制限行為能力
Aは、母親Bと2人暮らしであり、父親CはAが幼い頃に他界している。Aが16歳で高校に進学した2022年4月、Cの父親であり、Aの祖父にあたるDが死亡し、Aが唯一の相続人として、Dの自宅土地建物 (まとめて「甲」と呼ぶ) を相続した。2022年8月、Aは、Bの承諾を得ることなく甲をEに1000万円で売却する契約を締結し、Eは1000万円をAに支払って移転登記をした。Aは、受け取った1000万円のうち、100万円をFに対する借金の返済に充て、それからEに相談の上、AはやはりBの承諾を得ることなく、残り900万円のうち、200万円をGからバイク乙を購入する費用に充て、また300万円を遊興費に使ってしまったため、残りは400万円になった。2023年3月、Aは、この運転中に交通事故を起こして入院し、バイクは廃車となった。(1) Bは、G・A間の乙の売買契約を取り消して、200万円の返還を求めることができるか。なお、GはAと契約をする際、Aの年齢を特に確認せず、Aもそのことを話題にしなかったものとする。(2) Bは、A・E間の甲の売買契約を取り消して、甲の返還を求めることができるか。取消しが認められるとした場合には、AがEに対してどのような義務を負うか。なお、EはAと契約をする際に、Aが未成年であることを知っていたが、AがBの同意を得てきたという誓約書にサインをさせて契約したものとする。[解説]1 未成年者の行為能力の制限行為能力とは、単独で法律行為をする能力のことである。人は、出生と同時に権利能力を認められ、権利義務の主体となることができるが(3条1項)、自ら契約などの法律行為をするには、意思表示の時点で、意思表示をする能力(意思能力)を備えていなければならない(3条の2)。これは、内的効果意思を欠いた状態で行われる意思表示や法律行為が無効であるからという説明の仕方でえぐみなくはないが、むしろ事理弁識能力の低い者を不利益から保護するためであると説明するほうが適切であろう(意思能力の規定は、「法律行為」や「意思表示」の章にはなく、「人」の章に置かれている)。意思能力が備わるのは、法律行為を複雑さによっても異なるが、だいたい7歳から10歳ぐらいといわれている。このため、幼児などのした法律行為は、意思能力ゆえに無効になろう。本間のAは高校生であるから、意思能力は備わっていると考えられる。しかし、人の民法上のさまざまな能力から、小学生、中学生と年齢が上がっていく中で、個別にいつ意思能力が備わったと判断することは難しい。また反面で、若年者については、社会経験の乏しさから取引被害に遭う危険性も高く、高校生ぐらいになっても一定の保護が必要である。そこで民法は、人が成年になる年齢を一律に決め、その年齢に達しない未成年者については、意思表示の時点で意思能力を有していたとしても、単独では法律行為をできないという原則を定めている。成年の制限行為能力者(成年被後見人や被保佐人、被補助人)が、家庭裁判所の審判によって個別に行為能力を制限されるのとは対照的である。現在の民法では、18歳を成年年齢としている(4条)。このため、本間のAは甲の売却や乙の購入をした当時は、制限行為能力者であったことになる。発問段階でも、Aが契約をした時点ではまだ17歳だったのだから、やはり制限行為能力者だったことになる。2 法定代理人による財産管理このように、未成年者は行為能力を制限されるため、意思能力を備えていても、単独では法律行為をすることができない。このため、未成年者の財産管理に関する法行為は、法定代理人が未成年者本人に代わって行うのが原則となる。法定代理人とは、父母すなわち親権者、もしくは未成年後見人のことである。通常は親権者が、親権を行う者がいない場合や親権者の管理権を喪失している場合などには、未成年後見が開始し、未成年後見人が就任する(838条1号)。なお、婚姻中の父母の親権は、共同行使が原則とされているが、父母の一方が親権を行うことができないときは他の一方が行う(818条3項)。法定代理人は未成年者の財産管理権を有しており(824条・859条)、未成年者が行った法律行為の処分は、未成年者に直接帰属する。法定代理人が未成年者のために代理行為をするのに、未成年者本人の承諾は必要ない。