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文書提出義務

Xは、埼玉県に居住して生活保護法に基づく生活扶助の支給を受けていたが、同法の委任に基づいて厚生労働大臣が定めた「生活保護法による保護の基準」(以下、「保護基準」という)の改定により、所轄の福祉事務所長から生活扶助の支給額を減額する旨の保護変更決定を受けた。そこでXは、保護基準の改定は違憲、違法なものであるとして、上記福祉事務所長の属する地方公共団体を被告として、上記各保護変更決定の取消等を求めた。Xらは、厚生労働大臣が保護基準を改定するに当たって根拠とした統計に係る家計の集計方法が不合理であることなどを立証するために必要があるとして、国(Y)が所持する、2008年および2014年の全国消費実態調査の調査票である家計簿A(10月分の収支)、家計簿B(11月分の収支)、年収・貯蓄等調査票および世帯票が綴じられたファイル一式のうち、単身世帯のもの(以下、「本件申立文書」という)につき、文書提出命令の申立て(以下、「本件申立て」という)をした。裁判所は本件申立てを認めることはできるか。*国民生活の実態について、家計の収支および貯蓄、負債などの家計資産を総合的に調査し、全国および地域別の世帯の消費、所得、資産に係る水準などを明らかにすることを目的とした調査であり、5年に1回実施されている。調査は、都道府県知事等の任命または委託を受けた調査員が対象となる世帯に調査票の各用紙を配布し、被調査者がこれらに所定の調査事項に該当する事項を記載したものを封筒に入れて密封し、調査員が回収する方法によって行われる。現在では「全国家計構造調査」という。●参考判例●最決平成25・4・19判時2194号13頁最決平成17・10・14民集59巻8号2265頁最決平成17・7・22民集59巻6号1888頁●解説●1 公務秘密文書とは民事訴訟法220条4号ロ(→問題40)は、「公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」については提出義務を免れるものとしている。このような文書は「公務秘密文書」と呼ばれ、公務秘密文書を一般提出義務の除外事由としているのは、公務員の守秘義務を尊重しつつ、真実発見の要請を満たすためであり、証人尋問において、公務員に職務上の秘密について証言拒絶権が認められていること(197条1項1号・191条1項)と同様の趣旨に基づく(→問題40)。公務秘密文書の要件は、公務員に対する証人尋dont't の監督官庁の承認要件(191条2項)に対応するものである。公務秘密文書と似た概念に、「公文書」がある。公文書は、公務員または公務員であった者がその職務に関して保管、または所持する文書である。公務秘密文書は通常は公文書であるが、保管、所持するので公文書であることが多いが、私人が国や地方公共団体の法律顧問に基づいて所持する場合もある。民事訴訟法220条4号ロは、公文書に限定していないため、私人が公務秘密文書を所持する場合であっても、文書提出義務を免れる。2 公務秘密文書の要件参考判例②は、労災事故に係る労働基準監督署等の調査担当者が作成の災害調査復命書に対する文書提出命令が申し立てられた事案であるが、公務秘密文書に該当するための要件を明確にしている。すなわち、①公務員の職務上の秘密に関する文書であること、②それを公表することで公共の利益を害するか、公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあることである。①公務員の職務上の秘密とは、公務員が職務上知り得た非公知の事実であって、秘密として取り扱われているもの(形式説)では足りず、実質的にも秘密として保護に値するもの(実質説)を指す。②に、公務員の所掌事務に属する秘密だけでなく、公務員が職務を遂行する上で知ることのできた私人の秘密であっても、それを公にすることで私人の信頼が損なわれ、公務の公正かつ円滑な遂行に支障を来すものもこれに含まれる。②については、単に文書の秘密性がおかされる抽象的なおそれでは足りず、文書の内容からみて具体的なおそれが存在することが必要である。②の具体的なおそれの例としては、①行政内部の意思決定の自由が害される可能性がある(参考判例②。ただしあまりない)、②①の調査の結果判明するに至った人の情報について、私人に秘密を誓約したり、聴取内容をそのまま記載・引用したり、法的な強制権限に基づかずに、具体的なおそれを立証する方がやりやすい(参考判例②)。もっとも、①において実質説を採用すると、②の要件は重なり合うようにもみえる。そのため、①では文書の性格や記載内容を客観的に判断する(客観的、外形的判断)にとどめるべきか、②については裁判所が実質的な判断を行うべき(山木・後掲91頁)。別の考え方として、②の判断に当たっては、文書を提出することによる公益上の不利益と、それによって生ずる当事者への支障を比較衡量して判断する考え方もある(伊藤493頁)。