると記載されていた。XはYに対して売買代金3000万円を支払って本件マンションの1区分の引渡しを受け、本件クラブの入会金等の合計3000万円も支払った。その後1年が経過したが、本件クラブに温水プールは未だ設置されないままであった。そこで、XはYに対して、再三にわたり、屋内温水プールの建設を求めたが、いまだに着工もされない状況にある。XはYに対して、既払金合計3300万円の返還を請求することができるだろうか。● 参考判例 ●渡邊ほか『新基本法コンメンタール債権各論』(2018年)398頁以下/伊藤眞『契約法要綱』(2019年)466頁