未成年者と監督義務者の責任
Yの未成年の子であるAは、ある平日の夕方、通っている学校の友人Xと共通の友人Cの3名で集まり、学校の近くにあるY所有の遊休地で野球をすることになった。ジャンケンで決め、Aは最初、捕手、Cは投手として野球を始めたが、暴投したCのボールがAの眼鏡に当たり、眼鏡が大きく歪んでしまった。数分後、Aは歪んだ眼鏡を掛けたまま、Cと交代して投手になった。Aは、Cに対して、「さっきはよくもやってくれたな。今度はこっちの番だ」などと叫び、興奮した様子で、硬球をCの顔面に向けて投げつけた。Cは、これを避けようとして身をかわしたが、Aの投げた球はCの背後にいたXの右目に当たり、Xは失明した。Xと両親は、Yに対し、Aの不法行為により生じた損害の賠償を求めて訴えを提起した。ところが、Aが10歳である場合と14歳である場合とを想定して答えよ。[参考判例]① 最判平成27・4・9民集69巻3号455頁② 最判昭49・3・22民集28巻2号347頁③ 最判平成18・2・24判時1927号63頁④ 最判平成28・3・1民集70巻3号681頁⑤ 最判平成7・1・24民集49巻1号25頁[解説]1. 前提(1) 未成年者の行為についての親権者の責任本問のように、未成年者の行為により第三者に損害が生じた場合、その親権者は賠償責任を負うか。念頭に置くべき条文は2つある。1つは、一般不法行為責任の根拠条文たる民法709条であり、もう1つは不法行為者の親権者の賠償の範囲を定める民法709条である(監督義務者責任)。両者の関係は一見しただけでは明らかではないが、後述するように、不法行為責任を負う者を「自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていない」場合(責任能力)と「備えている」場合に分けて考えるのが出発点となる。(2) 責任能力なき未成年者の親権者の責任直接の監督義務者に加え、未成年者を監督する義務のある者(法定監督義務者)は、監督義務者として責任を負う(714条)。この場合、同条は、①「自己の行為の責任を弁識する」という観点でみて、不法行為責任を定める民法714条1項に制約がある。すなわち、同条は、「前2条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において」(同712条・713条)と定めている。これを「監督義務者の責任」という。(3) 責任能力ある未成年者の親権者の責任責任能力ある未成年者の親権者たる監督義務者は、自己の行為の責任を弁識する能力があるため、その者自身は不法行為責任を負わない(712条・713条)。かつては、過失の主観的理解(意思の緊張の欠如)を前提に、過失の客観的理解(予見義務と結果回避義務違反)が定着した現在、責任能力を過失と切り離し、能力の低い者(一定の精神障害者)を政策的に保護する制度と捉える見解が有力化している(もっとも、当該見解内でもバリエーションがある)。自己の行為の責任を弁識する能力は、もっぱら、法律の存在の有無を問題にするわけではない。2. 責任能力なき未成年者の監督義務者の責任(1) 責任能力未成年者の場合、責任能力の有無は、行為の当時における年齢や判断能力、行為の態様などを総合的に考慮して、個別具体的に判断する必要がある。本問へのあてはめを考えれば、Aが10歳であれば、責任能力は否定される。他方、14歳であれば責任能力ありと判断されるだろう。以下、これらを前提に議論を進める(YはAが10歳である場合のみ)。(2) 監督義務の内容監督義務者が負う責任は、①直接の監督にあたる者、②代理監督者、③法定監督義務者の3つの類型に分かれる。監督義務者は、責任を免れるには、監督義務を尽くしたことを証明しなければならない。監督義務は、①子供の生活全般について、一般的なしつけ・指導を行うという抽象的なもの、②子供の個別具体的な行為(危険な遊びなど)をやめさせるという具体的なものに分けられる。判例は、11歳の少年Aが、放課後、自身が通う小学校の校庭でサッカーボールを用いてフリーキックの練習をしていたところ、ゴールに向けて蹴ったボールが道路上を走行していた自転車に衝突し、運転していた高齢の男性が転倒して死亡したという事案で、親権者の監督義務違反を否定している。(3) 本問YがAについて把握していた情報に鑑みると、Aによる投球行為の具体的予見可能性があったとはいいがたい。しかし、参考判例①がいうように、Aは「人身に危険が及ばないよう注意して行動する義務」に違反したといえる。そうした監督義務は、「通常は人身に危険が及ばないよう注意して行動する義務」に当たる。しかし、本件投球行為は、「通常は人身に危険が及ばない行為」ということができるだろうか。通常は人身に危険が及ばない行為、Yが責任を免れるためには、危険な行為に及ばないよう日頃からAに注意を促していただけで足りず、Aの行動を常に監視し、その都度、適切な指示を与えていたことの立証が必要となる。3. 責任能力ある未成年者の親権者の責任(1) 民法709条に基づく責任の可能性直接の加害者たる未成年者が責任能力者である場合、親権者に対し民法714条1項に基づく責任追及をすることはできない。しかし、一般不法行為責任を定める同法709条に基づく責任追及は妨げられないはずである。