法定地上権①
2025/09/03
Aとその父Bは、親子で工務店を営んでいた。Aは、結婚を機に、Bと相談のうえ、B所有の甲土地に、下層階に工場の倉庫スペース、上層階にAの新居スペースをもつ建物を建てることにした。ほどなく甲土地上に乙建物が完成し、Aを所有者とする登記もされた。Aら夫婦の居住も始めた。その翌年、Aは、Bに、乙建物と工場の設備拡充のためX銀行から融資を受けるに当たり、その担保として、Xのために乙建物上に1番抵当権(被担保債権額3600万円)を設定した。 それから2年後、Bが交通事故で急死し、Aが甲土地を相続した。Aは、経営が悪化する一方の工場の資金繰りに窮し、新たにY銀行から融資を受けることになった。そこで、Yのため、まずは甲土地上に1番抵当権(被担保債権5000万円)、そしてその翌年には乙建物に2番抵当権(同500万円)が順次設定された。 その後、工場の経営はますます行き詰まり、ついにXの申立てにより甲土地と乙建物が競売に付された。執行裁判所は、両不動産の売却で得られた配当財産6000万円につき、甲土地価額5000万円をYに、乙建物価額1000万円をXに配当する配当案を作成した。これに対し、Xが配当異議の訴えを提起した。すなわち、甲土地には乙建物のための法定地上権が成立するため、甲土地の価額の6割に当たる3000万円は法定地上権の価額に相当するものであるとして、乙建物の全額1000万円とともに建物抵当権者に配当されるから、Xの主張は認められるか。 ●解説● 1. 法定地上権の成立要件 法定地上権の成立要件の1つに「抵当権設定時に土地と建物の所有者が同一人であること」がある(388条)。本問では、Xの1番抵当権設定時には土地と建物の所有者が異なっていたが、その後の抵当権設定までの間に同一人に帰属するに至っている。 法定地上権の効力は従たる権利である土地利用権にも見えぬため、もし本問で法定地上権の成立が認められるとすれば、XとYの土地の価額の5分の3も法定地上権の部分は建物抵当権者に配当されることになる。 (1) 設定時に同一人に帰属した場合のみの登場人物(甲と乙をA所有として) 抵当権設定時に土地と建物が同一人に帰属していた事例が多いのである(参考判例①)。 法定地上権の成立要件に、Yの抵当権設定時(なかった)のをどう評価するか。 Yの抵当権設定時(なかった)のをどう評価するか。 (2) 土地と建物が同一人に帰属した後、2番抵当権が設定された場合 土地に1番と2番の抵当権が順次設定された場合につき、判例は、法定地上権の成立を否定する(参考判例②)。法定地上権の成立を認めると、1番抵当権者が把握していた、約定担保価値が損なわれる、というのがその理由である。 (3) 土地と建物のそれぞれに2番抵当権が設定された場合 土地・建物のいずれにも抵当権が設定された後、建物が同一人に帰属し、次いで建物に抵当権が設定され、土地抵当権の実行時には法定地上権は肯定されることになる。 2. 本問についての結論 Yの抵当権の設定時に成立要件を具備していることを踏まえ、法定地上権の成立を認める見解に立つならば、X主唱の、建物の抵当権者Xに担保価値額3000万円が配当され、さらにYには、土地の価額5000万円から法定地上権の価額を引いた残額(底地価額)2000万円が配当される。他方、AB間で賃貸借契約が結ばれていたらならば、建物の抵当権者には建物価額1000万円に加えて約定利用権の価額分も配当される。前述のとおり、約定利用権は、法定地上権よりも額は概して低く、これを土地の価額の5割で計算するとすれば、本問では2500万円となる。その結果、1番抵当権者Xには3500万円が、土地の抵当権者Yには底地価額2500万円が配当される。 なお、ごくわずかな対価の支払しかされていない場合では、賃貸借と使用貸借のいずれであるのかを判断するのが非常に難しい(最判昭和43・10・27民集20巻8号1649頁、最判昭和53・7・17金法874号24頁等)。本問では、Xが抵当権の価値を認定する際には、賃借権の存在が看過されていたのであるが、実際にそれが認められるかは、AB間で賃貸借を認めるに足る対価の授受があったか否となる。本問の解答をする際には、そのことにも留意しつつ適切な形で総合分けをすることが求められる。 51 法定地上権② Aは、自己所有の甲土地上に5階建ての乙建物を建て、自身が経営する会社の事務所に使用していた。Aは、会社の経営規模を拡大させるべくB銀行から融資を受けることとし、2019年3月、Bとの間で、甲土地および乙建物につき、根抵当権を設定し、根抵当権者をBとする共同根抵当契約を締結した。ところが、乙建物は、2020年4月にこの地を襲った大地震によって倒壊、滅失した。Aは、これを機に別の場所に移して会社の新社屋を建てることにして、甲土地上には、2021年1月、比較的小さな丙建物を建築し、これをCに賃貸した。 ところが、ほどなくAの会社の経営は危機的状況に陥り、Aは弁済期日にBに対して債務を弁済することができなくなった。そこでBは、甲土地につき、上記根抵当権に基づいて裁判所に不動産競売を申し立て、裁判所は2021年12月に不動産競売開始決定をした(なお、BのAに対する被担保債権額は1億4000万円であった)。2022年4月、Yは、甲土地につき売却許可決定を受けて、代金9800万円を納付し、甲土地の所有権者となった。そこでYは、甲土地の所有権に基づく返還請求として、Aに対して丙建物収去・甲土地明渡請求を、Cに対して丙建物退去・甲土地明渡請求をした。 Yの訴えは認められるか。 ●関連問題● Y所有の甲土地とYの子Aが所有する丙地上の乙建物とに、Bの1番共同根抵当権(α)が設定された。翌年、Aが死亡し、乙建物をYが相続したが、その後に甲土地にCの2番抵当権(β)が設定された。次の各場合において、Xは、Yに対して乙建物の収去および甲土地の明渡しを請求することができるか。 (1) 上記のような状況のまま、Cがβ抵当権を実行し、Xが甲土地を買い受けた場合 (2) α抵当権の設定契約が解除され、抹消登記がなされた後に、Cがβ抵当権を実行し、Xが甲土地を買い受けた場合 ●参考文献● 伊藤進・金法1267号(1990)6頁 松本恒雄・百選Ⅰ 184頁Aとその父Bは、親子で工務店を営んでいた。Aは、結婚を機に、Bと相談のうえ、B所有の甲土地に、下層階に工場の倉庫スペース、上層階にAの新居スペースをもつ建物を建てることにした。ほどなく甲土地上に乙建物が完成し、Aを所有者とする登記もされた。Aら夫婦の居住も始めた。その翌年、Aは、Bに、乙建物と工場の設備拡充のためX銀行から融資を受けるに当たり、その担保として、Xのために乙建物上に1番抵当権(被担保債権額3600万円)を設定した。 それから2年後、Bが交通事故で急死し、Aが甲土地を相続した。Aは、経営が悪化する一方の工場の資金繰りに窮し、新たにY銀行から融資を受けることになった。そこで、Yのため、まずは甲土地上に1番抵当権(被担保債権5000万円)、そしてその翌年には乙建物に2番抵当権(同500万円)が順次設定された。 その後、工場の経営はますます行き詰まり、ついにXの申立てにより甲土地と乙建物が競売に付された。執行裁判所は、両不動産の売却で得られた配当財産6000万円につき、甲土地価額5000万円をYに、乙建物価額1000万円をXに配当する配当案を作成した。これに対し、Xが配当異議の訴えを提起した。すなわち、甲土地には乙建物のための法定地上権が成立するため、甲土地の価額の6割に当たる3000万円は法定地上権の価額に相当するものであるとして、乙建物の全額1000万円とともに建物抵当権者に配当されるから、Xの主張は認められるか。 ●解説● 1. 法定地上権の成立要件 法定地上権の成立要件の1つに「抵当権設定時に土地と建物の所有者が同一人であること」がある(388条)。本問では、Xの1番抵当権設定時には土地と建物の所有者が異なっていたが、その後の抵当権設定までの間に同一人に帰属するに至っている。 法定地上権の効力は従たる権利である土地利用権にも見えぬため、もし本問で法定地上権の成立が認められるとすれば、XとYの土地の価額の5分の3も法定地上権の部分は建物抵当権者に配当されることになる。 (1) 設定時に同一人に帰属した場合のみの登場人物(甲と乙をA所有として) 抵当権設定時に土地と建物が同一人に帰属していた事例が多いのである(参考判例①)。 法定地上権の成立要件に、Yの抵当権設定時(なかった)のをどう評価するか。 Yの抵当権設定時(なかった)のをどう評価するか。 (2) 土地と建物が同一人に帰属した後、2番抵当権が設定された場合 土地に1番と2番の抵当権が順次設定された場合につき、判例は、法定地上権の成立を否定する(参考判例②)。法定地上権の成立を認めると、1番抵当権者が把握していた、約定担保価値が損なわれる、というのがその理由である。 (3) 土地と建物のそれぞれに2番抵当権が設定された場合 土地・建物のいずれにも抵当権が設定された後、建物が同一人に帰属し、次いで建物に抵当権が設定され、土地抵当権の実行時には法定地上権は肯定されることになる。 2. 本問についての結論 Yの抵当権の設定時に成立要件を具備していることを踏まえ、法定地上権の成立を認める見解に立つならば、X主唱の、建物の抵当権者Xに担保価値額3000万円が配当され、さらにYには、土地の価額5000万円から法定地上権の価額を引いた残額(底地価額)2000万円が配当される。他方、AB間で賃貸借契約が結ばれていたらならば、建物の抵当権者には建物価額1000万円に加えて約定利用権の価額分も配当される。前述のとおり、約定利用権は、法定地上権よりも額は概して低く、これを土地の価額の5割で計算するとすれば、本問では2500万円となる。その結果、1番抵当権者Xには3500万円が、土地の抵当権者Yには底地価額2500万円が配当される。 なお、ごくわずかな対価の支払しかされていない場合では、賃貸借と使用貸借のいずれであるのかを判断するのが非常に難しい(最判昭和43・10・27民集20巻8号1649頁、最判昭和53・7・17金法874号24頁等)。本問では、Xが抵当権の価値を認定する際には、賃借権の存在が看過されていたのであるが、実際にそれが認められるかは、AB間で賃貸借を認めるに足る対価の授受があったか否となる。本問の解答をする際には、そのことにも留意しつつ適切な形で総合分けをすることが求められる。 51 法定地上権② Aは、自己所有の甲土地上に5階建ての乙建物を建て、自身が経営する会社の事務所に使用していた。Aは、会社の経営規模を拡大させるべくB銀行から融資を受けることとし、2019年3月、Bとの間で、甲土地および乙建物につき、根抵当権を設定し、根抵当権者をBとする共同根抵当契約を締結した。ところが、乙建物は、2020年4月にこの地を襲った大地震によって倒壊、滅失した。Aは、これを機に別の場所に移して会社の新社屋を建てることにして、甲土地上には、2021年1月、比較的小さな丙建物を建築し、これをCに賃貸した。 ところが、ほどなくAの会社の経営は危機的状況に陥り、Aは弁済期日にBに対して債務を弁済することができなくなった。そこでBは、甲土地につき、上記根抵当権に基づいて裁判所に不動産競売を申し立て、裁判所は2021年12月に不動産競売開始決定をした(なお、BのAに対する被担保債権額は1億4000万円であった)。2022年4月、Yは、甲土地につき売却許可決定を受けて、代金9800万円を納付し、甲土地の所有権者となった。そこでYは、甲土地の所有権に基づく返還請求として、Aに対して丙建物収去・甲土地明渡請求を、Cに対して丙建物退去・甲土地明渡請求をした。 Yの訴えは認められるか。 ●関連問題● Y所有の甲土地とYの子Aが所有する丙地上の乙建物とに、Bの1番共同根抵当権(α)が設定された。翌年、Aが死亡し、乙建物をYが相続したが、その後に甲土地にCの2番抵当権(β)が設定された。次の各場合において、Xは、Yに対して乙建物の収去および甲土地の明渡しを請求することができるか。 (1) 上記のような状況のまま、Cがβ抵当権を実行し、Xが甲土地を買い受けた場合 (2) α抵当権の設定契約が解除され、抹消登記がなされた後に、Cがβ抵当権を実行し、Xが甲土地を買い受けた場合 ●参考文献● 伊藤進・金法1267号(1990)6頁 松本恒雄・百選Ⅰ 184頁
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
ISBN978-4-7857-2991-2
抵当権に基づく明渡請求
2025/09/03
A銀行はB会社に対して1億円融資をし、2020年3月1日、B所有の甲建物に抵当権の設定を受け、設定登記を了した。Bが債務不履行に陥ったので、2023年6月1日、Aは甲建物につき抵当権の実行を申し立て、競売手続が開始された。ところが、甲建物を占有する者がいたため、売却手続における買受人が現れず、売却基準価額の見直しがされたが、その後も買受人が見込みが立っていなかった。Aは、BおよびCに対して、いかなる請求をなしうるか、以下の(1)、(2)の場合を分けて考察しなさい。(1) Bが、甲建物を不法占有している場合(2) Bが、2022年5月1日、甲建物をCに、期間5年、賃料月額50万円(不動産の適正賃料は月額300万円であった)、敷金1億円、譲渡・転貸自由の約定で賃貸し、Cが引渡しを受け、現在、甲建物に居住している場合●解説●1. 占有権原としての抵当権伝統的な考え方によれば、非占有担保である抵当権は、目的物の利用価値を設定者に留保して、目的物の交換価値(担保価値)のみを把握する「価値権」であるゆえに、財産処分の効力を引き出すことができる反面、「価値権」から使用・収益はなしえないとされる。ところが、特に昭和50年代以降、執行妨害が横行するようになり、抵当権者は、執行妨害を実力で排除する(自力救済)ほか有効な対抗手段がなかった。多くの下級審裁判例が、執行妨害の実態を踏まえてこれを是正したほか、最高裁は、原則論(建前論)に固執した。最高裁は、占有者の占有権原の有無について、所有者の明渡し請求権を代位行使した所有者によって、所有者の明渡し請求権が認められると解した(民法423条の債権者代位権の規定を参照)。2. 不法占有者の排除参考判例①は、占有者が、権原を有しない占有者(不法占有者)の排除を認めた。その骨子は以下のとおりである。まず、抵当権者は、原則として、抵当不動産の所有者が行うべき不法占有の排除について、代位行使が認められる(民法423条の債権者代位権の規定を参照)。その上で、抵当権者は、抵当不動産の所有者による不法占有の排除が円滑に行われないために、抵当権侵害が継続するような困難な状況があるときは、これを抵当権に対する妨害と評価することができる。その上で、抵当権者は、抵当不動産の所有者による不法占有の排除が円滑に行われないために、抵当権侵害が継続するような困難な状況があるときは、これを抵当権に対する妨害と評価することができる。3. 占有権原の排除小問(2)では、小問(1)のような原状(短期賃借権)に、占有権限を排除することは可能か。参考判例②は、一定の要件のもと、占有権限を認める判決を下した。最高裁は、参考判例②を引用し、抵当権者に対する妨害排除の作用が、抵当権設定登記後の所有者から占有権限の設定を受けて占有する者について、抵当権の実行としての競売手続を妨害するような占有権限を主張することが予定されており、抵当権の実行としての競売手続を妨害するような占有権限の主張を認める判示をしている。4. 抵当権者の占有権原の取得と利用権の調整判例法理を整理しておこう。最高裁は、抵当権者が占有権原を支配する基礎となる交換価値の実現が困難となることを、第三者の交換価値(物権)に対する妨害状態(物権)であるとみている。●関連問題●本問において、Bが2019年2月25日、甲建物をCに、期間5年、賃料月額50万円、敷金1億円、譲渡・転貸自由の約定で賃貸し、Cが引渡しを受け、現在、甲建物に居住している場合、Aは、BまたはCにどのような請求をなしうるか。●参考文献●松岡久和・百選Ⅰ(第5版)(2001)178頁田高寛・百選Ⅰ 180頁
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
ISBN978-4-7857-2991-2
抵当権の効力の及ぶ範囲
2025/09/03