ただし、親権者や未成年後見人の利益と、未成年者の利益が相反する行為については、法定代理権が制限され、特別代理人の選任を家庭裁判所に請求しなければならない(826条・860条)。利益相反行為かどうかの判断は、外形的客観的に行われる(参考判例①)。3 法定代理人の同意権法定代理が自ら意思表示をして、単独で法律行為をするためには、原則として法定代理人の同意を得なければならない(5条1項本文)。同意を得ずにされた法律行為は、取り消すことができる(同条2項)。この場合の同意者は未成年者本人、または法定代理人である(120条1項)。ただし、未成年者が「単に権利を得、又は義務を免れる法律行為」については、法定代理人の同意がなくても単独で行うことができる(5条1項ただし書)。未成年者の行為能力の制限は、本人の利益を保護する目的であるところ、このような行為は、未成年者の不利益にはならないからである。また、法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は、その目的の範囲内において、未成年者が自由に(法定代理人の同意なく)処分することができる(5条3項前段)。たとえば、予備校の学費として渡された金銭を遊ぶ予備校への入学を申し込む場合に、あらためて親の同意をとる必要はない。目的を定めないで処分を許した財産を処分する場合も同じであり(同項後段)、たとえば毎月の小遣いとして渡された金銭は自由 に使うことができる。また、法定代理人から営業を許された未成年者は、その営業に関しては、成年者と同一の行為能力を有する(6条1項)。ここでの営業とは、自らが独立して営利の事業を行う場合をいう。この場合に、個別の取引行為に法定代理人の同意をまっていては、営業が成り立たないからである。本問では、AはBの同意を得ることなく、甲の売却、乙の購入等の行為を行っているから、AもしくはBは、次の4で述べる事情がなければ、原則どおり取消権を行使できる。また発問段階でも、甲の購入はAが未成年の時に行われているのだから、取消権を行使することができることになる。4 相手方の保護(1) 取り消しうる行為の追認未成年者が法定代理人の同意を得ずにした行為であっても、未成年者にとって不利益な内容であれば、取り消さないこともある。このとき、相手方にしてみると、取消権を行使されるかどうか不安定な状況に置かれることになる。この状況を解消するため、民法は取り消すことができる行為も取消権者が追認の意思表示をすることによって、それ以降は、取り消すことができなくなることを認めている(122条)。取り消された行為は、初めから無効であるとみなされる(121条)が、追認により取消権が消滅することで、行為が有効であることが確定することになる。ただし、未成年者が単独で追認を許すことは行為能力を制限した意味がないので、未成年者の行為について取消権が消滅するのは、①未成年者が成年に達した後にした追認(124条1項)、②未成年者が法定代理人による追認(同条2項の場合)、③未成年者が法定代理人の同意を得てした追認(同条2項)の場合である。なお、追認ができる時以後に、取り消すことができる行為について、①全部または一部の履行、②履行の請求、③更改、④担保の供与、⑤取り消すことができる行為によって取得した権利の全部または一部の譲渡、⑥強制執行の行為がなされると、法定追認が生じて、追認があったものとみなされる(125条)。本問では、Aは未成年者であるから追認権はなく、Bの追認の有無が問題になるが、Bに追認あるいは追認拒絶をうかがわせる事情はない。他方、Bが未成年後にAが甲に達した後に未払代金を支払ってしまうと、法定追認になる問題がある。(2) 催告制限行為能力者の相手方は、制限行為能力者が行為能力者となった後に、その者に対して、1か月以上の期間を定めて、その期間内にその取り消すことができる行為を追認するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。また、その期間内に確答がなければ、その行為は追認されたものとみなされる(20条1項)。また、制限行為能力者の相手方が、その法定代理人に対し、その権限内の行為について同様の催告をした場合にも、法定代理人が期間内に確答を発しないときは、その行為は追認されたものとみなされる(20条2項)。