この考え方によると、①と②では考慮要素が重なる。比較衡量についてはされていないものの、行政庁の運用と違うとも、同法による裁判を実現する正当な利益との利益を公平に犠牲にしてまで実現されるべきである。3 公務秘密文書の判断手続一般の私文書につき文書提出命令の申立てがされた場合には、裁判所は、証拠の必要性など、その申立てに理由がないことが明らかでないときを除き、民事訴訟法221条4号に該当する文書であるか、監督官庁の意見を聴かなければならない(223条3項後段)。そして、当該監督官庁は、当該文書が公務秘密文書に該当する旨の意見を述べるときは、その理由を具体的に示さなければならない(同項前段)。監督官庁の意見が、国の安全が害されるおそれ、諸外国もしくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ、または諸外国もしくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ(223条4項1号)、あるいは犯罪の予防、鎮圧または捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれ(同項2号)があるというものであるときは(高度公務秘密)、その意見に相当な理由があると裁判所が肯定し、相当な理由があるとは認めるに足りない場合(参考判例①)、当該文書の提出命令を命ずることができる。監督官庁が、当該文書の所持者以外の技術または職業の秘密に関する事項に係る記載がされている文書について公務秘密文書に該当しない旨の意見を述べようとするときは、あらかじめ、当該第三者の意見を聴かなければならない(223条5項)。秘密主体である第三者の保護のためである。他方で、公務秘密文書に該当する旨の意見を述べる場合には、意見聴取の必要はない。それ以外の場所に監督官庁の意見には拘束力はなく、裁判所は民事訴訟法220条4号ロに該当するか否かの最終的な判断権があるが、公務秘密文書に該当すると認めるときも、この文書を提示させることができる。との所持者にこれを開示させることができる。この場合、何も提示された文書の開示を求めることができず、裁判官のみが文書を閲覧して、公務秘密文書に該当することを判断することになる。このような手続をインカメラ手続という。3 本問の場合本問では、本件申立文書が公務秘密文書に該当するか、具体的には本件申立文書には①~③に該当する情報が含まれるため、②の要件を満たすかが問題となる。参考判例①では、1999年度と2004年度の全国消費実態調査の調査票の提出が求められたところ、原審では、そのうちの一部、すなわち家計簿や年収・貯蓄等調査票から都道府県市区町村番号や世帯の仕事等を分断した部分、世帯票から都道府県市区町村番号、世帯の氏名、電話番号、住所等の欄を除いた部分で、60歳以上の単身世帯のものに限定して提出命令を発令した。申立文書から居住地域(都道府県市区町村番号)が特定される部分を除外すれば、被調査者の特定可能性は抽象的なものにとどまるので、これが訴訟に提出されることで被調査者に係る公の遂行に支障を来すおそれは抽象的なものにとどまるという理由に基づく。これに対して最高裁は、以下の理由により、調査票のすべてが公務秘密文書に該当するとした。全国消費実態調査のような基幹統計調査は、参考判例②のような個別的な調査権能に基づくものではなく、報告の内容の真実性および正確性を担保するために、被調査者の任意性に応答した正確な報告が行われることが極めて重要であり、そのためには調査票情報を保護して被調査者の情報保護に対する信頼を確保することが求められる。原審が提出命令を発令した文書には、被調査者の識別や特定を容易にする情報が除外されているものの、被調査者の家族構成や居住状況、月ごとの収入や日々の支出の状況、年間収入、貯蓄高と負債高と借入金残高等の資産の状況など、個人とその家族の消費生活や経済状態等についての極めて詳細かつ具体的な情報が記載されている。これらの情報の記録された文書が訴訟で提出されると、当該訴訟の審理等を通じてその内容を知った者は法令上の守秘義務等を負わず、利用の制限等も受けないので、被調査者を特定して情報の全体を詳細に知る可能性もある。そうすると、任意に調査に協力した被調査者の信頼を著しく損ない、被調査者の任意の協力を得ることが著しく困難となり、全国消費実態調査に係る統計調査の遂行に著しい支障をもたらす具体的なおそれがある。すなわち②の要件を満たすというものである。同様に考えると、本件申立文書は公務秘密文書に該当し、提出命令は出されない。仮に②につき比較衡量説を採用した場合であっても、統計データ処理が正確であったか否かが、それを基礎とした行政機関の裁量権の逸脱性に直接結びつくわけではなく、本件申立文書の証拠としての必要性はそれほど高くないため(参考判例①・田原睦夫裁判官補足意見参照)、②の要件は満たし、公務秘密文書に該当することになる。