Aは、甲土地とその地上にある乙建物を所有する。甲土地には、AがXに対して負う債務を担保するための抵当権が設定され、その旨の登記がされている。甲土地の一部は日本庭園となっており、Aは、その眺望を売りの1つとする料亭を乙建物で営んできた。2、3年ほど前までは経営は順調であった。ところが、近隣に建てられたホテルに客を奪われるようになったため、Aは、甲土地を駐車場として貸し出す等の対応を講じた。そこで、必要な経費の追加をXに願い出たところ、Xは、改めるべきは料理であるとの考えを示し、Aからの申出を断った。料亭に積極的でないと固く信じていたAは、Xからの借金を、父からの借金の手配に切りかえた。具体的には、甲土地に大きめの石灯籠と小さめの石灯籠(以下、それぞれ「石灯籠大」「石灯籠小」という)の2つを設置した。ところが、このような対応は客に受け入れられず、客足を回復するまでには至らなかった。やがて資金繰りに窮するようになったAは、石灯籠を2つとも、やはり料亭を経営する友人に売ることにした。石灯籠大は、後日、Aが引渡しに必要な手配をすることとされていたが、まだなお甲土地上に置かれたままである。石灯籠小は、契約を結んだその日にYが自らトラックで持ち去った。以上の場合において、Xは、Yに対し、石灯籠小の引渡しを請求し、石灯籠大につき甲土地に属することを請求することができるか。●解説●本問の抵当権者Xによる石灯籠の搬出禁止と原状回復の請求は、物権的請求権の行使による。石灯籠が甲土地に付合したものであること、XがこれをYに対抗できることが前提となる。1. 抵当権の効力が石灯籠に及ぶか抵当権は、土地・建物といった不動産に設定することができる(369条1項)が、その効力の及ぶ範囲は土地・建物それ自体に限られない。民法370条本文により、抵当不動産に「付合して一体となっている物」に抵当権の効力が及ぶことを規定し、同条本文が規定するように、建物は土地の付加物と一体とみることができる。ただし、土地に設定された抵当権の効力が建物に及ぶことはない。土地・建物は別個の不動産であり、建物自体の取引観念も自立している。抵当不動産に付合してその一部(構成部分)となっている物(付合物)を抵当権設定後に甲土地に樹木が植えられたならば、抵当権の効力は樹木にも及ぶ。これに対して、本問の石灯籠のような従物はどうか。主物と同一の所有者に属し、物の独立性を保ちながら、主物の経済的効用を高めるという(87条1項)、独立性を保ちながら、主物の経済的効用を高めるという特徴から、抵当不動産の従物は「付合して一体となっている物」に当たるとした判例があり、実際には、民法370条本文の付合に及ぶ効力とみている。2. 石灯籠につき抵当権の効力を第三者に対抗できるか抵当権は、石灯籠の取引の目的を妨害しないと解されているが、その他、抵当権の効力が及んでいることに対抗できるか(参考判例①)。●発展問題●Aは、Bから賃借している甲土地上に乙建物を所有し、これをコンサート会場として甲土地において利用していた。Aは、運搬資金を調達するための抵当権が設定・登記されている。乙建物の現在の評価額は1億円であり、甲に対する賃借権は2億円と評価する。(a) 10年以上前から使ってきた舞台装置(B)があったが、流行の演出をすることができなかったので、Aは、新しい舞台装置(B)をDから4億円で購入した。Bの現在の評価額は3億円であり、乙建物から容易に取り外すことができる。(b) 抵当権に基づく競売がなされ、Eが乙建物を買い受けた。Bが、「自分が土地を買い戻した」のでAのBであり、Eは抵当権の実行がないと、乙建物に対する占有の明渡しをEは、これを拒むことができるか。(c) DがGの舞台装置の所有権を自己に留保してAに売却したところ、Aから売買代金の支払を一切受けられなかったため、Gは引き上げた。Gは、乙建物に対する譲渡を譲受けることができるか。(d) Bの舞台装置は、Fに対して担保設定の趣旨で譲渡された。所有建物の登記にFの建物にも戻すことができる。これら、乙建物の価値に属するよう請求することができる。(e) Aは、事業がうまくいかなくなり、生活苦にすら困るようになったため、後片付けのことを考えず、Gの舞台装置をGに預けず、Gは、AがC以外の者からも生活資金の援助を頼っている事情を知り、これにつけ込んで、Bを2000万円で買い叩いた。Gは、乙建物に抵当権が設定されていることも知っていたが、これが過失なく知らなかったAに好機に乗じておりBの3億円で転売し、Bは、今自己の建物に持ち去った。Bは、GおよびHに対し、いかなる請求をすることができるか。●参考文献●吉積健三郎・百選Ⅰ 172頁青木則幸・百選Ⅰ 182頁
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
ISBN978-4-7857-2991-2
物上代位と相殺
2025/09/03
Aは、5階建てのオフィスビル(以下、「本件建物」という)の所有者である。2022年11月15日、Aは、Yに対し、本件建物の1階および2階部分を賃貸し(以下、この契約を「本件賃貸借契約①」という)、これを引き渡した。賃貸借の期間は15年、賃料は月額500万円、敷金は1500万円、保証金は5000万円とされた。同日、Yは、Aに対して定められた敷金と保証金を交付した。2024年5月10日、Xは、Aに対する1億5000万円の貸金債権(以下、「本件貸金債権」という)を担保するために、Aから本件建物について抵当権の設定を受け、その旨の登記を経た。2027年5月10日、Aは、Zに対し、本件建物の3階部分を賃貸し(以下、この契約を「本件賃貸借契約②」という)、これを引き渡した。賃貸借の期間は10年、賃料は月額300万円で、敷金は1000万円、保証金は4000万円とされた。同日、Zは、Aに対し、Aとの間で定められた敷金と保証金を交付した。2029年1月15日、Aは、本件貸金債権にかかる債務について、履行遅滞に陥った。そこで、Xは、抵当権に基づく物上代位権の行使として、同月25日、AのYに対する本件賃貸借契約①に基づく賃料債権およびAのZに対する本件賃貸借契約②に基づく賃料債権について差押命令を申し立て、同月27日、それぞれYとZとに送達され、同月29日、いずれもAに送達された。差押命令の範囲は、AのYに対する本件賃貸借契約①に基づく賃料債権およびAのZに対する本件賃貸借契約②のいずれについても、2029年1月分から同年12月分までである。YとZとは、Xから同賃料債権の取立てを受けたときに、どのような反論をすることができるか。●解説●1. 物上代位と相殺に関する判断枠組み抵当権者は、抵当権に基づく物上代位の行使として、抵当不動産の賃料債権を差し押さえることができる。この場合において、差押命令が抵当不動産の所有者に対して送達された日が、抵当不動産の所有者に対して(民事193条2項の東定による155条1項本文の準用)、抵当権者が賃料債権の取立てをすることができる日である。(1) 抵当権設定登記の後に取得した債権を自働債権とする相殺判例によれば、抵当不動産の賃借人が抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権とし、賃料債権を受働債権とする相殺をもって、抵当権者に対抗することはできない(参考判例①)。物上代位により抵当権の効力が公的に公示されているからである(このことについて、最判平成10・1・30民集52巻1号1頁→本章Ⅲ)。(2) 抵当権設定登記の前に取得した債権を自働債権とする相殺これに対し、抵当不動産の賃借人が抵当権設定登記の前に賃貸人に対して取得した債権を自働債権とし、賃料債権を受働債権とする相殺をもって、抵当権者に対抗することはできる(参考判例①)。この場合には、抵当権に基づく物上代位による差押えがされたものと評価される(372条・304条1項ただし書)からである。2. 自働債権の特殊性:敷金・保証金自働債権が敷金である場合は、物上代位と相殺との優劣に関する一般ルール(前述1)が適用される。これに対し、敷金返還請求権が問題となった事案について、その内容に立ち入らずに判断を下したものとして、参考判例③がある(参考判例③を参照)。3. 相殺の合意の効力抵当権設定登記の後に取得した賃借人の賃貸人に対する債権と賃料債権とで、相殺の合意が成立した場合には、その相殺合意の効力を抵当権者に対抗することができる。4. 2017年民法改正の影響2017年民法改正は、物上代位と相殺との優劣に関する判例法理を前提とするものである。5. 敷金と相殺敷金は、賃貸借契約の期間満了後、賃借人が賃貸人に対して有する敷金返還請求権(622条の2第1項)を自働債権として、賃貸人が賃借人に対して有する賃料債権とを相殺することを予め合意したものであるとみることができる。
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
ISBN978-4-7857-2991-2
抵当権に基づく賃料債権への物上代位
2025/09/03