ここでも親権者の監督義務違反が内包として想定されるのは監督義務の違反であるところ、参考判例③は、「未成年者が責任能力を有する場合であってもその監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認めうるときは、監督義務者につき民法709条に基づく不法行為が成立するものと解するのが相当であって、民法714条の規定が右解釈の妨げとなるものではない」と判示することで、責任能力ある未成年者の親権者も監督義務を負いうることを認めた。民法709条の責任の追及が可能であることにより、被害者が実際に賠償を得る可能性は高まる(当該未成年者は責任能力を有するがゆえに資力に乏しいのが通常だからである)。ただし、709条責任ゆえに、同法714条1項の責任とは異なり、監督義務違反の立証責任が被害者に課される点に注意を要する。(2) 監督義務の内容この場合の監督義務はどのようなものか。①直接の加害者による他益侵害の具体的予見が予期される場合にそれを防止すべく監督する義務と、②具体的危険の予見可能性の有無にかかわらず何らかの監督を及ぼす義務とが想定されうることは2(2)と同じであるところ、責任能力ある未成年者の場合でも③を含みうるのかをみるのに限定するのが参考判例③である。この問題の分析に資するのが参考判例③である。事案は、数々の非行歴があり、少年院送致の処分を繰り返していたA(いずれも19歳)が、少年院を仮退院して保護観察に付され、一般遵守事項に加え特別遵守事項(交友を選ぶこと、深夜に徘徊せぬこと、保護司に面会すること等)が定められたにもかかわらずこれらを遵守せず多額の借財を重ね、深夜に徘徊して友人らと遊興する等していたところ、自己の借財の返済等を容易にするため、勤務先で知り合ったBを脅迫して多額の金員を喝取し、Bが出所した男性Xを強盗して傷害を負わせ金銭を強取したというものである(XがAらからのYにYらが親権者としてAらに対し得る影響力は限定的なものとなっていったといわざるを得ないから、Aらに親権者の遵守事項を確実に守らせることを求める適切な手段は存在していたとはいい難い」として、またAらは19歳を超えて少年院を仮退院して以来本件に至るまで特段の非行事実はなく、Yらに「おいて、……Aらが本件のような犯罪を犯すことを予見し得る事情があったということはできない……し、Aらの生活状態が直ちに非行に結びつくような状態にあったということもできない」として、Yらの監督義務違反を否定した。本判決が親権者の監督義務を否定したのは、保護観察の遵守事項を守らせる義務および少年院への再入院を求める義務という、法益侵害の回避に向けた具体的な措置であり、しかも特に未成年者の具体的非行の予見可能性を前提とするものとされていることから、上記の想定されているといえる。もっとも、このことは、責任能力ある未成年者の親権者にはそれ以上の義務を負わないという分析に直結するわけではない。責任能力を備えた段階後も、未成年者は精神的に未熟な状態にあり、親権による監督の必要性は、未成年者の年齢・生活状況に応じて徐々に薄れていくものである。こうした捉え方を具体化して、加害行為の危険性に対応した監督義務を認める(参考判例③)。(3) 本問Aによる投石行為の具体的危険の予見可能性がYにあったとはいいがたいことは2(3)と同様である。責任能力ある未成年者の親権者の監督義務が法的利益の具体的危険が予見される場合にそれを防止する義務に限定されるとすれば、Yの責任は認めがたい。しかし、14歳のAとの関係でも、親権者の責任をいきなりゼロにするのではなく、Xによる投石行為の具体的危険が予見されると解する場合は、2(3)と同様の結論となりうる。また、YはAの放課後の行動の詳細を把握していなかったところ、(具体的危険を予見すべき義務を予見しうる)日常的な監視の不十分性を捉えて監督義務違反を肯定することも考えられよう。もっとも、民法709条を根拠とする限り過失・因果関係の立証責任は被害者Xにあるところ、これらの証明を要とする場合、事実上の推定(さらには立証責任の転換)の可能性もさらに考えるべき課題となりうる。(4) その他民法704条但書によれば、監督義務者に監督義務違反という過失に基づく、不法行為者たる未成年者の行為についての責任(社会の耳目を集めた参考判例③参照)や代理監督者(714条2項)の責任(最高裁判例昭49・11・27判時764号78頁、福岡地裁小倉支部判昭56・8・28判時1022号113頁等)もあわせてみた場合、さまざまな客観類型を適用範囲に含む714条(=709条)の規定の射程を拡張し、監督義務者の内容・程度(および立証責任の所在)の調整により状況適合的な判断枠組みを構築しようというものが、判例の基本的スタンスといえよう(本文に反して責任能力が定着している使用者責任と対比せよ)。もっとも、その具体像は不明瞭な点を多く残すほか(関連問題も考えよ)、本法行為法改正の気運を考慮に入れたとき、立法論的吟味が今後の重要課題となる。監督義務者責任に責任能力制度を連結させる現行条項の可否、2(1)でふれた第2の立場の少なくとも部分的な採用可能性、さまざまな監督義務類型を同じく過失責任の構造に服せしめることの適否等、考えなければならない事柄は多い。