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遺言・遺贈と登記

Aは、先立たれた妻との間に長男Bと次男Cがおり、所有する不動産甲(建物と敷地を一体として称する)でBと同居していた。Aは、80歳を越えて身体が不自由になった後は、Yが通いでAの介護をした。他方で、Bは働かず、Aに生活費や遊興費を無心して浪費を重ねた。Bは遺言書がないと、金融業者Xに対して貸付けを申し込んだが、信用がないと断られたので、「Bをいずれ自分のほうにもらうことになるから、これをタネに売る」と力説し、Aにも懇願して、渋々ながら、そうなる旨一筆もらい、これを差し入れて貸付けを受けた。その後、BはたびたびXから貸付けを受け、累計1000万円となった。2024年4月15日、Aが死亡した。同年12月15日、YがAの遺言書を預かっていると主張し、自筆証書遺言の検認手続を行い、Bに遺産分割協議を申し入れた。遺言書には、「Yに甲一式を与える。Bには何も与えない」とあり、YとBの間で効力に争いが生じた。1年後に渡り収拾がつかなかったので、2026年4月15日、Cとまず相続登記を行うこととした。同月20日、Bはこの状況を見たXに促され、代物弁済として甲の2分の1の持分権を譲渡し、移転登記手続をした。これに気付いたYがXに抗議したので、XはYSに対して持分権確認を求めて提訴した。Xの請求はどうなるか。●参考判例●最判昭和39・3・6民集18巻3号437頁最判昭和46・11・16民集25巻8号1182頁最判平成5・7・19家月46巻5号23頁最判平成3・4・19民集45巻4号477頁最判平成14・6・10家月55巻1号77頁●解説●1. 死亡を契機とした財産承継の基本的な仕組みと法定相続分(1) 財産承継の分類被相続人が死亡し、相続人Qが、Pが何ら遺言・処分をしなければ、民法900条の法定相続分に基づく共同相続され(898条。遺産共有)、遺産分割手続(907条)を経て具体的な承継内容が確定する。Pは、意思表示により上記の法定相続分を修正することができる。まず、遺言により相続分を指定し(902条。指定相続分)、また、遺産分割の方法を指定することができる(908条)。さらに、遺言で一定の財産を相続人または第三者に処分することができる(964条。特定遺贈)、遺産の全部または一定割合の包括的な処分も可能である(包括遺贈)。この他に、一定額の金銭につき契約をし(549条)、あるいは包括効力をPの死亡にかからしめる死因贈与契約(554条)をすることも考えられる。Bの意思表示であるか遺言か、意思表示の合致を要する契約かによって区別される。以上の承継方法は、次のように分類できる。①相続は相続以外の承継方法か、すなわち、法定相続分、指定相続分が相続の方法の態様として、その他の方法、特定相続分が包括相続の態様(包括承継)か特定財産の承継(特定承継)か、すなわち、包括相続、包括遺贈が包括承継として、法定相続分・指定相続分を経て承継内容が具体化されるのに対し、特定遺贈(生前)贈与、死因贈与は特定承継である。②Pの意思表示による承継か否か、すなわち、法定相続分はPの意思表示によらない。それ以外の方法はPの意思表示を要求する(遺言ないし契約による)。(2) 無権利者法理をめぐる相続人と第三者の争いについて—従来の判例法理—相続財産をめぐる相続人と第三者の争いについては、従来の判例法理は、①相続財産の分割をめぐる相続人と第三者の争いの区別を重視していた。上記のB、C、D、Eの相続による不動産につき、Qが法定相続分で単独で相続登記を経て、Sに譲渡した場合、QはSに持分はあったのだが、Sに法定相続分を超える部分について無権利であった。QからのSは無権利者からの取得者であったから、Pは、登記がなくてもSに対抗できた。2. 2018年民法改正と登記2018年改正民法は、「相続させる遺言」を、遺贈と並び物権変動の事情がない限り遺産分割方法の指定によるものとみなし、遺言の執行に関する規定を適用するものとして、「特定財産承継遺言」という名称を与えた(1014条2項)。そして、遺産分割手続を経ない相続による当然承継との位置付けは変えなかったが、対抗問題については民法899条の2の規定が新設され、相続による権利の承継は法定相続分を超える部分の承継を第三者に対抗するには、登記が必要とされた。同条改正により上記(1)の意思表示による指定相続分を承継する権利取得は、すべて、その旨の対抗要件を要することになる。3. 