Xは、2017年9月4日、Aに対して2億円を貸し付け、同債権を担保するために、A所有の賃貸用ビルに第一順位の抵当権の設定を受け、抵当権設定登記を備えた。中には、賃借人Yらが存在していたところ、Yらから得られる月額の賃料合計は500万円で、賃料は毎月前月末日までに支払うものとされていた。2018年9月4日、Aが定期利息の支払を怠ったため、Aに対して5300万円の債権を共有していたが、債権の回収に不安を感じた。そこで、2018年9月5日、BがAと交渉し、前記5300万円の債権に対する代物弁済として、同年10月分から2019年8月分までの中で甲の賃料債権の譲渡を受けた。Aは、Yらに対して、内容証明郵便で債権譲渡を通知し、これらの通知は2018年9月11日までにYらに到達した。Xは、国会の経済政策に大きな影響を与えたとして、Xは、2018年9月12日、抵当権に基づく物上代位権の行使として、AがYらに対して有する甲の賃料債権(ただし、管理費および共益費相当分を除く)に対して、本件抵当権に基づく支払期日に消滅金に充てるまでの部分を対象に、債権差押命令を申し立てた。差押命令は、9月18日までにYらに送達され、9月20日にAにXが送達された。Xが、2018年9月28日、最高裁(民集153巻2号・155条)に基づきYらに対し10月分の賃料の支払を求めたところ、YらはBへの債権譲渡の存在を理由に支払を拒否した。Xは、民法(193条2項・157条)を根拠とし、Yらに10月分および(代物弁済の効来する)それ以降の賃料の支払を求めることができるか。●解説●1. 抵当権に基づく賃料債権への物上代位民法372条は、先取特権に基づく物上代位の規定である民法304条を抵当権に準用する。それゆえ、民法304条1項本文を素直にみると、「抵当権は、その目的物の売却、賃貸、滅失又は損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても、行使することができる」(物上保証人や第三取得者の存在を考慮し、「債務者」は「抵当不動産所有者」と読み替えられる)。しかし、抵当権と先取特権は性質を異にする判断である(たとえば効力の有無、333条参照)。特に抵当権設定契約に基づき、抵当権者が物上代位権を目的物について優先的に行使することを認めている議論があった。(1) 賃料債権への物上代位の可否抵当権は、目的物の使用・収益を抵当権設定者に委ねる非占有担保であり(目的物の交換価値のみを把握)、設定者の収益権限に介入することはできないとも考えられるため、抵当権に基づく賃料債権への物上代位を原則として否定する設定も考えられなくなかった。2003年改正前の民法371条によれば、目的不動産の差押(天災)後でなければ、抵当権の効力が目的不動産の果実には及ないとされていたため、それとの均衡から抵当権の実行としての目的不動産の差押後でなければ、賃料債権(法定果実)への物上代位を認める見解もあった。(2) 賃料債権を把握するための手段担保不動産収益執行は併行して申し立てる。抵当権者は、賃料債権から優先弁済を受けるべきである。不動産の所有権が第三者に譲渡され、管理人が選任され、不動産の所有権の管理および収益を専有し、第三者の部分が、抵当権者に劣後する(民事執行法188条・59条参照)。2. 抵当権に基づく物上代位と目的債権の譲渡との優劣(1) 判例の立場参考判例②は、物上代位の目的債権が譲渡され、譲受人が確定日付のある通知による対抗要件(467条)を具備した後に、抵当権者が目的債権を差し押さえた事案で、物上代位権の行使としての差押えと債権譲渡の優劣は、確定日付のある債権譲渡通知と差押命令の第三債務者への送達の先後によって決するとしている。(2) 差押えの意義について差押えは、物上代位の目的債権が譲渡された場合に、譲受人が確定日付のある通知による対抗要件を具備した後に、抵当権者が目的債権を差し押さえた場合に、抵当権者が物上代位権を行使することができるかどうかが問題となった。(3) 物上代位に対するその他の対抗手段物上代位の対象とされた目的債権に、賃料債権以外の債権(たとえば転貸料)は含まれるかという問題がある。そこでは、転貸料は賃料債権の履行として行われるものであるから、物上代位権の行使が問題となった。
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
ISBN978-4-7857-2991-2
債権質・担保価値維持義務
2025/09/03
A株式会社は、2021年11月1日、B社から、建物の事務所部分を期間2年、賃料月額600万円(支払期限は各前月末日)で賃借し、その引渡しを受け、Bに対して敷金として合計6000万円を差し入れた。2022年11月1日、Aは、C銀行に負担する一切の債務の担保(被担保額5000万円、元本確定期日2023年10月31日)として、AがBに対して有する敷金返還請求権に質権を設定し、Bは、確定日付のある証書により本件質権の設定を承諾した。なお、2023年2月20日の時点で、Aには1億円余の銀行預金が存在していた。(1) (a) 2023年2月20日、BとDの間で、賃貸借契約を更新せずに、同年10月末日で終了させることとし、同時に敷金を1200万円に変更して、3月分以降の賃料を支払わず、敷金の差額(4800万円)の返還債権で相殺する旨の合意(本件合意ⓐ)をなした。同年6月20日、本件合意ⓐに気づいたCは、A・Bに対して、いかなる請求をなすことができるか。(2) (a) Aが、2023年2月20日、BとDの間で、同年10月末日で賃貸借契約を更新せずに終了させることとし、敷金を未払賃料に充当する旨の合意(本件合意ⓑ)をなした。同年10月31日、本件賃貸借が終了し、本件敷金6000万円のうち5000万円が本件建物の修繕費に充当された。A・B間の賃貸借契約の終了および敷金充当を知ったC(確定した被担保債権は4000万円)は、A・Bに対して、いかなる請求をなすことができるか。●解説●1. はじめに債権質は、物ではなく債権(権利)を担保目的とするゆえに、設定者は、債権を放棄するなどによって容易に担保目的である権利を消滅・変更させることができる。そこで、判例は、質権設定者に対して、設定者は、債権の担保価値を維持すべき義務(担保価値維持義務)を負うとし、債権の放棄・免除・相殺・更改等当該債権を消滅・変更させるなど担保価値を毀損する行為を行うことは、同義務違反として許されないとする。2. 担保価値維持義務設定者が、自己の所有する物(不動産・動産)ではなく、自己の権利を担保価値の目的とする場合がある。民法は、権利質について「質権は、財産権をその目的とすることができる」(362条1項)との定めを置く。具体的には、債権質、特許権、信託受益権などであるが、その他、権利を担保の目的とする例としては、地上権・永小作権への抵当権の設定、転質・転抵当などが挙げられる。これらを仮に「権利の担保」と称するならば、「権利の担保」においては、設定者が仮に「権利の担保」と称する利益を放棄するなど、設定者の意思によって、容易に担保目的である権利を放棄するなど、設定者の意思によって、担保価値が毀損されることを防止するために、権利を変更することができないこととなる。そこで、担保目的である権利を自由になしうることを前提としたうえで、担保権者に放棄を対抗できないとか、第三者の権利を害することができないとの規定(地上権・永小作権を目的とする抵当権につき398条、質権の承諾を得た場合における質権設定者の権利処分につき97条など)が置かれている。さらに、債権質や転質・転抵当については、条文は存在しないが、解釈論として、設定者は、質権者に質権を対抗できない(相殺を承認した参考判例①)、あるいは、原抵当権者は、原債務者と原抵当権を消滅させないなどとされた(これらは一般に「設定者の拘束」と呼ばれる(新田渉・「民法における権利拘束の原理」法学研究38巻1号(1965)221頁参照)。3. 建物賃貸借における敷金返還請求権の基準建物賃貸借において、敷金返還請求権は、賃貸借の終了後、建物の明渡しがなされたときに、賃貸借から生ずる一切の債務を控除した残額について発生する(最判平成22・9・6判時2096号66頁)。この敷金は、担保価値維持義務という視点から論ずることができるよう敷金返還請求権の性質を分析することが、敷金返還請求権を目的とする担保設定の法的問題を解明するうえで重要である。4. 担保価値維持義務違反の効果担保価値維持義務違反については、以下の効果が想定される。ⓐ 設定者は、被担保債権の期限の利益を喪失する(137条参照)。ⓑ 担保権者は、設定者に対して、増担保請求および代わる担保価値請求をなすことができる。ⓒ 増担保請求については、債権者の意思表示により特定の対象物件についてただちに担保権が設定される(形成権説)のではなく、債権者が債務者に対して特定の対象物件につき増担保の設定を請求したならば、債務者は承諾するかまたは協議に応じる義務を負うにとどまる(請求権説)と解されている(東京高判平成19・1・30判タ1252号252頁)。