(3) 制限行為能力者の詐術制限行為能力者が行為能力者であることを信じさせるため詐術を用いたときは、その行為を取り消すことができなくなる(21条)。ここにいう詐術とは、自ら行為能力者であると相手方に誤信させるような行為、あるいは同意権者からの同意を得たと相手方に誤信させるような行為のことである。どのような行為が詐術に当たるかは、条文上は明らかではない。かつては、積極的な手段を用いるのでなければ詐術に当たらないとしていたが、現在の判例は、単なる黙秘は詐術には当たらないが、他の言動とあいまって、相手方を誤信させ、または誤信を強めたときは、詐術に当たるとする(参考判例②)。もっとも、多くの判例は、準禁治産者(現在の保佐人や被補助人に該当する成年者の制限行為能力者)の例であり、未成年者が詐術を認められた例は数が少ない。また、制限行為能力者が詐術を用いた場合に取消権が消滅するのは、詐術を用いた本人の保護を否定し、それと信じた相手方の取引の安全の保護を優先するためである。そうすると、未成年者が虚偽の身分を偽った場合でも、相手方がそのことを容易に知りうるような場合や、詐術を認める必要はないであろう。裁判例では、未成年者が契約書に虚偽の生年月日を記載したような場合や、年齢を偽った場合であっても、詐術には当たらないとしたものがある(参考判例③)。小問1では、Aは自らが未成年者であることをGに告げていないが、Gも年齢を特に確認していないのであって、詐術に当たるとは考えにくい。小問2については、AがBの同意を得てきたと述べたことを誓約書とみなし、相手方は信じている。もっとも、不動産売買のような重要な法律行為で、相手方は未成年者であることを知りながら、法定代理人の同意の有無を十分に確認せず、同意を得てきたという誓約書にサインをさせるという行為は、相手方は未成年者が詐術を用いている可能性を認識しながら、あえて契約をしたようにも評価できる。このような場合に、未成年者が詐術により契約をしたという主張を相手方に認める必要はないという考え方もありうるであろう。5 取消しによる原状回復義務取消権が行使されると、法律行為は初めから無効であったものとみなされる(121条)。無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う(121条の2第1項)。ただし、行為の時に制限行為能力者であった者は、その行為によって現に利益を受けている限度において返還の義務を負う(同条3項)。給付を受けた物が現物で残っている場合には、それを返還することになるが、滅失または毀損していたとしても、その形状で返還することで足りることになる。現物を転売したような場合は、その代金として受け取った金銭の限度で返還する義務を負うことになるから、その金銭を返還すればよい。金銭を返還すべき場合において、その金銭が取消前に費消されているときは、その返還義務が問題になる。その金銭が遊興費に浪費されたように、取り消された行為がなければ、そのような金銭が費消されなかったという場合には、費消された分は現存利益がなく、返還を免れると考えられている。これに対して、生活費など通常の費消の場合は、日常の出費を免れたため、現存利益はありと判断される。小問2での売買契約が取り消された場合、AはEに代金1000万円を返返還する義務を負うはずだが、200万円で購入したバイクは廃車になっているから現存利益はなく、遊興費として費消した300万円も現存利益はない。他方で、借金の返済に使った100万円は、債務の消滅という利益を受けているから、現金として残っている400万円と合わせて、現存利益ありと判断されることになると思われる。発展問題2024年1月、Aの18歳の誕生日の1週間前に、AはHという業者に版画の購入の勧誘を受け、50万円する版画丙を購入する契約にサインをさせられた(Hから年齢特に確かめられなかったものとする)。その後、丙を購入したことを後悔したAは、1週間後の18歳の誕生日の日に、Hに丙の売買契約はやめにしたいという内容の手紙をHに郵送したところ、代金支払請求訴訟を提起するという内容の内容証明郵便が送付されてきた。Aは、代金を支払わなければならないか。参考文献坂東宏実「消費者法判例百選(第2版)」(2020) 16頁(山下純司)