主張整理の困難——Bの指定相続分と0の問題さしあたりAからBへの意思表示による承継はなかったとして事案の主張を整理する。その前提には、①Aのもとを所有(X・Y間に争いなし)、②A死亡とY・B共同相続、③Bからの持分権譲受け、の各事実を主張立証する。これに対し、Yは、④遺言により当該部分を自らが承継したこと、およびその自らの法定相続権(898条の2)を主張立証する。この整理は、原告であるXによる法定相続の承継はそれに何ら利益を生じないものであり、他方で遺言相続の事情はYが主張立証するというものである。以上の整理は事案の全面的な解決ではない。上述したように、特定遺贈が承継の対象である場合には、法定相続分と指定相続分とで、XとYとの間に、このような対抗関係を観念する。不動産の登記簿には、BからYに譲渡された後で、甲の共有権を移転する、ことによってBによるXへの二重譲渡が可能であるが、登記と同一の状況とはいいがたい。それににもかかわらず、民法899条の2はあえて対抗問題の構成を構想している。4. 本問の個別事情(1) Xの事情と信義則以上の考察からは、XとYは対抗関係にあり、登記名義を得られなかったYが敗訴する理屈になる(これに信義則の介在を排除するものでもない。)。これに対して、Xの結論は法的には妥当かもしれない。Xは、Bが放蕩生活を送っており返済の見通しが立たないにもかかわらず、貸付けを繰り返している。その際、あてにしているのは遺言の無効を前提にする遺産分割におけるAの法定相続分に対するXの期待にすぎない。Xに甲を与えるとしたYの遺言のおかしさや、家庭の平和を害したことを理由として、甲の財産上の価値と比べて、その信義に反するとはいえない。(2) 法の射程拡張他方で、Aの介護の対価として、保護に値しないとの評価には反論も可能である。Aが介護の対価として甲で生活を与えるのは、反面、外観を不安定な対価関係でみるものとする。高齢者福祉に関する法制度の目的は、遺言者が相続人から介護を受ける意思の自由に、私法秩序の枠内で中立的に評価される必要がある。また、Aは、Bに財産を承継させないことでBの債権者からの履行を免れようとしているように見える。従来の判例は、法定相続分の限りでは相続人は登記なく第三者に対抗できるとすることで、相続人の債権者にも、戸籍簿から判明する法定相続分の限りで期待しえない地位を確保し、取引安全を図ってきたともいえる。この結論を過度に尊重することは、この趣旨に反するだろう。(3) 特定財産承継登記の意義BとYがひとまず法定相続分で相続登記を行ったことは何か意味をもつだろうか。特定財産承継の登記がされても、遺贈による権利の取得は対抗要件(不登63条2項)である。遺贈の場合、従来は遺贈義務者と遺贈権利者の共同申請とされたが、所有者不明土地問題解消を目的とする2021年民法・不動産登記法改正を経て、登記権利者が単独で申請できるようになった(同条3項)。現行では、遺贈の事実を知った時から3年以内に相続登記(法定相続分の登記)がなされないと相続人申告登記(相続が開始した旨のみ示す)を義務付けられる(同法76条の3第1項)。遺言の効力に争いがあった後では、ひとまず相続登記することは法律の要請であり、法定相続の外観が作出されたことは、XとYとの利害に有利にも不利にもならないだろう。5. 分割手続、訴訟方法の問題XはBから甲の共有持分の譲渡を受けたにとどまる(包括の包括譲渡と解する余地)。この場合は、Xが遺贈分割手続に続く物権法上の共有物分割請求(256条1項)をBに代わって求めることができる(最判昭和50・11・7民集29巻10号1525頁)。Bの遺贈確認請求は、自らに帰属するのを求めるのではなく他の相続人であるCとDとの共有者となる者の共有の確認を求める訴訟は、そもそも訴訟の対象になるかが問題となるが、それを認めた判例がある(最判昭和46・10・7民集25巻7号985頁)。共有関係の確認請求を共有者全員の共同訴訟とする解釈には学説の批判が多い。●関連問題●本問において、Aの遺言書には、「Yに甲一式を与える。Bの生計の資については遺言執行者C(Aの弟)に一任する。遺産の管理を委ねる」とあった。Xの請求はどうなるか。●参考文献●潮見佳男『詳解相続法(第2版)』(弘文堂・2022)174頁・354頁・536頁・562頁・621頁山野目章夫・家族法判例百選(第6版)(2002)152頁窪田充見・百選Ⅲ152頁栗田宗彦・判タ1114号(2003)80頁田澤寛「遺言と登記をめぐる相続法の課題」法律89巻11号(2017)39頁山野目章夫「はじめから始める物権法」(日本評論社・2022)159頁/Ⅱ巻図