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
ISBN978-4-7857-2991-2
動産質・権利質設定と転質
2025/09/03
貴金属を営むAは、資金繰りに窮したため、2023年4月20日、店舗展示用の2000万円相当の宝石αを同業者Bに質入れし、返済期日を同年10月20日、利息月利1パーセント・遅延損害金月利1.5パーセントとして、500万円の融資を受けることとした。(1) Bは、Aの承諾を得て宝石αを自己の店舗に展示していたところ、2023年5月25日、Aから、買物セールの展示用として宝石αを使いたいので、6月1日から2週間だけ返してほしいと懇願され、使用させることにした。ところが、2週間を過ぎても、Aは宝石αをBに返還しようとしない。BはAに対して宝石αの返還を請求することができるか。(2) Bが宝石αをAの承諾を得て自己の店舗に展示していたところ、2023年5月25日、Aの元夫Cから、Aが買物セールの展示用として宝石αを使いたがっているので、6月1日から2週間だけ貸してほしいと懇願され、Bは、使わせることにした。同年5月30日、Bが宝石αをCに託した。ところが、そのような事実はまったくなく、騙されたと知ったBが、同年6月5日、Cに宝石αの返還を求めたところ、Cは、同月3日に同宝石を、事情を知悉した友人Dに500万円で売却し、同日Dに引き渡しがなされていた。BはDに対して宝石αの返還を請求することができるか。(3) 2023年6月20日、BはAの承諾なしに、宝石αをさらに金融業者Eに質入れし、返済期日を9月20日、利息年利15パーセント、遅延損害金年利20パーセントとして、700万円の融資を受けた。同年9月20日、Bが返済を怠ったため、Eは、宝石αにつき動産競売を申し立てて、700万円および利息・損害金につき、弁済を受けることができるか。また、2023年9月20日、Aから500万円の弁済を受けることができるか。●解説●1. 動産質権の設定、「引渡し」および「占有の継続」動産質権の設定については、民法が、一方では、質権の効力において、質権設定契約の当事者による「代理占有」を禁止する(345条)一方で、質権設定の各則において、「占有の継続」がなければ、質権を第三者に対抗できないとの規定(352条)を置く。各規定の意味および相互の関係をどのように説明するか、民法解釈上の意見および近時の有力説は、占有担保の有する特徴的な機能にかかわっているからである。伝統的な通説は、「占有」要件を留置的効力に結びつけて説明する。すなわち、留置的効力を有する担保である質権の対抗効力として重視し、非占有担保である抵当権と区別する。これに対し、有力説は、「占有」要件を担保物権の価値と結びつけて説明する。すなわち、質権においても、優先弁済的効力が中核であり、留置的効力はそれを促進する補助的手段にすぎないとし、「占有」要件は、公示機能を補完するものとして対抗要件の枠組みが整理されている。(1) 「引渡し」(344条)目的物の引渡しが、物権としての質権の効力発生要件であることに争いがない。ただし、質権の設定においては、質権の設定者が本体とする占有の継続をすることができない。(2) 「占有の継続」(352条)民法352条は、動産質権について、「継続して質物を占有しなければ、その質権をもって第三者に対抗することができない」と規定する。2. 動産質権に基づく返還請求質権も、優先弁済的効力を有する価値支配権である点では抵当権と変わりはない。したがって、質権の担保価値の実現を妨げる妨害行為に対して妨害排除・予防請求をなすことができる。さらに動産については特定した上で、質権者は、質権占有を根拠とする占有訴権(201条)と質権に基づく物権的請求権(妨害排除・予防請求)の行使が可能である。ただし質権者は、不動産質権として(356条)、あくまでも留置を目的としたものであり(347条)、原状として、質権設定者の承諾がなければ保存行為を除いて使用収益権限は含まれない(350条による298条の準用)に注意を要する。3. 転質の法律関係質権も財産権(物権)であるから、仮に何らかの制約を伴うものではあるとしても、原則として、質権者はそれを処分することができ、その処分の効力として、質権(またはその目的物)を他の債権の担保に供することができる。質権は、自己の債権について質権を行使することができるのが規定(348条)とともに、質権設定の承諾がなければ質権を担保に供することができないとの規定(350条が準用する298条2項)が存在するために、解釈上の疑義が生じた。しかし、大審院連合部決定は、それまでの判例を変更し、質権者が質権設定者の承諾を得ないでなしに転質もなし得る(責任転質)。●関連問題●(1) 本問(3)において、主たるAの所有物ではなく、AがDから預かっていた宝石を質入れしていた場合は、AとDとの間の法律関係はどうなるか。(2) 本問(3)において、AがBの質権設定につき、流質契約をしていた場合はどうなるか。●参考文献●林良平『質権設定と代理占有』林良平『物権法講義Ⅱ動産担保』(有斐閣・1989)130頁伊藤進『質権』石川浩平=加藤新太郎『新・註釈民法(2)物権⑵』(有斐閣・1979)161頁
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
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留置権の成立および効力
2025/09/03
2024年4月1日、Xは、所有の甲建物を、Yに賃貸した。XとYの間の賃貸借契約では、賃料月額25万円、賃料の支払方法は、翌月分を当月末日までに支払うこと、賃貸期間は2年間であることが合意されていた。Yは、Xとの契約締結後、ただちに甲建物の引渡しを受け、居住を開始した。その後、Yは、2025年2月分以降の賃料を支払わないので、Xが請求したところ、Yが賃料を減額してほしいというので、Xは、同月以降の賃料を月額20万円とした。しかし、Yは、同月以降の賃料を支払わないので、Xは、同月7月3日付けの催告で、同年7月15日までに、未払賃料6か月分を支払うように催告した。この催告は、内容証明郵便で、同月7日に、Yに到達した。Yからの賃料の支払がないため、XはYに対し、2025年7月31日付け書面で、賃料不払を理由に、Yとの賃貸借契約を解除する意思表示をし、この書面は、同年8月1日、Yに到達した。Yは、Xからの書面を受け取った後も、甲建物に居住し続けていた。同年8月末、台風に伴う豪雨のため、甲建物の屋根が損傷したので、Yは、A工務店に修理を依頼し、修理費用として、20万円を支払った。また、その頃、Yは、A工務店に依頼して、玄関に、システムキッチンの交換工事を行い、2025年9月20日、Yは、Aに工事費用50万円を支払った。2025年10月10日、Yは、Xに対し、甲建物の明渡しを求めて訴訟を提起した。この場合に、Yは、Xの明渡請求に対して、どのような反論をすることが考えられるか。そして、Yの反論は、認められるか。●解説●1. 賃貸不払による解除と明渡請求賃貸借契約において当事者の一方が債務不履行をしたときには、相手方は、賃貸借契約を解除することができる。賃料の支払は、賃借人の義務であり、賃借人が賃料支払義務を履行しない場合には、賃貸人は、賃貸借契約を解除することができる。2017年民法改正前の判例・学説においては、不動産賃貸借について、賃借人に賃貸借契約上の債務不履行がある場合でも、賃借人の行為が当事者間の信頼関係を破壊するに至らないときには、賃貸借契約の解除は認められないと考えられていた(信頼関係破壊の法理)。2017年民法改正後も信頼関係破壊の法理は否定されていないと考えられている。本問では、賃貸人Xに対して相応の期間を定めて催告を行っているが、期間内にYは履行をしていないから、Xは賃貸借契約を解除することができる。そして、Yは、Xに賃料の減額を申し入れ、減額が認められても、6か月分の賃料を支払わず、賃料不払が継続するそれがあることを考慮すると、その信頼関係は破壊されているであろうから、契約の解除は否定されない。そうすると、Xによる契約の解除は認められることになる。賃貸借契約が解除により終了すると、賃借人は、賃借人に対し賃借物の目的物の返還を請求することができるから、本問のXのYに対する甲建物の明渡しを請求することができることとなる。2. 留置権の成否(1) 留置権の意義たとえば、建物の賃借人が賃貸借契約期間中に賃貸人が負担すべき修理費用を支出しない(→賃貸人は、賃貸建物を修繕する義務(606条1項)を有する)場合に、賃借人は、賃貸建物に要した必要費の償還を請求できる。このときに留置権が成立する。(2) 留置権の成立要件民法295条1項によれば、留置権が成立するためには、①他人の物を占有していること、②その物に関して生じた債権を有すること(債権と物との間の牽連性)、③その債権が弁済期にないときは認められないこと(被担保債権の弁済期の到来)、④占有が不法行為によって始まった場合ではないことの4つが必要である。(3) 被担保債権と物との牽連関係留置権の被担保債権は、債権者が占有している「物に関して生じた」債権であることが必要である。この場合には、留置権が認められると、債権者は、目的物が弁済されるまで、その物を留置することができるのであるから、被担保債権と占有物の間に牽連関係があることは、重要な要件である。(4) 不法行為によって占有が始まった場合留置権は成立しない(295条2項)。Yの占有は賃貸借契約によって始まったものであり、権原のある占有であったから、占有が不法行為によって始まった場合に該当しないようにみえる。●発展問題●(1) Aは、自己の所有する甲土地をBに譲渡し、Bは甲土地の引渡しを受けた。Bが甲土地の所有権移転登記手続を行う前に、Aは甲土地をCにも譲渡し、Cは、Bよりも先に、甲土地の所有権移転登記を完了した。CがBに対して、甲土地の引渡しを請求したところ、Bは、Aの売買契約上の債務不履行によってAに対する損害賠償請求権を取得してこれを被担保債権に基づく留置権を主張したうえで、甲土地の引渡しを拒絶した。Bの主張は認められるか。(2) Aは、Bに500万円を貸し付けたが、この間に、Bは、この貸金債務の担保として、B所有の甲建物をAに譲渡し、甲建物の所有権移転登記を経由した。甲建物のAへの譲渡後も、Bは、甲建物に居住していた。Bが、弁済期に貸金債務の弁済をしなかったのでは、譲渡担保権の実行として、甲建物をCに800万円で売却し、Cは甲建物の所有権移転登記を経由した。CがBに対して、甲建物の明渡しを請求したところ、Bは、Aに対する清算金請求権を有しており、この清算金請求権を被担保債権とする留置権を主張できることを理由に、Cへの甲建物の明渡しを拒絶した。Bの主張は認められるか。●参考文献●古積健三郎・百選Ⅰ 162頁道野真弘・リマークス20号(2000)14頁鎌田薫=高見澤・民法Ⅰ岡本裕樹・百選Ⅰ山田卓生ほか『分析と展開・民法Ⅰ(第3版)』(弘文堂・2004)275頁山田誠一・争点132頁
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
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占有と相続
2025/09/03
Aは所有する甲地(以下、「B」という)に、賃貸し、Bは甲地上に工場を建設して太陽光パネルの部品を製造していた。Bは甲の代表取締役であり、BはAの借入金会社に近い状況であった。Bの経営が軌道に乗った1992年9月頃、工場を増築したため工場の敷地が手狭となった。そこでAは兄CにBの経営者の駐車場を探していると相談したところ、甲地に隣接するC所有の乙地について「大きなため池があって、ただ同然の土地だからお前の好きにすればよい」といわれた。Aは、ため池を埋めて駐車場として整備し、同年10月から乙地の大半をBに月極めで賃貸した(30区画)。乙地の駐車場収入は、月平均30万円程度であった。2000年10月1日、Bが心筋梗塞で急死したことから、Aの1人息子で東京でサラリーマンをしていたDがBの代表取締役に就任し、Aの財産をすべて相続した。Aが死亡後、Dはめったに顔を合わせなくなり、2016年6月1日にCは病死した。2020年7月末になって、Dは、長年の世話をしていたEから乙地の明渡しを求められた。Eは、2014年10月1日にCとの間で乙地につき贈与契約を締結したこと、同年10月15日付で贈与を原因としてCからEへ移転登記がなされていること、CがAに遊休地であった乙地を無償で貸与していたと主張している。しかし、Dは、CがAに乙土地を贈与してくれたと聞いていたことや、1989年度以降、乙地の固定資産税はAが死亡後のDが負担していたことから、2020年11月、Eに対して乙地の所有権移転登記手続を求めて訴訟を提起した。現時点は2021年10月とする。●解説●1. 所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記請求Dは、乙地の登記名義人Eに対して、乙地の所有権が自己に帰属していることを根拠に、所有権に基づく妨害排除請求権を行使して、Dへの移転登記手続を求めることになる。これに対して、Eは、乙地の所有権が自分に帰属していると主張していることから、D・E間の争いは、乙地の所有権が自分に帰属していることを相手方に主張できるかという点にある。本問では、Cが乙地の所有権をAに譲渡したと解する余地がある。しかし、Eは贈与を原因として移転登記を経由している。2. 取得時効と登記Dは相続を原因としてAの財産を包括承継しており、占有を相続した(187条)。Dは、Cの占有が開始した時点を、遅くとも1992年の10月である。非相続人の占有期間を通算すると、20年の非短期取得時効が成立するのは2012年10月10日となり、Eが完成後にCから贈与を受け、対抗要件を備えた第三者であり、Dは登記がなくとも、乙地の所有権を取得したことを主張できる。3. 長期取得時効の主張と立証責任の構造長期取得時効が成立するためには、20年間の、①所有の意思をもって、②平穏、かつ、③公然に、④他の物を占有していることが必要である(162条)。この要件のうち、今日では取得時効の対象は物の他人の物であることを要しないと判例・通説は解しており、③④については、民法196条1項によって、占有者は所有の意思をもって、善意(自分が本権者であると信じたこと)、平穏かつ公然に占有をなすものと推定されている。4. 占有の二面性:相続は新たな権原かもっとも、Aの占有が他主占有であることをDが善意・立証したときには、相続人Dは、相続により占有の性質が変容したと主張することはできない。5. 自主占有の主張と立証責任相続人が自己の占有に基づき時効取得を主張する場合、相続人が被相続人の占有が他主占有であることを知りながら占有を開始した場合、相続人固有の現実の占有に三面性が認められるわけではない。相続人が占有について外形的な支配と意思に変化はない。相続人が引き続き占有を続けている点で自主占有から他主占有への転換を認める。43 留置権の成立および効力2024年4月1日、Xは、所有の甲建物を、Yに賃貸した。XとYの間の賃貸借契約では、賃料月額25万円、賃料の支払方法は、翌月分を当月末日までに支払うこと、賃貸期間は2年間であることが合意されていた。Yは、Xとの契約締結後、ただちに甲建物の引渡しを受け、居住を開始した。その後、Yは、2025年2月分以降の賃料を支払わないので、Xが請求したところ、Yが賃料を減額してほしいというので、Xは、同月以降の賃料を月額20万円とした。しかし、Yは、同月以降の賃料を支払わないので、Xは、同月7月3日付けの催告で、同年7月15日までに、未払賃料6か月分を支払うように催告した。この催告は、内容証明郵便で、同月7日に、Yに到達した。Yからの賃料の支払がないため、XはYに対し、2025年7月31日付け書面で、賃料不払を理由に、Yとの賃貸借契約を解除する意思表示をし、この書面は、同年8月1日、Yに到達した。Yは、Xからの書面を受け取った後も、甲建物に居住し続けていた。同年8月末、台風に伴う豪雨のため、甲建物の屋根が損傷したので、Yは、A工務店に修理を依頼し、修理費用として、20万円を支払った。また、その頃、Yは、A工務店に依頼して、玄関に、システムキッチンの交換工事を行い、2025年9月20日、Yは、Aに工事費用50万円を支払った。2025年10月10日、Yは、Xに対し、甲建物の明渡しを求めて訴訟を提起した。この場合に、Yは、Xの明渡請求に対して、どのような反論をすることが考えられるか。そして、Yの反論は認められるか。●関連問題●Eが、DおよびBとCに対して土地の明渡しを求めて訴訟を提起した。本問と以下の点で異なる場合に、Eの請求は認められるか。現時点を2021年12月とする。(1) Eは、2019年10月1日にCから乙地の贈与を受け、同年10月15日付でCからEに移転登記がなされた。(2) Eは2020年12月に、乙地の回復請求訴訟を提起した。Eが訴訟を提起するまでに、AからもDからも乙地について移転登記を求められたことはなかった。(3) CがAに乙地を贈与した事実も、AがCに乙地の利用について相談した事実も立証されなかった。しかし、2002年10月頃からAが乙地を利用していることはCは知りながらも異議を述べなかったこと、乙地の固定資産税については2010年度まではCが負担しており、Aが2011年10月1日に死亡後、2011年度からはDが負担していた。●参考文献●満江春・民事法Ⅰ 281頁菊川一、第一章・二、第二章・三最判解民平成8年度91頁中田裕彦・百選Ⅰ (2015) 130頁大場浩之・百選Ⅰ 136頁
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
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共有物の分割
2025/09/03
甲土地と乙土地は、もとAが所有していた一筆の土地を分筆したもので、甲土地の東端と乙土地の西端とは隣接している。甲土地および乙土地は、各北端において幹線道路に面し、互いに交通至便な場所にあることから、周辺では収益物件の開発が進められている。甲土地および乙土地以外にも多数の財産を有していたAは、長男Bに甲土地を贈与してその旨の所有権移転登記手続を経由し、Bは甲土地を駐車場として使用収益している。乙土地はA所有名義のままで、その西側は遊休地となっており、東側3分の1部分には丙建物(1970年に新築された木造2階建)が存在している。丙建物の所有者名義人もAであり、次男Cが住宅として居住していた。Aは、先立たれた配偶者との間にB、Cおよび長女Dの3人の子(いずれも成年に達している)をもうけたが、2023年5月1日、遺言をすることなく死亡した。Bは、老朽化した丙建物を取り壊して乙土地全体を更地にし、甲土地および乙土地に賃貸マンション1棟を新築すれば一定の収益収入を得ることができるうえ、Cが上記賃貸マンションの1室に無償で住まわせて経済的に援助することもできると考え、乙土地全体の時価相当額の3分の1をCとDに支払ってBが乙土地を単独で取得する方向により乙土地を分割することを希望した。しかし、Cは丙建物の取壊しを名残惜しんで乙土地を持分3等分する方法により丙建物の敷地部分を現物で取得する分割を希望した。B、CおよびDは、乙土地・丙建物を含むA所有名義の不動産につき、2023年5月5日、相続を原因として持分3分の1とする各所有権一部移転登記を経た。その後、Cは遺産分割協議の申立ての時点で所在不明となり、遺産分割協議が調う見通しは立たなくなった。●解説●1. 共同共有と共有物分割E社は、乙土地および丙建物を前提に、CとDとの共有関係の解消を求めていることになる。CおよびDは、その相続分に応じてAの権利義務を承継した結果、乙土地および丙建物は、CおよびDの共有(持分各3分の1)となった(898条1項)。共有物の分割はいつでも請求できる(256条1項本文)ため、Dの申立ては共有者としての権利行使である。遺産分割の遡及効(909条本文)は共有物分割には適用されない。2. 協議と裁判共有物の分割は共有者間の協議によることが原則であるが、本問のように共有者間で協議ができないとき(Cが行方不明になっていることはこれに当たる)、裁判所に共有物の分割を求める訴えを提起することになる(258条1項)。遺産分割の協議後、裁判による分割、後者は各共有物分割(その結果は判決手続により、その効果を生ずるが、本問のように形成訴訟であり、判決において、その形成的な分割方法が定められる(訴訟形式)。2021年改正民法は、民法258条を改正し、共有物の分割の方法として、「共有物の現物を分割する方法」(現物分割)と、「共有者に債務を負担させて、他の共有者の持分を取得させる方法」(賠償による分割、いわゆる価格賠償)とを、並列的に、両者に優劣を設けない形で規定した。3. 共有関係から生じる法律問題本問では、BとC、Dとの共有関係が問題となる。乙土地および丙建物の分割を求める。Bの申し立てにより、地方裁判所による判決がなされ、共有物分割がなされることになる。4. 本問の検討本問のCは所在不明で、どのような分割方法を求めているか明らかでない。Dは、乙土地および丙建物自体に直接の利害を感じないのであれば、これらの価値の法定相続分に沿った額の金銭を遺産分割において支払いを求めることができることが確実である限り、現物取得自体にはこだわらないこともありうる。他方で、Eが遺産分割において、遺産全体を一括して分割する必要がある。●関連問題●本問の事実関係の下で、参考判例③の示した要件、特に、共有者間の実質的公平が害されないとの要件を満たすために、E社としては、どのような事情を裁判所に主張立証していく必要があるか。●参考文献●本文中に掲げたもののほか、道野真弘・百選I 154頁谷口賢彦・最判解平成25年度 547頁
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
ISBN978-4-7857-2991-2
共有物の登記
2025/09/03
Aは地方都市の資産家である。Aに配偶者はおらず、子X・B・C・Dがいる。Aの子Bは、運送業をするなどして生計を立てていたが、賭博等により生活が乱れ、困ったあげく、2018年10月、中等学校の先輩であり、かつ、暴力団の副会長であるYから3500万円を借り入れた。2021年9月9日に登記され、居宅が差押えされた。Aの死亡により、Aの唯一の相続財産であった本件土地は、Aの子X・B・C・Dが共同相続した。Bは、2021年9月18日付けで、本件土地につき、同月9日相続を原因として、X・B・C・Dの持分を各4分の1とする所有権移転登記を行った。さらに、Yに対して、同月9日代物弁済を原因とするB持分移転登記が行われた。なお、本件土地のY持分の時価は約9億円であった。2022年9月24日、BがAに対する殺人および現住建造物等放火の容疑で逮捕された。Bの供述によれば、動機は、返済に行き詰まったBが、Yから強要されたものであり、2020年10月頃、父A死亡によって法定相続された場合にBが取得する本件土地の持分を借入金の弁済に充てて弁済する旨の約定書類をあらかじめ準備していたとしていた。Bの刑事裁判は現在係属していない。なお、Bには子Eがいる。Xは本件土地の共有持分権に基づいて、Yに対して、BからYに対する持分移転登記の抹消登記手続を請求できるか。●解説●1. 共有者の1人による抹消登記手続請求共有者の1人は、共有物について、共有持分権を有する。共有持分権は所有権の一種であることから、共有者は共有持分権に基づいて物権的請求権を行使することが認められる。しかしながら、共有持分権に基づく抹消登記請求が認められるかという問題は、次の2点に留意して検討する必要がある。第1に、相手方が第三者であるか。それとも当該目的物の共有者であるか。第三者の登記原因として、その登記が無効であることと解されている。第2に、共有者による登記原因として、その登記が無効であることと解されている。これによれば、共有者の1人は、登記原因が無効であることと解されている。2. 本問における抹消登記手続請求参考判例①からすると、本問におけるYは共有者の1人ではないため、共有者Xによる保存行為(252条5項)も、考慮するべきである。ただ、従来の判例によれば、抹消登記手続を請求した共有者は、他人名義登記によって自己の持分権を侵害されているという事情がある。これに対し、本問で登記手続請求を訴える者は、自己の持分権を侵害されているわけではない。なぜなら、共有者X自身は、自己の持分登記を備えているからである。そのため、Xは、自己の持分部分の抹消登記を請求することはできないのである。しかし、参考判例③は、本問におけるXからの請求を認めた。その理由は、BからYへの不実の移転登記登記が、「共有不動産」に対する妨害状態を生じさせているから、とされている。共有者の1人は、持分権に基づき、物権的妨害排除請求権を行使できる。すなわち、不動産の共有者は1人でも、第三者に対して、物権的請求権(妨害排除請求)の行使として、自己の持分を超える部分について抹消登記手続を請求することができるわけである。この判例は、当該請求が物権的妨害排除請求権の行使であり、いわゆる保存行為(252条5項)に属するものであることを、請求の理論的根拠を表している。3. 抹消登記請求権の根拠参考判例①は、共有持分権に基づいて、共有物の妨害排除請求権の行使として、保存行為(252条5項)に属するものであることを、請求の理論的根拠を表している。これに対し、参考判例②は、共有持分権と登記手続請求権を区別して、共有者の1人は、共有物について登記手続請求権を有しないと解するのが相当であると判示し、共有者の1人は、共有物について登記手続請求権を行使できないと解するのが相当であると判示した。これによれば、共有者の1人は、共有物について、登記手続請求権を行使することができないと解するのが相当であると判示した。共有者の1人による抹消登記手続請求が、保存行為という根拠を用いた理由の1つとして、第三者に対する場合に共有者の1人による抹使登記請求の理論的根拠を、第三者に対する場合に共有者の1人による抹消登記請求を認めるか。4. 関連事案についての検討共有者の1人が、第三者に対する抹消登記手続請求であれば、常に共有者の1人だけで請求が可能といえるか、という点である。共有者の1人が、第三者に対する抹消登記手続を請求することができるわけではない。参考判例③は、X・A共有の不動産について、X・A・Yが、Yに対して抹消登記手続を請求することができるわけではないとした。●発展問題●Aは、長期で旅行した60代の女性。いろいろな社会事業を行っていた。Aは2022年10月27日に死亡した。Aの相続人は、妻のY、子のX・B・Cであった。長男のXは東京で生活していた。YはAの死亡後まもなく、本件不動産(土地・建物)について、相続を原因として、Y単独名義での所有権移転登記手続を行った。ところが、Aは、2019年12月23日、XにB・C等の割合(各3分の1ずつ)で、本件不動産を遺贈するとの公正証書遺言をしていた。Yが遺言書を偽造し、隠匿を原因とする上記所有権移転登記手続を行ったとして、Xは、Yに対して、本件不動産につき、Yへの所有権移転登記の全部抹消登記手続を請求できるか。●参考文献●七戸克彦・百選Ⅰ 152頁鎌田薫・リマークス29号(2004)14頁
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
ISBN978-4-7857-2991-2
相続財産の管理・処分
2025/09/03
大都市近郊の旧街道沿いにある、江戸時代から300年余り続く和菓子店の13代目であるAは、80歳という高齢になったににもかかわらず、跡継ぎを決められていなかった。Aの主な財産は、店舗兼住宅である本件土地建物であった(いずれもA名義の登記がなされているが、Aの配偶者はすでに亡くなっており、Aには子B・C・Dがいたが、いずれも独立して別の場所で暮らしていた。Aとしては、子の誰かに和菓子屋を継いでほしいと考えていた)。2023年5月、Aが危篤状態となり近所の病院に入院したため、Bは勤務する会社を休み、本件土地建物に泊まり込み、Aの身の回りの必要なもの等を病院に持参するなど熱心にAの世話をした。しかし、Aは入院から5日後に亡くなった。その後、Aの葬儀を行うため、Bは本件土地建物に泊まり込みを続けていた。Aの葬儀後、BはAの遺品の整理等をし、また、和菓子屋を再開するという名目で、本件土地建物に引っ越して居住を始めた。なお、Bは和菓子を売った経験はなく、勉強や修行をしようとしているわけでもなく、それまでと変わらぬ生活を続けている。Aの四十九日法要が終わり、B・C・Dは、Aの遺産分割を行うこととしたが、本件土地建物を売却して代金の3等分を主張するC・Dと、和菓子屋をいつか再開したいとして売却に強く反対するBとが対立し、遺産分割は遅々として進まない。C・Dは、本件土地建物を売却するために、まずBを立ち退かせるべきと考え、Bに対して、本件建物の明渡しを求める訴えを提起した。C・Dの請求は認められるか。●解説●1. 共同相続財産の管理相続人が複数存在する場合、被相続人が有していた財産(遺産)は、共同相続人の共有となる(898条1項)。この共有について、かつては合有と解すべきという見解もあったが、現在は、民法249条以下の共有(狭義の共有)と理解するのが判例・通説である。共同相続財産の管理について、相続に特別な規定は存在しないことから、物権法の共有物管理規定に従ってなされる。したがって、本問は、基本的に共有関係として検討を行う必要がある。なお、遺言における各相続人の共有持分は、法定相続分または指定相続分が基準となる(888条2項)。2. 共有物の明渡請求共有は、各共有者が持分権という権利を有していることから、物権的請求権を行使することができる。したがって、共有持分権に基づく不動産の明渡請求も基本的には可能である。ところで、共有者間における不動産の明渡請求については、参考判例が併存する。その背景は、本問と同じく共同相続人間の紛争であり、多数持分権者から少数持分権者への建物明渡請求が問題となったところ、次のように判示されている。共同相続に基づく共有者は1人である少数持分権者の、他の共有者の協議を経ないで当然に共有物を単独で占有する権限を有するものではない。しかし、多数持分権者は、共有物を現に占有する少数持分権者に対し、当然にその明渡しを請求することができるものではない。なぜなら、①各少数持分権者は自己の持分によって、共有物を使用収益する権限を有し、これに多額の費用をかけている場合もあるからである。3. 明渡請求が認められない場合本問のように、共有者間において共有物の利用に関する特別の合意の存在が認められる場合にも、本件土地建物をA・B・C・Dの4人が共有している場合において、法定相続分どおりとすると、A・B・Cの持分(合計4分の3)の価格の過半数を超えるので、C・Dの持分(合計4分の2)を併せても過半数に満たないから、A・Bの決定がなされ、C・Dの明渡請求は認められないこととなる。4. 不当利得返還請求等本問では問われていないが、C・DのBに対する明渡請求が認められない場合、また、明渡請求が認められる場合であっても明渡が遅れるまでの期間について、C・Dは、Bに対して賃料相当額の金銭の支払を求めることができるか。参考判例③は、不動産の共有者の占有者に対して、明渡請求が認められない場合であっても、占有者が単数で占有することができる権限を主張しない限り、自己の持分割合に応じて占有部分にかかる賃料相当額の請求ができるとしている。●発展問題●Aの配偶者Bと居住する甲建物のほか、乙建物を所有し、いずれについても登記を備えていた。Aには子C・D・Eがいたが、特にEをかわいがっており、Eの結婚を機に、E家族を乙建物に無償で住まわせていた。Aが死亡し、Aの財産はB・C・D・Eが共同相続し、甲建物および乙建物について、法定相続分に従った登記がなされていた(不動産登記法76条の2参照)。遺産分割協議はなされていなかったが、その登記がなされてから、C・D・Eの間で、Bが元気である間は、Bに配慮し、遺産分割協議はしないでおくという趣旨の了解があったためであった。Aの死亡から5年後、Bが死亡し、C・D・Eの間で遺産分割をすることになり、紛争が生じた。その理由は、A・Bの主な財産は甲建物および乙建物のみであるところ、甲建物に比べると、Eの居住する乙建物の財産的価値が圧倒的に高いため、C・Dは甲建物および乙建物を売却し、その代金を3等分することを主張したのに対し、Eは乙建物に住み続けることを主張したからである。C・Dは、遺産分割を円滑に行うためには、乙建物を売却することが必要であり、まずFを立ち退かせるべきであると考えた。C・D・Eは話し合いをしたが、C・Dは乙建物の占有者とするCを提案した。Eは反対したが、C・DはCを乙建物の占有者とすることを過半数により決定した。CはEに対して、乙建物の明渡しを求める訴えを提起した。Cの請求は認められるか。●参考文献●片山直也・百選Ⅰ 150頁
Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 千葉 恵美子, 潮見 佳男, 片山 直也 (編者)・2022年10月15日 (第5版第1刷発行)
ISBN978-4-7857-2991-2